No.170396

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol06

黒帽子さん

歌姫の双剣と渡り合うルインデスティニー。だが圧倒できたとしてそれだけでは争いをなくすことなどできない。自らを超える力に晒されればただそれだけで崇高な理念も踏みにじられる……。
苦悩するクロの前に連れてこられたシン・アスカ。彼の存在が――彼に究極の平和を幻想させた。25~29話掲載。

2010-09-04 20:49:55 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:9651   閲覧ユーザー数:9595

SEED Spiritual PHASE-25 自分の希望を優先する

 

「キラ……」

 恐らく……あと一月もすれば最近増加したテロ被害の数字は正反対の下降線を描くことなるだろう。それほどキラ・ヤマトの鎮圧は徹底していた。だがこれでは意味がない。数字だけが一時的に下降線を描いても、このままでは皆の心が離れて行きかねない。

 やり過ぎとの声は〝プラント〟にまで伝わってきている。

「帰ってきて下さい。わたくしの元へ」

 組み合わせた両手に祈りさえ込めて抱きしめる。恐怖政治を敷きたいわけではないのだ。だが、平和のため、統一のための手段が見つからない。以前の穏健派が行っていた政策をそのまま踏襲し、それで何になると言うのか。請われて戻ったこの場に、自分は相応しいのか。

 〝アプリリウス〟市にある議長の私室にしつらえられた豪奢なチェアに座しながらラクスは嘆きに埋もれた。そしてもう一つ。改めて表示したデータが鬱をさらに重くする。

 ――先年の彼女が『ラクス・クライン』という『利用されかねない空席』を放置したままオーブを望んだ理由がここにもある。

 

 キラとラクスの遺伝子が不適合を示した。

 

 ラクスはその報告を目の当たりにするだけで息を呑む。両目をきつく閉めながら画面を閉じる。

「これでわたくしも……デュランダル議長と同じになりました……」

 〝プラント〟の、婚姻に関する法改正などしていない。この情勢ではそれを優先的に議論する余裕などあるわけがない。コーディネイターの出生率の低下についての問題が解決していない今、婚姻統制に関する法律はそのままである。そう、ギルバート・デュランダルとタリア・グラディスはこの運命を呪ったと聞く。

「…………わたくしは、どうなのでしょう……」

 種の存続のために引き裂かれ、道を誤った為政者と、同じ立場になった。それでも正義を貫けるか? 自ら造った闇に沈みながら、ラクスはふと思う。種の存続のためと嫌々結婚した上、子供など要らないのに渋々作る人間などいるのだろうか……?

 ラクスは鉛の心地を抱えたまま、微笑を漏らした。

 当然、自分の希望を優先する。

 ――微笑は直ぐさま疑念に溶かされる。

 だとすれば、だと、すれば……デュランダルが採った社会への復讐(デスティニープラン)を……

「わたくしは、否定できない……?」

「――?」

「わたくしは……」

「――クス様?」

「一体どのようにすればいいのでしょう?」

 頬に手を当て首を傾げれば肩にぽんと手を置かれた。

「ラクス様ッ!」

「きゃあっ!?」

 びっくりして手をはね除ければもっとびっくりした表情のヒルダがいた。眼帯が表情の一部を隠しているとは言えしっかりびっくりしているのが見て取れる。

「ひ、ヒルダさん? い、いついらっしゃいましたっ!?」

「いえ、さ、先程から何度かお声を――な、何か思い悩んでおられるようでしたが……」

 導く立場が皆に心配されてどうする。ラクスは再び自嘲の微笑みを浮かべると心配そうに詰め寄るヒルダを手で制す。

「いえ。ご心配なさらずに。わたくしは大丈夫ですから」

 ヒルダはなおも彼女に言葉をかけようとしたが、スライドするドアがそれを制した。振り返れば踵を揃え、ザフト式の敬礼を固めるイザーク・ジュール。ヒルダも立場上、居住まいを正して敬礼を返す。

「失礼いたします。ラク……いえ、議長。以前申し上げた件、どぉなりましたかっ?」

「あ、すみませんジュール隊長。以前の件、とは?」

 イザークは密かに奥歯を噛んだ。ヒルダ・ハーケンがこの場にいなければ溜息の一つも漏らしていたかもしれない。議長も相当忙しいのだろう。それは分かるがこっちもむちゃくちゃ忙しい身ではあるのだ。議会を無視しての軍の暴走など有り得てはならない。だが、そのせいで仕事を溜めて『待つ』ことになるこちらのことも考えて欲しい。

「先刻の掃討戦の際、〝レジェンド〟に酷似したモビルスーツと遭遇した件であります。地上での〝デスティニー〟の件もありますが……」

 ラクスが目を瞬かせた。イザークは凝視していた視線を自ら外すと苦しむような仕草を見せた。

「――自身の無能を晒すようで心苦しいのですが……現在のフェイスの戦力では、あのモビルスーツに攻められた際、守りきれるとは言い切れません。〝フリーダム〟がなければ〝エターナル〟も宝の持ち腐れ……」

 軍人にとって恥と感じる、と言うことなのだろう。ラクスにはそこまで気に病む必要性を感じられなかったが、やはり文官との違いと言うことか。

「キラは、〝プラント〟を放って何をやっているのですかっ!」

 決して彼が遊んでいるなどと考えているわけではない。それでも、納得がいかない。二つの軍神。地球圏汎統合国家と〝プラント〟という二つの守護対象が存在する今、軍神が二つとも下りてしまうのは如何なものかとイザークは考えているのだ。

「アスランもアスランだっ! 全くこの不安定な情勢の中っ!」

「……ジュール隊長」

「…はっ」

 瞑目したラクスの静かな一喝に激しかけていたイザークが心を正す。

「仰りたいことは分かりました。ですがキラ――」

 いけない。二人がいる前で涙など。議長たらしめる威厳を失うわけにはいかない。だが、

『僕は、みんなを守らなきゃいけないんだ……! どんなことがあっても!』

 過去の映像。通信機越し、映像越しのその言葉が血を吐くように思えて、ラクスの胸がずきり痛んだ。ステージの上でならいくらでも演じられるはずの自分が、その痛みに耐えられない。

「え?」

「ら、ラクス…様?」

 心を持て余したときにはもう遅い。心配して歩み寄ってきたイザークの胸へ思わず身を投げていた。

「んなっ!?」

 ヒルダは思わずイザークを突き飛ばそうとしたがすんでの所で思い留まる。ラクスまで弾き飛ばすわけにはいかない。

(ああああラクス様が汚される……っ!)

 そう思ってしまう自分に少しばかり嫌悪を覚えないわけではないが、それでも思ってしまうものは仕方がない。表面上は平静を保ったまま内面で悶え苦しんでいる間、イザークはとにかく動けずにいた。

 はね除ける? 論外だ。

 話の続きは? まず落ち着かせなければ。

 どうすれば落ち着く? それこそキラを呼んでこい!

 泣き崩れ、泣き喚き手が付けられない女性ではないが、堪え続けた結果いつまでもこうではどうしようもないではないか。頭を抱えたいがその手も塞がれている。イザークはただただ立ちすくむしか出来ずにいると、扉がスライドした。

 何気なく目をやったイザークは……ディアッカと目があって髪の毛どころか顔面まで蒼白になった。

「! お、おぉ……イザークっ! お前それはまずいぞ!」

「…………………隊長……最低…」

「ま、待て貴様らぁっ! そぉゆう誤解をっ……ディアッカ笑うなぁ!」

 確かに。故シーゲル・クラインが最高評議会議長であった頃、母より彼女を許嫁になどという話が出たには出たが、あんなアスランのお下がり的な話、今思い出して何になる!?

「す、すみません皆さん…! お恥ずかしいところを……」

「いえいえ議長様ァ。あんまり一人で抱え込まないで。気心知れてる奴が折角近くにいるんだからさ」

 ディアッカのウィンクにシホがわざとらしく目を反らす。その先にいたイザークは制服の襟元を但し彼女から目を反らした。イザークが咳払いするのをディアッカが茶化し、この場であっても殴られる。

「ったく! なんだディアッカ! 緊急の用件か?」

「あぁ。統合国家も機能してるんだか……。虐殺だよ」

「なんだとぅっ!?」

「アフリカ共同体ってあるだろ。統合国家のWFPが食糧支援とかやってるらしいが追いつかないようでな。ま、言っちまえば――口減らしだな。それに対して南アフリカ統一機構からの抗議だ。絶対紛争になるぞ」

「ちぃっ! だが宇宙にいる俺達になにができる?――」

「ではラクス様、私達は失礼いたします」

 男二人は話に没頭したまま消えていき、シホ・ハーネンフースだけが折り目正しく敬礼して退出した。混乱する世界に嘆息を、微笑ましい特務隊に微笑を捧げながらふともう一人を思い出す。思い出せば先程の姿も見られているわけだが、それを演技するだけの胆力はあった。

「あぁ…ヒルダさんはわたくしに何かご用があったのではありませんか?」

 ヒルダは何か、逡巡を見せた。しかし首を傾げている間にそれは消え、問いつめるほどの確信は持てない。

「いえ。……特には。ラクス様、ご自愛下さい」

 扉をくぐりながら振り返った彼女にラクスは見えずとも頭を下げた。そして、彼女の懸念を裏切るような思考を巡らせる。

 これで自分はデュランダルと同じになった。それでも……正義を貫けるか?

 

 

 

「男は、女以上に強いものに惹かれる」

 ソート・ロストは何かの本でその言葉を読み取った。そして自分がそこに記される『男』だと自覚したのはしばらく経ってから後だった。

「ちっ……これじゃ顔向けできねぇな……」

 白い天井の照明に掌を翳す。その掌から包帯が取れたのはつい先日のことだった。自分があてがわれた病室には寝台の真上に照明があり、真上を向けばそれが目の奥を刺し常に苛立たす。そして帰国のために医療施設を備えた輸送機に搬送された先でも真上には明かりがあった。

 世界は、自分が嫌いなのだろう。

 ならば何故、わざわざ手間暇掛けて生み出したのだ?

