敵援軍との戦闘終了後、数名を追尾に向かわせ州境から敵が出ることを確認。
兵を纏め、体力を消耗し気絶した男を抱え秋蘭達は攻略した新城へと戻り、城の修復作業と
残された民の処遇について処理をし、早馬を華琳の居る許昌へと向かわせた。
新城攻略の知らせを受けた華琳は、少ない手勢を率い新城へと入城
武都後略を済ませた霞たちや各地で待機する他の将達を新城へと集めていた
「今回の定軍山の戦いは報告書で上げたとおりです。新城での攻略戦、その後の追撃戦で援軍にすら敵の
軍師さんの姿を確認できませんでした」
「ふむ・・・」
「お兄さんから聞いていた諸葛亮さんの人物像と、今回の戦での印象はだいぶ違いますので
恐らくは違う軍師さんが策を立てていたのではないかと思われます」
急ごしらえな玉座の間で華琳は肘掛に身体を預け、少し考えるようなそぶりを見せる
この場に居るのは凪達と風と詠、そして秋蘭。華琳の隣で報告を聞きながらすまし顔の桂花
華琳はどうやら敵の軍師が気になるらしく、風の報告を頭で反芻しながら定軍山の情報と照らし合わせていた
「随分と先まで見通していたようですし、新城での撤退などは見事なものでした。しかし、その場に居らず
なん通りもの策だけ渡してその人は援軍にさえ従軍していなかった・・・」
「だから此方の苛烈な進軍速度とずれが生じたのね?この場に民を残すまでは策にはあったが」
「ええ、私達を見て韓遂さんは兵を殺し自軍の士気を上げ、最後にあの場に留まった。恐ろしい人でした」
「恐ろしいが素晴らしい、もうその素晴らしき猛将はこの世には居ない。惜しいことをしたわ・・・」
背もたれに全ての体重を預けるようにもたれかかり、心底惜しいと俯いて溜息を吐く
実際にそうだろう。あれ程の猛将を自軍に引き入れることが出来れば、この先の戦いはどれだけ
兵を減らさずに済む事か。将だけで戦をするわけではないが、将が優秀で在るからこそ
兵は精強になるのだから
「敵の失策は此方を甘く見て韓遂殿と多くの涼州兵を死なせた。それでこの度の戦果は?」
「風からしてみれば予想以上です。なにせ壊滅させることが出来ましたから」
風の言葉に凪達は驚く、目的は殲滅でそれを達する事は出来なかった。しかし風の口から出てきた言葉は壊滅
そして戦果は予想以上との言葉
驚く凪達を詠はやれやれといった風に腰に手を当てて溜息を漏らす【解ってないわね】と言わんばかりに
「いい?敵約二万に対してそのうち涼州兵を五千近く打ち倒した。本来は敵の五割を討って壊滅と言えるけど
一万五千の新兵なんて、五千の涼州兵に比べたら赤ん坊よ」
「つまり涼州兵を討ったことで壊滅以上の戦果であったということですか?」
「ええ、覚えときなさい。全滅三割、壊滅五割、殲滅が十割よ。だから殲滅とは行かないまでも十分な戦果だった
ということ」
説明を受けて納得がいったらしく、凪達三人は自分達が凄まじい戦果を上げたことに改めて驚き顔を見合わせていた
その姿を見ながら詠は【この三人はもう少し学習させないと駄目ね】と呆れ顔で肩を落としていた
「目標は殲滅だったわね、だけどそれに近い戦果は確かにあった。いいでしょう、よくやったわ」
「有り難うございます」
「さて、次に聞きたいのは昭は将としてはどうだったか教えて頂戴」
真直ぐに風と詠を見据える華琳。その眼は一切偽りを許さず、正当な評価を求めるものだった。
もし男に兵を率いる資質が無ければその時点でこの軍を解体し、もう一度再編成を掛けて適正な
軍へと戻さねばならないからだ
その真直ぐな視線は二人の軍師の真摯に心に届き、二人は頷きそして笑顔になる
「素晴らしい将帥ぶりですよ。殲滅を指示したのもお兄さんですし、新城から出た後、対峙する韓遂さんを見て
即座に修羅兵に変えることをしました」
