一刀視点
「魏延さん、結構歩きましたし、どこかで休憩しません?」
「……」
「あ、魏延さん、あそこに良さそうな茶屋がありますよ」
「……」
はぁー。気まずい。俺は先ほどから一緒に歩いているものの、一切会話をしてくれない相手の横顔をちらっと見て、気取られないようにため息を吐いた。
その相手とは、桔梗さんの部下の魏延さんだった。
なぜ、俺が魏延さんとこんな気まずい雰囲気で一緒に歩いているかというと、話せば長くなるのだが……。
今朝、俺は紫苑さんの屋敷の掃除をしていた。すると、桔梗さんが魏延さんと一緒に屋敷を訪れた。
「あ、厳顔様、いらっしゃいませ」
「厳顔様?そんな堅苦しい呼び方はよせ。背中が痒くなるわ。紫苑もお前に真名を許したのだから、儂の真名も許そう。儂の真名は桔梗だ。それから様付けも不要よ」
「え?あ、ありがとうございます……桔梗さん」
「うむ、それで良い。」
桔梗さんに豪快に背中を叩かれつつ、紫苑さんの部屋に二人を案内した。もう、その時点で、魏延さんは俺を睨みつけていた。
「あら、桔梗、早かったのね?」
「城にいても暇だからの」
「全く、政務を全て文官に任せているんですもの。少しはあなたも手伝ったら?」
「ふん、儂がそんなもの出来るか。儂が好きなのは戦だ」
桔梗さんは、益州・江州の太守。しかし、政務が嫌いという理由で、城を空けて、こうして、紫苑さんの所を訪れたり、中原の方に旅をしたりしているらしい。しかし、桔梗さんの豪快で公平な人柄があって、民からの信頼は厚いそうだ。
「すまんが、北郷と焔耶よ。儂は紫苑と大事な話がある故、少しばかり、二人で街で時間を潰してくれんか?」
そんな軽口を叩いていた、桔梗さんが、急に真顔になって、こちらに向かって言った。
「なっ!?」
「え?はい、わかりました」
魏延さんは露骨に嫌な顔をしていて、屋敷を出ると、一人でぱっぱと街に行こうとしていたのを、俺が急いで後を追ったのだ。
と、言うわけで、現在、俺たちは一切会話することなく(俺が一方的に話しかけているだけ)、街の中を散策中なのだ。
焔耶視点
なぜだろう?私はこいつの事が気に入らない。何が気に入らないのかは、自分でもよくわからない。紫苑さんが、不審な男を森で拾ってきたという報告を受けて、桔梗様と様子を見に行った。その噂の男と言うのが、こいつで、単なる優男にしか見えなかった。
後で聞いたところ、こいつは天の国から来たとかで、あの時も、違う世界に来たという恐怖で壊れかかっていたという。
なんという軟弱な男であろうか。桔梗様は、こいつが天の御遣いだと言っていたが、そんな噂、本当のはずがないし、仮に、天の御遣いが存在するとしても、こんな軟弱なはずがない。
しかも、そんな男に、あろうことか、紫苑様も桔梗様も大切な真名を預けてしまうなんて。
そして、どうしてこいつは私に付きまとうのだ。桔梗様と紫苑様は大切な話があるという事で、私が席を外さなくてはいけないのはわかるが、それはこいつと行動をともにする理由にはならない。
まぁいい。この男の会話を全て無視しながら、ブラブラと街を歩いた。
「!?」
角を曲がったところで、男が急に出てきて、私とぶつかりそうになった。
「泥棒だ!捕まえてくれ!」
「魏延さん!!」
お前に言われなくても、わかっている。幸いなことに、男はまだ視界から消えていない。すぐに、私はそいつを追った。しかし、男は意外なほど素早く、あまり差を詰めることが出来ない。
男は路地に入った。クソ!路地に入られたら、見失いかねない。
「魏延さん、このまま真直ぐ走ってください!四番目の角を左に曲がって、そのまま直進してください!俺はこのまま、あいつを追います!」
何を言っているのか、分からなかったが、今はそんなことを言っている場合ではない。私はこいつの言うとおりに真直ぐ走った。
一刀視点
魏延さんに見事に無視されながら、角を曲がろうとしたら、男が急に出てきて、魏延さんにぶつかりそうになった。危ないな、と思っていると、
