No.165820 真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~YTAさん 2010-08-15 06:50:00 投稿 / 全19ページ 総閲覧数:9921 閲覧ユーザー数:7756 |
真・恋姫†無双異聞~皇龍剣風譚~
一話 前編 黄金の輝き
今朝は、やけに昔の事を思い出す。
吉兆か凶兆か、それともただの偶然か。
後者だろう、恐らく。
この十三年の間、こんな事は何度もあった。
『今日こそは』と刻の歯車の音に耳を澄まし、その度に、言い知れぬ哀しみを味わってきたのだ。
その度に、大切なのは、きっかけが目の前に現れたときに見逃がさぬように注意し続ける事であって、希望的な憶測を働かせる事ではない、と、そう自分に言い聞かせてきた。
怖い怖いと思って見れば、柳の枝も幽霊に見えるのである。
何かにつけて、あれもこれもと過剰に反応していたのでは、神経がもたない。
一刀は余りの暑さにドライヤーを使う気にもなれず、二本目の煙草に火を点けながら、新聞受けから束になった新聞を引き抜いて、凄まじい速度で流し読みを始めた。
新聞の購読は、“きっかけ”を探すために始めた習慣で、その内容は経済紙からスポーツ紙まで、多岐にわたる。
中々に膨大な量だが、漢文の書簡の山との格闘を経験している一刀は、“文章を全体的に読む”コツを習得していたから、それほどの手間は掛からない。
ざっと全体に目を通し、気になった箇所だけを熟読していく。
と、三紙目のスポーツ紙の三面記事を見た一刀は、思わず感嘆して溜め息をついた。
その記事にはおどろおどろしい字体で、
『新宿中央公園で謎の怪生物を目撃!!』
と言う大見出しが付いていた。
ご丁寧に、ぼやけた人影の写った写真まで載せられており、『これが怪生物だ!!』と書いた箇条書きまで添えられている。
その内容は、ある意味でかなり秀逸であった。
なんでも、『深夜の新宿中央公園で異様な姿の怪物が多数の人々に目撃』されており、『目撃者から得た様々な特徴を総合して専門家に鑑定を依頼した』ところ、その正体は『昔から新宿地下下水道に住んでいると、まことしやかに囁かれている“河童”』であると言うのだ。
さて、この荒唐無稽な三面記事の一体どこが秀逸なのか?
まず、『目撃者から得た様々な特徴』の具体例は一つとして記載されておらず、しかも、記者の勝手な主観で『総合』した情報を論拠に専門家に鑑定を依頼している事。
この時点で既に、客観的かつ正確な調査結果など望むべくもない。
大体、『専門家』とは、一体なんの専門家なのかすら明記していないのだ。
そもそも、昔からその存在が『まことしやかに囁かれている』河童とやらが、なぜ今更になって『多数の人々に目撃』されねばならないのか、と言う、根源的な疑問に一切触れていないのである。
つまりこの記事は、エイプリルフールのおふざけにさえ『この記事は冗談です』と書いてやらなば冗談と解らない、糞真面目な読者からのクレームを予測して上手く往(い)なしながらも、堂々と新聞を使って書かれた、壮大なジョークに他ならないのだ。
これを秀逸と言わずして、何と言う。
一刀は、この記事の担当記者欄に目を遣ると、クックッと、小さく笑った。
この人物は、一刀が自分の書いた記事を読むのを見越して、締め切り明けの今も眠らずに連絡を待っていると確信したからだ。
「やれやれ、お前のユーモアは、相変わらず天下一品だよ、“及川”・・・・・・」
予想通り、着信メロディの一小節目も終わらぬ内に、友人、及川祐の声がそれに取って代わった。
「いよぉ、一刀!俺の書いた記事、読んでくれたんだろ?」
「開口一番にそれか。まずは挨拶だろ?おはよう、及川」
「なはは、そうだな、悪ぃ悪ぃ。なんせ、ブン屋(新聞記者)なんて仕事してると、昼も夜もあったもんじゃなくてな。おはよう、一刀」
毎度おなじみの友人の言い訳に苦笑しながら、一刀は改めて『記事を見たよ』と伝える。
「やっぱりなぁ。そうだろうと思ったぜ。で、ご感想は?」
「相も変わらず、中々振るったジョークだったな。」
「そう思うか?」
「まぁ、お前の話は、記事を読んだだけじゃ判らん事の方が多いからな。何か面白い“裏話”があるってんなら、聞いてやらん事もないが」
一刀の反応は予想通りだったのか、及川は気分を害するでもなく話を続けた。
「あぁ、褒めてくれてありがとさん・・・・・・。実はな、一刀。その記事、見出し意外は本当にジョークなんだよ」
「は?」
「だからさ、見出し以外は、全部過去の“河童の目撃談”関連の記事からの引用なんだ」
一刀は、半(なか)ば無意識にマールボロに手を伸ばすと、パックから一本を抜き出しながら言った。
