――青い空。 ――琥珀色の水面。
5月としてはかなり強い、灼けるような陽射しに包まれ、私はファインダーを覗く目を僅かに細める。
…ざぁ……ざぶん。
防波堤に打ち付けた勢いで霧のような水飛沫が舞い上がり、それがキラキラと煌くスペクトル光を放つ。まるで宝石をちりばめたような世界が湾内を彩り、私は幾度目かとなるシャッターを切った。
※ ※ ※
「…ん、そこにあるのは何です?」
…瀬戸内海に浮かぶ、三日月のような形状をした初音島。その南側に位置する自宅へとゴールデンウィークを利用して久々に戻ってきた私は、リビングのテーブルに置かれていた小さな紙袋に視線を奪われた。
振り向いてそう問いかける私に、玄関で手渡した私のボストンバッグを抱えた義理の兄・朝倉純一は「ああ、なんかさっき貰った」と笑って言った。
兄さんの話によれば、私が帰省してくるまでに夕食の買出しを済ませようと午前中に商店街へ行った折、たまたま行われていた福引キャンペーンに参加したところ見事に三等の景品を引き当てたんだそうな。
「…で、コレが?」
「そ」
ボストンバッグを降ろした兄さんは、紙袋の口を閉じていたセロハンテープを剥ぎ取ると、その中から小さな箱を手に取り、表面に記された絵を向けてきた。
「…デジタルカメラ、ですか」
「それも最近発売されたばかりの、な」
そう言ってソファに積まれていた広告の束から一枚のチラシを手にする兄さん。その紙面にでかでかと記されていた新製品紹介の項目は、確かに今目の前にある箱と同じ製品だった。
…ななまんろくせんはっぴゃくえん、と記された数字に、無意識に乾いたノドがごくりと鳴った。
…人間とは現金なもので、普段は興味無くとも手元にあれば使ってみたくなるものらしい。
翌日、所用で出かけるという兄さんからデジタルカメラの使用許可を取り付け、私はカメラを手にお気に入りの白いミュールで歩き出した。
※ ※ ※
…ざざん……ざぁっ……
(…意外と枚数撮りましたね……)
堤防の先端に座り込み、足を投げ出しながら撮影した写真画像を流し見する。膝から下に時折しぶきがかかって気持ちがいい。
9時頃から歩き出し、いつの間にか正午を迎えようかという時間になっていた。そろそろ戻ってお昼の用意しなきゃ、と考えが過ぎった刹那、お腹の辺りがくぅ~……と鳴った。
…と、その時。
「…音ー夢っ☆ えいっ♪」
「…え? きゃぁっ!?」
――がばふっ!
誰かに呼ばれた、と脳が認識した瞬間、背後から圧し掛かられるように抱きすくめられる。驚いて咄嗟に取り落としそうになるカメラをどうにか掴み取り……ふと耳をついたクリアーヴォイスに懐かしい感覚が蘇った私は、振り向く事無く小さな溜息をわざとらしく吐いた。背中に感じる彼女に聴こえるように。
「…失礼ですが、私はいきなり背後から襲い掛かってくるような破廉恥さんに知り合いなど居ないのですが?」
「がーん!? ハグのつもりだったのに、破廉恥さんって言われたっす!?」
「…ほら、通報されないうちに離れてくださいな?」
「えー。久しぶりの抱き心地だし、もっと味わっていたいっすよー」
「…そうですか」
「そうなのです! …って、ごめんなさいごめんなさい今スグどきますから無言で110番を押そうとしないでっ!!」
ポシェットから取り出した携帯電話に「1」「1」と入力した所で、気付いた彼女が慌てて私の身体を開放する。ふぅわりと鼻腔をくすぐる残り香が潮騒の香りと溶け合って爽やかな甘味を漂わせた。
「…全く。あんまり良い趣味とは思えませんね?」
「や、帰ってきてるって連絡をうけた矢先に音夢の姿を見かけたから、つい直接触りたくなったと言いますか……その、実物かどうか確認をですね?」
「…何ですか人を蜃気楼か何かみたいに。私は確かに此処に居ますよ……もう、相変わらずみたいですね?」
再び小さく息を吐き、その場でくるりと回れ右。そして目の前に飛び込んでくる一際輝かしい色彩へとカメラを向けて、不意打ち気味に一枚パシャリ。
「…久しぶり、ことり」
「…おかえりなさい、音夢」
…映し出されたサムネイル画像の中で、白いワンピースが眩い親友の姿が柔らかい笑みを浮かべていた。
■未完。
■設定上は本編ことりシナリオ終了後の話で、時期的には純一達が本校2年あたりの頃。
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これは先日の夏コミC78にて発行する予定だった小説原稿で、サークル落選によりお蔵入りになったモノです。運の悪い事に知人達も軒並み落選の憂き目を見ていたので委託もできなかったのですよ……(苦笑
当落判明の時点で執筆は止まってしまいましたが、折角なので途中まででも公開しておこうかな、と。