No.165727

雪蓮愛歌 第06話

三蓮さん

オリジナルの要素あり

2010-08-14 19:49:12 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:3484   閲覧ユーザー数:2636

「名を…『劉備』と言うそうよ」

 

「本当か、華琳?」

 

「嘘を言っても仕方がないでしょう?」

 

「そりゃそうよね」

 

華琳の教えてくれた情報に一変して一刀と雪蓮の顔が真面目になった。

 

 

これからが詰め将棋。

 

一手間違えればそれは戦力の崩壊へとつながる。

 

『皆を守る』という一刀の『野望』を達成できなくなってしまう…。

 

 

 

「ただ、これには悪い知らせが付いているわ」

 

「悪い知らせか…聞きたくないけれど、聞かせてくれないか?」

 

 

今、三人掛けのテーブルに、一刀が立って雪蓮と華琳の座っている間にいる。

 

 

「最近の盗賊はかなりやっかいらしくてね…『関羽』『張飛』『趙雲』という名前の優秀らしい武将は軍にいるらしいのだけれど、全体としてみると軍の消耗が微妙に大きいらしいわよ」

 

間諜を使わなくても分かるぐらいにはね、と華琳。

 

たしか…白蓮の当時の軍は農民の次男か三男で結成されたものか。

 

軍律の厳しさに定評のあるほど調練された魏軍と比べれば、たしかに兵の練度は劣るな。

 

しかも半分が正規軍、もう半分は義勇軍だったはず……。

 

 

…まずいな。

 

 

「一刀、おかしくない?

 

あの子達、いくら他の外史より強いとはいえ、盗賊に苦戦するほど弱くないでしょう?」

 

「違うんだよ雪蓮。このとき、蜀の頭脳がまだ仲間になっていないんだ」

 

 

あの『はわわ』と『あわわ』がいないのは、かなり致命的だ。

 

 

「え?『黄巾党』くらいの規模なら分かるけれど、まだ軍師が必要なほど…」

 

「そうじゃない。この場合鍵になるのは、『搦め手』に対応できる要素なんだ」

 

 

例えば『呉』なら、冥琳という天才軍師が奇策だろうが何だろうが対処できる。

 

冥琳は初めから呉の中枢にいるから、呉が搦め手に引っかかるはずがない。

 

 

 

例えば『魏』なら、桂花という元々変化球が得意な軍師がいる。相手の変化球をも変化球で対処できる。

 

それだけじゃない。魏自体が華琳という中枢で成立していて、

 

いざというとき華琳自身も対応できるほど搦め手には強い。何せ『乱世の奸雄』だ。

 

 

では『蜀』はどうだろう?

 

 

桃香は『徳』のある人物。仮に主(トップ)としての指令を出せても、変化球に強くはない。

 

 

愛紗は確かに文官としての才能はある。

 

が、それは既存のものをコツコツ作業できるという、どちらかというと彼女の強靱な精神に基づく。

 

戦略自体は当然オーソドックスなものになってくる。関羽自体が一騎当千の将であってもだ。

 

 

鈴々は奇策や変化球とは残念ながら縁がない。

 

 

なら星は?確かに遊撃部隊をやらせたら三国一かもしれないが、それも策の上の遊撃ではないと最大限効果を発揮するのが難しいはず。彼女も武官であることには変わりない。

 

 

白蓮は真面目な、普通と言われるほどの性格の持ち主だ。残念だが搦め手や奇策に弱い。

 

 

いないのだ、今の蜀には。『机上の理論』と『現実の戦場』を可能な限りつないで、策を基盤における人物が。

 

この、変化球が飛んでくる戦で一番重要な作業をできるのは蜀では軍師二人だけだろうから。

 

 

「どうにか、どうにかならないか……」

 

やっかいなのは、自分たちの目の前の事態だけじゃない。

 

ただ、こうしている間にも、もし彼女たちを失ったら…。

 

一刀が考える『三本の柱』の一本が崩れるだけじゃない。

 

結局、自分がこの外史に来た意義すら揺らぐことになるのだから…。

 

 

「……(ブツブツ、ブツブツ)」

 

「…………………………てい!」

 

 

風が体を乗り出して…飴の棒で一刀の…目つぶし!!

