No.165787

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol03

黒帽子さん

 奇襲であり、相手が全力を出せる状況ではなかった。それでも軍神を下したその価値が新たな火種を世界に投げ込む。
 その一方で、二人の女王が支配する平和の世界の裏側で暗躍するロゴスの残り香…。アスランは世界を視るため再び正義を解き放つ。
 10~14話掲載。 

2010-08-15 01:10:46 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:1787   閲覧ユーザー数:1721

SEED Spiritual PHASE-10

 

 臨界する砲口にビームサーベルを差し込む。そして抜く手も見せずにもう一本――

 無数の〝バクゥ〟、〝ディン〟、〝バビ〟を羽虫ほどにも感じず無傷で街ごと破壊した連合のバケモノはこうして〝フリーダム〟撃破された。ベッドに腰掛け項垂れたシン。彼を横目にしながらレイ・ザ・バレルは端末のデータを流していた。

 シンはベルリンでの対巨大モビルスーツ戦後、そのパイロットの亡骸を抱え、無断で戦線離脱した。そのことを不問としたことに〝ミネルバ〟内では大きく不満も膨れあがっただろうが、ギルから伝えられている彼の『価値』を考えればその程度の要因は大したマイナスではない。レイが頭を悩ませる事態は〝フリーダム〟の戦闘力、そしてルームメイトのメンタルであった。

「シン、あの巨大兵器に――」

 言いかけたレイだったが、顔を上げたシンの表情を分析し、質問を変える。

「いや、気にするな。それよりも〝フリーダム〟だ」

 シンの表情が一変した。沈んでいた暗い表情が怒りを孕んで鋭くなる。レイはその覇気に満足しながらも胸中を毛ほどにも現さず言葉を継ぐ。

「お前は〝フリーダム〟をどう考える?」

「どうって――!」

 腰を浮かせて言葉を吐くも激情が喉を塞ぐ。レイは彼を見つめながら、問い返すこともせずに言葉を待つ。

「あんな、あんなわけのわかんない奴! あいつさえ、いなけりゃ…ステラだって……!」

 激情のままに吐き出しながらシン自身もステラを救えたとは思っていない。自分の力では救えず、託した者には裏切られ、臓腑を掻き回す憤怒が思考を徹底的に掻き乱していく。それを差し引いても、あいつの行為が許せない。連合の巨大兵器を破壊することが間違いだとは思わないが、主義主張もなくただ目に付く敵を撃つあの姿勢が気に入らない。セーギノミカタのつもりなのか!? 成功しかけていた説得を邪魔したくせに!

「あいつがいなければ……今頃は……!」

 シンが焼き尽くされていたか、あの強化人間(エクステンデッド)が解剖されていたかのどちらかだろう。レイは胸中で意地の悪い嗤いを抱えながら自分が発した質問を繰り返す。「シンは〝フリーダム〟をどう考えているのか」

 レイはその質問に胸中で言葉を付け足した「〝フリーダム〟に恨みはあるか」

 問いかけるまでもなく彼は是と答えるだろう。だがレイが問う恨みは行く先々で〝ミネルバ〟の邪魔をし、思い人を死に至らしめたからこそ、に加え――

(――いや、ギルがシンに目を付けたのは、遺伝子のみならず、彼の『動機』が重要だったと聞いたはずだが)

 前述の理由以上に、最も近しい者を灼き尽くされ、軍に身を投じるきっかけとなったから、が大きなウエイトを占めていたはずだが……。

(ギルだけでなく、ルナマリアもそんな話をしていたはずだが……)

 レイは少しばかり困惑したが、そんなことは計画を実行するに当たって特に問題となるファクターではない。重要なのは〝フリーダム〟を敵視したその事実だけでいい。

「奴の思惑は解らないが、ザフトがあれに全く抗することが出来ないのは……かなり問題だな」

「そんなこと――!おれは…!」

 激するシンの眼を真っ向から見返す。冷たい視線を注いでも赤い瞳は揺らがない。

「お前がやるか? 〝ミネルバ〟のエースである以上、その命が下されないとも限らないが」

 シンは逡巡しなかった。レイは今までの戦闘結果を羅列する。

 二本のビームサーベルが光の檻を創り出す。光速で振り乱される光刃が〝ミネルバ〟最強の機体とも言える〝セイバー〟を抵抗すらさせずに微塵に砕いた。

 擦れ違う閃光。それを知覚することすら叶わない。気付いたときには〝インパルス〟の右手が飛び、戦闘力を奪い取られる。驚愕も出来ぬまま振り返るシン。圧倒的すぎる力の差は屈辱や敗北感すら覚えさせない。

 その羅列を眼にしたシンは犬歯を見せて唸る。レイは二つのウィンドウを閉じるとシンに一つの道を提示した。自分のような歪んだ生命を生み出す腐りきった世界…矯正するには、彼に頼らざるを得ない。

「ダーダネルスとクレタでの戦闘データから、シミュレーションプログラムを作ってみた。どうだ、やってみるか?」

 彼にはできる、はずだ。最高戦士の素養を持つ彼なら。レイは彼の努力に惜しみない協力を約束しながら疑問を心に差し挟む。

 シンはオーブで、〝フリーダム〟を見なかったのか?

 

 

「あの野郎……あの野郎ォっ!」

〈――か、完了しましたX10A03、発進スタンバイ〉

「ああ!ソート・ロスト、〝フリーダム〟出るっ!」

 視界の端に直立する〝ストライクフリーダム〟が横切った。こんな離れたところに最強力を停めさせられなければ、キラ・ヤマトは今頃胴上げでもされていたはずだ。有事になれば発進を許可するこの国の方針に唾棄する思いでソートは〝バスターフリーダム〟を発進させた。最高速で現場にまで飛来しても〝ザクウォーリア〟と〝ストライク〟の残骸しか見受けられない。時折見られる泣き叫ぶヒト、焼けたヒト、千切れたヒト…。折り重なって崩壊した建造物などの残骸が真昼の地獄を彩っている。ソートは身を焼かれるような焦燥に苛まれながら、情報を求めてメイリンとの回線を繋いだ。

〈はい!〉

「キラ様は!?」

〈あ、ああ、ご心配なく。先程搬送されまして…軽傷です〉

 ビームサーベルでぶっ刺されたようにも見えたが…モビルスーツが自爆してシートが熔けても無事だったとの噂すらある。ひとまず心配事を減らせたソートだが、まだ焦燥も、怒りも消え去らない。

「よ、よし。じゃああの野郎は!?」

〈ロストしました…えっと、あちらの方を向いてましたけど……〉

 役に立たない…っ! 無意味だとしても行動せずにはいられない。

「くそォオォォ!」

〈ソートっ!〉

 メイリンの静止など無視して高機動戦闘(ハイマット)モードを再開させる。海上を駆けながら熱紋センサー、光学望遠、果てはNジャマー下では殆ど用を成さないレーダーまでも用いて探るがめぼしい反応は返らない。それでも怒りに突き動かされただひたすらに飛び回れば、波が見えた。

「これは……」

 船でも通っているような波。細かく確認するほどソートの忍耐は保たなかった。

「この…犯罪者がああああっ!」

 砲身連結一気に放射! 超高インパルス砲が海面目掛けて叩き付けられる。不可思議な波が弧を描き、上昇して結像した。瞬く間に鉄灰色が漆黒に染まり、憎むべき運命が現れる。

「ルナマリア、操縦変わってくれ」

「なによ? わたしもやれるって!」

「これはオレの機体だ」

 分離させた二つの砲口が連続して火を噴くが黒い〝デスティニー〟はその全ての射線を舞うように避けてみせる。次いで剣を抜いた敵機は光の翼を撒きながら激烈な速度で迫り来る。

「なめんなぁっ!」

 気勢を飲み込んだ〝フリーダム〟がラミネート・アンチビームシールドでビーム刃を受け止めるも勢いに圧されて仰け反らされた。その事実がまたソートに油を注いだ。

「この、並のコーディネイターがあっ!」

 散弾砲からビームサーベルが吐き出される。先日の教訓から増設した近接戦闘装備が敵機シールド上で弾ける。

〈〝フリーダム〟…! 何者だっ!〉

 接触回線が怨敵の声を届かせる。

「世界を守る、一人だっ!」

 飛び離れた〝デスティニー〟目掛け、〝バスターフリーダム〟が全砲門を解き放った。

 

 

 

 ライラ・ロアノークは警備兵に促されるままドアをくぐった。

 スタンフォード特別刑務所。

 過去、刑務実験を繰り返した大学が変化した経歴を持つ異形の刑務所である。現在は『極悪犯』のみを放り込む至上の監禁空間となっている。人生の終末さえ暗示させる不吉な場所だが、ライラはここに来るのを楽しみにしている。分厚い強化防弾ガラス越しの扉が開き、一人の老人が姿を現した。

