チュルルルル……
ズゾゾゾゾ……
……ズズズ
」
決して品の良いとは言えない音をたててラーメンを平らげる二人の少女。
それを見ながら茶をすする龍志。
長安の片隅にある飯店は、そんな三人の周りで何時もと変わらぬ賑わいを見せている。
涼州奪還から間を置かずして、龍志達はあらかじめ候伯によって同盟を結んだ五胡の一角「氐」と協力して漢中を支配下に置き、中華の北西を占める一大勢力を築き上げていた。
涼州軍閥の生き残りも忠実に役目をこなし、今では羌族と外交交渉を行う事が出来るほど涼州の情勢は安定している。
無論、かつて五胡を纏めようとした龍志の父の遺産あってこそのものではあるのだが。
「しかし、残った涼州軍閥の意外なまでの従順ぶりには驚きましたな。もう少し抵抗があるかと思っておりましたが」
メンマを突きながら趙雲が言う。彼女の前のどんぶりにはメンマがうず高く積まれ、もはやラーメンなのかメンマの塊なのか傍目にはわかららない。
「まあ、涼州軍閥とは要するに地方豪族が率いる集団だ。共通の目的があれば手を結ぶが、なければそのまま覇権争いに繋がる。生き残った者達にとっては、身の振り方次第では俺の下で死んだ軍閥の者達の領土を吸収できるんだ。無理にいさかいを起こして根絶やしにされる必要は無い」
「……そういうこと。あたしの前で言うなよ」
「これはすまなかったな翠」
どんぶりを抱えたまま避難の声を上げるは馬超こと翠。とりあえず龍志との当面の婚礼の話は流れたが、許嫁として長安まで出向いている。
「だが翠の御母堂は良く目が見えておられる。戦友の仇だの何だの言ってあのまま斬られるよりも、俺の下で力を伸ばす事を選んだ。あの状況下で俺と君の婚礼の話を出すなど並の者にできることではない」
「もしも主殿と翠の婚礼が成っていたら、馬騰殿は敗軍の将から一躍主殿の外戚……そうなればあの戦で負けたのを挽回してもまだお釣りがくる」
ムグムグとメンマを頬張る趙雲。その姿に思わず笑みを浮かべて龍志は話を続ける。
「いずれにせよ指導者として学ぶべき方だよ馬騰殿は。情や理想では無く実利を捉えておられた。感情のみの将には出来ない芸当だ」
「うーん…でもそうなると母様はなんか死んだ奴らの事を蔑ろにしたって言われているような……」
「一部将であれば、そこは批判されるべきかもしれん。しかし指導者は自分に従う者達に生かす必要がある、それが結果として国力として返ってくるからな」
湯呑の茶を啜り、龍志はふうと息を吐く。
「理想なき君主はただの道化。しかし実利を顧みず臣下を護れない君主はただの愚者。生き残った涼州軍閥の者達はその辺りが良く分かってると言うことだ」
「人の上に立つ者の資質…ですかな?しかし、となると主殿は我らが討たれたとしても利さえあれば討った相手と手を結ぶこいうことですかな?」
意地悪く笑い問いかける趙雲に、龍志はふっと笑い。
「君主として手を結ぶ事はあるだろう。だが家族としてその代償はきっちり払わせる」
「家族…ですか?」
「ああ、家族だ。俺にとって皆は家族に等しい」
すでに実の家族は皆死んだ。
だからこそ、龍志とってこの董卓軍こそが家族。心の置き場。
君主としての責務をおろそかにするつもりは無い。だが、月に魅せられ今自分に従う者達をうち捨てるつもりも無い。
「へえ…家族とは泣かせるねぇ。案外龍志は情に篤いのかい?」
からかう様に笑う翠に、龍志は努めて真面目な顔をして見せ。
「何を言う。お前ももう家族の一員だ」
「へ?」
「何せ…許嫁殿だからな」
「なっなっなっ!?」
みるみる赤くなる翠にクスクスと笑い、龍志はまた茶を啜る。傍らでは趙雲がニヤニヤ笑いながらその光景を見ていた。
「ば、ばばばば馬鹿!からかうな!!」
「至って俺は真面目だよ。翠」
「な、な、な、な、な」
さらに顔を赤くしてわたわたと両手を揮う翠。
