魏の王、華琳は怒っていた。
何故?どうして?と聞かれたならば、真っ先に一刀のことを言うだろう。
何故自分に会いに来ない?どうして他の子ばかりを相手にする?それは嫉妬。それは本人も分かっている。だが、それ以上に寂しかった。
最近、皆の様子がおかしいことに、華琳は気が付いていた。そして、その原因が一刀であることにも気が付いている。
最近では流琉の様子がおかしい。まるで、誰かと結婚をする準備をしているかのようにはしゃいでいる。
まさか・・・・
華琳は思う。もしそうならば、一刀はおそらく天の国へ帰ることとなろう。おそらく、もっとも残酷なやり方で・・・。
だが、華琳は王である前に、一人の女の子だ。嫉妬だってする。好きな人と一緒にいられることに、嬉しさだって感じる。
でも、それを邪魔するプライドがある。自分から言い寄るのはプライドが許さない・・・というか、恥ずかしい。
だから一刀が記憶を失ってからというもの、常に華琳は「早く私に会いに来ないかな」と密かな思いを胸に秘めていた。
どうして一刀が華琳に会いに行かなかったのか。
その理由は、単純明快だ。
一つ、王であるから。
一刀は自分が今までどのようなことを魏でしてきたかを知らない。だからこそ、警備隊隊長の分際で、王に気安く話かけることをためらっていた。
そして二つ目、それは記憶を失う前までの距離感だ。
警備隊隊長である自分に、真名を授けるほどの間柄。自分以外の男性にはけして許していない。つまり、少なからず、華琳と何かしら関係があったのではないか、と思っていたのだ。だからもし、次にあったなら聞いてみようと思っていた。
自分は、華琳とどういう関係なのか。
一刀が記憶を失って一週間がたった。
相変わらず、一刀の記憶は戻らない。でも、それなりに自分がどういう存在であるか、自分の周りはどういったことがあったのかは理解し始めていた。
まず第一に、自分はそれなりに武将たちと友好関係を築いていること。それを確信した時、一刀はとても嬉しく思った。ただ、まさか全員と種馬的なことをしていたなんて思ってもいなかったが。
そして二つ目、自分は特別な存在であること。聞いた話によると、自分はここではない、天の国という所から来たらしい。だから、どうして自分がこちらの人では知らないことを知っているのか?
その理由が納得できた。
それと同時に、自分は天の国から来た、という理由だけで、華琳は自分を城に住まわせていることが分かった。
『自分』という存在ではなく、『天の使い』であることが重要視されていることに、少し寂しく思ったが、ならば早く記憶をもとに戻したいと思った。例え、『天の使い』としてだとしても、ここまでお世話になった恩は返したい。
そう思い、一刀は華琳に会いに行った。
華琳が午前の仕事を終え、これから休憩しようと部屋と出た時のことだった。
「あ、華琳ちゃん」
「ちゃんは止めなさいよ。呼び捨てにしなさい」
華琳は呆れたように振り返った。その先には一刀がいた。華琳は別に「ちゃん」と言われたからと言って、喜ぶほど単純ではない。
「ごめんごめん。えっと華琳。これから休憩?」
「えぇそうよ。ちょうどお腹も減ったことだし、何か食べようと思っていたの」
「ちょうどよかった。よかったら、一緒に食べにいかない?」
「あら、珍しいわね。何かあったの?」
「んー・・・少し話したいことがあるんだけど」
「そう・・・なら、付いてきなさい」
華琳の内心は少し緊張していた。ついに待っていた人が来た。その喜びもある。でも、何か様子がおかしいことにも気が付いていた。この時だけは勘が鋭いことが恨めしく思った。
華琳は台所へ寄ると、二人分の昼食を詰めると、そのまま歩いて城から抜け出し、森を抜け、そして川の流れる水辺へと向かった。
二人きりで静かに話しが出来ると言えば、この川辺以外に思いつかなかった。それに、ここは二人の思い出の場所でもある。そう、初めて一つになれた場所だった。
適当な石に腰を下ろすと、
「それで、話って?」
とさっそく華琳は一刀に聞いた。
「あ、うん。あのさ、記憶喪失になってから、色々と聞いて回ったんだけど、僕は天の使いらしいね」
「えぇそうよ。賊の退治に向かっていた最中に一刀を見つけて、そしてそのまま天の知識を利用しよう思って、近くに置いておいたの」
少し冷たい言い方だったかな・・・と、華琳は思った。でも、気の聞いた言い方なんて分からない。
「そっか。ならいいんだ」
一刀は対して気にしていないように言葉を続けた。
「うん。感謝してるよ。凄く」
「・・・・そう」
「僕は自分が天の使いでよかったと思っているよ。僕はまだみんなのことをよく知らないけど、この一週間、いつも思ってるよ。みんなに会えてよかったって」
「・・・・そう」
華琳は相変わらずそっけなく答えていたが、この時の「そう」は少し嬉しそうにトーンが上がっていた。
「それでね、次の質問が本当に聞きたいことなんだけど」
「何かしら」
少し華琳は緊張した顔で、一刀の顔を見た。一刀の顔は相変わらず呑気で爽やかな笑顔だった。
「華琳と僕って・・・・どんな関係なのかな」
「天の使いと王とじゃなくて、僕と華琳個人の関係って一体何?
