No.173382

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol08

黒帽子さん

世界の中心部へと破壊する運命が覆い被さる。未だ怪我の癒えぬアスラン、、対処法などまるで思いつけないカガリにクロは平和の作り方を問う。答えられない政治家などに価値はない。恐怖政治と暴力でしかまとめる術のないこの世界の価値を疑え。
35~39話掲載。

2010-09-19 00:59:21 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1157   閲覧ユーザー数:1146

SEED Spiritual PHASE-35 馬鹿だと思う

 

 かたかたかたかたかたかた……。

「精が出るのぅ」

 いい加減煙草の煙を吐きかけるのはやめてはくれないだろうか。副流煙の方がより一層有害だという事実、科学者名乗って知らぬわけがあるまい。

「次はオーブですから。精も出しますよ」

 クロはイラッときた内面などおくびにも出さず次のミッションを思い描き、OS調整とシミュレーションを繰り返していた。その為ノストラビッチの眉が寄せられたことに気づけずにいた。

「……ティニが認めたか?」

「一応、ティニにはかなーり事前に申請というか、突っ込んではおいたことですよ。オレは以前にも言ったでしょう?〝ルインデスティニー〟が今究極だと威張り散らしても、それが結果に結びつかなければ何の意味もありません。オレ達の目的は――」

「支配からの脱却か?」

「真の自由の獲得ですかね」

 その言葉にノストラビッチが苦笑を漏らす様が目の端に見え、気を散らされた結果ヴァーチャル・クロ機が撃墜された。持ち込んでいた簡易シミュレータの中で千五十三体の残骸の一つに加わらされる。

「あ」

「なんだ? 撃墜されたか」

「……博士、戦艦に乗っけてるような本式のシミュレータってありませんか? 簡易モノだとやっぱり勝手が違います」

「そんな無駄銭あると思うか? それに、簡易の方がレベル低いんじゃないか? そうだったらただお前が下手と言うことになるぞ」

「せめてパラメータがもう少し細かくできれば文句はないんですが!」

「全部MAXにした〝フリーダム〟でも墜とせ。誰も文句は言わん」

 モビルスーツ・パイロットと数学者の溝というものは思いの外深かった。クロは手近な問題を諦めることで解決すると再度機体調整に着手。やたらと念入りに設定した接地圧だったが殆どが空中戦になる〝ルインデスティニー〟にはあんまり、と言うより全く関係のない概念だったかも知れない。それでも他の空戦用モビルスーツと違い、こいつには必ず着地が必要となる。充電のために。

「こいつの追加装備は?」

「追加じゃない。〝ゾァイスター〟の新型だ。極大量のエネルギーから高密度のニュートラリーノを導き出す。ニュートラリーノ=ダークマターによる粒子は重力的には観測できるものの光学的には不可視であり、出力調節によっては数千TeVの破壊力は空間にすらダメージを与えかねん。重力波ではないものの、これは疑似的なブラックホールとも言えような」

「いや、理論はよく分かりませんが、超威力だと分かれば。あ、一射で戦艦何個貫通できますか?」

「七メートル厚のラミネート装甲コンマ何秒で貫通との期待値があったが鵜呑みにするなよ」

「ソードは充分……機動性は異常ですし――」

 脇のケースをぽんぽん叩きながら考え事をしていたらAIにビープ音を鳴らされた。不機嫌まで学習するのかと末恐ろしく思う。

「こいつは……どれくらい成長するモノなんですか? この間の〝フリーダム〟もどきとか〝ジャスティス〟とやり合ったとき、この野郎はパイロットの思考を押しのけましたよ」

 更にがんがん叩いてやるとビープ音がアラート音にランクアップした。

「基礎理論その他まとめてセレーネに聞かんとなぁ……」

 セレーネ・マクグリフ。DSSDの「スターゲイザー計画」開発技術陣の一人で女性。恐らく大脳生理学だとか無機生物学の博士だろう。――その程度しかクロは知らない。遠い目をしたノストラビッチに感じるものがあり、それ以上追求をやめると次の設定項目に目を走らせた。

「あぁ……そう言えば星流炉って、満充電で活動時間どれくらいなんですか? この間ゴビ砂漠‐シアトル間、衛星軌道をすっ飛ばしたらエンプティ喰らいましたが」

「済まんが、アレにはブラックボックスが多すぎての。専門外だ。ティニに聞くべきだな」

「もう一つ。非常にに不安に思ってるんですが、こいつ、宇宙で活動できないとか言いませんよね?」

「何でだ? 〝デスティニー〟が〝メサイア〟で運用された実績はあるだろうが」

「だから、機能でなく充電についてです」

「をう――」

 いきなり黙り込んだ博士の反応にクロの胃に冷たいモノが落ちるのを感じた。

「ってまさか――!〝アイオーン〟の準備は終わってるんでしょう!?」

「か、考えておく」

 ノストラビッチを乗せたクランクアームが青い顔の彼を抱えて下っていった。クロはキーボードに当たりかけて何とか押しとどめた。貯め込んだ苛立ちは天を仰いで呻くしかない。

「どーなってんだよこの組織……!」

 仕方ない。貧乏人がロレックス填めてりゃこうなる。わかっていても切りつめながら世界最強力に対抗するその事実に目眩を覚えた。

(まぁ……博士を信じて自分の仕事をするしかないなぁ)

 地上戦なら問題はないのだ。まずは、オーブと真正面からやり合える力を。絶対は不可能でも限りなく完遂率100%と信じられる性能を引き出す。……それしかやることがない。

(博士を信じて、か)

 究極の万能であるのなら、全て自分で処理できると言うのなら、何を頼る必要もなく、すなわち誰も信じる必要はない。全知全能が神へ至る条件ならば――唯一神とは人間が思うような存在ではないのだろう。

 神官ギルバート・デュランダル。その男が至上と認めた男、キラ・ヤマト。

 自分が究極であるが故、自身が正義と信じる道のため反対者全てを否定できる精神力。確かに、神の条件だ。神、絶対者。様々な宗教、のみならず数々の文学ですらヒトは悲しいほどに不完全だと語られる。著者自らもヒトであるというのに。そこにナチュラルとコーディネイターの区別すらない。

 不完全が不完全と争い会う。それが戦場だ。ならば終了方法暗中模索も無理はない。

 

 

 

 ずかかかかかかかかかかかかかかかかかっ――!

 GUMDAMが書き換えられる。〝ストライク〟らに搭載されていた地球連合、いや工学カレッジ作成のOS以来、無数のGUMDAMが造られてきたが、キラ・ヤマトはその殆どに携わった。先に述べた〝ストライク〟のもの、オーブから調整を頼まれた〝アストレイ〟のもの、〝フリーダム〟に搭載された核動力制御のもの、そしてたった今書き換えたGUNDAM……。キラはこの宿縁に想いを馳せる。

「キラ!」

 その想いが明確な結末を結ぶ前に呼ばれた。キラがコクピットを上昇させればキャットウォークにもたれかかったカガリの姿があった。不機嫌そうである。

「カガリ? どうしたの? 忙しいんでしょ」

「あぁ。この間のオノゴロの一件が痛い。他から同情を買う役には立ったという者もいるが……わたしにはどうもな……」

 無論それだけではない。明確な敵を据えて統合国家の結束を強化する――そんな思惑も在るかと思う。しかしオノゴロ島を蹂躙され、数百は下らない死傷者を出したその事実を役に立つなどと言いたくはなかった。

「それよりだ、キラ。ラクスが帰って来いってよ」

「………ラクスが?」

 確かに、〝プラント〟最高評議会議長の親衛隊長たるものが地上に長くいすぎたとは思う。しかし鎮圧行動の結果に満足できないまま、それどころか、反撃のテロリズムを許したまま宇宙に帰るのは、抵抗があった。

「まぁ、ラクスと言うよりイザークが、らしいがな。あっちにもとんでもないモビルスーツが出たとか聞くが――あぁこっちもアスランが復帰してくれないと困るんだよな。また〝デストロイ〟なんか来たら……」

 手すりから肘を離したカガリだったがそれは頬杖をつくでもこちらの労りをはね除けるでもなく、髪を掻きむしった。

「カガリ……その癖直さないと寝癖状態でテレビに映ってばっかりになるよ」

「うるさいなっ! わたしのことよりお前はどうする? 特使と言ってもそんなに自由な権限があるわけじゃないんだろうに」

「……帰る、べきなんだろうか。アスランが動けるようになるまで待ちたいけど……〝プラント〟の状況次第ではすぐ戻らなきゃいけないかもしれない」

「あぁ! わ、わたしの言ったことは気にするなよ。ここにはフラガ一佐と〝アカツキ〟がある。それにお前が同盟取り付けてくれた連合軍の戦力も扱えるわけだし。お前一人消えただけじゃ弱体化って程じゃーないよ」

