No.163984

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol02

黒帽子さん

 ユニウスセブン落下の被害消えやらぬ世界に現れた黒いデスティニー。オーブとプラントはその排斥を決定する。英雄達が君臨しても未だ平和成し遂げられない平和――希代のテロリストはその理由を突きつける。
 6~9話掲載。

2010-08-07 16:15:33 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1989   閲覧ユーザー数:1930

SEED Spiritual PHASE-6 ターミナル

 

「あ!シン!」

 ザフト士官学校。ルナマリアは久しぶりにシン・アスカを見つけた。未だレイとは話しづらい彼女はシン経由でノートを写させてもらわないと試験通過がピンチで危険である。

「ちょっとあんたどこ行ってたのよー! 一月ぐらい休んでたでしょお?」

「ん?」

「またレイに頼んで欲しいのよー」

「あぁ…」

 そう言えば、と思い出す。〝第2次ヤキン・ドゥーエ戦役〟、その歴史については彼はレイ・ザ・バレルを超えているかもしれない。

「ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど。去年の大戦の時、オーブに最初に援護に入ったのはどっち?」

「……どっち、って?」

 ………………こいつに聞いたのが間違いだったか?

「えっと…〝フリーダム〟か〝ジャスティス〟か?」

 色々要点のボケている自分のノートを引っ張り出し、どれだけ考えても迷う二択を彼に突き付ける。この間シンはその現地にいたと言っていた。まさか答えられないと言うことはあるまいと確信していたルナマリアだったが、

「えー? ちょっと待てよ……そんなことはレイに聞けよもー…」

「は?」

 予想に反してシンは自分の文具を捌きだした。

「あ、あんた…なんか前、そいつに殺されたとかなんとかで怒ってなかった?」

「ダメだ! ちょっとレイに聞いてくる!」

 自分の荷物整理が出来ていなかったようである。だがそんな抜けた所など気にはならなかった。自分が、思い違いをしているのか?

「あ、あたし、何かボケた?」

 自身の記憶さえ信じられなくなる。シンにもう一度聞き返す勇気はルナマリアにはなかった。

 

 

 

 今日は個室で。とは言えいつも通り株の解析に没頭していたノストラビッチの元に通信が届いた。株の解析をしていると言っても特に資産運用に力を入れているわけではない。彼は優先してその通信に応えた。

〈よう。久しぶりだなノストラビッチ博士〉

「瀬川博士か。どうだね『手』の研究は」

 何気ない挨拶のつもりだったが瀬川は決まり悪そうに頭を掻いた。

〈あれは………頓挫しとるよ……〝ファントムペイン〟に壊されてからは当時の水準に戻すことすら困難でな……〉

 ノストラビッチは眉間に皺を寄せる。C.E.73、〝ナナバルク〟を旗艦とした第八一独立機動群がDSSD所有の〝トロヤステーション〟を襲撃した。この強制接収によりDSSDは甚大な被害を受け、各種研究内容が灰燼に帰している。この事件は、〝ファントムペイン〟の体質上公的にはないものとして扱われているため、痛みを感じられるものは当事者達だけだ。

「そうか…数学者はどうせやることがなかったから、大した被害はなかったがな…」

〈反応速度を気にしてたあの時はまだ幸せだったのかもな〉

 ほんの僅かだったが漂った沈黙に耐えきれなかったノストラビッチは我知らず画面に向かって怒鳴りつけていた。

「科学者のくせにそんな小さな満足抱いて何になるか! セレーネが聞いたらどんな剣幕で――!」

 そこまで言って思い出す。聞くのが怖いが、名前を出してしまった以上放置は出来まい。

「……おお、セレーネは、どうしている?」

 瀬川は先程以上に重苦しくかぶりを振った。

〈寝っぱなしだな。ああ、だが〝スターゲイザー〟は順調だ。そのことで伝えたいことがあったんだ〉

 画面の中で瀬川が何かを操作した。

〈〝ヴォワチュール・リュミエール〟の実験で金星方面を往復させたんだがそこで見つけたものがあってな〉

 手元のPCに新たなウィンドウが開き、瀬川から転送されたと思しきデータが表示される。

 GAT‐X105E、そしてAQM/E-X09S。その型番だけ見てもピンと来なかったノストラビッチだが、転送の追いついた三面図を目の当たりにするなり口にしたドリンクを吹き出しかけた。

「おっ!これは…あの時セレーネが吹っ飛ばした、アレか!」

GAT‐X105E(AQM/E-X09S)〝ストライクノワール〟。彼らにとっては忌まわしい記憶を呼び覚ます最大の敵機だったもの。

「そちらはモビルスーツが不足しているんだろう? ご希望とあらば回すぞ」

「そんなことをして大丈夫か?」

 幾らこの、確たる規則もない組織内でのこととは言え、モビルスーツは超が付くほど高価な代物だ。下手な受け渡しの結果、『同僚』に足を掬われるようでは目も当てられない。しかし瀬川はその驚愕を一笑に付した。

「あんたらしくもない。何を殊勝な。〝ターミナル〟経由のモビルスーツの横流しはザフトですらやっていたぞ。確か、〝ガイア〟だったか」

 タヌキ。動物ではなく人を指すその単語を思い浮かべてしまった。モニタ内の微笑みにつられるようにノストラビッチも笑みを浮かべる。戦力不足は隠しようもないのだ。また二機目の設計などに手を出したところで素材調達の時間も組み立てる時間もない。

「わかった。お言葉に甘えさせてもらうとしよう」

〈毎度あり、だな。がんばれよ〉

 ウィンドウが消えたところで苦笑を噛み殺す。友の言葉に棘などない。それでも彼の心に突き刺さった。

「……崇高な使命で動いているわけではないよ。我らのは、ただの――」

 ノストラビッチはデスクを立った。

 

 

 

 〝ターミナル〟とは。

 旧クライン派資本が寄り集まって出来た非政府組織である。『戦争が起こると都合が悪い』と言う理由から戦争に支配されない非政府組織として立ち上がったものである。国籍軍籍所属も出所も問わない情報が雑多に集まり、それを運用して世界に少なからぬ影響を与えている。構成員は種々雑多であり、一般人との線引きは単にこの組織の利用法を知るか否かのみであるとも言える。

 C.E.73、旧クライン派との区別が曖昧だったこの組織は〝プラント〟の深奥にまで触手を伸ばしており、かのギルバート・デュランダルの情報操作さえ上回ったという計り知れない有用性を示している。

 彼らは『世界に不満を持つ者たち』。

 例えば会社の不正を知りながらも保身のために行動できない者がいる。国家規模ですらそれは然り。そんな彼らの正義の受け皿として〝ターミナル〟は機能するのだ。悪を働く者がどこにでもいる反面それをよしとしない者もどこにでもいる。義ある横流しの塊である〝ターミナル〟には今も世界中の秘密が犇き蓄積されていく……。人の手には余る膨大な情報。しかし人が使わなければ有益足り得ない。

 現在、その複雑化したネットワークを制御するデータベースサーバが存在するらしい。〝ターミナル〟利用者はほぼ平等として扱われる側面から、構成員に対する権限制御は思いの外甘い。もちろん部外者には存在すら知られないほど厳重に秘匿されているわけだが、構成員達の情報交換掲示板と言った扱われ方をしている。それは便宜上『ターミナルサーバ』と呼ばれている。

 世界規模のネットワーク。その情報が蓄積する『ターミナルサーバ』。C.E.最大の情報源とも言える。

 国家間にまで及ぶその秘匿流通網に支えられた工廠さえ存在するらしい。便宜上〝ファクトリー〟とと呼ばれるその施設は日夜表社会からあぶれた技術の粋を盛り込んだモビルスーツが生産されているとすら言われる。現に現在のザフトが少数所有するZGMF‐XX09T〝ドムトルーパー〟はコンペティションで敗れ、破棄されるはずだったデータを元に〝ファクトリー〟が独自生産したシロモノであるとの噂さえある。

 そんな不可解な多機能流通経路。支配者はいない。〝メサイア攻防戦〟の折まではクライン派が中心だったこともあり、ラクス・クラインこそ支配者であったとも言える。が、現在〝プラント〟の政に忙殺される彼女がこの深淵に支配力を伸ばしきっているかははなはだ疑問である。

 不可解であるが故、人は未知を解き明かそうと問い続ける。

 〝ターミナル〟とは? 世界の不満の捌け口である。

 〝ターミナル〟とは? ラグランジュポイントまで含めた地球圏究極の情報市場。

 〝ターミナル〟とは? 物資まで含めた流通の極致。

 〝ターミナル〟とは――

 要約するならC.E.のアンダーグラウンドの全てである。

 

 

 

 

「オーブを攻める!?」

 ルナマリアはクロの正気を疑った。あの国をちっぽけな島国と侮る無かれ。連合首長国時代にも技術力地球圏随一を誇り、地球軍と真っ向勝負して何日も持ちこたえた実績すらあるのだ。そして現在は疲弊し、指導力を失った各国のまとめ役を担っており、これは言い換えれば旧地球連合の物量すら取り込んだことを意味している。そんな国家に対し、ゴビ砂漠の片隅に潜む狢に何が出来るというのか。一人で全世界に対して喧嘩を売るようなモノである。

「ちょっと…それはいくら何でも無茶じゃない?」

 考えをまとめて相手を思いやってもこんな言葉が関の山だ。ルナマリアは彼を思い留まらせようとしたがクロは彼女の方など見もせずに壁に背を預けたままティニへと告げた。

「〝ルインデスティニー〟の戦闘力は〝ターミナル〟の情報を引き出す限りでは現在世界最強だ。両巨頭たる〝フリーダム〟、〝ジャスティス〟を相手にしても引けを取ることはないだろう」

 ルナマリアは無視されてキレかけた。こいつはたった2回の勝利で何を思い上がっているのか。口を開きかけた彼女だったが罵声を飲み込みティニを見やる。どうせ彼女も彼をバカにした表情を浮かべていることだろうと期待して。

「だが、それはあくまで『現在』の話だ。オレの地位が片隅のテロリストから世界への驚異へとシフトしてからでは遅い。全世界一丸となった戦力に立ち向かう自信はないし――」

