第十七話 ~~雪の実力~~
―――――――――――――――青い空から照りつける太陽の下を、鳥が鳴きながら飛んでいる。
その気持ちよさそうな鳴き声が響く城の中庭に、一刀たちは集まっていた。
集まった皆の視線は、中庭の中央に向かい合って立つ二人に集中している。
視線の的になっている二人とは、翠と雪だ。
『将として仲間にするからには、雪の実力を知っておかなくては。』という愛紗の提案で、雪との模擬試合をやることになったのだ。
「へへっ、年下だからって手加減しないからな、雪。」
「ふーんだっ! 翠の方こそ、負けた時の言い訳考えといた方がいいんじゃない?」
向かい合った二人は、お互いの顔を見ながら笑みを浮かべている。
この模擬試合をやるにあたって一番もめたのは、誰が雪と戦うのかということだ。
当然愛紗、鈴々、翠の三人はこぞって名乗りを上げたが、やはり星は例の事を懸念しているのか、その争いには参加しなかった。
昨晩の雪の歓迎会でも、皆が次々に雪と打ち解けていく中、星だけは少し距離を置き、一人で酒を飲んでいた。
ちなみにたんぽぽはというと、『どうせ私じゃ勝てないもん。』と少しすねたように白旗を上げた。
三人の話し合いの末、一人ずつ順番に雪と戦うということになったのだが、『さすがにそれはムリ。』と雪は苦笑いで手を振った。
最終的にじゃんけんをした結果、戦うのは翠、試合の立ち合い人は愛紗が務めることになった。
「翠ちゃんも雪ちゃんもがんばって~♪」
「負けるなお姉さまーっ!」
外野に集まった面々は二人に向かって思い思いに声援を飛ばしている。
「翠と雪か・・・・どっちが強いのかな。」
桃香の隣に立つ一刀は、翠と雪を交互に見ながらつぶやいた。
一刀としても、この一戦は楽しみにしている。
歴史に名を残す蜀の五虎将の一人、馬超孟起と、諸葛孔明にその才を認められた勇将、馬謖幼常。
どちらが勝ってもおかしくはない。
「朱里と雛里は、雪が戦うの見たことないのか?」
「はい・・・私は雪ちゃんとそれほど長く居ませんでしたから・・・・朱里ちゃんは?」
「私も、一人で鍛錬してるところは見たことありますけど、実際に戦うのを見るのは初めてです。」
「そっか・・・それじゃあ、じっくり雪の実力を見せてもらうとしようかな。」
そう言って、再び二人の方へ目を向ける。
立ち合い人の愛紗が二人の間に立ち、試合の説明を始めるところだった。
「では始めるが、どちらかが降参するか、私が続行不可能とみなした時点で終了だ。 いいな?二人とも。」
「おう!」
「いつでもいいよ!」
「よし、では両者構えて!」
そう言って、愛紗は右手を上げる。
それと同時に、翠は手に持った槍、『銀閃(ぎんせん)』を構えた。
「最初っから本気で行くぜ。」
槍を構えた翠の口元は笑っているが、その表情は真剣だ。
戦わずとも、ある程度は雪の強さを感じ取っているのだろう。
しかしそれは雪も同じだ。
「こっちこそ、全力で行かせてもらうよ。」
翠の言葉に応えるように、雪も背中に背負った二本の槍を手に取った。
雪が持つ武器の名は『輝皇白虎(きおうびゃっこ)』。
それぞれ形状の異なった白銀の刀身と、純白の柄を持った二本一対の槍だ。
右手の槍を前に、左手の槍を上段に構えた雪の姿は、その名の通り鋭い爪で獲物を狙う白い虎のように見えた。
「それでは・・・はじめ!!」
“ドンッ!”
愛紗が掲げた手を振り下ろすのとほぼ同時に二人は地面を蹴り、一気にその距離を詰めた。
そして翠は両手で、雪は右手に持った槍を大きく振りかぶる。
「でやあぁ゛ーーーっ!」
「はあぁーーーっ!」
“ギィィィン!!”
耳を貫くような鋭い音を立て、二人の槍がぶつかった。
最初の一撃は、小細工なしのあいさつ代わりといったところだろう。
二人とも相手を狙うというよりは、お互いに武器をぶつけに行くような真っ直ぐな一振りだった。
しかしその余韻に浸ることもなく、雪は響いた音が鳴りやむ前に空いている左手の槍を横になぎ払った。
「はぁっ!」
“ブンッ!”
「おっと!」
雪の一撃を、翠は後ろに飛びずさって交わした。
空を切った雪の槍は、それでもものすごい風鳴りを立てて、その威力を物語っている。
「まだまだぁ!」
翠の体制が整う前に雪は更に距離を詰め、先ほどとは逆の槍で突きを放った。
“ガキィィン!”