 目を細めた弟の言葉に姉は慌てて取り繕った。弱体化しない? とてもそうは思えないが自分の重荷を弟に押し付けることは姉のプライドが許さない。

(僕にもっと力があれば――オーブの憂いを絶ってから〝プラント〟に戻れたはず)

 忸怩たる思いを抱えながら設定画面に視線を落とす。この機体にはキラの反応速度に対応するため機体に「無理をさせる」機構が備わっている。急制動での負荷が一定値を超えた場合、フレーム自体がフェイズシフトして剛性を高め、余剰エネルギーを黄金の光として放出するのだ。金属剥離効果(MEPE)とは違い、冷却のためのシステムというわけではないため、長時間繰り返せば機体に多大なダメージを残しかねない諸刃の剣……キラは先程の調整でそのリミット時間を延長させた。それでも、この間の戦闘で〝ストライクフリーダム〟は宇宙用だと思い知らされた現状では地上では皆の足を引っ張ることになりかねない。

(僕の双肩に乗ってるみんなの期待は……相当なものだ……それを裏切りたくない)

 だとすれば、「納得できない」を理由にして意固地に居座り続けるのは、期待を裏切る行為だと……考えられるくらいに大人にはなった。それでもこうして〝フリーダム〟の喉元で黄昏れている時間さえ勿体ないとは思う。キラはコクピットのスイッチに手をかけ――

「あぁ! カガリ様! 補佐官と行動してくださいよ!」

《代表おられましたら行政府にご連絡下さい。繰り返します――》

 駆け寄ってきた黒服を追い抜くように一斉放送がカガリを呼び立てた。黒服は天を仰いだが彼の言葉が価値を継いだ。

「代表、テレビを!」

 

 

 

「ティニ、知ってたのか?」

〈あぁ……そう計画しているバカがいるのは知ってましたが、まさか実行に移すとは思いませんでした〉

「〝ターミナルサーバ〟も所詮は過去の蓄積か。流動する現在、形にならない未来は判断できないってわけだな」

《――よって我々〝ターミナル〟は〝プラント〟及び統合国家オーブへの協力体制を解除することをここに宣言いたします!》

 カガリ・ユラ・アスハは、ラクス・クラインはこの放送を見ているのだろうか。見ていたとしたら、どう感じているのだろう。

 クロはこの映像を見ながらこう感じている。「誰なんだお前は?」 〝ターミナル〟は一つではない。〝ターミナル〟を名乗りながらも、クロはこの組織の全貌や規模など知りもしない。

〈何を馬鹿なことを。脅しになるとでも思っての行動? 少なくともラクス・クラインはこのおっさんを嘲笑っていることでしょうね〉

 クライン派が〝ターミナル〟を媒介としてザフトの中枢にまで触手を伸ばしていたなどティニもクロも周知の事実と認識しているが、世界の裏側など気にもしない者達にとってはどうなのか。

〈彼女にとってはこの宣言は宣戦布告などではなく、今まで懐疑的だった〝ターミナル〟内の反抗勢力を確信させる結果で終わるでしょう。もし、今まで彼女が尻尾を掴めないが故に行動しなかったとしたら――今後ザフトが攻勢に出ることでしょうね〉

「オレ達のすることは変わらない。こういう馬鹿を隠れ蓑に、オーブへ攻める。おっさんの発言はオレの力を神聖視してのもの。こっちからすれば戦力が増えたって証だろ?」

 ヴィーノが飲み物をくれた。クロは掌だけで礼を言って受け取った。その横ではハイスコアを更新できなかったシミュレータが結果画面だけを明滅させている。

〈どうでしょう? 〝フリーダム〟の虐殺が、よりエスカレートするだけかもしれませんよ〉

「ならばこそだ。此奴らがオレを祭り上げて、こっちの戦力として扱える内にオーブと〝プラント〟両方に刃を突き付ける」

 二人が無視して話を進める間も如何にも〝ターミナル〟全ての実権を握っていると思わせる発言は延々と続いている。前述の通りクロは〝ターミナル〟に所属していながらこの男の顔など見たことがない。ティニなどはもしかしたら情報として識っているかもしれないが、少なくとも映像の男が司る何かを頼った覚えはない。〝ターミナル〟とは、コズミック・イラのアンダーグラウンドの全て。C.E.73当時〝ターミナル〟を司っていたクライン派も今ではその全貌を掴んでいるかは怪しいところだ。だからこそ、このような映像が平然と流れるのであろうが。

《――よって我らのファクトリーで建造したモビルスーツ、具体的には〝フリーダム〟、〝ジャスティス〟、〝ドムトルーパー〟の返還を要求する!》

 面白すぎる要求に注意を払う者はいなかった。

「確かに、クロの言うとおりかもよ。今は別に示し合わせなくてもクロが動けば一斉蜂起、その時宇宙でも同じことが起きれば降下ポッドとかも気にせずに済む」

「こいつらを味方とか駒と考えるのは危ないと思うぞ。神聖視されているが故に〝ルインデスティニー〟を狙ってくる可能性もあるし、利用されてるなんて認識もたれたら、ティニの仕事を不正に操作されることも考えられる」

「あたしはクロに賛成だな。結局やることやっちゃってるわけだし、そのために集まったんじゃないの、うちらって」

「オーブ……世界を敵に回して、勝てるんでしょうか……」

 クロが期待した博士の意見は出なかった。賛否両論。だが、彼らの意見を参考にするつもりはない。ここはティニの一声で動いている。

「で、ティニ。結論出せ。人間をもう少し観察したいとしても、それはオーブじゃなくてもいいだろう?」

 

 

 

 声明が終わった。オーブの行政府に地獄のような沈黙が訪れる。沈黙がもたらす冷たさに耐えきれなくなったのは、カガリ・ユラ・アスハ当人だった。

「こ……これは大変なことに……っ!」

 カガリの中の認識では〝ターミナル〟とはラクスの協力組織であったはずだ。周囲の反応からもその認識は一般から大きく逸脱したものではないのだろう。〝エターナル〟を長期間匿い、各種情報を取り纏め、〝ドムトルーパー〟のようなモビルスーツを開発し、実戦投入した組織が、敵に回る。それは強大な戦力を相手にする以上の脅威と感じられた。

 敵対する〝ターミナル〟。この図式には〝ロゴス〟のような枢軸組織もデュランダルのような個人も――明確な倒すべき『敵』が全く見えない。対戦相手という概念を見失った瞬間、カガリの中のどこかにあった、自分が世界の中心であると言う思い上がりが音を立てて崩れるいく……。

 正体不明の敵。その規模は――もしかしたら世界に網を張り巡らせているかも知れない。

「せ、世界を敵に回して、戦わなければならないのか!?」

 こんなものわたしには……ラクスですら持て余すに違いない。

 

 

 

「バルトフェルド隊長は、まだオーブでしょうか?」

「いえ、現在は〝エターナル〟に」

 放送を続ける画面を横目にラクスは次手を思考する。確定事項とは言い切れないが――この間の戦艦モビルアーマー、〝レジェンド〟に酷似したモビルスーツ、イザークの苛立ちの原因は全て敵対する〝ターミナル〟が関わっていると考えられる。アンドリュー・バルトフェルドとその直属部下マーチン・ダコスタは〝ターミナル〟に太いパイプを持っている。彼らへの指示を出しながらラクスはヒルダらを呼び寄せる。彼女達もザフトを抜けて以来、〝ターミナル〟を活用してクライン派に尽くしてくれていた。その手腕で別方面からのアプローチができるだろう。

(ですが……それでも全容を識ることは、難しいかもしれません)

 国防委員と呼べる役職は全てイザークに任せてある。防衛強化のために彼の意見を汲むべきだろう。キラを呼び寄せる必要が、理由を持って強まった。

「ラクス様、ヒルダ・ハーケン、参りました」

SEED Spiritual PHASE-36 苦い唾液に辟易する

 

 驚愕は後からやってきた。

 ヤラファス島(オーブ本島)に前触れもなく一つの熱紋が現れる。

「こ、国防本部直上……! この…っ! 〝デスティニー〟です!」

「なんだとっ!」

 思わず取りこぼしたドリンクカップの存在を完全忘却するほどモニタ越しのカガリの驚愕は凄まじい。昼食休憩直後の気怠い午後が戦場どころか処刑場に変貌する。カガリはいくつかのデータに目を走らせ――キラと〝フリーダム〟が宇宙に帰った後だと確認する以上のことは出来なかった。