 コーディネイターを作るには莫大な費用がかかる。ジョージ・グレンが生産法を広めた直後は一般人に手が届くものではなかった。とは言え、以降は需要拡大、技術革新により挙って我が子をコーディネイターにしたがるブームが起きたことからも、それほど垣根の高い金額ではないと反論するものの方が多いだろうが、それでもソートは声を大にして意見を変えない。反論されれば単語を付け足すだけだ。

 『戦闘用の』コーディネイターを作るには莫大な費用がかかる。自身はその中盤以降の作品だが、洗脳操作をされた経験はないはずだ。

 間違いなく自分の心。強い物に惹かれるのも、疎外感を感じるのも。だから自分はラクスに従う。

「……キラ様の剣となるために……!」

 ソートはシーツをはね除けた。

 そして数日リハビリテーション。寝っぱなしでなまった身体は直ぐさま元の感覚を取り戻した。そろそろ出撃も可能だろう。実戦のほうが早く感覚を取り戻せる。シミュレータに目をやりながら汗を拭き、指先の感触を確かめる。

「頑張ってるんだ…。すごいねこれ」

「キラ様!」

 キラはその辺に転がっていた極端な重さのダンベルを拾い上げ、苦笑していた。確かに。ナチュラルどころか一般のコーディネイターであってもここにある各種機材はリハビリテーションと言うより肉体改造でこそ用いられるものばかり。そんな彼の内面には気づかず、ソートは曲げ伸ばしをしていた指を即座に正して敬礼する。彼に見舞ってもらえるのは歓喜も伴うが……やはり屈辱感と居たたまれなさが強い。自分は彼に認められるだけの働きができなかったのだ。

「お帰りでしたか。世界規模での鎮圧行動、お疲れさまです。こんなときにお手伝いできない自分が……情けないです…っ!」

「気にしないで。僕のために戦ってくれたんだから。次の遠征があったら君にもお願いするよ」

「何なりとお申し付けください!」

「それより、テレビ見た?」

 キラの表情が曇った。それだけで何を言わんとしているか察する。

「ノストラビッチ博士がテロ組織に所属していた、と言うあれですか?」

「うん……僕はあの博士のこと、よく知らないけど――とにかくあの声明の後だから、反抗活動とか大きくなると思うんだ。だからソートに頼みがあるんだけど、スカンジナビアのアスランを迎えって言うか、保護とか護衛に言ってくれないかな?」

 キラ率いる鎮圧部隊は帰島直後で補給中といったところか。ともかく彼のお役に立てるならソートに断る理由は無い。

「了解しました。ただ今より準備ができ次第アスラン・ザラ護衛の任につきます」

 キラの労いの言葉を受け、それを思い返しながら意気揚々と戦闘準備を整える。そして――

「……なんだよこれ…」

 案内されたドックで、彼は心の底から落胆し、整備係の苦労も無視して思わず呻いた。

「再生産が条約違反というわけではないはずですが…こと〝フリーダム〟ですから。量産されたパーツと言うものが……」

 修復完了の方を聞いて駆けつけた。愛機〝バスターフリーダム〟は……〝ゲイツ〟にされていた。

「センサー部分はジャンク屋から譲り受けたYFX-600Rのものを流用してます。元々〝フリーダム〟、〝ジャスティス〟の武装試験のためにチューンされたセンサーですから、運用に問題はないはずですよ」

「……ジャンクかよ…」

 説明全部すっ飛ばしてジャンクの一言が彼を打ち据える。性能についてじゃない。見た目の問題だ。〝フリーダム〟は〝フリーダム〟で在るべきだというのに……よりによって頭部をすげ替えられるとは。武装はまるまる再生されていると言うのに受ける印象がまるで違う。ヒトは、顔を見てその第一印象をつくると言うことか。

 不満がありありと顔に出ていたのだろう。整備係は頭を掻きながら言い訳を付け足した。

「すぐに出撃できるようと言われたものであり合わせ修理ですが、注文はしてありますからすぐに純正パーツが届きますって」

「すぐにでも出撃したい。見た目は気になるが……武装に変更が無ければ仕方ないと諦めるよ」

 ほぼ同時期にザフト統合設計局によって作成された〝フリーダム〟と〝ゲイツ〟はある程度の規格が同じなのではないか。故に改修は簡単だったのだろう。だとすればセンサー機能などのダウンはあるものの使い勝手にそれほど差が出るとは思えない。そんなことよりキラ様からの要請を反故にしてしまうことの方が問題だ。

 ソートは変更されたスペック、特にモニタリングの差異を頭に叩き込むと鼻白む皆を尻目にOSを起動させた。

〈ソート・ロスト、〝フリーダム〟出ます!〉

 同じドックで〝アカツキ〟の調節をしていたムウが轟音に眉をひそめてコクピットから這い出してくるなり空になった格納場所を目にしてため息をついた。

「フラガ一佐? 〝シラヌイ〟のシミュレート、旨くいきませんか?」

「なんだよソートのやつもう行っちまったのか。よりザフトらしくなったモビルスーツを賞賛してやろうとしたのによ」

「そんなことしたらマジで喧嘩になりますよ……」

「あいつも、もーちょっと可愛げを身に着けるべきだな。まったくキラの周りはあんなんばっかだなァ」

 他人のためと息巻いてもそれが本当に他人のためになるとは限らない。独りよがりの苦しさをムウは思い返したが、それが何に起因しているかは思い当たらなかった。

SEED Spiritual PHASE-26 自由に育てるのが一番

 

「ここよ」

 ミリアリアが案内してくれた場所は……一言で言えばスラムであった。スーツ姿のミリアリア、そしてこんな場所を予想もしなかったため、どちらかと言えばフォーマルな姿で訪れてしまったアスラン。彼は居心地の悪さを感じていたがミリィの方にはそれらしい様子は見受けられない。

「ミリアリア……」

「……なに?」

 少し聞くのを躊躇ってしまう。

「……君は、こういうこと、よくあるのか?」

 「こういうこと」を言外に軽蔑していると受け取ったか、ミリアリアの眉がひそめられた。居心地の悪さにアスランはまたも目を反らす。

「情報局、ってほどじゃないけど……〝ターミナル〟との橋渡しってのはこんなもんよ」

 暗い地下へと下りる途中、彼女はいきなり振り返ってきた。

「あなた、ラクス・クラインを神聖視しすぎてない?」

 いきなりの言葉に鼻白む。理解できず言葉を継げずにいると彼女はそのまま顔を落として溜息をついた。

「〝ターミナル〟がクライン派資本で、って言ったって、やっぱりこれは地下組織に過ぎない――ってことが言いたいのよ」

 ……ついてこない方が良かったのだろうか。立場に沿ってあの場所で待ち続けていた方が正しかったのだろうか。

 気まずい。

 彼女は、自分をどう思っているのだろうか。

 C.E.71、ザフトの軍人であったアスラン・ザラはミリアリア・ハウの恋人を殺した。

「…………」

 彼女に刃を向けられない限り、あとをついていくしかないのだろう。アスランは眉間を指先で揉みほぐしながら思考を切り替えることにした。

 降りきった先は、案の定薄暗く、窓もなく、外が覗えず、頭の上が昼日中だというのも信じられなくなる不穏で酒を飲む以外にも使われそうな場所……と、更に蔑視気味の考えばかり浮かぶ自分を恥じる。その間にもミリアリアは馴れた様子で奥へと進み、話を付け、情報を引き出してくれる。嫌悪ばかりを抱く自分ははっきりとこの場には不要と感じられた。

「アスラン」

 ざっと鉛筆――と言うよりも木炭――で何かが書かれた紙が手渡された。紙、そして出掛けにミリアリアより手渡されたフォトデータとテキストデータの紙束。前者の古典的な情報伝達に眉をひそめるのを隠せなかったが、少し考えれば思い至る。電子媒体と違って全く同一のコピーを作られる心配がない。どうやら法に縛られないというのは思いの外守られない立場であるようだ。

「出来ればそれを彼女に提出…ってのはやめてね。あなたの言葉なら、信じるでしょ?」

 記憶して破棄しろと受け取ればいいのか。アスランはその処理が意味する現状を想像しながら紙面に目を落とし――ミリアリアに先行され、暗記作業は後回しにせざるを得なくなった。

 結局誰とも一言もかわすことなく日向に返ったアスランはミリアリアがタクシーでも拾うため路側へと移動する間に入手した資料を取り出し、掴まえてもらった座席に座りながら一読する。

 

 一つ、該当部隊の正式名称は無し。構成員も不明だが上記の内容より〝ファントムペイン〟と同様の規律、資金源を有した組織である。

 一つ、ヘブンズベースが陥落した〝オペレーション・ラグナロク〟の際拘束、後に投獄された旧〝ロゴス〟の影響力により活動している。

 一つ、誰がどう手を回したかはわからないが確かに統合国家の軍籍を得ている。

 ガルナハンでのモビルアーマーを運用した一件及び先日アスラン自身が基地破壊現場に遭遇した件、両方に関わっていた人物のデータも記載されていた。ライラ・ロアノークと言う名称と写真。自分より年下の少女然とした顔写真……。アスランは少女然とした重犯罪者の存在にも奇異の念を覚えなかった。コーディネイターの理性は高いとされることから〝プラント〟での成年は15歳とされており、また能力主義的な面からもナチュラルより年少責任者への偏見が少ない。だがこの子もロドニアのような施設関係者かと思うと痛みが走る。

 そして最後に手書きの紙面に目を落としかけ、やめる。『スタンフォード』の一文が視界の隅に焼き付いた。

 紙片を手の中で丸め、車内に在るはずもないシュレッダーなど探しながら、一つ一つ思い出すことを繰り返した。隠密部隊の首謀者の名前が手に入るなど、やはり〝ターミナル〟の情報網には舌を巻くしかない。統合国家にとって有益ではあるが、その感嘆は次第に心を沈ませた。これはどんな場所にも密告屋が潜んでいることを婉曲に証明されたも同然ではないか? 統合国家にとって有益だからと疑心暗鬼を容易に広めるこの事実を必要悪と断じて利用していいものなのか。