一瞬、「主と家来」と言おうと思ったが、止めた。今の一刀は記憶がない。だから、周りの言うことは何でも信じてしまう。もしそう言ってしまったら、きっとこれからもずっとその関係のままになってしまう。
それは嫌だ。
・・・・頑張ろう。
華琳は思った。
今だけは女の子になろう。うまく出来ないかもしれない。もしかしたら、桂花のように暴言を言ってしまうかもしれない。でも・・・・頑張ろう。
「華琳・・・?」
不安そうに見つめる一刀に華琳は、にっこりと笑った。
その笑みは、普段の華琳とは違う、少し強張った笑顔だったが、それ以上に感情が込められていた。その感情が何か・・・・それはすぐに分かった。
「私はあなたが好きです」
そう言って、華琳は一刀を押し倒した。
突然の出来事で、一刀は勢いよく座っていた岩に頭をぶつけた。
ゴン
と、良い音が鳴ったが、それを痛がっている余裕はなかった。
「私は一刀が好きよ。初めは天の使いとしか思っていなかったわ。でもね、どんな時でも一生懸命で、それで優しくて、でも女の子には弱い、そんなあたなと過ごして、私はあなたを好きになった」
「華琳・・・・・」
「私とあなたの関係はね・・・夫婦よ」
「ふ、夫婦!?」
言ってしまった・・・と少し後悔する気持ちと、妙にすっきりしたという気持ちの二つがあった。また、どうせ記憶が戻れば忘れるにきまってる。だから、今のうちに言いたいことは言っておこう。そんな投げやりにもにた気持ちがあった。
「えぇ。そうよ。魏に天の使いの血を入れれば、これからずっと魏は安泰よ。それに、今の大陸は平和。大きな戦なんて起きないわ。だからこれからは王としてではなく、あなたの妻として、そして子供にとっての母親として過ごすのよ」
「え・・・・俺と華琳が夫婦?」
「えぇ。そうよ。それであなたはいつもいつも私の部屋で寝てるの。それで朝までいちゃいちゃしてるのよ!」
「いちゃいちゃ・・・・」
「えぇ!しかも一刀は私以外の女には全く興味もないの!いつも私ばかりを求めてくれるのよ。当然よね。夫婦なんだから」
「えっと・・・・そうだっけ?」
「えぇ。そうよ。そう言えば、まだ婚姻式をしてなかったわね。そうね、どうせだから明日やりましょう明日。いいわね?答えは聞いてない!」
「あ、明日?ちょっと待てよ、桂花と春蘭に殺されそうだぞ・・・」
「何よ。怖いわけ?大丈夫よ、私が居れば大丈夫。それに、今ならあの二人もそこまではしないわよ」
「そ、そうか?いつもの二人なら普通にしそうだが・・・」
「大丈夫よ。そう言えば、子供の名前も考えましょう。何が良いかしら?」
「ちょ、ちょっと待て!」
「何よ」
と、ここでようやく華琳は気が付いた。
記憶を失っている一刀は「俺」ではなく「僕」。それに、今みたいに強い口調は言わない。どちらかと言えば、状況に流される性格だ。
ここで一つ、推測をした。
もしかして、一刀は・・・・
「一刀?」
「ん?何だよ」
「一刀よね?」
「だから俺は北郷一刀。それがどうした?」
「記憶が戻ったの・・・・?」
「記憶が戻る?いったい、何の話をしてるんだ?っと、それにしても、ここは何処だ?確か桂花の落とし穴に落ちたはずなんだけど」
そこで華琳は思い出した。
そう言えば、告白する時に押し倒したら、一刀は頭を強く岩にぶつけていた。ではその時に記憶が
戻ったのか?
ならばどうだ。
言いたいことを言いまくっていた自分の本音はキチンと覚えているのではないか?
