No.167486

剣と魔導 4

八限さん

第4話、フェイトさんとの初めての邂逅です。

2010-08-22 20:14:36 投稿 / 全6ページ    総閲覧数:11600   閲覧ユーザー数:10819

 

 

 

 

 

   剣と魔導-4

 

 

 

 そもそも、フェイト・T・ハラオウンにとって、その空域での戦闘はまったく想定外のものだった。

 

 今現在、彼女は管理局機動六課に所属しており、その主な任務はロストロギア関連の事件に対処することである。つまり、都市の治安維持や外敵の排除といった任務は、本来管轄外にあたる。

 

 それに加えて、彼女は別の作戦に参加する予定だった。

 

 捜索指定ロストロギア、レリック。彼女達が捜していたそのうちの一つが、山岳地帯を走るリニアレールの貨物室にあることが確認され、既にガジェットに占拠されたその列車の奪還作戦に就くところだったのだ。

 

 他の作戦参加者はヘリによって作戦空域に向かったが、偶然外出していた自分は自力で現地へ向かうつもりだった。

 

 バリアジャケットを装着し、いざ空へと飛び立とうとした正にその時だったのである。

 

 突如として、廃棄都市区画からガジェットドローンの編隊が出現し、市街地に向けて侵攻を開始したという情報が入ったのは。

 

 これを受けて、ミッドチルダ地上本部は付近の魔導師全員に対し、最優先でこれの迎撃に当たるよう命令を下したのである。

 

 機動六課とて管理局の一部署。この命令を無視することはできない。そして、フェイトは六課フォワード陣のなかで唯一、このガジェット編隊の迎撃に向かえる位置にいたのである。

 

 やむなく、機動六課の長である八神はやてはフェイトへの命令を変更し、ガジェット編隊の迎撃に当たるよう通達してきたのだ。

 

 フェイトにとって、このレリック奪還作戦は六課の初出動というだけではなかった。自分が保護者を務める二人の子供、エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエの初陣でもあり、正に特別な作戦だったのだ。

 

 あの子達の初陣、できるならそばにいてあげたかった。

 

 そのやるせなさと、現実の不条理への怒りを両腕に込めて、彼女はガジェットを切り裂いていった。

 

 この編隊を撃退することができれば、自分も本来の任務に戻ることができる。こちらを早々に片付け、山岳地帯まで急行すればまだ間に合うかもしれない。

 

 そんな逸る気持ちが焦りとなり、結果として敵に付け込まれる隙になったのだろう。

 

 急に動きの良くなったガジェットに警戒心を抱かず、敵陣深くに切り込んだ挙句、返り討ちにあってしまった。

 

 周辺に展開していたガジェットの、ミサイル一斉発射に合わせたAMF出力の急上昇。

 

 高機動戦の最中、しかもリミッターによる出力制限のかかっている身にこれは効いた。

 

 それでも、これだけならばなんとかすることができたはずだった。

 

 崩しかかった体勢を立て直し、周囲360°から襲い来るミサイルの嵐を切り払い、避け、防ぎ切った直後の隙。最も無防備となったその一瞬を狙い済ましたあの砲撃さえなければ。

 

 咄嗟の判断でバルディッシュがオートガードを発動してくれなければ、自分は空の塵となっていただろう。

 

 もっとも、AMF干渉下、加えて機動力の高さと対照的に、防御の薄い自分の障壁ではその砲撃を防ぎきれるはずもなく。

 

 結果撃ち落され、そして今、自分は見知らぬ男の人の腕の中にいる。

 

 爆発の衝撃でいまだ霞む視界の中、その男性の姿を確認する。

 

 褐色の肌、白い髪、そして気遣わしげにこちらを覗き込む琥珀色の瞳。年齢は20代中頃だろうか、墜落しかけた自分を受け止めてくれたのは恐らく彼なのだろう。

 

「…あなたは…」

 

 何故、こんなところに? 既に避難警報は発令されていて、民間人はもうこの付近にいないはずなのに。

 

 声に出して問いかけることができたのは最初の四文字のみ、それをどう受け取ったのか、

 

「心配するな。あんたの敵じゃない」

 

 その男性は、こちらを安心させるよう、静かにそう返答した。

 

