No.163621

不思議的乙女少女と現実的乙女少女の日常 『嘘とそれ以外 2』

バグさん

虚はむなしく何も無い。虚ろの中で嘘を付け。

2010-08-06 00:21:32 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:425   閲覧ユーザー数:417

荒野に…………いや、荒野へと変貌してしまった大地に、佇む黒い影が1つ。

遠く。遥か遠く。常人ではその姿を捉えることすら出来ない場所に、その影は居た。

彼女は、人生で始めての絶望を味わっていた。いや、厳密に言えば、この時点ではまだそれを実感していなかった。彼女がそれを、こういう心地を絶望というのだと実感するのは、何もかもが終わって、愛すべき日常に帰還してからではあるが。

それは、世界の全てが嘘になってしまった様な光景だった。

しかし、それが夢では無く、嘘でも無く、故に紛れも無く現実である事は…………この痛みが証明している。

裂傷による鋭い痛みが。

焼け付いた大気が与える、焦げ付いた痛みが。

数キロ先から届く、彼女には向けられていないはずの圧迫感によって引き起こされた、心臓すら止まりかねない程の動悸が与える、血液の痛みが。

そして、それら全ての痛みを掻き集めても到底足りないほどの、絶対零度すら及ばないのでは無いかと錯覚してしまう程の、異常にして無情なる冷徹の悪意が与える痛みが。

証明している。

目の前の光景が、全て現実で有る事を。

周りに展開していた数十人の仲間達は、その悉くが蒸発してしまっていた。物理的な蒸発である。

正に一瞬の出来事で、視界に映るその全てが、夢幻の様に溶けてしまっていた。

全身が震えるのは、火傷によるものでは無い。そもそも、彼女の火傷は、周囲の惨状から考えるに、異常に浅かった。物理的な痛みで言えば、左腕の複雑骨折と、身体に刻まれた無数の裂傷のみで、これらは大したものでは無い。少なくとも、彼女の中では。

彼女が震えているのは、先ほども明記した様に、影が与える悪意によるものだった。

この世界で必要なものは、全て人間が想像し、創造する。何処かの魔法使いが、そんな事を言っていたのを思い出した。

だとすれば、

「なんて…………愚かさだ」

歯の根が噛み合わないながらも、なんとかその言葉を口にした。その言葉に答えるものは、存在しない。それは分かっている。だが、言わずには居られなかった。

彼女は震える全身で、大地を這った。焼け焦げた大地だ。その温度は未だ一千度に達する程の灼熱で、しかし、そんな事は気にもならない。精神的にも、肉体的にも。

這い回る動作は遅いというものでは無かったし、事実、十数秒もしていなかった。しかし彼女には、それが人生の大部分を一瞬で使い果たしてしまったかの様な時間の圧縮感覚を与える作業であり、地獄だった。

地獄を体感しながらもそれを行い、完了し、彼女は這いずり回っている間に広い集めた物を、震える視界で確認した。

それは、一瞬の超高熱で変形した、元は何らかの道具だったであろう、歪な金属だった。

蒸発してしまった、彼女の仲間が持っていた物だ。

ぶす、ぶす、と妙な音が響いていた。彼女の両手に装着したプロテクターが変質する音だ。超高熱で変形したそれらの金属には、未だ数千度の熱が篭っていた。それがプロテクターを焦がし、あるいは溶かし、彼女の両手を今にも傷つけようとしていた。

しかし、彼女はその可能性を無視した。

彼女は数千度の高熱が篭ったそれを、渾身の力で握り締めた。

肉と脂の焼け焦げる臭みが鼻を突きぬけ、彼女の声が世界を突き抜けた。

声を上げた理由は何だったか。

骨すら溶かしかねない高熱が与える痛みか。

それとも、己一人助かった事に対する痛みか。

気を失う直前、彼女は視た。

黒い影が消失していくのを視た。

化け物は死んだ。

数人の、組織の人間ならば誰でも知っている程に凶悪にして絶大な能力を誇る人間。彼等の奮闘が功を成したのだ。

だが、彼女が本当に視ていたのは、それでは無い。

黒い影の傍らに立つ、神々しさを放つ存在だった。組織の人間では無い。いや、そもそも人間ですら無いだろう。どちらかといえば、黒い影と同種の存在なのだろう。

消滅していく黒い影を視ている組織の人間には、その姿が視えていない様だった。

聞いたことが有る。

あれは…………聖人だ。

ミーコの問いを反芻するまでも無く、リコは気がついた。それは多分に直感的なものだったが、確かにそうなのだと、妙に確信的だった。

それはきっと、リコのミーコに対する信頼が大きいためで、その確信は盲目的で危険である。

そう言ってしまえばそれまでだが、それだけでは無い何かを感じ取っていた。あるいは知っていた。常人には無い『何か』を持っているミーコへの評価だからこそなのだった。

ミーコの言う『リコの知りたがっている答え』というのが、つまり、ミーコの出した問題の中心である、リコの従僕で有る所のカレンに対して向けられたものでは無く、目下頭を悩ませているネクロノミコンに対してのものだという事。

それが、ただの妄信では無い、と信じさせる『何か』を、ミーコは持っているのだった。不可思議な現象に対しては、一家言有るリコだからこその感覚なのかもしれない。

「……………………」

果たして、本当にそれだけか? 