 ルナマリアは憮然とした。ティニは真摯な眼で彼の提案を咀嚼している。

 クロは淡々と話しながら泰然自若としている。そんな指先が、言葉の途中でティニを差した。いや、ティニと繋がっているコンピュータ群を指したのか。

「〝ターミナルサーバ〟は今誰がアクセスしているか恐らくあんたにも解らないだろう? 星流炉や完全相転移(トルーズフェイズシフト)装甲の技術が利用された軍隊と戦いたいとは思わない」

 そして彼の言葉を聞いていると最初の軽蔑が形を変えていたことに気付く。つまり彼は思い上がっているわけではない。むしろ僅かな有利を掻き集めようと焦燥に駆られている、と言うことなのだろうか。

「出来れば『お飾り』の方でなく『真の支配者』に銃口向けたいとこだが…。贅沢は言えない。何にせよ中枢に大打撃を与えられればあっち寄りの〝ターミナル〟の動きも鈍ると思う」

 ティニは首を傾げて僅かに逡巡しているようだ。少なくともルナマリアにはそう見えた。

「わかりました。しかし検討はさせてください」

「……他の〝ターミナル〟の奴等と相談する、ってことか?」

 彼は首肯したティニに憮然とした面持ちを返すも反論はしなかった。彼女はそんな彼に対し毛ほども表情を変えぬままいきなりプリンタから一斉に吐き出された紙束を封筒に収め、クロへと差し出す。クロの渋面が深まった。

「『配達』完了までには結論を出してくれ」

 封筒を受け取ったクロはそう言い置いて退出する。

「わたしは…乗り気しないけどねー。まぁいいけど。モビルスーツに乗るのはクロの方なんだし」

 ルナマリアは彼に対する皮肉を共有したかったが、どうやら選ぶ相手を間違えたらしい。ティニは眼前に浮かび上がらせたディスプレイを注視し、ルナマリアの方を一顧だにしない。

「……なんか興味あるものが?」

 眉をひそめたルナマリアはティニの背後に回ると画面に視線を注いでみた。娯楽番組を見ているとは思わなかったが、これならば興味を持つのもうなずける。

「あぁ、クロに見せるとまた調子に乗るんじゃないの?」

 ガルナハンでの、〝ルインデスティニー〟のニュースだ。アナウンサーやレポーターはこのモビルスーツを破壊邪神の如く禍々しく報道している。ガルナハンの方では、どう認識しているんだろう? ルナマリアはシンが『ローエングリンゲート突破作戦』直後むちゃくちゃ讃えられて嬉しそうだったことを思い出したが、クロは抵抗勢力の方にさえ銃口を向けているので手放しで賞賛してはいないだろう。

 そんなことを考えていると刺すような視線が向けられる。いつの間にかティニが画面から目を離し、こちらの方を凝視している。むしろ睨め付けられているように感じる。年下らしからぬその目元にルナマリアは不本意ながら、怯んだ。

「それしか感じないんですか? ルナさん」

「な、なによ…?」

 自分たちは皆に非難されようと自分たちの正義に基づいて動いていると信じている。それを考えろとでも?

 こちらの表情から困惑を読み取ったのだろう。ティニは聞こえよがしの溜息をつくと画面へと向き直った。そしてチャンネルと次々切り替えるが、その殆どは〝ルインデスティニー〟が映っている。

「問題です。人間社会。今の最優先ニュースは〝ルインデスティニー〟ですか?

 今も飢えてる子、被災して泣いてるヒト、ほら水没した町は今も腐乱死体がぷかぷか浮いてますよ。それを押しのけてまで連日放送することですか? これが…」

 ティニのヘッドバンド、繋がるコードは今も各所が明滅している。彼女は、今もそれらの情報を受け取り続けてるのだろうか。そんな疑問を思い浮かべていると再びティニに睨まれた。しょうがないではないか。そんなことに思い至らない自分も、大衆の興味を優先して報道を選択するメディアも。

「そ、そんなことより! シンに関する情報は? 〝ターミナルサーバ〟には何も入って来ないの?」

「無いことはありません。この間の条件で検索して、引っかかってきたのが3件です。どれも信憑性は似たようなモノですが…何度も言いますように現状と現在の人員では調査など不可能です。結果として、〝ターミナル〟任せですね……」

「わかってるわよ……」

 責められるのが嫌で話を変えるためだけに選んだ話題のはずだが、ルナマリアの心には大きな凝りが残っていた。

「でも、心配なのよ…!」

「ルナさんの気持ちも解っているつもりです。今のところ、シン・アスカの捜索を高い優先順位で扱っているところはありませんし、あまり思い詰めないで下さい」

 優先順位は低い。でも探している存在がゼロと言うことにはならない。ルナマリアの脳裏で最後に見たシンの姿が閃き――恐怖がその記憶に蓋を被せた。恐怖が消え去ると気持ちはやたらとむかむかしてくる。

「ったくゥ!〝インパルスMk-Ⅱ〟早く直んないの!」

 クロの〝ルインデスティニー〟こそを優先させられたことが腹立たしい。

「苛立っておるな」

「博士?」

 入ってきたのはノストラビッチだった。右手には見せつけるように掲げられたディスクがある。

「ご所望のモビルスーツ、近日中に届くぞ」

 

SEED Spiritual PHASE-7 正義を問う脳裏

 

「今優先すべきは神出鬼没のテロリストなどではないっ! まだまだ世界には援助が必要な場所がごまんとあるんだっ!」

 カガリは心の内を喚き散らす。マスコミと言う存在そのものに腹が立つ。全くこんな報道、テロリストが喜ぶだけだというのが解らないのだろうか! 他に伝えるべきこと、こちらから国民の頼みたいこと等々山ほどあるというのに。

「代表…しかしあの存在の影響力は計り知れません…。現行の技術ではミラージュコロイド展開時間は最大八十分とのデータがありますが、あのモビルスーツに限って言えばその制限は無関係と考えます。神出鬼没で無差別なテロ行為、明日は我が身と感じてしまうのも無理からぬかと」

「だからと言って、代表の意見を蔑ろにはできんだろう。今の〝プラント〟と統合国家は『〝ロゴス〟の地位をかすめ取って君臨している』と陰口を叩くものさえいるのだ。満足行く結果を出せなければそんな声が膨らみかねん……」

「ラクス様の保有する最強の戦力に対抗する最右翼…などと祭り上げて、現体制に不満を持つものがコンタクトを取ろうとしておるとも…。先頃の〝プラント〟への大規模な侵攻がどのような所属のものかも不明のままと聞くわけだしな」

「平和に不都合を抱くのは〝ロゴス〟が全てと言うわけではない、か。ジャンク屋や傭兵の中には不満に思う輩だっているだろうし」

「情報が少ないからと言って〝ターミナル〟に頼りすぎるのは、私は反対です。アレは出所が…。いつ情報操作を受けるか解らない情報、下手をすれば大きな混乱を招きますよ?」

 会議は踊る。されど進まず。

 この言葉は対抗勢力があってこそ成り立つ概念だと思っていた。しかし、官僚全ての心が一つの方向を向いているというのに、一向に進展がないように思える。

 セイラン以下、父の意志を軽んじる閣僚に囲まれていた時を思えば遙かに動きやすい。が、やはり質は劣ってしまうのかもしれない。オーブには五大氏族が集まる閣議と平行して民主的に選抜された国会も存在し、これのお陰で旧態依然とした政治体制が機能している、とされているが……現在この国家の決定が世界の大半を左右する。何と言っても〝ブレイク・ザ・ワールド〟と〝ロゴス〟の崩壊により機能している国家の方が少ない有様なのだ。機能しているだけでは意味を成さない。求められるのは迅速な結果だ。

(国として独裁的ではあるが……早急に独裁官を選ぶ必要があるのかもしれないな……)

 ラクスの猿真似と笑われるだろうが、緊急性が高いのはむしろ地球の方なのだから。

 カガリは閉会の後、官僚達に挨拶を返すと俯き溜息をつきながら扉をくぐった。

 

 

 

 アスラン・ザラは苦悩していた。先頃、ガルナハンに例の〝デスティニー〟が現れたとの報告の後、倭国で聞かれた内容と全く同じ質問が自分にぶつけられた。つまり調査は何も進んでいないと言うことである。

「あ、でも、あの〝デスティニー〟、装甲の色も違いましたし、アスランさんが遭遇した機体とは別物の可能性も――」

 早足で進みながらメイリンの報告を受ける。何も進んでいない。それを言うのならば自分も愚かな質問者達を責められない。シン・アスカを見つけられずにいるのだ。多忙を言い訳には出来ない。言い訳にしてしまえば今重要と考えているシンの捜索は、実は優先順位が下位であることを認めなければならない。苦い思いを噛みしめながら辿り着いた先では、開く扉が閣議の終了を教えてくれた。

 カガリに言葉をぶつけようと口を開きかけたが……彼はその姿に吐き出しかけた言葉を飲み込んでいた。

「あ――大丈夫かカガリ?」

 よほど俯いて歩いていたのだろう。彼女は声をかけられるまで、アスランの存在にすら気付かなかった。我知らず口元が綻んだカガリだったが彼の脇で気遣わしげな眼差しを見せるメイリンを見つけた途端顔が引き締まってしまう。

 補佐官のアスラン・ザラ。その補佐役――尖兵として動いているメイリン・ホーク。役職を振ったのは自分であり、彼らが共にいることは必然である場合が多いのだが――カガリはいつも妙な邪推をしてしまい、そんな自分を嫌悪する羽目に陥る。

「ああ平気だ……。だが、まともに決定したのはポーツマス等の水没地域援助の日程だけだな」

「そんな中すまないが、俺は一度中東地域へ行ってみたい。許可してくれ」

「何故?」

 確かメイリンが、ガルナハンから帰ってきたばかりだと聞いているが、まさか。

「シンを探すべきなんだ」

「……お前も〝デスティニー〟か」

 アスランがシンを気にするのも解る。自分も一度シンとは話し合うべき事もある。無理からぬ申し出なのだがカガリは正直うんざりした。

「あのっ…代表、アスランさん…あの、黒い〝デスティニー〟に載ってたのはシンじゃありません。それだけは間違いありません」

「ああ、聞いた。俺は別にあの機体を探しに行くわけじゃない。その足で北欧の〝ターミナル〟とコンタクトを取ろうと思っている」

 確かに、欧州ではスカンジナビア王国が国ぐるみで〝ターミナル〟と関わっており、あの辺りで活動しているミリアリア・ハウと連絡が取れれば優先的に情報を得ることも出来るだろう。同じく〝ターミナル〟に通じているバルトフェルドにも連絡は入れたが、宇宙におり、〝エターナル〟の艦長まで務める彼に期待しすぎるのも酷ではある。

