No.171876

恋姫異聞録83 

絶影さん

西涼へと向かいます

次回は久しぶりにフェイが出てきますのでお楽しみに

何時も読んでくださる皆様感謝しております

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2010-09-11 23:30:35 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:10423   閲覧ユーザー数:8013

 

「まずは為替の方法を商人に教える。幾ら賊が減ったといってもまだまだ油断はならない、貨幣を持ち歩かない

利点は大きい、また商人同士で組合を持たせ事故や天災などで損害をこうむった者への保障制度を擁立する」

 

「ふむ」

 

「本来は関税の撤廃と共通貨幣をやりたい所だがまだ早い、他国と争いをしているうちは関税が無ければ

他国から来た者がわが国自体に落とす金や物が減る。次に刀狩だが国の中央、そして攻め込まれる心配の無い

場所から手始めに、民の持つ武器を取り上げる。これによって国内部での犯罪行為はさらに抑えられ、

賊などに流れる武器が減る」

 

出来たばかりの玉座に大量の木簡を持ち込み、次々に新しい政策を矢継ぎ早に話していく男

その内容はどれも目新しく、華琳の興味を十分に引くもので、話しに耳を傾ける彼女は

笑顔で心底楽しそうに木管に記された内容と照らし合わせ聞いていた

 

「次に生命保険、これは元々ローマのコロッセウムの賭けだ。闘技場で戦う人が何時死ぬかを賭けあったもの」

 

「生き死ににお金をかけると言うの!?最低ねアンタっ!!」

 

考えの及ばない政策を次々に出す男に桂花は口惜しさと嫉妬の眼を向けるが、男は何時もと違い

その目を跳ね返すような気迫を込めて睨み返す

 

「そこだけを見ればそうかもしれない、だが生命保険は人が死ぬのを見越して金を蓄え、残った遺族に

財産を残す方法だ。夫婦どちらかが亡くなっても保険に金を入れておけば残されたものは補償額を受け取れる」

 

男の珍しく勢いのある言葉、そして決意の篭る強い瞳。桂花はつい小さな悲鳴を上げてしまっていた

仲間になど放たれない男の瞳の強さに桂花は少し焦ってしまう

 

「毎月決められた金、もしくは米などを納めることで生命や傷病にかかわる損失を保障する。これによって

戦などで夫が働けない身体になったり亡くなったりした妻達が路頭に迷うことを抑えられる」

 

「なるほど、保障があれば戦に出る者も安心して戦えるというもの。良いでしょう桂花、鳳と共に

彼の案をより具体的に運用できるよう煮詰めなさい」

 

「はっ」

 

開いていた木管をバチッと音を立てて閉じると、桂花に手渡し直ぐに実行せよと下がらせた

玉座の間には華琳の前に立つ男、そして後ろには秋蘭と男の脚を掴み華琳から隠れる璃々がいた

 

「何か頼みごとね?此処まで天の知識を私に献上するのだから相当のことなのでしょう」

 

「ああ、たのみごとだ。俺の足元にいる娘は先日、俺の元へ詠達が連れてきた黄忠の娘」

 

「昨日言っていた説明とはこの事か・・・」

 

俺の意図に直ぐに気が着いた華琳は表情を曇らせ目がすうっと鋭く細められる

何時もの俺ならばその眼で退き下がるだろうが今回は退き下がらない、解っているだろう華琳

 

男は拳を握り華琳の覇気を跳ね返す。鋭い覇気に男の分厚い盾の気迫がぶつかる

 

「蜀にいる黄忠に返す。その許可をもらいに来た」

 

「黄忠を我が軍に引き込む、それではいけないの?」

 

「親としての俺からそれは容認できん」

 

華琳、お前なら俺の言ってることが解るはずだ。黄忠に葬られた兵たちを思えば華琳にとっては

仲間に引き入れるか葬り去るしか許す事は出来無いだろうが

 