「風の言うとおり、戦で敵味方共に一番兵を消耗するのは追撃戦、修羅兵を用いたことで此方の損害は軽微な
ものよ。僕達の将はちゃんと回りが見えているわ」
高い評価をする二人の言葉に華琳は安心したように微笑む。隣に立つ桂花は微笑む華琳を見てこの場に居ない
男に嫉妬をしてしまったのだろう、少し嫌な顔をして気がつけば詠に噛み付いていた
「あなたその言葉は何?臣下ともあろう者がそんな馴れ馴れしい言葉使いを華琳様にっ!」
「何を言ってるの?僕は華琳の臣下なんかじゃ無いわ、僕が仕えるのは月だけよ。それに僕が居るのは
雲の軍。元々自由な雲を名に持つ将の軍師にそんなこと言っても無駄よ」
月のことだけならば魏に下ったものであるし桂花も言い返せただろう。しかし、そこの王と同列の者を出されては
何も言えずただ歯軋りするだけだった
「軍や規律に関してなら従うけど細かい事は好きにさせてもらうわ」
「あんたそんなことで回りの連中が真似して分裂や謀反なんか起きたらどうするのよっ!」
「それは杞憂ね、野心なんか全く無い男が頭だし。そんなこと言い出すヤツが居たら真っ先に
昭に潰されるわ」
そう言いながら口元に人差し指を当てて【その前に凪とか他の奴等が潰すわね】などといって桂花の睨みつける
だけで人が殺せそうな視線をサラリと流し、そ知らぬ顔をしていた
そんな姿に華琳はつい笑ってしまい。桂花は華琳の前で言い負かされて恥をかいたと唸っていた
「それで、戦場で昭を殴ったそうね。話からすると一馬が勝手に飛び出したとのことだけど」
「ああ、あれ?あれは一馬への罰として昭を殴ったのよ。一馬が飛び出さなければ昭は前に出なかったばかりか
まだ戦えた。一馬を直接罰するより、昭を殴ったほうが一馬には一番辛いだろうからね」
「そういえば一馬君ずーっと隊長の側から離れないで、気が付いた後もずっと頭さげてたのー」
「ああー確かになぁ。あれ見てウチらが何かやらかしたら隊長が罰受けるんやーって思ったな」
沙和と真桜が思い出したように口を開く、一馬は戦の処理をしながら男の下に通い、秋蘭にも頭を下げ続けていた
自分が勝手な行動をして義兄に迷惑をかけてしまったと
「皆、詠ちゃんの行動で叢雲の軍としての性質がよく解ったと思います。何かあれば罰を受けるのはお兄さんだと
全てを背負うのはお兄さん、それを守るのは風達です」
つまりは己達が規律を守り、命令を守り、指揮に従い、将を守らねば全ては男の責に成る。その代わり命を賭して
男を守り通すことがこの軍の性質だということだと。
一番の理由は、男は皆を守る為にその身を躊躇わず削る。ならば皆はそれにをさせない為
軍師の指揮に忠実に応える者でなければならないということだ
「秋蘭も解らなかったみたいね、僕が殴った理由」
「なんとなく解ってはいたが、夫が殴られれば誰でも驚くだろう」
「確かに、悪かったわ。ごめんなさい」
「いいや、詠も殴りたくなど無かったのだろう?昭が言っていた」
頭を下げる詠を見つつ、華琳は安堵の溜息を漏らす。一軍を率いる将としての資質は十分のようだと
「この度の戦で修羅の軍は昭に隅々まで薫陶されたようね」
「ええ、元々魏では人気のある人ですし、あまり褒めらた行動ではありませんが今回の戦でも一馬君を助けに前へ
出ました。その瞬間、全ての兵がお兄さんの行動に反応し、何も言わずともお兄さんを守る為走り出しましたから」
軍を率いる将としての素質の高さに満足したのだろうか、華琳は嬉しそうに笑顔を見せていた。それと同時に
今後も彼に軍を率いらせるこが心の奥でチクリとささる。
表情を崩さず心の中で自分に問う、また彼を苦しめるのか?己を支えるものに甘え屍山血河を
彼の見え過ぎる眼に見せるのかと
