「おうおう、元気な子だ」
「―――様に似て、とても凛々しい顔をなさっていますわ」
これは、誰だ―-?
彼女は自分の目に映る男女を思い出せないでいた。
しかし、自分は間違いなくこの二人を知ってもいる、と。そうも確信していた。だから、二人に問いかけた。
(あなたたちは、何者なのだ)
と。だが、
「あ~、あう~」
「おお、何だわが娘よ。父に何か言いたいのか?」
言葉にはならなかった。そして彼女は気がついた。自分が赤子であることに。
「―――様、この子の名は、もうお決まりで?」
「おう。わが――家待望の跡取りだからな。この子の名は、―-だ」
笑顔で答える男。
「それはよい名ですわ。真名はどうされるので?」
「できれば、真名はそなたにつけてもらいたいと思うておる。よい名はあるか?」
女はその問いに対し、笑顔で、
「ありますわ。この子の真名は――――」
「………ッ!!」
彼女はそこで目が覚めた。いつもと同じ場面で。
「……また、この夢か。一体、何度目だろうな。……父と母、なのだろうな、あれは」
彼女――、華雄は幾度となく見る夢の内容を思い出し、そう一人ごつ。
そして、寝台に立てかけてあった金剛爆斧を見やり、自身が拾われた経緯を思い出す。
「……西涼の西、羌族との国境近くだったな。先代様が、私を拾われたのは」
華雄のいう先代とは、現在の直属の上司である、董卓の父親のことである。あるとき、羌族との紛争が起こり、先代董卓はその鎮圧のために出兵した。
その戦の後、彼は戦場で気絶している子供を見つけ、保護した。それが華雄だった。
「……そして、私は先代さまの下で暮らし始めた。自分が誰なのかもわからないまま」
そう。その時華雄は、一切の過去を忘れ去っていた。その彼女に、ともに拾った金剛爆斧の布に書かれていた、「華」という字を姓として、華雄という名を、先代は与えたのである。
その後、その先代が流行り病で亡くなった後も、跡を継いだ現在の董卓に仕え、今に至っているのであった。
「月さまに出会ったのは、今の名を先代様に頂いた直後だったか。紹介されるなり友になってやってくれと言われたのは驚いたが、嬉しかったな。初めての友ができた、と。その月さまからは詠を紹介され、やがて霞とも出会った」
寝台に横たわり、天井をじっと見つめて、主君と友の顔を思い浮かべる華雄。
「……白蓮と出会ったのは、あれはもう何年前になるのかな?詠の護衛で洛陽に出向いたとき、たまたま入った飯店で出会い、意気投合し、親友の盃を交わした。なぜか、他人とは思えなかったな。こう、なんていうか、薄幸そうな感じが」
苦笑しつつ、親友である公孫瓚の顔を思い出す華雄。
「………そして、白蓮と出会ったからこそ、一刀にも出会えた。……将としての武、か。いまだに身についているのかどうかわからないが、少しでも、あいつの域に近づけたのだろうか」
人として、武人として、そして何より、(多分)生まれて初めて、男として意識した人物。恋敵が少々多すぎるが、それはそれで、また燃えるというものだ。
と、一刀の顔を思い出し、顔をほんのり紅く染める華雄。
「……だが、やはり悔やまれるのは、皆に預けられる真名が無い事だ。……いつか、思い出せる日が来るのだろうか。私の、失った過去と、本当の名を」
手を天井に伸ばし、ぐっ、と握る。
「……もう少し寝るか。明日は、襄陽に出向く日だしな。寝ぼけ顔で一刀の前に出るわけにもいかん」
そう言って、再び目を閉じ、眠りにつく華雄だった。
それから二日後。
華雄は襄陽の街中を散策していた。董卓とその参謀である賈駆の護衛という任も、二人が一刀と話し合いを終えるまでの間は、関羽というさらに優れた者が、絶えずそばに張り付いているので、華雄には一日、休日が与えられた。
「まあ正直、政の場にいたところで、大して役には立てないしな。……まだまだ勉強が必要か」
実際、董卓や賈駆の手伝いをしながら、政の勉強にも励んではいた。だが、実践となると、また話は別である。何より、事務仕事は彼女の肌には合っていなかった。
「机に座って書類を前にすると、眠くなってくるからな。……一刀や月さまは慣れだと言ってくれているが、いつになったら慣れるものやら」
そんな風にぼやきながら、一人大通りを歩く。
「ん?なんだ、あの人だかりは?」
路上を歩いていて、ふと、目に止まったその光景。そこには、店もないのに、かなり長い行列ができていた。
