「あの、どちら様ですか?」
「………」
この反応は…
「私だよ、桃香お姉ちゃん、一成」
「ええっ!?」
この扱いはやや酷いと思うんだ、私。
「えっ!?本当に??」
「まぁ…二年前よりはちょっと急に成長したけどね」
「ちょっとじゃないよ。こんなに大きくなって…もう一成ちゃんと呼んだらおかしいぐらいじゃない」
そういう桃香お姉ちゃんはあまり変わってないみたいね。
「中で義妹たちが待ってるよ」
「あ、うん。あ、その前に先ず盧植先生に…」
「そうする?」
「うん」
「じゃあ……」
私は桃香お姉ちゃんを盧植先生のところに案内した。
雛里side
「一成ちゃんは、七年前に水鏡先生の私塾で私と出会って、その後からはここに来てもずっと一緒に居ます。だから、少なくともこの大陸では、一成ちゃんのことを誰よりも詳しいと自身もっと言えます」
「はい、そう聞いています」
「今の一成ちゃんは、きっと皆さんに付いて行こうとしませんでしょう」
「……盧植先生がいるからですか?」
「それもありますけど…多分ですが、一成ちゃんは最初から天の御使いなんて名乗る気なんてないのかもしれません」
「!それは何故…」
「一成ちゃんが水鏡先生のところからここに来たのは、官軍が一成ちゃんを捕まろうとしたことがあったからです。もし自分がまたそれを自ら名乗ったら、周りの人たちに迷惑をかけるんじゃないかと心配しているんです」
二年前、桃香さんについていかなかった一成ちゃんはその後私にいいました。
『民たちを救えるに、私の力が必ず必要なわけではない。そうするに対価が大きすぎるよ』
乱世を鎮めるに自分の力など特に必要ない。一成ちゃんはもしかしたら、そうつ『天命』自体が嫌になったのかも知れません。
自分が世界に出ることによって、余計な人たちがもっと傷つくハメになってしまうかもしれない。
だから一成ちゃんは、盧植先生を『盾』にしてここに残っていました。
「けど、あの方がいないと、民たちはもっともっと苦しみます。一成殿の存在だけでも多くの人たちに希望を与えることができるのですよ」
「はい……それは知っていますけど…」
一成side
雛里お姉ちゃんを失いたくない。
一番の理由はそれだった。
劉備、桃香お姉ちゃんについていくと当然雛里お姉ちゃんも私と一緒に来るだろう。それは私も嬉しい。
でも、もし雛里ちゃんが桃香お姉ちゃんと一緒に行って、三国志でそうだったように益州で死んじゃったら?
それを止めることが私にはできるのか?
怖かった。
そりゃ…雛里お姉ちゃん、鳳統がいなければ劉備、桃香お姉ちゃんが立つことは相当難しいだろう。
でも、それでも私は雛里お姉ちゃんを失うことが、この世の誰が死ぬことよりも恐ろしかった。
だから、私は迷っていた。
桃香お姉ちゃんを外で待たせて、盧植先生に桃香お姉ちゃんが来たことを告げた。
「おぉ…そうか。やっと来たか。お客を待たせてはいかんぞよ、一成君。早う入らせてくれ」
「はい」
私は引き戸を開けた。
「どうぞ入ってください。先生、耳が良く聞こえませんから、大きく話さないと聞こえませんから」
「あ、うん」
「じゃあ、お二人で話す話もあるでしょうから私は…」
外に出ようとした私は、桃香さんの腕に捕まった。
「?」
「ううん、一成ちゃんも一緒に来て。話したいことがあるの」
「………」
雛里side
「私が説得したら、一成ちゃんが納得してくれるかも知れません」
「じゃあ…」
でも、その前に私も、躊躇している。
今の世の中。
そして、桃香さんの人徳。
それは私が望んでいたそういう人徳。大陸の皆を平和にするに十分な人徳。
でも、桃香さんの実力はそれを実現するに足りないものがある。
それを得るために、桃香さんは一成ちゃんを必要としている。
だったら一成ちゃんは?
一成ちゃんは桃香さんたちを必要としている?
今の一成ちゃんは何を望んでいるの?