 そんなアスランを、窓の外にばかり視線を投げ過去の清算に固執する彼を、ミリアリアは盗み見、密かに吐息した。別に彼に対して恨みなどない。復讐心もなければ期待もせず、このため息は断じて落胆などではない。

 彼に対する彼女の意識は『なにもない』のだ。

 そう。あーだこーだ言う男はこっちから振ってやればそれで済む。が、恨んではならない相手には済ませる手段など思い浮かばない。ならば――目を閉じるしかない。ミリアリアはアスランとは逆の窓へと視線を投げた。

 アスランはそれに気付かない。次の紙面に視線を落としかければC.E.73後期のザフトについて記されているのが――

「はい、こちらアスラン・ザラ……」

 通信が情報収集の邪魔をするがそれを毒突いている場合ではなかった。

〈あ、アスランさん! 大変です!テレビ付けてください取り敢えず……ええと、チャンネルは――〉

 アスランが取り落とした紙面には緑の軍服を身につけた青年の写真が挟まっていた。

 

 

 ライラ・ロアノークに指揮官能力などないと思っている。それでも彼女に従わざるを得ない理由はブルーノ・アズラエルを始めとした旧〝ロゴス〟の権力が背後にちらついているからだ。確かにモビルスーツ、白兵戦問わず戦闘能力は破格である。だがそれが人の上に立てる条件かと問われれば確実に否と答える。資質の面でも成熟面でも。実年齢など知らないが、容姿から察するに小娘ではないか。

 恐らく皆がそう思っているはずだが、若い奴らが「気楽でいい」などと言っているのを聞いて愕然としたこともある。この部隊に所属している以上、皆が対コーディネイターの『英才教育』を受けていると思っているが……。

 ライラは脇を歩く壮年に視線を投げた。彼は恐らく先程の自分が見せてしまった軍人にあるまじき姿にご立腹と言うところなのだろう。彼の横顔を見ているだけでその心の声まで透けて見えるようだ。

 掠め見ることもせず上官たる小娘に視線を投げれば思わず視線がぶつかり怯む。咳払いで誤魔化しながら胸中で再度、彼女への愚痴を再開させた。

「AFG‐13――。ここですか?」

「そう。あ、血ィ付いてるけど気にしないで。明日までに報告書アップロードしとくから理由知りたい人は読んでね」

 血。気にしているのは自分の方ではないのか? 身体毎視線を巡らせれば不機嫌そうな目とぶつかる。

 全く……気持ちが落ち着けばいいというわけではない。謝罪も無しに。いや、謝って済むことですらないというのに。そんな奴の言葉でも、従わざるを得ない。

 AFG‐13245。地点名と暗号コードを同じにするというのもどうかと思うが……。一般世界では情報流出よりも使えなくなることの方が怖いと言うことで分かりやすいパスワードだの画面にメモを貼っておくだのしてるのをよく見るが……こちらの世界ではこれは当て嵌まらないだろう。設定者に何か重大な思惑があった……とでも思っておくことにする。

 迫り出したパネルに英数字のコードをゆっくり打ち込めば網膜パターン以外読みそうにないセンサーに光が灯る。ライラは一度振り返ったが――脱走対策等々で網膜にチップを埋め込まれたような奴はいないようである。そう判断した上官は部下に意見を求めぬまま光に眼球を押し付けた。

 電子音。

 血の筋がついた扉が奥へと引っ込み霧を纏ってスライドする。

 冷気か。十数ヶ月と放置されていたのに全く古さを感じさせない空気が足下を撫でていく。扉が退いたその先には無数のガラス筒が犇めいていた。

「……これは?」

「〝エクステンデッド〟のクローンって聞いてるわ。〝デストロイ〟用の適正値、探して」

 電源は全部生きている。これで良くもザフトの調査を免れたものだと妙な関心すら覚える。明滅を繰り返すコンソールに人を並べ、自分は取り敢えず手近な円筒に手を触れた。時折気泡が浮かび上がる液体に満たされた中に漂うのは――ライラは堪えきれずに眦を引きつらせた。顔を背けるのを堪えたのは精一杯の命への礼儀だった。

「命を弄ぶ……か。別に悪って決めつけちゃ駄目よね。カミサマとやらが前例やってることなわけだし」

 胚、なのだろうか。極小で未完成な胎児が安定した世界に守られている。

(あたしには……父さんも母さんもいた。それだけが理由で、人間と、そうじゃないものってんで区別されるのかな?)

 右手を差し上げ、耳元に寄せてゆっくり拳を形作る。消え入りそうな電子音……。明らかに人間のものではないが、自分は人として扱われている。連合軍に入り込んだコーディネイターとしては破格の扱いだと嘯かれることだろう。

(優しくしてあげる、べきなのかな?)

 どうやって? 何を今更。今から兵器として扱おうとしている奴が何を持って親切に優しく接するというのか。ライラは胸中に生まれた考えを嗤い、思考で黒く塗り潰した。

「あ、ロアノーク少佐!」

「ん?」

「これなんて候補では? ニューロン接続誤差±5以内、反応速度が一般ナチュラルの8倍と出てます」

「こちらも。あぁ、月面で用いられた〝エクステンデッド〟の平均値の2倍強、全能力出てますよ」

 判断が付かなければ責任者が主観で判断を下すしかない。幾つか寄せられた報告を一律画面に表示させるとそれぞれのパラメータを順に脳裏に収めていく。皆が推薦するとおりいずれも甲乙付けがたかった。そしてこれが優劣付けられる全てではない。数値に表れないデータというのも幾つかあるのだろう。

「ん~……」

 全てがいいと言うことはどれでもいいと変換できる。何か決定的なものだとかデータの価値に優劣を付けるとか思考の海に浸ったライラは、どうでもいいような要素を聞いてみることにした。

「性別って分かる?」

「あーと、男です」

「……はいこちらも男性です」

「染色体にYあります」

「女の子ですよコレ」

「よしじゃあその子!」

 爪先で床をこつこつ鳴らしていたライラがいきなり一つを指名した。皆が仰け反る中、ライラは女と断定された胚のデータに顔を突っ込んでいった。

「ろ、ロアノーク少佐……何か理由が?」

「いえ別に、インスピレーションってか、マイノリティだったから、かな? お……」

 ベースデータはステラ・ルーシェとなっている。確か〝デストロイ〟で最大の戦果を上げた〝エクステンデッド〟は、この名ではなかったか?

「これ、名前?」

「え……? 名前なんてありませんよ。ベース――『ステラ』とでも呼べばいいかと」

 年長者の素っ気ない言葉にライラは少しばかり苛立ちを感じたが、ナチュラルの思考でそれ以外を扱う言葉としては、当然と考えるべきだろう。

「ステラ……か。よし決定。どれくらいで訓練可能になる?」

 洗脳、薬学等、遺伝子も含めた生物学について、〝ファントムペイン〟がコーディネイターを上回っているのには幾つかの理由がある。

 地球連合上層部より「〝ファントムペイン〟から物資・人員の提供を求められた場合には、速やかにこれに応じること」との通達が徹底されていること

 巨大すぎる後ろ盾〝ブルーコスモス〟からもたらされる潤沢な資金を思うがままに扱えること。

 隔絶された技術革新最優先の組織であるため、一般に尊重されるべきもの、世論に大きく叩かれるものを完全に無視しての活動ができること。これは理性的な精神を有し、倫理に反する教育や洗脳に強い耐性を持つコーディネイターにはできないことですらある。

 人体に作用する技術を得たいのなら、やはり人体実験が近道であると言うことなのだろう。繰り返された非人道行為は生産性以外でナチュラルがコーディネイターを超えられる唯一の技能かも知れない。

「最低一ヶ月は待ってくださいよ。でも急成長って言っても3日で成人とか考えないで下さい。一月待ってようやく子供です。そこから、バイオフィードバックとかしていくのが普通ですんで――」

 別に諭されたのが感に障ったわけではない。

「いいの。子供は自由に育てないと!」

「少佐みたいになるわけですね」

「そこうっさい!」

 などと上官が遊んでいる間にもコンピュータは操作され、カプセル内の胚がフェノール樹脂(ベークライト)に固められていく。

「あ、少佐。この状態で洗脳処置を施しておくと、成長後は薬物投与かナノマシン設置程度で済みますが?」

 顔をそちらに向けながら、先程の自分の言葉に苦笑した。彼らの言葉に苛立ちを覚える権利など、自分にはない。

「自由に育てるのが一番!」

「…………お優しいことですね」

 呆れられたと言うことか。苛立ちはするが反論はできない。ソキウスの服従遺伝子、ブーステッドマンのγ‐グリフェプタン、エクステンデッドのブロックワードが何のために研鑽されてきたか知らないほど無知ではない。

 ライラは手渡されたベークライト塊を透かして見ながら部屋の外へと足を向けた。

「はいあとは全部破棄で。壁面のプラスチックボムチェックして残ってたら優先的に使って。撤去率が70%以上のようなら連絡して。〝カラミティ〟のフルチャージ、この間のアレから察するに7分はかかるから早めにね」

 非情ぶりを評価してくれたか? 背後の視線をあらゆる可能性で想像しながら搭乗機に戻ったライラは――とりあえず、準備が整うまでどう隠れようか思案することにする。

(オーブは、ヤバイわね。……ガルナハンで目立ちすぎたせいで〝ジャスティス〟に追われるくらいだから、お日様の下どーどーと歩くのは無理でしょ。それに――)

 閃いた赤い瞳が背筋を凍らせた。

(――そんなわけ、ないじゃない……! コーディネイターだとしたら、目の色だって結構自由に変えられる! そんなことより! やっぱ大西洋連邦所属国にすべきよね……)

 心から閉め出したつもりでも赤い瞳はちらついた。

(で、でも、あそこも〝デスティニー〟が出たとかでごたついてるかなぁ……)

 憎むべき存在だ。黒い〝デスティニー〟。ウチの〝ザムザザー〟を一機ジャンクも出ない程消し飛ばした。が……

(――感謝もすべきかな)

 いい具合に、世界を混乱させてくれている。統合国家は支配者を気取っているが、僻地の被災現場などは放置以上の処置ができずにいる。スタンフォードに手が回らなくなるまであと一押し。この状況で〝デストロイ〟など投入すれば……世界は絶対に壊れる。

(取り敢えずは……やっぱりワシントン行こ)

 大体の予定をゆるゆるとこねられるようになったとき、〝カラミティ〟がサイレンを鳴らした。どうやらプラスチック爆弾は足りないらしい。ライラは直ぐさま砲のチェックを開始した。

SEED Spiritual PHASE-27 彼女を何とも思わないか?