だが華琳は軽く眼を伏せる。今更何だ?と、今までも沢山傷つけてきた。周りの仲間も傷つけてきた
自分がすべき事は何を利用し、如何なる手を使ってもこの地に平穏をもたらすことだと
それこそが皆をこの重責から解き放つことだと
「何にせよ、一馬を助ける為とはいえ一軍の将が前へ飛び出すのはいただけないわね」
「まぁね、よく言っておいて秋蘭」
旦那の躾けはアンタの役目よと詠は秋蘭に振り向く。秋蘭は少し考えて意地悪そうな含み笑いを浮かべると
楽しそうに【任せておけ】と答えた。どうやら何かをさせるため罰という良い口実が出来たと考えているようだ
「昭の評価についてはよく解ったわ。で、肝心の彼は今どうしてるの?」
「現在は兵の亡骸を弔っています。怪我は真桜の作ってくれた刀のおかげで大した事は」
「精神的な傷は?」
「ええ、こ度の戦は全て昭自身が指揮したもの。覚悟の場所も違いますから、多少苦しみはしましたが
それほど酷くはありません」
「今までは誰かの為に剣を振るっていたでしょうからね。今回は己の意思で戦った、意味合いは全然違うわ」
男が軍を率いる事は今までは数えるほどだ。元々戦から遠ざけていたのだから当たり前だろう、本格的に兵を率いて
己の指揮の下兵を動かしたのは今回が二回目、袁家との戦以来で久しぶりだ
その袁家との戦いも、全ては華琳の指示のまま。そして前線に立つ事無く軍師の指揮で後方から兵たちを見ていた
だけ。己の意思で時には前に立ち、兵を引連れ、屍を超え散り逝く仲間を直視した戦いは今回が初めてだ
戦う事は多々あった。しかしそれは全て自分一人が傷つき倒れる戦い、正式に将として兵を軍を背負い率いるのは
実質的にはこれが始めてだった
「初めてでこれなら良くやったほうだわ・・・」
「はい、予想以上ですよ」
「ただ、敵は錬兵に今回の戦を利用したと言ったわね?」
「ええ、ですがあの屈強な涼州兵さんたちに比べれば天と地の差ほどあるかと」
「・・・いや、違うわね」
風は華琳の答えにふむ・・・と呟き思案する。贔屓目に見ても逃げる新兵の錬度は恐ろしいほどに上がっただろうが
あの韓遂が率いる鬼達はそれに遠く及ばない。何せ修羅と化した魏兵と互角に戦っていたのだから
「風も僕達もそんな錬兵を知らないわ。昭が言ってたわね。華琳は前にその錬兵をしたことがあるんでしょう?」
「錬兵法よりも韓遂殿の死、それが大きいのよ。確かにあの錬兵は繰り返すごとに兵は精強に鍛え上げられ
悪鬼羅刹を作り出す」
「あ・・・」
「だが今回は繰り返す必要が無い、新兵達は英雄の死に何も感じない訳が無いのだから
兵達は思うでしょう、自分達を生かすためその命を賭けたのだと」
英雄のそして多くの涼州兵の死、それに対する激情は何時までも消えない炎の様に生き残った兵の心に焼きつく
炎は燃え広がり兵達は恐ろしいほどの、それこそ修羅兵と互角以上に戦える兵になるだろう。
蜀の軍師は予想はして無かっただろう。韓遂は、死した老兵達は未来ある若者に決して消えない激しい炎を残した
華琳は思う、あの錬兵は確かに凄まじい錬兵法。繰り返すごとに兵は精強になる
しかしそれを繰り返さずとも己の意思で兵が勝手に己を磨き屈強な兵へと変貌していく
韓遂の残した置き土産とでも言うべきものは必ず魏の脅威となるはずだと
「そう考えるとやはり殲滅が正しい選択なのだけれど、呂布と馬超か」
「馬超は厄介よ。韓遂に見劣りしないわ、ある意味恋より性質が悪い」
「・・・意志を継ぐ者」
呟く風の言葉に凪達は顔を曇らせてしまう。倒したはずの英雄が地の底から蘇り、馬超に力を与えているような
想像をしてしまう。それほどまでに韓遂は恐ろしく凄まじい強さを凪達の心に刻んでいた
「馬超と呂布は常に念頭において改めて戦法などを見直して頂戴、形が出来たら報告を忘れないように」