「何処まで御人よしなのかしら、それで黄忠に殺された兵達の遺族は納得すると思う?」

 

「思わん、だが子は関係ないだろう。黄忠を捕縛したのなら俺は何も言わない、だが何も知らぬ

小さな子ならば話しは別だ」

 

一歩も引き下がらぬ男は堂々と立ち、華琳を見据える。きっと此処に桂花が残っていたら華琳の覇気で

泣き出していたかもしれないほどのものを男は平然と受けて立っていた

 

「フフッ、やはり私に意見するならば貴方のように私を食い殺すほどの気概を持ってなければ駄目ね」

 

「すまない」

 

「良いわよ、これほどの知識を私に捧げてくれたのだから」

 

嬉しそうに笑う華琳、その笑顔は対等に話すことの出来る者がいるということと、俺から獲られた新たな知識で

喜んでいるのだろう。どうやら美羽の言うとおり知識欲の権化だな

 

「けれど、これではまだ足りないわね」

 

「まだなのか?」

 

「貴方があの英雄韓遂をどうやって討ち取ったのか教えて頂戴、それで手を打ちましょう」

 

「・・・」

 

少し乗り出す様にして男を見詰めると、その眼は期待に満ちていた。まるで伝記に伝わる英雄の

話を聞く子供のように瞳を輝かせて

 

「今じゃなきゃ駄目か?」

 

「そうね、帰ってきてからでも構わないけれど。待っている間、何で私を楽しませてくれるの?」

 

男はやれやれと溜息を吐く、いつの間にか部屋は柔らかい空気に包まれ。璃々はガラリと変わる

部屋の空気に驚き、華琳と男を交互に目をきょろきょろさせていた

 

「美羽から教えられた新しい屯田制の方式、軍屯と民屯そして針桐からの塩の精製方も追加報告しておくよ」

 

「フフッそれならば退屈はしなさそうね、しかし針桐から塩とは・・・ねぇ?」

 

「解っているだろう、答えは否だ」

 

華琳の顔を見て思う、だからこの事は言いたくなかったんだと

 

あいも変わらず美羽を自分の手元に置きたい様だ、この問答も何度したことか美羽が新たな知識を得るたびに

華琳は手元におきたいと強く訴えるようになった。無理も無い、これほどの知識を要するのは

この大陸でも水鏡先生、 司馬徽殿くらいだ。

 

どうやらこの世界での司馬徽殿は薬草の調合などを生業とする博物学者に近い存在のようだ、さらには

戦術、政ごと等にも精通しているようだ。美羽に会わせればきっと喜ぶに違いない

 

口を尖らせてつまらなそうな顔をする。まったく解りきっていることを何度も聞くのだから、相当

美羽の才を愛してしまっているようだ

 

「帰ってきたら銅心殿の話をしてやる。秋蘭を連れて行きたいんだが良いか?」

 

「駄目よ、まだこの新城でする事は沢山あるわ」

 

「頼むよ、帰ってきたら牛肉麺を食わせてやる」

 

「なにそれは?新しい食べ物?」

 

「ああ、前に言っていた拉麺の原型だ、秋蘭に食べさせて俺が食べてたものと近いものに再現させるよ」

 

足を掴む璃々を抱き上げて華琳に笑顔を向ける男、華琳はそれならば許可しましょうと腕を組んで頷く

秋蘭は男の隣で華琳に軽く頭を下げると男の手を握った

 

「懐いてるわね、情が移らないようにしなさい」

 

「解っているよ、涼風も連れて行く。春蘭が会いたいだろうから」

 

「武都で引き渡すの?」

 

「そうだ、西涼でフェイと会って翠と連絡を取る。引渡しは武都だ」

 

「そう、帰りに春蘭と稟を連れてきて頂戴、復興は随分と進んでいると報告を受けたわ。あとの事は他のものに

引き継がせる」

 