「久しぶりね」

「ふ……。大きくなったなぁ、とでも言って欲しいかね?」

 監視者に連行され、拘束衣類に絡められているその老人は手前のカウンタから遙かに離れた部屋の中央に座らされる。かつての隆盛など見る影もないほど見窄らしくなった彼だが、その眼光だけは往年の野心を滾らせている。

 ブルーノ・アズラエル。

 かつて軍需産業複合体〝ロゴス〟の中核を担った者の一人であり、〝ブルーコスモス〟にも強い影響力を持つかつての大物である。アズラエル家は軍需産業、その生産の大部分を担っており、C.E.71では新鋭艦〝ドミニオン〟の独占使用など当時地球連合軍を牛耳っていたのはこの一族であったとすら言える。

「元気そうね」

「お前に老人の労り方を教え込めなかったのが悔やまれるな……。拘束状態を見て笑っていられるようでは嫌われ者になるぞ?」

「じーさんにだけは言われたくないわね」

 ライラは刑務所の中でカラカラと笑いながら、後ろ手を固めたまま胸を張る監視者へと刹那の視線を投げた。

「じーさんって、今の世界情勢知らされてる?」

 力なく、しかしさも愉しそうにブルーノは笑う。監視者は微動だにしない。

「基本的人権まで剥奪されるわけではないよ。まぁ、時々忘れられることはあるがな」

 柔和な笑みがすぐに消え去る。離れていても解るほど、彼の気配が別物に変わった。

「お前が聞きたいのは何だ? テロリストのモビルスーツか?」

 彼には9割方思考を読まれてしまう。そうでなければあの世界では生きていけなかったと言うことなのだろう。久方ぶりの邂逅だったが何とか驚きを顔に出さずに済んだ……と思う。

「まぁね。ガルナハンのを遠巻きに見ててね……」

 ライラはデータディスクを取り出すと左脇の引き出しに入れた。直ぐさま監視者が引き出しの中を検め、定位置に戻る。

「で、だ。お前には正規軍を動かすような権限はない。統合国家の中枢にも意見は通らない。そんな半端物が、世界の中心へと何を突き付けるつもりだ?」

 その眼差しは既に答えを掴んでくるように思える。ライラは心理的に圧倒されながらもその心地よい緊張感に笑みを浮かべる。ふと、許されるならチェスでもしてみたくなった。

「利用できるつもりか?」

「利用するわよもちろん。見届けて終わり、じゃあ結局見られる未来は変わらないって解ってるわけだし」

「どうやって? 火力で勝っただけでは勝てそうにないなぁ……」

 ディスクを渡す意味すらなかったかもしれない。ブルーノは恐らく自分の無様な敗走を完全に知っている……ように思える。

「勝たなくてもいいのよ。利用するんだから」

 ガラス前のカウンタで頬杖する。ブルーノはライラの言葉に何を感じたものか、拘束された数少ない自由を用いて興味を示した。

 ライラ・ロアノークは頬杖を崩さぬまま懐からリモコンを取り出した。テレビのような受光器もないこの場所で、彼女は看守へとその先を向け、スイッチを入れる。

 何も起こらない。……ように見える。

 この刑務所の前身たるスタンフォード大学では学生に受刑者と看守の役を担わせ、その心理的変化を研究する実験が行われていた。結果、受刑者役は卑屈に、看守役は尊大になり、誰に指示されることもなく罰則を考えたりと権力に服従する結果を見せたという。これらは元の性格とは関係なく環境が心を暴走させたと言う。つまり、特殊環境に没頭する人間は非個人化し、自ら暗示にかかりやすい下地を造ってしまっていると言える。

「ディスク、じーさんに」

 看守は表情を変えぬまま、検分すべき対象を拘束されているブルーノへと差し出した。拘束されているはずの彼は右手を差し出すとそのディスクを受け取り、懐から電子ペーパーを取り出して挿入する。

「これもめんどくさいわね。専用施設使えば下僕に出来るはずだけど、見なかったことにするーが精一杯ってのもね……」

 〝ファントムペイン〟には記憶を操る技術がある。ブルーノは電子ペーパーに浮かび上がった映像情報に目を通している。

「じーさんに戦闘分析は期待しないよ。だからあたし信じてって事になっちゃって申し訳ないけど……『カブトガニ』一機でいいからくれない?」

「『カブトガニ』のぉ……」

 画面をスクロールさせているらしく、ブルーノは頼りなくぼそぼそ相づちを返してくる。読み終わるまで交渉は無理かと諦め、欠伸を噛み殺し始めた頃、ブルーノがペーパーを収めた。

「これは、カモフラージュのつもりか?」

「空ディスク渡してたら怪しまれるでしょーが」

 ブルーノはさも楽しそうに笑いながら、〝デスティニー〟のデータを消去し、一つのファイル――娯楽用映像作品――だけを残す。ディスクを抜き取り看守に渡すと彼は表情を変えぬまま受け取り、固まった。

「手配してやる。お前は……中東だったか?」

「おお! ホントにいいの?」

「必要ならな。どうせわしにはここにいる限り無用なものじゃ……」

 裏があるんじゃないか? そう考えてしまったライラはしばし絶句して沈思黙考。数秒後、思いつく項目が一つ挙がった。

「…………わかった…使える強化人間(エクステンデッド)、全滅してたんだっけ…」

 GFAS‐X1〝デストロイ〟

 地球連合が有する最大最強の可変モビルスーツであるが、火力を重視しすぎた余り、モビルスーツが他の戦闘兵器を駆逐する所以となった機動性を失い、ヘブンズベース、及びダイダロスでは大敗を喫している。が、ベルリンであれ程の対モビルスーツ成績を上げた、その差は何かと問われれば「適正のあるエクステンデッドの存在」及び「露払いの出来る僚機」に尽きる。〝デストロイ〟の初陣、その生体CPUに選ばれたのは体調、脳波、更には性格共に安定していたスティング・オークレーよりも一度死にかけ、精神不安定であり、記憶制御まで受け続けなくなったステラ・ルーシェが選ばれた。その機体が撃破された後のヘブンズベースではスティングも仕方なくそれに乗せられたが……二人の戦績には雲泥の差が出た。その原因こそ先に挙げた2点だ。

 ライラはその事実をデータ上だけで知っているだけだったが、後々得られたデータから大筋で正しいと認めている。と、言うことはいくら完璧な『カブトガニ』をもらえたところでまともに料理できないとなれば話は別だ。

「ねえ、いないのエクステンデッド? ……なら、いらない」

「フ……『カブトガニ』抜きで、どうにか出来るのかね? 戦略兵器にアテが?」

 あるわけがない。あれば危険を冒してまでせびりに来たりはしない。

「……………」

 沈黙を、嗤われる。

「ロドニアに行ってみろ」

「え?」

 あそこは一年前にザフトに踏み込まれ、根こそぎ持ってかれたはずでは?

「AFG‐13245……だったかな? 本来ならジブリールが子飼いにしていた奴らのみが入れる場所だが……お前にも施したはず」

 それだけ言うとブルーノは大きく一つ頷いた。

「え…と、ロドニアの、AFG‐13245ね……」

 暗号のための言葉はそうでもないのにコンピュータに打ち込むべき暗号というのはどうしてこうも憶えにくいものかとライラは胸中でうんざりしながら反芻する。そしてリモコンを看守に向け、再度キーを押し込んだ

「じゃあねじーさん。真面目に罪を償うのよー」

 看守は二度ほど眼を瞬かせると二、三度咳払いをして低い声でブルーノに告げた。そして腋下に手を回し、無理矢理っぽく立ち上がらせる。

 ブルーノは監視者に肩を引き上げられながら顔だけを振り返らせ不敵に笑んだ。

「――すっかり軍人になったもんだ。ライラ・ロアノーク。わしはただの愛玩動物としてお前を引き取ったつもりだったがな」

 ムルタ・アズラエルの顔が浮かんだ。右手を差し上げれば小さな電子音が耳の奥の鼓膜を引っ掻く。

「嘘ばっかり。息子さん逝っちゃってスッゲェ淋しがってたくせに!」

 その『息子さん』を思い返すと……ライラ自身も心に痛みを覚えた。ライラを、ここまで押し上げたのは……この老人以上に『息子』の存在が大きい。

 そんな思い返しまで、彼に読み取られたしまったかと、慌てて微笑みの仮面を被る。

(べ、別にわたしは…ムルタさんの敵討ちがしたいとかじゃないからね)

「わしの財産は、好きに使え」

 孫娘の地位を存分に活用し、祖父の臑を囓ることに成功したようだ。ライラは母艦に戻ると自分の搭乗機を見上げた。

SEED Spiritual PHASE-11

 

『ネオ……ネオー!』

 甘えるような少女の声。誰だ? ムウ・ラ・フラガは重い瞼をこじ開ける。薄目のまま瞬(しばたた)かせれば、肩までに揃えられた金髪の少女が自分を見上げていた。

『ネオ。ステラ、会いに来た…!』

 容姿にそぐわぬ幼い仕草にムウは戸惑うも、彼女はそれに頓着せずすり寄るように抱きついてくる。

『ネオー』

 …………ネオとはなんだ? いや、誰だ? 何より、この少女は、誰だ?