「…? で、では中東には何を?」

「〝ジャスティス〟を出す」

 究極のモビルスーツの片割れたる機体名。それが意味することは一つだ。

「そんな…」

「仕方ないんだ…。キラも言ってたはずだ。俺達は戦う覚悟を持つと」

「あそこの抵抗勢力にはモビルスーツなんか無いんだぞ!」

「傭兵がいるとの情報もある。それにあそこで〝デスティニー〟が戦ったというモビルアーマーは何だ!? この国は世界の軍事力を正確に把握してなくちゃならないんだ」

 カガリは言葉に詰まった。アレは、友軍だったとメイリンより報告を受けている。多忙を言い訳にしていたのかもしれないが自分はその報告で納得してしまっていた。が、アスランはそうではないらしい。未確認の戦力と言うことではメディアを賑わすテロリストもその部隊も同列として扱っているのだろう。

「俺に出来ることはこれだけだ。だからこそ、俺はお前達を守らなきゃならない。解ってくれカガリ」

 女性二人が目を丸くするその場所に、場違いに優しい男性の声が響いた。

「うん。アスランは行って」

 アスランが弾かれるように振り返った。

「キラ!?」

「久しぶり」

 歩み寄ってきたキラが驚愕冷めやらぬアスランの肩を叩く。

「お前、どうして? 〝プラント〟はいいのか?」

 彼の面差しから微笑みが消える。メイリンは何となく落ち着かなくなり我知らず一歩下がった。

「うん。ラクスのフェイスには、イザークも、みんなもいるし。僕もアスランと同じだよ」

「…?」

「ラクスが、困ってる。僕はそんなの嫌だから、だから、その原因と戦おうと思って」

 キラはもう武力行使を決定しているらしい。アスランはそんな友を見、決意を強めたようだが…メイリンはその思想に賛同しかねた。キラの登場、いやキラの存在そのものに気後れを覚えてしまう。

(キラ、さんね…優しそうで、どっちかってゆうとアスランさんに従ってそうなのになぁ…。いつも主導権握って話進めるよねぇ…)

 アスランの脇からキラの落ち着いた笑顔を盗み見るがやはり自分の感想は変わらない。

「ラクスが、困っているとは? 〝プラント〟への直接襲撃のことなら聞いているが…」

「それだけじゃない。何も解ってないヒトが、僕達を批判してることは知っていたけど――」

 キラの言葉にカガリははっとした。〝ロゴス〟の地位をかすめ取った簒奪者。自分たちはそうではないと声高に叫んでも、消えない声がある。

「あの〝デスティニー〟が出てきてから、そんな声が増えてる。わかるんだ。ラクスが心を痛めているのが」

「キラ……」

 気遣わしげなアスランから、メイリンは一歩離れた。

「わかった。俺はまず中東へ行くが、お前はどうする?」

「まだ、決めてないんだ。でも手分けした方がいいよね?」

 アスランが力強く頷いた。友と、心が同じ方向を向いている。それが強く実感できる。

「がんばれよ。じゃあカガリ、行ってくる」

 カガリには……彼の決意に水を差すことなど出来なかった。

「………………気をつけろよ」

 いつもの口調でぞんざいに話す彼女を好ましく思いながら、アスランは駆け出した。そんな彼を微笑んで見送っていたキラが一転してカガリに鋭い眼差しを向ける。

「オーブがどう動いているか、知りたいんだ」

「……ああ」

 カガリはその要望を弟の言葉ではなく、〝プラント〟からの特使の言葉として受け取った。

 

 

 

 一月近く帰っていなかったか。それくらいで街の地図ががらりと変わるようなことはなかったが、それでもルナマリアは息抜きできる感慨ではなく、妙な緊張を強いられた。

 地球圏汎統合国家オーブ。そのオノゴロ島西側にメイリン・ホーク姉妹の自宅がある。彼女はここへ来たときは妹の家に居候させてもらうことにしている。

「母さん達も来ればいいのにねぇ……」

 ホーク家の両親は健在だが、二人とも〝プラント〟から離れたがらなかった。〝ミネルバ〟に配属になってからと言うもの両親と会う機会はまるでなく、終戦直後に会ったきり。それからメイリンがアスランについてオーブへ渡り、そのままここで職を持ってしまったため、一層会いづらくなってしまった。

「わたしはザフト所属なんだけど……『こんな』だしねぇ……」

 地上にずっといる。カガリ・ユラ・アスハに面会にでも行ったらオーブ軍所属と認識されるかも知れない。もしくは、自分など忘れ去られているか?

 いや、元首のことより妹だ。ゴビ砂漠に帰るまでに会えるだろうか?

「あの子も忙しいし……」

 会って何をするというわけでもない。ただ――

 自宅前で立ち止まり、ノックを躊躇う。誰もいるはず無いと思い直し、鍵を使って中に入る。

「ただいまー」

「え? お姉ちゃん?」

「は? メイリン!?」

 心のどこかで予定してても予想だにしなかったその声にルナマリアは思わぬ甲高い声を上げていた。靴をほっぽり出して部屋に駆け込めばなにやらスーツを着込んでベルトと格闘している妹がいる。

「メイリン! なに、今日休み?」

「違うよぉ……。でもお姉ちゃんも何? 派遣先から帰ってくるの、今日って予定あった?」

 絶対無い。ザフトにすら空出張を〝ターミナル〟に虚偽申告してもらってるような立場でどんな派遣先と帰国予定が待っているというのか。後ろめたい気持ちをなんとか顔には出さぬよう苦労しながらメイリンの着替えを覗き込む。やたらと格式張ったフォーマルスタイルが妹の方こそ何かの仕事があると推測させる。

「メイリンこそ、どこか?」

「うん……わたしに護衛って言われてもねぇ……」

「護衛?」

 聞きとがめたその言葉にメイリンが慌てて口元を掌で隠す。ルナマリアは演技する必要もなくなり心をそのまま表情に出した。

「あんた、オーブでも通信士じゃなかったっけ?」

「そ、そうだよ…でもアスランさんの補佐でもあるしー、調査のために出てくこともあるんだよ……」

 嘯かれる内容に非難すべき点はないが、その口調に言い訳じみたものを感じた。しかし追求できる立場でもなく――

「そ、そぉ……。行き先は秘密?」

「そんなこともない、こともないのかな? お姉ちゃんはザフトだし、わたしはこっちだから」

 ルナマリアは気のない返事を返しながらソファに身体を放り込んだ。メイリンが迷惑そうに眉をひそめたが気にしないことにする。いいじゃないか。お姉ちゃんなんだから。

「あぁ、お姉ちゃん今日泊まってく?」

「どーかなー……多分夜は出て行くわ」

「出て行くときはちゃんとドア閉めてってよー」

 メイリンは急いでいるのか、こちらと顔を合わせないままばたばたと駆けていく。ルナマリアは気後れを覚えながらとりあえず、見えなくても手は振った。

「いってらっしゃーい…」

「はーい!行ってきまぁす!」

 冷凍庫からアイスキャンデー引っ張り出して齧り付く。はむはむやりながら階下を見下ろせば走っていく赤い髪、心の中でエールを送ってあげた。

 妹は、真面目にお日様の下で働いている。それに比べてわたしは何なのだろう。

「はぁ~…」

 再度ソファに全体重を押し付けたが、家屋が語る。出て行けと。自分の家でもあるはずだが、圧迫感が拭えない。解っている。この国にとって自分は犯罪者。落ち着いていいわけがない。

「まぁ、あいつのやったこととか考えれば、この国にとってどころじゃないよね……」

 落ち着きなく、再びベランダに出れば高層ビルの建ち並ぶ平和な町並みその先には島嶼国家らしく直ぐさま海が見える。平和。静かな平和。スカンジナビア王国と並ぶ独立不羈の中立国。現在その理念こそが世界をまとめる最大の思想だと信じられている。

(違うって…)

 信じ込まされている。

 個々の自由を尊び、他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。ルナマリアもその言葉は素晴らしいと思う。だが、前の大戦で知ってしまった。他者の意見に左右されず、敵対者には容赦せず、他がどう動こうと我関せず。それがオーブの実態だと。

(…………)

 自分が裏街道まっしぐらになった理由を全てオーブのせいにしてしまえば楽なのだが、ふと、ルナマリアは思い返す。

(慰霊碑の前で…アスランとメイリンと――)

 鉛の塊が胃の腑に落ちた。呼吸すら困難になりルナマリアは口元からアイスを話して息を止めた。

(――シンと、来たときは平和な、いい国だって思ったくせに)

 メイリンに言われたとおり鍵だけは確認したルナマリアはブーツに足を突っ込むと妹の後を追うように駆け出した。それでも行き先は行政府ではなく――

 波音が聞こえる。赤茶けていた枯れ草の丘陵も、一年もたてば綺麗な緑に彩られる。彼が、確か言っていた。

 

「どれだけ吹き飛ばされても、僕らはまた花を植えるよ」

 

 そこ言葉自体に他意など感じない。それでも自分は奇妙に思った。彼ではなく、彼の言葉に涙を流したシン・アスカに。

「シン………あんたどこにいるのよ……」

 慰霊碑に駆け寄っても手向けられている花の一つもない。彼の、妹を思える人は……誰もいないと言うことだろう。いや、いないわけではないのだが、誰もが余裕がないと言うことなのだろうが……ルナマリアは無性に腹が立ってきた。慰霊碑を見下ろすところまで駆け寄り、見下す。それでも赤い感情は色あせず、海さえ無性に馬鹿野郎。