「そりゃまた、なんで?」
及川はそこで何故か声を潜め、彼に似合わない切羽詰った様子で言葉を続ける。
「詳しい話は“ここ”じゃちょっと、な。分かるだろ?」
及川は、周囲の既に騒音レベルの喧騒を一刀に聴かせる様に黙り込んだ。
察するに、まだ自宅に帰らずに編集部に居るのだろう。
「分かった。じゃあ、待ち合わせよう。いつものコーヒーショップで良いか?」
一刀がそう言うと、阿吽の呼吸で返事が帰って来る。
「O.K.時間はどうする?」
「すぐに、って言いたいとこなんだが、今日はこれから用事があってな。ほら、覚えてるだろ?この前話した、刀剣展の事」
「あぁ。あの、防衛大の同期の骨董屋が開いてるって言うやつか?たしか、お前がお祖父さんから貰った刀を貸し出してるんだろ?井上・・・深海?とか言う」
「真改(しんかい)だよ。井上真改。知らないのか、小説の鬼○犯科の主人公が持ってる・・・・・・」
「知らん。年寄りっ子のお前と一緒にすんな」
「業物八十工の一人なんだぞ?」
「だから、知らん。そもそも、“ペンは剣よりも強し”がモットーのブン屋に、そんな講釈はお門違いだろうが」
「まぁ、そうかも知れないけどさ・・・・・・」
「で、そのその展示会がどうした?」
及川は、放っておくと長くなると思ったのか、強引に話を戻す。
「あぁ。昨日が最終日だったんでな。貸し出してた物を受け取りついでに、早めに行って貴重な逸品を観させてもらう約束なんだ」
「ふぅん。なら、ちょうどいいな、俺も一眠りしたいし。一時過ぎでどうだ?」
「分かった。そうしよう」
「じゃあ、後でな」
及川はそう言うと、さっさと電話を切ってしまった。
一刀は、電話が終わってからもしばらく椅子に座ったまま紫煙を燻らせ、何事かを考えるように役立たずの扇風機を眺めていたが、やがておもむろに立ち上がると、本棚の前に立ち、がさごそと並んでいる本を動かし始めた。
六法全書やら過去の刑事事件に関する考察書やらを退けると、そこにはプッシュ式の番号ボタンの付いた、鋼鉄製の扉が現れた。
扉と言っても、大きさは精々、高さ20cm幅40cm程だろうか。
一刀は慣れた手つきでボタンを押して扉を開け、小振りなアタッシュケースを取り出すと、机の前にそれを乗せ、中身を確かめた。
“ワルサーP99”一刀がアメリカ時代に使っていた物を、かつてのバディ(相棒)が、元海兵隊員としてのコネクションを使って護身用に送り届けてくれた品である。
バディ曰く『マフィアが国際法なんて気にするとは思えねぇ、備えあれば憂いなしだぜ』だそうだ。
一刀はマガジンを引き抜いて弾丸が装填されているのを確かめると、一緒に収めてあったナイロン製ホルスターや予備のマガジンと共に、使い込まれた革製の大きなブリーフケースにしまって、 全てを元通りにしてから身支度にかかった。
八月某日 午前十時 銀座某所―――――
一刀は、柔らかい照明に照らされた美しい刀剣の数々に魅了されていた。
『江戸・幕末を彩った刀剣達』と題されたその展示会の展示物は、刀剣に深い造詣のない者でも興味を持てるように、歴史上の英雄達が用いたとされる名工の品を主に扱っていた。
その中でもやはり、最も多いのは、幕末において最も多く剣で人を殺めた集団であろう、新撰組の剣豪達の物だ。
美貌の天才剣士沖田総司の愛刀、大和守安定を始め、異形の我流剣術の使い手であったと言う三番隊隊長、斉藤一の池田鬼神丸、そして、この展示会の目玉である新撰組副局長、土方歳三が用いたとされる大業物、和泉守兼定。
新撰組は、生粋の薩摩隼人の家系である北郷本家からすれば、それこそ不倶戴天の仇敵なのだろうが、歴史に殉じた漢達が命を預けた剣を前にすると、一刀はその美しさと力強さに、心震わさずにはいられなかった。
「随分と反(そ)りが深いだろう?」
一刀が後ろからそう声を掛けられたのは、ちょうど、池田鬼神丸の展示ケースの前にさしかかった時だった。
「よぉ、久し振りだな」
一刀は振り向いて、声の主に微笑んだ。
「あぁ、卒業以来だな。この刀を借り受ける時に会えるかと思ったんだが」
声の主は、金子昌平(かねこ しょうへい)と言う名で、一刀の防衛大での同期生であった。
銀座に店を構える老舗の骨董商の一人息子でありながら、何を思ったのか防衛大に入学し、卒業直前に父親が夭逝(ようせい)したのを機に実家を継いだという変り種である。
「すまなかったな。俺も、店に真改を持って行った時に会えるかと思っていたんだが、色々とゴタついてたんで、お前が帰って来るまで居られなくて」
金子は温和な顔で頷くと、脇に持っていた風呂敷で包んだ箱を一刀に手渡して礼を言い、横に並んだ。