「こ、光学映像、出せるか?」

〈お、お待ち下さい!〉

 国防本部を睨め下げながら光を讃えるその姿は、漆黒。数々の噂話が脳裏で像を結び、再度カガリを呻かせた。

「く……アスランも……。〝ターミナル〟か。まさか狙っていたのか?」

 もしこの懸念が事実ならば、オーブ内部の情報が〝ターミナル〟に漏れていることの証明になる。つまり、行政府自体を信用できないことになる。政治家の思考としては特に致命的だ。

「くぅっ! わたしも国防本部に向かう! ホーク補佐官――」

 着々と〝アストレイ〟の発信が進む眼下。クロはカガリの苦悩など気づくこともなく昂ぶる心を持て余していた。

〈クロ。キラ・ヤマトは四十六時間前に〝プラント〟へ戻ったとのことです。有利になりましたね。……いえ、あなたは、戦いたかったのでしょうか?〉

「……遂に、偽善者に思い知らせる刻が来たわけだな」

 ティニの言葉さえ耳に入れぬまま操縦桿(レバー)の感触を確かめる。思い起こされる〝プラント〟周辺宙域、自分のことなど歯牙にも掛けずに飛び去る〝ミーティア〟、こちらの意志など汲もうとしない黒を埋め尽くす帰還信号の海――

 その全てに『意見する』手段が眼下に広がっている。これを悦ばずしてなにを悦べと言う?

「行くぜティニ。〝ルインデスティニー〟、目標を殲滅する!」

 チャージしていたキーを解き放つ。背部から展開され、機体高すら超えた銀の長砲〝ゾァイスター〟が国防本部に狙いを定める。巨大建造物を撃ち抜くつもりで放った赤光は数機のモビルスーツがシールドを掲げて立ち塞がったことで阻まれた。命を散らす〝アストレイ〟達。彼らは軍人として立派なのか、家族を顧みない愚か者なのか。クロの昂ぶる心はその判断を放置する。長射程砲のチャージは瞬く間に終わり、第二射が解き放たれる。

「お」

 そこにいきなり差し込まれる黄金。クロは反射的にレバーを倒せば放った赤光がまっすぐ元いた空間を射抜いていく。加速粒子の収束反射、そんなマネができるモビルスーツはこの世に一つしかない。

「……技術大国オーブ、か」

 無敵の盾、具現化された理念の結晶がここにある。いくら直情だからと国家元首が乗るわけはないだろうから、恐らくパイロットはムウ・ラ・フラガ。大抵のナチュラル操縦モビルスーツは、制御の大半をOSに依存しているので動きがパターン化され、読みやすいが――こいつはナチュラルと侮るべきではない。もし〝アカツキ〟に遠隔操作可能な武装でもついていようものなら、一流のコーディネイターを超える敵と見なさなければならない。

「面白い」

 〝アカツキ〟がライフルを放った先には〝デスティニー〟はいない。いきなり背後を示して鳴るレッドシグナルにムウは思わず悲鳴を上げた。

「おぉうっ!? ったく中のG対策とかどーなってるんだよっ!」

 情報では聞いていた。データでは知っていた。だが体感するのはやはり、違う。

「だが、近寄らせなきゃ墜とせやしねーぜっ!」

 ムウは防御など無視して相手の挙動に注視する。〝ヤタノカガミ〟を備える〝アカツキ〟だからこそできる戦法だが、黒い〝デスティニー〟はムウの期待した武士道精神など持ち合わせていなかった。敵機を囲むべく新たに発進してきた〝ムラサメ〟がライフルの連射に薙ぎ払われる。

「この野郎!」

 多対一を詫びる気などない。領海領空領地侵犯したような虐殺者、法にかけられる前に打ち落とされてしかるべきだ。ムウは〝アカツキ〟を反転させると背面ユニットから73F式改高エネルギービーム砲を跳ね上げ解き放つ。避けることを見越しての一撃だったが〝デスティニー〟はビームシールドを出力するとこの大出力をいともあっさり無効化する。

「ちっ! こっちの動きを読み切ってるとでも言いたいのかァ?」

 残念ながらオーブの決戦兵器たる〝アカツキ〟は旧GATシリーズと同じOSで制御されるバッテリー駆動。これ以上の高出力は望めない。

「いいぞ……いくらでも出てこい。皆殺しにしてやる!」

 クロは恨めしそうに装備を畳む〝アカツキ〟を見下ろした後、〝ムラサメ〟〝ムラサメ〟〝アストレイ〟〝アストレイ〟をロックする。戦闘機型に変形したまま突っ込んできた一機をソードで二枚におろすと返す刀でライフルを構えたムラサメの腕部を切り落とす。驚愕するその機体に肉薄し左のマニピュレータで握り込み、最低出力で心臓部を貫く。その間にグリップしたビームライフルを二射。眼下からこちらを狙っていた〝アストレイ〟を狙撃する。時折撃ちかけられる攻撃は全て無視した。単純な加速粒子か収束砲かの判断はAIに押し付け、オーブの防衛部隊を射的よろしく倒していく。

〈調子に乗るなよテロリストさんよォッ!〉

「――地球軍の裏切り者が。お前如きにオレを蔑む権利はない」

 再びビーム砲を跳ね上げた〝アカツキ〟目掛けて急降下する。ビーム砲を展開しながらも楯を構えたその意図を読んだクロは眼前で鋭角に曲がり、僚機寸前でビームサーベルを振り抜いた敵機を立て続けて切り裂いた。

〈ちっ!〉

 煙を引いて墜落する〝ムラサメ〟。恰も全面に目があるかのようにあらゆる角度からの殺意を数多の武装を用いて撃墜する黒の偉容にムウは戦慄した。あまつさえ、まだ余裕があると言うことか。腹部の砲口がプラズマを帯び、三度国防本部の建造物へと迫る。呻きながらその延長線上へ機体を差し込み跳ね返してガードする。その間にも〝デスティニー〟は出撃する端からオーブの機体を撃ち落としていく。

〈クロ。約三十分程度で決起した赤道連合付近に潜伏する〝ターミナル〟の増援が入るかと〉

「この程度か……! やっぱりアスラン・ザラがイカレちまったのは大きいようだな」

〈国家元首に手を出すのはそのあとがよろしいかと考えます。まかり間違っても〝ルインデスティニー〟をその辺に置いたまま国防本部に殴り込むような暴挙はお控え下さい〉

 ティニの通信に耳を傾けながらもクロが聞いていたのは別の言葉だった。

《オーブを撃つなら……おれが撃つ》

(誰の声だ? 誰の心だ? …………関係ない。オレは操られてここにいるわけじゃない。オーブに思い知らせるのは、お前じゃない。オレだ)

 更に猛る〝ルインデスティニー〟に国防本部が無力化させられるのは時間の問題のように思える。その想像にカガリの背筋は凍り付いた。これがもし市街地での出来事だったらと考えると怖気が走るが……。奴は何を考えていきなりここに現れたのか。

「いや、今はそんなことより――どうすればアレを止められるんだ……!」

 出撃命令と布陣の設定を決めてしまえばすることはいきなりなくなった。出す度出す度撃墜される国民に忸怩たる想いを抱えたところでできることは、ない。現場指揮さえフラガ一佐に任せる現状、出撃したがる自分の胸中を押さえ込むだけで精一杯だ。何もできることがない。

「〝ルージュ〟は使えるはずだが……」

 カガリの言葉を間近のオペレータが聞き咎め、思い留まらせる。MBF‐02〝ストライクルージュ〟は先の大戦で四肢が大破していたが、式典のためもあり、完全に修復がされている。だが、〝ムラサメ〟を駆る軍人がこうも易々と墜とされ、フラガ一佐ですら持て余す戦場にカガリの操る〝ストライクルージュ〟が出たところで好転はしそうにない。それは国家元首自身も思っていることだろう。でなければ誰であろうと止める間もなく指令室を飛び出しているはずだ。

「なにか……ないのか!?」

「代表、これなどいかがでしょうか?」

 他に希望がない以上その案に飛びつくほかない。モニタに目をやり――思案するまでもなく任せられるのは〝アカツキ〟しかいない。

「機動準備だ。準備でき次第、国防本部西側に設置。――フラガ一佐に通信を繋いでくれ」

 オーブの戦力が、中心地でありながら間もなく無力化される予感は、ムウも感じていた。黒い〝デスティニー〟に追い縋り、それでいてその火力に戦いて取り付けはしない。決定打がを一つとして生み出せないまま同胞が次々と墜とされていく現状に苦い唾液に辟易するしかできない。