「シーーーーーーーーン! あんたどこにいるのよぉおおっっ!」

 波が声をかっさらっていった。そして大きな波音が彼女に意味の伝わらぬ返事を返す。心臓の鼓動に耳をそばだてれば荒い息が意識をかき乱した。

 落ち着きがない。そう認識できれば苦笑で怒りと離別できた。ルナマリアは目を閉じて嗤い、大きく溜息をつくと波に目をやる。怒りにまかせて叫んだときか、慰霊碑の縁を踏んでいたことに気付き、慌てて足をどけた。

「…………なにやってんだろ……わたし…」

 溜息だけは尽きることがない。それでも何度か吐き出していれば激しいローター音がそれを掻き消した。見上げれば、輸送機。

 オノゴロ島はオーブの軍事の中心であり、少し歩いて視線を傾ければ今も軍艦やら輸送機やらが停泊している様が見える。帰宅を考えていたルナマリアだったがその気持ちを百八十度転換させる事態が起きた。

 〝フリーダム〟

 白い二機のモビルスーツが輸送機へと踏み込んでいく様を、コーディネイターの視覚が捉えてしまった。見間違えるはずもない。二年前のオーブで、月でそして昨年までの〝プラント〟で、〝ストライクフリーダム〟の偉容は見慣れている。ルナマリアは天を仰いだ。

 今日一日くらいは泊まっていくつもりだったが、やめた。

 

 

〈まもなく、目的地上空です〉

 オーブを遙か東へと置き去りにし、アスランは輸送機の窓から眼下を臨んだ。雲霞が所々途切れ赤茶けた大地を覗かせている。アスランは去来した思いを持て余し、悲しげな瞳を世界に落とした。

〈搭乗機へ、お願いします〉

「了解だ」

 歩みは止めぬまま、心は迷う。戦場に戻る自分。モビルスーツに乗る自分。ちらつくのはあの男の微笑みと、あの少年の憮然とした眼差し。自分は彼らに応えられず、彼らの意志を排斥して、今の世界を歩んでいる。

 

「君が出来ること、君が臨むもの、それは君自身が一番よく知っているだろう」

「オーブで、そこで何をしてるんですか? あなたは!」

 

〈原子炉臨界、パワーフロー正常。装甲通電……オールグリーン。X19A起動完了。これよりコントロールを搭乗者に移譲します――〉

 ケーブルが外され拘束が解かれる。一つのキーを押し込めば瞬く間に鉄灰の装甲が真紅に染まっていく。

〈システムオールグリーン。X19A発進どうぞ〉

 再び手にするその操縦桿。この力に、切なる願いを込めアスランは高らかに宣言した。

「アスラン・ザラ、〝ジャスティス〟出る!」

 

SEED Spiritual PHASE-8 高揚する心、懐かしむ戦場

 

「――あいつらのせいだ……」

 呻くようなシンの声にルナマリアの意識は無数の死体袋から離される。

「あいつらが、ヘンな乱入してこなけりゃ、ハイネだって……!」

 黄昏色の〝グフイグナイテッド〟を撃墜したのは何度も煮え湯を飲まされている〝ガイア〟だ。が、シンの言葉も一理あるとは思う。あの白い機体の一射がなければクレタ沖での戦闘は大した被害もなく切り抜けられていたと確信している。ホントに、昔は憧れたりもしたんだけどねぇ……カガリ・ユラ・アスハ。一体何を考えてあんなことを? ハイネの幾つかの言動を思い返すとらしくもなく目頭が熱くなった。

「大体なんだよ!? あいつら――戦闘をやめろとか! 『あれが』ホントに〝アークエンジェル〟と〝フリーダム〟!?」

(えっ?)

 隠れて目元にやろうとしていた指が、止まった。アカデミー時代に感じた冷たさが久方ぶりに帰ってくる。

 

「連合の砲撃型は〝ヤキン・ドゥーエ〟で死んでる。地球軍はどうせ戦うからそっちは――だが〝フリーダム〟は……あんなものが英雄であるもんか! ザフトから奪い取った最新兵器でどっちの思想も蹂躙しておいて。最終的に停戦にこぎ着けたラクス・クラインの存在がなかったら、いや、功績分を差し引いても大量殺戮犯だよあれはっ!」

 

 シンの声で、こんなにはっきり思い出せる自分は妄想逞しいとでも言えばいいのか? シンは、〝フリーダム〟を英雄として扱ったことなどなかったはず。思い返す言葉が間違っていても、それだけは自信を持って思い返せるのだが……。

 沈みかけた思考だが、アスランを睨み付けるシンを認めて意識を引き戻した。アスランは、黙って彼から目を反らしている……。

(あー……っと、どうしよう?)

 想いの人。衝動的にはアスランの味方をしたくて仕方がないのだが、シンを非難する言葉が思い浮かばない。〝フリーダム〟のパイロットがこの場にいたならアスランがどう言おうと、多分罵っているだろうし。

「本当に、なにやってんだよ、オーブは! バカなんじゃないの!?」

 シンは思い切り吐き捨てると、足音も荒く〝ミネルバ〟の方へと歩いていった。

 アスランに話しかけたい。気になって仕方ないが、話すべき言葉は思いつかず、いたたまれなくなった結果、ルナマリアはシンを追うことになった。

「シーン! 気持ちは分かるけど、アスランが悪いわけじゃ……こらシンってば!」

 追ってきた先は、〝ミネルバ〟のモビルスーツデッキだった。まだ分解作業も終わっていない〝インパルス〟が屹立している様が見られるが、その雄姿にも傷が付いている。

 斬り飛ばされ、無惨に晒される右手の傷跡。

 ルナマリアは密かに、足を止めたシンの視線を追えば――やはりその傷跡を睨み据えていた。

「くそっ!」

 硬い激突音に身をすくませればシンが鉄柵をぶん殴っていた。あの〝フリーダム〟のことをよほど腹に据えかねていると言うことだろう。

(…………家族の仇じゃなく、ハイネの仇として、かな……)

 釈然としない。ルナマリアはどうにも気持ちが悪かった。

(シンが落ち着いたら、ちょっとこのこと話してみよう…………)

 そう考えた数時間後、ルナマリアはフェイスで上官で想いの人であるアスラン・ザラの監視を命じられた。

 そのことに疑念より遙かに強く興奮を覚えてしまったため――数時間前の最優先事項は忘却の彼方に追いやられてしまった……。

 

 

「マティウス・アーセナリー社製ライフルですか」

「ええ。これはその後期モデルです。MA-BAR7xはセカンドステージシリーズに搭載され、デュートリオンチェンバーと連携できる稀少品ですよ。もちろん精度も群を抜いており、〝ウィンダム〟標準のM9409Lと比べ、データ上だけでも命中率は二十パーセント以上上回ります。これを正規ルートで揃えられるのは当方だけと自負しておりますが……」

「だが、今必要ですか? そのような力」

「ローコストで抑えたい気持ちはよく分かります。ですが当たらない銃と侮られては抑止力の意味すらありません。防御技術に関しては初期よりモノフェーズ光波シールド技術を有するそちら様に紹介できるようなモノはありません。

 だからこそ、片手落ちにすべきではないと考えます。

 ああ、消費電力の心配でしたらご無用ですよ。戦闘運用的な使用頻度でも〝レイスタ〟のジェネレータで充分ドライブできます」

「いや、そうは言いますが、光波シールドは金食いでして……〝レイスタ〟をご提供下さる……いや、セカンドステージシリーズの品、防衛のための品は他にありませんか? 例えば〝インパルス〟のMMI-RG59V 、可変するシールドなら――」

 ――

 ――

 セカンドステージシリーズと言う言葉には意外にも魔力が宿っている。当時のザフトが量産を度外視し、一騎当千の戦力として開発した…という触れ込みが脳裏をよぎるのか。

 だが、と思う。連合に強奪され、大きくパワーバランスを崩しかねないと懸念されたセカンドステージシリーズのモビルスーツ達だが、宇宙では〝ザク〟に翻弄され地上に降りれば〝フリーダム〟に触れることも出来ず、果ては〝ムラサメ〟に撃墜されている。更にそれらの後継機も〝ファクトリー〟製のモビルスーツに全く歯が立たなかった。

 クロはビルから出るなり作り笑いを引きはがした。彼の中では答えは一つ。セカンドステージシリーズを祭り上げるなど愚かなことだ。あれは、完全な失敗作だ。胸中で苦い思いを抱えつつ、些末事を終えた彼はその足で駅のコインロッカーへと向かう。これこそが本来の目的だ。

(2‐5か…)

 指定ロッカーの2列目5番目に受け取っていた鍵を差し込むと抵抗無く扉は開く。

(毎回、何やってるかわっかんねーな……)

 そこにでっけぇ封筒を放り込むと鍵をかけた。あとは確実にこの鍵を処分すれば任務完了。どこかで誰か――他の〝ターミナル〟関係者――が何かのために使うのだろう。中を検めるなと釘を刺されたことは一度もないが、クロはそれらを確認したことは一度もない。

 あとは帰るだけ。脳裏を圧迫すべきモノがなくなると、クロの胸には自嘲が去来した。思い返すのはティニへぶつけた言葉。「自分は我らの今後のためにオーブへの派兵を具申します」

 ……

 ……ただ、あいつらを高みから引きずり下ろしたいだけだ。考えて生きているわけではない。衝動で動いているに過ぎない。

(よくもスラスラ出てきたもんだよなぁ……)

 駅から出れば、空は抜けるように蒼かった。

 アパラチア共和国は大西洋連邦より分離し、地球圏汎統合国家に所属する北米大陸を縦断する国家である。旧合衆国の大部分を国土に持つこともあり、強大ではあるがポーツマスやフィラデルフィアと言ったユニウスセブンの破片直撃を受けた地域を内包しているため被災地の救済が政治の大きなウエイトを占めている。しかしこれは消費の拡大による好景気を呼び込む一端ともなっており、被害のない地域はかなり裕福な生活を送っている。先程立ち寄った企業もそんな内の一つ。ユーラシア連邦秘蔵であった光波シールドも今は独占技術ではなくなり、あとがない奴らをしゃぶり尽くそうとでも言うのか。無論この後あの企業と自分のバックがどう繋がるのかは知ったことではない。

 ビルの並ぶ町並みに、歩く子供が見て取れる。共に長い風船を振り回している。兄弟だろうか?