「鳳統殿も、私たちのことが信用できないのですか?」
「……桃香さんなら、私は快く仕えることができます。でも、一成ちゃんが嫌だというんだったら、それは私もしたくないです」
一成ちゃんが自分で心を決めてくれないと意味がない。
だから私は待っている。
二年前も、今までも。
「戸惑うことなんてないのだ」
「?」
「こら、鈴々」
静かに聴いていた、張飛ちゃんが口を開けました。
「人たちが苦しんでいるのだ。それを助けてあげる力があるのに助けてあげないなんて罪なのだ。人たちをいじめている人たちを倒す力があってもその力を使わないなんて、そんなの盗賊たちと何も変わらないのだ」
「鈴々!」
「いえ、いいんです」
そのとおりです。
力持ちの人が力なき人たちをいじめることは罪。
でも、力持ちの人たちがそれをやめさせないことも同じく罪。
少なくとも民たちから見たらそうなのでしょう。
一成side
「久しぶりじゃのぉ、桃香」
「はいっ!お久しぶりです、盧植先生!」
久しぶりに訪れた客、しかもその相手が桃香だったことで、盧植先生は嬉しい顔を隠さずになさっていました。
「元気にしているようじゃのぉ。この乱世の中で、良くもまだその笑顔を持っている」
「えへへ……教わる時は、平和ボケとかよく言われましたけど…でも、私はやっぱり笑っていたいです。それと、大陸の皆にも、早く皆笑ってもらえるように頑張ってるつもりです」
「……桃香お主が歩こうとするその道は、修羅場になりかねないんじゃ。儂はそんなお主がその道を歩んで、先に挫けてしまうことを心配しておった。でも、どうやらお主は儂が思ったより強かったようじゃな」
「……そんなことないです。いつも、皆に助けてもらうばかりで、足を引っ張る様になっちゃって…でも、皆に迷惑にならないようといつも頑張っています」
盧植先生は首を縦に振りながら言葉を続けました。
「最近の大陸の状況についてはどう思うかの?」
「盗賊たちが前よりずっと増えています。最近は、黄色い布を頭にした、黄巾党という盗賊たちが沢山見えてます」
「賊たちが大陸全域で働いている。これは、民たちには果てしなく酷い話ではあるんじゃが、お前たちには好機でもあるんじゃ。この機会を捕まらなければこの先の乱世を流れに乗っていく船は作れんぞ」
「……先生、実は…その話で、先生にお願いしたいことがあります」
来たか。
「…その子を連れて行くつもりかね?」
盧植先生が私を見ながらそう仰いました。
「……はい」
桃香お姉ちゃんも、真剣な顔になって頷きました。
「……老いた儂から、この子たちまで奪い取るつもりかい?」
「…………」
心が痛むのか辛い顔をする桃香お姉ちゃん。
「お主らにとって、天の御使いということはただの名目にすぎん。それを、どうしてもこの子を連れて行きたいというのか?」
「少なくとも、私にとってはただの名目ではありません。私は、天の御使いというのは本当にいるって信じていました。そして、一成ちゃんに出会いましたし、こんな風にすることは、あの時一成ちゃんたちに会った時からずっと考えてました」
「この子たちはまだ乱世を生きるには幼い。お主と共に修羅場を生きることをお主が強要することはできぬ」
盧植先生がこんな話をするのはわざとだ。盧植先生は、本人は別に私たちがいなくなることにもう未練はないのだろう。でも、桃香お姉ちゃんがどれだけの覚悟でここに来たのかを見るためにわざとこういうことを仰ってるのだ。
「っ……」
桃香お姉ちゃんが私を振り向く。
…そんな目で見ないでください。
卑怯ですよ?そんな顔するのって。そんな助けてくれないと嫌とか、……
目を逸らしてしまう。
この人が言っていることほど、私の我侭だって自分勝手だ。
雛里お姉ちゃんを失うかもしれない。
その事実が私をここに待たせているただ一つの理由。盧植先生のことなんて単に言い訳。
「…それでも、私は一成ちゃんが必要です。私のためじゃないです。苦しんでいる人たちのために、どうしても一成ちゃんが必要なんです。ごめんなさい」
「…儂に謝ることはおらん。……全てを決めるのはこの子じゃからのぉ……」
「……」
「桃香、少し場をはずしてもらえるかのぉ」
「?…はい」
桃香お姉ちゃんが席から立って外に出ました。
「…桃香はあんなに言っておる。一成君よ、どうするか」
「私は……」
……
「一成君よ。君は、私たちについて知っていると言ったよな。…君が知っている世界で、儂はどのようになるかね?」
「……大将軍河進の命令によって、黄巾党の討伐に出向かって、その後老病で亡くなる、としか覚えていません」
「…なら、この世界とは大分違っておるな」
「はい」