「チッ……。こいつぁ、援軍に頼るしかねーのか?」

〈フラガ一佐。〝マガノイクタチ〟起動準備完了だ。ポイントA‐58地点にそいつを誘導してくれ!〉

「なんだそりゃ?――まぁいい! 了解した」

 カガリの指示と共にナビゲーションに光点が灯る。国防本部の西端……格闘戦を仕掛けるには好都合な場所だが、〝デスティニー〟に接近戦をを挑む気にはとてもなれない。空中戦より不利になりそうな気がひしひしとするが元首の命令、まさか逆らうわけにはいくまい。それにこの元首は政治家には珍しく戦闘経験豊富な指揮官。従う価値は充分にある。

 敵機ががライフルを手にしているのを見て取ったムウはビーム長刀をを左手に取り躍り掛かった。〝デスティニー〟は当然のように異常な回避力を見せ紙一重で長光刃を避けた。だが慣性まで自在に操りでもしない限りどう足掻こうと隙はできる。〝アカツキ〟の伸びきった左はそのままに次いで右手のライフルを突き出した。72D5式ビームライフル〝ヒャクライ〟には突端にビーム銃剣(バヨネット)が備えられている。意表をついた一撃は〝デスティニー〟の腕を弾く。

「おいおい剣でも駄目かよ……どーいう装甲だよっ!」

 だが、注意を引くことには成功した。敵機のカメラアイがこちらを睨み据えるなり〝アカツキ〟を指示されたポイントへと疾らせる。

 逃げに徹せば〝アカツキ〟がこいつに撃ち抜かれる道理はない。回避など脳裏から排除し指定されたポイントへと走らせる。〝デスティニー〟を引き離した頃、眼前に見慣れぬ黒柱を抱えた〝アストレイ〟が4機現れる。

「代表さん! 間もなくポイントだ! 俺はどうする?」

 通信の間にも〝アストレイ〟達は黒いポールでコーナーポストよろしく限定空間を区切っていく。

〈敵機をポールの間に放り込んでくれ!〉

 簡単に言ってくれる。こんな怪しい囲い、敵も警戒するに決まっているではないか。ムウは腹を決めると〝アストレイ〟達を下がらせ、ポイントの空間に〝アカツキ〟を収めた。

〈フラガ一佐!?〉

「〝マガノなんたら〟ってのはここを爆破するようなヤツか?」

〈いや、違うが…動けなくなるぞっ!〉

 再度〝ルインデスティニー〟のメインカメラが捉えた〝アカツキ〟は四方に何やら武器ともつかない黒棒をまとわりつかせていた。

「……該当データ無しか」

 破壊兵器ならば自機を囲うというのもおかしな話。ムウ・ラ・フラガお得意の量子通信兵器かとも疑えるが……このNジャマーがしっかりかかった環境下では考えにくい。罠? だが小型のビーム砲塔などどれだけ持ってきたところで〝ルインデスティニー〟には通用しない。AIも警告を保留している。クロは腹を決めた。

「来る……!」

〈フラガ一佐! 起動のタイミングを知らせる! ギリギリで離脱――〉

「あいつの加速を甘く見るな! いいからこのままやれぇっ!」

 ビームソード〝メナスカリバー〟を握り込み光の翼を吹き立たせる。刃を手にし、腰を落とした〝アカツキ〟を貫通するつもりでスラスターを噴かす!

 ペダルベタ踏みの加速感。サイドモニタを黒柱が通り過ぎた。

 ――瞬間エネルギーゲージが減少を加速し瞬く間にゼロを差した。

「!?」

 眼前で〝アカツキ〟が崩れ落ち、その瞳から光を消す。こちらのセンサーには、空間に散らされたミラージュコロイドを感知していた。四本の柱が磁場を発生させ、空間に散らされたコロイド粒子を定着させようとしている。

「何だと? 止まった? エネルギーゼロ? 馬鹿な……」

 レバーを傾ける。〝ルインデスティニー〟は応えない。クロは胃の底に冷たいものを抱えながらも左上のレバーを倒し、キーボードを引き落とした。

SEED Spiritual PHASE-37 口論の原因はどこ

 

 見上げる先にはかつての愛機〝インパルス〟。いや、ヨウランの話では〝インパルスMk.Ⅱ〟だとか。

「なぁヨウラン」

「ん?」

「これ、動くのか?」

 シンの視線を追うようにヨウランと、作業ついでについてきたヴィーノが見上げた。二人の視線から、自分の言葉を思い返す。

「……いや、あのクロってヤツ、ホントにオーブに行ったな、と思って」

 デュランダルの起こした戦禍を乗り越え、ようやく安定した世界に灼熱した楔を打ち込もうとする破壊者。シンはあの男をそう非難したが……昨年〝デスティニー〟を操りオーブを蹂躙したのは、他でもない自分自身ではないか。そう考えると苦笑が漏れた。

 微笑むシンを、二人は怪訝な面持ちで見やった。あんなことがなければ、二人とも微笑み返していただろう。治療が済んだと聞いてはいるが、先入観と偏見が抜けない。

「あー……と、この機体は動くけど、〝ブラストシルエット〟しかないよ。クロがザフトから逃げる際脚代わりに盗んできたものらしいから。あぁあと、〝インパルス〟のくせに分離できないから」

「?……どういうことなんだ?」

「データしか知らないけど、〝Mk.Ⅱ〟は〝デスティニーシルエット〟の実証用だったらしいんだ」

 統合兵装シルエット〝デスティニー〟は〝インパルス〟の武装参考となった〝ストライク〟が用いる統合兵装備ストライカーパック〝I.W.S.P.〟のシルエットシステムバージョンである。〝フォース〟、〝ソード〟、〝ブラスト〟の3形態を一つにまとめた仕様であり、MMI-710〝エクスカリバー〟レーザー対艦刀、テレスコピックバレル延伸式ビーム砲塔の遠近対応武装、試製のビームブーメラン、ビームシールド発生装置に加え、〝デスティニー〟と同様の光の翼を発生させるウィングスラスターを追加装備する重武装のシルエット。過剰な武装は〝インパルス〟の繊細な分離合体機構に多大な負荷を与え、ビーム兵器だらけの出力は〝インパルス〟の内蔵電源を瞬時に消費してしまい、作戦行動中に複数回の〝デュートリオンビーム〟での充電が必要であるなどのマイナス要因が祟り、正式採用が見送られた。その為ゼロから機構の再設計をやり直した〝デスティニー〟が開発され、それに対応するエネルギーゲインを得るため〝ハイパーデュートリオン〟エンジンが搭載されたわけだが――この機体はその問題の機構部分のみを解消した過渡期の実験機と言うことだろうか。

「クロ……じゃねーわな。ルナマリアを、手伝いたいのか?」

 ぶっといケーブルと端末を繋ぎ、弄ったデータを確認しながらヨウランはシンに呟きかける。盗み見るよう視線を流せば絶句するシンの姿が見て取れた。更に視線を流せばヴィーノが取り落としかけたパーツを押さえ込んでいた。周囲の空気は話題の悪化に歯止めをかけようと重苦しいストレスを投げかけてくるが、ヨウランは強引に無視してシンを見た。

「お前は……ルナマリアのこと好きなのか?」

 今度こそけたたましい音を立ててヴィーノが機材をひっくり返した。

「……………」

 シンは頭を掻いた。「わからない」というはっきりとした曖昧な回答を期待していたヨウランは気持ちのやり場に困り、話題を適当に変えることにする。

「あー、と、……おぉおおまさかお前やっぱり妹さん至上主義かよっ!?」

「お、ヨウランお前なっ!」

 軽くなった空気にほっとしたヨウランはデータ送信の待ち時間を利用してシンに腕を巻き付けた。

「そー言えば〝ミネルバ〟進水式の日、俺と買い出しに行った時あったろ?」

「え? お、おお」

「そんとき、あったな。女性に目覚めることがっ!」

「な……なんだよそれ? べ、別に隠れてなんかしてないぞあの日」

 ヴィーノが機材を拾い集めながら怪訝な顔をしてこちらを見ている。シンも何のことだか思い至れず彼の表情をまねているのでヨウランは思いっきり言葉に毒乗っけてわかりやすく説明してやる。

