益州は巴郡を目指し、進軍する荊州軍。
その先頭を進む孟達は、三日前に一刀から言われたことを思い出していた。
『孟達さん。援軍の件は確かに承知しました』
『本当ですか?あ、ありがとうございます!』
『ですが、俺たちはそれだけで済ませる気はありません。……益州を、取らせて頂きます』
『な!?』
『益州の人たちが重税と労役で、疲弊しきっていることは、俺たちも独自に調べてわかっています。その原因が州牧である劉季玉殿にあるのなら、それを廃して新たな法と制度を、整備しなければいけません。……それを為すためには』
『……益州そのものを、攻め取る必要がある、と』
『……気づいていますか?貴女がここに来た時点で、既に”自分の国を売っている”ことに。他国の軍を自国に招きいれようとしている。それを決めた時点で、ね』
孟達は二の句が告げなかった。
おそらく厳顔はそこまで承知の上で、自分に荊州に行けと言ったのだろう。だが、自分はそこまで考えなかった。ただただ、厳顔と魏延を助けたい。それしか考えていなかった。
(けど、それだけだったら、私はあの時点で、すぐにでも益州に戻る選択をしていただろう。それをしなかったのは、その後の一刀様の一言があったから)
『けど、それに乗じて他国に攻め入ろうとする俺たちも、また大きな罪を背負うことになる。なら、その罪をどう償うか。答えは一つ。……民が笑って暮らせるようにする。たとえ、偽善だといわれても』
その台詞を聞いて、孟達は恥も外聞もなく、その場で泣き崩れた。
自分は今まで、どれほど甘い考えでいたのか。それを悟ったから。
だから、一刀にはっきりと言った。
『……私は、今日この時より、劉翔様の下に降ります!たとえ売国奴と罵られようとも、益州の民を救うため、私は、私の覚悟をみなに示します!私の真名は由にございます。何卒、お受け取りください!』
涙を流しながら平伏する孟達を慰めつつ、一刀は孟達の真名を受け取り、また、自分たちの真名を孟達に許した。
そして現在。孟達は張飛と共に、荊州軍の先鋒を務めていた。
「由おねーちゃん。どーかしたのか?」
物思いにふけり無言になっていた孟達に、張飛が声をかける。
「……なんでもないわ、鈴々ちゃん。さ、そろそろ巴郡に入るわ。このあたりで一度、陣を敷いたほうがいいわ。一刀様にもそう伝えましょう」
「わかったのだ!みんな!宿営の準備なのだ!」
兵士達に指示を出す張飛。
(……桔梗様、焔耶。もうすぐそちらに到着します。どうか、無事で)
馬上から西のほうを見やる孟達。まもなく日が暮れようとしていた。
「そうか。荊州軍が巴郡に入ったか」
巴郡の街の太守の屋敷。主座の間に集まり、軍議を行う張翼、雷同、李厳。
「数は約四万。先鋒は張飛。それと、……由や」
「裏切り者が戻ってきたなう。しかも先鋒なう。……いい根性しているなう」
怒気を隠そうともしない雷同。
「早矢。由を裏切り者呼ばわりするんじゃない。……あたしらだって、似たようなものだ」
雷同をそう言ってたしなめる、張翼。
「……まあ、な。紅花さまを抑えられんと、梅花のええように動かされとんのやさかい」
「けど、形式上は紅花さまのご命令になっているなう。従うのは当然なう」
忌々しそうな李厳と、まったく無表情のままの雷同。
「……ともかく、どう対応するか、だが。……戦力的にはまったくの互角。だが」
「問題は武将やな。向こうはとんでもない化けもんばっかり揃うとる。劉北辰をはじめに、関雲長、張翼徳に、呂奉先、そして華雄」
「特に劉北辰は軍略にも優れ、さらに補佐をする妹の劉備玄徳も、なかなかの用兵家と聞く。参謀にもかの徐庶元直と陳宮公台がおり、その脇を固める、か」
「……勝てるなう?」
「……自信はない。はっきり言ってな」
『………』
沈黙する三者。そこに。
「なんじゃ。蜀の三羽烏といわれたおぬしらが、情けないことを言うとるの」
「桔梗様」
その場に姿を現したのは、後ろに魏延を伴った厳顔だった。
「ここに来られたということは、ご協力してくださるなう?」
「勘違いするでないぞ、早矢。わしは荊州攻めには決して協力せん。あくまでも、ここ巴郡の守りに手を貸すだけじゃ」
ぎろ、と。雷同をにらみつける厳顔。
「けど矛盾してませんか?由に荊州に行くように指示したのは、桔梗様やないですか。なのにここの守備に手を貸すなんて」
李厳がそう問うと、