「なら、君は何を恐れているんだ?君が言った通り、この世界は君が知っておるようにはなっておらん。なのに君が恐れるほどのことが起こると思っているのかね」
「盧植先生はご存知だったのですか?私が、戸惑っていることを」
「……知るもくそもおらん。君を見ているといつも何かを悩んでおる。雛里のことを見てもそうじゃ。………まさか雛里が関わっておるのか?」
「!!」
「そうか……なら、君が戸惑うことも、無理もおらんじゃよ」
「そうなるという保証はないんです!でも、もしかしてでもそんなことが起きるとしたら私は、」
「愚か者!!」
「っ!!」
「不確かな未来は恐ろしくて進まないなどと、儂は君をそんな風に育てた覚えはおらん!!」
未来を恐れて、前に進まなければ良いわけではない。
寧ろ、その人間はそこで終わりだ。
進まなければ皆が幸せなわけではない。
寧ろ、こうしてる間でも人たちは苦しんでいる。
私が大切な人が死ぬかも知れないという恐ろしさにおびえている間、外で人たちの首筋には刃があたってある。
解っているつもりだ。
解っている。
「君は知っているのか?あの世で人たちは、自分の子を、妻を失うかも知れない。それは君が恐れていることよりももっと可能性の高い話だ。じゃけど、彼らは君のようにその場に止まっておらん。彼らは前に進んでいる。それがどんな道だとしても、彼らは進まなければいきていけないんだからじゃ」
「解っています」
「…一成君、君には力がある。民たちを助ける力も、雛里を守ってあげる力も…お主はもう、昔雛里の後ろで守られておったお子様ではないのじゃぞ。いつまで雛里を盾にして隠れておるつもりじゃ」
「!!そんなことは…」
「儂にはそんな風にしか見えんじゃがのぉ」
「………」
私が、雛里お姉ちゃんを盾に……。
「そんなことはありません」
雛里side
「皆、お待たせ」
「桃香様!!」
「お姉ちゃん!」
桃香さんが来ました。
「桃香さん、お久しぶりです」
「お久しぶりだよ、雛里ちゃん。…ごめんね、ちょっと盧植先生を先に見たくて…」
「いいえ、大丈夫です…一成ちゃんは」
「今、盧植先生と一緒にいるよ」
盧植先生が一成ちゃんを説得しているのでしょう。
「?愛紗ちゃん、どうしたの?顔色悪いけど」
「あ、その……申し訳ありません、桃香様!」
「ふえ?」
「私が愚かにも無駄口を叩いてしまって、御使い様の気分を損ねてしまいました!」
「……一成ちゃんに言っちゃったの?」
「はい、つい、口が滑ってしまって、それで御使い様が気づいてしまったようです」
「そっか……でも、大丈夫だよ、愛紗ちゃん。一成ちゃん、きっと怒ってるとかそういうんじゃないから」
「ですが……」
「大丈夫。一成ちゃんは怒ったりしないよ。表で怒っていても、それはその人のことを心配している時とかだけで、本当にその人に不愉快な感情を持ってるわけじゃないの」
確かにこの場合、桃香さんの言うとおり一成ちゃんは関羽さんには怒っていません。
…誰にも怒らないということはちょっと違いますけど。
昔一成ちゃんが一度だけ本気で怒った時がありましたから。
水鏡先生のところからここに来るときにあった孫策さんに……
あの人にはその場に居た四人全部怒っていましたけどね。
でも、
「きっと関羽さんに怒っているわけではないです。私も保証します」
「たとえそうだと言えども、もし御使い様が私たちに力を貸してくれないとならば……」
「その心配は要らない」
「!!」
「一成ちゃん!」
一成ちゃんが盧植先生と一緒に来ていました。
「桃香お姉ちゃん、いや、桃香様」
「えっ?えっ?」
「一つお尋ねします。あなたが今願っていることは何ですか?」
一成ちゃんは桃香さんの前に立って聞きました。
「…皆を幸せにしてあげたい」
「皆とは?」
「皆は皆だよ。この大陸の中で苦しみながら、一日一日を恐れの中で生きる人たちを助けてあげたい」
「……解りました」
一成ちゃんは頭の帽子を取って胸につけながら言いました。
「ならばこの北郷一成、不器用な者ですが桃香様のために己の全力で支えます」
「うえっ!ああ、ちょっと!!」
頭を下げる一成ちゃんを、桃香さんは慌ててやめさせた。
「違うの!そんなんじゃないの!」
「はい?」
「はい?」
私も一成ちゃんもきょとんとして桃香さんを見つめました。
「あのね?そんな部下みたいな形にしたくないの。一成ちゃんは天の御使いだから、寧ろこっちの方が仕えるようになるんだし」
「いえ、あのそういうわけには…それに、桃香様は私塾でも先輩なわけですし」
「そんなの関係ないよ。私は皆を幸せにできればそれでいいの。だから、一成ちゃんが私たちの「ご主人様」になって」
「は、はいっ!」
「あわわ!!」
桃香さん今なんと??