「解ったわ、ほかに聞きたい事は?無ければ僕は秋蘭と事後処理をしないと、まだ兵の亡骸を葬ってあげてないの
昭もずっと休まないで作業をしているし」
「ええ。秋蘭、後で昭の所に行っても?」
「はい、是非お越しください」
持ってきていた戦果や復興処理を纏めた報告書である木管を桂花に渡し、詠と秋蘭はその場を後にする
風も凪達を連れて【風達は残った民と復興作業ですよー】といいながらその場を後にした
「漢中は手に入れた・・・もう少しで全てが終わる」
華琳は呟く、そして握る肘掛がキシリと微かに音を立て、桂花は心中を察しながら眼を伏せた
「さて、さっさと終わらせるわよ。いい加減だるくて仕方が無いわ」
「修羅兵の後遺症か?」
「う~ん、どうやらそうみたいね。しばらくは頭が冴えて怖いほどだったけど、その後身体がだるくてだるくて
全身筋肉痛みたいな感じ」
「一日机に伏せっていたのはそういうことか」
「そう、それに依存性があるっていってたけど確かにそうかもね。頭の覚醒と全てと一つになったあの感覚は
忘れられそうにないわ」
そういう詠の眼はどこかぼんやりしていて、本当に身体全身がだるいらしく玉座の間で無理して背筋を伸ばし
凛とした姿とは全く異なり、背中を丸めて【あ~】や【う~】などと唸りながらとぼとぼと歩いていた
どうやら修羅兵の後の後遺症?らしきものは個人差があり、人によっては全く残らない者も居れば
ちょっとした音楽や男の舞を想像するものを見ただけで思い出したように高揚してしまう者も居るようだ
「統亞は自分でその状態を操っているようだ」
「聞いたわ、頭の中で舞を思い出し修羅兵に近くなれるらしいわね・・・僕には無理・・・二度となりたく無いわ」
「そうだな、華陀も依存しすぎれば普通の生活は難しくなると言っていた」
「あれには頼らない方が良いわね、アイツの腕の為にも」
だるそうに笑いながら視線を向ける詠に秋蘭は頷いた、韓遂との戦いの時に男の腕がまた消えたことを教えられて
いたのだ。そして怒りの声をあげ、地面に拳を叩きつけ自力でその腕を元に戻したと
「秋蘭、あの時ねアイツが戦う本当の理由っていうの韓遂が聞いてきたわ、何て答えたと思う?」
「・・・・・・華琳様を支える為だろう?」
「知っててはぐらかしてるわね?」
「フッ、さぁな」
「まぁ良いわ、教えてあげる。簡単に言うとね【家族守るのに理由なんか要るのかよ】って」
その答えに少し頬を染める。そして嬉しそうに眼を細め、僅かに微笑む。知ってはいなかっようだが
秋蘭の顔は答えに確信を持っていた表情、詠はご馳走様と溜息を吐く
「昭にとっては詠も月も家族だ、皆を守るのに理由は無いといったのだろう」
「解ってて言ってるわね?アンタと涼風にきまってるでしょう、まったく」
戦神の舞と腕の話をしてしまったから詠は秋蘭に気を使ったようだが、どうやらそんな気使いは無用のようだった
むしろげっぷが出るほど腹が膨れて吐きそうなくらいの反応だったのだから
「アンタこの間の戦が終わってから僕にも遠慮無くなって来たでしょう」
「まぁな、昭が友と言うくらいだ。それにこの間、私の昭に対する想いを聞いただろう?」
「聞くんじゃ無かったわよ。後でアンタの旦那に酒おごらせて愚痴ってやるわ」
「そうしてくれ、堂々と自慢できるのは魏でもお前くらいだ。昭には我慢してもらうさ」
詠は余計にだるくなったと言わんばかりに肩を落とし、重い足取りで城壁の外へと歩みを進める
隣の秋蘭は門に近づくにつれて僅かに歩幅が大きくなり、歩く速さも増していく
本人は無意識なのかどうやら気が着いていないようで、詠は着いていくのがやっとだった
そんないじらしい彼女の行動に詠は呆れ顔で笑ってしまう、それほど早く会いたいのか?