 

 

 

 

 爆発の反響は遠く離れた廃ビルの屋上まで届いていた。

 

 命中。

 

 爆煙によって黒く染まった空を見据えつつ、着弾時の手応えからディエチは先ほどの狙撃の結果をそう推測した。

 

 無論、目視による確認を行わなければ撃墜できたかどうかはわからない。

 

「うふふのふ~。どう、この完璧な計画」

 

「黙って、今、確認中」

 

 軽口を叩く相棒に、ピシャリとそう一言だけ告げる。予想以上に拡散した煙のせいで、目視による確認が困難になっているが、ディエチは戦果の確認を続けた。

 

「大丈夫よ~、あの砲撃を受けたんだもの。仮に直撃を免れたって空中で体勢の立て直しはできないわ。地面に激突して退場(リタイア)。よくてそんなところよ」

 

(地面か…)

 

 そっちはまだ見ていないな。と、視線を地表に向けた丁度その時、

 

 

 ……お……大………夫か?……

 

 

 まだノイズのひどいセンサーがそんな声を拾った。

 

 音を頼りに辿ってみると、そこにいたのは一人の男と、その腕に抱えられているターゲットだった。

 

 今、長身の男の手を借りて立とうとしている標的の姿を見て、

 

「クアットロ、あの魔導師生きてるみたいだよ」

 

 ディエチはクアットロにそう告げた。

 

「あら、思ったより頑丈なのね」

 

 目論見が外れたというのに、特に落胆したような様子もなく、むしろ感心したような口ぶりでクアットロは言葉を続けた。

 

「動けるようなら、念のためもう一発打ち込んでおこうかしたら」

 

 ディエチの瞳が僅かに細まる。足下に現れた紋様と、砲口から溢れ出す光。彼女の両手に抱えられた大砲は再び標的に向けられる。

 

 収束されたエネルギーは、今度こそあの魔導師を吹き飛ばすだろう。そばにいる男諸共に。

 

 男からは何の魔力反応もない。恐らく逃げ遅れた一般人なのだろう。完全な巻き添えだが、もしかしたらあの魔導師が身を挺して庇うかもしれない。運がよければ生き残れるだろう。

 

「後12秒…11秒…」

 

 カウントダウンが始まる。それと共に、砲口部のエネルギーがますます膨れ上がる。

 

 標的はこちらの動きに気付いていない。今度こそ終わり。そう、ディエチが思ったときだった。

 

 今まで魔導師の方を向いていた男がやおら顔を上げ、何かを探すように首を巡らせたのだ。

 

 そして、男の顔がこちらを向くとその目が見開かれ、動きがピタリと止まった。

 

 

 

 ――目が合った――

 

 

 

 視線が交錯し、両者はほぼ同時にその認識に至る。

 

 ありえないはずの事態に、ディエチの体は一瞬、硬直した。それは男も同じなのか、魔導師に肩を貸したまま、動きを止めてしまった。

 

 たが、そこからの立ち直りは男のほうが僅かに速かった。肩を貸していた魔導師の腰に手を回して抱え込むと、有無を言わさず横っ飛びに飛びのいた。

 

 一瞬遅れて、充填半ばのままディエチがイノーメスカノンを発射する。

 

 放たれた砲撃は市街地の路面に着弾し、開放されたエネルギーが熱と光に姿を変え、周辺一帯を蹂躙する。

 

「ディエチちゃん、どうしたの?」

 

 カウントダウン半ばで、いきなり砲撃を行ったディエチにクアットロが訝しげに問いかけてきた。

 

「気付かれた」

 

「気付かれたって…魔導師に?」

 

「違う。傍にいた男のほう」

 

 答えるディエチの声は硬い。彼我の距離は約2000m、デバイスどころか魔力も持たない人間がこちらの存在を察知できるはずがない。

 

 だが確かに、あの男は自分の存在を認め、それどころか目まで合わせた。まぐれや偶然で片付けられることではない。

 

「それで、避けられたの?」

 

「わからない。多分、直撃はしてないと思う」

 

 チャージしたエネルギー量こそ先ほどより少ないとはいえ、今回は地表に着弾した。舞い上がる粉塵のおかげで、視界の悪さは前回の比ではない。センサーのほうも完全に砂嵐状態、確かめるすべがない。