「ヴィーノも聞け。なんとこいつは曲がり角でおねーちゃんにぶつかったのをいいことに思いっきり胸掴みやがったんだぞ」

『おぉぉおおおおおおおおおおぉっ!?』

 違う意味であがる二人の奇声に再び機材落下音が唱和した。

「待て! あれは不可抗力――」

「その子が歌ってるよーな声が俺には聞こえた! それに『押さえる』じゃなくて『揉みしだく』手付きだった。俺は真横でしっかり見た。こぉのラッキースケベ!」

「なにぃっ!? おい、シン、どんなだった? えーと、何カップくらい?」

 フレデリカがことさら目を背け、ディスプレイに没頭するが、ディアナは半眼でそんな男3名を冷ややかに見つめていた。

「さいてー。あぁやろーは元気ねぇあーゆー話になると。フレデリカ。あんたは? ちっとは興味ない?」

「いえっ……私は…」

 仕事が進まない。特に男性作業員二人は捕虜一匹にかかりきりになっている。ノストラビッチだけは遠くから株価指数の合間に視線を投げ、口元を綻ばせていた。

「そ、そんな、分かるかよっ! だから咄嗟に――」

「嘘付け! その子が痴漢に怯えて逃げてった後も、荷物拾うの忘れてしばらく、こう、手を握りまくる形で差し上げて妄想の海でにへら~と」

「だ、誰が痴漢だ! そんなことしてない! 大体あの後すぐに〝ミネルバ〟に戻って――聞けよ!」

「なぁヨウラン。どれくらい? あの、偽物ってなったラクス・クラインを超えるか?」

「うーむ。難しいところだな。流石にあの迫力はないが、ちょっと大人しそうで保護欲をかき立てられるっつーか、やぁらかそうな金髪の、眼のおっきめな――」

 頭にヤカン載っけたら沸騰しそうなほど真っ赤になったシンだが、ふと一つの可能性が閃いたヨウランはそのまま談笑ができなくなった。

「お? ど、どうしたヨウラン」

 言葉に、先程とは違う毒を載せざるを得ない。真っ赤になって絶叫しまくるシンを背にしながらヨウランの軽いノリがひび割れるようにして剥がれ落ちた。もう一年以上前の記憶、そんなもの当てにならないかもしれない。が、ヨウランはこれを自分の胸の中にしまったまま雰囲気を優先するとができなくなっる。あの直後、〝カオス〟、〝アビス〟、〝ガイア〟が強奪された。確かに、つじつまは合う。

「シン」

「――ったく! 何だよ今度わっ!?」

「お前、彼女のことはどう思った? 好きだったのか?」

「あぁ? 一目惚れとか言いたいか? おれは――」

 二人とも気づいていない。そう言う自分も当時何も考えなかったのだ。自分たちの役に立たない注意力に腹が立ってくる。

「お前、以前〝ミネルバ〟に連合の女兵士連れ込んだことがあったよな?」

 シンの肩がはっきりと跳ね上がった。ヨウランはそれに満足しながら次ぐ。

「あの娘のことは、好きだったのか?」

 視線から逃げる。

「なんで、そんなことを?」

「あれだけ軍紀違反しまくってまで守ってやろうと思ったんだろ? そう考えるのも自然だと思うけど」

 シンは遠い目を見せ、蕩々と呟く。

「わからないんだよ……。おれは、ルナもステラも…ただ守りたいと思っただけだ」

 やはり、気づいてはいないらしい。ヨウランはシンの沈んだ表情を注視し解析に努めたがその意識に嘘がないとしか判断できない。ならば、シンは気づかず彼女を救おうとしたのだろう。

 告げるのは、憚られたが、いつまでも悶々としているのが嫌になったヨウランはシンへと告げた。

「なぁ。シンが〝ミネルバ〟に連れ込んだあの子、お前がラッキースケベやった娘と同じなんじゃないか?」

「……………え…?」

「考えつきもしなかったんだろ」

 呼吸すら忘れる。

「あの、お前が胸揉みまくった子と別れてしばらくして、〝ガイア〟とか盗まれた――あの時は地球軍から潜入捜査でもやらされたんじゃないか?」

「う………」

「それを踏まえて、もう一回聞くぞ。金髪の、えーっと、ステラって子か。お前は彼女を好きだったのか?」

 シンの中でも時系列だけが違う二人の少女がリンクしたのだろう。眼が泳いでいる。

「今、彼女が変な病気もなくこの場に生きてたとしたら、お前は彼女を罰するか?」

 以前の、レイに洗脳されてたシンならばこう答えただろう。「彼女は被害者だ」と。だがアスランにはり倒されて、憑き物を落とした彼は、こう零したことがある「彼女も加害者ではあった」と。ならば今のシンは、どう答える?

 期待したヨウランはすぐさま落胆した

「ぁああああわからねぇよっ! おれはただ、約束を守ろうとしただけっ!」

 轟音。殴りつけられた壁が揺れ、ライトが代わりに抗議を挙げて視界をちらつかせる。それでもヨウランは彼から視線を反らさず見つめ続けた。

「ただ、死んで欲しくないのにおれは……おれが守ろうとすると、誰も守れない……」

 シン・アスカは傍若無人なまでにはきはきしているべきだ。そう固定観念のできあがっていたヨウランは彼の態度に苛立ちを覚え続ける。しかしそれでも、最後の毒を吐くのは幾ら何でも躊躇われた。

「質問ばっかりで悪いが――いや、変な意味にとるなよ。妹さんはどう思ってるんだ? なんか、携帯ずーっと持ってたじゃねーの」

 だからオブラートに包んで尋ねる。ヴィーノが再度盛大に機材をひっくり返し、モノ壊したのみならず爪先に加重食らって泣いた。シンは流石に憮然としたが、律儀に答えを返してはくれる。未だ手放せない。ピンクの携帯通信機を取り出して。

「なんだろ、ステラに対する気持ちと同じかな。守りたいのに守れない、そんな自分の力のなさが悔しいんだよ……」

 その目が再び〝インパルス〟に投げかけられる。守るための力を欲する、ということなのだろうが強大な力を得たところで叶わぬ願いが無数にあることをシンは先の戦で思い知らされている。その経験がない昔のシンであったら、誰が止めようともあの機体を駆って飛び出していたかもしれない。

「だったらオーブに行ったらどうだ?」

「……まだだ。おれは、今度は状況に流されるわけにはいかない。まだおれは……ルナや、お前らが…っつーか、ここの奴らが正しいって思えない」

 シンに与える可能性があった〝デスティニー〟が宇宙に送られていて……良かったのかもしれない。ヨウランはシンから視線を外すとスパナを拾い上げ、ポーチに詰めると端末に指をかける。

「だったらオーブへ帰ったらどうだ?」

 ヴィーノの片付ける手が止まる。シンが信じられないものでも見るような眼を向けてくるが意にも介さず作業を続けた。

「俺はキラ・ヤマトだか今のラクス・クラインだかそれともカガリ・ユラ・アスハだか……あいつらが昨年俺らにやってくれた仕打ちを平和のためとか思って許せる程デキた人間じゃない。だからこんなことやってんだ。軽蔑すんならご自由に。オーブに帰ってこの場所密告(チク)って、総攻撃でもかけてこいよ」

「お、おい……別におれは……」

 シンは悩んだ。

 自分は、戦場でアスランの言葉を聞いた。デュランダル議長の裏側を見せつけられた。そして自分にも悪があると認めた。

「あいつらは艦長と、レイの仇。そうは思えないんだな。お前は」

 ヨウランとヴィーノは戦場でのことなど知らない。フェイスでなければ近づけない議長の間近など知るはずもない。そんな彼らからすれば身近な戦友を重んじるのも無理からぬことと思える。しかしそれではいつまでたっても戦いが終わらない……。

「シン……。ヨウラン……。ちょっと待てよ。頭冷やせよ二人とも。喧嘩すんなよもー」

「シン。平和ってのは何だ?」

 その根源的な問いかけに、離れたところで情報収集に勤しんでいたノストラビッチも顔を上げた。

「よ、ヨウランはどう思ってるんだよ?」

「ただ二局の大戦争が起こらないことが平和だってんなら、今は平和だよな? 今に満足か?」

 応えられなかった。自分は、――詳細を思い出せないところがあるにせよ――今のオーブとザフトから逃げ出してしまったのだから。

「っ…………でも、それとテロリズム容認は違うだろ」

「そのテロリストも信念を持って正義だと思って戦ってる奴もいる。俺はただの復讐者だけどな。小さな集団だとテロリストで、国に従ってると正規軍……それが境界線の全てだとしたら、軍事力自体を無にでもしないとテロリズム容認は消えないよな」