ほんの少しの時間しか離れていなかったと言うのにと
「先行って良いわよ、僕はゆっくり行かせてもらうわ。どうせこの有様じゃ皆を指揮することしか出来ないし」
「そんな訳にはいかないさ、我等の軍師殿に転んで怪我でもされたら困ってしまう」
「そういうならもう少しゆっくり歩いてよ。まったく良いから行きなさい、代わりに一馬でもよこして頂戴。足代わりに使うわ」
「私ではなく一馬を所望ならば仕方が無い、軍師殿の言うとおり一馬を呼んでくるとしよう」
言うや否や小走りに門の外へと足早に行ってしまう。後ろ姿を見ながら近くの塀に寄りかかり苦笑しながら
呟いてしまう【犬・・・?いや、あれは甘える猫ね】と
「しかし本当にガラリと変わる・・・それほど自分を封じ込めてるなんて、滅私奉公も此処に極まれりといった所か
春蘭は昔よほど抜けていたのね。それといまだ理解に苦しむけど結婚していても華琳の愛人であるなんて
昭も器が大きいというか、阿呆というか」
ブツブツと呟く詠の眼に、門から全速力で走ってくる一馬が眼に入る。よほどこの間の戦での失態を悔いているの
だろう。目の前に勢い良く止まると、肩で息をしながら少し陰のある笑顔で【お待たせしました】などと言って来る
相変わらずだ、義兄に迷惑をかけたのがよほど嫌だったのだろう。仕方が無い少し元気付けてやるか
などと考えた詠は前を指差す
「え?」
「良いからむこう向きなさい」
「あ、はい」
素直に門の方を向き、詠に背を向ける。詠は
「もう少ししゃがんで・・・もう一寸。あ~駄目!下がりすぎ・・・・・そう、そのくらい。よいしょっと」
そういって一馬の背中に飛び乗り肩に手を置く
「あ・・・あの?」
「さぁ行きなさい一馬!アンタに名誉ある仕事を命じるわ、今日一日僕の足よ!馬車馬のようにこき使って
あげるから感謝しなさい!」
一馬の頭上で門を指差し足をぷらぷらさせながら一馬の柔らかくふさふさとした頭をポンポンと叩く
「ほらほら、まずは遺体を埋めている統亞達と合流よ!全速前進っ!!」
「はいっ!」
気遣いが嬉しかったのか、一馬は背中に背負った詠の指差すがままに走り門の外へと飛び出す
背中の詠はカラカラと笑い、周りで丁寧に遺体を埋葬する兵たちは走る一馬の姿を見てつい笑顔になってしまう
「うちの軍師殿は御優しい方だ」
「そうだな。さぁもうひとふんばりするか」
詠に聞こえないよう小声で兵達は口々に囁く、聞こえてしまえばきっと顔を赤くして城の中に帰ってしまうだろうから
恥ずかしがり屋な自分達の心優しき軍師に敬意をはらいながら、兵達は最後の一瞬まで誇り高く生き抜くために
戦った仲間を手厚く葬っていく、昔から自分達の将が繰り返ししてきたことを
「お前たちの事は忘れんよ、明日はわが身だ」
「ああ、だからこそ誇り高く生きるために俺たちは戦う。明日死ぬかも知れぬ身だからこそ」
兵達は死した仲間に意志を継ぐことを誓いながら丁寧に埋葬をしていく。そんな中、どこから現れたのか白装束の
者達がいつの間にか埋葬を手伝い始め、涼州兵の亡骸までも丁寧に埋葬し始めた
急に現れた白装束の人々、腰に舞う為の扇だろうか?一人一人扇を携え老若男女みな同じ格好をして亡骸を
埋葬していく
「一馬、止まりなさい」
「はい、何でしょうかあの方達は」
「・・・解らない、襲ってくるわけではなさそうだけれど、何故か知らないけど気に入らないわ」