(平和だな……)

 これを壊したいとは、思っていない。しかし結果として〝ルインデスティニー〟は現在最も平和から遠い存在に違いない。

 クロはほほえましさと後ろめたさを等分抱えながらもしばらく兄弟を見つめ続けた。

 すると平和は簡単に壊された。風船を刀剣にでも見立てて遊んでいた兄弟だが、兄(多分)が弟(多分)の風船を取り上げるなり側溝に突っ込み流そうとした。

 割れる。

 直ぐさま何かに引っかかったと言うところだろう。ゴム風船の破裂音を圧して弟(多分)の泣き声がここにまで届き、直ぐさま母親と思しき女性が駆け寄ってくる。泣き叫ぶ子供が訴えているが、女性は特に何をするでもなく二人を連れて歩き出した。地団駄を踏む子供、我関せずすり寄る子供、疑わしきは罰せず歩く女性。クロは先程までとは真逆のほほえましさを讃えながら彼らの帰路を見送った。女性の判断はどうでもいい。罪を罪とも感じない。アレが子供らしいと言うことなのだろう。らしさ。それは短所で表される。

 人のらしさという表現に次いではしばしば「失敗談」が描かれる。

 頭ではわかってるが殺さずにはいられない。

 法律は知っているが盗まずにはいられない。

 相手の気持ちは分かるが蹴落とさずにはいられない。

 それが人らしさだと皆が感銘を受け、人はそこで終了する。名作として語られるものたちですらその解決策は提示されない。何かを得るために何かを犠牲にし、その心情にばかり配慮してどうすれば未然に防げたかは語られずじまい…………。

「人らしさ、ね。不完全の象徴か、神の造り上げた最大の失敗作ってな表現もあったな」

 コーディネイターはナチュラルより理性的だとされるがクロはそうは思わない。パナマに〝グングニール〟が投下された際、投降を求めるナチュラルをコーディネイターが虐殺したとの話もある。統計データ上がどうであろうと『ヒト』の根幹は神の失敗作という領域を超えられずにいると言うことだろう。

 そんなカテゴリに自分はいる。超然とした思考に浸ると忘れそうになるが、自身もそんな失敗作の一つに過ぎない。

 ティニには、胸中を見破られただろうか?

(……ヘッ…)

 見破られようが問題はない。実働係の最下級は意見だけ放って上に考えさせ、出された答えに難癖付けながら動けばいい。

 譲れないものをすり替えられなければ。

 自由時間を思い描けば身体は自然と喧騒に引かれた。ビル群の隙間に視線を投げると整然とした人だかりが見える。パレードだろうか? 目的地とロッカーと逃走経路くらいしか頭に入っていないクロはイベントごとなど知るはずもなく、好奇心に惹かれるまま直線上になった人だかりに混じってみた。最前列に出る気はなくとも視界は確保したい。一人二人かき分けるとリムジンが見え、三人四人押しのけると開かれた車窓が覗ける。そのまま圧されて一歩出てしまえば手を振る人相がしっかり見えた。

「なっ!?」

 偶然か、必然か。クロは天上の存在を疑った。自分は彼を探し続けていた。なればこれは必然なのか。

 開かれた車窓から投げかけられる柔和な笑顔、大人しい少年を絵に描いたような容姿。少しはにかんだ、支配者を連想させない柔らかい笑顔。その容姿とは裏腹に誰よりも大量に人を殺すことが可能な存在であると知っている。

「キラ・ヤマト…!」

 直接まみえたことはない。容姿を見たのは〝ターミナル〟から入手した写真が最初。今のザフトになってからメディアへの露出は格段に上がったとは言え、全ては画面越し。それでも憎悪を込めたその印象に間違いはないと言い切れる。

 クロが自失から立ち直れぬうちにそのリムジンは奥の会場へと進んでいった。そちらには数機の〝ザク〟、そして〝ストライク〟が見える。

(……なんだ? 式典? 今時Eタイプじゃない〝ストライク〟なんて…)

 そんな疑問を感じながらもクロはスーツの中で銃の調整を始め――思い直す。人混みの中から抜け出すと通信機のGPSを作動させ、次いで声をかけた。

〈クロですか?〉

「ああ。で、ルナマリア、ヒマか?」

〈はい。少し前に帰ったばかりですが、機体の調整が終わるまでは完全に暇人でしょう〉

「よし、じゃあこの座標に送ってくれ」

〈…なぜです?〉

「剣が、来ている」

 この全てで通じるはずだ。この組織が何よりも優先する存在が目の前にいるのだから。

 

 

 アパラチア共和国中央都市ルイビルのど真ん中で今まで遠巻きに見るだけだった長い黒塗り車の後部座席に腰を下ろしながら――メイリン・ホークはただひたすらホルスターに隠れる拳銃を気にしていた。

「えと、大丈夫? あんまり気負わないでね」

「え……いえいえ、お、お気になさらずにっ! ご、護衛としていちおー緊張はしてませんとっ……っ」

 スゴイ気を使う……。全く護衛対象に気を使われる護衛というのもいかがなものか。先程から呼吸すら満足に出来ずにいる自分を慰めようともう一人の護衛対象、ソート・ロストに視線を投げたが……羞恥心に更に重く沈み込まされた。

 最強のコーディネイターに護衛(Security Person)など事実を知らない者からは失笑を買いそうだが、メイリンはその必要性を熟知している。昨年、月面都市コペルニクスで彼と共に銃撃戦を演じたことがあったが――彼の白兵戦能力はそれはそれは酷いものだった。

 モビルスーツのパイロットをやっていながら、『軍神』とすら呼ばれながら彼の過去には軍務経験という文字がない。あの時などは結局拳銃を握っていただけで一発の発砲もしなかったのではないだろうか? メイリン自身も軍人を名乗りながらもオペレータばかりやっていたため、自慢できるほど白兵戦が得意ではない。銃の腕前など姉と互角だろう(失礼)。そんな自分の目から見ても生身の彼はしっかり「民間人」でしかなかった。実際の所はどうなのか知らないが、守ってやらねば死ぬ可能性は多分にある。

 あるのだが――

 リムジンを挟む笑顔の人垣。それに対して手を振るため……キラは車窓を降ろしてしまいました。

(ち、ちょっ!?)

 より大きくなった歓声にキラは笑顔で手を振った。一人で注意しづらかったメイリンはソートへと視線を送ったが、彼は奥のミニバーに頭を突っ込んでおり、気付いてくれなかった……。

 ソートは満面の笑顔を浮かべながら奥から幾つかのミニボトルを取り出し指先だけで器用に混ぜ合わせると、

「どうぞキラ様」

「あ! ありがとう。そんなに気を使わなくてもいいよソート」

 キラの笑顔に満面の笑顔を返していた。

(キラ様、ねぇ……)

 彼に向ける視線の意味が変わってしまった。メイリンは隠すことの出来ない半眼をソートに送ると彼はこれには気付いてしまった。

「あ、アンタも何か飲む?」

「あ、え、ええ。はい。いただきます」

 何だろう。この扱いの差は……。

 自慢ではないがメイリンは同年代の男にちやほやされることに、馴れている。そのためある程度の自負があったが……こいつには全く通じないらしい。

(ソートの方が年下だって聞いたけど……。嘗められてる? わたし)

 ザフトでは他の職種に比べモビルスーツパイロットが尊重される。まぁそう言うことなのだろう。メイリンは彼の修正を諦めるといただいた罪なき飲み物を楽しむことにした。

 一口。……感想はあえてノーコメント。グラスから唇を離したメイリンはふと思い当たり、再びソートへ視線を投げる。但し今度は顔ではなく、彼の手へ。

 ソートはでっけぇトランクケースを大事そうに抱えてる。気にはなるが中身は知らない。姉ならば、乗り込む際に問い質し、こんな悶々とした心地を抱えずに済んでいたのだろうが――

(あぁ……つらいっ。場違いよわたし……。リムジンゆっくり走らないでよー)

 アパラチア共和国に来た理由は、現在問題視されている世界規模のテロリスト掃討のための軍事力提供申請。そのための「政治」としてキラが演説を行うことになっている。パレードはあくまで付随品。メイリンは悩みに重くなった頭を抱えようとして――

 別種の緊張に跳ね上がる。

 殺気!

「っ!」

 開放された窓が冷や汗を一掃冷たくする。偶然、投げられた彼女の視線は人混みに消える男を掠めた。暗殺者? 彼が消えた瞬間、心を突いた棘が氷塊。殺意はあいつが漏らしていたと確信しそうになるが、判断は保留。それより伝えるべきことがある。

「窓、閉めて下さい!」

「なんで?」

 ソートは何も感じなかったらしい。

(ぁあもぅっ!)

「狙われますよ!」

「うん。でもみんな見てるし」

「そうだよ。キラ様ならおれらより感性鋭いわけだし。おれかお前が先に撃たれるって」

 ほんわか笑うキラとひたすらに英雄無敵論を語るソート。メイリンはなんかやってられなくなったが、自分の性格ではどうしようもない。あぁ、護衛対象に諭されるSPと言うのもどうなのだろう……。メイリンが息苦しさを覚える時間はその後も数時間に渡って続いた。

 呼吸困難が限界に達する頃、複雑な彫刻に彩られた門がフロントガラスを占め、それを通過するなり人垣がモビルスーツに取って代わった。ZGMF‐1000〝ザクウォーリア〟そしてそれらを囲むようにGAT‐01A2R〝スローターダガー〟……そしてこちらを迎え入れるように相対している特異なモビルスーツは――〝ストライク〟。二門の大型レールガンに二振りの対艦刀、複雑な機構を備えたコンバインドシールドを装備した偉容はこの機体が有する伝説をより際だたせていた。

 開いたリムジンの窓から投げかけられるキラの視線、追ってみれば案の定〝ストライク〟を注視していた。

「あの、ちょっと停めてもらえますか?」

 逆らう者は誰もいなかった。護衛二人を形式的に配置しながら下りたキラはそのまま〝ストライク〟を見上げ――微笑んだ。

 キラ・ヤマトは戦うことを嫌っていると聞いている。『大戦中期に連合最強を誇ったパイロット』などと言う称号、無理矢理戦争に巻き込まれた学生にとっては好ましいものではなかったはず。それでも見上げる彼の表情には痛みや悲しみはない。微笑んでいる。戦争兵器を見上げながら、正の感情を湛えている。

(――懐かしがってる、のかなぁ。やっぱり愛機ってのかな?)