華琳は新城に将を集めだした、ついに荊州を南下するのか。決戦は近い、ならばなおさら素早く引渡しを

終わらせなければ、ついに大陸の領土は三国に分かれたといっても良い。武都を攻略し北へ進めなくなった

のだから戦う場所は自ずと決まってくる

 

「銅心殿のこと以外に話したいことがある。帰ってきたら茶の席でも設ける」

 

「それは楽しみね、今度はどうやって驚かせてくれるのかしら」

 

「帰ってきてからのお楽しみだ、それじゃ行って来る」

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

男は振り返り、秋蘭の手を引いて玉座の間から出て行く。華琳は男の背中に輝く金色の魏の刺繍を見ながら

近づく決戦にざわつく心が落ち着くのを感じていた

 

 

 

 

 

 

「後の事は頼んだ、風と詠に従え」

 

「はい、御気をつけて」

 

「私達が帰ってくるまでに賊の掃討は済ませておいてくれ」

 

「了解や、秋蘭様も無事に帰ってきてください」

 

華琳との謁見後、旅支度を整え門の前で馬車の御者台に座る男は両脇に涼風と璃々を乗せ凪に指示を出す

その隣で真桜と話す秋蘭

 

「フッ、無事も何も領土内だ。武都には姉者もいる」

 

「そうですけど、相手はあの黄忠ですから引渡しの際に遠距離から狙撃、なんてことも」

 

「コラ、真桜」

 

男は軽く注意すると、璃々の頭を撫でていた。気が着いた真桜は「ゴメン隊長」と言ったが

男は「俺じゃないだろう」と答える

 

「ゴメンな璃々、変なこと言った」

 

「ううん、お母さんはそんな事しないよ小父ちゃん」

 

「お、おじっ・・・・・・」

 

璃々の言葉に男は固まり、秋蘭は珍しく皆の前で大笑いをしていた。凪と真桜は複雑な顔をしていたが

沙和は思い切り笑っていた

 

「た、隊長おじちゃんだってなのーっ!」

 

「う、うるさいな、そりゃ落ち着きすぎて歳相応に見られないが俺は秋蘭と歳は変わらんぞ」

 

「涼風ちゃんの小父ちゃんじゃないの?」

 

璃々の邪気の無い顔で問われ、男は【うっ・・・】と声を漏らすが、諦めの溜息を吐いて璃々の頭を優しく

撫でる

 

「いいや、俺は涼風の小父ちゃんだ。お母さんのところへ返してあげるからもう少し我慢してくれ」

 

「うん、涼風ちゃんに小父ちゃんはとっても優しいって教えてもらったから我慢できるよ」

 

「そうか、偉いな璃々ちゃんは」

 

まだ小さいというのに心の強い子だ、涼風とはまた違う。俺の娘は肝が太すぎる、多少のことではびくとも

しないし、何時も笑っている。俺に似た所はそういった部分らしい・・・

 

「他人の娘の頭を撫でながら自分の娘を考えているんじゃない」

 

「相変わらずよく解るな。そんなに顔にでるか?」

 

「娘のことだけは顔に出すぎるほどだ」

 

呆れる秋蘭と凪達、俺は頬を掻きながら苦笑いをするしかなかった

 

「そろそろ行こう、陽が暮れる前に関所まで行かねばならんからな」

 

「うん・・・」

 

「どうした?」

 

忙しなくきょろきょろと周りを窺う男に秋蘭は声をかけるが、男は一向に馬を進めようとせず

何かを探すように辺りを見回っていた

 

「一馬か?」

 

「うん・・・・・・あ、おーい!一馬、そんな所に隠れてるんじゃ無い、こっちに来い」

 

城門の物陰に隠れていた一馬は男に見つかりビクリと身をすくめ、逃げ出そうとしたが後ろから詠に突き倒され

何か罵倒されて慌てて男の元へと走ってきた

 