とりあえず素性を探ろうと、中央で白くキラキラと輝く服をまとう優男に眼をつけた。恐らくあの優男がこの集団を
率いているものだろう。一人集団の中央で皆を指揮し、遺体の墓を作り埋葬していく
その埋葬法は実に丁寧で、納得の行くものではあったが詠はどうにも気に入らなかった
とりあえず声をかけようと一馬を彼の元へと行かせようとした時、統亞が先に話しかけ素性を聞いているようだった
「統亞から聞けばいいか、特にことを荒立てる必要は無いし」
「ですね、埋葬法は私達魏の方法とは違いますが随分と丁寧ですから。手伝っていただけるのならば」
「あ、こっち来る」
話が終わったのか、統亞は詠を指差し二言三言、言葉を交わして一人此方に小走りで駆け寄ってくる
「詠様、どうやらここら辺を拠点に布教活動をしている宗教家のようですな」
「ふ~ん。で、ああやって亡骸を埋葬するのが教えなの?」
「いえ、それが埋葬した後が舞神教の行とか」
「行?まぁよく解らないけれどうちの覇王様はあらゆる宗教を拒まないから大丈夫だと思うけど」
「では共に埋葬をすることを許可しても?」
「好きにさせて良いわ。ただ、変な事はしないように見張ってはおいてね」
統亞は頷き、踵を返すと輝く衣を纏う優男の元へと走りまた話を始めた。その様子をけだるさで冴えない眼を
こすりながらぼーっと見ているとその優男と眼が合い、彼は微笑み軽く手を振ってきた。呆けているのが
見惚れているように見えたのか詠は彼の仕草に気が着くと顔を青ざめる
「うげぇ~っ」
「ど、どうしました詠さんっ!?」
「ああいうの駄目なのよ。胸糞悪い、向こう行くわよ」
パタパタと一馬の脇腹を脚で叩き、まるで馬を扱うように頭に巻く鉢巻を引っ張って一馬の身体を操作する
一馬は【あはははは】と苦笑いしながらも詠の操作するままに歩き、埋葬する兵たちに指示を送っていた
「走れ僕の劉封号!」
「了解です!」
しばらく兵の埋葬は続き、その間一馬は忙しなく走り回り。詠は一馬の背中で細かく指示を出していた
秋蘭と昭も遺体を背負い遺族へ届ける遺品を回収し、統亞も同じように他の兵たちと墓を作り
いつの間にか回りは日が落ち、あたりを暗闇が包んでいた
「昭は?」
「姉者と遺品をまとめているらしですよ」
「そう。で、今から何が始まるの?」
「何でしょうか?統亞さんが仰っていた行というものでは?」
【行ねぇ・・・】と呟き、相変わらず一馬に背負われる詠は一馬の頭で頬杖をつく。クリクリと肘を一馬の
頭にこすりつけ、一馬の反応を楽しんでいた。【あぅ、許してくださいよ~】と情け無い声を上げるのが
面白いのだろう、そんなことをしながら墓の前で集まりなにやら楽器などを取り出す白装束の集団を見ていた
「埋葬は終わったのかしら?」
「華琳、全て終わったわよ。どうしたの、昭なら此処に居ないわよ」
「中々戻ってこないから様子を見に来たのよ。それよりその格好は何?」
「言ってなかった?修羅兵の反動、もう身体がだるくて動けないのよ」
一馬の背中に背負われる詠は今度は顎を一馬の頭にグリグリと押し付けて背中を丸めていた
ちょうど旋毛に詠の細い顎が押し付けられ、また情けない声を上げる一馬に華琳もつい笑ってしまう
「フフッ、それ面白そうね。あとで昭でやってみようかしら。きっと一馬より情けない声を上げるでしょう」