 

 その返答に、クアットロはキーボードを叩く手を一度止め、あごに手を当てると考え込むような仕草を見せた。

 

「そうねぇ。それじゃ、手の空いたガジェットを何機か回して追撃をかけてみるわね。もし、射程内に収まるような場所に出てきたら、今度こそ仕留めてね」

 

「わかった」

 

 感情を感じさせない声で淡々と返事をすると、ディエチはイノーメスカノンに実体弾を装填した。これならばエネルギーチャージの手間はない。発見したら、その瞬間に撃ち込める。

 

 疑問は一時棚上げにし、三度狙撃の体勢に入ったディエチは、出番をただ静かに待つことにした。

 

 

 

 充填半ばで放たれたとはいえ、その砲撃は人間二人を吹き飛ばすには十二分の威力を備えていた。

 

 直前で砲撃に気付き、咄嗟に路地裏に飛び込んだおかげで直撃は免れたものの、その余波だけでもこちらを殺傷するにはおつりが来る。

 

 危ないところだった。

 

 金色の膜――それが、バルディッシュがオートガードで展開したディフェンサーであることは、知る由もなかったが――の中、砲撃によって抉れ、吹き飛ばされた路面と燃え盛る火炎を目の当たりにして、衛宮士郎は安堵の溜め息をついた。

 

「すまない、助かった」

 

 この魔術を行使したであろう、腕の中の女性に礼を言う。返事は、カクンと動いた首だった。

 

「……?」

 

 首肯したにしては動きがおかしい、確認してみると女性は意識を失っていた。

 

「…おい、大丈夫か?」

 

 頬を軽く叩いてみたが、反応はない。脳震盪でも起こしたか、あるいは魔力の使いすぎだろうか。原因はわからないが、女性が意識を失ってしまったのは確かだ。

 

 とにかく介抱しようと、一度地面に横たえた時だった。

 

『フェイトさん、無事ですか!?』

 

 直近から、いきなりそんな声が聞こえた。

 

 声につられてそちらを向いてみると、女性が空中に浮いていた。

 

 いや、その表現は正しくない。浮いているように見えただけで、女性はウィンドウのような枠の中にはまっていた。

 

 映像つきの通信なのだろうか。薄い紫色の髪をショートカットにしたその女性は今、驚愕の表情を浮べて士郎の方を向いている。

 

『フェ、フェイトさんに何してるんですか!』

 

 言われて、今の自分の体勢を確認してみる。意識を失い、横たわった女性に覆いかぶさるようにして手を伸ばしている状態。見ようによっては、なにか良からぬことをしようとする寸前のようにも見える。

 

「ま、待ってくれ、俺は怪しいものじゃない」

 

 異世界に来ていきなりトラブルに巻き込まれたことや、未知の技術に遭遇したことで動揺していたのかもしれない。

 

 なんというか、こう、悪事が露見した時の小悪党のような返答をしてしまった。明らかに不審人物なのに自分は一般人ですと取り繕おうとする時の典型例みたいな言葉。

 

 案の定、目の前の女性は不審げな表情を浮かべている。怪しい、とその表情が物語っていた。

 

 確かにそうだろう、この状況でそんなこと言ったらますます不審がられるだけじゃないか。というか、説明が足りない。

 

 自分に対して冷静に突っ込みを入れ、とにかく順を追って説明しようと口を開く。

 

 こういう時は、可及的速やかに誤解を解くに限る。何せ、目の前の女性は、こちらからは見えないところで何か操作してるような素振りを見せているのだから。

 

 トラブルに巻き込まれるのは慣れているが、流石に婦女暴行の現行犯で逮捕というのは避けたい。そんなことになったら、きっと草葉の陰で切嗣とセイバーが泣くだろう。

 

(・・・いや、フルアーマーダブルセイバーになるかもしれない)

 

 一瞬、遠坂ばりに邪悪な笑顔を浮かべながら、竹刀を振りかぶるセイバーの姿を想像しかけ、そんな馬鹿なことを考えている場合ではないと思い直し、目の前の女性に向き直った。

 

