No.166080

「戦神楽」 飛々樹編 (1)

早村友裕さん

 満たされる、充たされる、ミたされる――
 神の嘆きが創り出した平和な世界『珀葵』、そしてそこから零れ堕ちたモノが業を背負う世界『緋檻』。
 珀葵に蕩揺う平和の裏で、緋檻の民は業を重ねていく。

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2010-08-16 14:20:31 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:844   閲覧ユーザー数:840

 整然と並んだ自軍兵士の列を縫うようにして、自軍の大将の元まで真直ぐに駆けた。

 軍の中央、少し後方よりに座するのは、刻鍵「鋼皇」の主。

 

「コージ! 何か拭くもん貸せよ!」

 

 血のついた左手をぷらぷらとさせながら主の元へ向かうと、階序一柱「鋼皇(コウオウ)」の主、高堂虎司(コウドウコウジ)は偉そうに座ったまま唇の端に笑みを浮かべた。

 頭の王冠(クラウン)と天鵞絨(ビロード)のマントは、コイツの王様的イメージらしい。マントの下は、まるで軍服のようなかっちりした衣服で、其処彼処に暗器を仕込めるようになっている。さらに黒のブーツには、いつも隣にいるボクでさえ想像もしたくないような凶器が大量に仕込んである。

 大剣の形をした刻鍵「鋼皇」がその辺に突き刺してあったが、コージはこのすぐれた武器を全く使う気がないのだった。

 暗器を好むなど、とても唯我独尊を好む「鋼皇(コウオウ)」の主とは思えないが、コイツのカリスマ性と頭脳、身体能力、そして自分の意思のみを信じるいい意味での独裁性は、王と呼ぶに相応しいものだった。

 だから、ボクは今も此処にいるのだけれど。

 そんな主は、ボクの姿を見て呆れたように言い放った。赤の天鵞絨マントと対照的な蒼い髪が、クラウンの下で揺れた。

 

「勝手に前線を離れるなといつも言っているだろ? 本当に仕方ないな、ヒビキは」

 

 彼は刻鍵『鋼皇(コウオウ)』の主。

 

「で?」

 

 彼はボクの主、高堂虎司。

 

「わざわざ戦線から引き返してきて、何の用だ、飛々樹(ヒビキ)」

 

 そして彼は、ボクの親友のコージ。

 問い返してきたコージの眼前に左手を突き付けて、再び主張した。

 

「ほら、このまま持つと、ボクの棍の柄が汚れるだろ! それに滑るしさぁ。ほら、そのマントの端でいいから貸せ」

 

 血濡れの左手でつやつやの天鵞絨を掴もうとすると、こつりと額を小突かれた。

 

「やめろ。やるなら俺じゃなくガシンにしろ」

 

「ガシンはだって、甲冑だから拭けねぇ」

 

 そう言うと、コージは楽しそうに笑った。

 

「じゃあ、あの鉄面皮の顔と髪に塗りたくって来い」

 

「らじゃ」

 

 にっと笑って返事。

 コージの座っていた椅子の背もたれによじ登り、そこからきょろきょろと見渡すと、見慣れた銀の甲冑が自軍の兵の中で見え隠れしていた。

 

 

 

 

 ガシンは、鋼皇の誇る参謀で作戦隊長なのだが、なぜか自分も戦闘に参加したがる帰来がある。主は何もせず後ろに控えて支持だけ出しておくもんだという持論を持つコージは、戦場に出る事をやめろ、と再三注意するのだが、全く聞かない。

 それは、もしかすると一角鬼という種族の性質でもあるのだろうか。

 

「ガシン!」

 

 ボクの声で振り向いたのは、『鋼皇の玄奘』と呼ばれる、時城雅心(トキシロガシン)。

 金属質な肌色は、てらてらと怪しく光を返す鈍色(ニビイロ)だ。人間とよく似た四肢を持つが、その額には肌と同色の短い角が生えている。それに加えて、いつも鉄面皮の無表情、黙っていると比喩でなく鬼のように怖い。

 ボクも初めて会った時は、睨まれて泣くかと思った。

 今ではそんな事もないのだけれど。

 鉄の甲冑に身を包んだガシンは、まるで騎士のようだ。大きな槍(ランス)を一角鬼に特有の馬鹿力で巧みに操り、敵兵を地に落としていく。

 ボクに気づいて、ほとんど分からないくらいにほんの少しだけ表情を変えて不機嫌さを呈したガシンは、この喧騒の中で辛うじて聞こえる程度の声で言った。

 

「戦列へ戻れ、飛々樹。作戦をフェイズ2に移行する」

 

「ボクがいなくても数でカバーすれば大丈夫なんだろ? いつもそうやって何段階も作戦組んでるくせに、堅い事言うなよ」

 

「自分がいったい何人分の兵と同じ扱いを受けているのか、理解しているのか?」

 

 槍(ランス)をおさめ、周囲の兵に指示を出してから戦列を離れたガシンの隙をついて、肩に飛び乗った。

 肩車のように足で首を締め上げて固定し、逃げられないよう拘束する。

 

「何をする」

 

 さすがに少し焦ったガシンを無視して、左手を顔にぺたりとあてた。

 ずいぶん走ったせいで表面が乾いていたから、少しがりがりと肌を引っ掻いたかもしれない。まあ、一角鬼の肌は丈夫だから問題ないだろう。

 そのまま、こびり付いた血をなすりつけ始めた。

 

「ちょっと手が汚れちまってさぁ、拭いていい?」

 

「……飛々樹、すでに拭っている風なのは気のせいか?」

 

「気のせい気のせい」

 

 最後に、ガシン自慢のつやつや黒髪で左手を拭(ヌグ)って、満足。

 右手に持っていた棍を、両手に持ち替えた。

 それを支えに、ガシンの肩から飛び降りる。

 

「じゃあ、お前の命令に従ってボクは戦線に戻ってやるよ」

 

 ぐっと棍を握りしめると、ほんの少し残っていた血が乾いて固まり、ぱらぱらと剥がれ落ちた。

 さあ、行こう。

 緋檻では、戦の負けは主の死を意味する。

 だから、ボクは戦い続ける。

 ボクの親友を殺させないために。

 そのためにボクはこの深淵の大地に立っているのだから――

 

 

 


 
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