「「あわわー!!」」
何か、二人同時に慌てるとこんな感じになります。
一成side
とにかく、なんだかんだで「ご主人様」はマズいと思ったので、一応『仲間』っていうことで納得させました。
ご主人様とか………
はっ!何か頭の中から変な風船みたいなものが上がってこようとする!やめろ!見せるな!
「でも、私たちがいないと、盧植先生は、どうなさるのですか?
「なぁに、儂の心配せんでよいのじゃ。それより、今日は皆泊まるんじゃのぉ?」
「あ、はい!」
「お家で泊まらなくて大丈夫なのですか?」
と雛里お姉ちゃんが言ったら、
「帰ったら、『大義も果たしてないのに、何を帰ってくるんだー!』とお母さんに怒られちゃったよ」
「あはは…」
相変わらずすごいお母さんです。
「まあ、私のお母さんでも、きっとそんなこと言いそうですね」
「え?一成ちゃんのお母さん?」
「はい、この世界に来ちゃって逸れちゃいましたけど…お母さんはとても強い人で、自分がしたいことは何があってもやっちゃう人でした。だから、多分私が何をしてる途中で戻ってくると、きっと桃香さんの母上のようになさると思います」
「…娘を捕まえて走って池に投げつけるの?」
「あ、いや、流石にそれは……」
あ、そういえば雛里お姉ちゃんもいるのにお母さんのことつい言っちゃったな。
雛里お姉ちゃん大丈夫かな。
「えへへ……」
良かった。大丈夫みたい。
「一成殿」
「あ、一成でいいですよ。殿とかそんな大袈裟な…」
「お兄ちゃんは強いのだ?」
鈴々が話の腰を折ってきた(真名は譲りあった)
「強い…私は武芸とかは全然……戦うのときたらきっと桃香さんと同じ並みだと思います」
「それはできてないというのだ」
「鈴々!」
「ですよねーあはは…」
「はうぅ……」
こんな頭たちで申し訳ない。
「特に決まってますか?次の行き先は」
「河北はそろそろ収まったようですし、今から中原に出てみようと思ってます」
「中原か……今頃中原にいる人たちって……」
曹操でしょ?董卓でしょ?…あれ?董卓はもっと西だっけ。
あんま覚えてないな。そういうものは…
「どうしたの、一成ちゃん?」
「ううん、何でもない」
「あ、一成ちゃん」
横で雛里お姉ちゃんが声をかけました。
「うん?何雛里お姉ちゃん」
「この前、水鏡先生が中原に来ているって、中原から来た町の露天屋さんが言うことを聞いたよ」
「ほんと?中原どこ?」
「陳留、だったかな」
陳留は…確か曹操がいるな。
「じゃあ、そっちに行こうか?」
桃香さん。
「いいんですか?私たちのためにそんなことにしちゃって」
「いいの、いいの」
でも陳留か…そこは別に問題ないだろうと思うけどな…
「さあ、皆、今日は楽しく飲もう!」
「わーい!お酒なのだー!!」
あの子は見た目は………えっ?何?言っちゃやばい?わかったよ
「……一成ひゃん」
「うん?」
何か嫌な予感
「えへへー、いつの間にかこんなに増えちゃってーー」
「ああ、雛里ちゃんなんでお酒飲んでるのよ!」
「らってーー、えへへー」
酒ダメなの知ってるくせにもう……
そんな風に、私たちの盧植先生のところでの最後の夜は過ぎていた。
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