「なあ…」

 喜色満面で微笑み返してくる少女に対し、ムウは困惑する表情を隠さぬまま、告げる。

「ネオ? いや、君は、誰だ?」

 途端に世界は変質した。

 彼女が身に纏っていたのは着崩した連合の軍服。それはもうない。重鎧とさえ思えるプラグだらけのパイロットスーツが取って代わった。

 驚愕するいとまもあらばこそ。外壁が避け、光が差し込む。少女の悲鳴が轟いた。

 裂けた外壁から除くのは……〝フリーダム〟!?

 振り返れば、飛び散った破片に全身を穿たれ血まみれの悲鳴を上げる少女が一人。

『死ぬのはダメ、死ぬの…ネオぉぉおおっ!』

 世界中が爆発を起こす。あちこちで計器が爆ぜ、機器が火を噴く地獄を想像しながら、彼は目を離せない。縋り付く名も知らぬ女から。

『たすけて…死んじゃうはだめ…! まもる…ネオぉっ!』

 血まみれの少女が縋り付いてくる。スーツの機工のせいか、それとも怨嗟か。抗いきれない重さに耐えかねムウは抵抗の間もなく押しつぶされる。

 未知に恐怖する。感覚に恐怖する。害される予感が恐怖を呼び込む。ムウは彼女を払い除けようと手を挙げるも泣き喚く女はその手にまで縋り付く。恐怖は否応なく高まり、彼は叫んだ。

「えぇいなんなんだお前はっ! 俺はおまえなど! 誰なんだっ!」

 変質した世界が止まった。

 縋り付く彼女の顔が、絶望に絶望を塗り重ねる。零れそうなほど両目を見開いた彼女は呼吸も出来ないのか、喉から引きつるような音を漏らす。

 ムウはその姿を哀れと思いながらも動かなくなった少女から抜け出し、逃げ出す。

(誰だ? この子は…知らない…だが、見捨てていいのか?)

 罪悪感に苛まれ振り返ったその先には――見上げきれない暗黒の巨体。息を飲む時すらもらえない。胸部のデカすぎる砲口が臨界し、ムウ・ラ・フラガを跡形もなく消し去った。

 

「ぐぁああああああああああああああっっ!?」

 断末魔の悲鳴は闇の中。〝スーパースキュラ〟はシーツに消えた。

 夢……。ただの悪夢。

「……大丈夫?」

 寝汗に塗れた金の髪をかき上げれば傍らで最愛の女が眉を下げている。彼は過去を取り戻し、最愛の者を取り戻した。マリュー・ラミアス。彼女の瞳に吸い込まれながらムウは自嘲した。夢にうなされ女に縋るなどまるでガキのすることではないか。

「すまんな。起こしちまったか……」

 力なく嗤う。

「あまりの数の美人に追っかけられてなぁ。いやぁ死んじまうかと思ったよ。…ははは……」

 虚勢を張りおどけてみせるが効果はなかったようだ。マリューの表情から影は抜けない。ムウは目元まで掌で覆い隠し大きく嘆息を漏らす。彼女には何も隠すまい。

「……また、子供の?」

 告げるまでもなくばれていた。ムウは力なく渇いた嗤いに始終するしかない。彼女に縋りたい。そんな思いを圧して疑問が鎌首をもたげてくる。

「一昨年、俺はなにをしていた?」

 〝メサイア攻防戦〟の折り、あの陽電子砲がきっかけで自分は全てを取り戻した。そして〝レクイエム〟を討ち、脅威を全て取り除いた。そう考えている。が――

 

「なんでこんなもん守って戦うんだ!」

 

 ザフトのやり方に憤り、怒りのままにそう叫んだ。そう、ムウの心には凄まじい破壊と殺戮を撒き散らす〝レクイエム〟を守る理由なんてこれっぽっちも理解できなかった。だからこそ、叫んだ。しかし今は、痛みが胸を刺す。連合が用いた最後の長距離戦略砲〝レクイエム〟。忌むべき大量破壊兵器であり、現にあの時〝プラント〟に未曾有の大被害を被らせていた。なぜあんなものを守ろうと? 論外だ。論外だとしか思えないが……………

(あいつらの正義を、俺は……理解できる?)

 つまり自身も大量破壊の幇助を行ったことがある、と言うことなのか?

「ムウ……」

 マリューは気遣わしげに肩に手を置く。その優しさは、詰まるところ答えられないという意思表示なのだろう。

「ネオ・ロアノークってのは何だ?」

 オーブへの軍籍を書き換える際、『キラ・ヤマト准将』の真横に『ネオ・ロアノーク一佐』と言う名前をが存在していたのを記憶している。そしてその名は今はない。あの名は何だったのだ?

 目元から手を放せば問いかける視線に耐えきれなかったか、マリューが目を伏せてしまった。今の幸福を失いたくないのならば、この先を問うべきではないのだろう。そう確信しても、ムウは問うことをやめられなかった。

「ムウ……」

 問うこともやめられないが、傷つけることも耐えられない。ムウは鼻で笑って表情から険を消すとこの話題は終わりとばかりに手を振った。

「本当に知りたくなったら、まずわたしに言って。わたしも、全て答えられるから」

 ムウはシーツにくるまりながら手だけを挙げる。背を見せたため彼女の表情は窺い知れないがこの声だけで充分だ。痛い思いを抱えながら静かな夢を望んだが――

 今度は現実の脅威が眠りを妨げた。サイレンに連動するようにシーツを跳ね上げればディスプレイが詳細を告げる。

〈接近する熱紋、数三十!〉

「〝アカツキ〟の機動準備を! あぁ。〝オオワシ〟装備だ。この間みたいに間違ってソード付けたりするなよ!」

 一方的に告げるなり上着を引ったくり部屋から駆け出す。横目で振り返ればマリューも着替えを始めている。

「先に行く」

「気をつけて」

「心配すんなって」

 笑顔でそう告げたもののムウの胸中には懸念が渦巻く。

(オーブ本島に接近する、敵機だと? どこの国だ? そんな余裕のあるトコは……!)

 どこも自国の復興、もしくは被災地の救援で手一杯であろうこの時期に世界の政治中枢に攻め込んでくるバカとは何なのか?

 国防本部に到着したムウは詳細を知る。〝ザクファントム〟を旗機とした〝ウィンダム〟の編隊。ザフトか? と反射的に考えてしまったが、ついこの間〝プラント〟からキラが派遣されてきたばかり。有り得ない。

「付近に母艦は!? モビルスーツだけなんてことはないはずだ。探せよ!」

 ムウ・ラ・フラガ一佐の言葉に将校達が応え、索敵に力を入れはじめる。彼らを横目に駆け抜けた彼の向かう先は格納庫。敬礼されながらキャットウォークを駆け抜ける。

 黄金のモビルスーツが彼を迎えた。

(全く……俺が使い続けてていいのかね…)

 カガリ・ユラ・アスハ直々に託された以上、問題はないのだろうが、搭乗する度ウズミ・ナラ・アスハの堅物そうな顔がよぎる。これはオーブの理念を具現化させるため父が娘に送った最終兵器。

〈システム、オールグリーン。発進どうぞ〉

「ムウ・ラ・フラガ、〝アカツキ〟行くぜ!」

 〝ムラサメ〟を引き連れ〝アカツキ〟が飛び立つ。〝ウィンダム〟の編隊とは島を離れて直ぐさま遭遇した。

〈統合国家の狗め! お前達は、本当に正しいことをしていると胸を張れるかあっ!?〉

 叫ぶ〝ウィンダム〟の一射がムラサメ一機の機首を撃ち抜く。シールドを失いバランスを崩したムラサメはモビルスーツ形態に転じると反撃のビームを打ち返す。

「言うじゃねえか…」

 ムウは最前線に躍り出るとライフルの連射で〝ウィンダム〟達を翻弄する。正しいことをしているかだと? 人殺しを正当化など出来るわけもないだろうに。

〈〝ロゴス〟の簒奪者め!〉

〈〝ファントムペイン〟の残党を囲い込む軍め!〉

〈専制君主の使い走りめ!〉

 外部に音声を撒き散らされる。口々に地球圏汎統合国家オーブを罵りながらひたすらにビームを叩き込むも〝アカツキ〟がガードに入るなり全て収束、反射され自身が被害を被ることになる。〝アカツキ〟を包む金色の装甲に施された対ビーム防御・反射システム〝ヤタノカガミ〟には熱量兵器は一切通用せず、逆に攻め手こそが被害を受ける。〝ジェットストライカー〟から放たれるミサイルMK438/B2連装多目的ミサイル〝ヴュルガーSA10〟のみをシールドでいなし、無傷のまま敵陣へと切り込んでいく。

