混戦の中、一刀たちの周囲だけぽっかりと穴が開いたように誰も近寄らない。しかしそれでも、張三姉妹の攻撃によって敵味方関係なく吹き飛ばされている。
「くそっ!」
最初は周りに被害が出ないよう、気をつけていた一刀だったが、だんだんとその余裕もなくなってきていた。
(どうすればいい……)
恋の時のように貂蝉に力を借りようと考えたが、今回は無理だった。貂蝉が言うには――。
(掛けられている術が、そもそも違うのよ。それに仮に出来たとしても、今の私の力じゃ、助けられても一人だけ。ご主人様、三人から一人を選べる?)
助けるなら三人ともだ。一刀は心のどこかで、貂蝉をアテにしていた自分を恥じた。
(中途半端な覚悟じゃ、きっと誰も救えない)
ぎゅっと唇を噛んだ一刀は、果敢にも三人との距離を縮めてゆく。間合いが狭くなるほど、攻撃を避けるのも難しい。
(考えていても答えは出ないんだ。まずは行動あるのみ!)
詠が、恋の強さは動物的な勘で動いているからだと話していた。考えや計算がないので、動きが読めないのである。それを真似してみようと、考えた。
「――っ!」
一番近い所にいる天和に攻め寄ろうと一刀が動いた瞬間、叩きつけるような強烈な殺気が横から襲って来た。咄嗟に身をひねった一刀の横を、剣が縦断する。刀身がわずかに腕をこすり、服の裂け目が焦げて熱く刺すような痛みが走った。
「ふふふ、あれを避けるなんてさすがね」
「何だっ!?」
一刀は体勢を立て直してその人物を見る。褐色で髪の長い女性が剣を片手に立っていた。
「私は孫策、よろしくね仮面のお兄さん」
曹操には殺すなと言われていたが、熱くたぎった血に思わず本気の一撃を出してしまった。しかしそれでも、彼はその攻撃を見事に避けたのだ。
(何だか楽しい……でも)
雪蓮は少し不思議に思った。いつもなら煙る血に、どす黒い殺戮の欲求が高まるのだが、これほどの混戦でありながらも湧き上がるものはない。
もちろん、気持ちは高揚している。だが、後ろ暗い想いはなかった。
「ねえ、名前を教えてくれる?」
「名前……えっと、い、一号です」
「ぶーぶー、本当の名前は秘密なの?」
「諸事情によりまして、あの……」
「ふふ、何それ? 汚職が見つかった官吏みたい」
しどろもどろの一号に、雪蓮はおかしくて笑った。だがすぐに真顔に戻って、剣を構える。
「じゃあ一号さん、行くわよ?」
「えっ? いや、困ります!」
問答無用で、雪蓮は斬りかかった。並の武将では避けることが出来ないほど、鋭い一撃が一号に襲い掛かる。雪蓮の気迫を含んだ刀身は、熱く燃えるように空気を切り裂く。
一つ一つの動作が素早く、目で追うことすら困難だった。振り下ろし、横になぎ、袈裟斬りで剣を返し、一度引いてから突く。自由奔放な彼女の性格を表すように、その攻撃も多彩で先が読めない。
「はははははは! いいわよ、一号さん!」
「よっ! はっ! ちょ、ちょっと! そ、孫策さん! や、やめて! くだ! さい!」
雪蓮の激しい攻撃を、だが一号も見事に避け続けた。楽しくてすっかり黄巾党のことは忘れていた雪蓮は、夢中で遊ぶ子供のように剣を振る。しかし、そこへ突如、邪魔が入った。
「――っ!」
張三姉妹の攻撃が、雪蓮の動きを止める。彼女の顔からは笑顔が消え、静かな怒りをたたえていた。
「まったく……先に、死にたいみたいね」
向きを反転させた雪蓮は、天和たちに襲い掛かった。
一瞬にして、雰囲気が変わる。
「ダメだ!」
張三姉妹に向かって行く孫策を、一刀は追い掛けた。天和の烈風を一刀両断し、孫策の鋭い突きが肩を貫く。剣を引き抜いた孫策は、そのまま頭部に向かって叩きつけるように振り下ろした。
躊躇いのない攻撃は、そのまま天和を真っ二つにするかと思われた。だが背後から一刀が斬りかかり、その気配を察知した孫策が剣を止めて身を翻したのである。
「ちょっと、卑怯じゃない?」