 

 誰かと通信しているようだがディアナは無視した。画面を注視するティニの前へと走り込み捲し立てる。

「ねぇティニ! さっきの――」

 捲し立てかけたが直ぐさま言葉が尻窄み。追いついてきたフレデリカが怪訝に思いながらにじり寄ればディアナが頭を掻きながら……意を決して話しかける。

「あれって、合成?」

 フレデリカには意味が分からない。しかしディアナの目元は真剣そのもの。ティニは通信に一段落付けるとディアナが力なく微笑んだとき、フレデリカの思考が止まった。

「……」

「……蝙蝠?」

 しっかりと、ティニの背から皮膜状の羽が生えている。ディアナの表情を確認したあと、フレデリカの顔も見たかったと言うことだろう。振り返ってきたティニは正面に戻るなり大きく聞こえよがしの溜息をついた。

「いけませんねお二人とも。異文化を真正面から嫌悪するようでは進歩がありませんよ」

「わ……わー…なんか、重いわー。あ、あの、ティニって、えーと、ナニ? 木星人?」

 彼女が無言で首を横に振ったため正体不明のまま会話が終わってしまった。それこそ太陽系を片田舎と断じるようなイキモノだったらと考えると、やはり彼女の言葉は重いのかもしれない。

 

 

 

「――オレが世界を変えた、か……」

 確かに、帰路のそこかしこで火の手が上がっていた。北米大陸周辺ではまるで実感の無かったティニの言葉が現実に染められ認識を色づかせて事実にする。

「なんじゃクロ? ティニのヤツに言われたこと、気にしておるのか?」

「……そんなんじゃありませんよ」

 そうは言ったものの顔色を見られたと言うことだろう。パイロットスーツを着込んでこなかったことを改めて悔やむが現状はそれどころではない。ユニウスセブンの破片が墜ちた場所は当然として、無傷の大都市なんて場所を除けば援助無しには生きていけない世界なのだ。自分の意識が充満した世界……それは援助の絆さえ選ばず断つ地獄の業火が乱発する地表だった。

(……望んだな。確かにオレが)

 キラ・ヤマトは言った。混迷する世界を放置する覚悟があると。それと敵対する意志を持つ自分は、何を覚悟すべきなのだろう? 

(意外と、オレとあいつの貫いてることは一緒だったりしてな……)

 その想像は渇いた嗤いさえ許さないほど苦い。意識を沈める心の闇から逃げるため、クロは過剰に計器やモニタへと視線を投げた。クロの意識をAIが汲み取ったか、それとも優秀なセンサーは人の苛立ち以上に過敏だったかモニタが一つの世界を区切った。

「輸送機?……オーブのだな」

「どれどれ?」

 ベルトの許す限りで覗き込んでくるノストラビッチ。続けて表示されるデータがクロの脳裏から彼の存在を消し去った。

 モビルスーツを搭載している、オーブの輸送機……その簡易データも表示されたがそんなものは見えなかった。同所に表示されるライン。繋がる型番、ZGMF‐X19A。

「〝ジャスティス〟じゃねえかっ!」

 AIが激しく明滅する。接続されるべきスーツがないため操作補助ではなく役割分担。そのはずなのに気持ちは繋がる。そんな気がした。

「クロ!」

「聞きませんよ。ラクス・クラインの剣から逃げて、何のためのコレなんだよっ!」

 ミラージュコロイド解除と同時に腰部からビームライフルを抜き放った〝ルインデスティニー〟は躊躇いも見せずに輸送機へと発砲した。

「! お前……なんつーことを…!」

 凍り付いた声に引かれるように墜落していく。そこから飛び出したのは見紛う事なき真紅の機体。

〈どう言うつもりだっ!? お前もテロ――お前は!〉

 通信は、その音声は、これもまた聞き間違いようもない『英雄』のものだ。血で塗り固められた赤の騎士。全てを裏切り正義を名乗る偽善協力者。思いつくままに羅列すれば血液が沸騰した。

「アスラン・ザラ……堕ちろォォオォっ!」

 思い切り踏み込む。激烈な推進力が彼我の距離を瞬く間に縮めた。〝ジャスティス〟がビームライフルを構えるも対艦刀を引き抜いた〝デスティニー〟は既に大写し。接射を躊躇うアスランはビームキャリーシールドで対艦刀を圧しかかった。

 火花の飛び散る激突音。まっすぐ当たれば切り裂けたであろう敵機の左腕と拮抗しながら引く気を見せずにただただ憎悪をかき立てる。

「くっ! お前は……倭国とガルナハンを襲ったヤツかっ!?」

「ああ。お前の目にはただの暴力としか映らねえだろうが、なっ!」

 猛り狂う星流炉は新製核動力の出力をあっさりと凌駕した。押しやられた〝ジャスティス〟が体勢を崩し地表へ叩き付けられかける。アスランは敵の『重さ』に舌を巻いたが〝ジャスティス〟には五体を封じられても打てる手がある。リフター〝ファトゥム‐01〟がパージされビームサーベルの塊と化した。推力を減らされ落下速度が加速するも流石の黒い〝デスティニー〟もそれを真正面から受けることはせず回避に移る。輝くリフターをシールドで受け止め、弾き飛ばす。

「くっ!」

 しかし肩関節にエラーが起きた。動作に支障などないが、苛立つ。ラクス・クラインの剣を無傷で踏みしだいてこその〝ルインデスティニー〟だと言うのに。

「アスラン・ザラアァァアアッ!」

 リフターが戻るより早く左手のビームサーベルクローを出力、二つの破壊閃を手に、激情のままに襲いかかる。〝ジャスティス〟がシールドに手を差し込みRQM55〝シャイニングエッジ〟ビームブーメランを取り出したのを認めたクロは突進の勢いは殺さぬままRQM60F〝フラッシュエッジ2〟ビームブーメランを投げ放つ。二つの光刃はすれ違い、互いのビームシールドに弾かれた。

「オォオッ!」

 吠え振り下ろす大剣が機体を掠めるもかわされる。上を取られ降り注ぐビームサーベルを全身のスラスターを使って半身を引く。モニタへ大写しになる〝ジャスティス〟目掛け、CIWSをフルオートで乱射した。

「…なにっ?」

 装甲貫通報告に我が目を疑うアスラン。そう言えば傭兵のモビルスーツの中にはビームと実弾のハイブリッドガトリング砲を搭載しているものがあった。質量兵器を無効化するフェイズシフト装甲も熱量兵器には殆ど意味を成さない。

「ちぃっ…!」

 慌ててビームシールドを展開。幸い動力部等に損傷はないが、こいつの武装は常識が当て嵌まらない。陽電子リフレクターごとモビルアーマーを消し去る砲も然り。他に武装を隠し持っていたとして、それが意表をつくだけのものである可能性の方が低いとアスランは判断を下さざるを得なかった。

「一体お前は――」

〈ラクス・クラインの剣がぁあっ!〉

 言葉に頼ろうとするアスランは取り付く島のない怒りにぞくりとする。

(なんなんだこいつは!)

 なぜだ? 彼は一体誰なんだ? 何故こうも、俺を憎悪する? ラクスを、憎悪できる? 何の情報も引き出せないことがもどかしく――刃を振るうしかできない。〝デスティニー〟の長刀に〝グフイグナイテッド〟の防御デバイスを易々と切り裂かれた感触がまざまざと蘇る。例え〝ジャスティス〟のビームキャリーシールドであってもこいつの斬撃を真正面から受けてみたいとは思わない。

「逃げるなっ!」

 暴動の大地へと舞い降りる〝ジャスティス〟。〝ルインデスティニー〟はそれを追撃し、大地目掛けて刃を振り下ろす。岩くれが飛び散る轟音の中、破壊を行うテロリストのモビルスーツがこちらに気付き、暴動の反射動作に圧されるがまま二機目掛けてビームを放った。

「ちっ!」

 二機は共にシールドで射線を弾き飛ばす。

「邪魔だっ!」

 一歩下がる〝ジャスティス〟を無視してクロはそのモビルスーツへと躍り掛かった。

〈あ、黒い――〉

 もしかしたらその破壊者は友好的な何かを話そうとしたのかもしれない。だが熱したクロには抵抗たり得ない。ビームソード〝メナスカリバー〟が思い切り〝ゲイツR〟を引き裂いた。歯車の腸を晒したのは一瞬のこと。ビーム刃が推進剤を焼き尽くし火炎に包まれた〝ゲイツR〟が轟音とともに砕け散る。

 クロはそんな末路を見もせずに再び〝ジャスティス〟へと肉薄するが、暴力に狂う何者かが再び彼を苛立たせた。

「邪魔だって――」

 振りかぶり、振り下ろす!「言ってるだろぉがあぁっ!」

 しかし激烈な金属音とともにその一撃が阻まれた。対艦刀を受け流しこちらを押さえつけるのは〝ジャスティス〟。クロは歯を食いしばりながらも、口の端に嘲笑を浮かべた。

「余裕じゃねぇか……。むしろこいつらをぶちのめしたいのはお前らの方じゃないのか?」

「仲間じゃないのか? 一体何なんだお前はっ!」

 通じ合わぬ声と心。それでも互いの怒号をぶつけ合い攻と防が拮抗する。クロはその互角に終止符を打つべく対艦刀へのエネルギー供給量を跳ね上げた。

 紅い光刃が突如青く輝く。いきなりなくなった負荷にアスランは目を見開いた。加重が消え失せたのではない。アンチビームシールドがビームエッジによって切り裂かれたが故の軽さだった。

「なっ!」

 驚愕冷めずともコーディネイターの反射神経は腕を引かせギリギリのところで回避を間に合わせた。しかしそれでも、シールドは半ばから断ち切られ――否、灼き斬られ、ぼんやりと残ったビームシールドもプラズマを弾かせ消失する。

(ビームシールドに対し、最も有効な武器で攻められたのはわかる……だが、それだけじゃない。あの機体は常識を超えている……!)