 

 

「ギャー!!!!!…イタタ、何をするんだよ、風」

 

「おおっと。すみません。手がすべってしまいました」

 

「そんなわけないだろう、何か…」

 

「風はここにいます」

 

「いや、そんなこと分かって」

 

「分かってないですよね?」

 

「…」

 

「分かって、ないですよね?」

 

「…悪かった、ごめん」

 

 

こんな状況だと、どうしても焦って悪い方向に考えてしまうから。

 

 

「これは閨で再教育コースねー。愛の伝道師の華琳様、何かいいのないかしら?」

 

「そうねー、まずは…」

 

「わー、わー!!悪かった、悪かったから!!!」

 

 

二人が茶化して、元に戻っていく雰囲気。

 

『王』たる二人、会話の方向転換のうまさは流石だ。

 

 

 

「では、ここで『お兄さん専用』軍師の風が、意見を申し上げますー」

 

「なんか、専用の軍師って考えると贅沢だな」

 

「そうですか。では『愛人』とかのほうが良かったですか?」

 

「いや違うから!(ビシ」

 

一刀が思わずツッこむ。

 

 

 

「ずばり、今は『待ち』の時間でしょう」

 

「待ち?」

 

「そうです。まず、苦戦してはいますが、まだ公孫賛さんの軍は機能しています。

 

 消耗が激しいといっても、何度も何度も軍が瀕死になる戦いをする状況になることはないと思います。

 

 そしてこれが肝心なのですが、今、雪蓮ちゃんがここをはなれるかどうかで華琳様の軍の今後は大分変わってくると思いますよ-。」

 

 

今、華琳の部隊は本人と武官が三人(春蘭・秋蘭・季衣)で軍師が一人(桂花)。

 

戦は将で決まるものではない、とはいえ、武官の数では殆ど白蓮のところとは実は同じだったりする。

 

そして、今回の外史で一刀の唯一の切り札、雪蓮が指揮に加えて前線に立っているから華琳達の軍はギリギリ安定して運営が出来ている。

 

「確か、お兄さんの話ではこの後三人、華琳様の仲間が増えるという話でしたよね?だったら、今のうちに華琳様の基盤を固めて、その後にその劉備さん達を助けたらいいのではないでしょうか」

 

「…ああ」

 

「一刀は考え過ぎなのよ。焦っても状況は変わらない。なら劉備達を信じて待ちましょう」

 

 

ずっと『待って』悲願を達成したから。

 

あの戦いの日々、人としての理性を無くしかけそうになるまで堪え続けた日々があるからだろうか。

 

雪蓮の言葉には重みがあった。

 

 

 

「話はまとまったかしら?」

 

「ああ、すまなかった」

 

「何を謝っているのかよく分からないけれど、一つだけ言っておくわ、一刀」

 

「何?」

 

「貴方の話、今まで確かに当たっているけれど、完璧に貴方の話の筋をなぞっているわけではないし、わたしは自分の未来はこうだって言われたところで信じる気なんてないの。

 

 ただ、私は覇道を進む人間、民のための覇王で、もし賊が目の前にいたら『いかなる理由』があろうと全力でそいつらを殲滅するよう行動するわ。

 

 …分かるわね?」

 

一刀は分かっていた。

 

今の華琳の立場、規模からして軍を好き勝手に動かすことなどできない。

 

だから、もし助けを求めるならばどうにかして理由をつくってきなさいという、華琳の最大限の激励だということを。

 

 

 

 

一刀達が方針を決めてから、またさらに数日が経った。

 

元の州牧の逃亡の発覚、華琳の昇進と他の外史と同じように物事が進んでいった。

 

そしてある日、華琳達が「実際にこの目で見てみる」と町の視察に向かうことになった。

 