「泥棒だ!捕まえてくれ!」
という声が聞こえた。見逃すわけにはいかない。
「魏延さん!!」
俺が魏延さんに声をかける前に、魏延さんはそいつ追いかけようとしていた。賊は予想以上に足が速く、なかなか追いつけなかった。
そいつは路地に逃げ込んだ。俺は街の地図を頭に思い浮かべた。俺は紫苑さんの従者をしながら、この街をよく散策して、街の構造はほとんど頭に入っている。この路地は、入り組んでいるけど、この時間帯なら、ほとんどの道は、屋台の下準備なんかで、通れなくなっているはず。抜けられる道があるとしたら……。
「魏延さん、このまま真直ぐ走ってください!四番目の角を左に曲がって、そのまま直進してください!俺はこのまま、あいつを追います!」
魏延さんは一瞬不信そうな眼をしたが、頷いてくれた。俺は魏延さんと別れて、賊の後を追った。
焔耶視点
「ハァ……ハァ……!?」
あいつの言うとおりに四番目の角を左に曲がって、そのまま真直ぐ走ると、目の前にさっきの賊がいた。
「とうとう追い詰めたぞ。観念しろ!」
賊はじりじりと後退した。おそらく、後ろからはあいつが追いかけているのだろう。もう逃げ場はない。
「くそっ!」
そいつは懐から短刀を取り出して、こちらに向けた。私にそんな刃物で勝てると思っているのか。私は腰の得物に手を伸ばそうとしたが、そこには、本来あるはずの得物がなかった。
しまった!どうやら私は紫苑さんの屋敷に武器を置いてきてしまったようだ。
「!?」
私が一瞬見せた隙をついて、賊が私に斬りかかった。咄嗟に身体を捻ったので、腕の皮が少し切れた程度で済んだ。
「!!」
しかし、身体を捻った時に、足元に落ちていた石に躓いて、倒れそうになってしまった。賊はさらに短刀を振りかぶった。
やばい、この体勢だと避けきれない。致命傷を受けないように腕を前に出した。
「魏延さん!!」
一刀視点
「ハァ……ハァ……」
賊の足は予想以上に速く、姿は見えなくなっていた。だけど、この先にはきっと魏延さんがいるに違いない。俺はそう思いながら、さらに足を速めた。
いた!ちょうど賊と魏延さんが対峙していた。
賊が短刀を懐から出した。そして、魏延さんが何か驚いたような表情をした瞬間に斬りかかった。魏延さんは、上手く身体を捻って避けたようにも見えたが、身体のバランスを崩してしまったようだ。
あぶない!!
俺は、疲れている身体に鞭を打って、全速力で魏延さんの所に向かった。
「魏延さん!!」
俺は賊の身体にタックルをして、賊が短刀を振り下ろす前に、突き飛ばした。
「ハァ……ハァ……。ぎ、魏延さん!大丈夫ですか!?」
魏延さんはきょとんとしていた。とりあえず、間に合ったようで、ホッと胸を撫で下ろした。
後ろの物音がしたのに、気が付き、俺はすぐに振り向いた。さっき突き飛ばした賊が起き上がっていた。
「く、くそ!もう勘弁ならねぇ!死ねぇぇぇ!!」
やけを起こしたようで、短刀を振りかぶって、こっちに突っ込んできた。俺は、振りかざしている方の腕を掴み、相手の力を利用して、背負い投げを繰り出した。
「ぐぁ!」
後頭部を地面に強打した賊は、その場で意識を失ったようだ。
「ふぅ」
「お、おい。大丈夫か?」
後ろにいた魏延さんが俺に声をかけた。ちなみに、今日、初めて魏延さんから話しかけてくれた。
「すいません!運動なんてずっとしてなかったから、追いつけなくて……」
もう少し俺が早く到着できていれば、もっと速やかに賊を捕縛出来たはずだった。ここ最近は、剣の修行もほとんどやっていなかったから、身体が鈍っていたに違いない。
「魏延さんこそ……」
「焔耶だ」
「え!?」
「焔耶……私の真名だ。お前に託す」
「構わないんですか?」
「き、桔梗様も許したのだ!それに……さっきは……その……あ、ありがとな。」
魏延さんは恥ずかしいのか、顔を赤らめている。こういう女の子らしい表情もするんだな、と思わず微笑んでしまった。
「き、貴様!何を笑っている!?」
「いえいえ。それでは焔耶さん、これからもよろしくお願いします」