「ちっ・・・・!」
翠は体を開きながら、雪の突きを槍でいなした。
間を空けない高速の連続攻撃、これが二本の槍を持つ雪の強みだ。
だが対する翠も負けてはいない、雪の一撃をいなしたその体勢から、そのまま槍を縦に振り上げた。
「せい!」
“ギィィン!”
「く・・・・・っ!」
雪も即座に翠の動きに対応し、突きを放ったのとは逆の槍で受け止めた。
「でやぁーーーっ!」
「っ!?」
さらに翠は槍を振り上げた勢いのまま身体を回転させ、もう一度盾になっている雪の槍に一撃を叩きつけた。
“ガギィン!”
「ぐぅ・・・・っ!」
槍で防いだとはいえ、その威力に雪は身体ごと後ろに飛ばされ、二人の間には試合前と同じ程の距離が開いた。
「・・・・・すごいな。」
「はい。 まさか雪ちゃんがこんなに強いなんて・・・」
二人の息つく間もない攻防に、一刀たちは目を奪われていた。
まだほんの数回しか打ち合っていないが、それでも二人の実力は伝わってくる。
特に一刀が驚いたのは雪の方だ。
雪の持つ輝皇白虎は、一本の大きさは翠の持つ銀閃とそう変わらない。
以前一刀は翠に銀閃を持たせてもらったことがあるが、重くて両手でも持つのがやっとだったのだ。
それを片手で、しかも翠よりひとまわり身体の小さい雪が軽々と振りまわしている。
あの細腕のどこにそんな力があるのか・・・・それだけでも、雪の強さは十分に理解できた。
「むぅ~・・・翠ばっかりずるいのだ。」
二人の戦いを見ながら、鈴々は唇をとがらせている。
これほどの戦いを見せられては、鈴々がうずくのも仕方がない。
恐らく立ち合い人をしている愛紗も、似たような心境だろう。
「・・・やるじゃんか、雪。」
「翠こそ、ちょっと予想以上かも。」
一度間合いを空けた二人は武器を構えなおし、再び笑みを浮かべる。
お互いに、予想以上の好敵手との戦いに喜びを感じているようだ。
「それじゃあ・・・次はこんなのはどうかな?」
雪は“ニヤリ”と笑うと、先ほどと同じ構えから真っ直ぐに翠めがけてかけ出した。
「そんな馬鹿正直な攻撃じゃ、あたしは倒せないぜ!」
翠はその場から動くことなく、駆けてくる雪に向けて槍を構える。
一撃目と同じように、真っ正面から受け止めるつもりらしい。
だが・・・・
「へっへ~ん、二度も真っ直ぐ突っ込んだりしないよ~・・・・っと!」
“ドンッ”
「なにっ!?」
雪はトップスピードのまま二本の槍を地面に突き立て、丁度棒高跳びの要領で翠の頭上へと飛びあがった。
「ちっ・・・・」
雪の狙いは、太陽の光。
その作戦通り、飛び上がった雪を見上げた翠は、降り注ぐ太陽の強烈な光にさらされて目を覆う。
雪は落下しながら身体を縦に回転させ、その勢いのまま二本の槍を同時に翠の頭上めがけて振り下ろした。
「だあぁ゛ーーーーーっ!!」
“ガギイィィィィィン!!!”
目を細めた状態のまま、翠は雪の二本の槍を頭上で受け止めた。
三本の槍がぶつかり、空気を震わせる轟音が響く。
「ぐっ・・・・・!」
雪がいくら小柄とはいえ、落下と回転の勢いに加えて、先ほどまでの攻撃とは違う両手を使った一撃。
防いだ翠の顔もさすがに歪む。
「ちぇっ・・・・これもダメか。」
渾身の一撃を止められ、雪は苦笑いを浮かべている。
「くっ・・・こんのぉーーーっ!」
「っ・・・・!」
翠は盾にした槍でそのまま雪を後ろへ弾き飛ばした。
体重が軽いのは雪の方だ、力押しなら翠の方に分がある。
「せえぇぇいっ!」
「くっ・・・・」
続けざまに翠は距離を詰めて鋭い突きを放ち、雪はそれを槍を十字に構えて受け止めた。
「でりゃあーーーっ!」
“ビュンッ!”
「うわっ!?」
雪に反撃の暇を与えぬように、翠は更に槍を振る。
だが雪はそれを受けることはせず、とっさに後ろに下がってかわした。
「っぶな~・・・・よーし、今度はこっちの番っ!」
「なっ!?」
“ギィィン!”