「確かにそうじゃ。じゃが気が変わった。うわさの劉北辰とやら、わしのこの目で、見定めてみとうなった」
「……では、もし桔梗様のお眼鏡にかなう人物であったら?」
「そのときは、この巴郡を差し出し、その軍門に降る気じゃ」
にやりと笑う厳顔。
「公然と、裏切るといわれるので?」
「蒔よ。ぬしもさっき言うたであろうが。裏切っているというなら、わしらも同じじゃと。……民を裏切っているという意味でな」
『………』
厳顔の言葉に、何も言い返せない張翼たち。
「安心せい。別におぬしらにまで、降伏を強要したりせん。逃げるなり立ち向かうなり、好きにするといい。行くぞ、焔耶よ」
「はい!」
魏延を伴い、出て行こうとする厳顔。
「ああ、そうじゃ。一つだけ言い忘れておった。……感謝するぞおぬしたち。わざわざ時間を稼いでくれたことを」
「……何のことでしょうか」
「うちの手違い。そんだけやで、桔梗様」
「そういうことなう」
厳顔の言葉にとぼける三人。
「ふふ。まあ、そういうことにしておこう。……ではな。縁があればまた会おうぞ」
そして、巴郡の街の東に位置する盆地にて。
一刀達、荊州軍四万と、厳顔率いる巴郡の所属軍一万が、そこに対峙していた。
「桔梗様、何のおつもりですか?」
「由か。役目ご苦労だったな。じゃが、わしの気変わりにちっとばかり付き合ってもらうぞ。……劉北辰とやらはどこじゃ?」
「……俺です。はじめまして、厳顔将軍」
「ほほう。お主がか。……思っていたよりも童じゃな」
一刀の顔を見て、そう感想を述べる厳顔。
(あれが、劉翔殿……)
「それで、その隣に居るのがおぬしの妹御か」
「は、はい。劉備、字は玄徳です」
(劉備様……。なんとお美しい……)
厳顔が一刀達とやり取りをする中、一刀と劉備を見て顔を赤らめる魏延。
「それにしても、話に聞く以上に、そっくりじゃな。……まさか、入れ替わってなんぞ居らんじゃろうな?」
「……していないです。それで、わざわざ出迎えに来てくれたって言うわけでもないでしょう?……俺たちを防ぐつもりですか?」
「そうなるかどうかは、これから次第じゃ。わしと、ここにいる焔耶、魏延とそれぞれ勝負してもらおう。一対一で、な。……ああ、後ろの兵たちはあくまでも見届け人。邪魔はけしてせぬ」
ざ、と。一歩前に踏み出す、厳顔と魏延。
「わしらが勝てば、ここから撤退してもらおう。そちらが勝てば」
「……降ってくれますか?」
「そのつもりじゃ。ただし、わしの相手は劉翔。おぬしがせい。それが唯一の条件じゃ」
じゃき、と。自身の武器である豪天砲を一刀に向ける厳顔。
「(……俺を量ろうとしてる、か)良いでしょう。お相手、させていただきます」
すらり、と。靖王伝家を抜き放つ一刀。
「ふふ。感謝するぞ、劉翔よ。で、焔耶の相手は誰がする?」
「なら、鈴り「わたしがやろう」にゃ?」
名乗りを上げようとした張飛を押しのけ、前に進み出てくる一人の女性。
「……えっ……そ、蒼華?」
「蒼華さん、その格好、何?」
名乗りを上げたその女性、華雄の方を振り向いた一刀達は、その姿を見て、唖然とした。
「ん?おかしいか?……亡き母上の形見の戦装束なんだが」
華雄が着ていたもの。それは、純白の上着に、真紅の袴。そう、以前洛陽で謎の人物から受け取った、例の”巫女服”だった。
「おかしいどころか、すごく似合ってる。うん。とっても綺麗だ」
「そ、そうか?」
「(む~~~)……それで戦えるの?蒼華さん」
一刀にほめられ、照れる華雄をジト目で見ながらも、率直な疑問を口にする劉備。
「それは心配ない。この服、見た目とは違って物凄く動きやすいんだ」
そう言いながら、赤い紐をたすきがけに身につけていく華雄。
「というわけで、お前の相手は私がしよう、魏延とやら。この華雄がな」
金剛爆斧を構え、魏延に向ける華雄。
「……上等だ。そんなふざけた格好をしたやつになんか、負けられるものか!」
鈍砕骨を構える魏延。
「みんな、決して手出しはしないでくれ」
靖王伝家を正眼に構え、厳顔と向き合う一刀。
「良い眼じゃ。楽しませてくれよ、劉北辰!では、いくぞ!」
「劉北辰、推して参る!!」
「来い!魏文長!我が戦斧を味わってみよ!」
「おお!覚悟しろ、華雄!」
一刀対厳顔。華雄対魏延。
その凄絶な一騎打ちがの幕が上がった。
<華雄対魏延>
「ぬるいわ!!」
ぐおん!!