「池田鬼神丸国重、この反りの深い刀を愛用していた事からも、斉藤一が居合いを最も得意としていたと言う説が有力視されるのが分かる気がするよ」
金子は、一刀の質問とも独り言とも取れる言葉に頷くと、少し意地の悪い笑顔で言った。
「しかし、斉藤一と言えば、幕末は言わずもがな、西南戦争でも百人からの薩摩兵を斬り殺したと聞くよ?仮にも、丸に十文字の家紋を持つ君が、そんな恋人の自慢話をする様な声で彼の事を話して良いのかい?」
「良いさ。いつまでも根に持ってたって、何の得がある訳じゃなし。それに、薩摩だって随分エグい事をしたって言うしな・・・・・・。しかし、本当に良かったのかね、こんな、剣豪達が使った名刀ばかりの展示会に、俺の真改を並ばせて。なんだか気後れするよ」
一刀がそう言って肩をすくめると、金子は品良く笑って答えた。
「君の井上真改は、素晴しい逸品だよ。真改は、物によっては失敗作と紙一重の物もあるが、それは真改の作とされる特徴の良い点ばかりを集めた、“これぞ井上真改”と言える業物だ。君のご先祖は、相当な目利きだったんだな」
「どうだかね。祖父さんの話では、家に来たのは明治頃だって話だからなぁ。廃刀令のドサクサに紛れて、それこそ君の言う丸に十文字の家紋にものを言わせたのかも」
金子は、何処か自嘲を含んだ様な一刀の言葉に一瞬驚いた顔をしたが、直ぐにまた持ち前の温和な微笑みを湛えて言った。
「僕はね、北郷・・・・・・。骨董に囲まれて育って、この商売を十年近くやって、ようやく解かった事があるんだ。それはね、“力”のある品物は、必ずそれに相応しい人間の手に渡る。いや、渡ると言うことさ」
「力のある品物?」
一刀が首を捻ると、金子は頷いて言葉を続ける。
「そう。でもそれは、刀剣や甲冑ばかりじゃ無いけどね。純粋な『美しさ』だって、一つの“力”には違いないんだから。兎に角、今、君の物であるその真改も、きっと君のご先祖や、御爺様や、君に自分を持つべき資格を見出したからこそ、逃げずに君の手にあるのさ。もし、そうじゃなかったら、とっくに君から離れているよ」
金子は一刀の背を叩くと、自信あり気にそう言った。
同日、午後一時十三分、新宿某所
一刀と及川が、毎回このコーヒーショップを『作戦会議』に使用している理由は唯一つ、“近くにコインパーキングがあるから”である。
二人とも仕事柄、尾行や張り込み等をしなくてはならない関係上、主な移動手段が車であるため為、互いの職場に近く、尚且(か)つ車で来れるこの店に、自然と腰が落ち着く形になったのだった。
一刀が注文したアイスコーヒーを持って二階にある喫煙席に上って行くと、及川は既に先に着いていて、軽く手を挙げて合図をよこした。
テーブルに置かれた灰皿は、既に『マイルドセブンスーパーライト』の残骸で埋め尽くされており、死屍累々の様相を呈している。
「おぉ、派手にやってるなぁ」
一刀は、テーブルに散らかった灰をワザとらしく手で払うと、早速自分のマールボロに火を点けた。
「で?高校時代、Mr.KYの異名を欲しいままにしたお前程の猛者が、他人の耳を憚(はばか)る様な話ってのは、一体何なんだ?」
「ふん、図々しいのはブン屋の美徳なんだよ・・・・・。まぁいいや、最初から話すぞ」
及川は、柄にも無く真面目な顔で、静かに喋りだした。
「四日前、俺はいつも使ってる情報屋、つっても、奇妙な噂やら都市伝説やらを集めるのが好きなだけのホームレスなんだけどな。そいつから件(くだん)の“河童”の話を聞いて、中央公園に聞き込みに向かったんだ。大体、夕方6時から深夜0時位までな。キッカリ100人にインタヴューした。その内、怪物を見たって証言したのは26人だった」
「約1/4か・・・・・・」
「あぁ、単純に確率論だけで言えば、公園利用者が1000人だったら250人が、1万人だったら2500人が“怪物”を目撃してる事になるな。まぁ、俺がたまたま目撃した奴に多く声を掛けちまったって可能性だってあるから、あくまで単純に考えてって事だけどな」
及川は、殆ど吸い尽くしてしまった煙草のBOXから一本を取り出すと、忙(せわ)しない様子で火を点けて言った。
「でもな、本当に奇妙なのはこれからだ。普通、都市伝説絡みの噂に出てくる化け物ってのは、ディティールに多少の差こそあれ、その本質に関わる部分は、噂が広がる範囲が大きくなってもそう変わらないもんなんだよ」
「確かに・・・・・・。トイレの花子さんだの口裂け女だのは、不思議と何処の出身の奴と話しても、大筋や見た目の特徴はあまり変わらないな」
「だろ?もし噂が変質するにしても、それなりの時間や範囲が必要な筈だ。ところが、俺が聞き込んだ目撃者の内、11人が豚の化け物を、5人が魚の化け物を、4人が鳥の化け物を、6人が虫の様な化け物を"同じ場所”で、ほぼ“同時期”に見てるんだよ」
