真・恋姫✝無双 ~萌将伝~ 風に鳴る鈴の音
「・・・・・・暑い」
真夏のある日の事、政務をこなしながら北郷一刀は諦めたようにぼやく。
実際問題諦めるしかないのだが。
何せここにはクーラーはおろか、扇風機さえ全くない世界である。真夏の猛暑はどうやっても避ける事はできないのだ。
「へう・・・ご主人様、私が扇ぎましょうか?」
政務を手伝ってくれている少女――董卓こと月がそう持ちかけてきた。
その片手には少し大きめに作られた団扇が握られている。
「月、そこまで気遣う必要なんてないわよ」
そんな彼女の提案に横から別の声が割って入ってきた。賈駆こと詠だ。
詠のいつも通りの言葉に苦笑しつつ、月の心遣いに一刀は心からの感謝を述べながらも、やんわりとそれを断った。
「・・・とはいえ、せめて気分だけでもどうにかならないものかな」
「気分・・・ですか?」
「そう、気分。ハッキリ言ってさ、ここまで暑いと気分までどうにかなりそうになるだろ?だから気分だけでも涼めないかなぁって」
「そう都合よくいくわけないでしょ、いいから手を動かしなさいよね。今日の手伝いはボクと月だけなんだから」
「だね・・・今日はそんなに量があるわけでもないし、ぱぱっと片付けようか。月、詠」
一刀の言葉に二人は頷き三人はその日の政務を淡々とこなしていくのだった。
翌日、非番だった一刀はとくに当てもなく城の中をぶらぶらと歩き回っていた。
「うう・・・季節がらしょうがないとはいえ、団扇が無いとホントにしんどい。日射病やら熱射病に気をつけないと・・・華陀、大変だろうなぁ」
三国一のアレな名医を思い浮かべると彼があちらこちらに奔走している姿がハッキリと想像できた。
などと猛暑の愚痴をこぼしていると、中庭の日陰になっている一角に見慣れた姿を捉えた。
「くぅ・・・くぅ・・・・・」
木陰で可愛らしい寝息を立てているのは魏が誇る三軍師の一人、程昱こと風だ。
どれ、と傍に腰をおろしてみれば、この木陰はこの暑さの中にあって中々の涼しさ。風の気持ちよさそうな寝顔も納得というものである。
「お兄さんもいかがですか?」
この少女は一体いつの間に起きていたのだろうか。
などと考えもしたが、この少女に限ってはいつもの事なのでとりあえず一刀はスル―する事にした。
尤もそれ以前に、風の提案が非常に魅力的だったので、断る気などさらさらなかったからでもある。
「それじゃ、お言葉に甘えてもいいかな?」
と、木の幹に背を預けようとしたら風がポンポンと自身の膝を叩いて見せた。
「風のお膝をお貸ししますよ。ささ、こちらでぐっすりと休んでください」
「・・・・・・えと、それじゃお言葉に甘え――」
チリーン
一瞬で背筋が寒くなった。
同時に感じる命の危機。
――暑さ?そんなもの吹き飛びましたよ。この音と目の前からひしひしと感じる殺気はそんなものを一瞬で冷ましてくれるんだ。
だけどこの音を聞かなきゃいけない様な事、身に覚えが――無いとは決して言いませんが。
「北郷・・・お前の部屋で蓮華様が御待ちだ。まさかとは思うが昨晩の約束を忘れたわけではあるまいな」
鈴の甘寧の異名を持つ少女、思春の言葉にハッとする一刀。
『あの・・・一刀、その、明日一緒に私とつきあってくれないかしら』
昨晩、呉の屋敷に宴会の誘いを受け。その帰りに蓮華に呼び止められ、明日は暇かと尋ねられて 非番であると話した後に彼女からデートの誘いを受けた一刀は、二つ返事でそれに応じたわけだが、大酒のみである雪蓮と祭にやられ大分疲弊していた一刀は、一晩を経てそれを完全にど忘れしてしまっていたのである。
蓮華ある処に思春あり。
蓮華を悲しませるようなことした場合、必ずこの鈴の音が鳴る。
「ん?鈴・・・」
不意に頭に何かが引っ掛かった。
のど元に何か引っかかるような感覚。あと一歩で思い出せそうだというのに、それが思い出せない。
「お兄さん、お兄さん、物思いに耽るのは結構ですが、思春ちゃんがだいぶイライラしているみたいですよ」
横にいる風に言われて我に返った一刀はそこでひっ掛っていたモノを思い出した。
「鈴(すず)・・・風・・・風と鈴・・・風・・・鈴・・・そうだ、思い出した!」
突然立ち上がる一刀。あまりにも唐突だったため、珍しく風が驚いてしまっている。それは思春も同じで驚きのあまりに殺気がすっかり形を潜めてしまっていた。
「そうだよ、アレがあったら気分だけはなんとかなる・・・多分。・・・とにかく善は急げだ。思春、蓮華には埋め合わせするからって伝えといてー!」
矢の如く颯爽と、一刀は唖然としたままの思春をその場に放置して去っていった。
「それでー思春ちゃん、どうしますか?」
「・・・そのまま伝える」
その一言だけを呟いて、思春は音もなくその場から消えた。
残った風は若干不満そうに頬を膨らませた後、やれやれと息を吐いて再び眠るのだった。
場所は変わって街の飯店、ここに北郷隊が誇る三羽鳥はいた。
「うう~・・・暑い」
「お肌が焼けちゃうの~」
「・・・お前達、今日何度目だその台詞・・・」
「そないなこと言うたって暑いもの暑いんやからしゃあないやん・・・」
「真桜ちゃんの言う通りなの、いくら女の子が天然で女優でも限度があるの~」