雪はすぐさま体勢を立て直し、今度は身体を横に回転させ、槍を振りまわし始めた。
二本の槍が間を空けず、翠に向かって次々に振りぬかれる。
「くっ・・・・!」
“ギンッ! ガギイィン! キィィン!
雨のように降り注ぐ雪の連撃に、翠は防ぐのがやっとの状態だ。
「くっそ、このままじゃ・・・・」
翠の顔に、次第に焦りの色が浮かび始めた。
その様子に、この戦いを見ている全員が、このまま雪が押し切ると思い始めていた。
しかしそれでも、翠は退こうとはしなかった。
「ちっ・・・・いちかばちかっ!」
翠は意を決したように、槍を振りかぶった状態で雪の間合いに一気に踏み込んだ。
そして自分に迫って来る雪の槍に向け、勢いよく振りぬいた。
「はあぁ゛ぁ゛ぁぁぁーーーーーーーっ!!!」
“ガギィィィィン!!!”
「なっ!?」
雪の強みが二本の槍による連続攻撃なら、逆にその弱点は“力”だ。
槍を二本扱うには、必ず一本ずつを片手で持たなければならない・・・・実力の均衡した者同士が両手と片手でぶつかったなら、片手の方が負けるのは必然だ。
翠の一撃で、雪は槍を持った腕ごと外側に大きくはじかれ、ほとんど無防備な状態となった。
「しまっ・・・・」
「でやぁ゛ぁーーーっ!」
“ギィィィンッ!”
「きゃっ!?」
その隙を翠が逃すはずもなく、振りぬいた体勢からもう一度、とどめの一撃を放った。
かろうじてはじかれたのと逆の槍で受けた雪だが、その威力を吸収しきれず、雪の小柄な体は大きく後方へ吹き飛んだ。
“ドンッ”
「ぐぅ・・・・っ!」
雪は背後にあった木に背中を打ちつけ、そのまま崩れ落ちた。
「それまで! 勝負ありだ。」
それを見た立ち合い人の愛紗が手を上げ、二人の激闘は翠の勝利で幕を閉じた。
「やったー! さっすがお姉さま♪」
「うんうん。 勝った翠ちゃんもすごいけど、雪ちゃんもすごかったよ~。」
「あぁ。 二人とも、すごく良い勝負だったよ。」
「はい。 雪ちゃん、すごいです!」
勝負を見ていた全員から、二人に賞賛の声が上がる。
「へへ・・・まぁ今回はあたしの勝ちだけど、またやろうな雪。」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・雪?」
翠は満足そうに笑みを浮かべ、まだ座り込んだままの雪に声をかけるが、返事は無い。
いつもの雪ならすぐに立ち上がり、『もう一回やろ!』と叫びそうなものだが、そんな様子ではない。
「雪・・・・大丈夫か?」
「雪ちゃん?」
そんな雪に不安を感じ、一刀と朱里も声をかける。
しかしそれでも、雪はうつむいたまま動こうとしない。
「おい、ゆ・・・」
「あ゛~~あ・・・・・」
「!・・・・・」
心配した翠が歩み寄ろうとした瞬間、ようやく雪は口を開いたが、その声にいつもの雪の明るさは感じられない。
雪はうなだれたままゆっくりと立ち上がり、足元に落ちていた槍を拾い上げた。
「まったく・・・・嫌になっちゃうなぁ・・・」
「・・・・?」
「ちょっと勝ったぐらいでそんなにキャーキャーはしゃいじゃってさ・・・・うっとうしいったらありゃしない。」
「雪・・・・」
先ほどまでと違う雪の雰囲気に押され、翠は一歩あとずさった。
「・・・・どうしたんだ? 雪の奴・・・・」
あきらかにおかしい雪の様子に、一刀も表情を曇らせる。
その横で、同じく険しい表情をしていた朱里が口を開いた。
「雪ちゃん、まさか・・・・」
「? 朱里、何か知ってるのか?」
「いいよ・・・・もう二度と、その口が開けないように・・・・・」
「いけませんっ! だれか、雪ちゃんを止めて下さいっ!」
「えっ!?」
朱里の叫びでその場にいた全員の動きが一瞬止まった。
そしてそれと同時にゆっくりと顔を上げた雪の目は、一刀が初めて会った時のような済んだ青色ではなく、まるで氷のように冷たく・・・・・暗かった。
「・・・・・・・ボクが・・・・・・・・・・・・殺してあげる。」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
~~一応あとがき~~
いかかだったでしょうか十七話。
戦闘シーンっていうのは書くの難しいですね (汗
この雪のキャラ設定は個人的に気に入っていて、書いていて楽しかったです。
様子が変わった雪を相手に、翠がどうなるのか・・・・それは次回で。
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十七話目です。
星が言っていた雪への不安が現実に・・・・
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