「各個撃破だ! 大将機は俺がやる!」

 罵声とビームの海を泳ぎ切り、〝アカツキ〟が〝ザクファントム〟に迫る。ロックされ、M1500 〝オルトロス〟高エネルギー長射程ビーム砲が放たれる。

「研究がたりねえな! バカが!」

 〝ヤタノカガミ〟が顔面にぶち当たる極太ビームすらも跳ね返す。

 砲身が放ったビームを飲み込まされ爆発した。誘爆が機体に及ぶ前にガナーウィザードを分離(パージ)するも爆風に煽られ機体が揺れた。

 ムウはその隙を見逃さず抜刀し、斬りつける。

 〝ザクファントム〟はサイドバーニア全てを全開し回避する。中心を薙ぐはずだったビーム刃は右肩のシールドを切り飛ばすに留められた。動きが止まったその瞬間、いきなり〝ザクファントム〟が〝アカツキ〟に組み付いた。

「なにっ!?」

〈オーブ軍第二宇宙艦隊一等宙佐ムウ・ラ・フラガだな?〉

 接触回線から聞こえる声は静謐で、テロリストと言う言葉と繋がらない。だが頭の片隅でそんなことを考えられた事が不思議なくらいだ。死の気配がメインモニタにでかでかと写されている。恐慌する心を押さえ込むため考えなど巡ろうはずもないのに。

〈いや――第八一独立機動群大佐 ネオ・ロアノークだな?〉

 心は揺れた。死すらどうでも良くなる程に。

「お前は…? なにを知っている!」

〈情報通りのようだな〉

「何を知っている!?」

〈ムウ・ラ・フラガ。お前は正しいことを行っているか?〉

「お前らのよーな奴にだけは言われたくねえよっ!」

 〝ザクファントム〟の出力は予想以上か、それとも体勢の差か。〝アカツキ〟は敵を振り解いてはくれない。

〈この国は正しいか? この世界は正しいか?――お前は、本当にムウ・ラ・フラガか!〉

 こいつの言うことは何一つ解らない。だと言うのに何故ここまで心揺さぶられる? 此奴らに正しさなど無いと断言できると言うのに!

〈私は、戦争のない世界を想像できる。だがお前はどうだ?〉

「欺瞞だっ!」

〈シン・アスカを知っているか?〉

「あぁ!? ザフトにいる坊主だろう? それがどうした!」

〈全く…情報は確かなようだな。――全機、帰投するぞ〉

 その瞬間、〝ザクファントム〟が爆発した。

「ぐぁああっ!?」

 驚愕しながらも〝オオワシ〟を操り体勢を立て直す。その脇を十機以上の〝ウィンダム〟が通り過ぎた。オーブ軍の体質上、退却するものは敵機であっても討ち落としてはならない。ムウはサーベルを収めた。

〈大丈夫ですか一佐!〉

「ああ、なんともねえよ…」

 本当か? 確かに〝アカツキ〟に損傷箇所はない。全身磨き上げられたように輝いている。だが、自分は大丈夫か?〝メサイア攻防戦〟以前、〝アークエンジェル〟に放り込まれるまで、俺は何をしていた?

「……こちらムウ・ラ・フラガ。敵機は逃げてったよ。これより帰投する」

 結局母艦は見つからなかったが、ムウはその異常性にまで頭を回す余裕がなかった……。

SEED Spiritual PHASE-12

 

 ティニは格納庫(ハンガー)を覗きに来た。不安を煽る報告はあったものの計画の要たる〝ルインデスティニー〟に問題はなく、そのパイロットも無事であった。

「ティニか……」

 声をかけられたのでとりあえず見下す。座り込んだクロは探るような上目を彼女に向けてきた。

「追撃を受けた、とルナさんより報告がありましたが?」

「あぁ……ミラージュコロイド散布や定着に問題があったわけじゃない……。偶然だろう。動力の性質上、陸地に近い方がいいかと思って低空してたから、波でバレたとか、思ってるが……以後気をつける…」

 いつもと違う覇気のない声にティニは苛立つ。彼は『配達』後、自分の意見がどう転ぶかを気にしていたはずではないのか。

「で、間違ってもここまで案内なんてしてないでしょうね?」

「当たり前だろ」

「全滅させたんですか?」

「一機だよ」

 解っている答えを意地悪く突き付けた。

「撃墜したんですね」

 クロは押し黙り、彼女から目を反らした。

 オレは恐らく甘いのだろう。

 

 ――〝フリーダム〟が激烈な一射を放った砲を分離させた。ルナマリアから操縦権を奪い取ったクロは再度完全相転移(トルーズフェイズシフト)への通電を確認する。ライブラリに照合したところX10Aが返ってくる。

「なんだ? 〝フリーダム〟…? キラ・ヤマトか?」

〈貴様…! 何なんだ! どぉしてあんなことをしたぁっ!?〉

 遠慮も会釈もない怨嗟の絶叫が6つの砲口に火を灯す。3つのビームと二つのレール砲、弾をばらまくガンランチャーが回避する道全てを奪うが〝ルインデスティニー〟の装甲は殺意の閃光悉くを弾く。

「誰だお前は!」

 ビームライフルを射かけるも〝フリーダム〟はシールドでそれを阻む。

〈貴様は! よくもキラ様をぉっ!〉

 怒号に応えるままレール砲が放たれる。クロが無視して長刀を抜く間に〝フリーダム〟も砲の連結を完了させていた。〝ルインデスティニー〟はシールドを掲げると真正面から放たれたインパルス砲を跳ね返す。

〈あの人の言葉がわからねぇのか! 何で平和を潰そうとする!?〉

「キラ様?」

 ルナマリアの声を遠く聞きながらクロは相手の主張を鼻で笑う。

「平和を潰す存在だと? オレがかっ!」

 シールドで砲の照射をいなしたままスロットルを全開にする。光の翼を吐く〝ルインデスティニー〟が〝フリーダム〟のカメラの中で瞬く間に巨大化する。

〈っ!〉

 ソートは息を飲みながら懸命に機体を駆ったが振り下ろされた巨大ビーム刃が左手ごと砲を持つ腕を絶つ。散弾砲を握ったまま海面を打つ手首にソートは冷たくなる胃の腑を感じたが、再燃する怒りが冷たさを駆逐する。

「お前も同じなんだな! 女二人に蹂躙される今の世界がマトモで平和か! 力ある奴にすり寄ってれば正しいと確信できて、幸せかっ!」

 振り抜いた停滞さえも見せず、スラスターを噴射した〝ルインデスティニー〟は更に対艦刀を振るう。〝フリーダム〟は逆噴射しながら手首のない左腕を掲げれば寸での所でラミネートシールドが光の刃を包み込んだ。ソートは怒るまま敵機を意識を懸命に押さえ込みながらウィングバインダーを畳み重力に任せる。対艦刀にはビーム刃のみならず実体刃が備えられている。例えラミネートアンチビームシールドでも〝デスティニー〟の〝アロンダイト〟は受けきれないとのデータを見たことがある。ソートは口から息を吐きながら分析に努める。

 この敵機との直接の戦闘経験はない。データはアスランとメイリンからもたらされた目視口伝ての情報程度。

 ミラージュコロイドを永続的に纏い付ける。

 一般的なビームライフルを完全無効化する装甲を持っている。

 陽電子リフレクターをも貫くビーム砲を装備している。

 対艦刀を軽々と扱う出力と剛性及び柔軟性を兼ね備えている。

(――関係ねぇ……!)

 相手が強大だろうと関係がない。依るべき価値観を足蹴にした。立ち向かうには理由は充分。

 ソートは対艦刀を受け流すとハイマットシステムを起動させ〝デスティニー〟の真上を取るなり機関砲とビームライフルで弾幕を張る。

「無駄だっ!」

 クロが吠えた。機体にダメージは微塵もない。恐らく核動力なのだろう相手の機体、その機動力はかなりのものだがやはり「星」に敵うほどの出力ではない。この世界に抗うべき力、例え〝フリーダム〟であろうと討ち取らせはしない。クロは相手を見上げながらも見下し、足掻きへの制裁を加えるべくスラスターに火を入れる。

 急上昇する〝デスティニー〟。照準を定める〝フリーダム〟。

 展開したM100バラエーナ・プラズマ収束ビーム砲が剣と命を狙い撃つ。

 左手甲から出力されたビームシールドがコクピットを、右手甲からの光が得物をガード、〝ルインデスティニー〟は殺熱に微塵の揺らぎも見せぬまま〝フリーダム〟との間合いをゼロにする。

「力こそ答えだと、そう言ったのはラクス・クライン自身だ! オレの行動はお前らの思想と何一つ食い違っちゃいねえんだよ!」

 再度振り抜かれる長刀〝メナスカリバー〟。威力に抗せずアンチビームシールドが爛れてひしゃげる。

 〝フリーダム〟が立て直しきれぬほど体勢を崩した。

〈手前勝手な理屈で! キラ様を傷つけて――〉

 死に体の敵機に迫る運命。

 クロより先にAIが判断を下した。巨大刀を引き戻す間を惜しみ、その柄頭で敵機を殴打する。ソートの焦りがスラスター操作を誤らせた。海面激突は免れても敵機から吹き飛ばされ、奴が銃口を向ける様がカメラを通して呼吸を止める。

〈お前は、正しいと言い切れるのかああっ!?〉

 AIがビームライフルを選択した。クロはそれに流されるまま、眼下で錐揉みする敵目掛けて閃光を連射する。

〈キラ様に、よくも! おまえ! 許さねエェっ!〉

 掠められてアンテナが弾けた。

 撃ち抜かれて脚部が曲がった。

〈その機体で、お前、お前なんかがいるからぁッ!〉

 鮮やかな青が蜂の巣状に灼熱する。

 装甲材が剥がれ堕ち、骨格が顔を覗かせる。

 自然に還らぬ血がしぶき、蒼い海が汚れる。

 メインカメラが白く濁る。

 レッドランプと警報音と上下左右問わぬ衝撃が搭乗者を打ちのめす。

〈くァアああああああああああああああああああああああああああああああ!!〉

 キラ・ヤマトに対してはあんなにも激しく燃え上がった炎が煙も挙げずに燻っている。クロは知らず知らずの内に目の前の敵の心を考えていた。

(なぜ、こんなにざわつく?)