 伝う脂汗が眦を押さえつける。眼前では〝デスティニー〟が長刀を納め更に間合いを詰めてくる。瞬間的にX42Sのスペックと〝メサイア〟でのシンとの戦いがが脳裏をよぎる。

(〝デスティニー〟の掌部にはビーム砲がある!)

 そうショートレンジ特化の〝ジャスティス〟以上にゼロレンジを支配できる武装がある。アスランは焦燥を滲ませながらも体制を立て直し、バーニアを逆噴射させた。

 突き出されるクロムシルバーの掌。握り潰さんとするその殺意を〝ジャスティス〟はすんでの所で掠めるにとどめた。しかし〝デスティニー〟は右手を引き戻そうとはせずその掌部砲口に蒼穹の輝きが仄かに灯る。

 ビームライフルとして撃つつもりか。舌打ちを零しながらも反射的に左肩、左足のバーニアを点火、強引に機体制動をかけたアスランだったが――それは回避となり得なかった。

「甘いな。アスラン・ザラ!」

 クロがライトレバーのスイッチを押し込むなり暴光の獣が咆吼を散らしながら腕を這い上がった。

 ビーム砲ではあり得ない。

 線ではなく束。

 掌を圧して吹き出したジェネレータ直結型火束砲は〝ジャスティス〟の左腕を飲み込みかっさらう。吹き飛んだリフターの羽根が脇の山腹へと突き刺さる。

 無数の悲鳴。吹き飛ばされ溶けゆく〝ゲイツR〟、沸騰する砂、刻まれる熔解溝――

 それ以上の轟音はない。PS装甲材で加工されているはずの左腕部は跡形もなく消滅したのだろう。アスランは警告ランプで真っ赤に染まった世界でブザーの嵐に苛まれながらそのどれにも気を払えずにいた。

(死ぬ……?)

 全てが理不尽に思えた。努力を嘲笑う世界も自身の認めざるを得ない敗北も、目の前の運命も。

 〝デスティニー〟が闇を纏いながら迫り来る。

 周囲のテロリスト達がハイエナの如くにじり寄る。自分は――喰い散らかされるのか? その想像は怖ろしかった。食い縛る歯の隙間にまで汗が染み入り怖れを倍加させる。〝ジャスティス〟は……動かないわけではないが次手以上の行動に応えきってくれるかは甚だ疑問である。近接特化武装が仇になる。しんがりを任せられるものがビームライフルしか残らない。

〈統合国家の、狗めがあああああああ!〉

 シールドから突き出された光の槍が〝ジャスティス〟目掛けて繰り出された。〝ゲイツR〟の刃が届くよりもアスランがレバーとペダルに意志を吹き込よりも早く、振り抜かれたビームサーベルが〝ゲイツR〟のコクピットに食い込んでいた。光の刃が消え失せ、がくりと項垂れ無力になる。

〈邪魔すんじゃねーよ。オレはこいつに話があるんだよ〉

 恐らく何かを叫んでいるのだろうが、モビルスーツ越しでは聞こえない。彼の僚機への一太刀とその言葉を裏切りととったか。〝デスティニー〟目掛け、周囲の破壊者が殺到した。

「…無理だ」

 火を見るよりも明らかな結果が刹那の後に眼前に広がった。もしかしたら――全滅しているのかもしれない。無数の噴煙立ち上る山岳の隙間で正義が座して運命を見据える。

〈………蝙蝠か?〉

 気付けば〝デスティニー〟が触れている。装甲を介した接触回線が敵の声を耳に届かせた、それに気付くまでに分単位の時間がかかる。

〈蝙蝠だな〉

「……なん、だと?」

〈ほぉ? 否定できるのか。そいつぁ大した精神力だ。お前は一体何度ザフトを裏切ったと思ってるんだ? しかも責任あるポストで〉

 確かに、返す言葉は見つからなかった。思い返されるのは――自分がフェイスであった頃の、シンの瞳。〝デスティニー〟の緑のカメラアイに睨まれながら、アスランが目を背けたのは彼の赤い眼からだった。

「だが……いや、お前は何なんだ?……俺達に恨みがあるのか?」

 ザフトの敗残兵ならば、今のオーブを恨む理由があるとも考えられる。〝ユニウスセブン〟を地球へと墜とした者達と同じ思想が、彼らを暴挙に走らせているのではないか? そう考えるアスランは説得材料を思い巡らせる。

〈あぁあるね。大いにあるね。あんたはナチュラル全滅をぶち上げた親父について行けなくなったとか議長が自分を武器としてしか見なかったとかで裏切ったっつーことだが、ラクス・クラインについては何も思わないのか?〉

 破壊された舞台の上で彼女に対し、拳銃を突き付けた心地が――この〝インフィニットジャスティス〟を託されたときのことが思い起こされる。

 彼女が何を考えているのか分からなかった。なぜ、指名手配までされてああも堂々としていられるのか。

 彼女も敵と同じだと感じた。強大な力をちらつかせ、結局は自分を兵器として扱うと。

 それでもラクスの言葉には共に歩くだけの価値があった。

「ラクスは常に平和を望んでいる。俺が言葉に出来ない気持ちを! 彼女は常に戦闘に立って訴え続けているんだ。それがどれほど危険なことか、お前に分かるか?」

〈それは……てめぇが正当化されて気持ちいいからついてってるだけってことか?〉

 心臓が、跳ね上がった。

 言われるまで、思い至らなかったのか? いや、一年前の〝アークエンジェル〟の格納庫(ハンガー)で、彼女の言葉に眉を顰めたではないか。アスランが音を立てて唾液を胃に落とすと通信機からは溜息が聞こえた。

〈あーぁ……。これが英雄の思想とはねぇ。じゃあカガリ・ユラ・アスハについては?〉

「カガリは……」

 何も返せない自分に驚愕した。

「――か、彼女は自分を捨ててまで今の混迷する世界に尽くしている。カガリの主張こそが今の世界を何とかもたせている」

「保身に走って国を捨て、戦中の混乱に乗じて旨いこと返り咲いた奴が手腕じゃなく主張で国をまとめる指導者だって?」

「お前はわかっていない! 先年のオーブの内情を!」

「それをまとめられない政治家に何の価値がある? むしろオレは無能なカガリ・ユラ・アスハよりも、そいつを祭り上げる体制と、全てを押し付けあの世に逃げた一個前の世代に疑問を感じるなァ?」

 剣を踏みしめていた優越感は唐突なアラートに掻き消された。クロが振り仰いだ先には太陽を遮る人型の影。

「っ!」

 スラスターを逆噴射させれば頭のあった場所をビームサーベルが通り過ぎる。岩くれを踏みしめセンサーを前方へ向ければ前面モニタがその正体を弾きだした。

「……ちっ…〝フリーダム〟…!」

 ――ではあり得ない。重火器に偏重した武装は、大西洋で撃墜したあの〝フリーダム〟もどきと言ったところか。しかも修理途中だったか頭部が別の機体のものにすげ替えられている。それが、より一層もどき感を増長させていた。

「アスラン・ザラ! ご無事ですか!?」

「君は……ソートか? すまない。助かった」

「クロよ。潮時だ。撤退すべきと思うぞ」

「……そうですね。あーぁ。偉そうに喋ってる間にぶっ壊せば良かったな」

 ソートは修復途中の〝フリーダム〟の奥で怒りを滾らせ黒い〝デスティニー〟へと視線を投げつけ銃口を向けた。クロは引き寄せられるようにその銃口を相手へと突き付けた。

「クロ! 二機同時に相手にするつもりか? 100%の遂行確率がないのなら、わしゃつき合うのはヤだぞ」

「落ち着くんだソート。俺が足手纏いになる……!」

 互いは銃口を突き付け合ったまま、動かない。クロは周囲のモニタに視線を投げながらも〝フリーダム〟の二つの銃口から目を離せずにいた。もう心は戦闘行為を拒絶している。逃げ腰で〝フリーダム〟と〝ジャスティス〟を相手に出来ると思うほど自惚れてはいない。馬鹿一匹でも突っかかってきてくれれば盾にすることもできるだろうが、残念ながら先程虐殺し尽くし打ち止めのようだ。クロは口内に苦みを感じながら〝ルインデスティニー〟に長距離砲まで展開させた。

〈……おい。聞こえるか?〉

(通信?)