「おい。何かあるのか?」
行列の最後尾に立っていた男に、華雄は問いかけた。
「ああ。何でも、大陸一の占い師が来てるそうだ。黙って座ればぴたりとあたるんだと」
「ほお、占いか」
本来なら、自分はそういう類の怪しいものに興味はない。だが、このときの華雄は暇をもてあましていたことと、自身の過去を探りたいという思いが、たまたま重なった。
それから一刻ほども過ぎたころ、ようやく華雄の順番が回ってきた。
路上に張られた、小さな天幕に入る。そこには、フードを目深に被った小柄な人物が一人。
「……おや。珍しいお方がいらっしゃったものです。始めまして、ですね。華雄将軍」
「!……私を知っているのか」
「それはもう。元董卓軍の将にして、天下にその名を轟かせた武人。名を知らぬ人は少ないと思いますよ?」
にこりと微笑む占い師。
「……天下に名を、か。イノシシとしての名を、ではないのか?」
「あまり御自分を卑下なさらないほうが宜しいですよ?……さて、改めて自己紹介を。私は菅輅。旅の占い師にございます」
「菅輅!そうか、おぬしが。噂には聞いている。大陸各地でさまざまな占いをして回っていると」
「ふふ。……さて、将軍のご相談は、過去を取り戻したい、で宜しいですか?」
「!!」
自分の相談事をあっさりと看破され、驚く華雄。
「……過去見は私の最も得意とするところ。不確定な未来と違い、確定した過去は楽に覗けますからね」
す、と。目の前の鏡に手をかざす菅輅。すると、鏡がほのかな輝きを放ちだす。
「おお」
「…………見えました。ですが、聞かないほうがよろしいかもしれませんよ?」
「どういう意味だ」
「……喜びと苦しみ。その双方を受けることになります。それでも宜しいか?」
「……聞いてみねばわからん」
ほんの少し躊躇する菅輅。
「ならば、ご自身で直接見られなさいませ」
つ、と。華雄の額に指で触れる菅輅。
「う!?……」
その瞬間、華雄の意識は暗転した。
「おうおう。元気な子だ」
「はい。葉雄(しょうゆう)さまに似て、凛々しいお顔立ちをなさっておりますわ」
これは、いつもの夢――――。
だが、夢とは違い、二人の男女の顔がはっきりと見えた。
(これが、私の父と母――――――。葉雄というのが、父の名、か)
自身の視点は、いつもの赤子の自分だった。父に抱きかかえられ、母に微笑を向けられる自分。
(父上、母上……)
二人の顔を見、感極まってくる華雄。
「葉雄さま。この子の名前は、どうされますので?」
「おう。もう決めてある。待望の我が葉家の跡継ぎだしな。この子の名は、『悠』、だ」
名を書いた紙を、女性に見せる男――葉雄。
(葉悠。それが、私の本当の名前……)
「とてもよい名ですわ。けれど、字はどうされるので?それに、一番大切な真名は?」
「ああ。漢人のそなたは知らなかったのだな。我が一族には字という風習はないのだ。将来、この子が望んだときにでも、つけてやればよかろう」
(ここは夢になかったな。……そうか。字はもともと無かったのか)
「で、だ。できれば真名はそなたにつけてもらおうと思うてな。どうだ?よい名はあるか?」
女はその問いに対し、笑顔で、
「ありますわ。ずうっと考えておりましたもの。この子の真名は――――」
そこで、再び暗転する華雄の意識。
(そうか……。あれが、私の、真名――――)
意識が暗転する瞬間、華雄ははっきりと、母の口からつむがれた、失った自分の真名を聞き取っていた。
そして、場面は戦場になった。
(これは……。そうか、羌と先代様の、戦の風景――――)
それは、華雄自身も何度も見てきた、戦場の光景。そこかしこで兵が戦い、次々と物言わぬ屍となっていく。それを、意識だけの存在となった華雄は、はるか上空から見下ろしていた。
(?!あれは、先代様と、父……上?)
先代の董卓と、父・葉雄が戦っている姿を、華雄は見つけた。
「葉雄!何故だ!何故、協定を破り、国境を侵した!」
「我が部族の、我が家族のため、だ。……ふ、だったのだがな。ぐほっ!」
口から血の塊を吐き出す葉雄。みれば、その胸を一本の剣が、深々と貫いていた。
「ふ、ふふ。見事だ、董仲頴。……友たるそなたの剣で逝ける、か。……頼む、我が娘を、守ってやって、くれ」
「おい!どういうことだ!」
「……妻よ。我が子よ。……どうか、弱い父を許してくれ……」
どさっ、と。その場に倒れこむ葉雄。
(父上!)