「確かに、でも僕じゃ出来ないわね。秋蘭に何言われるか解らないわ」
「そうね、私が望めば秋蘭は頸を縦に振ってくれるでしょう。所で、あの白装束の者達は?」
「ここらを拠点とする宗教家らしいわよ、手伝いたいって言っていたから許可したわ。いけなかった?」
白装束の人々の中心に立つ優男に眠そうな目を向け(実際眠いのだろうが)詠は答える
華琳は詠の返答を聞き訝しげに宗教集団をみていた
「子供から大人まで、男女問わずか・・・楽器は何に使うのかしら?あの中央に立つ男が教祖ね」
「ん~?そうみたいよー。あーだるい、終わったら月に甘えちゃおうかしら」
何を想像したのかニヤニヤと笑い出した詠に一馬は溜息を吐いて呆れていた。華琳はそんな詠を気にする事無く
集団が円を作り、まるでその場を舞台のように仕立てる様子に興味を引かれていた
教祖の男は舞台の中心に立ち、扇を開き葬られた墓へ一つ礼をするとそれを皮切りに舞台を模る集団は
楽器を構え静かに音楽を奏で始めた
【鎮魂の舞】
教祖の男はそう口にするとキラキラと輝く白き衣をはためかせ美しく舞い始める。その舞は戦で亡くなった兵達に
対する鎮魂の舞、使者を等しく葬る。舞からは強く踊るもののさまざまな願いや心が見える
「くっ・・・」
美しく舞い踊る教祖の男、実に見事に身体を大きく使い圧倒されるような表現力を持っている
だが、だからこそそれを見ていた兵達の拳はきつく握られ、忌々しいものを見るように唇を噛締める
兵達の様子に気がついた詠は、まずいと思った。この舞は駄目だ、こんなものを自分達の前で舞うなんて
【あの男は兵に殺される】
そう思った瞬間、隣に居た華琳が走り出していた。その手には【絶】を構え、一直線に舞う男の頸元目掛け
鎌を振う
ガキィッ
頸を刈り取る瞬間、後ろから影のように走り抜け、腰の刀を抜き華琳の鎌を止めたのは昭
「ヒィッ!」
何が起きたのか解らない教祖の男は頸元で止まった鎌の切っ先に恐れ、腰を抜かしその場に座り込んでしまっていた
「何故止めるっ!その下衆は誇り高く戦った兵達が哀れだと、怨み持ち悲しみで死んでいったと決め付けた
鎮魂だと?貴様は神にでもなったつもりか!?貴様はそれほど価値のある人間なのか?!」
激しく罵倒する華琳の瞳は熱を持ちまるで燃え盛る炎のような怒りの色を灯していた
握り締める鎌はギリギリと音を立て握り締められ、力任せに昭の身体ごと押していく
「最後の一瞬まで生き抜いた魂を侮辱したのだっ!私がお前を殺し、その前で舞ってやろう!!どんな気分か
貴様はそれで魂が安らげるのだろうっ?!薄汚い偽善者め、貴様の一族全てを滅ぼしてやる!」
恐ろしいまでの真直ぐな殺気と怒りをぶつけられ、教祖はまるで地面が震えているかのようにガタガタと震えだし
必死に目の前で鎌を抑える舞王の足を掴み懇願する
「た、助けてくださいっ!侮辱するつもりはありません、舞王と呼ばれる貴方様ならば鎮魂の舞など舞ったことがあるはず」
昭はチラリと足元にしがみ付く男を一瞥すると、鎌を痛いほどに握る華琳の手をそっと掴み引き寄せて抱きしめ
背中をポンポンと叩く
そして振り向きざまに思い切り教祖の男の頬を力の限り殴りつけた
殴られた男は仰向けに倒れ、頬を押さえて涙目になり振えながら昭を見て震えていた
「鎮魂の舞など舞った事は無い。人を殺し、将として殺し合いを命じ、そんな汚れた身で何を鎮めると言うのだ?