「ならヨウラン! お前は際限なく戦ってくのが正しいって言うのかよ!?」

「少なくとも、俺は〝ミネルバ〟に乗ってた頃のお前の方が好きだった!」

「そこまでじゃガキ共」

 シンが絶句した瞬間、いつの間にか背後に歩み寄っていたノストラビッチの鉄パイプが二人の頭頂を痛打して黙らせた。ヴィーノがほっと胸をなで下ろし、女二人が拍手している。

「お前らが導ける回答などその程度じゃ。もっと学歴積んでこい戦争専門家ども」

 三人は喧嘩両成敗と納得したが、当事者達は憮然と口を尖らせている。シンがコンソールに背を預け、流れ落ちるように座り込んだがヨウランはコンソールに手をついたまま口の中だけでぶつぶつ繰り返していた。

「おれだって……」

「ん?」

「今に納得してねーよ。これでいいとは、思ってねーよ……!」

「悪かったよ。いや、でもなんつーか、それが聞けてうれしいよ。いや、悪かった」

 綻んだ口元を隠そうと手を翳したが、シンの笑顔が突き刺さってくる方が速かった。ニヤニヤと二人して笑っている内に、口論の原因がどこに行ったか分からなくなった。

 ついでに平和の始め方や正義のありかも分からないままになっていた。

SEED Spiritual PHASE-38 酷い理由を教えてくれ

 

 〝マガノイクタチ〟

 オーブが開発に成功した初のモビルスーツ〝アストレイ〟。

 MBF‐M1などオーブ製モビルスーツの母体となったいわば〝プロトアストレイ〟は5機作成され、その内3機はロールアウト寸前であり、様々な組織に流れた直後に実践運用可能であったと聞く。その〝プロトアストレイ〟初号機――通称〝ゴールドフレーム〟改修の際、オーブ技術者エリカ・シモンズが開発・実装した武装である。

「カガリ様! こっ…これでは〝アカツキ〟も……!」

「くっ!」

 エリカはオーブ理念を具現化させた『非殺傷兵器』としてこの武装を設計した。モビルスーツがバッテリー駆動であることに着目し、装甲貫通、動力破壊、搭乗者殺傷と言った通常撃墜手段を経ずにモビルスーツを鉄屑に変える武装である。

「フラガ一佐! 起動のタイミングを知らせる! ギリギリで離脱――」

〈あいつの加速を甘く見るな! いいからこのままやれぇっ!〉

 『強制放電』。〝ゴールドフレーム〟の改修型に搭載されたこの武装はミラージュコロイドの運搬(キャリア)能力を利用し、限定空間にコロイドを放出、その空間に包まれたモビルスーツの電力をこちらのバッテリーへと移動させるものである。しかし空間に放出されたコロイドは装甲表面に定着させるよりもロスト率が高く、最終的には敵機に接触し、直接コロイドを注入する形に変更されている。

 レポートで目にしただけだが、理論上はパワーエクステンダー装備のバッテリーどころか核分裂エンジンでさえ停止させるほどの電力放出期待値が得られるという。

「カガリ様! 〝アストレイ〟一小隊を――」

「それでは止められない――」

「試作品だ! 換えは――」

 先刻設置した4本の黒柱は磁場固定装置を内蔵した〝マガノイクタチ〟である。コロイドの拡散を防ぐため、磁場で封印空間を作成し、その中に入ったバッテリーを強制放電させる――

 レポートのデータが確かなら、ここに閉じこめられたあらゆるモビルスーツが数秒で行動不能にまで陥るはずである。

 ムウは覚悟を決めたようである。迷い続けていたカガリも、腹を決めるしかない。

「〝マガノイクタチ〟起動だ」

『えっ? しかし――』

「起動だ! 黒い奴が入ると同時に! 早くしろっ!」

 元首の言葉に血が滲んでいることを国防本部の皆が察する他なかった。オペレータがキーに手を伸ばし、指示に従い4機の〝アストレイ〟が柱を確認後、飛び離れる。

 ムウ・ラ・フラガが息を飲んだ。

 瞬間、〝ルインデスティニー〟をくわえ込むなりオーブの理念が触手を絡める。

 起動した〝マガノイクタチ〟はコロイドを放出し、磁場が固める直方体内に二つのエネルギーを吐き出させる。

「!? ――成る程。データだけの品じゃなかったわけだ」

 エネルギーの残量が急下降する世界で、クロは展開したキーボードに意志を吹き込んでいく。

 現在パラメータを圧縮、

 圧縮データをAIの記憶域へと移行、

 高速展開用のバッチファイルを作成、

 そして両足底設置圧と星流炉アブソーバを最大値に引き上げた。

「よし」

 確認し、データを書き換えたクロはすべてのスラスターをカット、〝ルインデスティニー〟を大地に降り立たせる。

「なんだとっ!?」

 カガリがコンソールにのしかかるモニタの奥で、急激な自然破壊が起こっている。樹木が枯れ落ち、緑が赤茶け、大地がひび割れ構造材までが剥がれ落ちていく。恰も時が早送りさせられたかのように。〝マガノイクタチ〟の周囲――いや、黒い〝デスティニー〟の周囲で。

 カガリは先日の、異形が語ったテレビ放送を思い出した。

 

〈ちなみに、あなた方が追い詰めないと何もしない種族だというのは分かっていますので、一つ追い詰めるための手段を提示いたします。

 星流炉は、星の命を吸い取ります〉

 

「なんて、ことだ……っ!」

 分かっていなかった。その言葉の真の意味を。『星の命を吸い取る』。まさか言葉のままの意味だとは。

「流石技術大国オーブだな。だがっ!」

 着地と同時にフェイズシフト装甲が色付き、ものの数秒で作戦単位時間活動充分なエネルギー量が得られる。再び瞳に炎を灯した〝ルインデスティニー〟は不気味に蠢くなり手近な柱を握り込んだ。

「〝マガノイクタチ〟を止めろ! あそこ一帯不毛の――」

 黒い〝デスティニー〟が握り込んだ柱が爆砕された。磁場が乱れ、コロイドが飛散し、〝マガノイクタチ〟が効力を失う。残されたのは力なく項垂れた黄金の機体と、草一本に至るまで枯死し、無惨にひび割れた地球の傷だけだった。

〈オレに二度とこんなの試さない方がいいぞ。でないとオーブはサツマイモも育たない不毛の地になる〉

「あ、あの機体からの通信です!」

 カガリは怒りを覚えた。あまりの憤怒に言葉が出てこない。なんなんだ? お前らは? 母なる星の命を吸ってまで我が儘を通すと言うのか!

 カガリは通信士からマイクを引ったくると同じ周波数目がけて形を持った駑馬を投げつけた。

「お前、お前達を史上最悪の集団と断じる。お前達の思想では、誰も救えない! 全ての根本であるこの星を破壊しかねない力を振るって何が得られるというんだっ!」

〈自分自身より星が大事か? そうだな。大地がなければ生命が過ごすことも生まれることすら出来ない。コーディネイターの大地である〝プラント〟に連合のアホが核撃ち込んだときはオレも最っっ低ェだって思ったよ〉

 精神鑑定などかけようもないまともな回答にカガリは鼻白んだ。

「ならばなぜこんなことができる!? そんな機体に乗っていられる!?」

 クロは血を吐くような切実な声を取り合わず、思うままの言葉を継いだ。

〈――が、国益のためとか言って地球を汚し続け、環境浄化より経済発展を優先してきたのはオレじゃない。家族のためと使命に燃え、コロニーを墜として黒い天空にしてしまったのもオレじゃない。ならば何故、〝ルインデスティニー〟は史上最悪なんだ? 環境破壊してきた過去の人間、〝ユニウスセブン〟墜としたザフトの脱走兵共よりオレが酷い理由を教えてくれ〉

 そういう話がしたいわけではない! 心の中には形持つ怒りが渦巻くも、テロリストに思い知らせる言葉は一向に形を成さず、カガリは絶句するしかなかった。沈黙は数秒と待たず、通信機からは嘲笑が返る。

〈質問には明確な回答をー。政治家は全部把握してるからこそ『先生』呼ばわりされて高い給料もらってるんじゃねーのか。何んにもできねーんなら税金返せー〉

 言いたい放題ぶちまけて一方的に通信を切ったクロは別のパルスを選択し、再び通信を繋いだ。

「〝アカツキ〟撃墜。まぁ自滅だが。ここはもう『安全』だ」

〈お疲れ様です。まもなく『お仲間』もそちらに到着する頃ですから、ルナさんにも入ってもらいましょう〉

 波音。海面が盛り上がり、漆黒の機体がその頭部を覗かせる。〝ストライクノワール〟は雲霞の如く流れるモビルスーツ群を睨み据え、領海侵犯を開始した。

「市街地を巻き込むってのは……どうもね……」

 そんなルナマリアの心中など知らず、クロはティニを映すウインドウを閉じた。薄く笑うと、先程格納したデータで現在のパラメータを上書き。機敏さを取り戻した〝ルインデスティニー〟は禍々しい光の翼を解き放つと天に犇めく防衛部隊へと躍りかかる。