何処までが本気なのか湯呑片手に微笑む龍志。そしてメンマをついばみながら笑う星。
つかの間の平和は静かに過ぎていった。
長安大会議場。長安のみならず、龍志達の行動の中心となっているこの場所に、今跪く一団がいた、
先頭で頭を垂れるは紫の髪の妙齢の美女。後ろには幾人かの男女が同じように頭を下げている。
それらの前で、龍志は書簡に静かに目を通し傍らの魏擁を始めとする軍師達に何事がぼそぼそと喋りながら上座で足を組んでいた。
「成程…つまり劉備殿は我等と同盟を結びたいと、そう言うことだな?黄忠殿」
「はい。そのとおりでございます」
黄忠と呼ばれた美女は艶然たる笑みを浮かべたまま静かに頷く。
龍志はふむと息を吐き、書簡を魏擁に預け黄忠達を見据えた。
「確かにこの書簡にある通り、今後の曹操の勢力拡大の如何においては我々は貴殿らと手を組むのが最善と言えるかもしれん」
劉備が袁紹に領地を追われ曹操領を通り益州へ逃れたという報告を聞いたのは三月ほど前。それから劉備は驚くべき速さで益州と荊州の一部を掌握し中華南西に地盤を固めていた。
「だが、果たして劉備殿と与して益があるかどうか…正直、我等は益州に進攻しようと思えばできないこともない。そのことは貴殿らも良く知っておろう」
「はい。ですが今益州に攻め入れば、曹操のみならず異民族からの格好の餌食となるでしょう」
「ふむ…俺が遊牧民の出でありながら漢人の董卓様の後をついでいる事に不満を覚えている遊牧民も少なくないという事を御存じのようだな」
黄忠の異民族という言葉にあえて遊牧民と言う言葉で龍志は答える。
「確かに。だがそれだけで貴殿らと盟を結ぶ理由にはならぬ……しばらく重臣達と協議する故に、貴殿らは客間にてくつろがれよ」
言うが否や、候伯がすっと前に進み出て有無を言わさず黄忠達を客間に連れて行く。
それを見送り、龍志はクスリと笑い張戯を見た。
「張戯が広げた噂…どうやら諸侯には真実として伝わっているようだな」
「あはは~恐縮です~」
しばらく前から、龍志は張戯に命じて風車衆を使い中華中に『龍志は異民族でありながら漢人に心酔し頭を垂れた存在であるため五胡の者達に嫌われている』という偽報をばらまいていた。
その手腕は緻密にして巧妙。意図的に流されたものだと気付かせぬよう広まった情報は多くの勢力に真実として受け入れられている。
龍志が陰ですでに羌族と氐族を手なずけ、匈奴にも使者を送っているにもかかわらず。
「未知の蛮族…そんな考えが真実を巧みに覆い隠しているのでしょう~」
「だろうな。何せ乱世の姦雄殿よりもこのような書状が届くのだから」
龍志が取り出した書状。それは劉備に先立つ事一週間前に曹操から届いた書状だった。
「袁紹領への攻撃要請。領地は切り取り自由。事らを舐めているがよほど買っていなくては出せぬ条件ですな」
そう遠くないうちに曹操と袁紹は先端を開く。それに合わせて西方より并州を狙えというのが曹操からの要請だった。
無論、相互の不可侵条約も含めたうえで。
「いや、侮ってはならりませんぞ曹操は。全て見越した上での話かもしれません」
魏擁の言葉に静かに龍志は頷く。了承の返事を出したとはいえ、曹操に油断は禁物であるということは龍志も解って言る。
「いずれにせよ。今回の劉備の要請も受けておくのが良いかと。もしも曹操が袁紹に敗れたり、あるいは袁紹に先んじて約条で油断している我等を狙ってきた場合には共同で曹操軍に当たる事が出来ます」
「逆に曹操が勝ったならばいずれにせよ我らとの戦は避けられないでしょう。その時にも劉備との同盟は強みになります」
魏擁と郭仁の言葉は的を得ている。龍志はしばらく考えた後、諸将を見渡し言い放った。
「確かに、現状で劉備と同盟を結ぶ事は良い策だろう。だが、一つだけ確認したいことがある。それまでは答えを預けてはくれないか?」
それは何です?