 全周波数での通信は――〝フリーダム〟から流されていた。この声が思い返すのは、慟哭。

(あいつか……)

 クロは口の中の苦みが更に増すのを持て余した。

「何か用か?」

〈キラ様に続いてアスラン・ザラまで下したとかいい気になってんじゃねーだろーな?〉

「ふん。一応これが現実だ。せいぜい事実を隠蔽しようと頑張れ。ラクス・クラインの双剣が折れたとなれば、お前らの株は急落だー」

 通信では食い縛られた歯のきしみまでは聞き取れない。クロはそれを不満に思いながらも言葉の刃に毒を塗りつけ、機体を一歩下がらせる。

〈――お前、いい加減にするんだな。バカがお前を祭り上げて各地でやらかしてるようだが。キラ様が数ヶ月と経たずに全滅させる〉

 確かに。普通の兵士がこれを言ったら一笑に付すところだが、〝フリーダム〟とキラ・ヤマトはその言葉を実行しかねない。

〈統合国家を甘く見るな。お前らの根城がバレた瞬間、お前は自分の無力を思い知ることになるぜ?〉

 確かに。統合国家の動きは徐々に世界規模の援助から世界規模の軍事活動にシフトしつつあるのを感じる。それはしっかり自分達のせいだ。

「そっちも自分達の力を過信するなよ。腹の内に何飼ってるかも分からないまま、生きて行けるほど平和な世界じゃねぇぞ……」

 小声で博士に注意を受けた。砲を畳むと大剣を手に取る。〝フリーダム〟が間合いを広げようとしたが今度はこちらからその距離を縮めた。

〈…………やる気か? もう二度と、てめーなんかに〝フリーダム〟を汚させはしない……!〉

 ヘルメットとケーブル無しがパイロットにすらAIの意志を伝えない。いきなり左手が動きビームライフルを掴み取ると近距離で発射した。〝フリーダム〟は半壊の僚機前に立ち塞がり、回避するわけにも行かずシールドを掲げる。ラミネートシールドが多少熔解しながらもその一撃を受け止め、通信機から当然の抗議が返ってくる。クロは舌打ちしながら手動でライフルを収めさせる。

 通信機を介してアスラン・ザラの声が聞こえた。〝ジャスティス〟に〝フリーダム〟が宥められているとすれば、博士に宥められる自分は、子供と言うことなのだろう。

「……クロ!」

「分かってますよ。オレもそこまでガキじゃありません」

 シールドを前に突き出したまま一気にバックステップを踏めば敵は撃ってくることもなく射程外まで逃げられた。ロックオンアラートが途切れたのを確認すれば、あとはミラージュコロイドに任せれば、気付いた頃にはゴビ砂漠だろう。

〈ち…! 逃げる気か!〉

「逃げる気だ。お前もそのキラ様のご友人を安全なトコに連れてけ。点数上がるぞ」

 Nジャマーが切断しようとする通信に、今度は歯ぎしりが聞こえたような気がした。

〈次、お前を見かけたら、おれがお前を殺す……!〉

 デュランダルが飼っていた戦闘用コーディネイター。クロは彼の情報を幾らか持っているが、恐らく相手はクロというコードネームすら知らずにいるはずだ。それでも探せると確信しているのは、背後に控える情報源を信じているから、だろう。

 通信機からはノイズだけが漏れてきている。眼下で二機のモビルスーツがこちらから離れていく。

「クロ。戦いたかったか?」

「まぁ、〝ジャスティス〟をぶっ倒す最大のチャンスとは思いましたけど……。あいつ来てなきゃ博士がなんて言おうと切断してましたけどね」

 ノストラビッチは大きく息をつくクロの後ろで後悔を感じていた。保身を考えず、口出ししなければ――もしかしたらクロはアスランを仕留めていたかも知れない。そうすれば次の手が打ちやすくなっていたことだろう。

(フ……わしも臆病だったということかの)

 ノストラビッチは、不敵に微笑みながら、後悔した。

SEED Spiritual PHASE-28 彼女には言えない

 

「おう、ルナマリア」

「あ……クロ」

 ティニは特に何も言わなかった。

 ノストラビッチ博士と共に、世界の『こちら寄り』を確認し、〝セイバー〟、〝バスター〟、〝インフィニットジャスティス〟との交戦データを提出し終えた復路、クロはルナマリアと鉢合わせた。

「博士、〝デスティニー〟どっか送った?」

 ルナマリアの言うそれは〝ルインデスティニー〟のことではないのだろう。倭国に武装実験で攻め入った時以来完全放置していたあの機体を、何故彼女が気にするのか。クロは眉を潜めた。

「ん? あぁ、わしが行く前に〝アイオーン〟へ送る手筈を整えといたから……そっちに送られたんじゃないか?」

 あの〝デスティニー〟はザフトが作成したオリジナルのものだ。ラクス・クラインと〝プラント〟側の停戦合意が聞こえた際、クロが月面から回収したモビルスーツであり、つまり半壊している。ティニからの技術提供、及びノストラビッチ博士の設計が無ければあの機体をベースにカスタマイズする予定だったと聞いている。倭国への侵攻の際は、〝ルインデスティニー〟用の武装実験の意味合いが強く、〝ジャスティス〟に破壊された両腕などはフェイズシフト装甲どころか紙も同然の素材で包んだだけだったりした。

「えぇ~っ!」

「えーって何だよ? ルナマリア、お前乗る気だったのか?〝ノワール〟合わねえの?」

「違うよ!」

 なにやら憤懣やるかたない面持ちのルナマリアはノストラビッチの手を無理矢理格納庫(ハンガー)まで引っ張って行った。

 そこには男女四人に囲まれた見慣れない黒髪の男がいた。振り返ったその瞳にクロの意識は吸い寄せられる。真紅の瞳。話にだけは聞いたことがある。

「ルナマリア――」

「シンが乗るでしょーがっ!」

(こいつが、か……)

 尋ねるまでもなく彼女が応えてくれた。この男がシン・アスカ。ギルバート・デュランダルの懐刀か。クロが納得している間にもルナマリアは博士に食って掛かっていた。

(無断で発進して勝手に連れ帰った男にモビルスーツを与えろと? お前ここ軍だったら撃たれてねぇか?)

 自分が『緑』であることのひがみに過ぎないのかもしれないが、彼女が赤を着る価値に呆れてしまう。クロは口論を始める二人を除けてシン・アスカに近づく。茫洋としたその表情からはスーパーエースに相応しい覇気などと言うものは感じられない。

「初めましてシン・アスカ。オレはクロと名乗ってる。今〝デスティニー〟を扱っているのは、オレだ」

 ゆっくりと、シンがこちらに目を向けた。好戦的なのだろうか? あのAIはことある毎に自分以上に敵を殺そうとしていた。しかし、この男は好戦的なのだろうか? 目の前の様子からはそうは思えない。

「お前は、今の〝プラント〟とオーブをどう思う?」

 シンの肩が跳ねたのを確かに見た。

「ちょっとクロ!」

「お前がデュランダル議長をどう感じていたのかは知らないが、停戦後、お前がオーブに戻り、キラ・ヤマトと和解したことは聞いている。何故だ?」

「…………おれは……」

 煮え切らない、その態度がクロを苛立たせる。

「〝フリーダム〟を特別敵視していたと聞いている。ならば何故、そのパイロットの手なんぞ握れたんだ?」

 視線を外したシンは、こともあろうに震え始めた。思わず拳を握りしめかけたがその腕が唸るルナマリアに掴まれる。

「おい――」

 無理矢理腕を引っ張られ抗議しようとしたがルナマリアの口先の方が早かった。そして吐き出された意味がクロの言葉を封じていく。

「シン、ちょっと精神不安定なのよ。記憶も、混乱してるみたいで……」

「なんだと?」

「博士、何とかできない?」

「わしゃ医学者じゃあない。何でもかんでも押し付けられては困るわい」

「私が診ましょうか?」

 いきなり耳元にかかった声に仰け反ればティニが珍しくここまで来ていた。

「え? アンタ、精神科みたいなのできるの?」

「医学的にはあまり。但し電気信号と考えればある程度の操作は可能です」

「おいおいおいおい! 人体実験して変なイキモノにするなよ!」

「問題ありません。一度、鬱病治療したこともあります。その人は今もザフトで軍人やってるはずです」

 前例が少しばかり懸念を減らすもかなり不安が残る。ルナマリアの表情を盗み見たクロは彼女の心配は自分の比ではないだろうと見当を付けた。診せるかどうかは彼女次第とした方がいいだろう。〝ターミナル〟に頼んで守秘義務のしっかりしたまっとうな精神科医を紹介してもらう手もあるわけだし。

「じ、じゃあ、検査だけお願い!」

 意外だった。

 あぁ、ルナマリアも壊れた想いの人を見続けるのはいたたまれないと言うことなのか。ヴィーノとヨウランまでもシンから離れていく中、ティニが彼へと歩み寄った。

「……なんだお前?」

 鋼鉄のヘッドバンドを付けた少女が奇異に映ったのだろう。シンは不躾な態度で彼女を見上げたが、そんな程度でティニが動じるはずもない。

(……人間なんて取るに足りないと思ってるか?)

 その想像は腹立たしかった。が、それを否定する材料もない。

「初めまして。ティニセルと申します。ルナさんの依頼であなたの検査をさせていただくことになりました」

「おれは別にどこも悪くない」

「でもモビルスーツ運用に用いるフィジカルデータはとらせてもらえませんか? それとも、あなたはルナさんのためには戦ってくれませんか?」

 無表情の説得を続けるティニの言葉に――シンが項垂れた。

(……簡単に丸め込まれるなよ…)

 クロは天を仰ぎたくなったがシンの言葉に思い直す。彼は別に、ティニに説得されたわけではなかった。

「おれを……どこかに放り出した方がいい。おれは、大切な人を絶対に不幸にするんだ……」

 ルナマリアが目を背けて臍を噛んだ。クロとノストラビッチ、ディアナとフレデリカはその意味を汲み取りきれないが、彼女に加えてヴィーノとヨウランも苦い表情になったことから察するに、彼の言葉には事実が含まれていると言うことか。

 クロは何となく――銃口を突き付けた。

「じゃあ死ね」

「クロっ!?」

「人を不幸にする。自分なんて生きてて仕方がない。そんな風に思って逃げ回るくらいなら死ね。残念ながらこの組織には福祉やってるような余裕はない」

 ルナマリアが慌てて突き出した手を受け止めようとしたが彼女の手の方が早かった。左手は空を切り、拳銃が押し下げられる。クロはそれらを無視してシンの眼を睨め下げた。

「お前がルナマリアだか元カノだかを不幸にしたってんなら償う努力をすればいいだろ。コーディネイターのくせにまさかジンクスに縋らないとランチメニューすら決められないってクチか?」

「おれは……」

「ここじゃ償う方法なんて戦うぐらいしかないぞ。まぁルナマリアが下僕になるようなイヌが欲しいってんならなってやるのもいいかもしれないがな」

 だんだん話しているのも億劫になり、クロは無理矢理言葉を区切ると銃を持つ手を振って背を向けた。

「十分後、また来ます。その間、お友達と相談してください」

 そしたらティニがついてきた。いや、途中まで向かう方向が同じと言うだけか?