 無数の〝ムラサメ〟が羽虫以下の価値で吹き散らされた。しかし今消えていったのは無数の、人命。冷たいものが背筋を犯していく。

「カガリ様! 待避を」

「っ! しかし!」

「こ、国防本部に接近するモビルスーツ及び艦艇、数……!っ 識別信号発していません!」

「アンノウン部隊領海を侵犯! モビルスーツ発進!……約7分後に市街地に到達します!」

「警告には応じません! 敵部隊…………? 市街地を通過、市街戦を避ける気でしょうか?」

「何だ? 〝ターミナル〟は虐殺者ではないとでも言いたいのか?」

「しっ、市街地での戦闘行為は厳禁だ! 海上を越えた敵機はここで迎え撃て!」

「カガリ様、待避を!」

 

 

 戦意を失ったか立て直すつもりだったか。ともかくこちらに背を向けた機体目掛けてビームブーメランを投げつける。爆煙の影を縫って飛来した数機へとビームライフルと長射程砲を叩きつけ黙らせる。二つの火線をかいくぐった強運の持ち主も腹部から吐き出された複相砲に灼かれて墜ちた。

 ほんの刹那、戦場が静かになる。誰も、対抗手段を探せずにいる。

 オーブの国家元首、メディアを通じては何度も目にし、声も聞いたが実際に話してみるとまた趣が違う。思ったよりも冷静だったとクロは感じた。しかしあの性格では現状を立て直すことはできまい。胸中で嘲り、その嘲りに苦笑を漏らした。

「それで冷静と思うなんて……オレはどれだけ『お飾り』さんを馬鹿にしてたんだ……」

 背後にアラート。しかし向き直る前に横手から降り注いだビームの嵐が〝ムラサメ〟を踊らせ飛来した刃が逃げ場を失った機体を爆砕した。

「ルナマリアか」

〈お待たせ。ティニから聞いた? 統合国家の増援到着、あと32分らしいけど〉

「遅いなー。所詮烏合の衆か。じゃあオレは行ってくるが、ここは任せて大丈夫か?」

〈わたしも赤だっつーの!〉

 親指立てて不敵に微笑むルナマリアを……それでも一抹の心配を抱えながらもクロは〝ルインデスティニー〟を反転させた。向かう先には、国防本部の非常出口。過去のある情報は〝ターミナルサーバ〟の前では丸裸にされる事実に戦慄を禁じ得ない。

(でも、100%じゃねぇだろ。他のルート通ってたら連絡受けて、走って、追いつけるのかねぇ……)

 今度は別の心配事を抱えながら機体の設定を変えていく。事前に作成しておいた遠距離戦向けの自動戦闘モジュールをAIに読み込ませると対艦刀とビームブーメランにロックをかけ、射撃専用装備を両のマニピュレータに握り込ませる。回避運動には乱数を設定、着地後30秒後の座標を中心に置く。

 色々と適当だがDSSD仕様のAIは一度以上の経験があれば以降は無限に対処できる。その一度を限りなく絶対にするためのTPS装甲だ。現状では〝ジャスティス〟が現れない限りこいつが墜とされる心配は万に一つもない。

 設定を終えたクロは〝ルインデスティニー〟を入り口付近に跪かせ、コクピットハッチを開くとその腕を伝って降り立った。後はスーツに付いた端末を操作すれば、〝ルインデスティニー〟はパイロットを残して飛び上がり――戦闘を始めた。

「そろそろオレいらねーんじゃねえか?」

 ルナマリアに背を任せながら〝ルインデスティニー〟はオーブの正規軍に次々と楔を打ち込んでいく。クロは自分の価値に苦笑を漏らすと右腰のホルスターと左腕のロッドケースの感触を確かめた。行政府ともつながる通路、クロが足を踏み入れるなり誰何の声。いきなり隠密行動失敗に舌打ちを零しながら射殺。死骸を通路脇に引きずり隠蔽。ティニからもらったマップに目を通し、取り敢えず司令室を狙って行けばカガリ・ユラ・アスハとぶつかる……予定だが。

(実はとっくに行政府に帰ってましたじゃねえだろうな? ティニに聞くか?)

 隠密行動にいきなり失敗したような奴が喋りながら歩いて見つからないほど世の中は自分に優しくないだろう。壁に背を貼り付け滑るような移動を繰り返し、あと3つも角を曲がれば司令室に殴り込むしかなくなる頃、

「――〝アカツキ〟の回収は? フラガ一佐は無事か!」

 映像などでは聞き覚えのある声が鼓膜に届いた。銃身のない銃を握り、ヘルメットのモニタに熱紋センサーを起動させれば内部マップに自分と、近づいてくる4つの光点が表示される。

 タイミングを見計らい、曲がり角のアウトコースを跳ねたクロはSP共が行動を見せる前に二人を撃ち抜いた。

「なっ!?」

 今倒れた2人のSPに流血はない。心臓を貫通されたにも関わらず。

「ビーム、かっ?」

「そー言うことだ。SPの方々。セオリー通り盾にならない方がいいぞ。こいつは人体あっさり貫通します」

 あり得ない――わけではないのかもしれない。昔は艦砲以下のサイズで済ませるビーム兵器など考えられなかったというのに現在はモビルスーツサイズのビームライフル、ビームカービンが当然のように流通している。そんな考えに至れても、人間サイズのビーム兵器を見せつけられては驚愕するしかなかった。

「お前……あの〝デスティニー〟のパイロット…………か?」

 死の臭いを感じたことは幾度となくあるが……ここまで苦い唾液に辟易したことは初めてだと、カガリは奥歯を噛み締めた。

SEED Spiritual PHASE-39 お前は死ね!

 

 対抗策に頭を悩ませながらの逃亡中、いきなり現れたザフト兵らしき男はハンドガンから閃光を放った。レーザーサイトなどではない。目の前には血を流さぬ屍が転がっているのだから。

「ようやく会えたぜ。支配者様よ……!」

「お前……あの〝デスティニー〟のパイロット…………か?」

 カガリは声からそう判断したが、だとすれば今外で行われている戦闘は何なのか? その思いが言葉に疑問符を忍ばせる。クロは彼女の怪訝な表情を読み取り口の端を歪めたが、生憎遮光処理されたバイザーに阻まれ内心は全く伝わっていない。

「カガリ・ユラ・アスハ。世界規模の相互扶助目的国家群地球圏汎統合国家オーブ代表首長。戦場に出る文民、全世界の支配者――『お飾り』の」

 声色にありありと嘲りを含めた言い様に、カガリは憤怒に呻く。SP達もザフトのノーマルスーツをまとった不審者の急所に銃口を突きつけながらも次手が想像できず、発砲を控えている。

「そんな頂の者に問いたい。この世界は歪んでいないか?」

「なん……だと?」

 銃口はカガリの心臓に合わせたまま、クロは呆れに怒りすら滲ませた。

「おいおい。そう言うこと何も考えず政治やってるつもりか? 答えられねぇなら今すぐ総辞職でもしろよ」

 嘲りに矜持が振るわされ、カガリは身の危険も忘れて政治の脳に縋り付いた。父の言葉がいくつも思い起こされ、開きかけた口を何度も押し止め必死に言葉を選び出す。

「ゆ、歪んでいる……。確かに、戦争のなくならない世の中は――」

「何で戦争が起こる? オレ達みたいなのがいるからか? ならそう言った奴らは恐怖政治で潰しておけばいいか?」

「違う! 優先順位がつくのは仕方ないが、わたし達は誰も見捨てるつもりなどないっ! 〝プラント〟と共同で行っている地球浄化作業(ピュリフィケーションプラン)、被災地支援が優先されるのは仕方がないだろぉっ!?」

「行動を起こしているようには見えないんだよ。統合国家を名乗る以上世界全てをまとめる責任ができてるだろう? んで、援助を求めてる輩が世界にごまんといるのはオレでもわかることだ。――それなのに! この間オレは余った金湯水の如く無駄遣いしてる馬鹿野郎をモビルスーツで踏んでやったぞ。なんであんな奴が先生呼ばわりされてんだ? 答えろ」