華雄は思わず、父に触れようとした。だが、その手が届くことは無かった。
「父上!……ここ、は」
「戻られましたか」
目の前には菅輅の姿。そこは先ほどの天幕の中だった。
「……あれが、現実だというのか。父を、父を討ったのが先代様だというのか!」
激昂し、菅輅に掴みかかる華雄。
「……私がお見せできるのは、事実のみ、です。実際に起こった、現実の、過去」
「くっ!!」
がっ!と、地を叩く華雄。
「……認めたくは無い。だが、あの二人から感じた、あの暖かさまで、否定はしたくない。……すまない、つい、血が頭に上ってしまった」
「いいのですよ。それでこそ人というものなのですから」
す、と。おもむろに立ち上がる菅輅。
「さて。本日はこれくらいにしましょう。将軍、ひとつだけ、あなたにお伝えしておきます。いずれ、あなた方の下に、すべてを知る者が訪れましょう」
「?なんのことだ」
「ではまた、いずれお会いしましょう」
「あ、おい!」
ふっ、と。掻き消える菅輅の姿。そして、間をおかずに天幕も消え去る。
周辺にいた人々が、突然のことに驚き、ざわつく。
その中で、華雄は一人立ち尽くすのであった。
そして、その日の夜。
襄陽城の大広間にて、一刀をはじめとした、荊州の主だった者たちが一堂に会し、食事会が行われていた。
その最中、
「皆、少しいいだろうか?」
華雄が突然立ち上がり、その場にいる者たちを見渡す。
「どうしたのさ、華雄」
「何よ、珍しく改まって」
一刀と賈駆が華雄に声をかける。
「…………わたしな。思い出せたんだ」
「……もしかして、記憶を?」
「はい」
自身に問うてきた董卓に、こくりと頷く華雄。
「父母の名と顔も、私自身の本名も。菅輅のおかげでな」
「菅輅って、あのエセ占い師?」
華雄に問いかける賈駆。
「エセではあるまい。その力のおかげで、私は自分の過去を見ることができた。……あれが真実だということは、私のこの体が、魂が、教えてくれた。あれが、私の父と母なのだと」
『…………』
いつしか涙を浮かべている華雄の話を、黙って聞き続ける一同。
「……私の本名は、姓を葉、名を悠。西域に住む羌族の一氏族、葉氏の長、葉雄を父とし、漢民族の董氏の娘、旻(びん)を母に持つ者」
「……華雄さんが、旻おば様の娘……」
「月、その旻おば様って、誰?」
一刀の問いかけに、
「……亡き、私のお父様の、実妹、です」
「じゃ、じゃあ、華雄は月の」
「……従姉妹?」
「……そうなるな」
「へう~」
驚愕の事実に、言葉を失う一同。
「……だが、私は今後も、本名を名乗るつもりは無い」
「何で?」
「……今の私は、先代様に頂いた名に、誇りを持っている。だから、これからも私の名は華雄だ。それ以上でも、それ以下でもない」
そう。例え父を討ったのが、敬愛する先代であろうとも、それは今の自分には関係ないことだ。まして、それを理由に今の董卓を責める理由も必要も無い。
記憶を取り戻した後、華雄はそう、自分に言い聞かせ、決めた。
昔は昔、今は今。
ならば、過去は過去として心に大事にしまい、今の自分として生きる。
それが華雄の結論だった。
ただ、一つだけ、これだけは譲れないものもあった。
「そして、この場で皆に、私の真名を預かってほしい。母につけてもらった、この真名を」
そう。
この真名だけは、今の自分に必要なもの。
過去の自分と、今の自分を結び付けておくために、封じるわけには、いかないものだった。
わずかに流れる沈黙。
「……わかった。君の真名、喜んで受け取らせてもらうよ、華雄」
最初は一刀が。そして、
「私も、預からせてもらいますね、華雄さん」
「……しょーがないから、預かってあげるわよ」
「私もだ、華雄」
董卓、賈駆、公孫瓚が次々と立ちあがる。
それに、ほかの者も続く。
「……ありがとう、皆。……我が真名は、蒼華(そうか)!蒼空に咲く、雄雄しき華なり!この真名、わが友らに預けよう!」
晴れ晴れと、最高の笑顔で叫ぶ、華雄であった。
と、いうわけで、あとがきコーナーでございます。
「作者に質問」
はい、輝里さん。ナンデショウカ?
「以前、どっかで公表した真名はどこ行ったわけ?」
「それと、前振りみたいにだした、巫女服のことは?」
えーと。
真名につきましては、やっぱり納得がいってなかったので、あれは無かったことにしました。
巫女服は、その、華雄に巫女服を着せたいなー、と思って、無理やり出したんですが、ちょっと無理がありすぎたなーと。で、できれば無かったことにさせてください。・・・駄目?
「・・・・・いっぺん死んで来い!この行き当たりばったり!」
あ、まて、やめて、かんべんs、アッーーーーーーー!!
「というわけで、作者は退場しましたので、私たちでまとめます」
「今回の華雄さんの裏設定は、作者の妄想が大暴走した上のものです」
「なので、石とか矢は打ち込まないでくださいね?もったいないですから」
「さて、作者によれば、次回からは再び本編に戻ります」
「新章スタートってとこです。一刀さんたちの入蜀、そして、呉の人たちの話を、投稿していく予定だそうです」
「飽きられないようにがんばるので、応援よろしく、だそうです」
「では、また次回」
「第三十七話にてお会いしましょう」
「それでは皆さん」
『再見~!』
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荊州偏拠点、最後のお話です。
わが嫁華雄の過去がついに明らかになります。
自分設定てんこ盛りですが、
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