「一刀・・・さっきのこと、覚えてる?」
「ん?あぁ、夫婦だろ」
そう、恥ずかしそうに呟く一刀を見て、華琳の頭が沸騰するように熱くなり、そして何かが切れた。
「いややややぁぁぁぁ!」
「か、華琳?どうしたんだよ急に!」
「夢よ!これは夢!そう、言うなであれば、これは蝶である私がみている夢。もしくは本当の私は別にいる!これはきっと夢よ!」
「おいしっかりしろ!」
「えぇ。そうに違いないわ。えぇ、そうよ。そうに決まってる。だって、この私がこんなつるぺたな筈がないじゃない!きっと夢から覚めた私は胸も春蘭みたいに大きいはずよ!当たり前じゃない!こんなつるぺた、ありえないもの!」
「自分で自分を傷つけるな!気をしっかり持て!現実と戦え!」
「あれ?それじゃあ、今が夢なら何してもいいわけじゃない!一刀!」
「何だ!」
「子作りしましょ♪」
「はぁ!?」
「もぅ、夢なんだから何してもいいじゃない♪」
「だから現実なんだってば!」
「そう言えば、普段の私なら絶対に言わない言葉とか、言ってみたいわ。いいわね、この際、言ってみようかしら」
「やめろ!禁止用語は使うな!」
「実は虐められるのも好きです」
「やーめーろー桂花が悲しむぞ!」
「昔、本気で胸を大きくする薬を開発してたわ」
「そうか・・・そこまで悩んでたんだな・・・・じゃなくて、おい華琳!それ以上はキャラ崩壊だ!」
「いいのよ。どうせ夢なんだから・・・・えっと・・・・あ、そう言えば、実は一刀の布団と私の布団を密かに交換してはわ」
「そ、そうか・・・だからたまにいい匂いがしたのか・・・」
「ばぶー」
「脈来なさすぎ!でも可愛い!」
「ばぶばぶばぶー?」
「何言ってるか分からないし・・・・」
「分かったわ。すべての事件の心理。それは、天の国と関係があったのよ!」
「な、なんだってー!っていうか、さっきの言葉は一体、どこと通信してたんだよ!」
「あはは、あはは、何でかしら、今、とってもいい気分よ。まるで空を飛んでるみたい」
「駄目だー!完全にイケないお薬使ってるみたいになってるよ!しっかりしろ!」
しっかりしろー
しっかりしろー
しっかりしろー
「はっ!・・・・なんだ、夢なのね」
華琳が目を覚ますと、すでに辺りは夕暮れだった。
「それにしても、とても変な夢を見ていた気がするわ」
「そっか。それは大変だな」
一刀の声が聞こえた。その声の主を探すと、自分の顔の真上にあった。それに、後頭部が柔らかい。どうやら、自分は一刀に膝枕をしてもらっているらしい。
「えっと・・・・一刀?」
「何だ?あ、そう言えば、記憶が戻ったぞ。心配かけたな」
「あら、そうなの?」
「あぁ、でも記憶を失ってからの記憶がないから、今でも不思議な気分だ」
「そう・・・・ねぇ、私はどれぐらい寝ていたのかしら」
「さぁ?気が付いたら華琳が寝てて、俺が膝枕してたから」
「そう。とにかく記憶はないのね?」
「あぁ。もちろんだ」
華琳は小さく安堵のため息をついた。そのため息に、一刀は笑いを堪えるので精いっぱいだった。
「んじゃ、帰るか」
「そうね」
そう言った華琳は平然といつものように起きあがった。一刀はそのそっけない態度に苦笑いをしながらも、帰る準備だけはした。そして、すぐに準備を終えた。
「ほら、さっさと行くわよ」
そう言って、さっさと行ってしまう華琳の後ろ姿を見ていた一刀は、何を思ったのか、華琳に近づき、そして
「よっと」
「きゃ」
お姫様だっこをしていた。
「こ、こら!離しなさい!」
当然、恥ずかしがって暴れる華琳。だが、一刀も負けてはいなかった。
さっきの華琳の言葉。
一刀からしてみれば、ずっと待っていた言葉だった。あんなに素直に「好き」と言ってくれたことはなかった。きっと、凄く勇気のいることだったのだろう。
華琳にとっては夢かもしれない。
でも、一刀にとっては紛れもない現実。
だから、今度は自分が勇気を出す番だ。
「なぁ華琳!」
「な、何よ!いいから離しなさい!」
「結婚しよう!」
一瞬、時が止まった。
そして、華琳がその言葉を頭の中で反芻し、その言葉が真剣なのか、冗談なのかと考えている最中に、ふと、華琳は思った。
そうだ。別にどっちでもいい。
本気でも、冗談でも、私の答えは決まっている。
この人の前では王ではない。一人の女の子でいよう。
一刀は真剣な顔で華琳の顔を見つめていた。
それに対して華琳は、少し呆れたような顔で、でも、嬉しそうに小さく呟いた。
「・・・・・幸せにしなさいよ」
後日談
華琳と一刀が城に帰ったあと、事件は起きた。
「あ、おかえりなさいませ。華琳さま」
「ただいま桂花」
城の入り口近くで待っていたのは桂花だった。いつもと違い、少し固い表情で、手には何か持っていた。
「ただいま」
当然のように、一刀も挨拶をした。
記憶が戻った一刀にとっては、何気ない挨拶。
だが桂花にとっては、自分と話さないと言っていたにも関わらず自分に声をかけてくれた。つまりは、許してくれたのだ、そう桂花は思った。桂花は柄にもなく飛び上がりそうなほど嬉しかった。
「お、おかえりなさい・・・・あのね・・・・その・・・・一刀」
「一刀?」
普段は北郷と呼ぶのにどうしたのだろうか?そう思っていると、桂花は手に持っていた物を一刀に渡した。渡した、というよりは、押し付けた、と言うべきかもしれない。
その桂花の握っていた物は、それは指輪だった。
「あの・・・確かあんたの国では、信頼する相手に指輪を渡す習慣があるらしいじゃない・・・」
婚約指輪のことだろうか?確かに解釈は間違っていない。でも、どうして桂花が?