この時、華琳に頼んで一刀は雪蓮と町の右側を視察させてもらうようにした。

 

 

町を二人で手をつないでいく一刀と雪蓮。

 

雪蓮は例の外套を身にまとっていた。

 

「しかし、面倒ねー」

 

もし他の国…特に呉の人間が紛れていたら…。

 

無いとは思っても、後に面倒になるので普段、城から出るときは顔は隠したままだった。

 

 

「いや、その、雪蓮」

 

「わかってるわよー。でも余計『天の御遣い』の雰囲気がでちゃっているのよねー」

 

 

本物は一刀なのにね、と雪蓮。

 

 

「俺だって本物じゃないよ」

 

「いやいや、そんなことないって。ところでどうして右側を選んだの?」

 

「…これから会うのは、『北郷三羽烏』の一人、凪…楽進さ」

 

「『北郷隊』かー。なんちゅーか、例外よねー、あの子達は」

 

 

何十人と一刀と出会った武将はいる。

 

また『蜀』では、一刀は主なのだから桃香以外は全員、部下と言えば部下だ。

 

それでも『北郷隊』を名乗ってしっくりと来るのはあの三人だけだった。

 

他の武将には愛があっても、完全には歯車がかみ合うことはない。

 

その点、その微妙な人間関係の歯車が一番あっていた。

 

 

彼女は竹カゴを売っていた。

 

ただ、自分から声を出して客を呼び込むことはしなかった。

 

やっぱり、自分には似合わないとか、色々グルグルと考えているのだろうか。

 

そう考えると、懐かしさと同時にほほえましさを感じる一刀だった。

 

 

「こんにちは」

 

一刀が声を掛ける。

 

「…こんにちは」

 

やっぱり会話は苦手なんだろうな…一刀は思った。

 

「竹カゴ、すごくできが良いね」

 

「どれも村の皆が丹精込めてつくった一品です」

 

「そっか…君は一人で行商を?」

 

「いえ。仲間がいますが…」

 

「そうなんだ。この町はどう?」

 

「…とても良い町だと思います」

 

そういうと、凪は遠い目をした。

 

「平和で、商売ができて…ここの州牧様はとてもすばらしい方なのでしょう」

 

 

 

凪のその言葉は、州牧への賞賛であるのと同時に嘆きでもあった。

 

すなわち、何故こんな場所が当たり前ではないのか、と。

 

 

 

「そうだね。彼女は美人で、才能があって、優秀な部下がいる人だ」

 

「洲牧様をご存じなのですか?」

 

「一応、食客扱い…とはいっても、放浪している所を拾われただけだよ」

 

「それは…失礼しました」

 

相変わらず真面目だな、と苦笑する一刀。

 

「でもね、それだけじゃこんなに平和にならないんだよ」

 

「…容姿・能力・人材、あと他に何が足りませんか?」

 

「それは…彼女がとても愛しているから、平和を。

 

 すごい陳腐かもしれないけど、すごく大切なこと。

 

 平和のためには、ずっと努力していかないといけない。

 

 そのための…支えがいるんだ。それが心、自分が平和を愛する気持ちだと思うんだ。

 

 …なんか偉そうに言ってみたけれどね」

 

凪は目を見開いた。

 

彼の言葉が、とても重いことに驚いた。

 

服装は見慣れないが、まだ若いはずなのに。

 

何なのだろう、この深い感じは…。

 

「さて、カゴを一つもらえるかな?」

 

「は、はい…どうぞ…」

 

「ありがとう。あ、あと一つだけ。

 

 もし、その州牧様の部下…いや、仲間が窮地に陥ったらどうか助けて欲しいんだ。

 

 君も含めて、皆でどうか困難を乗り越えてくれ。」

 

一刀は代金を払ってカゴを受け取った後、立ち去ろうとした。

 

「あ、あの!!」

 

「何かな?」

 

振り返る一刀。

 

「貴方様は、平和を愛していらっしゃるのですか?」

 