と、音を立てて迫る魏延の鈍砕骨を、紙一重でよける華雄。
「くそ!ちょこまかと!」
「振りが大きすぎる。その分隙が生まれやすい。こんな風にだ!」
どがっ!
「あぐっ!」
再度振るった鈍砕骨を、またもやあっさりとかわされ、懐が大きく開いたその一瞬に、うちへと飛び込まれ、腹に一撃を受ける魏延。
「足運びも無駄が多すぎる。もっと少ない歩数で動け。そして、その動きの基本は円!こうだ!」
どががっっ!!
「がっ!」
ずざざざざっっっ!
斧の柄で魏延を弾き飛ばす華雄。
「……その素質だけを見れば、私なんかよりはるかに上だろうに。未熟にも程がある。よくもこれで武人を名乗れる」
「く……そ……」
戦いが始まって以降、巫女装束を着た華雄に、翻弄され続ける魏延。
その攻撃は全くかすりもせず、白と赤に彩られた華雄の華麗な動きを、ただただ引き立てていただけだった。
「……記憶を取り戻した記念にと、母の形見と判ったこれを着て”舞い”たかったんだが。……相手が不足すぎたか」
「くそっ!言わせておけば!」
再び武器を構える魏延。
「その意気やよし。ならば、最高の技を持って、その意気に応えよう」
スチャ、と。金剛爆斧を真っ直ぐに構える華雄。
「一刀から授かった、我が究極の奥義。名を、『星砕きの神鎚』!」
ドオーーーーーーン!!
「ぐあああああっっっ!!」
地に大穴が開き、大量の土砂と共に吹き飛ばされる魏延。
「……威力は十分の一ほどに抑えてある。この程度で死ぬようならそれまでだが、さて」
吹き飛ばされ、地に臥す魏延の傍に寄る華雄。すると、
「う、うう、う……」
「……生きていたか。ふふ。この先、鍛え甲斐がありそうなやつだ」
笑顔で魏延を見つめる華雄であった。
<一刀対厳顔>
「単我流、二の太刀。疾風怒濤!チェストおおおおお!!!」
どおおおおんんん!!!
厳顔の正面から、正眼の構えで突撃し、その強力を振るう一刀。
「くぅぅぅぅ!なんの、まだまだ!!」
吹き飛ばされながらも、体勢を建て直して、再び豪天砲を構える厳顔。
ドウッ!ドウッ!ドウッ!
豪天砲から次々と放たれる、矢の嵐。
「単我流、三の太刀。『電光石火』!!」
飛来する矢と同数になった(実際にはそう見えるだけの)一刀が、次々と矢を叩き落していく。
「おおおおおっっ!!」
矢を撃ち終えた厳顔は、それと同時に一刀へ突っ込む。
「くっ!」
それを寸手でかわす一刀。
「……さすがにやる。あの呂布と並ぶ、闘神の名は伊達ではないようじゃな」
「お褒めに預かり恐縮です。……まだ続けますか?」
「無論」
再び豪天砲を構えなおす厳顔。そして、靖王を肩口に構える一刀。
「はああああ………」
「おおおおお………」
激しく高ぶる両者の気。そして、
『せいりゃあーーーーーーーーっっっ!!』
激突。
閃光。
爆煙。
地に臥したのは。
「………わしの負け、か。ふ、ふふ。ふはははは」
はっはっはっはっは!
と、大の字になって地に寝そべったまま、大笑いをする厳顔。
その隣には、真っ二つに折られた豪天砲が、日の光を浴びて、輝いていた。
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刀香譚、三十九話です。
益州への侵攻をついに開始した一刀達。
その前に立ちふさがるあの二人。
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