 慟哭。

 電波を通して流れ込む、敵の慟哭。

 力及ばず朽ち果てる、無意味な泣き声。

「――っ!」

 AIの判断に反発する。連続で振るわせていた人差し指を停め、右手のレバーを引き戻す。〝ルインデスティニー〟は射撃を止め、ライフルを目元にまで引き寄せた。クロはいつの間にか完全に止めていた息に胸を押され、呼吸作業に苛まれた。

「ど、どうしたの!?」

(いきなりこんな荒い息つきゃ、頼りなく思うわな……)

 掌を向けてルナマリアの懸念に待ったをかけるとモニタに映る敵機に再び照準を合わせた。ロックオンは出来るが、そこから指が動かない。

〈許さねェ…………お前、殺してやる!〉

 眼下で機体が浮いている。両足片腕そして頭部を失った無惨な姿で。

「……フェイズシフト装甲って水に浮くのかな」

 ルナマリアの他愛ない疑問にイラ立つ。

〈うぁあ…うぁあぁアアァアァァァ…………!!〉

 クロの左手は急かされるようにフェイズシフトをオフにした。AIが敵前で無防備になる事への反発を伝えてくる。それが煩わしくて、ヘルメットに接続されているケーブルを乱暴に引き抜く。

「ち、ちょっと…?」

 ミラージュコロイド展開。光波、ソナー、そしてNジャマーに阻害され時折無意味になるレーダー波さえも吸収し無効化する。それでも無効にならないものもある。

〈ぐぁあ…………キラ様……おれが、すみません…〝フリーダム〟を……っ!〉

 光圧推進のみしか使えないことが怖ろしかった。通信機を切ることが思いつけず、彼の慟哭はいつまでも彼を追い続けた。

 

 今も。

「……っ」

 クロは口に広がった苦味に唾液を流し込んだがその唾までが汚染されただけだった。なぜ、彼の慟哭が怖ろしいのか。

「まぁ、ルナさんから聞いてますが。負け犬の遠吠えを聞き続けたいなんてわたしには理解できませんね」

 負け犬の遠吠え。〝フリーダム〟から零れだしたのは確かにそうなのだろう。

「オレは……」

「はい?」

「オレは別にデュランダルとか、ザフトの仲間とかの敵討ちでこんなことしてるんじゃ…ない。絶対に」

「そうですか」

 ティニは冷たく突き放す。しかしクロはその態度に何かを感じることが出来ずにいた。

(キラ・ヤマトと戦う前に、あの〝フリーダム〟とやり合ってたら、間違いなく殺してただろうな……)

 ソート・ロスト。ティニに調べられ、幾つかの情報はクロにももたらされた。デュランダルが穏健派の仮面の裏で地球軍から漏れて出た『戦闘用コーディネイター』なる特殊な存在を囲っていた事実はクロも知っていたが、そんな男がラクス・クラインの思想に傾倒しているとは思わなかった。

 どうでもいい。自分より戦闘的に優れた存在を圧倒したこと、それが自分の価値を何より高めることだと解っていても、心の痛さに代えられない。

 自分の心でありながら持て余し、完全に理解することが出来ないが、恐らくベクトルが似ているのだろうと思う。彼が海の上で抱え込んだであろう心は、自分にものし掛かったものだと理解してしまったから、今の立場が引き上げられても過去の記憶が引き戻す。総じて、自分は沈み込む。

「ティニ」

「もしかして、見逃したんじゃなくて、勝てなかったんじゃないでしょうね? だとしたら非常に問題ですよ」

「うるせーよ。そんなんじゃないから安心してくれ。それより『配達』終わって帰ってきたんだから結果を言え結果を」

 ヴィーノとヨウラン、フレデリカとディアナが活動していない修理ハロを弄る声が聞こえた。〝ルインデスティニー〟に修理箇所はないが整備箇所は幾つかある。遊んでいないで仕事をしてもらいたいが……いつも雷を落とす大人が、今はいない。

「あなたの意見を全面採用、と言うわけではありませんが、行動することにはしました。ノストラビッチ博士は大西洋連邦に行ってます」

「………博士が?」

「討論番組だそうです」

「なんだ……」

 彼もDSSDの科学者であり、学会だの番組だのに出ることはある。数学者としてはかなりの権威なので偏屈だろうと何だろうと呼ばれるときは呼ばれるのだろう。

「で、ルナマリアは? まさか……」

「そのまさかです」

「……アホか…」

 先日、新しいモビルスーツが届いたことは聞いている。が、折角連携の取れる状態が整ったと言うのに単独出撃などというわざわざ撃墜の危険性を高める意味などあるのだろうか。

「気持ちはわからんでもないが……シン・アスカか…。あの議長が最高のコーディネイターに対抗できる唯一の存在と選抜した存在、だったか?」

 座り込んだまま自分の機体を見上げれば開放されたコクピット内が見渡せる。鏡面ケースに覆われた電子基板の集合体……。確かあの思考ベースがシン・アスカ。

 その男とルナマリアの中に何があったかは……彼女が口にした程度の関係しか解らないが、それが短慮な行動を取らせるに充分な理由であるのだろう。自分に理解できなくても理由があるなら、行動すればいい。それまで制限するようではあいつらと同じだ。クロは自身をそう納得させ、苛立ちに蓋をする。

 ティニは遠い目で機体を見つめるクロに、一抹の不安を覚えた。

「ほらクロ。意見通ったんですから。いつ出ることになるか解りませんよ。OSのパラメータくらいは自身で調節してください」

「へ……キラ・ヤマトまで下した以上認めざるを得ないってわけだな…」

 ティニは、ゆっくり立ち上がりながら暗く嗤うクロを見ていたら何かむかついた。

「あら、その井の中の蛙大海を知らずな発言はどうかと思います。ゲームじゃないんですから、雑魚ばっかり倒していても腕は上がりませんよ。〝メサイア〟の周囲にもあなたくらい出来るヒトはいくらでもいたと思いますが?」

「言うじゃねーか。〝ストライク〟を倒したくらいでいい気になるな、ってのはオレ自身も思ってるよ。だがな、この間のが〝ストライクフリーダム〟だったとしても多分勝てたよ。地上は不得手だろうしな。あぁ、第一陽電子リフレクター搭載機を砲撃で倒せるような奴、他にあるかよ?」

「その〝ストライクフリーダム〟なら、一瞬かと。ドラグーンは背面も狙えますし」

 ティニは半眼でクロを見下ろした。彼女の方が…まぁ見た目はずっと年下で、背も遙かに低いのだがこうして見下されることもある。馬鹿にされていると感じるが、それほど腹は立たなかった。

「全く……『条件付きで勝った』なんて…組織の要が情けないこと言わないでください」

 ティニは話はここまでだとばかりに背を向けて自室へ戻っていった。クロは少しばかり混乱する。結局ティニは確たることは何も伝えてくれなかったのではないか? つまりオーブに攻めるのも星流炉の意味を伝えるのも、保留と考えればいいのだろうか?