「同じ場所で同時期に、まったく別の怪物の目撃談、か。とすると、お前の情報屋が聞き込んだ“河童”ってのは・・・・・・」
「あぁ。その中の一つ、恐らくは“魚の化け物”の噂を聞いて、昔からある河童伝説と勝手に結び付けちまったんだろうな」
「なぁ、及川。一つ気になることがあるんだ」
一刀は、及川のチェーン・スモーキングに釣られる様に自分の煙草に火を点けると、話し疲れてコーヒーを啜(すす)る及川に言った。
「ん、まぁ、大体予想はつくけど、言ってみな」
「お前の言いたい事は大体分かった。確かにこいつは、ただの都市伝説なんかとは違うだろう。だけど、お前がそれ位の事で、捏造紛いの真似までして自分の取材したヤマを取り下げるとは思えない。ここまで来たら、全部話してくれよ」
及川は不敵に笑うと、「持つべきものは友だねぇ」などと呟きながら、胸ポケットから一枚の写真を取り出し、テーブルを滑らせて一刀の手元に放って寄越した。
「これは・・・・・・!?」
写真を手に取った一刀は、言葉を失った。
『俺は、コレを知っている』
金縛りから解けた一刀の思考が最初に弾き出したのは、そんな言葉だった。
当然だろう。
細かい形状は違うようだが、あの、見るものに根源的な嫌悪感を催させる雰囲気は、写真と言う媒体を通してさえ失われていないのだから。
「記事に載せたのより、かなり鮮明だろ?」
一刀は、及川の言葉で我に返った。
出来るだけ平静を装い、何とか言うべき事を探そうとするのだが、舌が上手く動かない。
及川はそんな一刀を見て苦笑した。
「まぁ、流石のお前も、あんな話の後に突然こんなん見せられちゃ、ビビるわな」
「あ、あぁ。すまん、ちょっと混乱しちまってな・・・・・・。及川、お前わざと画質を落として載せたのか?」
及川の勘違いをあえて正さず、一刀は言った。
当然だ。
正そうにもどう説明する?異世界でガチムキマッチョのオカマに見せられた事があるとでも?
及川は、そんな一刀の自嘲気味な思考はもちろん意に介さず、話を再開した。
「当たり前だろ。最近の写メが何万画素あると思ってんだ?こんなもん載せた日にゃ、いくらウチの読者が寛容だって、大騒ぎになる。それに・・・・・・」
「それに?何だよ、気になるだろう」
「人が、“消えて”るんだよ」
「・・・・・・化け物の目撃される様になってから、って事か?」
一刀の問いに、及川は頷いた。
「あぁ、中央公園の辺りを根城にしてるホームレスに聞いたんだが、この一週間で、既に六人の“仲間”が行方不明らしい。
最も、ホームレスなんて元から社会的には行方不明になってるようなのが殆どだから、単に“河岸”を変えただけだとも考えられる。だが、身の回り物は全部残したまま、となれば話は別だ。着る物を手に入れるのすら運任せの連中が、一週間で六人もそんな風に消えてるんだぜ?それに、俺の見立てが確かなら、怪物絡みで消えた人間は、実際にはもっと多い筈だ」
「その根拠は?」
「あそこら辺で屯(たむろ)してるガキんちょ達にも聞き込んだんだよ。生徒の間でも素行が悪いって有名な不良学生が、何人かあそこら辺で見られたのを最後に姿を消したらしい。親や学校は、一週間やそこら顔見ないのは当たり前らしくて、捜索願いも出してないみたいだけどな」
一刀は「成程」と、相槌を打って頷いた。
確かに、中央公園は近辺の高校生達が放課後の憩いの場として使っている場所でもある。
怪物が目撃されている時間帯まで近辺に居たとすれば、巻き込まれた可能性は高いだろう。
相手が本当に『罵苦』であるのなら、例え正史の人間であっても“喰わない”とは限らないのだから。
「よく分かったよ。確かに、人が襲われた可能性があるなら、今の段階で記事にするのは早計だな」
一刀は、煙草を揉み消けすと、そう言いながら席を立った。
「行くのか?」
及川が一刀を見上げて言う。
「来るか?」
「あれ、止められっかと思ったのに」
「どうせ、止めても来るんだろう?なら、傍に置いておいた方がよっぽど安全だ」
一刀は事も無げにそう言うと、灰皿と自分のグラスを持ってさっさと階段に向かった。
同日 午後三時四十分 新宿中央公園
明るいうちに現場を見ておこうと言う事になり、二人が園内をぐるりと一回りする頃には、空は既に夕日で赤く染まっていた。
逢魔ヶ刻ーーーー。
そんな言葉がしっくり来る、血のような赫が世界を満たしている。
「なぁ、一刀」
「何だ?」
「暑く・・・・・・、ないのか?」
及川は、一刀の格好を訝しげに見て尋ねた。
無理もない。
真夏の東京でロングコートを羽織って外に出るなど、最早、狂気の沙汰である。
「暑いが、万が一って事もあるからな」
「はい?」
「対刃素材だ」