「いきなり空で爆発があったと思ったら、この人が落ちてきて、意識を失ってたみたいだから介抱しようとしてたんだ」

 

『……本当ですか?』

 

 こちらの説明を、疑わしげに聞いていたその女性はそう問い返してきた。ただし、それは士郎に向けたものではなく、フェイトと呼ばれた女性の手に握られている戦斧に対してのものだったが。

 

 一体何を考えているのかとその戦斧に目を向ける。解析(み)たところ、どうやら純粋な武器ではなく、機械としての特性も併せ持っているようだ。

 

 コッキングカバーに隠されているが、リボルバーのようなパーツも組み込まれている。そして、刃側の先端部にあたる部分に嵌め込まれている金色の玉、これは・・・ただの宝石などではなく、

 

『事実です』

 

「な、喋った!?」

 

 今、確かに宝石が明滅し、言葉を話した。

 

(人工知能を、搭載しているのか!?)

 

 そんなこちらの驚愕をよそに、ウィンドウの中の女性は納得したように頷いた。

 

『バルディッシュがそう言うのなら、間違いはない…か。すみません。こちらの早とちりでした』

 

「あ、ああ、わかってくれればいいんだけど…」

 

 やはり、武器の証言のほうが信用されるというのは、人間として胸中複雑である。

 

 まあ、とにかく、誤解は解けたようだ。それでよしとしよう、気にしてはいけない。体は剣でできている。

 

「なあ、あんたはこの人の仲間って事でいいんだよな?」

 

『あ、はい、管理局機動六課所属、ルキノ・リリエです。あなたは?』

 

「ああ、俺は、衛・・・・・・いや、シロウ・エミヤだ」

 

 まったく聞き覚えのない組織名に気をとられ、はずみで衛宮士郎、と言いかけたが、彼女の名乗りを聞く限り、名前が先になるようだ。なので、ここはむこうの流儀に合わせることにした。

 

『エミヤさん、ですか・・・わかりました。今、そちらに救援が向かっています。ですので、落ち着いて、そこを動かずに待っていてください』

 

 確かに、このような状況ではその指示に従うのが正解に思える。

 

 だが、先ほどまでの一連のやり取りを思い返してみると、どうにも、不安を拭い去れない。

 

 廃ビルの屋上にいたあの少女、彼女は二度にわたる砲撃を、しかも、二度目にいたっては自分がそばにいるのも構わず放ってきた。

 

 そこまでするということは、相手は確実に彼女を仕留めたいのだろう。

 

 そんな連中が、止めを刺したか確認もせず、このまま彼女を放置しておくだろうか。

 

 かてて加えて、彼女を砲撃した人物がどこにいるのか確認しようとして、運悪くその当人と目を合わせてしまったのが痛い。

 

 しかも肉眼同士で、だ。

 

 あれのせいで、自分も危険視された可能性がある。

 

 警戒して、敬遠されるということも考えたが、流石にそれは希望的観測に過ぎないだろう。

 

 追撃をかけられるかもしれない。少々危険だが、ここはこちらも動いたほうがいい。

 

 そう結論付けると、士郎はルキノに向き直った。

 

「ルキノさん、こっちも移動する。救援と合流できる最短のルートを指示してくれないか?」

 

『な、何を言っているんですか、無茶です。危険ですよ』

 

 そんな事を言われるとは予想もしていなかったのだろう、一瞬、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたが、すぐに表情を改め、こちらを諌めてきた。

 

「そういうわけにもいかないんだ。追い討ちを受ける可能性がある。ここに留まっているほうがかえって危険だ」

 

『何故、そんなことが言えるんですか』

 

 このままでは、押し問答になりかねない。時間が惜しい、士郎は先ほどまで自分が考えていたことを立て続けに、ルキノに説明する。

 

 最初は、何を言っているのかという表情をしていたルキノだったが、説明が進むにつれ、次第にその顔つきが変わっていった。

 

 特に、フェイトを狙い撃った狙撃手の位置について士郎が言及したときは、驚愕の表情を浮かべてこちらを見つめてきた。

 

 説明が終わるころには、ルキノは口を閉ざし、何か考え込むような仕草をしていた。 

 

『・・・あなたは、魔導師なんですか?』

 