SEED Spiritual PHASE-13

 

〈APUオンライン。カタパルト、接続完了。GAT‐133、発進どうぞ〉

「はァい。ライラ・ロアノーク、〝カラミティ〟出ます!」

 地球軍空母から〝カラミティ〟が射出され、続けてGAT‐04〝ウィンダム〟が後を追う。いや、現在地球軍と呼べるものは地球圏汎統合国家に所属する軍隊を指すため、旧連合所属だったこの艦を呼び習わす単語が、ライラの脳裏には浮かんでこなかった。〝ファントムペイン〟はこのタイプの空母を採用し、C.E.73以降主たる地上空母として扱われているが……ライラはいつもしっくり来なかった。空母というと先ずオーブのような戦闘機をガンガン乗っけられる平べったい甲板を有しているべきだ。

「意外と飛べるもんねぇ…」

 GAT‐133〝カラミティ〟。

 旧地球軍が第二期GATシリーズとして開発したGAT‐X131〝カラミティ〟をカスタムした、ほぼ同一の機体である。無論OSのブラッシュアップ、FCSの強化等現状に即した改良は加えられているが、名称の通り同一の機体である。

 X131は砲撃戦特化として開発された機体だが、後に万能機開発計画『リビルド1416プログラム』でひな形として扱われた経緯、ベーシックなX100フレームを採用している事から解るとおり、汎用性は非常に高い。この砲撃特化の装備を換装するだけで〝ソードカラミティ〟なる格闘特化機体ができあがった過去からも証明されている。

 GAT‐133はこの汎用性と既に幾つか生産されていた装備品を流用し、更に各種ストライカーパックに対応させたカスタム機だ。現在は、対艦刀〝シュベルトゲベール〟二振りを腰部に、125mm2連装高エネルギー長射程ビーム砲〝シュラーク〟を備えたバックパックに〝ジェットストライカー〟の翼端を装備している。地上戦になるとウイング分デッドウエイトなので、IWSPや〝デスティニー〟のような複合機能装備と比べ、欠点の多い仕様だが、新型機の作成を制限する条約があるのだから単純に技術競争で強くするわけにはいかない。違反せずに複合機能を持たせようとすれば元々色々な装備が開発されているものを選び、てんこ盛りするのが一番の近道だったと言うだけだ。

〈ロアノーク少佐、間もなく目的のポイントです〉

「あ、はい。警戒厳に。放置された場所だからこそ、アホなテロリストとかがお家にしてるかもしれないよ」

 年齢から行けば自分は部下達の足元にも及ばないほどの小娘なのだ。命令口調にしろと注意を受けたことすらあるが、馴れない。

 熱紋センサーには反応無し。生体反応の類も感知できず。〝カラミティ〟と〝ウィンダム〟の小隊はしばしロドニアの研究実験施設上空を旋回したが、撃ってくる様子もない。ライラが着陸の指示を出すと彼女に先んじて〝ウィンダム〟が着地していく。

 ロドニア。

 ライラはこの場所を「爆破予定の機密満載地域」という程度しか知らない。脳へのインプラント処置を廃し、最適化処置を繰り返すことで判断力を失わせずに戦闘力強化させた強化人間〝エクステンデッド〟の製造施設…だったか。どちらかと言えば旧地球連合から与えられた情報よりも当時のザフトの資料、ギルバート・デュランダルの流した情報の方が鮮烈な印象を残し、酷いことがあった場所という認識の方が強い。

「暗い場所なのよねー……」

〈あら、降りるの、怖い?〉

 部下に嘗められたので憮然とする。通信機から微笑に続いてタメ口きいた失態に気付く声が聞こえてくる。

「ふん……上官を最初に降ろそーなんて教育がなってないわねこの部隊は」

 コクピットハッチ開閉の作業を行うも、すぐには開いてくれない。〝カラミティ〟は胸部にどでかい複相砲が搭載されているため、コクピット周囲に鏡面加工がされているらしくハッチ開閉の度障壁まで展開し…つまり出るのが面倒である。

 ライラはレバーから手を放した。ハッチ開放のプロセス途中、まだ生きていたOSが注意を促す。警告音と共にハッチ開放動作が停止、ライラは眉をひそめながら音の出所に手を伸ばす。

「……熱紋?」

 何か来たのかそれとも居たのか。直ぐさま熱紋がライブラリと照合される。〝カラミティ〟は指揮官機としての運用を考えられていたため、〝イージス〟から引き継いだ高感度のセンサーを積んでいる。故にいち早く感知したようだが――

「何コレ? 上? えーと、オーブ軍の航空輸送機と、モビルスーツ?」

 表示された型番を眼にした途端、彼女は目を見開いた。

 ZGMF‐X19A

「げえっ!」

 〝インフィニットジャスティス〟。

「うあわぁっ!? ちょ、マジ!」

 指揮官でありながら通信機全開でエレガントからはほど遠い悲鳴を上げてしまったことすら気にしてはいられない。何の目的かは知らないがラクス・クラインの剣が頭の上を飛んでいると考えるだけで生きた心地がしなくなる。

〈ライラ? どうしました?〉

〈ロアノーク少佐?〉

〈ちょっと、何があったんですか!〉

 見つかって、言い訳できるだろうか? いいやできるはずがない。

「全員隠れて! 上! 〝ジャスティス〟」

 この絶叫は隊の全てに速やかに染み渡り原初の本能に準じた行動を取らせる。一機の〝カラミティ〟と5機の〝ウィンダム〟は蜘蛛の子を散らす勢いで身を隠す。但しロドニアの研究所(ラボ)付近にはモビルスーツが身を隠せるほどの遮蔽物がない。ライラはとりあえず神に祈った。

だが、彼女らの息を飲む状況など意に介すことなく、輸送機から落とされた〝ジャスティス〟はリフターを展開させると西へと向かって飛んでいった。

「………………」

 危機は去ったようである。

 安心するなりこの辺りの国の調査隊でも名乗ればなんとでもなったような気がしてくる。〝ジャスティス〟にはアスラン・ザラ以外乗らないだろうし、その彼も所詮は代表補佐官。委任状でも無ければ他国領地で強制捜査まで及ぶ権限まではない、と思う。地球圏汎統合国家などと銘打たれても本当に全世界を支配しているわけではない。少なくともライラはそう考えている。

〈やり過ごせましたね……〉

〈おう…。少佐、指示を。調査始めますか?〉

 部下からの命令を求める声が通信機を振るわせるが、ライラはそれらを遠く聞いていた。だが、アスラン・ザラの価値は一国の有人としてみるよりも地上最強のモビルスーツパイロットとの認識こそ世界常識だ。そんな男が操る剣、〝ジャスティス〟。一機で戦局を変えうる『戦略兵器』が、こんな所まで何しに来た?

「ちょっと、気になるな…」

〈おーい、少佐?〉

 空母で補給、パワーパックの予備をもらえばある程度は長距離活動できる。強行軍してもガルナハンまで行ってしまえばそちらでの補給も可能だろう。テキトーに計画を立てたライラは迷うことなく実行に移す。

「みんな、ここ見張っててくれる? あたしちょっとあれ追うわ」

〈はぁ!? ライラ! 指揮官が何言ってる! 上に知れたら――」

〈そうよ! ここの調査しとかないと次に進めないんでしょう!〉

「黙れアンタら。ボスはあたしだ。暗くなったら見張り残して艦に帰っていいから言うこと聞け」

 全く。年齢なんか関係ない。部下より年下だとしてもあたしの方が優秀だからこういう立場になっているのであって、それは覆せない事実だというのに。

(ったく…だからナチュラルがぁとか言われんの!)

 最善ではないが出来るだけ適した判断を下している…つもりだ。現状で〝フリーダム〟や〝ジャスティス〟の動く事件が些末事であるはずはない。

「いい? キープアウト!」

 〝カラミティ〟が翼端を広げ、まずは空母へと戻っていった。

〈全く……スゴイ指揮官だ…〉

〈いいじゃん。こんなに働きやすい軍部、他にないよ?〉

〈確かになぁ。前身を考えれば怖ろしい部隊だよな……〉

 上官のいないところで陰口を叩く部下達も内心では笑えずにいる。ライラ・ロアノークの上にはまだいるのだから。デュランダル議長が滅ぼしたはずの権威が。

 

 

 

 コーカサス州ガルナハン。先日の事件より遅れること約一月。アスラン・ザラは現地の統合国家駐屯基地に機体を降ろしていた。

「お疲れ様です!」

 反射的に敬礼を返す。ザフト式になってしまうのは最早拭い去れないほど染み渡った所作であるため、本人すら気づけない。

「統合国家第二宇宙艦隊所属、アスラン・ザラです」

 数十人が軍人である。その全てがアスランに敬礼返してくれた。落ち着く。

 代表補佐官という立場を纏っている彼には上半身丸ごと下げる最敬礼ばかりが返され、非常に恐縮してしまうのだが掌だけを使った最敬礼には笑顔すら返せる。

 駐屯地は、各種機材にが運び込まれた大型テントだった。正確には宿舎も兼ねた建物が存在するはずだが、アスランの希望でここに通された。〝ジャスティス〟は鎮座させ、ロックをかけて放置してある。ここでは必要事項を一方的に伝えるだけ。可及的速やかに山岳を離れて着陸したはずの輸送機と合流し、スカンジナビア王国に向かわなければならない。

「メイリ……ホーク次官から大体の状況は聞いていますが…八一部隊へ指揮権を委譲した経緯を教えていただきたいのです」

 ――傭兵部隊との認識であるらしい。駐屯部隊の指揮官によれば、危険地域であるが故に統合国家が最終手段として念のため傭っておいた傭兵として扱い、その通り自身の武力で鎮圧不能になったため、出撃を要請した……とのことである。