呆れる楽進――凪の台詞にそれぞれの不満を述べる李典――真桜と于禁――沙和。ちなみに、沙和の台詞はいつか一刀が初めて凪の激辛料理を目の当たりにした時の一刀の台詞だ。
と、平和なやり取りをしているところで、彼女達の上司である一刀が息を切らせて飯店に入ってきた。
「あ、よかった・・・はぁ、はぁ・・・まだここにいてくれてた・・・」
その息の切れっぷりと真剣な表情に、三人は何事かと先程までとは一転して真剣な表情を浮かべる。
呼吸を整え、表情を引き締めた一刀は力を籠めて一言。
――「真桜、付き合ってくれ!!」
世界が、静止した。
「――つまり、避暑対策の品を思いついたから真桜に力を借りようとしたのね」
「はい、全くもってその通りです。言葉が足りず、誠に申し訳ありません」
玉座の間に持てる力の術を振り絞って全力で一刀は土下座していた。その周りには殺気だった三国の武将が終結していた。
先刻、街の飯店にて一刀の宣言は一瞬で知れ渡り、一刀は速攻で城まで連行され今に至っている。
一刀を詰問しているのは三国を代表して覇王の異名を持つ曹操こと華琳だ。手にしている〝絶〟も相まって非常に恐ろしい。
「ふぅ・・・まあ。貴方に言葉を選べとは言わないけど、もう少し自分の立場を考えなさいね。・・・それで?そこまで急いで何を作ろうとしていたの?」
「え・・言わなきゃだめ?」
「言わずにこの場が収められるならそれでも構わないわよ」
言われて周囲を見渡し即決。流石に命は惜しいと感じた一刀は観念して話す事にした。
「真桜にはちょっとした小物を作ってもらおうと思ったんだ。俺が元の世界にいた頃は夏になるとよく〝アレ〟の音を聞いていたからさ。それを風と思春のお陰で思い出したんだ。だから・・・善は急げと思って」
「こうなったと・・・にしても〝音〟ね。どうやって避暑になると言うの?」
「勿論、実際の暑さがどうなるって訳じゃないよ。涼しいって気分になるだけ。でも、暑い暑いって不満をだらだら言い続けるよりかはマシになると思う」
「ふむ・・・」
華琳はほんの少し考える素振りを見せ、すぐに結論を下した。
「――んで?ウチはなに作ったらええの」
最終的に華琳達の許可が下り、今現在、一刀は真桜と共に彼女の工房にいた。
天の国の品を作れるという事に真桜の眼は純真無垢な子供のように輝いている。作業にかかりたくて仕方がない様だ。
そんな彼女に一刀は苦笑しながら、つい今しがた起こした図面を彼女に見せる。
ウキウキした様子の真桜は図面を見て軽く首を傾げてみせた。
「隊長、これだけなん?」
彼女の期待とは違っていたと言わんばかりの台詞にまたも一刀は苦笑する。
「そ。期待に添えなくて申し訳ないけど、今回作ってもらいたいものは〝ソレ〟なんだ。・・・っていうか出来るの?」
「当たり前や。隊長、ウチを誰やと思うてんの?絡繰の申し子李 曼成や!ウチに作れへんなんてものはないで!!せやから任せとき、隊長のお望みの品、寸分違わず再現してみせるたる!」
頼もしい言葉と共に真桜は早速作業に取り掛かる。頼もしい部下に一刀はそっと笑みを浮かべるのだった。
――それから数日後。
「さて、それじゃあ早速仕事にかかろうか?月、詠、それに風もよろしく頼むよ」
「はい。今日は少し多めですから頑張りましょう」
「月、いざとなったら全部こいつに押し付けちゃっていいんだから無理しないでね」
「私は大丈夫だよ詠ちゃん。だから一緒に頑張ろ?」
「ぐぅ・・・・」
「寝るな!」
「おおっ!すみません、お二人の微笑ましい光景につい眠気が」
などと風のお馴染のやり取りをしていると。
――リィィン
部屋に吹き込んだ柔らかな風と共に、澄んだ音が部屋に鳴り響く。
その音はとても涼しげで、気分をスッと落ち着かせてくれる。
音の主に視線を移せば、窓枠に吊るされた小さなガラス細工が一つ、風に揺られて澄んだ音を鳴らしていた。
風鈴。
一刀が真桜に頼み作った小物とは、風鈴の事だった。
数日前に真桜と共に試作品を作り上げた一刀は翌日に早速その音色を皆に聞かせてみせた。
するとその音色に魅せられた面々自分にも一つと真桜に依頼し、今では各々の部屋や執務室にこの風鈴が風に揺られてその音を鳴らしている。
こうして、三国に新しい思い出が刻まれた。
それは穏やかでとても平穏に満ちた思い出だった。
~あとがき~
夏祭り用にお届けした今作〝風に鳴る鈴の音〟
夏をイメージした作品という事でこの物語をお届けさせていただいた次第です。
そこで私が〝夏〟として思いついたのがこの季節の風物詩である風鈴でした。
一刀がふとした事で風鈴の事を思い出すというコンセプトの下で今作を書いたわけですが。
いかがでした?
読んで気に入っていただけたなら、幸いです。
そして、孫呉の外史を楽しみにしてくださっていた皆様、もう暫くお待ちください。
それでは、次回の作品でまた――。
Kanadeでした。
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祭用の作品です。
孫呉の外史を待っていた皆様には申し訳なく思います。
ですがこの作品も孫呉の外史や他の作品のように楽しんでいただけたら作者としては嬉しい限りです。
それではどうぞ。