「だから・・・・その・・・・わ、私は・・・・一刀のこと・・・・そ、そんなに嫌いじゃないから」
「は?」
「もう、死ねとか言わないから・・・・だからこれからも・・・よろしくしなさい!」
それだけ言うと、桂花は走って逃げてしまった。
華琳には理由が分かっていたが、一刀からしてみれば、いきなりどうして?と変に思っていた。
「なぁ、華琳」
「さぁね。私は知らないわよ」
何故かつーんと突っ張っている華琳に首をかしげながらも、とりあえず昼食の道具を片付けるため
に、台所へとむかった。
そこには何やら本を読みながら一生懸命に料理をしている流琉がいた。
「よう。流琉。どうしたんだ?」
「あ、兄さま!今、定食屋で出す採譜を考えていたんです!」
「定食屋?流琉、お店でも開くのか?」
「もぅ、何を言っているんですか?兄さまもですよ!」
「俺も?」
「はい!あ、そう言えばいい物件があったので、その持ち主と話しをしてきました!結構大きいの
で、子供もいっぱい作れますね♪」
「物件?」
「はい。結婚して、一緒に定食屋を開くって約束したじゃないですか!」
「えっと・・・・」
「まさか、忘れてたりはしませんよね・・・・?」
空気が一瞬にして冷えたのが、一刀には分かった。とりあえず、ここは正直に話そう。
「あのな・・・流琉。俺、記憶が・・・・」
「あはは、もし約束を破ったりしたら・・・・いくら兄さまでも許しませんよ・・・・?」
キラっと包丁が鈍い光を放った。
普段とはちがう流琉の雰囲気に冷や汗をかきながら、一刀は取りあえず、大きく深呼吸をして、そして
「すまん!」
逃げ出した。
その後、普段の様子に戻った。
桂花の優しかったのも、終わった。
真桜と沙和が真剣に仕事をするのも、終わった。
流琉も元の調子に戻ったが、たまに一刀を見つめる視線が酷く冷めていた。でも、それも最近ではようやく普段通りに戻った。
ただ、一つだけ変った物があるとするならば。
「ほら、一刀。起きなさい。今日は娘と遊ぶ予定でしょ?あの子はもう外に出てるわよ」
「ふあぁ・・・ったく、昨日は夜遅くまで華琳が激しかったから寝不足だ・・・」
「何言ってるのよ。頑張りなさいよ!パパ!」
僕の初投稿シリーズ『一刀の記憶喪失物語~魏√~』終わりました。
ちょっと自分でも、強引すぎたかなぁって思います。あと、キャラ崩壊とかも凄いですWW
ですが、どうか我慢してみてくだい。もっと文章を勉強して、もっと面白い作品を書いていこうと思います。
最後に、とりあえずひと段落ついたということで、見てくださった人、ありがとうございます。これからも面白いお話をかけるように、努力していきたいと思いますので、どうかお付き合いください。
次回予告!!!
『一刀の記憶喪失物語~蜀√~』
「ちんきゅーきーっく!!」
その掛け声を聞いた一刀は、意識を失った。
そして目覚めた一刀は記憶を失っていた。しかも今度は種馬でもなく、爽やか純情でもなく、全くの逆!!!
「僕・・・・月さんと城を出ようと思います」
「ご主人様・・・・」
「それで・・・・二人で死にます」
とりあえず、月がメインになるかな?だって、好きなんだもん。月が。
ではでは、またよろしくお願いします!!
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最終回です。今回は少し話が強引すぎたかもしれません。ごめんなさい。
あと今回はキャラ崩壊がものすごいので、もしかしたら不快に思うかもしれません。なので、そういう人は見ないほうがいいかもしれません・・・・