及川は、一刀の素っ気ない答えに「あぁ~~」と、相槌とも溜め息ともつかない返事を返す。
「それに・・・・・・」
一刀は及川が納得していないと思ったのか、苦笑をこぼしてコートの左裾を肌蹴(はだけ)みせた。
そこには、日本刀が垂直に吊り下げられている。
「おいおい、それも万が一の為かよ」
及川が半ば呆れながら呟くように言う。
「人間相手なら使わないよ。さぁ、行こう。目立たない場所で“奴ら”を待たないとな」
一刀は革のブリーフケースを左手の持つと、足早に先程目星を着けていた場所に歩き出した。
これから、あの化け物と戦わなければならないかも知れない。
だというのに、一刀は胸の高鳴りを抑える事が出来ずにいた。
もしも“きっかけ”なるものがあるならば、それは今、間違いなく自分の目の前にあるのだから。
及川にはあえて言っていないが、ワルサーは彼が煙草を買いに行った隙にナイロン製のヒップホルスターで装備済みだったし、このコートにしても、ただ対刃素材で出来ているだけではない。
もし“きっかけ”を得てあちらに帰る事になったときに備えて色々と準備した物が、あらゆるポケットは勿論、布地の中にまで入っているのだ。
それは、革のブリーフケースも同じである。
一刀は、追いついてきた及川と共に、比較的静かな一角にあるベンチで夜を待つことにした。
午後十一時四十分 新宿中央公園内――――
及川祐は、季節外れのも甚だしい格好の友人を横目で見遣った。
彼は今、左脚を投げ出す様にして腰に差した物騒な物を沿わせ、それをコートで上手く隠しながら自分の横に座っている。
彼が、何時頃からあまり笑わなくなったのか、及川は正確には思い出せない。
だが、その朗らかな笑顔を見せる事がなくなっただけで、随分と印象が違ってしまったと感じたのは高校二年の終わりだったろうか。
その後、数年振りに再会してからも、友人は滅多に笑わなかった。
一番近いものと言えば、自嘲混じりの苦笑か、よくよく観察していなければ判らないほど唇の端を僅かに釣り上げる仕草ぐらいだろう。
だから、いつからか渾名で呼ぶのもやめてしまった。
及川がその渾名で呼ぶと、友人はいつも決まって『やめろよ、恥ずかしいから』と言ってはにかんだものだが、彼が笑わなくなってからは、渾名で呼びかけても大した反応もなく、まるで薄いカーテンか何かを挟んで喋っているようだったからだ。
そもそも、一刀が探偵を開業すると言い出した時のインタヴューも、実は、友人がなぜ笑わなくなったのかを知りたかったが為に持ち込んだ企画だった。
一刀の出した条件に乗ったのも、調査への同行を申し出たのも、友人との間にいつからか出来てしまったカーテンを取り払いたかったからだ。
まぁ、その副産物として、怪異を装ったいくつかの奇妙な事件の顛末をネタとして収集出来た事は、実に幸運だったが。
そのネタは、いつか及川がフリーランスとして独立する時の切り札になってくれる筈のものになった。
しかし、今回の“怪物”絡みの事件は、流石に及川の想像を超えていた。
最初は、どうせいつもの根も葉もない都市伝説の類だろうとタカを括っていたのだが、程なくして一新聞記者の領分を超えた事件だと理解した。
と同時に、これこそが友人が本当に求めていた“事件”なのではないか、とも。
「なぁ、一刀」
及川は、随分前から押し黙って中空を眺めている友人に、久し振りに声を掛けた。
「ん?」
「本当に出るのかな。怪物なんて」
「俺に聞くなよ。お前が持ってきたネタだろう?」
一刀はそれだけ言うと、胸ポケットからマールボロを取り出して火を点けた。
「まぁ、そうなんだけどさ。もうかれこれ、六時間近くこうして・・・・・・」
「シッ!!」
一刀は鋭い声で及川を制すると、まるで獲物の臭いを探る猟犬の様に顔を上にあげて聞き耳を立てた。
「どうした?」
「悲鳴だ!!」
一刀は、及川の問いに答えると同時に駆け出していた。
深夜未明 新宿中央公園 林――――
悲鳴の元に駆けつけた一刀が見たのは、凄惨極まる光景だった。
異形の怪物が、何かに群がっている。
濃厚な血のにおいが、鼻を衝いた。
びちゃ、びちゃ
ぞぶり、ぞぶり
くちゃ、くちゃ
咀嚼(そしゃく)の音だ、と理解などしたくもないのに理解してしまうと、一刀は鞄を置いて反射的にワルサーを抜いて構え、ゆっくりと“食事”に夢中になっている異形のモノ達に近づいて行った。
すると一刀の眼に、怪物達の足元の赤黒く染まった地面には不釣合いな、明るい色合いが映った。
『髪だ・・・・・・』
そう。それは、明るいブラウンに染められた髪の色だった。
よく見れば、無残に引き千切られて辺りに散乱している布の破片が、新宿でよく見かける女子高校生達の制服のそれであると判る。