 心に傷を負うほど、苦しんだはず。それでも過ぎれば思い出となる。そう言うことか? 割り切れたのか、それとも愉しいこともあったのか。

 自分は初陣から派生したあの大戦を、懐かしがれるだろうか? 少なくとも今は無理だ。

「アパラチアも気が利いてますね。これバックに演説しろってことでしょう?」

「うん……。でも、僕なんかでいいのかな? 流石に緊張するよ」

 メイリンは演説の席に虐殺者(スローター)と言うのもアレな気がしたが、〝ストライク〟と親子関係とも言えるこの機体、侍らせるには最適な機体なのだろうとも思う。

(あぁ……でもこの二機って、どっちの方が性能上なんだろ?)

 〝ファントムペイン〟が独自に採用したGAT‐01A1のマイナーチェンジバージョン。量産型とは言え初期型たる〝ストライク〟よりも遙か新鋭の兵器である。小首を傾げたメイリンは携帯端末を手に取り、コンペ時点でのスペック表でも得られないかと得意分野に走ろうとしたが――

 その答えは得られなかった。

 いきなり数機の〝スローターダガー〟がカメラアイに光を灯らせる。

「えっ?」

 そして〝ザクウォーリア〟が斬り捨てられた。

〈どうしたっ!? 何事だ!〉

〈――誰が起動させ――〉

〈敵機、海上より更に――〉

 世界が戦場にシフトした。メイリンは息を飲みながら次手を模索する。が、けたたましいサイレンとアパラチア同士の報告が思考を乱雑に掻き回した。

〈青き清浄なる世界のためにぃッ!〉

 その言葉が決定打。思考など完全に吹き飛んだ。

(まだ、〝ブルーコスモス〟なんて存在、残ってるの!?)

 軍需産業複合体〝ロゴス〟の資本を元に異常化した反コーディネイター思想団体〝ブルーコスモス〟。旧地球連合軍の深部にまで触手を伸ばしていたこの組織も〝ロゴス〟瓦解と共に消え失せたとすら思っていたが現実が楽観思想を打ち砕いていく。アパラチア側の関係者がこちらへと何かを叫んでいる。避難誘導係か。メイリンはキラを伴い彼らの元へ駆け寄ろうとしたが――ソートが唐突ににやりとした。

「待てメイリン」

「何よっ! あなたも早くこっち――」

 にやついたままのソートはいきなりトランクケースを開け放つ。収められていたのは――宇宙活動用の生命維持装置まで備えた服――ノーマルスーツだった。

「キラ様! 馬鹿共に粛正をっ!」

 指さす先には〝ストライク〟。メイリンは彼の意図を察し、開いた口が塞がらなくなった。

「何考えてるの!? わたし達はキラさんを護衛しに来てるのよ!」

「はっ! キラ様なら大丈夫だよ。モビルスーツ持ってくんなとは言われたけど、用意してあるのはいいだろ?」

「だからっ! 今は演説に来てるんだから、戦場に立たせちゃ駄目でしょっ!?」

勢い込んで叫んだ目の前に人差し指が立てられる。その先にはソートの得意げな顔。メイリンは眉をひそめた。

「甘いなメイリン。おれ達ははここに軍事力もらいに来たんだ。だがそれに関して語るだけだと不十分だと思うんだよ。その点――」

 再び指さされる〝ストライク〟。メイリンも流されるままそっちに目をやってしまった。

「キラ様がアレで馬鹿共殲滅なんてことになったら言葉を弄するより効果高いと思うんだが?」

 呆れた。さも完璧な解を見つけたと言わんばかりに微笑む彼にメイリンは二の句が継げなくなる。

「あんっ…! だからそのキラさんを――」

「そうだねソート。それ、貸して」

「エェ!?」

 キラはソートの持つトランクケースを受け取ると彼以上の笑顔を残してモビルスーツの近くへと走っていった。手を振るソートの後ろで、ただただ立ちつくす。

(…………………………………………わたしが、間違ってるんだろぉか……?)

 小一時間以上この二人と議論したいところだが、こうしている間にも脅威は迫っているのだ。まずは避難しないと。

「ソート、取り敢えずわたし達は――」

「避難ってんなら不要だと思うぞ。キラ様なら大丈夫だって」

「いや、わたしはわたし達の身を心配――」

 その間にも爆音。そして突風に打ち据えられる。メイリンは咄嗟に髪と服を押さえながら、息を止めさせられた。このままでは生きた心地がしない。薄目で横を見れば、ソートは全くそんなことないようだった。本っっ当にこの人達に関わっていては命が幾つあっても足りなくなる。

〈〝ザクウォーリア〟ニルダース機スタンバイ。後続2機を確認しました。お気をつけて〉

 そうこうしてる間にも戦闘準備を整えた〝ザクウォーリア〟が発進していく。ここはもう演説会場などではなく、戦場だ。

 並列に並ぶ〝ザクウォーリア〟の連射が無抵抗のモビルスーツを破壊していた〝スローターダガー〟を蜂の巣に変えた。しかし次の敵機はその射撃を回避、無造作な一射でこちらのモビルスーツを一機撃墜。腕は狂信者の方が上かも知れないと苦く思う。

 パイロットスーツに着替えたキラが何かを誰かと話している。アパラチア側は困惑を隠せずにいたが、結局許可はしてしまったらしい。コクピットからラダーがおり、キラがそれを掴んで上昇。

 真昼の空を光の格子が包んでいく。時折爆発が街を打つ。パレードの人垣は、無事逃げられたんだろうか。

〈〝ストライク〟スタンバイ。――あの、本当に大丈夫なのですか? あくまで展示目的だったので、弾数などにご注意を〉

〈分かってます〉

 空間の軋む異音が響き渡り、見上げる〝ストライク〟が赤青白(トリコロール)に変色する。

〈キラ・ヤマト、〝ストライク〟行きます!〉

 I.W.S.P.の推力が力強く〝ストライク〟を押し上げる。巻き起こった突風に翻弄されたメイリンが次に見たものは瞬く間に撃墜されていった2機の〝スローターダガー〟の無様な姿。瞬く間に殺意へと肉薄し、翻弄される味方の前に立ち塞がり、命を救い、敵を撃つ。そして撃たれる部位はカメラ、スラスター、マニピュレータに限る。踊るように射線を回避しほんの数射で命を奪わず戦闘不能に。その様子には、美しさがあった。殺戮兵器でありながら、優雅だった。英雄たる者の破壊に……不本意ながらも魅了される。

〈皆さん下がって下さい! ここは僕が引き受けます!〉

 その声に困惑する〝ザクウォーリア〟達。そして、〝スローターダガー〟達が狂喜した。

〈青き清浄なる世界のためにぃぃいぃっ!〉

 反コーディネイター思想団体〝ブルーコスモス〟は一時期究極のコーディネイターたる彼をターゲットとしていた時期があると聞いた。目の前の敵はそんな時代遅れの存在なのだろうか。

 絶叫と共に3機の〝スローターダガー〟が〝ストライク〟へと躍りかかった。しかし〝ザクウォーリア〟が何のアクションも起こせぬ内にその全てが――

 大気灼熱音。

 大気灼熱音。

 大気灼熱音。

 ――武装解除される。

〈ぅ……おぉぉ……!〉

〈す、すごい!〉

「これが……キラ様の力だよ」

 だがビルの隙間を縫って次の〝スローターダガー〟がぬっと顔を出す。今度の3機は〝ソードストライカー〟装備だった。そんな1機にまでキラは躍り掛かる。腰部の対艦刀を手にするなり〝ソードスローターダガー〟と切り結ぶ。左右から繰り出されるロケットアンカー〝パンツァーアイゼン〟をほんの僅かなバックステップで回避し、一閃で二つのケーブルを断ち切る。流れた体目掛けて振り下ろされる対艦刀さえもバーニアで押し出したバックステップが回避する。どういう判断がその中で繰り返されているのか。自身の体すら満足に扱えない青年が、何故より複雑な『操縦』をああも巧みに行えるのか。

 半ばからへし折られ棒きれとなる対艦刀。

 剣舞が繰り返される度解体される新型。

 そして命は残り続ける。

 その全てが見上げる心全てに深々と刻み込んだ。『軍神』の二文字を。

「……やっぱり、すごい」

 賞賛と驚愕。そんな気持ちの満ちる世界でメイリンは声にならない悲鳴を上げる。これが狂信者の根性というものか。武装を全て取り払われた〝スローターダガー〟の何機かが〝ストライク〟目掛けて突進する。狂信者にとって自爆の二文字は日常と同義。あれはおそらく突進ではなく、特攻だ。

 爆弾でも積んでいればそれ以上、推進剤だけでもかなりの火炎が吹き上がる。惨状を想像して息を飲むメイリンだったが前触れ無く天空から降り注いだ3つの閃光が時間のみならず想像すらも停止させた。

 凍り付く、満身創痍の3機。その全てががくりと膝を折り、轟音と共に同時に沈む。その全てがコクピットを貫通され、大穴を晒していた。

 振り仰いだメイリン。陽光に晒されながらもその瞳孔が大きく開く。

 長砲と銃を手にした翼ある人型。自身の記憶が彼女を苛み一つの言葉を滑り出させる。

「黒い……〝デスティニー〟……!」

 七色の翼を持つ破壊の権化は何を求めてここにいるのか? 虚空を見上げる〝ストライク〟を横目にメイリンはただただ息を飲むことしか出来ずにいた。

SEED Spiritual PHASE-9 殺す制御不能心

 