「もちろん愛してるよ」

 

体格は普通の男。何ら武術をやっている訳ではないだろう。

 

言動も確かに普通の男。確信は持てないが、知略に長けているようにも見えない。

 

だけど、

 

「絶対に、壊させやしない」

 

その瞳には、強烈な意志が宿っていた。

 

 

「ごめん、お待たせ」

 

「一刀おそーい…っていうほど遅くないかな」

 

呉の色の外套をまとった雪蓮は、容姿が目立つため隅の方で一刀を待っていた。

 

何せ、フード付のローブはRPGでの魔術師のような格好だ。

 

「そっか、ありがとう」

 

「それより、愛しているとかいきなり強烈に女の子口説いているんじゃないのー」

 

「いや、違う、誤解だよ雪蓮」

 

「ふふ、分かってるって♪聞こえてた。でも凪可愛いなー、欲しいなー」

 

「欲しいって…でも強烈に好かれていたな、霞とかに」

 

「そうなの?…残念ね」

 

ククッと喉を鳴らして笑う雪蓮。

 

「さて、華琳達と合流する前に、ちょっとだけお腹に入れておきましょう」

 

「そうだな…突然なんだが無性に肉まんが食べたい瞬間ってないか?」

 

「肉まんね。えっと、確かねー」

 

そう言って雪蓮が自然に手をとって歩き始めたのだが…。

 

 

 

目の前の料理屋から男が急に飛び出して来た。

 

その男は息も必死な様子で雪蓮の横を通り過ぎた。

 

はて、何故こんな町中で?

 

一刀は何かが引っかかった…自分の過去の経験にあったもののはず。

 

だがそれが何だったか、あと少しで分かりそうになったとき、

 

 

「食い逃げだー!!!!!!!まてー!!!!!!!!!!!」

 

 

自分が警備隊をやっていたときに、たまに出くわした食い逃げ犯のパターンだと気づいた。

 

「しまっ…!」

 

一刀は振り返ったが、男は一刀が走って追いつくにはちょっと厳しい距離にいた。

 

だが何もしないわけにはいけない。

 

一刀が雪蓮の方を見て頼もうとした。

 

反応の早い彼女のことだから、もう追いかける体勢かも知れない。

 

しかし、彼女は一刀の手を握ったまま真っ直ぐ歩いていた。

 

一刀は混乱した。自分が気づいて彼女が気づかないことなんてあり得るのかと。

 

 

が、さらに状況が変わった。

 

まず、男の下履きが脱げた。

 

男の靴は、現代風に言ってしまえばサンダルなのだが、それの紐がとれたようだった。

 

勢いをつけて走っていた男の体勢が崩れた。

 

それと同時にこんどは男の下の着物が脱げた。

 

腰を紐で止めるタイプのものだったのだが、紐の結び目からきれていた。

 

それが足に絡まり、『ビタン!』という効果音が聞こえてきそうな体勢で男がこけた。

 

 

その後、店主が追いついて、周囲も男達に囲まれた。

 

店主が初老の男性だったので、普通に追いつくことは難しかっただろう。

 

だから周囲の人間には、食い逃げ犯の運が悪かった、店主の運が良かったとしか思われない。

 

 

 

「…雪蓮がやったのか?」

 

「この剣だったから、今の私ならこのくらいの芸当はできて当然のようね」

 

偶然はそう簡単に起こらない。

 

男の靴と腰の紐は自然に切れたわけでは無かった。

 

雪蓮が剣を出して、二カ所を切断。その後剣を戻したのだ。

 

 

 

「しかし、よくあの男が食い逃げ犯ってわかったな」

 

「定食屋から走って出る奴は皆食い逃げ犯に決まっているわ」

 

「え?」

 

『そ、そんなアバウトな!』、と驚く一刀。

 

 

 

「冗談よ。実はあの定食屋、魏の兵士の間で有名なのよ」

 

「すごくおいしいのか?」

 

「いいえ。味はおいしいけれど特別なほどじゃないそうよ。

 

 ただ、出てくる量が半端ないらしくてね。

 

 食べきれない兵士がいてもおかしくないんですって」

 

「…すごいな」

 

「あと、店で出るのは華琳の嫌いな『辛いモノ』系らしくてね。

 

 そんなのを大量に食べれば、普通あんなに走れない、走ろうとしないでしょう?