不意に頭に浮かんだ疑問符に、リコは頭を振った。

「先輩。先輩は、何を…………」

何を知っているんですか?

そう聞くことは容易い。しかし、解を得る事はこの上なく難しいだろう。

何処と無く面白がっている風なミーコの表情を差し引いても、恐らくは何も答えてくれないに違いない。何故なら、既にミーコは『考えろ』と言った。

(…………問題自体に、意味は無いんだ)

ならば、ただ答えを聞いても意味は無い。ミーコがカレンの出自やその他色々を知っているかどうかの答えならば、尚更だ。選択肢付きの問題の回答を得ても、だ。その問題に対して考えることに意味が有るのだろう。

だが、それはあまりにも難題過ぎる。無理難題に過ぎる。少なくとも、今ここで、数分考えた程度で出る答えでは無いだろう。その程度の事ならば、誰かに頼る事も無く解決してしまっているはずだ。

「まあ、普通は難しいよな。こんな事、いきなり言われても」

リコの、知恵熱でも出してしまいそうな表情に、苦笑しながらミーコは、

「でも、難しく考え過ぎだ。あんたは賢いからね。そういう所、あるよ」

「なんか、あんまり褒められてる気がしないですけど」

「誰が褒めてるって言った。まあ、馬鹿にもしてないけど」

 ミーコは、今にもイスからずり落ちそうだった体勢を整えて、足を組んだ。

「聞けば良いんだよ」

「は?」

「分からなかったら、聞けば良い」

自身で良く考えろと言った矢先、事も無げにそんな事を言った。リコは呆れて、

「考えろって言ったの、先輩じゃないですか」

先ほどまで、大真面目にミーコの言葉に忠実であろうとしたリコは、反論せざるを得なかった。矛盾に過ぎるではないか。

「私に答えを聞くな、とは言わなかったよ」

「それは詭弁です。普通、あんな言われ方したら、答えなんて聞けないですよ」

「じゃあ逆に聞くけど、あんたの抱えてる問題ってのは、普通レベルのもんなのかい? それだったら、あのゴスロリ好きなあんたの幼馴染に相談してれば良いじゃないか」

 まあ、それについても私は反対しないけど、とミーコは付け加えて、組んだ足に肘を付け、微笑を浮かべた。

「そ、それは…………」

確かにそうかもしれない。と、一瞬納得しかけたリコだったが、

「いや、先輩。それも詭弁じゃないですか。論点がずれてきてますよ」

なんとか論破されるのは防いだ。論点がずれてきているというより、ミーコが意図的にずらした、というのが正しいのかもしれない。非常に面白そうな顔をしている彼女の顔を見ていると、その考えに確信すら覚える。

「はは、ごめんごめん。あんたをからかうのは面白くてさ」

 悪気があったわけじゃない、とミーコは弁明した。リコも、彼女がそういう性格である事を知っているから、特に怒りは湧いてこなかった。むしろ、昔と変わらないその調子に、安堵すら覚える。

「まあ、聞けば良いってのは冗談じゃないけども。それに、考えろって言ったけど、今ここで答えを出せとも言ってない。ま、それも詭弁臭いね。あんた風に言えば」

「……………………」

リコは若干の違和感を覚えた。何も言い返すことが出来なくなって、沈黙してしまう。

ミーコは一体何が言いたいのだろうか。具体的な答えを提示してくれると思っているわけではないが、困っている後輩をもてあそんで楽しむだけの人間でも無い。その辺りは、信頼しているだけに疑いようが無い。

「………………」

今度はミーコが沈黙して、今にも大きなため息を付きそうな感じだった。顔も伏せ気味だった。この大らかで大雑把な先輩には珍しい表情であると言わざるを得ない。先ほど、本当なのか嘘なのか分からないカレンの正体を語っていた時と似た表情だ。

だが、そんな様子だったのもほんの数瞬で、ミーコはすぐに顔を上げ、眼を細めた。

「なあ、アレを視てみなよ。あんたの後ろにある、噴水の所さ」

駅前の噴水広場は、それなりの賑わいを見せている。とはいえ、それほど都会であるわけでは無いので、その数は知れているのだろうが。だが、夜になれば待ち合わせの人間でより活気を見せるらしい。

リコの背面に位置する噴水。その周囲には数人の人間が居た。会社員やフリーターらしき男性、2人組みの女性等々。

ミーコが指したのは、そんな中の一組。初老の夫婦らしき2人だ。

彼等に何かあるのか。そう訝しみながら彼等を視ると。

頭が落ちた。

夫の方だ。

 比喩でもなんでも無い。うなだれる様な体勢になったわけでは無い。生々しく、ただ落ちた。人間の頭が、まるで長形のスイカでも落とした様に不安定な動きで地面を転がった。

落ちた時の音が、気分が悪くなるほどに乾いた軽さで、しかし後に残る不気味な響きだった。

「…………っ!」

驚いて体が硬直する。だが、その硬直に反して、ミーコを振り返ろうとした。きっと、こういう状況では、逃げる事に関しては積極的なのだろう。心も身体も。

しかし止めた。

初老の夫婦は何事も無かったかのように、談笑していた。頭も地面に落ちていなかった。落ちた痕跡も見当たらなかった。

ミーコもまた、何事も無かったかのように笑っていた。


 
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