「ごめん……でも、三人を殺させるわけにはいかないんだ」
「こいつらが、黄巾党の党首なんでしょ? だったら、死んで当然だと思うけど」
「彼女たちは術を掛けられて、操られているだけだ。責任がないなんて言うつもりはないけど、殺してそれで終わり、なんて事にはさせない」
一刀の言葉に、孫策は溜息を吐く。
「操られていようがどうしようが、このまま放っておいたらまた大勢が死ぬことになるわ」
「だから俺が、彼女たちを助ける。術を解いて、正気を取り戻させる。そのために来たんだから」
「できるの?」
「やる!」
力強く言い放つ一刀に、孫策は一瞬呆然とし、やがて笑い出した。
「あははははは……そう。わかったわ」
「孫策さん……」
「勘違いしないで。納得したわけじゃないんだから。ただ、そんな真っ直ぐな目をした一号さんがどうするのか、見てみたくなっただけ。だから出来なかった時は、今度こそ容赦なく殺すから。私は黄巾党の暴虐を、これ以上見逃すつもりはないの」
きゅっと目を細め、孫策は一刀を見る。そして視線を黒装束と戦う二号、三号の方に向けた。
「それじゃ私は、あっちに混ざろうかな。あの黒い奴、いかにも黒幕って感じだしね」
「あの、ありがとう。孫策さん」
「お礼は全部、終わってからね。ふふふ」
笑いながら走り出す孫策の姿を見送り、一刀は改めて張三姉妹と対峙した。しかしここで再び、何者かが一刀の横から強烈な殺気を込めた一撃を放ったのである。
「ちょっ! またか!」
「あら、ごめんなさい」
全然済まなそうじゃない顔でそう言ったのは、大きな鎌を持った金髪ツインテールの少女だった。
既視感のように蘇るその顔。しかし、それは夢じゃなかった。
「お久しぶり、というべきかしら? 北郷一刀」
「君はあの時の……いや、あの、俺は北郷じゃないから」
「下手な嘘ね。憶えているでしょ? 私を助けてくれたじゃない。まさかあの時のあなたが、天の御遣いだったとは驚きだけれど」
「いや、だから人違いじゃないですかねえ……」
「まあ、いいわ。変な仮面まで被ってがんばっているし、黙っていてあげる。それよりも私の自己紹介がまだだったわね、私は曹操。名前くらいは聞いたことあるかしら?」
「曹操……えーっ! あ、き、君が曹操!?」
驚きで慌てふためく一刀を見て、愉快そうに曹操は笑った。
「ふふふ、それで一号? どうやってあの子たちを自由にするつもりかしら?」
「えっ? き、聞いてたんだ?」
「ええ。あの孫策を相手に一歩も引かない姿は、頼もしかったわ。それで、もちろん考えあっての発言でしょうね?」
曹操の言葉に、一刀は返す言葉がなかった。正直、何もまだ考えていない。
「呆れたわね。どうするつもりなの? 悪いけれど、名案が浮かぶのを待っているほど、時間に余裕があるわけじゃないの。ここまでで結構な時間を浪費しているわ。そろそろ、この戦いも終わりにしたいんだけれど」
「わ、わかってるよ……」
「まったく……いいわ。ねえ、あれが見える?」
そう言って曹操は、混戦の中のある場所を指で示した。そこはここと同じように、ぽっかりと穴が開いたように人が引いている場所が二つあった。
「夏侯惇が許緒と、夏侯淵が典韋と戦っているわ。あの二組の戦いが決着するまで、待ってあげる。もしそれまでにあの三人の正気を取り戻せなかったなら、孫策の手を煩わせる事はないわ。私がこの手で、彼女たちを殺す」
一瞬覗かせる殺気に、彼女が本気なのはわかった。一刀は黙って頷き、間髪を入れず張三姉妹に攻め込んだ。今はただ、積極的に行動するしかない。
曹操が見守る中、再び、一刀と張三姉妹の戦いが始まった。
Tweet |
|
|
46
|
1
|
追加するフォルダを選択
恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
VS雪蓮、そして華琳との再会。空気の読める子、張三姉妹。
楽しんでもらえれば、幸いです。