一刀は一瞬、込み上げて来る怒りと嫌悪の余りの激しさに押し潰され、引き金を引く事さえ忘れて立ち尽くした。
「サスガダナ、御遣イ様?」
痰の絡まった様な雑音交じりの耳障りな声がどこからか聴こえて来たのと同時に、今まで夢中で獲物を貪っていた異形達が、一斉に林の奥に顔を向けた。
ソレは、ゆっくりと、闇から這い出すように一刀の前に現れた。
「ク・・・・・・モ!?」
黒々とした目が、左右対称に四つずつ配された顔。
鞭の様にしなやかな六本の腕の先には、禍々しく鋭い爪が生えており、一本々々が、まるで別々の意思を持っているかのようにザワザワと蠢いている。
その身体は、針金の如き剛毛でびっしりと覆われていた。
そう、それは紛れもなく蜘蛛だった。
最も、大柄な人間並みの体躯を持ち、二足歩行をして言葉を喋る節足動物が存在するのならば、だが。
「コノ周囲ニハ、『防音ノ結界』ヲ張ッテオイタノダガ、中々良イ勘ヲシテイルナ。マァ、ソノ勘ノオ蔭デ、探ス手間ガ省ケタ訳ダガ」
蜘蛛の化け物は、大顎を左右に大きく開閉して、「グウェ、グウェ」と嗤った。
「お前、喋れるのか!?それに、俺を知っている!?」
一刀はそう言いながら、何とか周囲の異形達と蜘蛛の全てを視界に入れられる位置まで摺り足で移動する。
「オオ、知ッテイルゾ、天ノ御遣イ様。我ガ名ハ中級罵苦ガ一、黒網蟲ト見知リオケ。最モ・・・・・・、ホンノ僅カナ間ダガナァァァァ!!」
黒網蟲と名乗った罵苦の腕の一本が降り下りされた瞬間、異形達が一刀に向かって一斉に飛び掛った。
「チィ!!」
一刀は、バックステップで後ろに跳躍しながら、ワルサーの引き金を引く。
ドゥ!ドゥ!ドゥ!
続け様に三発の鋼鉄の弾丸が撃ち出されるのと同時に、スライドが滑って、灼熱した薬莢を地面にばら撒く。
弾丸は、それぞれ先陣を切って三方から突っ込んできた猪猿(いのししざる)と二匹の蟲の身体に、怖気を振るう様なドス黒い血飛沫を伴ってめり込んだ。
一刀は跳躍の勢いを活かして後転すると、鞄を拾いながら脇目も振らずに林の入り口に向かって駆け出した。
ここで戦っては危険だ、と、一刀の妙に静かな思考が告げていたのである。
本来なら、鬱蒼(うっそう)と茂る林の木々は、一刀の盾となり、壁となって守ってくれる筈のものだ。
一対多数のこの状況では、木々を活用して身を隠しながら敵の数を減らしていくのが定石なのである。
しかし、奴等を相手にその手は通じまい。
その理由は、すぐ後ろを追い掛けて来る連中の姿を見れば一目瞭然だ。
流石に魚の姿をしたモノはただ走るしかない様だが、猪猿と蟲はそれぞれが、あるモノは枝を伝って、あるモノは木の幹に爪を立てて、直接次の幹へと跳躍して追ってきている。
これでは、わざわざ相手に立体的に攻められるオブジェクトを提供している様なものだ。
何より、あの黒網蟲とか言う怪物の存在が、一刀を不安にさせた。
今、一刀を追ってきている異形達は、明らかにあの黒網蟲の元に統率されている。
それは、森を狩場とする凶暴なケダモノに、人間並みの作戦行動が可能だという事を意味していた。
こうなっては、せめて見晴らしの良い平地で大きく動き回りながら戦う位しか、戦う方法はない。
そう考えた一刀は、木々の間を縫うように走って敵との距離を稼ぎながら、薄っすらと見え始めた外灯の明かりを目指して、更に速度を速めた。
森から駆け出た一刀は、速度を緩める事無く素早く周囲に視線を巡らして人影が無いのを確認すると、跳躍して空中で身を翻し、弾倉に残った十三発の弾丸を、全て撃ち尽くした。
暴風の如く放たれた9mmパラベラム・ホローポイント弾が、地の利を失った異形のモノ達に猛然と襲い掛かり、その穢れた血肉を屠って行く。
そうして頭蓋を穿たれ、腹を吹き飛ばされたモノ達は、いつか卑弥呼が言った通り、斃れ込む先から黒い泥となって消えた。
しかし、敵の数は一向に減る気配が無い。
『ハッ!そりゃ、こんだけ居りゃあ、目撃だってされるだろうさ!』
一刀は、そんな皮肉を心中で叫ぶと、着地と同時に横転して衝撃を殺し、鞄を投げ捨て様に予め左ポケットに入れておいたマガジンを取り出して電光石火の速さでリロードを終え、膝立ち(ニーリングポジション)を取り、飛び掛って来た猪猿の眉間に向かって引き金を引いた。
撃鉄が連続して雷管を叩き、炸薬の爆発音と共に、銃身の先からニ発の弾丸が放たれる。
それを受けた猪猿が地面に突っ伏した時、一刀は、今一番耳にしたくない人物の声を聞いた。
「一刀!!」
一刀が思わず声のした方に顔を向けると、そこには、恐怖と混乱で引き攣った親友の顔があった。
「馬鹿野郎・・・・・・」
『逃げろ!』そう叫ぼうとした瞬間、及川めがけて、何かの塊が放たれた。
バシャァン!!