 探るような目をこちらに向けて、ルキノはそう問いかけてきた。

 

 魔導師、それがこちらの世界での魔道の探求者達の呼称か。そんな感想はおくびにも出さず、いっそ無愛想とも言える口調で士郎は言葉を返した。

 

「…悪いけど、急いでくれないか。今この場で、敵に襲われたらかなりまずい」

 

 一瞬、ルキノは逡巡するような表情を見せる。だが、画面に写らない箇所から、誰かの声がかけられると瞬時に表情を改めた。

 

『分かりました。少し待ってください』

 

 ルキノは急いで作業を開始する。

 

 そこまで確認すると、士郎はフェイトのもとへと取って返し、左腕でその体を担ぎ上げた。はずみで、フェイトの手の中からバルディッシュが転げ落ちる。

 

「っ・・・と」

 

 身をかがめて拾い上げ、右手に持つもどうにもバランスが悪い。しかも両手が塞がってしまっている。

 

 いかに武器の形状をしているとはいえ、魔導師の――こちらではなんと呼ぶか知らないが―― 礼装など、赤の他人が使いこなせるものではない。

 

 しかも両手持ちの長柄の武器、二重の意味で無理な相談である。

 

「・・・置いてくしかないか」

 

『・・・・・・・・・』

 

 そうポツリと言葉を漏らすと、突然バルディッシュが光を放った。

 

 その輝きが収まった時、そこにあったのは柄の長い戦斧ではなく、三角形のアクセサリーのようなものだった。

 

 なるほど、これならば持ち運びに不便はない。便利なものだと思いながら、士郎はコートのポケットにバルディッシュを放り込んだ。

 

『すみません、お待たせしました。このルートの通りに進んで下さい。ガジェットが接近してきた場合、こちらから指示を出しますので、それに従って動いて下さい』

 

 今まで浮かんでいたウィンドウのほかに、もう一枚、地図が描かれた物が現れる。

 

 進行ルート上のみ、明るく光っているそれを見て確認すると、士郎は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 すでに人気のなくなった路地裏は、ともすれば先ほどまで士郎のいた廃墟と勘違いしそうなほど閑散としていた。違いがあるとすれば、それは時折聞こえてくる爆音と何かが空を駆ける音。

 

 まるで、いや、間違いなくこれは本物の戦場だ。神秘と科学の真っ向勝負という、自分の世界では考えられないような戦場ではあるが。

 

 いつか、自分の世界でもこんな戦いが起こることがあるのだろうか。

 

 そんな感慨を抱きつつも、士郎は路地を足早に駆け抜けていく。その目の前に立ちふさがるように、ガジェットが現れた。それを、

 

「バルディッシュ」

 

『Photon Lancer』

 

 背中に背負った女性が、肩越しに身を乗り出しながら光弾を放ち、撃破した。

 

 放たれた光弾によって破壊されたガジェットを、危なげなく士郎は踏み越えてゆく。

 

 救援と合流するために動き出してからしばらくして、肩に担がれたフェイトが意識を取り戻した。

 

 その時は、バルディッシュが手元にないことにフェイトが慌てたり――コートのポケットの中から、バルディッシュが返事をしたときは心底安堵していた――手元に戻れば戻ったで、すぐに戦線復帰しようとするフェイトと、それを止めようとするルキノの間で、ちょっとしたいざこざがあったりと色々あった。

 

 結局、フェイトが右足と左腕を痛めており、ダメージが大きいことと、民間人――士郎のことだ――がいるのを理由にして、指揮官と思しき男 ――確か、グリフィス・ロウランと名乗る若い男だった――がいったん救援と合流するよう命令を下した。

 

 その命令を受けたときの、俯くフェイトの姿はひどく悔しげであった。

 

 フェイトが意識を取り戻してからは、彼女がガジェットの迎撃を買って出たため、士郎は移動に専念することが出来た。

 

 おかげで、こちらが考えていたよりもずっと早く救援と合流することが出来そうだ。

 

 救援を示すマーカーはすぐそこまで来ている。ただ、ガジェット達の動きも、単体で現れて攻撃を仕掛けてくる散発的なものから、複数機で組んで、連携して攻撃を仕掛ける組織的なものへと変化しつつある。