 クロは三点から黒煙を立ち上らせるアパラチア共和国の町並みを一望した。

 セカンドステージのZGMF‐Xシリーズはファーストステージのそれと違い、マルチロックオンシステムが搭載されていない。しかしこの機体は『二つの頭脳』が別動作を並列処理することも出来るため、ビームライフル、〝カリドゥス〟、〝ゾァイスター〟の三つの火砲を用い、擬似的なマルチロックオンが可能となっている。本家のシステムを搭載し、全身に砲を装備した〝フリーダム〟やドラグーンシステムを搭載した〝プロヴィデンス〟に抗するほどの性能ではないが原型機よりも多対一を有利に運ぶためには大きなアドバンテージとなる。

 〝ルインデスティニー〟は長距離砲を折り畳むと着地の瞬間を視認させぬまま後続の〝スローターダガー〟1機へ肉薄、刹那に敵機をを斬って捨てる。

 足下で喚き立てる人間の群れは蟻の如き些末な存在感。ここで運命を決したヒトも車両も少なくない。

「〝ブルーコスモス〟かよ…ったくお前らも狙いはキラ・ヤマトか!」

 〝スローターダガー〟は確か〝ファントムペイン〟が専有していたはずだ。そこからの推理だが、おそらく外れてはいまい。一時究極のコーディネイターであるキラの存在は彼らの最優先ターゲットと目されていた時期もあったと聞く。

「んっ! もぉっ! もうちょっと静かに操作してよぉ!」

「無理言うな。予備のシートベルトで後ろの壁にでも巻き付いてろ」

 ルナマリアがいなければこの機体、ここまで運ばれては来なかった。だがいざ配達完了すれば彼女の存在は邪魔でしかない。クロは口の中だけで毒づいた。

 コーディネイター排斥主義者達は特攻すら躊躇う理由はないのか、近接装備の〝スローターダガー〟が仲間の屍を越えて駆け寄ってくる。最前の一機を切り伏せたクロは対艦刀をアスファルトに突き立てるとライフルを手に無造作な一射で撃ち抜いた。相手に驚愕する間も与えずビームライフルが的を撃ち落としていく。

 その背後で、〝ザクウォーリア〟が陣形を整え終えたようだ。まさか援護を感謝することはあるまい。自分達は、業を背負ってこの場にいる。

 7つのビーム突撃銃が〝ルインデスティニー〟を捉えた。クロはそれには頓着せず最初の餌食を選択するが〝ザクウォーリア〟からの発砲はない。それを怪訝に思う必要もなく…I.W.S.P.を装備した〝ストライク〟が彼らの前へと歩み出た。

 AIが手前に小さなモニタを浮かび上がらせ、そこにメッセージを写しだした。

「これ、〝ターミナル〟から?」

「…便利な組織だよな」

 先程紛れていた雑踏の中にも〝ターミナル〟の端末人間がいた、と言うことだろう。メッセージにはターゲット――キラ・ヤマトがあの機体に搭乗している旨を伝えてくれている。

 クロは〝ザクウォーリア〟達に背を向けた。

「え? 逃げるの?」

「バカを言え。キラ・ヤマトは自分だけで戦う気があるんだ。わざわざ『式場』を壊さずにおくくらいは気ぃ使ってやってもいいだろ」

 クロが示したモニタの先には学校のグラウンドだろうか。有事の避難場所にでも使われそうな開けた空間がある。彼も機体到着までの空いた時間を無駄に過ごしていたわけではないらしい。距離にして数百メートル程度。〝ザクウォーリア〟も追っては来るだろうが、クロはその前に決着を付ける腹づもりでいた。

 ルナマリアはシートベルトが許す範囲で後部を映すモニタを覗き込む。懸念するまでもなく〝ストライク〟は追ってくる。

〈どう言うつもりだ! あなたは、なにを!〉

 国際救難チャンネルでも開いたか、こちらの通信機が彼の言葉を拾い、伝えてくる。クロは興奮を押し隠した。ルナマリアが同乗していなかったら快哉の一つも上げていたかもしれない。通信機を操作しシステムに同じ周波数を選択させる。

「…ねえ、クロって、あの人のこと知ってるの?」

 映像情報は与えぬままクロは生ける伝説へと話しかけた。

「あんたがキラ・ヤマト……二つの大戦を集結させた『個人』か」

〈……? あなたは…〉

 クロは激しかけた心を抑えた。嚥下した唾液を胃に感じる。

「『はじめまして』だな。名乗るほどのもんじゃないが、クロとでも呼んでくれ。ああ、戦場はこの辺でいいだろう。ビルも遠いし、――メディアも近寄ってこれる」

 ルナマリアはクロの意図には気付かなかったようだ。ただ、売名行為に苦笑を漏らしている。クロは〝ルインデスティニー〟を急反転させるとビームライフルを突き付けた。

〈何のためにこんなことを!〉

「我を通すためだよ! これは正当な意見提議だ!」

 閃光が迫る。光の速度の殺意。しかし〝ストライク〟はそれを余裕をみせて回避した。また喋る余裕すら見せる〝ストライク〟が上体をかがめた瞬間、両肩のレールガンが火を噴いた。

〈あんな破壊を引き起こしておいて、何が意見だって言うんだ!〉

 クロは回避を考えすらしなかった。TPS装甲が実弾の連撃を弾き返すも凄まじい衝撃がコクピットを襲う。ルナマリアは恐慌にかられクロへと手を伸ばしたがベルトに引かれて届かない。

「ちょっとナニ考えてんのよっ!?」

「黙れ!」

 叩き付けられたその罵声が彼女の発言権を完全に否定する。クロは低く嗤いながら〝ルインデスティニー〟に更なる意志を吹き込んでいく。

「キラ・ヤマト…ラクス・クライン…。お前達は意見を聞かない」

〈そんなことはっ!〉

「何故断言できる!! 何故否定する!?」

 左腕を操りRQM60F 〝フラッシュエッジ2〟ビームブーメランを投げ放つ! 〝ストライク〟はアクロバティックな動きで一閃を避け、復路の斬撃さえも予想したようにシールドで捉え、弾き返す。しかし彼の技術を持ってしても埋めがたい出力、アラートランプが叫んだときには大剣を振り上げた運命が迫っている。

「お前がしてきたことと、オレが思い知らせていること、一体何が違う!?」

 その動きは恰も反射する光の如く。腰の対艦刀に手をかける暇もなく、掲げたコンバインドシールドが真っ二つに切り裂かれ、楯から切り離されたガトリング砲が爆発しながら地表に突き刺さる。キラは対艦刀に届きかけていたマニピュレータに急制動をかけると対装甲ナイフ〝アーマーシュナイダー〟にアクセスし、抜く手も見せずに突きかかる。フェイズシフト装甲を硬鉄で貫こうとは考えない。狙うは、手首。

〈僕は! 僕らはただ静かに暮らしたいだけだ! 自立、自由の中でのオーブの理念を――!〉

 キラの言葉が飲み込まれる。関節を捉えきれず装甲にぶち当たった〝アーマーシュナイダー〟はいきなり直角に折れ曲がり火花を散らして灼熱する。振り解かれた腕に抗せず〝アーマーシュナイダー〟が吹き飛び砕け散る。

 〝ルインデスティニー〟は〝ストライク〟を睨め下げた。

「誰もがそう願う。自分が幸せになりたいとな。だがそれを通せる力が誰にでもあるか? お前の偽善を聞いているとオレはムカついてくるんだよ……!」

 ルナマリアは何も言わない。通信機からはキラの声は聞こえないがその意志だけは伝わってくる。『どうして解ってくれないんだ』。彼は力で思いを押し付けようとはしていない。

「何もオレは『デスティニープランが素晴らしいから復活させよう』と言いたい訳じゃない。アレなんか有利な遺伝特性をカネで買える奴らが上に行くだけだ」

〈それなら…何で分かりあえ――〉

「だがあの議長は『戦争を終わらせる一手段』を提案して見せた。それに対し、お前らが何をした? 反対意見をぶち上げて代替案も出すことなく一方的な暴力でその提案を消し去った!」

 キラが息を飲む気配が通信機越しに伝わってくる。〝ルインデスティニー〟はシールドからビームサーベルを取り出すと大上段から振り下ろす。キラは懸命に機体を駆るがスラスター出力に差がありすぎた。シールドを失った左手首が切り飛ばされ宙を舞って地に吸い込まれる。

〈デュランダル議長は……信じられなかった! あの人は、全世界を騙していたんだ!〉

「それはお前の言い分だ。オレの言い分からすればアンダーグラウンドを駆使してあらゆる人間を洗脳するラクス・クライン。手段もねーのに無駄な理想ばっかり並べ立てるカガリ・ユラ・アスハ、どっちも信じられないな」

 キラは隠れた右手で対艦刀を引き抜いた。サーベルを振り下ろした敵機目掛けて〝イーゲルシュテルン〟を斉射しながら剣の切っ先を突き立てる。

 しかしその切っ先も伸張したシールドに阻まれた。焦りが生まれる。殺したくない。撃ちたくない。それでも相手は無力化させなければこちらの言葉を聞いてはくれない。

〈くっ…!〉

「で、お前の言い分に乗っ取れば、オレは奴らを殺しても良いわけだな!」

 引き寄せようとした対艦刀が、逆に引き込まれ蒸発した。

「っ!?」

 単なるアンチビームコートシールドではない。〝ルインデスティニー〟のシールドコアから出力されたビームシールドが対艦刀を熱して落とす。

〈そんなことっ! 僕らは、ラクスも! みんなが静かに暮らせる世界を作りたいだけなんだ! それが許せないことなのか!?」

 素晴らしいまでの自己中心的偽善だ。クロは彼の言葉に感銘すら覚えていた。この世界に自由はない。武力は存在するだけで恐怖の象徴となるのだ。自由はなく、意見することもなく、彼らなら世界を導くだろうと信じる以外に道はない。彼らは考えないのか? 他人任せになる未来、『デスティニープラン』と何が違う?