 恐らく言い訳だろう。アスランはつっかえながら説明を終え、幾つかの資料をまとめて机上に並べた男から目を離さなかった。

「この地にも〝ザクファントム〟と〝ダガーL〟が支給されているとの資料がありますが……報告では〝ストライクダガー〟のみで鎮圧活動を行い、収拾がつかなくなったあとはそれらのモビルスーツ全てを某傭兵部隊に委譲するような措置を執っていると」

 明確な返答は返らない。隊員の殆どが怪訝そうな、もしくは哀れみを込めた眼を彼に送っている。アスランは内心の溜息を押し殺し吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。自分一人で全てを背負うなと、キラに言われたことがある。この件に関しては他に者に任せればいい。

「統合国家はその傭兵部隊に関して何も把握していないため、あとで通信記録を提出してもらいます。その部隊が展開していた場所など、伝えていただきたいことは後ほど――」

 萎縮する責任者の心を身振りで制し、自分の資料を彼に提示した。彼の視線が映像資料に吸い寄せられる。

「〝デスティニー〟について、一通りの交戦データを」

「……そちらのホーク次官が、この機体のパイロットとお知り合いのようでしたが?」

 おずおずと応えた彼の言葉にアスランは瞑目し眉間を硬くした。

「予想されるパイロットと、異なっていたとの報告を受けました。音声など拾ってあればありがたいのですが――」

 突然周囲が慌ただしくなった。危険を察知しアスランが椅子から離れ周囲を探る。それに遅れて指揮官が喚き散らす中、幾つかの情報が飛び込んできた。

「――奪われました!」

「モビルスーツが――」

「ゲリラです!――レジスタンスです!――現地民――」

「〝ストライクダガー〟――」

 情報を継ぎ接ぎし、事態を把握したアスランは駆け出した。

「――コクピットに立て籠もり――」

「包囲しました――」

「おぅっ!? 起動させ――」

 〝ジャスティス〟に飛び乗り瞬く間にロックを解除するとOSを立ち上げる。

 

  Generation

  Unrestricted

  Network

  Drive

  Assault

  Module

 

 青い機体のコクピット周囲を包囲していた兵士達が振り落とされて逃げていく。退避勧告を叫びながら〝ジャスティス〟のカメラが立ち上がった〝ストライクダガー〟を捉えた。

「そちらのモビルスーツパイロット、要求は何だ?」

 立ち上がった敵機はまだビームライフルを構えてもいない。まだしも理性的な反抗だと考えたアスランは相手に言葉を投げかけた。相対した〝ジャスティス〟を驚異と感じないものなどいないだろう。相手に要求があればことを荒立てずに収めることもできるかもしれない。

「無駄に血を流す必要など無い。なにか要求はないのか!」

〈狗だろう?〉

 アスランは眉をひそめた。〝ストライクダガー〟から聞こえた声は予想に反して甲高く、子供のように思える。

「どういう意味だ?」

〈オーブだろう? お前。連合側について殺しまくった、悪い奴らだろう?〉

 アスランは歯がみする。ユウナ・ロマのにやけ面が脳裏を横切り流石の彼もこの男を殴りたくなった。カガリがどれほど頑張っても彼らにはまだその言葉は届かないのだ。親を殺された子供に殺した理由を語ったところで到底受け入れられるものではない。あの男の短絡思考がこんな場所にまで悲劇を引き延ばしているのだ。

「待て! 俺達は連合と同じことをするつもりはない! 現状を伝えてくれればそれに即した援助を――」

〈だまれ!〉

 ビームライフルが光を放つ。〝ジャスティス〟は一歩下がりながらMX2002ビームキャリーシールドから光の楯を展開する。

「やめろ! これでは何の解決にもならないぞ!」

〈うるさい!〉

 二射目を打つことなくライフルを投げ捨てビームサーベルを抜き放つ。重々しい駆動音を響かせながら戦術も何もなく特攻してくる。アスランは歯がみしながらサーベルを抜きはなった。〝ダガー〟のパイロットに抜く手すら見せぬ一閃は時間を消し飛ばしたかのように作用し、皆が息を飲む頃には高々と跳ね上げられた右腕が砂地に飲まれて鈍い音を立てていた。

 怒号が響く。アスランは次なる殺意、続く殺意を立て続けて冷静に捌いていく。

 のし掛かる頭部胸部を返すサーベルで切り落とし、転げながらも振り上げられた両足を臑部のビームブレイドMR-Q15A〝グリフォン〟が切り裂く。

 一分と立たずに無力化された〝ストライクダガー〟にアスランは声をかけるべきか迷った。ふと、〝メサイア攻防戦〟の折りのシンの姿が思い浮かぶ。〝デスティニー〟の武装を狙いながら説得を繰り返すも徒労に終わり、ただ自分が裏切り者であると思い知らされたあの状況……あのパイロットに自分の言葉は届かないと確信めいた重苦しさが喉を縛り付けた。

 先程振り落とされた兵士達かそれとも他の者か。いつの間にかモビルスーツの胴部に群がっていた人々がレーザーソーを手にコクピットハッチの解体を始めている。

 アスランは何とも言えない気持ちを抱いたまま彼らの作業を見下ろしていた。やがて硬い音と共に破壊が終了し、青い装甲版が取り外される。付近に〝ダガーL〟が降り立ったが彼らの仕事はなさそうである。

 日の下に晒される操縦席。モニタに映されるその世界。アスランを縛り付けていた生温い空気が一掃された。赤子の手を捻るが如く武装解除したその腹の中では、名も無き少年が機銃を手に倒れ込んでいる。顎下から血を流し、シートに脳漿をぶちまけながら。

 シンの満面の笑顔が思い返される。自分はその笑顔に世界の裏側を見せることが出来なかった。以前も、この場だ。救世主(セイバー)の眼を通して現地民が連合兵を私刑に駆けている様を見て思った。仕方がないと。そして今は正義(ジャスティス)の眼で彼を見下ろしている。

(これも、仕方がないのか? 俺は……)

 敵とは何だとかつては問うた。そして今度は問わざるを得ない。正義とは何だ? 宗教家の信じるような唯一絶対のものならば、何故自分にはそれが見えない? なぜ統合国家に牙を剥くような者が現れる?

(いや、今は……ラクスとカガリが考えるべきことだ。俺は俺の成すべき事を終わらせる)

 八一部隊とは何だ? それを解明しなければ。

SEED Spiritual PHASE-14

 

 ライラはヘッドセットとダイヤルを弄り続けていた。やがて通信機が何かを拾い――アスラン・ザラの声がノイズにざらつきながらも流れてくる。

「おお!」

 ライラはようやく拾えた周波数に快哉を上げるが会話の内容が気持ちを百八十度転換させた。

〈えぇ……現在は、不明ですが…八一部隊はこの場所に――〉

〈ここは…以前地球軍が陽電子砲を備えた基地のあった場所ですね…〉

「しぃぃぃいぃっっっっとぉぉ!」

 あっさり口を割った男に舌打ちを叩き付けるが元々あの男は詳細など知らないはずだと思い直し、罵声を恥じて〝カラミティ〟を立ち上げる。ヘッドセットを適当な場所に放り出しつつ空いた片手でレーザー通信を試みれば、先月まで顔をつきあわせていた奴らの驚嘆顔が出迎えてくれた。

〈ロアノーク少佐? どうしたんですか?〉

「いい? 一度しか言わないわ」

 翼端を展開し、飛び上がる。基地までの航路をデータとして打ち込み自動操縦に切り替えながら580mm複列位相エネルギー砲〝スキュラ〟のチャージも開始する。

「オーブが〝ジャスティス〟持ってきたわ! そこぶっ壊すからデータ出来るだけ持って待避! サーバに送った奴はほーっといていい。この間までの戦術記録とオーブからのもらい物は絶対持ってよ?