 

 油断はできない。

 

「すみません、私のせいで迷惑をかけてしまって」

 

「いや、気にしないでくれ。あんたがあの金色の膜を張ってくれなかったら、最初の砲撃で二人ともやられてた」

 

 謝罪を礼で返され、フェイトは少し居心地悪そうに身じろぎした。あれは、バルディッシュがしてくれたことで、フェイト自身が何かしたわけではないのだ。

 

 そんなフェイトの心中を知ってか知らずか、士郎は速度を維持したまま、角を曲がる。と、そこで急に動きを止めた。

 

 いきなりの急停止。そのせいで、背中に背負われていたフェイトは前につんのめり、士郎の後頭部に鼻をぶつけてしまった。

 

 後頭部に衝撃を受ければそれなりに痛いだろうに、士郎は身じろぎもしない。そんな士郎の様子に疑問を覚えたフェイトは、鼻柱を押さえながら問いかけた。

 

「い、いきなりどうしたんですか。エミヤさん」

 

「……」

 

 士郎は答えない、ただ前方を見据えたまま、一歩、後退った。

 

 角を曲がった先にあったのは、傾斜のついたやや狭い一本道の長い坂だった。

 

 その坂の頂に、巨大な球体が鎮座している。つい先ほど、フェイトを撃墜するのに一役買ったガジェットⅢ型だ。

 

 その姿を見て、フェイトの背中を汗が一筋流れた。いやな予感がする。そういえば、これに似たようなシチュエーションを、自分は以前どこかで見たことがなかっただろうか。

 

 そう、あれは確か、地球製のDVDの中のワンシーン、遺跡探索をしていた主人公がうっかり罠に掛かってしまって…

 

 悪い予感というのはつくづく良く当たる。まさに、フェイトが頭に思い描いていた通りの展開が起こった。

 

 すなわち、映画における巨大な岩石よろしく、ガジェットⅢ型がこちらにむけて転がってきた。ご丁寧なことに、AMFを展開しながらである。

 

 予想の斜め上を行くこの一手。このとき、二人は共にミスを犯した。

 

 士郎は即座に道を引き返すことをせず、坂を下ってしまい、そして、フェイトはⅢ型を認識したその瞬間に、傷を押してでも、士郎を抱えて飛んで逃げるという決断を下すことが出来ず。

 

 結果、映画のワンシーンのような光景を現実で再現する羽目になったのである。

 

 走る、とにかく走る。転がるにつれて、重力の助けで加速してくる鉄球もどきに潰されないよう足を動かす。

 

 こんなふざけた手口でやられるなんて冗談ではない。

 

 だがある意味、妙手でもある。この一手を打った人物は、頭が切れる。だが間違いなく性格が悪い。根性が拗くれてる。きっと言峰級だ。背後に迫る圧迫感を肌で感じながら、士郎は悪態をついた。

 

 それにしても、何でこの坂は狭く一直線で、しかもこんなに長いのか。これでは横に跳びのくことも出来ず、ただ前に走るしか他にない。

 

 さっき確認した地図によれば、この先500mの地点で大通りに出ることが出来る。そこは見晴らしがよく、確か・・・

 

「・・・・・・まずい」

 

「このままじゃ、狙い撃ちされる」

 

 ポツリともらした士郎の言葉に、フェイトが続いた。

 

 この窮地を脱するためには、この下り坂の先にある大通りまで駆け抜けなくてはならない。

 

 だがしかし、そこはあの廃ビルの屋上まで視界が開けているのだ。

 

 それが意味するところはつまり、あの砲撃の射程圏内に自ら飛び込むと言う事と同義。

 

 正に前門の虎、後門の狼。

 

 どちらに食われるのもごめんである。

 

「・・・バルディッシュ、カートリッジロード」

 

『Load Cartridge』

 

 無機質な機械音声の宣言とともに、コッキングカバーが下がり、その中にあったリボルバーが回転する。

 

 それと共に、背後の女性の魔力が一段と強くなったことを士郎は肌で感じた。

 

「何を・・・」

 

 するんだ。と、最後まで問いかける前に、フェイトは既に魔法を発動させていた。

 

