「無関心の災厄」 -- 過去編 ヤマザクラ
第1話 キツネ少女と甘党男
その光景は、まるで一枚の絵画のように完成していた。
「……ありがと」
言葉一つを残して目を閉じたアイツは、びっくりするほど安らかな顔をしていたから。
少しずつ消えていく『銀色』は徐々にサクラ色に蕩けていったけれど。
オレは、少しだけでもいい、アイツの役に立てたら――なんて、柄にもなく思ったりなんてしてしまったりしたんだ。
それでも、最期にサクラの色だけが残った場所で、オレはソイツに声をかける。
オレが『口先道化師』である限り。
「夙夜(しゅくや)」
「……マモルさん?」
殴られ腫れ上がった瞼を半分だけ押し上げて、オレの方を見たソイツに、オレは笑いながら告げる。
「オマエ、ほんとに変な奴だな」
「うん、よく言われる」
そういって『無関心の災厄』は笑った。
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例えば――例えばの話、オレの目の前に一つの問題があったとしよう。
その場合、解決するのがオレの使命なのかとか、そんな事はどうでもいい。
とりあえず問題は、目の前にいる、動物に例えるとキツネの耳と尻尾を持つ少女に迫られているという事実だ。
「あたしさぁ、見つけちまったんだよ、『異属』を」
そんなキツネ少女に面と向かって突然そんな事を言われたオレは、一番の得意分野である口八丁も忘れ、その口をぽかりと開けてしまった。
隣で一個126円の新作コンビニプリンを貪っていた香城夙夜(こうじょうしゅくや)が、のんびりとこちらに目を向けた。
「『異属』だから排除しなくちゃなんないの。そうじゃなかったら、あたしが排除されちゃうの。だから、マモルたちに手伝って、つってんのぉ」
巻き込まれるのがオレの性分なのだ。そこは譲りようがない事実。
甘えるような、でもどこか荒っぽい口調でオレたちにそんな無茶を告げたのは珪素生命体(シリカ)、キツネ少女の梨鈴(りりん)。珪素生命体(シリカ)特有の見事な銀髪がトレードマークの、生意気な口調も可愛いオレ達のマスコット。
仮にもここは郊外とは言え一応都内、私立|桜崎(さくらざき)高校文芸部の部室なのだから、本来なら、いわゆる『人里離れた山奥』で自然と共に暮らしているはずの珪素生命体(シリカ)が出没すること自体がほとんどあり得ない事態だ――ここがいかに3方を山に囲まれた半盆地であると言っても。
しかしながら、このキツネ少女の梨鈴は、どこをどう迷ったのかこの街に迷い込み、居着いてしまった。さらには、事あるごとにこの現在部員3名の文芸部部室へとやってきて、オレたちに構いたがる規格外の珪素生命体(シリカ)だった。
「シュクヤ、プリン食べてないであたしの話聞けよ!」
人間ならば完全に頭に血が上って頬が赤くなっている頃合いだ。尻尾と耳はぴんと天を指している。
「聞いてんのか!」
それなのにオレの隣でのんびりとコンビニプリンを貪る夙夜。むぐむぐとプリンを味わいながら、生返事を返しやがった。
「聞いてるよ?」
「聞ぃてんなら返事しろよな!」
コイツはいつもそうだ。ヒトの話、聞いてるんだか聞いてないんだかわからねえ。
声を荒げるキツネ少女の柔らかそうな尻尾の銀毛は逆立っている。ついでに言うと、声を荒げる度に帯についてる小さな鈴がリン、と鳴る。
「それにマモル! なんでスミレは今日いないんだよ!」
「先輩ならそのうち来るだろ、あのヒトは部活を休まねえよ」
梨鈴の鋭い爪を避けながら奮闘するオレの隣で、夙夜はゴチソウサマ、と行儀よく手を合わせて満足そうに笑った。
「イマイチだったから、これはもう買わない――さて、行こうか」
「どこにだよ、夙夜」
「その『異属』を見たって場所。リリン、案内してくれるよね?」
ちゃんと話きいてやがったか、このマイペース人間め。
かくしてオレたちは梨鈴が『異属』を見たという場所に行こうと部室を出た。
テストも終了した学校で無駄な時間を潰すよりはまあ意味があるかもしれない。
その瞬間、肩をすくめたオレの背後で、甲高い声が響き渡った。
「あっ、マモルちゃんとシュクヤくんですー! 梨鈴ちゃんも一緒なのです」
この能天気な声。
振り向くまでもない。
と、言うか振り向く前に腰の辺りに衝撃があって、オレは思わず目につんのめった。
「後ろから突然タックルかますのはやめてくださいっ、先輩! そのうちオレの腰が折れますから!」
「そんなことないのです、マモルちゃんは口ばっかりなのです。だからマモルちゃんは『口先道化師』なのです」
「……口ばっかりとか言わないでください」
たとえ本当の事だとしても。
いくら温厚なオレとはいえ、そんな事を突然言われたら、思わず先輩に対する敬語だって忘れてしまうかもしれないぜ。
その先輩の姿を見て、梨鈴は嬉しそうに尻尾を振った。
「スミレ、今日は遅かったんだなっ」
「ちょっと用事があったのです。それより、どこへいくのです? ワタシはこれから部活に参加しようと思っていたのですよ?」
ようやくオレを解放した先輩――篠森(しのもり)スミレは、男であるなら多少なりとも好意を持つであろう愛らしい大きな目できょろきょろとオレたちを見渡した。
しかし、黒のティアードスカートに白ニットのパーカー……どこからどう見ても完全に私服だが、この格好で部活に参加しようという先輩は学校という場所を勘違いしているとしか思えない。
それ以前に、この格好で授業を受けていたのか?
いや、疑問に思っては駄目だ。突っ込んだら負けだ――オレは平常心を装った。
文芸部、部員3名プラス一匹。
まず、山から街に迷い込み、オレたちの元に居ついてしまったマスコット役、キツネ少女梨鈴。
人間のうち一人は、コンビニでプリンの新作を見つけては買ってきて部室で貪り食い、聞いてもないのに批評する香城夙夜(こうじょうしゅくや)。典型的甘党。ついでにいうと天然。
もう一人は紅一点、かつ唯一の先輩である篠森(しのもり)スミレ。この人は自由人だ。私服で校舎にいる事もそうだが、言動も行動もすべて彼女だから許されている節がある。
そしてオレ、柊(ひいらぎ)護(まもる)。文芸部唯一の良心にしてツッコミ。そして苦労人(自称だが客観的に見て事実であろう)。
梨鈴が排除対象の『異属』を見つけた事、梨鈴の手伝いのためその『異属』を見かけた地点に向かっている事を告げると、先輩は大きな目をさらに丸くして口を開けた。
「そんなヒーローみたいなコト、似合わないのですよ、マモルちゃん。だって、マモルちゃんは『名前だけ主人公』なのですよ?」
「ちょっと黙ってください、先輩」
名前だけ、とか言わないでほしい。
そりゃあ、『護(マモル)』ってさ、一本気で真っ直ぐな、少年漫画の主人公向きの名前だと思うよ? だからって、オレが主人公になれるわけじゃないけどな。
口先ばっかりで、変なところばっかりに頭が回って、他には何のとりえもないオレが。
ああやべえ、泣きそう。
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オレにはちょっと変わった同級生がいる。
ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。
※「無関心の災厄」シリーズの番外、過去編です。
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