「あ、あの兄者。私は、私は・・・」

 

まだ前回のことを引きずっているのだろう。戦場で始めての大きい失敗といえばそうなのかもしれない

それも俺に迷惑をかけるほどのことだ。よほど自分ではなく俺が殴られたことが応えたのだろう

家で食事をしている時もどこか暗い面持ちだったから

 

「俺の爪黄飛電を預ける。新城を任せたぞ」

 

「あ・・・はいっ!」

 

「そのうち一緒に西涼に行こう、お前に合う馬がいるはずだ。何時も乗っていた馬は翠に取られてしまったからな」

 

頭を何時ものようにグリグリと撫でると一馬は少し瞳を潤ませていた。それをみた涼風も一馬の頭にその小さな

掌を置いてクシャクシャと撫でていた

 

「まったく、しょうがないやつね。後の事は任せておきなさい、風と統亞が魏興までの道を改めて掃討しに

先に出たわ」

 

「ああ、頼む。それじゃ行って来るぞ」

 

ようやく義弟も見送りに着てくれて安心して出発できる。秋蘭は撫でられる一馬を見て微笑みつつ荷馬車の

後ろへと乗り、俺の真後ろで背中合わせに座り寄りかかる

 

一馬の頭を最後にポンポンと軽く叩き、馬の手綱を振う。走り出す馬車、城門を通り抜け遠ざかる新城

城門で手を振る凪達に見えなくなるまで手を振る涼風と璃々ちゃん

 

秋蘭は雲ひとつ無い空を見上げ、呟く

 

「一寸だけ願いが叶った」

 

「七乃の時のことか?」

 

「ああ、短い間だが家族で旅が出来る」

 

男は笑い、頷き、秋蘭と同じように空を見上げた

 

 

 

 

 

 

御者台で男は手綱を握り、真後ろでは秋蘭が食料袋から饅頭を取り出して四つに分ける

二つは大きく割り、残り二つは小さく割って子供達に大きいほうを渡す

 

「ありがとう秋蘭おねえちゃん」

 

「おかあさんいただきます」

 

おねえちゃんと呼ばれ秋蘭は笑いながら俺の方を向く、どうせ俺は小父ちゃんだよ。まったく・・・

 

などと思っていれば秋蘭は小さく割った饅頭を男の口へと持っていく、男は口をあけて饅頭を食べようとした所で

秋蘭はスッと饅頭を引いて男の歯からガチッと音が鳴る

 

「ククッ・・・あははははははっ」

 

「まったく、意地悪だなぁ」

 

「嫌か?」

 

「秋蘭が笑顔になるなら嫌じゃない」

 

男の答えに満足したのか今度は優しく口に運んで食べさせる。そんなやり取りを二人の子供は笑いながら見ていた

 

子供・・・もう一人いてもいいなぁ、女の子は美羽と涼風が居るから男の子でも良いな

 

「おとうさん、ふぇいおねえちゃんのところいくの?」

 

「・・・涼風ちゃんその人は翠おねえちゃんの妹?」

 

「璃々ちゃんは知っているのか?」

 

「うん、翠おねえちゃんが璃々みたいに小さい扁風って言う妹が居るんだよって教えてくれたよ」

 

どうやら蜀で翠は他の将たちと仲良くやっているようだ、少し心配だったのだがうまくやれているのなら問題は無い

璃々ちゃんの話しだと、翠は蜀に来たばかりのときはピリピリとしていたようだが銅心殿が少しずつ彼女を

蜀へ馴染ませ、戦を通して成長もさせたようだ

 

「じゃあ璃々ちゃんはお母さんと何時も一緒に居るんだね」

 

「うん、お父さんが死んじゃってからずっと璃々とお母さんは一緒だよ。でも寂しくないの、周りには桃香

おねえちゃんも愛紗おねえちゃんも居るし、皆たくさん璃々と遊んでくれるんだよ」

 