 首だけを背後に向けた状態、その体の前面に展開するように、六つの光球が浮かんでいる。

 

『Plasma Lancer』

 

「ファイヤ!」

 

 号令一下、放たれた六発の光弾はすべて過たず、迫りくるⅢ型に命中し、ダメージを与えることに成功した。

 

 …爆竹を叩きつけた程度には。

 

 AMF干渉下とはいえ、カートリッジを消費してなお、装甲表面を僅かに焦がす程度のこの戦果。

 

 負傷した体に無茶を聞かせてまで行った攻撃の、そのあまりといえばあまりな結果に、フェイトは我知らず歯噛みをした。

 

 ほんの一瞬、首を僅かに曲げてその結果を確認した士郎は、何かを考えるような表情で首を元に戻した。

 

 一方フェイトも、この状況を打開するための別の方策を考えていた。

 

 あの砲撃のダメージが想像以上に響いている。カートリッジロードでもだめなら、もはやリミッター解除しか手はないか。

 

 例えリミッターを解除したとて、今の状態でどこまで体がもつかわからない。

 

 だが、それでも二人が逃げることはできるはずだ。

 

 やるしか、ない。

 

 フェイトが覚悟を決めた、丁度その時だった。

 

「同調開始(トレース・オン)」

 

 自分を背負う男が、いきなりそんな言葉を呟いた。

 

 それと同時に、フェイトの周りを流れる景色の速度が、まるでビデオの早送りでもかけられたかのように加速する。

 

 いきなりの急加速。人一人を背負って出すことなどとても考えられない、明らかに人間の限界を超えたスピードで、士郎は坂を駆け下りる。

 

 今までは狭まるばかりだったⅢ型との距離が、今度は僅かずつだが開いてゆく。

 

 そこでようやくフェイトは気付いた。目の前の男の総身に漲る力を。

 

 魔力。それが、血液のように男の全身を巡り、常人にはありえない力を発揮させているのだと。

 

 その事実を理解したフェイトの顔が、驚愕に染まってゆく。

 

 ありえない。ほんの一瞬前まで、何の魔力反応もなかった人間が魔法を行使しているということもさることながら、この高濃度のAMFの中で、しかもデバイスなしの状態で何の苦もなく魔法が発動し、かつそれを維持し続けることが何故できる。

 

 自分を助けたこの男は何者なのか、背中越しに凝視するフェイトにだが士郎は答えない。

 

 彼もまた覚悟を決めていた。

 

 なべて魔術の担い手はその存在の秘匿を徹底すべし。

 

 それが、彼の世界における魔術師の鉄則だ。

 

 この世界においてそれを守る必要があるのか、その点は不明だが、いらぬトラブルを避けるため、自身の力は極力隠しておこうと思っていた。

 

 だがそんな思惑は、この状況において士郎の頭の中から綺麗さっぱり消し飛んでいた。

 

 自分がやらなければ、背中に背負った女性が死ぬ。

 

 やるしか、ない。

 

 この時彼の頭の中にあったのは、ただそれだけだった。

 

 

-大通りまで200m-

 

 魔術で強化された脚力に物を言わせて、坂を一気に駆け下りる。士郎が選択したのは後門の狼ではなく、前門の虎を退けること。

 

 

-大通りまで150m-

 

 大通りに飛び出した後、想定される展開のパターンから、必要となるだろう武器を数種類、剣の丘より選び出し魔術回路に待機させる。

 

 

-残り100m-

 

「悪い、少し乱暴になる」

 

 背負った女性にそう警告。

 

「…え?」

 

 

-50m-

 

「うわっ」

 

 フェイトの腕をつかみ、その体を前に持ってくると両手で抱き抱える。

 

 

-0-

 

 大通りに出た瞬間、左足に渾身の力を籠め、路面を砕かんばかりに蹴りつけた。

 

 全力疾走中の、90°に近い急激な方向転換。無茶苦茶な体捌きに、全身が軋みをあげる。

 

 背後より追い立ててきた巨大な鉄球はその動きについていけず、道路を突っ切り、真向かいのショーウィンドウに激突した。

 

 そのときには既に士郎はフェイトを地面に下ろし、次の行動に移っていた。

 

 士郎が路地から飛び出したその時に、間髪いれず放たれた砲撃。

 

 その正体を見極めるべく、鷹の目と化した士郎の瞳は飛来する砲撃を捕らえ、見据え、それが実体を持つ砲弾であることを看破した。

 

 間に合うか。いや、間に合わせる!