 ――あーっと、今からぴったり十五分後、警告なしで撃つから! はい開始!」

 スラスターに火を入れる。〝ジェットストライカー〟の機能が推進力を生み出し〝カラミティ〟の巨体を押し出した。〝カラミティ〟はそのシルエットに似合わず、〝レイダー〟に乗れるほどの軽量化が成されており、空中制動が意外と得意だったりする。

〈――現時刻を以て指揮権を――〉

〈はい……それは構いませんが、あちらは大型モビルアーマーを所有――〉

「ったくゥ! どーせだからもっと喋ってなさいよ!」

 ライラは見つかるのも構わずフルスロットルで基地上空まで向かうと直上で停止、砲のゲージが真っ赤に光り、警告音が完了を伝える。ライラはそれに頷きかけながらバックパックのスラスターを調節しつつバッテリーをチェック、問題なしと判断。

 次いで2連装高エネルギー長射程ビーム砲〝シュラーク〟もフルチャージを開始する。

「現在上空! あと3分5秒!」

〈もう少し 落とせたか? よし! ロアノーク少佐! あと1分で待避完了します!〉

「了解!」

 ライラは胸中から感情を切り離した。部下は1分と言ったし自分はあと3分と明言した以上それを覆す道理はない。

 Tマイナス………………――

「9,8,7,6,5,4,3,2,1、一斉射撃ィッ!」

 収束された極太の破壊光線が山壁を穿つ。トランスフェイズ装甲が内部でダウンする。山の穴から炎が吹き出す。

「はい次ィッ!」

 間をおかずに次の砲を叩き込む。炎を裂いて突き込まれた次射が更なる炎を誘発する。

(X線レーザーとか付いてりゃいいのにね……)

 いや、ビーム砲の砲が確実だろう。電子、紙の媒体問わず全てのデータが破壊されるわけだから。

「燃え残んないでよっ!」

 3射、4射、5勢射。

 装甲に回す電力割いてもそれが限界。バッテリーが危険値を示した。ライラはマニピュレータを使って腰部パワーパックを交換し――

 熱紋センサーが何かを拾う。照合すれば〝ジャスティス〟。

「くっ…まぁ、充分でしょ!」

 一戦交えようかとの考えも浮かんだが、失敗したときのリスクがデカすぎる。牽制が出来ても振り切れなければ自分の人生が終わりになる。ライラは迷いを投げ捨て逃走に移った。とりあえず山陰に隠れ、スラスターを全部切る。Nジャマーの影響下でレーダーは意味を成さない。これで熱紋センサーを眩ませられればやり過ごすことも可能だろう。無意味と知りつつも彼女は息まで止めていた。

 

 

 

 司令と話し込んでいる間に轟音が鼓膜を劈き、地震を思わせる揺れがテントを盛大にシェイクした。困惑する周囲を無視して司令部の外へと駆け出せば山一つ隔てた先に立ち上る黒煙が確認できる。

「指令!」

「何事だっ!?」

 誰も把握していないと言うことなのだろう。アスランは一瞬の自失に囚われた。黒煙たなびくその位置はたった今伝えられた目的地の方角と一致してしまっている。目的地に関する距離的な情報は何も得ていないが、無関係な煙だとは考えにくい。そんな楽観思考の方が難しい。

「私が行きます! 指令は周囲の封鎖を!」

 返事も待たずに〝ジャスティス〟へ駆け込み一気に機体を立ち上げる。運用艦もなく関節部やダクトに悪影響を及ぼすこの砂だらけの地での急発進は幾つか不安もつきまとうもののそれを圧してでも行かねばならない。自分に出来るのはこれだけなのだから。

〈発進する! 離れろ!〉

 外部スピーカーへとそう叫び、一通りのモニタをチェックして安全を判断したアスランは〝ジャスティス〟を解きはなった。

 黒煙に向かって一直線に飛びながらその熱量を計算する。出てきた結果にアスランは奥歯を噛みしめた。基地一つが吹き飛んだとしても不思議ではない。目の当たりにするまで希望は残されているとは言え……もし対象が旧〝ロゴス〟が抱えていたような部隊であれば、証拠隠滅も徹底していることだろう。

「くそっ……相当怪しい奴らみたいだな……!」

 ならば尚のこと、正体を掴まず帰投は出来ない。使命感に燃えるアスランはゆっくりと進む視界に焦燥を募らせながらも進む。その時センサーが何かを捉えた。

「ん?」

 モビルスーツらしき熱紋。ライブラリが照合を開始するがその熱紋はゆるりと消失する。接近に気付かれたか。照合作業を完了できなかったライブラリは曖昧な確率数字とモルゲンレーテ社製X100フレームのデータを返した。

(連合のモビルスーツ? 嫌な予感がする……)

 伏兵を注意し速度を落とし、センサーの感度を少しばかり広げるが、次いで見えた光景がセンサーに注意を払わせなかった。

 覚悟はしていた。それでも暗く胸を打つ。

「どういう事だ!?」

 応えるものは誰もいない。〝ローエングリンゲート〟にまで機体を飛ばした結果、見られたものは残骸と黒煙のみ。アスランは呻きながら指令と通信を繋いだ。

「何が起きたか、把握は!?」

〈わ、わかりません……ただ、外からの砲撃のようですが……〉

 外部からの砲撃で? 基地を丸ごと灰にするような火力が? ここには〝ダガー〟しかないのではなかったのか?

「ちっ……オーブ行政府との回線を!」

〈わ、わかりました…〉

 調査のための専任の部隊を要請したところで、恐らく無駄だろう。何者かは知らないが狡猾なものだと考えられる……。

(調査も、示威行為も満足にできずか…! なんてザマだ…!)

 罵声と共にコンソールを叩きかけるも思い留まる。

「それから、依頼したデータはまず私に」

 〝ジャスティス〟が拾った映像記録も外部メディアに落とす。できるだけデータを集めるが、焼け石に水かもしれない。あとは〝ターミナル〟がどれだけ情報を返せるかだが……。

(スカンジナビア王国を優先するか……)

 それはすなわちこの地に来る必要などまるっきり無かったと言うこと。迅速にスカンジナビア王国で〝ターミナル〟とコンタクトを取り、得られた情報をオーブに流した方が絶対に有益だったと言うことだ。結局自分は何をしに来たのか。カガリやメイリンにはその問いに答えたが、結局は全てが建前であり、結局の所は…………シンを探しに来たのではないか?

(フ……だとすればそれこそが徒労だな)

 忸怩たる思いが心を重くするが立ち止まるわけにはいかない。次へと思考を向けようとしたアスランはロックオンアラートに意識を打たれる。慌てて操縦桿を押さえ込めば〝ジャスティス〟の脇を赤色の破壊光がかすめていく。

「なんだ? 基地からか!」

 斜線軸を辿れば黒煙の隙間から機影が顔を覗かせる。ライブラリが返すデータは〝ウィンダム〟。〝ランチャーストライカー〟装備しているのが拡大された画面で見て取れた。

「こいつが?」

 機体を駆る。〝ジャスティス〟はアスランの意志を受け〝ランチャーウィンダム〟に急迫する。超高インパルス砲〝アグニ〟の閃光が迫るもビームシールドで受け流し速度を緩めず剣を抜く。

 彼方にも数機の機影が見えるが、その全てが逃走している。

(捕らえて、吐かせるか? いや――)

 

 

 

 データを担ぎ上げた機体は出そろった。あとは自分も含めて逃走に移るのみ。だが、〝ジャスティス〟は流石の速度を見せつけやがり、隠れたはいいが次手が思いつかない。

(隠れ続けるか、それとも出てくか…迷うわねぇ…!)

 ラクスの剣と一戦交えるか? 先程天秤にかけた悩みが違う重さで脳裏に引っかかる。どちらにせよ〝ウィンダム〟では〝ジャスティス〟に抗えるはずもない。〝カラミティ〟ですらどこまでやれるか……

「――ったく…ヒデぇ仕事ねっ!」

 意を決してレバーを握る。だがそれを押し込むより先に大気を灼く赤光が視界を横切った。

「!?」

 〝ジャスティス〟に高出力ビーム発生兵器はないはずだ。それに閃光は地上から放たれていた。友軍を示すサインが一つ。次いで飛び離れる同型機のサインが立て続けに灯る。彼我の距離は数キロと離れていない。〝カラミティ〟のカメラはその機体にとっては珍しい装備を身に付けた〝ウィンダム〟を映し出す。ライラが何か思うより早く、その〝ウィンダム〟が〝ジャスティス〟目掛けて凄まじいビームを放った。赤い敵機はそれを危なげなく回避すると眼下の機影を見定める。

 機動力のない砲撃装備で〝ジャスティス〟を近づかせることは死を意味しかねないが、ライラは〝ウィンダム〟の狙いがそこにこそあることに気付く。

 陽動という言葉に恐怖を喚起させられた。

「あんたっ!?」

〈しんがりは必要でしょう〉

 ビームが空を裂き大気をイオン化させる轟音が通信の隙間に突き刺さる。

〈〝ロゴス〟が帰ってくるのがいいことだとは思いませんが、今も相当歪んでますからね。少佐、正してくれると信じてますよ〉

「ちょっとっ!そーゆー湿っぽいの苦手だから!」

〈動くなライラ・ロアノークっ!〉

 立ち上げかけた〝カラミティ〟が大人の怒号で止められる。ライラはすくみ上がりながら部下の笑顔を怯えて見ざるをえなかった。

〈あなたは甘えていられる子供じゃない。私達はあなたに賭けてるんです……〉

 閃光が彼の顔を白く塗り、断続的な発射音は今も続く。

〈頑張って下さいよ――!?〉

 ライラは感情と行動を切り離そうとしたが完全には心を制御できなかった。それでも〝カラミティ〟に命を吹き込み、奥歯を噛み潰しながら想いとは逆の方へと疾らせた。

「……ばか…!」

 小さなウィンドウの中での笑顔が驚愕に引き歪む。リアカメラには――一瞬のうちに武装を切り飛ばされ、コクピットハッチにマニピュレータを突き込まれる〝ウィンダム〟の姿。

 飛び離れる〝ジャスティス〟。

 爆散する〝ウィンダム〟。

 ライラはリアモニタを切ると前だけを睨み据えた。


 
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