及川の腹に命中したそれは、バケツの水を叩きつけた様な音を立てて飛び散った。
バシャァン!!
思わず親友の下に駆け寄ろうとした一刀の左肩に、先程と同じ音を立てて何かがぶつかり、一刀はその衝撃で仰け反った。
「痛ッ!」
思わず痛みを感じた左腕を右手で抑えると、そこは透明な液体でびっしょりと濡れている。
「水!?」
驚いた一刀が水らしき液体の飛んできた方を見ると、そこには例の“魚”が居た。
明かりの下で見るそれは、こと悍(おぞ)ましさと言う点では、他の異形達と比べてすら一線を博していた。
魚に無理矢理に手足を付けたかの如き不恰好なフォルム、鱈の様なボッテリと青白い腹、顎の下には呼吸をする度に赤黒い体内が露出するエラが付いている。
まるで、『クトゥルー神話』に出て来る“ディープ・ワンズ(深きものども)”の醜悪なパロディの様だ。
その醜い首が一際膨れ上がるのを見た一刀は、反射的に銃口を向けて引き金を引いた。
弾丸が首に命中すると、特大の水風船が割れるかのように黒い泥の混じった水が周囲にぶちまけられ、ディープ・ワンズもどきは仰向けに地面に突っ伏した。
一刀はその僅かな攻撃の隙をついて、鈍痛のする箇所に触れてみた。
『骨に異常は無し、か。この程度なら、俺より遠くにいた及川は大丈夫だろ』
「ガアァァァァァ!!!」
その一刀の様子を好機と見たのか、猪猿の一匹が跳躍し、馬乗りになって牙を剥いた。
「こんのッ!化け物とイチャつく趣味はねぇんだよ!!」
一刀は、痛む左腕で猪猿の首を掴んで突っ張ると、その腹に向かって引き金を絞る。
ドゥ!ドゥ!ドゥ!ドゥ!ドゥ!
くぐもった音と共が響き、覆いかぶさっていた猪猿の体が弛緩した隙に蹴り上げて退かすと、猪猿は泥となって消えた。
一刀はワルサーを左手に持ち替えると、右手で“井上真改”を抜き放った。
本来は多数の敵に用いる為の武器ではない刀の耐久力を考え、出来る限り温存するつもりだったのだが、最早そうも言っていられない。
ワルサーに装填されている弾の半分近くを使い切り、予備のマガジンは残り一本しかないのだ。
「グウェ、グウェ、グウェ。流石ハ"天ノ御遣イ様”ダ、良ク持ッタ」
両手に持った刀と銃で周囲の敵を牽制する一刀の耳に、またあの耳障りな声が響いた。
声のした方に視線を向けると、黒網蟲が暗闇の中から姿を現す。
「ようやく大将の御出陣か。ありがたいね、そろそろ三下の相手も飽きてきたとこだ」
一刀は不敵な物言いで黒網蟲を睨むが、黒網蟲は意にも介さず嗤っている。
既に一刀に余裕がないのを見透かしているのだ。
『吸収能力を計算に入れれば、中級罵苦の戦闘能力は一線級の武将に匹敵する』
卑弥呼の言っていた事が確かならば、吸収能力とやらを差し引いても、自我の戦力差は圧倒的だ。
しかも、能力こそ劣るとはいえ、低級種の罵苦たちも、決して侮っていい相手ではない。
「威勢ガ良イナ、ソレハ大イニ結構ダガ・・・・・・、我ニバカリ気ヲ取ラレテイテ大丈夫カ?」
ヒョウ!!