俺は天の御使いなどではない、ただの人間だ。懸命に生きた人たちを穢す事などしない」
男の身体の周りの空気がまるで陽炎のようにユラリと揺れる
「自分から殺し合いをさせてそんなこと出来るわけ無いだろう。それならば始めから戦などしてはいない」
教祖の周りで舞台を模っていた白装束の集団は何かを感じたのか一人、また一人とその場から逃げ出していく
ブルブルと震えだす優男はもはや教祖としての威厳など無く、ただ小動物のように脅えるだけ
昭の眼は恐ろしくギラつき、獣のような紅蓮の殺気が目の前で腰を抜かす男に突き刺さる
「失せろ。埋葬の恩、華琳から助命したことで返した。貴様が何処で生きようと構わん、だが宗教家としてこの
魏の地を踏むことを俺は許しはしない」
鉛のような舞王の声を聞き、弾けるように悲鳴と奇声を上げて走り出す
昭は走り去った方向を姿が消えても鋭く睨みつけ
後ろの華琳も男の背中をキュっと掴んで走り去った方向を睨みつけていた
「泣くなよ」
「・・・・・・泣いてなどい無いわ」
そう答える華琳の表情は酷く強張っていたが頬を伝うものは無かった
ただ男の背中を掴む手だけが強く握られる
「何故止めたの?」
「お前が手を汚すほどの相手じゃない、それに俺はお前を支え守ると約束した」
華琳は深呼吸をして心を落ち着かせ、男の背中からそっと手を放す
「守ってくれたのは心?」
「だな、守った恩賞として今日はうちに飯を食いに来い。秋蘭から聞いてる」
小さく息を吐き、頸をかしげるようにして見上げる華琳は何時もの表情で、それを見た男も何時もの
笑顔を見せる
「兵達の心も守ってくれたし、貴方に恩賞を与えるわ。その代わり私が満足する食事を用意なさい」
「へいへい、お前の舌に合わせるのは骨が折れる。味よりもたらふく食って満足してくれ」
「あら、それは秋蘭の作る料理は私に出すほどでは無いと言うこと?」
「そんなわけないだろう、俺も手伝うから俺の作った料理だ」
「なら精進なさい、この私に食させるのだから」
「お前は昔から求めるものが山のように高すぎる、そんな技術はいらんしやる気が起きない」
「失礼ね、やる気が起きないだなんて私に食してもらいたいと言う料理人は山ほど居ると言うのに」
「俺は料理人目指してる訳じゃないぞ」
「そりゃそうでしょうけれど、私を招くのだからそのくらいは出来るようになりなさい」
そんな言い合いをしながら二人は笑いあう、親友と言うのはこういうことを言うのだろう
昔から男と華琳はこうやって笑い合っていたのだと解る自然な笑顔
兵達はそんな姿を見て思う。
日輪と雲は共に我等の心を守り、大地を我等の家族を育む。ならば我等は日輪に感謝し、雲と共に生きねばと
「それじゃ行こう、葬儀は明日詳しいものを集めて終わらせる」
「ええ、涼風も待っているでしょうからね」
「一馬、帰るぞ。詠、お前は来なくて良いぞ」
「ふ~ん、殴られたい?」
「月に甘えるんだろう?兵たちに聞こえてたぞ、ちなみに統亞が教えてくれた」
男が指差す方向には統亞が額から汗を流し、詠は顔を赤くして【くぁ~!!!】と変な声を上げ一馬の腹を脚で
ポスポスと叩き、鉢巻を操作して声を上げ、周りの兵を引き連れて逃げる統亞を追い立て行ってしまった
「・・・・・・ありがとう」
「気にするな」
兵が一人も居なくなったのを見計らって華琳は小さく感謝を口にすると、秋蘭を引きつれ先に行ってしまう
残された男は振り向き、後ろに見える兵達の墓に無言で頭を下げ、城門へと歩みを進めた
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ようやく定軍山も終わり事後処理です
投稿遅くなって御免なさい
深夜に食べるラーメンて何であんなに美味しいのでしょう
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