 

 通り過ぎるときにかなり香辛料の匂いがしたし、店を出るとき一瞬お腹を押さえる動作をしたのよ。

 

 だから多分食い逃げかなって、勘で決めたところもあるけどね♪」

 

 

「…やっぱり雪蓮はすごいな」

 

「どうして?」

 

「いや、兵士達とも情報を交換できているし、観察眼も変わらず鋭い。

 

 俺も警備隊やってたはずなのに…なんかもたついちまった」

 

一刀はポリポリと頬をかいた。

 

 

「そりゃあ、一刀の剣ですから」

 

雪蓮が笑う。

 

「それ関係あるのか?」

 

一刀が苦笑する。

 

「関係あるもん!

 

 何せ私は三国一の女ったらしを捕まえた女ですから、物事を見る目だって鋭くなるわ♪」

 

「…勘弁してくださぁい」

 

待ち合わせ場所に華琳たちはすでにいた。

 

相変わらず情報には機微で、そういえば食い逃げが捕まったそうね、と華琳が話題を持ちかけた。

 

「ええ、男達に囲まれていたわね」

 

しらっという雪蓮。

 

「後で兵士達が捕らえて、とりあえず代金分と罰を加算してしばらく働かせることになったそうよ。

 

 でも着物の腰紐が見事に切れていたそうよ。

 

 二人ががやったんじゃないの?」

 

 正確には雪蓮だけど、と視線を向ける華琳。

 

「さあ?でも一つだけ分かることがあるわ」

 

「何かしら?」

 

 

「きっと華琳のように美食家だったのよ、その男。

 

 余りにおいしかったから、食べ過ぎたんじゃないかしら?」

 

 

春蘭以外が『くすっ』と笑うと『?』の表情の春蘭をよそに、皆は華琳の居住地へ帰っていった。

 

 

 

しばらく立つと、皆は暴徒達の鎮圧に追われることになった。

 

黄色い布を身につけているので、『黄巾党』と呼ぶことにしたのは『魏の外史』通りだった。

 

他にも、一日に数回という所は『外史』と同じだった。

 

だが、微妙に異なるのは出現の仕方だった。

 

わずかながら組織化されており、暴徒が出現するのが時折2カ所、最大3カ所だった。

 

しかも、日に日に出現場所がいやらしくなっていく。

 

 

「―以上のようになっています」

 

全員会議室にいた。駒と地図をもって桂花が今までの黄巾党の説明を終えた。

 

 

「誰が考えたかは知らないけれど、私塾なら満点の成績が付くでしょうね」

 

かつての自分を皮肉りながら、華琳が言う。

 

 

「どんな軍にもある弱点をよく付けているわ…。盗賊がまだ普通に倒せる相手で助かるわ。

 

 これで盗賊が我が軍の精鋭並に強かったら、お手上げだけれど」

 

「じゃあ、強くなったらあきらめる?」

 

 

雪蓮が茶化す。

 

唯、飲んでいるものがいつもの酒ではなく、魏の薬師に作らせた薬湯だった。

 

いくらチートの体だからといって、度重なる出撃は少々きついのだった。

 

 

「まさか。失うばかりではないわ。

 

 腕っ節の立つ者を引き抜けているから、戦力強化出来ていると前向きに考えましょう」

 

使い物になるまでに時間が掛かるけど、と華琳。

 

 

「さて…まずはこの受けの状態をどうにかしないといけないわね。

 

 かといって、今、我が軍は決定打を見出せない、方向性が定まらないのは事実」

 

華琳がちらっと一刀を見る。

 

「一刀、悪いのだけれどアナタのいう『外史』の話をして頂戴」

 