「なっ!?」
瞬間、風切り音と共に一刀の頭上に影がかかり、激痛が左肩を切り裂いた。
空を見ると、巨大な翼を持った鳥の化け物が三匹、悠々と一刀の頭上を旋回している。
「そうか、“鳥”も目撃されたと・・・・・・、チッ!」
『対刃繊維も紙クズ扱いかよ!』
一刀は内心ひとりごちると、どうにかワルサーを落とさぬように握り直した。
だが、肩がらは大量の鮮血が吹き出していて、とても腕を上げられるとは思えない。
「バァ」
「!!!?」
一刀が視線を逸らしたほんの一瞬、黒網蟲は音も無く一刀の目の前まで間合いを詰め、その奇怪な腕をバットの様に振り抜いて、鳩尾を横打した。
「がぁ、うぇぇ・・・・・・!!」
優に10m以上吹き飛ばされ、全身の痛みと息の出来ない苦痛に悶える一刀に、黒網蟲が悠然と近づいて行く。
「グウェ、グウェ、オ前ハ良クヤッタヨ、天ノ遣イ。楽シマセテモラッタ礼ダ。コノ黒網蟲ノ手デ、地獄ニ送ッテヤロウ・・・・・・」
黒網蟲はそう言って、ゆっくりとその禍々しい鉤爪の付いた腕を振り上げた。
『死ぬ』
身体がそう確信して、力を抜こうとする。
そうすれば、死をスムーズに受け入れられるからだ。
強張(こわば)っていては痛いだけだと、生物として“知って”いるから。
だが、心が。
死を受け入れようとする肉体を、『北郷一刀』として存在せしめている魂が、静かに、そして、断固として、その事実を拒絶していた。
死にはしない。
死ぬ訳にはいかない。
まだ、やるべき事が残っているだろう?。
一刀は、剣を握る手に渾身の力を込め、迫り来る死に向かって振り上げた。
「ギャァアアア!!」
異形の怪物の巣窟と化した人気の無い公園に、黒網蟲の絶叫が響き渡った。
「獲物を前に舌なめずりなんざ、三流のやる事だぜ」
一刀は剣を支えにしてどうにか立ち上がると、腕を抑えて身悶える黒網蟲を睨み付けた。
「GYARIEEEEEEEEEAAA!!」
怒りと屈辱でヒトの言葉を忘れたのか、最早、聞き取る事も出来ない奇声を上げた黒網蟲は、血飛沫が飛び散るのも構わずに腕を振り上げる。
すると、今まで様子を見るように上空を旋回していた“鳥”が、鋭い嘴(くちばし)を一刀に向け、一斉に急降下を開始した。
一刀が身を翻し、一匹目の嘴を躱して、二匹目の攻撃に対して体勢を整えようとした、その刹那。
「グッ!?」
そのすれ違いざま、怪鳥の猛禽の“爪”が、一刀の右腕を裂いた。
続く二匹目がわき腹を、三匹目が一刀の太腿を抉り、一刀は夥(おびただ)しい量の鮮血に塗れながら、芝生の上に崩れ落ちた。
しかし。
「ハァ、グァ・・・・・・。まだ、だ。まだ・・・・・・」
どこにそんな力が残っているのか、一刀は尚も立ち上がり黒網蟲を睨む。
「帰るんだ、みんなの所に。約束・・・・・・、したんだ」
黒網蟲の腕が再び掲げられ、怪鳥達が一際高く舞い上がった。
「護ると、誓ったんだぁぁぁ!!」
次の瞬間、異形の腕が、再び振り下ろされた。
それは、光の暴力だった。
怪鳥達が一刀に向かって再び急降下を始めたその時、凄まじい光の奔流が周囲を蹂躙したのである。
その光は、やがて空中で握り拳程の大きさに集束すると、視認出来ない程の速度で先陣を切ろうとしていた一匹の胸に風穴を開け、一刀の腹部、丹田の辺りに突っ込んだ。
瞬間、再び光が爆ぜ、白みがかった黄金の輝きが一刀を包み込んだ。
黒網蟲は混乱していた。
“天の御遣い”が、呼んでもいないのに向こうから来てくれた時は、間違いなく自分はツイていると思ったのに。
奴を見つけるまで、かなりの時間をこちらで過ごさねばならないと覚悟していたにも関わらず、 十日と経たぬうちに目的を達する事が出来ると確信していたのに。
陸戦用の低級種どもがある程度減らされるのは覚悟していたが、空戦用と自分の波状攻撃で戦意を殺(そ)ぎ、我が手でトドメを刺すと言うのは、必勝の一手の筈だったのに。
『救世』の力を持つ“天の御遣い”を殺せば、その手柄で“上級”への道が開かれたかもしれないのに・・・・・・。
黒網蟲は、光の奔流を受けて麻痺した目に延々と映る“白”を見ながら、『~だった筈なのに』と取り止めも無く考えていた。
視力が戻った黒網蟲を待っていたのは、更に信じられない光景だった。
“天の御遣い”の居た場所が、白みがかった金色の光に包まれていたのだ。
『“今のうちに”殺さねばならない』
黒網蟲の罵苦として産まれた時に与えられた本能はそう告げていたのだが、一方で狩人としての本能は、高々とサイレンを鳴らさんばかりにこう告げていた。
『逃げろ、“あれ”と関わってはならない』と。
その一瞬の逡巡の間に光は収まり、中から『天の御遣い』が出てきた。
多分、“あれ”は奴に違いない。
だって、奴が“居た場所”から出てきたのだから。
だが、それにしても・・・・・・。
「貴様・・・・・・、ソノ姿ハ一体・・・・・・」
黒網蟲はその存在に、思わず尋ねた。
あとがき
はい。と言う訳で、修正版はどうでしたか?
いやぁ、これを書いた当時は、ある理由からwordが使えなかったので、ページ配分がめちゃくちゃでしてw
修正にも苦労しました。
少しは読み易くなったと思いますがどうでしょう?
過去作品へのコメント、誤字脱字等の報告も随時受け付けておりますので、どうぞ宜しくお願いします!
では、またお会いしましょう!
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投稿七作目です。
ページの均一化と、若干の加筆、修正を行いました。