そう問いたげな諸将の顔を尻目に、龍志はそそくさと会議場を後にする。
しばらく君主去りし後を見ていた諸将も。各々に会議場を後にした。
その夜。
客間にて、劉備軍の使者たちは寝つけぬままに会話を重ねていた。
「やはり龍志はそこが知れませぬ。容易に信ずるは危ないのではないですか?」
「でも、一代の傑物である事も確かだわ」
「いずれにせよ、彼と盟を組むことが俺達の今後を分かつ。それは間違いないだろう」
「それはそうですが…やはりあなたはここに来るべきでは無かった」
「いまさら言ってもしょうがないだろう…おっと、誰か来た」
客間の戸を叩く音に、黄忠がどうぞと答えるとゆっくりと戸が開き一人の男が姿を現した。
「こんばんわ、劉備軍の皆さん」
「りゅ、龍志様!?」
思いがけない人物に慌てる黄忠達にまあまあと龍志は手を振り。
「いや、満月の美しさに庭を歩いて負った所、貴殿らの部屋のそばにたどりついてな。不躾ながら夜歩きの共をと思い立ち寄ったしだいでござる」
「ならば、私が…」
進み出た黒髪の少女を龍志は右手で制し。
「そこの貴方…来ていただけますかな?」
少女の後ろにいた少年を指差した。
「い、いえ…この者は……」
「男同士でしか話せぬ事もある…それとも何か?その者は私と話すと不都合でもあるのか?」
急に鋭くなる龍志の眼。それにたじろぐ少女に、少年は大丈夫だよいうように肩を叩き、龍志の下へと進み出た。
見事なまでに丸く玲瓏と輝く名月の下、龍志と少年は中庭に備え付けられた座に座り何も言うことなく空を仰いでいる。
「侍女に酒と肴を用意するよう頼み申した…すぐにやってくるでしょう」
「これは、お心遣いいた見る」
少年の言葉に、龍志は口元に手を当てクスクスと笑い。
「いや失礼。しかしもうお互いだましっこは無しにしませんか?北郷一刀殿」
射るような視線で少年を見た。
「……ばれてたか」
動じることなく少年は頭を掻く。それが龍志の言葉が間違っていないことを示していた。
「一つ聞くけど、どうして分かったんだ?」
「何。礼節を重んじる使節団の中に、一人服を着なれていないように振る舞う者がいたのを見て、常日頃天の国の衣装を纏っているというお方を思い出したまでのこと……」
「成程ね…やっぱり一朝一夕で馴れるものじゃないな」
少年-一刀が苦笑した所に、酒と肴を持った侍女が現れて、ささやかな宴席の準備をして去っていった。
「ささ、まずは一献」
「あ、ああ」
杯にそそがれた酒を一刀はぐびりと飲む。このような席でいきなり毒殺などはないだろうと見当をつけての行為だったが、思いがけず口の中に広がった甘く芳醇な風味に一刀は毒を盛られるよりも大きく目を見開いてしまう。
「美味しい!!」
「それは良かった…その酒は私が改良を重ねて作ってみた秘蔵の一酒でござる」
龍志もまた一息に杯を干す。そしてほう…と息を吐き、メンマへと箸を伸ばした。
しばし、沈黙が降りる、聞こえるのは酒を飲む喉の音と肴を食む音のみ。
「……思えば奇妙なものでござるな」
不意に龍志が口を開いた。
「何がだい?」
箸を止め自分を見る一刀に龍志は笑みを向け。
「蛮族と蔑まれる北方遊牧民の出自の某、天の国より舞い降りた一刀殿。共に漢人でないにも関わらず、この国に波紋を起こし続けている」
ぐびりと酒を干し龍志は続ける。
「一刀殿。貴殿は何のために劉備殿と共に戦うのだ?いかなる訳があって貴殿がこの地に降り立ったのかは存ぜぬが、何故こうしてわざわざ敵とも味方とも解らぬ者の下へやってきたのだ」
「うーん…難しいな」
一刀は腕を組み眉間に皺を寄せながらも、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「ただ…最初は本当に助けて貰った恩を返したいっていうそれだけだった。でも、桃香…劉備達と一緒に過ごすうちに、彼女達の願う平和…天下の全ての民が笑顔で暮らせる国を作りたいと思ったんだ」
「……甘い。と言えばそれだけですが。気持ちは解りますな」
杯を置き龍志は言う。
「私も最初は漢人が憎くてたまらなかった。しかし董卓様と出会い、本当に大切なのは文化や民族という枠を超える事だと教えられて世界が開けた思いがした……」
「あはは、案外似てるのかもね俺達は」
「かもしれませぬな」
尤も、最終的に甘さを捨てられないのが一刀であり捨てる事も厭わないのが龍志なのであろう。そんなことを互いに思いながら・
「……時に一刀殿。一つお聞きしたいのだが」
「うん?何だい?」
「貴殿らは本当に…董卓様を討ったのか?」