「そうか、璃々ちゃんには家族が沢山いるんだな」

 

「家族・・・?」

 

ちょっと考えるように目線を上に向け、納得が言ったのか【うん!】と元気の良い声で返事が返ってきた

蜀にはそういう雰囲気があるのだろう、きっと劉備殿がその雰囲気を作り出しているに違いない

やはり彼女は乱世で王となるべきではない、治世でこそ彼女は王として君臨するに相応しいのではないのだろうか

 

「昭、涼風を此方に」

 

「ん?」

 

隣を見ればさっきの饅頭で腹が満たされたせいだろう、目を擦りうつらうつらとしていた。俺はゆっくり

馬を止めて涼風を抱き秋蘭に渡そうとする

 

「んんーっ」

 

だが涼風は俺にしっかりと捕まってイヤイヤと頸を振りしがみ付いたまま離れない、どうやら今日は俺が良いらしい

 

「すまない、変わってくれるか秋蘭」

 

「ああ、今日は昭に甘えたいのだろう」

 

「それは嬉しいな」

 

此処の所、連戦で涼風と一緒に居られなかったこともあったが、俺たち二人だけではなく春蘭や一馬も

一緒に居られなかったからその反動なのだろう。きっと二日の休日は涼風にとってとても嬉しかったに違いに無い

 

俺は秋蘭と交換で御者台から後ろの荷台へと移り、涼風の手をずらして外套の中にすっぽりと入れて包み込む

顔だけを出して涼風はすやすやと小さな寝息を立てていた

 

「璃々ちゃんも眠くないか?」

 

「璃々は大丈夫だよ」

 

「そうか、もう少しで関所だ。今日はそこで休むからもう少しの辛抱だ」

 

頷く璃々を横目に秋蘭は手綱を叩き馬を走らせる。秋蘭は片手を後にまわし男の頬を軽くつまみ引っ張った

男は引っ張られた意味を理解し、秋蘭の隣に座る璃々の姿を見る

 

横目から流れ込む感情は不安と緊張、だがこんな事は見なくとも解る。小さな子が見知らぬ土地で見知らぬ大人に

囲まれ、連れ回されているんだ。不安になって当然だ

 

空を陽の光が赤く染め上げる。もう直ぐ日没だ、関所はまだだろうかもう直ぐ見えてもいい頃なんだが

 

「見えたぞ、関所だ」

 

「良かった、風達は?」

 

「見たところ居ない、此処までの掃討を終えて広範囲に兵を広げているのかもしれんな」

 

素早いことだ、真名の通り風のような娘だよ。しかしまだ不安定な新城で此処まで安全に進めたのは風と統亞の

おかげだ、あとで感謝しなければな

 

「夏候淵様、舞王様、御疲れ様です。御話は先ほどいらした程昱様から報告は受けております」

 

「すまない、今日は厄介になる」

 

「いえいえ、設営したばかりで何も御もてなしは出来ませんが野営するよりはマシだと」

 

「ああ、雨風を凌げるし獣に脅える必要も無いから十分すぎるほどだ」

 

魏興までの関所は三つほど設けてある。新城を奪取した後、直ぐに二つしかなかった関所をもう一つ立て

三つの関所を作り、戦の終わったばかりの新城周辺を厳重に警備していた

 

秋蘭は御者台から降り、手綱を兵に預けて璃々ちゃんを抱き上げ下ろす。俺も荷台から涼風を抱えたまま

荷物を担ぎ降りる。今日はこのまま関所で一晩過ごし、明日魏興へと入る。西涼へ入るのは後二日は掛かるだろう

 

「門を通って直ぐに左に詰め所があります。その隣に此処を通られる将軍様向けの休憩所がございます、そちらへ」

 

「ああ、有り難う。子供達も居るし助かるよ」

 