「後は敬語もやめろ。桔梗様と同じように話しかけられると、同格のように思われてしまう」
「わかり……いや、わかった。それでは遠慮なく焔耶と呼ばせてもらうよ。俺の事も一刀って呼んでくれ。俺には許すべき真名がない。俺の国では、名を呼ぶのは親しい証拠だ。真名ほど重要なものではないけどね。」
「わ、わかった……か、一刀」
「うん」
ニコリと微笑むと、焔耶は顔を真っ赤にして、そっぽを向いてしまった。
「ん?焔耶、お前、腕を斬られたのか?」
視線を少し下げると、焔耶の腕から血が滴っているのが見えた。
「い、いや、大した傷じゃない。放っておけば……」
「ダメだろ。細菌とか入ったら大変だ」
俺はポケットに入っていたハンカチを取り、適当なサイズに切り裂いた。そして、それを包帯のように焔耶の腕に巻いてあげた。
「よし、とりあえずこれで大丈夫。屋敷に戻ったら、適切な処置をしよう」
「な……な……」
「ん?どうした?他にどっか痛いのか?」
俺は他に傷がないか、焔耶の腕を調べようと、別のところも触れようとした。
「何、触ってんだ!!!!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
焔耶の渾身のストレートを喰らって、俺は後方に吹っ飛んだ。あぁ、死んだ。間違いなく死んだ。まだ、あんなことや、こんなこともしてないのに。
焔耶視点
「フゥ……フゥ……」
あの男め!勝手に人の身体に触れやがって、と腹を立てていたが、すぐに顔を綻ばせてしまった。あいつが巻いてくれた布にそっと触れる。
「一刀……か。」
男性の真名(正確には違うけど)を呼んだのは初めてだった。軟弱な、単なる優男だと思っていたが、どうやら意外に骨がありそうだ。少しは認めてやっても良いのかもしれない。
「魏延様!!」
今頃になって、警邏隊が到着した。
「お怪我などはしていませんか?」
「いや、問題ない。早く連れて行け」
「はっ!」
警邏隊の隊長格の人間が、気絶している賊を縛り上げて、連れて行こうとした。私の目に、賊の腕に黄色い布が巻かれているのが映った。
「ちょっと待て」
私は思わず、賊を連行しようとしている者に声をかけた。そして、賊の腕に巻かれている黄色い布に触れてみた。
黄色い布……。なぜか、それが心に引っ掛かった。どこかで、それに纏わる話を聞いたことがあるような気がした。しかし、どのようなものだったまでかは思い出すことは出来なかった。
「いや、すまん。連れて行け」
結局、そのまま賊は警邏の者に任せた。気のせいだったのだろうと、すぐに忘れることにした。そろそろ、桔梗様と紫苑様の話も終わっただろう。紫苑様の屋敷に戻ることにしよう。
その前に、一刀を拾っていくことにしよう。きっと、気絶しているに違いないから。フフ、と笑いながら、一刀を探しに向かった。
あとがき
第四話の投稿です。
焔耶が一刀に真名を許す場面ですね。
デレるところって書くのが非常に難しいですね。
期待していた方はすいません><
はぁ、文才が欲しいですね。
他の作家さんの作品を見ると、心からそう思います。
今回は、一刀の強さも少し出してみました。
一刀の強さの詳細は、次回見せたいと思います。
相変わらず、紫苑さんが……。
次回から、話が少しずつ進むと思います。
そろそろ、オリキャラも登場させたいと思います。苦手な方はすいません。
さて、誰が出るでしょうね?
ちなみに、とうとうルーキーも卒業してしまいました。
これからも、この駄作製造機を温かく見守ってくれると有り難いです。
誰か一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。
Tweet |
|
|
94
|
6
|
追加するフォルダを選択
第四話の投稿です。
今回は一刀と焔耶がメインです。焔耶可愛いよ。
コメントしてくれた方、支援してくれた方、ありがとうございます!
一人でもおもしろいと思ってくれたら嬉しいです。