「…いいのか?」

 

「本当は良くないわ。風説や妖の類ですものね。

 

 でも話だけなら、何か打開の手がかりになるかもしれない。

 

 最終的には無論、私が決めるわよ。

 

 正直、受けは性に合わない、なんとしても攻めに転じたいのよ」

 

「…わかった。

 

 まず黄巾党なんだが、俺の知っているときは数カ所に同時に出現することはなかった。

 

 そこまで戦略を立てる組織じゃなかったんだ」

 

「一日に何度も出現していたのか?」

 

秋蘭が尋ねる。

 

「それはしていた。季衣辺りが無茶をしていて…まぁこの話はあとだ。

 

 それを対処しているウチに、大規模な黄巾党が現れるんだ」

 

「うさんくさいわね…規模は?」

 

怪しげな眼で見つつ桂花が聞く。

 

「およそ三千人…だったはずだ」

 

「三千…上手くいけばまだ叩けるわね」

 

華琳が手元の木管を見ながら言う。

 

 

 

「これを叩くと、義勇軍が仲間になってくれる」

 

「義勇軍?」

 

「そうだよ。華琳が助けることになったから、その恩を返したいということでね」

 

「そうか。華琳様なら別におかしく無いな」

 

華琳至上主義の春蘭が頷いた。

 

「話を続けるが、その後に本隊を叩いていくんだ」

 

「3000人が本隊ではないの?」

 

「ああ。確か、そう、その時は食糧…物資を基軸にして叩く作戦だったはずだ」

 

「敵は人間ですものね…有効だわ」

 

その作戦は現実に使える、と華琳。

 

 

「みんなお腹が減ったら戦えないもんね」と季衣。

 

「うむ。『腹が減っては戦は出来ぬ』とは、存外真理かもしれんな」

 

「そんなことない、秋蘭!私は華琳様のためなら、何処までだって…」

 

「それは無理ですよー。

 

 僕、お腹がすいた時、お店に行って肉まんが売り切れだったとき、次のお店にいつもより必死に行きますよー?

 

 あー、お腹が後どれくらいですくのか、時間が分かれば良いのにー。そしたら前もって買いますよ」

 

「あら?季衣はいつもお腹すいているでしょう?」

 

ハハッと一同は笑った。

 

桂花と風の二人を除いて。

 

 

 

「次のお店…いつもより必死…」

 

「次の空腹…時間がわかればいいのに…」

 

「「…あ!!!!!!!!!!!」」

 

 

 

「ふ、二人ともどうしたの?」

 

一刀がちょっと驚いて尋ねた。

 

「説明は後、華琳様、少々お時間を!!」

 

「え、ええ。かまわないわよ」

 

「風、あんた…」

 

「同じことを考えつきましたねー」

 

「じゃあ、アンタはここ、私はここを…」

 

「了解しましたよー。お兄さんお兄さん」

 

「何?」

 

「今から風が言う計算をして下さい。計算は天の国の技術の方が少し優れているはずですので」

 

「わ、わかった(汗」

 

突然文官の二人が竹や木に必死に書き始めた。

 

その様子をポカンとみている武官たちと華琳。

 

一刀は風の言われた計算を必死にこなした。

 

そして…。

 

「出来た、風!!」

 

「はいはーい、照合しますよー」

 

「…やはりそうね」

 

「季衣ちゃん、お手柄ですよー」

 

「え?僕???」

 

 

「両者、何かひらめいたのね?」

 

「はい」

 

「風は正式な軍師ではないので、桂花ちゃんが説明をー」

 

「わかっているわ。

 

 華琳様、連中の拠点をかなりの確率であぶり出せました」

 

「本当?」

 

「はい。連中が何度も出現してくれたおかげで、行動の法則性が予測できました」

 

桂花の話はこうだった。

 

連中はある程度組織化されており、計画的に略奪を繰り返している。

 

だが、華琳達が出撃しているために、毎度成功するわけではない。むしろ完全な成功率は高くない。

 