「あぁ、お前らの存在自体が問題だ、とでも言わせたいか? そんな考え、『コーディネイターだから』を理由に彼らを虐殺する〝ブルーコスモス〟と同じだから間違ってると!?」

 突き込まれる巨大ビームソード〝メナスカリバー〟。咄嗟に左を防御に回すがもうシールドは失われている。鋼の刀剣は装甲ごと左腕の機能をズタズタに引き裂いた。

「ならお前は! 身体も立場も『特別な存在』であるお前は本当に一般を蔑んでないと言えるのか!?」

〈――僕は…誰とも変わらないっ!〉

 顔面に突き付けられた長距離砲を反射神経だけで反らして避ける。灼熱する破壊閃がメインカメラを捉えられずに虚空を灼くが撫で切るように照射されたその閃光は突き出していたレールガンの砲身立て続けに灼き潰す。

「力を持つ存在なら――」

 仰け反った〝ストライク〟に〝ルインデスティニー〟がシールドごと全質量を叩き付ける。何かを掴もうと伸ばされた右腕を吐き出したビームシールドで薙ぎ払う

「その力を自覚しろっ」

 息を飲む気配をも押し潰す。ウィングスラスターを開き、莫大な光圧を発生させると〝ストライク〟の巨体を地表目掛けて圧殺する。

 メイリンは七色の流れ星を見た。超長距離から眺めていれば願い事の一つでもかけたかも知れない。が、星の詳細が目視できる距離では脇目もふらずに逃げるしかない。ソートの言葉など聞かず、自分が思った通り避難をしていれば良かったのだ。

「ソートっ! 伏せてぇっ!」

 そのソートは流れる〝ストライク〟を凝然と、そして呆然と見上げていた。その様子に戦慄を憶えるもののメイリン自身にも他人を気遣う余裕はない。飛び込むように伏せる途中、〝ジェットストライカー〟を装備した〝ザクウォーリア〟数体が一瞬見えた。だがそれに注意を払う暇など無く、激震が全身を打ち据える。

 ―――――――――――――― !

「うぶっ!? けほっ!けほけほっ!」

 巻き起こる砂塵に盛大に咳き込むものの、そもそも人の足でモビルスーツに追いつけるはずもなかったか、瓦礫に打ち据えられるようなことはなかった。

「……キラ様!」

 〝ザクウォーリア〟が頭上を越える。ZGMF‐X12A〝テスタメント〟等からジャンク屋の広めた技術によりウィザードとストライカーパックを兼用できるプラグが広まっている。そのためストライカーパック対応型〝ザクウォーリア〟と言うものに別段気を払うことはない。メイリンが息を飲んだのはソートの、この世の終わりを眼にしたような絶望に染まったその声色。

 粉塵に滲む目を擦り涙を堪えて振り返れば〝デスティニー〟が〝ストライク〟を組み敷いていた。

〈また、言い訳をする気か?〉

 メイリンは思わず口元を抑えた。この声、聞き覚えがある。ガルナハンで〝ストライクダガー〟を虐殺した黒い運命、そのパイロットに違いあるまい。

〈あ…あなたはっ!〉

 キラの呻き声にソートの喉からか細い悲鳴が漏れている。メイリンは携帯端末を取り出し操作を始める。その間にも『シンではないパイロット』は憎しみを込めた怒罵を吐き付けながら立ち上がった。

〈迷っていたからと、町が気になって本気で戦えなかったからと、〝フリーダム〟持ってくれば敵じゃねーと!〉

 憎しみが徐々にとは言え高まっていくのが感じられる。メイリンはアパラチア共和国に許可を取り携帯端末を拡声器と連動させながら荒れる呼吸に翻弄される。

 クロは胸中から溢れ出す黒い感情を持て余していた。〝ストライク〟を初めとした初期GAT‐Xシリーズは現行では〝ザクウォーリア〟に劣る性能しかない。上回るのは装甲材くらいだ。自分は最強を手玉に取ったわけではない。そう言い聞かせても狂喜を孕んだ黒い感情は抑えが効かない。

「ちょっと…増援来るわよ…!」

 通信機を気にしてか、ルナマリアが小声で注意を喚起する。しかしそれも、小声である分を差し引いても、遠い。

「殺しはしねぇよ。自分の主張のために暴力で息の根止めちゃあ、お前らと一緒だからな……」

 ビームサーベルを手にした〝ルインデスティニー〟はゆっくりと〝ストライク〟の右手、右足、左足を灼き潰し、モビルスーツを棺に変えていく。上空から2発のビームが迫り来るが存在そのものを忘却する。

「オレを、忘れるな…!」

 その行為にルナマリアは悲鳴を上げた。通信機からは迸る絶叫がその灼熱感を彼女にまで伝える。クロはビームサーベルの先端でコクピットハッチを切り開いていく。

 熱さの殆どはノーマルスーツが遮断した。しかし眼前に巨大な刃を押し付けられるこの恐怖は内側をこの上なく冷やしていく。

 ルナマリアが慌てながらシートベルトを外しクロの右手に縋り付くが彼はその前に剣を引いていた。

「お前がやってきたのはこれだ。力でねじ伏せ意見を通す。これなんだ……!」

「あんた…ちょっと落ち着いてよ!」

 自分は落ち着いている。自身に言い聞かせるが、ルナマリアに認めさせようとは考えつかない。無力になった〝ストライク〟から視線を離し、逃げ道確保のために降下してくる〝ザクウォーリア〟に視界を移動させ――

 サイドモニタが足下の人間を捉えた。ヒト? 物好きな。さっさと避難しろよ……。うんざりと考えかけたクロだったがその人影、赤い髪に見覚えがあるような気がする。

 そんな気はない。弱者を陵辱して喜ぶ趣味は自分にはない。

 それでもビームライフルの銃口を彼女に向けた。

 キラは必死に状況打破を試みるが扱えるのはモニタしかない。その〝ストライク〟の眼が残酷な現実を突き付けてくる。メイリンが立ちすくんでいる。その先には黒光りする巨大な銃口。

「や、やめろおぉぉおぉっ!」

 キラの中で何かが弾けた。暗幕を落とされたように視界が一気に鮮明になり指先に至るまで意志と感覚が染み渡る。全てを凌駕する完全な感覚が肉体を掌握した。――しかし機体は沈黙している。キラは絶叫し続けた。それでも機体は沈黙している。

〈これが、綺麗な言葉で隠しながらお前のしてきたことだ〉

「あ……あ、あのヤロォオォォッ!」

 ソートの声が遠ざかっていく。メイリンは闇の眼球に射すくめられている。それでも彼女を凍り付かせている原因は絶対的な死の予感だけではなかった。

(今、聞き覚えのある声が、聞こえたような気が……)

 通信機から準備完了の音声が漏れるが、そんなモノは聞こえない。

〈ダメだ…ビームが効かない!〉

〈ならば!〉

 戦いの凄まじさから、遠巻きに滞空していた〝ザクウォーリア〟の一体が腰部の一つに手をかけ、〝デスティニー〟目掛けて投擲する。

〈目を閉じろ!〉

 クロ以外の全てが彼の叫びに従った。投げられた弾頭が炸裂する。だが装甲を撃つ爆音は聞こえない。それはZR11Q閃光弾だった。

「ぅぐあっっ!?」

 モニタのバイザーが間に合わず、クロの視界がまともに灼かれる。恐慌に陥りそうな自分を飲み殺し、ひとまず機体を急上昇させた。

「っっくそ、やってくれた…!」

 無理矢理目蓋をこじ開けようと必死になるも痛みがそれを邪魔する。吐き出しても落ち着かない怒りが沸々と滾り始める。

「この…………」

 滂沱と涙を落としながら無理矢理にでも視覚を機能させる。モニタが通すのはこちらを見上げる〝ザクウォーリア〟群。無性にそれらが憎らしくなる。

「――っ! 消えろ」

 猛り狂う怒罵を噛み砕き、冷静を装って機体を操れば一機の〝ザクウォーリア〟がその射線を回避する。更に激したクロは呻き声すら噛み殺したまま、回避した〝ザクウォーリア〟の背後に飛び込むとゼロ距離射撃で爆死させる。終わらない暴行。動揺から立ち直れない敵機に狙いを付け、立て続けに爆死させて焼死させて殲滅させる。

「ちょっと今メイリンいなかった!?」

 周囲眼下問わずに連射するクロにルナマリアは危惧を抱き戦慄した。オーブは、妹に何をさせているのだ! デスクワークの通信士で、危険からはほど遠い業務だと、メイリン自身が自分に告げたのを間違いなく覚えている。なのにどうしてこうもそこら中に派遣され、その度危険な目に遭っているのだ!?

 

「お姉ちゃんやめて! 何で戦うの? どっちのラクス様が本物か、何でわかんないのよぉっ!」

 

 思えば〝エターナル〟から発せられたあの通信に縛られた結果、自分はここにいるのかもしれない。わたしにとってはラクスなどどうなろうが関係なかった。メイリンだってそうだったはずだ。まだしもアスランを持ち出された方が気が楽だっただろう。メイリンはどうして、〝インパルス〟に乗る自分に、そう叫びかけてきたのか。

「ザフトでもねェ奴が…モビルスーツに触れるな!」

 流れかけていた思考がクロの叫びと赤光に塗れるモニタに引き戻される。今はメイリンの立場より命の方が心配だ。例え見間違えでも今のクロの行動は目に余る。やめさせなければならない。

 ルナマリアが再びベルトに手をかけ行動に移ろうとしたその瞬間、

〈クロ、やめて下さい〉

 強制割り込みをかけたティニの通信がコクピット内に響き渡る。

「あいつらは…!」

 クロは何かに耐えている。冷静を装うその声から隠せようもない憤怒が漏れ出ているのがルナマリアにも感じられた。言葉だけでは停めようがない。ルナマリアは意を決して手を伸ばすが――

〈やめなさい〉

 全ての音が聞こえなくなった。

 激していたクロも、操縦桿が熱を持ったかのように慌てて両手を引っ込める。モニタ越しに少女が睨む。クロがその眼を真正面から捉えさせられたとき胸中を駈け巡ったのは歓喜を伴った激烈な恐怖だった。

〈殺さないのでしょう? ならもうそこに留まる意味など無いはずです〉

「…………ああ、その通りだな…」

 何かに囚われかけていた。それを完全に自覚する。クロは大きく深呼吸するとミラージュコロイド定着のための操作を…終えた。

(オレは、とうとうあいつに言ってやった……。だがそんなオレと、あいつにどれほどの差があるってんだ……)

 ようやく、ルナマリアの溜息が聞こえたような気がする。

「悪い…帰りはお前に頼めるか?」


 
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