「説得、上手じゃないですか」

「嫌味かそれは」

「いえ。感心したんです」

「説得なんてものじゃねえよ。ただ自分の中のもやもやを投げつけてやっただけだ。パイロットの年長者だからまとめねえと、なんて心情持っちゃいねえし」

「そうなんですか……」

 背後にいるティニの表情を見ようとは思わない。声にも表情にも抑揚のない彼女の心など、読もうとするだけ無駄だ。

「異星人にはわからねーか?」

「…………………そうですね。少し興味はあります」

 言葉に毒を含ませたが、それが地球外生命体に染み渡ったかは確認のしようもない。ティニはいつも通りの調子で相づちを打つと〝ターミナルサーバ〟の一部となるべく自室へと消えていった。

 

 

 

 そして十数分後。シン・アスカは麻酔薬に溺れてカプセルの中にいた。

「……治療中か?」

 騙くらかして薬でへべれけにし、検査の名目でデータ収集でもしているのか? ティニに呼ばれたクロとノストラビッチはガラス越しの患者の姿に懸念を覚える。言葉を選んだクロの言葉に彼女は事も無げに応えた。

「検査です。面白いデータが採れたものですから、ちょっと突っ込んだ検査をしてみてます」

 ……騙くらかして薬でへべれけにした上で検査の名目でデータ収集でもしているらしい。植物状態になりかねない怪我を負ったらわざとでも撃墜されようと心に決めたクロの前にティニは検査データらしき紙片を差し出してきた。

「博士も見て下さい。この波形、見覚えありませんか?」

 連続紙に記録されたなめらかな波形は脳波だろうか。見当くらいはつけられるが、医療従事者ではないのでこれが異常を示すのか健康を表すのか判断がつかない。

「むぅ……どの波も激しい――以外は特にわからんな。なんじゃ? こいつはリラックスできんとか、そういうことか?」

 ティニは残念そうに溜息をついた。続いて映像データを一つ示す。人名らしき単語と、モビルスーツのデータに並んで先程彼女から提示されたものとよく似た波形が流れている。ノストラビッチはこれにも眉を潜めたがクロには見覚えがあった。

「アウル・ニーダ……〝アビス〟……。これは〝ファントムペイン〟の強化人間(エクステンデッド)? そいつの……フィジカルデータだってことか?」

 得心がいった形で博士が頷く中、ティニがその手を止めクロの握る紙片を差した。

「記憶関連ばかりを並べてみましたが、それは彼の脳波データに間違いありません。血液検査の結果はまだですが異常な体内物質でも出てきたら――どーしましょう?」

「ど、どーしましょうとは?」

「この一年で変な組織に捕まって改造でもされたんでしょうか? だとすれば――」

 ノストラビッチが目元を手で覆った。

「…………うぁ……ルナマリアには言えんなぁ」

 心情を配慮するための言い訳を考え始めた博士の横で、モビスルーツのパイロットは別のことを考えていた。

「ティニ……これは、記憶を操作された、と言うことか?」

「はい」

「データを取れば、お前は同じことができるか?」

「方法を問わないのであれば、恐らく」

「……クロ、何を考えておる?」

 クロはノストラビッチの問いにも答えず、下を向いたまま細かく言葉を紡いでいる。学者の目からは、それは学者に見えた。DSSDでは常にこんな表情を見せる奴らがごろごろしていた。

「その方法次第では――世界を変えられるとは思わないか?」

 そして、その表情が引き出す未来は常に突飛であった。良かれ悪しかれ世界へと浸透するには、時を要する。

 ティニは眼だけを上へと向けた。

 ノストラビッチは息を飲む。

「お、お前は……全世界を洗脳しようとでも……言うつもりかっ!?」

 方法が無理だという以前だ。西暦時代に『洗脳』と言う単語が生まれ、危険視されて以来、人格破壊を意味するこれは殺人と同等以上の罪科とされる。陵辱の限りを尽くし、そのものの思考根本を改変させる。恐怖の限りを浴びせかけ、高貴な精神を稚拙の域にまで粉砕せしめる。真逆を正義と信じさせられてもそれに悔恨も感じなくなる……。それを自分に施されると告げられて、安易にYESと答えられるものが、この世にいるか? 施され、NOすら言えなくなった自分を想像し、笑って済ませる魂が、存在できるか?

「彼にかけられた何かを特定するまで、保留とさせてくれませんか?」

「ティニ!?」

 ノストラビッチは二つの異形に恐怖した。ティニは……バケモノと言ってしまえばそれで済む。しかし、それならばクロは何なのだ? 人として生きたはずのこの男が、何故その道に辿り着ける?

「クロよ……。お前は地球連合に所属していたことがあったのだったな?」

「ええ。一時期ですけど。潜入操作に最適だーなどと言われまして」

 ティニから離れて仕事に戻る道すがら、ノストラビッチは険しい表情を崩せぬまま脇を歩く異形へと問いかけた。

「〝ファントムペイン〟の思想に染まったか?」

 クロは目を丸くしていた。確かこの男は一時期件の非公式組織に所属していたと聞いている。その事実がノストラビッチの心に氷を注ぎ込んだ。

 悪徳思想に染まっているのかもしれない男は……言葉を咀嚼するのに時間をかけている、ように見える。異形がヒトに戻るその様子を怪訝に思いながらも、ノストラビッチは次の言葉を投げつけた。

「人をヒトとも思わぬその考え方が、わしは気に入らんと言ってるんだ」

「あぁ……」

 ばつが悪そうに相好を崩したものの、言い訳はしなかった。

「ヒデェ考え方だとは思いますが……今の中途半端な恐怖で縛る方法より確実性あると思いませんか?」

「機械の考え方だな。それは結局、デュランダルの最期と何も変わらん!」

 クロは、大股で通り過ぎていった数学者の心を暖かいと感じながら振り返った。シン・アスカはどうなっているのか。その結果如何によっては、自分は少なくとも二人からは阻害されることになるようだ。

SEED Spiritual PHASE-29 神の価値を思う

 

 ニュースで使い込みやって辞職した政治家と言うものが流されていた。食事を取りながらそれを見たクロは口の中に色々残しながらも誰にともなく問いかけた。

「なんで、やめると責任取ることになるんだ?」

「ん?」

 スプーンで映像の一つを差すとヨウランが得心いったように何度か頷いた。

「そうだよな。使い込んだ分全部返せって思うよな」

「全部返せ……か。一括で。あぁそれいいんじゃないか」

 辞職など、結局は逃避ではないか。今から困窮すると言うのなら解決にはならずとも皆溜飲を下げることだろう。だが、民のためと言いつつも儲かる商売を続けてきた彼には余生を太く送る程度の蓄えがあるのは疑いがない。そうでありながらの辞職。誰が口先だけの申し訳ないを受け入れられるというのか。

 クロには受け入れられなかった。なので自分の力で出来る、もっとも直接的な手段で皆の意見を伝えることにする。

 

 倭国首都、東都。

 

「た、助けてくれぇえええっっ!」

 2メートル足らずの長さを持つ肉塊が20メートル近い鉄塊に踏み潰される。巨人と一体になりながら、クロにはその事実の重さが一向に伝わってこなかった。人が蟻を気にして歩かないようにモビルスーツによる原始的な圧殺は歩行と大差ない振動を彼の体に伝えただけだった。

「く、クロ? わ…マジでやったわけ?」

 〝ストライクノワール〟には隠密装備はないため、〝ルインデスティニー〟に呼応したテロリスト達に紛れる形で合流していた。

「責任を取らせたまでだろが」

 もし生身で踏み殺していたなら、凄まじい精神的負荷を感じていたことだろう。それが乗り物一つを挟むだけでここまで楽になるとは……心というモノは都合良くできている。

「――あんたが溜飲下げただけじゃない。直接的に恨んでた人が喜ぶくらいよそんなこと……」

 確かに。クロ自身も辞職せずとも使い込んだ額まるまる返せば皆納得するだろうと言った覚えがある。

「……そうすると…こいつの一族皆殺しにすれば遺産の行き場がなくなって――」

〈いや! あんたコワイ!〉

「そう言われるよなぁ……。オレがやっちまったら社会から憎まれている奴が一転して養護される対象になる。んで、皆の心を代弁してやったオレが、やり過ぎだ何だと恨みかき集める生け贄になるわけだ。スゲェな世の中……!」

 直接的すぎる心情の代弁が悪とされた。代議士などと呼ばれるものよりよほど国民の代弁をしてやったと思うが〝ルインデスティニー〟にはビームが射かけられた。

「こうなるんだよな……そしてオレも、こうなると判っていた。正義が行えない世の中って悲しいなぁ」

〈あんたそれを本気で言ってたらわたしいつか撃つからね〉

 ルナマリアの言葉を一笑に付して破壊力にものをいわせ守備隊ごと町を焦土にするのは容易いが、

(とんでもねぇ存在だな……オレは。だがこれはおまえら統合国家にも言えることだ)

 ――今回の主旨はそこにはない。法を逸脱した民意を成就させる。それだけなのだ。

「ルナマリア。オレは勝手に逃げるから、おまえも適当に切り上げろ。ルートは送られてきてるな?」

〈うんO.K. でも、協力者を盾にしてるみたいでなんかヤだね……〉

「そいつにもミラージュコロイド付けてもらえよ。一緒に出られねーから連携取りづれーよ」

 愚痴りながらも操作をこなし、守備隊から大きく離れたクロはミラージュコロイドに包まれた。星流炉はおろか核エンジンなど望むべくもないこの状況で、モビルスーツが増えたメリットはあまり感じられない。ミラージュコロイド、仮に〝ノワール〟に搭載できたとしてもただのバッテリー食いにしかならない。

 結局は一人で行動するしかないかと重い嘆息を漏らすクロであった。

 

 

 

〈クロ、帰投前にもう一つお願いしても大丈夫ですか?〉

「あ? あぁ、機体に損傷はない」

〈赤道連合所属国――東南アジアですね〉

「………もしかして、政府がデモ隊撃ち殺したってアレか?」

〈そうですそこの治安警察部隊を殲滅してください〉

「待てい!」

〈なにか?〉

 問われて今一度思い返す。自分は今、すごく非人道的な行為に異を唱えようとしたわけだが、今更人道主義など語れる立場か? そう思うと言葉は萎縮し、クロは別の言い訳を考えつく。