門兵はそのまま俺たち丁寧に案内して部屋へと導いてくれた。急造にしては悪くない作りの小屋を立派にしたもの

綺麗な木作りで綺麗にはめ込み方式で作っているようでしっかりとしている。

 

部屋に入れば中央に火を焚く囲炉裏のようなものがあり、奥にも部屋が一つ。どうやら簡単な食事も此処で

作ることが出来そうだ

 

荷物を隅に置き、部屋を見渡せば奥の部屋に綺麗な寝床まで用意してあった。子連れで来ることを風からか

それとも統亞から聞いたのだろうか、ここまでしてくれているとは

 

「ありがたい、涼風を布団に寝かしつけてくる」

 

「解った。では此方は食事の用意でもしようか璃々、手伝ってくれるか?」

 

「うん」

 

荷物から小さい袋を取り出し、その中から干し肉を取り出して小さく斬り、始めから用意してあった

鍋へと細かく刻みながら入れていく、そして袋から出した大蒜を潰して入れ、洋葱(たまねぎ)

と軽く炒めると水瓶から柄杓で水を入れる

 

「わぁ、いい匂いこれなぁに?」

 

「干し肉だ、煮込むと良い出汁が出る」

 

璃々ちゃんに優しく笑いかけ、丁寧に説明をしながら料理を作っていく。涼風を寝かしつけた俺は

そんな二人を見ながら荷物から米を取り出し、水で洗い油をまぶし秋蘭へと差し出した。恐らくこの感じだと

粥を作るだろうから、しかも干し肉を使った洋風粥ってとこだろうか?

 

「粥だけで良いか?」

 

「構わないよ、無理に沢山作って喰いきれないよりずっと良い」

 

「お前が食べつくすだろう」

 

「旅なんだからちゃんと自重するよ」

 

「良い心がけだ」

 

少しすねる男に柔らかく笑いかけ、秋蘭は生米を鍋に入れくつくつと煮込み塩で味を調えていく

干し肉からは良い出汁が出たようで部屋を良いにおいが包み込む

 

ちょうど食事が出来上がったところで良い匂いにつられ涼風が起き出し、バタバタと男の膝に座り

母から受け取った椀に盛られた粥をかき込んでいた

 

「いただきまーす。はぐはぐはぐはぐ」

 

「こらこら、粥は逃げないぞ。香菜と油炸檜は?」

 

「たべるー」

 

璃々もまた同じように食事を取り、秋蘭の作った料理が想像以上に美味かったようで御代わりまでしていた

 

その後、男は部屋を追い出され秋蘭たちは身体を搾った手ぬぐいで拭き、寝る準備を始め男は外で一人

身体を拭き、室内に入ったところで涼風に飛びつかれ、子供達二人が疲れて眠るまで遊んでいた

 

「二人とも寝たか?」

 

「うん、ありがとう明日の用意全部してくれて」

 

「いいさ、涼風があんなに嬉しそうな顔をしているのだから」

 

子供達を遊ばせ、寝かしつけている間に、秋蘭は食事の後片付けと明日の準備をし始め

寝かしつけ、寝室から戻れば全ての支度を終えていた

 

長椅子に座る秋蘭の隣に男は腰掛けると、甘えるように寄りかかり目をゆっくりと閉じる

まるで今の幸せを少しでも多く感じようとしているかのように

 

「う・・・うあぁあぁぁぁあっ、ふぁぁぁああぁ」

 

「璃々ちゃんか?」

 

突然寝室から泣き声が聞こえ、二人は寝室へと入ってみれば涼風の隣で半身を身体を起こしてガクガクと震えながら

大粒の涙を流し、両手で顔を覆う璃々

 

秋蘭は直ぐに優しく抱きしめて頭を何度も優しく撫でる。まるで我が子を抱くように

 

「どうした、怖い夢でも見たか?」

 

「うぐっ、あ、あのねっ、あのねっ、お姉ちゃんが璃々のこと抱きしめてね、怖い人が何度も何度も

お姉ちゃんのことをっ」

 