急に気温が下がった気がした。みれば知らぬ間に一刀の腕には鳥肌が立っている。言いようのない威圧感を纏わせ、龍志は一刀を見据える。
「……解らない。っていうのが正しい。俺達が董卓の侍女の話を聞いて宮殿に向かった時には、すでに宮殿は火の海だったから」
「侍女?」
「うん。沙耶と影っていう二人なんだけど。一人は黒髪に大人しげな子で、一人は眼鏡をかけて強気な金髪の少女」
特徴の一部は月と賈駆に当てはまる。しかし、あからさままでの髪の色の差は龍志の眉間に皺を寄せさせるに充分だった。
(何より、恋がいれば月の事には気付くはず……)
胸をつつむ失望と絶望。それでも崩れ落ちずにすんだのは、もう考え馴れてしまったからだろうか。
「左様か…いや。妙な質問をして申し訳ない」
「そんな…むしろ旧主の仇かもしれない俺達と同盟を結ぶ事を考えてくれるだけでも俺はありがたいよ」
「……まあ、生き残るために必要ならば目をつぶるさ。他勢力に潰されたら元も子もない。それよりも俺は使者に紛れ込んで敵地に赴く君主の方が驚きだがな」
「だって。これから共に歩いて行くかもしれない人だ。この目で確かめたいと思うのは当然だろう?」
「……貴殿は、何というか純粋だな」
「え?」
「俺は同盟など破られて当然だとしか思えん。生き残るためには時に肉親さえ利用するのが乱世の習いだ」
「それはそうかもしれない。でも、そんな世の中だからこそ俺は信じれる人間を見極めたいんだ。そして信じたい。裏切りなんて当たり前な世の中だからこそ俺は信じたい」
「……甘いな。甘いが不快ではない。それが貴殿の徳と言うものか」
そう言って、龍志は杯の酒を飲む。
酒と共に、杯に映った月が静かに揺れて龍志の唇に寄り添った。
翌日。龍志は劉備勢力と同盟を結ぶ。
しかしこれはあくまで秘密裏。曹操に気取られぬよう細心の注意を払ってのものだった。
「その裏で、劉備には秘密裏に曹操とも約条を結んでいるのだから、まったくえげつない」
「そう言うな子竜。曹操と劉備、この二つにとって俺達は非常に重要な地にいる。その優位を殺すは下策だ」
「以前おっしゃっておられた実利を求める君主の合理性ですかな…分かってはおりますが何とも釈然としない」
「ならば劉備の下へ行くか?見たところ劉備、そして北郷一刀ならば合理よりも大義を取る、珍しい人間のようだが?」
「……何時から主殿は配下に無理難題を言う暗君になったのですかな?」
「これは失礼」
笑いながら龍志達は馬を飛ばす。すでに長安は遠く彼等は荊州へとさしかかろうとしていた。
「しかし龍志。勝手に城を出て何処に行くつもりだ?」
龍志を挟み趙雲の反対側で馬にまたがった華雄が声をかけた。
「いやなに。とある人物に影響されてな。信じたい人を信じるために旅をしたくなった。
「そうは言うが、もうすぐ曹操との約定どおり并州に攻めるんじゃないのか?重臣達もきっとカンカンだぞ?」
「それまでには戻るさ、他の諸将の事も任せろ……何、少し話をするだけだ」
「話…ですか。それも君主として実利に元ずく行いなのですかな?」
趙雲の問いに龍志は苦笑いを浮かべ。
「半分はそうだ。しかし残りの半分は……」
「半分は?」
「……俺の我ままだ」
その答えに唖然と趙雲は口を開きわざとらしく頭を抱えた。
「いやはや…本当に劉備軍へ行くべきか考えましたぞ」
「そう言うな……もう家族を失うようなことはしないさ」
肩をすくめて見せ、龍志は目指す方に目を凝らす。この先には荊州。その先には長江を越え揚州がある。
「少しばかり見習ってみようと思ったのさ。無謀で純粋な御隣の君主殿の一人をね」
揚州。そう、江東の小覇王・孫策の治める地が。
「はあ、まあ良いですが。これで利が得られ何だ場合はどうするおつもりですか?」
「何。結果は変わらんだろうよ。また未来を夢見る権力者の勝手な都合で今を生きる兵士達が死ぬだけだ」
酷く冷めた口調で華雄が言ったのに、龍志は先程よりも深く苦笑いを浮かべ。
「元も子もない事を言うな。民にとっての戦争なんてだいたいがそうだろうよ」
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これは、真・恋姫☨無双の二次創作の皮を被った、オリジナル小説もどきです。
恋姫を心から愛する人や、主人公は一刀主義の方なかたは絶対に読まないでください。
警告を無視して読まれて不快な思いをされても私は一切の責任を負いかねますし、残念だったねぇとしか言えません。
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