「デモ隊、じゃなくて治安警察の方を……鎮圧っつーか、殲滅か?」

〈はい。そちらの方が民意が味方に付きます〉

「……了解した」

 しばし飛ばせば眼下に崩された寺院と、群衆と軍隊が見えた。モビルスーツは共にごく少数。技術にゆとりの無い島国とは言え〝ジン・ワスプ〟や〝グーン〟が威圧感を醸し出す様子は妙な微笑ましさを覚えたりする。赤道連合は赤道付近に存在する旧国家を一纏めにした組織であり、C.E.73当時は旧オーブ連合首長国、スカンジナビア王国などと並ぶ中立国であった。但し〝ブレイク・ザ・ワールド〟で〝ユニウスセブン〟の破片に各所で直撃されており、大西洋連邦の提示した『世界安全保障条約機構』に縋り付いた経緯がある。そのため、親〝プラント〟の立場を取るオセアニア地区、大洋州連合との軋轢を生むこととなった。

 現在は共に地球圏汎統合国家オーブ所属ではあるが、国家間しがらみは残っている。政府は前述の通り。復興の目処はなかなか立たずと何かと問題の多い地域ではある。

 そんな国での殺意ある小競り合いが、黒い運命の出現で停滞した。どちらも味方とは考えられないのだろう。ガルナハンで受けたような熱狂は浴びせられない。

 クロは眼下を確認しながらターゲットサイトを転がし――

 治安警察密集地へと複相砲〝カリドゥス〟を解き放った。棒立ちだった〝グーン〟の半身がえぐり取られ、爆発が人を塵芥のように吹き散らす。

 集音センサーが遅れて熱狂を掬い取った。雪崩れ込む民衆。頽れる〝グーン〟が巻き起こす土煙さえ意に介さず猛進する。それは理性ある生命体の群れではなく、無秩序な雪崩にしか見えない。

(そんな風に思えるのも、絶対安全領域で見下ろしていられるからなんだろうな)

 ならば神の価値とは何か? 哲学的な疑問を装甲震動が中断させた。完全相転移(トルーズフェイズシフト)装甲には加速された粒子よりも加速された物体の方がコクピットを揺らす勢いがある分鬱陶しい。

 AIがすぐさまロックオンをかけた敵機は海面より浮き上がった。

「……こんな新型よく手にする金があるなっ!」

 UMF/SSO‐3〝アッシュ〟。当初はザフトの特殊部隊が用いる水陸両用のモビルスーツとして極秘裏に開発された一品である。ライトグリーンのカラーが隠密特殊部隊用先行量産型、真っ黒カラーが一般用正式量産型と言う謎のセンスにザフト時代のクロは逆にすべきだと抗議した覚えがある。――整備兵に。無論量産後だったため聞き入れられるはずもなかったが。

 確かにザフトの水中用量産モビルスーツとしては最新鋭のものだが、水中では使えないビーム砲、拠点防衛し辛い機関砲となどどっちつかずな武装が祟り、海に面するザフト軍からは〝ゾノ〟の方が好まれる傾向にあったと聞く。そんな経緯の売れ残りだろうか。目の前のこいつは。

 2機の黒〝アッシュ〟は海面からあがるなり両肩のMA-M1217R高エネルギービーム砲を乱射してきた。治安警察を殲滅直後にこちらを撃ったことから考えて政府側の機体だろう。だとすれば注意をこちらに向け続けなければ人の雪崩を壊滅させられるおそれがある。クロはビームライフルを一機に向けた。そしたら〝アッシュ〟が変形した。

「!?」

 そうスペック表を見ているものは知っている〝アッシュ〟はセカンドステージの機能を受け継いた可変モビルスーツなのだ。だがクロはこの機体のことは知っていてもこの機体が変形して戦っている映像を見たことがない。驚愕が手元を狂わせた。〝アッシュ〟が眼前に迫る様は蛙に張り付かれるようで気味が悪い。

「このっ……!」

 スラスターの逆噴射により距離を取る。機関砲を乱射し迫った〝アッシュ〟は眼前で旋回するとGMF22SX試製推進器複合型多目的ミサイルランチャーから誘導弾をばらまいていった。水中に潜んでいた割にはその弾頭は魚雷ではないようで空を飛ぶ空対空短距離誘導弾の群がこちら目掛けて軌道修正されてくる。CIWSを乱射すれば、爆発するための塊はあっさり吹き散らされるもクローを振り下ろさせる隙を与えてしまった。

 プラズマを帯びたクローをシールドでいなし、出力させたビームシールドでその腕を切り落とす。次いで右方の〝フラッシュエッジ2〟を引き抜きビーム刃を出力させると相手のモノアイレールへと叩き付けた。熱の刃が装甲を溶断し一機爆破。もう一機は海へと沈んでいった。

「何だよ意気地無しだな」

 〝ルインデスティニー〟は対フェイズシフト装甲を想定している装備が多いためビームだらけで水中戦には向かない。海に潜って減衰しない装備などビームを切った対艦刀くらいではないか。後顧の憂いを残しながらもクロは無理矢理メインモニタをヒトの雪崩れに固定した。

 眼下では、鬨の声か歓声か。彼らの目はこちらを見ていることから推せば、恐らく讃えられているのだろう。

「ティニ、これでいいか?」

〈はい。今はこのくらいで。次は世論次第で目標を変えましょう〉

 食事中の談笑まで作戦会議にするティニの情報収集作業には恐れ入る。だが、対抗組織が正義の味方を気取ったところで統合国家の勢いを削ぐことになるかは多少疑問だが、近いうちにオーブを攻めると考えれば僅かな有利でも掻き集めたい。

「ルナマリアは、大丈夫か?」

〈問題ありません。追跡も、ちゃんとまいてます〉

 シン・アスカの結果も気になるところだが、まず気にすべきは戦いの行方。再びミラージュコロイドに包まれながら、悩みの種だけは尽きず、「仕事」にあぶれる予定もない。

 

 

 

「売名行為だ……」

 未だ包帯の採れないアスランはその報告を吐き捨てた。〝ジャスティス〟をも圧倒する出力をみせたあの機体は今は各地で破壊活動を行っているらしい。情報収集に長けた組織だと言わざるを得ない。各地の政治的な問題がこの機体によって暴力的に解決されていく。解決とはいえ結果は破壊。政治をする気などはないのだろう。悩む声あらばどこからともなく現れ、一方的に対抗勢力を殲滅し、完全放置で去っていく。

 まるで正義の味方ではないか。アスランはその考えに苦笑した。

 ベッドに腰掛けながら動かない足に辟易する。テレビに映し出される現状は焦燥ばかりを募らせる。病室に近づいてくる駆け足の音に、気づけずにいた。

「アスランさ――あぁっ! また!起きちゃ駄目ですよ!」

 ならば――個室とはいえ――その勢いで駆け込んでくるのは如何なものか。メイリンは自分の犯した過ちに気づく風もなく、手持ちの画像に皺が寄るのも構わずアスランの肩を押さえ込む。

「だ、大丈夫だ……」

「早く復帰してもらわなきゃ困りますから大丈夫でも大事を取ってください!」

 体勢で負けたか思いの外女性の力というのは強いのか、押し倒されたアスランはされるがままシーツまで掛けられる。甲斐甲斐しい何かを終えたメイリンは代表補佐官としての職務に移ろうとし、手の中で皺だらけになった書類に、声も顔も隠せなかった。

「あ゛!」

「なんだ?」

「す、すみません……頼まれたデータを…」

「いや、いい。それよりどうだった?」

 哀れまれたかと恥ずかしくなりかけたが、彼の尋ねるその内容を思い返し一気にテンションが跳ね上がる。

「は、はいっ! わたしのと、〝ジャスティス〟のレコーダーに入っていた声紋が一致しまして!」

 口角泡飛ばす勢いで詰め寄られ差し出された内容は、アスランの呼吸を一瞬止めた。

「ザフトのデータベースにありました!」

 寝かされた上体を跳ね起こさざるを得ない。受け取ったフォトデータには黒髪の、自分より幾つかは年上の、ザフトの緑を着込んだ男の姿が映っている。そしてテキストデータにはC.E.68アカデミー卒。第一次、及び第二次〝ヤキン・ドゥーエ〟、〝メサイア攻防戦〟と言った名だたる戦歴が並んでいるが、戦果となると芳しくない。そんな男の名前は、こう書かれている。

「……クロフォード・カナーバ? ……カナーバか?」

 アスランの記憶に引っかかる『カナーバ』と言えば、父パトリック・ザラと前議長ギルバート・デュランダルの間、C.E.72の短い期間、臨時最高評議会議長を務めていたアイリーン・カナーバが思い浮かぶ。

「まさか……カナーバ前議長の……?」

 息子と言うには――姉弟と言うには――無論無関係の同姓と言う可能性も捨てられないが。

「ええと、アイリーン・カナーバ前議長が出資していた施設の出身となっています。ザフト所属時代の住所も調べさせていますが――」

 鳴り響いた携帯電話にメイリンが出る。彼女は何か受け答えしながら徐々に顔を曇らせていった。

「あぁ……嫌なタイムリーです…引き払われたあとだそうです。住所不定。また振り出しです」

「仕方ない」

「ええと…先程の続きですが、特に――」

 再び鳴り響いた携帯電話にメイリンが出る。彼女は何か受け答えをしながらアスランのディスプレイを操作した。

〈アスラン! ごめん。また見失った……〉

「キラ?」

 ディスプレイに現れたのは白いパイロットスーツに身を包んだキラの姿だった。

〈倭国にいるんだけど……もういない〉

「落ち着けキラ。何の話だ?」

〈黒い〝デスティニー〟だよ!〉

「あぁ……」

 カガリは議会を説得できただろうか。情報戦で負けている場合ではない。〝ターミナル〟を用いた結果自分とメイリンはここまで迫れたがキラは未だ迷走している。

〈キラ。まずは戻れ。その機体のパイロットについて伝えたいこともある〉

 画面の中のキラは怒りを持て余しているように見える。気持ちは分かるが暴力の力押しで解決できる場所に、自分たちはもういないのだ。

 


 
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