優しく抱きしめる秋蘭の頸に腕を回し、必死にしがみ付きながら涙を流す璃々ちゃん。恐らく賊に襲われたときの

光景が蘇ったのだろう。璃々ちゃんの目の前で切り刻まれながらも必死で守った彼女のことを

 

その光景を見ながら璃々の瞳に刻まれた恐怖と、悲しみが男に流れ込み。身体に記憶し続けてきた人々の怒りが

心の中で燃え盛る炎の如く男を覆うが、優しく抱きしめる秋蘭を見ながら拳を握り締め心を押さえつける

 

「璃々、やめてって何度も何度もお願いしたのにっ。その人はお姉ちゃんが、お姉ちゃんが動かなくなるまで

うああああああああああああああっ」

 

「そうか、怖かったな。もう大丈夫だ」

 

泣き叫ぶ璃々ちゃんを少し強く抱きしめ、寝室から出て隣の部屋へと移ると背中を撫でながら長椅子に座る

 

「璃々を守った侍女は優しく強い者だったのだな」

 

「ひぐっ、うぐっ、うん、何時も璃々と遊んでくれたよっ、優しくてお母さんと御友達だったっ」

 

「ああ、その者も大事な友の娘を守れて安心しているだろう」

 

「でも、璃々は」

 

「人は何時か死ぬ、永遠に生きる事は出来ぬから精一杯生きるのだ、だが誰かの記憶に残る生き様ならその者の命は

その誰かの中で永遠になり、語り継がれれば多くの者の中で生き続ける。その者を璃々は忘れる事は無いだろう?」

 

「・・・うん、絶対に忘れないよ」

 

「ならば良い、その侍女の生き様を忘れてはいけない。璃々の中で生き続けると共に、多くのものを璃々に

引き継ぎ残してれるだろうから」

 

「うん、うん。璃々絶対に忘れないよ」

 

優しく優しく語り掛ける秋蘭に、璃々は強い瞳を見せ安心したのかそのまま秋蘭に抱かれ寝てしまっていた

 

誰かの記憶に残る生き様か、俺はそんな生き様を己の子に見せてあげられているだろうか

秋蘭の言葉こそが俺達の、真の魏の精兵たる条件ではないだろうか

 

「秋蘭は凄いな」

 

「黄忠の娘を抱きしめているからか?」

 

「それもだけど、俺は涼風の記憶に残るような生き方を見せてあげられているだろうか」

 

隣に座る男に、秋蘭は璃々を抱きしめたまま「何を馬鹿な事を」と言いながら寄りかかる

 

「涼風どころか、皆の記憶に残る生き様だ。だがまだ死ぬには早いぞ」

 

「解ってるよ、俺自身涼風に何かを残せていることを感じられるまで」

 

真直ぐ力強い目で包帯で綺麗に巻かれた己の手を見詰めながら話す男を、少し怒った表情で睨む

 

「どうした?」

 

「どうしたではない、そんなことだけで満足して死んでしまうのか?」

 

「あ・・・すまない。俺は生き続けるよ、精一杯」

 

「ならば良し」と頬を緩め微笑む。何時も秋蘭は俺に大事なことを気付かせてくれる、忘れてはいけないことも

この人と共にならば俺はこの地に留まり、友の願いを叶えることが出来ると自信が湧いてくる

 

「寝るか」

 

「あ・・」

 

男は璃々ごと秋蘭を抱き上げる。俗に言う御姫様抱っこと言うヤツで、顔は赤く染まり秋蘭はつい目を逸らしてし

まう。男は気にする事無く部屋の明かりを息を吹きかけて消すと寝室に運んで行った

 

決戦は近い、場所は荊州のどこかである事は確かだ。敵にたとえ翠が立ちふさがったとしても

俺は負けるわけにはいかない、敵として立つならば容赦なく斬る

 

 

 

 


 
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