「それは……っ!」

「わかるよ。幾ら世界の支配者って立場についてても全世界が見通せてどこにでも横やり入れられる訳じゃねえってのも。だがな。今喰うものに間で困ってる奴にそれを言うつもりか?」

「だったらどぉしろと!?」

「政治家が軍人っつーかテロリストにそれを聞くな。不完全は仕方がない。でもあんたの立場ならティニ以上の代替案出すべきだろう?」

 一方的に対立案を並べ立てる様は……カガリの脳裏に軟弱で軽薄な婚約者の顔を連想させた。絶句に更なる嘲りが被せられ、カガリは息を飲む。ザフト兵らしき男から発せられるのは、紛れもない殺意。

 SP達は敏感だったと言うことだろう。発砲して――反撃の閃光に皆が皆額を貫通され黒い小穴から煙をたなびかせ、倒れていく。

「何もしないことは罪なんだよ。お前の立場じゃな。アスハの後継者、お前は今どう思っている?」

「……貴様……!」

 クロの言葉に激昂したカガリは銃を取り出し突きつけた。たった今のSP達の結末を見ていなかったわけではない。それでも激すれば、これしかできない。

「もし、『わたしなんかのために彼らは死ななくても良かった』とか思ってんなら今すぐとって返して後継者探してこい」

「お前は……! 間違ってる! お前達のやってることは、ただ世の中に死を撒き散らすだけだ! 星も人も死に絶えた世界で、お前とあの化け物は何をするつもりなんだ!」

「平和が欲しいんだよオレ達も!」

 握りしめたハンドブラスターがこちらの中心を狙っている。

「究極のコーディネイターが操る究極のモビルスーツと言う暴力で他勢力全ての言葉を圧殺した奴が何を言う! お前はキラ・ヤマトの『鎮圧』に正義があると本気で考えてやがるのか!?」

「今が不安定なだけだ! キラは誰よりも戦いを拒んでいる! 必要がなければあんなことをしたいと思うものかぁっ!」

 クロは彼女の吐露に開いた口がふさがらなくなった。やっとの思いで引き締めた奥歯は音がするほど噛み締められる。これが本音か? だからこそ、この世界は歪んでいる!

「本気でそう思っているならお前は死ね!」

 

 

 

 アスランはいてもたってもいられず寝台からまろびでた。傷の治療が最優先、完璧な力を振るえるようになってこそ皆の期待に応えられる――そんな正論は聞き飽きた。理解はできても納得できないことがある。硬化物に固められ、自由にならない左腕に痛み半分悔しさ半分の呻き声を漏らしながらドアをくぐればメイリンの心配そうな顔が飛び込んできた。

「め、メイリン……!」

 凄まじい罪悪感が焦燥感を塗りつぶす。

「あぁ! またぁっ!」

「す、すまない。……だが!」

が、その逆接により再浮上する焦燥感が罪悪感を押し流した。

「い、今の俺でも何かできることがあるはずだ。せめてオペレータ席に――」

 真摯な瞳を真っ向から見返すことはどうしてもできず、目を反らしてしまったメイリンはあっさりと彼の説得を諦めると努力しても目を合わせられないまま、

「ほ、本当に大丈夫なんですか?」

 社交辞令的に聞いてみた。

「大丈夫だ」

 観念はしたが、この状況を彼に見せるのは憚られた。〝アカツキ〟が戦闘不能、悪魔のような黒い〝デスティニー〟に続いて所属不明のモビルスーツが国防本部を取り囲もうとしているらしい。恐らく今は冷静沈着で過ごしているアスラン・ザラも現状を目の当たりにしたら〝ジャスティス〟目がけて突っ走って行きそうでとても怖い。

「や、約束してください。アスランさんは戦闘禁止です。サポートだけです」

「自分の状態くらいわきまえてる……」

 そーかなー。メイリンは果てしなく不安だったがこの微笑には勝てなかった。不承不承ながら彼に手を貸し歩き始める。国防本部の司令室の場所を思い浮かべ、怒号混じりの指示が飛び交う修羅場を想像し、メイリンの歩調がどんどん重くなっていく。とうとうアスランに抜かれ、あわてて爪先を投げ出したが、その歩みがアスランの手に遮られる。

「え?」

 密かに見上げたアスランの目は、戦場を見つめるそれになっていた。メイリンの心臓がぞくりと跳ねる。

「……なにか?」

 銃声など聞こえない。だがメイリンも気づいた。周囲の色彩が一変している。鼻腔が、焼け焦げる肉の臭いをかぎ取った。

(……アスハ代表の声?)

 危機意識に鋭敏になった聴覚は誰かの言い争う声を拾い上げる。叫ぶ片方は、やはりカガリ・ユラ・アスハの声。

 アスランが右手だけで銃を取り出し走り出した。

「アスランさん!」

 後を追って駆け出す。胸騒ぎから彼女も銃を取り出しセーフティを解いた。その間も聞こえる言い争い。徐々に意味をとれるようになったそれらは最後、こう締めくくられた。

「本気でそう思っているならお前は死ね!」

「待て! 銃をおろせ!」

 本気の殺意にすくみかけた足を叱咤し、彼の元へ駆けつければ見慣れたザフトのパイロットスーツが銃身のない銃を構えて立っている。その先には無数の、出血のない屍。そしてカガリ・ユラ・アスハ。

「アスラン!? お前……」

「聞こえなかったか? 銃をおろせ」

 横目を流したクロは渋面を浮かべて舌打ちを零した。お喋りがすぎたらしい。

「下ろしたらオレに何か得があるか? 少なくともこのまんまなら、降着が続いてオレの命は延びるわな」

 アカデミー史上最高の白兵戦成績に緑が抗せる道理はなかろう。が、未だに代表首長の命を握れている状況に代わりはない。この間は〝フリーダム〟もどきの邪魔もあり、彼の考えを飲み干し彼の心に塩を塗り込みきることはできなかった。今ここで――

〈クロっ!〉

 思考の海へと無遠慮に掻き込んできたのはティニ――ではなくヴィーノからの通信だった。

「あ?」

〈助けてくれっ――〉

 ブツリ。

 怪訝に思うまもなく今度はルナマリアから通信が入る。

〈クロっ!〉

「なんだ? 今整備から通信が――」

〈なんか起こったみたいよ! あんたのが速いでしょう! 戻ってあげてよ!〉

 逡巡。舌打ち。駄目だ。こんな精神状態でコーディネイターの兵士二人も相手にできるわけがない。ならばせめて仕事一つくらいは終わらせていく。

 アスランはこのザフト兵を説得する気はなかった。一挙一投足をつぶさに観察し、不振な素振りのでも見せようものならその銃を打ち抜くつもりだった。しかし相手の発砲に躊躇いはなかった。アスランの調整(コーディネイト)された知覚は時すらも超えたか、相手の発砲を正確に想像する。今弾丸を放ったところで相手は撃ってしまっている。なまじ未来が見えたばかりに逡巡したアスランは相手への発砲を諦めた。ならば優先すべきはカガリの無事。

 この身を盾にするか? 飛び込んで間に合う距離ではない。

 逃げろと叫べば? カガリの場合、混乱するだけだろう。

 消去法はアスランにギプスを思い浮かべさせた。左腕の筋肉に全力を込め、硬化物を破砕、彼女の眼前目がけ全力で振り抜く。

「な」

 敵の驚愕には何も感じない。空を渡る粒子ビームにすら気を払えない。カガリの胸元へと投げ放たれたギプスは過たず凶弾と衝突した。

 ――が、ビームは障壁をものともせずに貫通する。

「! カガリっ!」

 ひまわりの色をした髪が体の中心を穿たれ軽い音を立てて床に着いた。

「カガリっ!」

「アスランさん! 逃げられます!」

「ぐっ、くそぉおおおっ! お前えっ!」

 完全に殺意を込めて緑のザフト兵へと銃口を向け、躊躇うことなく発砲する。メイリンとの連射は全てその躯幹へと吸い込まれたが、いきなり出現した光が銃弾の雨を蒸発させた。

「えっ!?」

 その光の膜は敵の左手から張り巡らされている。納得はできないが理解はできる。鉛の玉は、ビームシールドに遮られて消え失せたのだ。

「ま、待てっ!」

 まさかアイツを許せるわけがない。だがまさかカガリを放っておけるはずもない。怒りを含んだ声だけは流れ――緑の兵士は銃火を避けつつ小さくなっていく……。アスランの心は痙攣するカガリを抱え上げながら何もできずに呻き続けた。


 
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