 

「停止解凍。投影開始(フリーズアウト、トレース・オン)!!」

 

 待機状態にしていた武器の中から選ばれ、手の中に瞬時にして現れたのは黒塗りの洋弓と、矢。

 

 矢羽も箆(の)もない、例えるなら剥き身の剣のようなそれは、瞬きの間に弓に番えられ、放たれた。

 

 地表から空中へと軌跡を描く銀光は、さながら迎撃ミサイルのごとく、目標に向けて一直線に突き進む。

 

 まるで、吸い込まれるように、それが当たり前のことであるかのように、矢は砲弾に命中した。

 

 轟音、爆発。

 

 再び空中に咲いた炎の花は、しかし、今度は何者もその花弁の内に捕らえることはできなかった。

 

 その一部始終をフェイトは確かに見た。

 

 時間に直せば僅か数秒の刹那の攻防。だが、そこで行われた事は一流の魔導師である彼女をして、愕然とさせるに十分なものだった。

 

 そして、それは彼女達を付け狙っていた者達にとってもまた同様であり…

 

 

 

 

 

 

「何なんだ、あいつ…」

 

 士郎のいた大通りから死角となる裏路地。廃ビルの屋上からそこに飛び降りたところで、ディエチはそう言葉を漏らした。

 

 さっきの一連の流れは、彼女にとっても信じがたいものだった。

 

 魔力反応のないはずの人間が、いきなり魔法を使ったことも、直撃は必至と放った砲弾が弓矢の一撃で迎撃されたことも。

 

「ッ…」

 

 歯軋りする彼女の横で、同じく避難してきたクアットロは、キーボードを叩きつつ白けた様子で口を開いた。

 

「…引き上げましょう」

 

「…え?」

 

「だから、引き上げるの。もうここにいる意味がなくなっちゃったわ」

 

 うんざりとした様子で、一度髪を掻き揚げると、問いかけようとするディエチに先んじてクアットロは続きを口にした。

 

「さっき通信があったんだけど、本命のリニアレールの方が管理局の部隊に押さえられちゃったんですって。それに、もう一つ仕事ができちゃったの」

 

 何をしてるのかしらね。と、クアットロは肩をすくめた。

 

「他の仕事って、どんな?」

 

「…これもついさっき、ウーノ姉様が知らせてくれたことなんだけれど、チンクちゃんとルーお嬢様が帰還したんですって」

 

「…何かあったの」

 

「チンクちゃんは無事だったらしいわ。でも…」

 

「でも?」

 

 不安に思ったのか、ディエチの眉が僅かに下がる。

 

「ルーお嬢様が意識を失ったまま目を覚まさないらしいわ。私も来てくれって。だから引き上げ、納得した? ディエチちゃん」

 

「…わかった」

 

 このまま引き下がるのは不本意だ。不本意だが、仕方ない。

 

 その言葉を最後に、二人の体は光に包まれると幻のように掻き消えた。

 

 後には何もない。彼女達がそこにいたことを思わせるような痕跡は何もなく、ただ荒れ果てた廃墟の風景だけがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

「…逃げられたか」

 

 爆煙が風に流され、廃ビルまで見通せるようになった時、狙撃手の姿は既になかった。

 

「…引き上げていく」

 

 そして、時を同じくして、今まで管理局員を相手に戦闘を繰り広げていたガジェットの編隊も、三々五々に撤退を開始した。

 

 その件と、リニアレール奪還の報告を合わせてルキノから受け取ったフェイトは、一度頷くとバルディッシュを杖代わりにして立ち上がった。

 

 心配そうな顔で手を貸そうとする目の前の男性を手で制し、静かにそちらに向き直る。

 

 こちらの様子に気付いた士郎も、表情を改めた。

 

「時空管理局執務官、フェイト・T・ハラオウンです。話を、聞かせて頂けますね?」

 

 その言葉に、士郎は無言のまま静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 剣と魔導-4  終

 


 
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