失敗だから被害が出ない、という訳ではないが失敗すれば十分な物資を略奪できない。

 

そのため、次の侵略にでなければならないのだ。

 

次の侵略地には前の侵略地に近い所を選ぶのが合理的だが、そこでも失敗する可能性もある。

 

華琳の様な軍だけではなく、義勇兵をはじめとした私的な組織だってあるからだ。

 

失敗すればまた次の所で略奪を繰り返すのだが、記録上、在る地点でぽつりと途切れるのだ。

 

そしてしばらくの期間の後、再度略奪を繰り返す。

 

 

「連中は物資の大切さをある程度は学んでいます。

 

 つまり、略奪したものを全ては消費していないんです」

 

 

重要なのは『このしばらくの期間』だ。

 

これができる前の場所で、ちょっと行った場所に略奪出来そうな村などがあるのに仕掛けていない場合も諸処あった。

 

つまり、この空白の期間は、連中の物資が尽きて拠点に帰って補給している期間の可能性が高い。

 

 

 

「…すまん、よくわからん」

 

春蘭が言った。季衣も同じような表情だった。

 

「いい?例えば、季衣が我慢ができないほどお腹が空いたから、どうしても肉まんを食べたいと思って買いに行くとするわね?」

 

「うん」

 

「一件、二件と店を巡るのだけれど、何件まわっても肉まんが売ってないなら、どうする?」

 

「えっとー…売ってなくて、他のものもダメなら…お城に帰る」

 

「そう、それしかないわ。もう城に帰るしかないのよ。

 

 あとは店の距離、要は空腹に堪えられない状態で何処まで遠くのお店に行けるかってことなのよ」

 

「あ、そっか。そんな状態じゃあ遠くのお店に行けないよ」

 

 

あとはパターンと距離の計算の問題でしかない。

 

連中は神出鬼没なんかじゃない。

 

よく見れば、鎖につながれた牛でしかない、食べられる牧草は限られているのだ。

 

 

「それで、結論はどうなるのかしら?」

 

「はっ! 連中の拠点はほぼ確実にこの二カ所、こことここです」

 

そういって桂花が駒を地図の上に並べた。

 

「…そうね、ここしか無いわ」

 

「ですが華琳様、進言をしておいて大変申し訳ないのですが…」

 

「分かっているわ、絶対なんてないからいいのよ」

 

今はまだ、机上の空論でしかない。

 

 

 

「ただ…これでダメだったらそれこそ連中は妖術使いね」

 

華琳が笑う。

 

「その時は妖術で対抗してやりましょう」

 

雪蓮が持っていた碗を置いた。

 

 

 

「さて…残念ながら、二面作戦は不可能よ。問題はどっちを攻め落とすかだけど…」

 

「…あれ?」

 

「どうしたの一刀?」

 

「いや、たしかここ、凪達…いやさっき話した義勇軍が仲間になった場所だ」

 

そういって一刀が指さした。

 

「拠点と眼と鼻の先ね。こちらの方がやっかいだから先につぶしておきたいわ。

 

 …もう片方はこっちを攻め落とせばここを襲ってくるか逃げるかだけど…どちらにしろ大丈夫ね」

 

桂花の方を華琳は見た。

 

彼女はただ黙して頷いた。

 

「さて、意見のある者は?」

 

「…」

 

「無いわね。一刀達も―」

 

「無論よねー」

 

「…さて、いままで長い事耐えてきたけれども…。

 

 軍師たちの計算は見事だわ。

 

 ああ、あと、『天の御遣いの言葉』もあるしね」

 

ふふっ、と一同が軽く笑う。

 

 

 

「この私に受けの戦いなどあり得ない。

 

 栄光の覇道は、自ずから攻めて切り開かれるもの。

 

 各員、戦闘の準備にかかれ!

 

 鎖につながれた鈍牛の首を、我らが鎌をもって叩き落とすのだ!!」

 

 

こうして反逆は始まっていく…。

 

 

 


 
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