「ええっ、麺を水で洗うんですか?
一刀の膝の上で話を聞いていた流琉が驚く。
「うん。たしかそうだったと思うけど。それを皿に乗せて野菜やハム、錦糸玉子の細切りを上に並べるんだ」
「ハム?」
「えっと……腸詰の燻製……はソーセージか。……叉焼でいいんじゃないかな? 彩りよく綺麗に盛り付けたら、汁をかけて食べるんだ」
流琉の問いに悩んだ末に説明することを諦めた一刀。
「かけ汁ですか。味はどんな感じですか?」
「醤油と酢かな」
「冷たいのに酢ですか?」
「うん。冷やし中華は酸っぱいんだ」
一刀のその答えに流琉は困った顔をする。
「それは……腐ってると思われるかも……」
「え? ……ああ、こっちじゃそうなのか? でも美味しいんだけどなあ。さっぱりしてて」
「……兄様もお好きなんですか? その、冷やし中華」
「そりゃもちろん! 冷やし中華にマヨネーズは有りか否か? って問答で友達とマジ喧嘩したぐらいに」
在りし日を思い出すように目を細める一刀。
「なら流琉つくってみてよ。ボク食べたい!」
もう片方の一刀の膝の上で話を聞いていた季衣が言う。
「いいのか? 温かくないのに酸っぱいんだぞ」
「うん。食べてみないとわからないもん。兄ちゃんが好きならきっと美味しいよ~!」
季衣は少し上を向いて一刀と目を合わせる。
「……流琉、頼めるか? なんか話をしてたら俺も食いたくなってきた」
「もう、しょうがないなぁ」
scene-厨房
「具は胡瓜、叉焼、錦糸玉子でいいですか?」
「う~ん。トマトか紅生姜使って赤いのがあると綺麗かな。って、どっちもないよね?」
「トマトはわかりませんが、紅生姜ならたぶん……生姜の酢漬けですね、それならあります」
「ああ、そういやこないだお好み焼き焼いた時につくってもらったんだっけ。……っと、それでいいよ」
予想通りお好み焼きを気に入った真桜と霞を思い出す一刀。その時の成功も、焼いたのは一刀だったが、焼くための鉄板を用意したの真桜と、ソースを再現した流琉の力が大きかった。
「ボクも手伝おうか?」
「えっ?」
花嫁修業時の惨状を思い浮かべひきつった表情の一刀に季衣は抗議する。
「むっ。兄ちゃん! ボクだってあれからずっと練習してるんだからね!」
「はいはい。じゃあ季衣、胡瓜と叉焼を細切りにしてもらえる?」
卵を薄く焼きながら流琉が頼んだ。
「うん。まかせて!」
元気良く返事する季衣。
「あ、叉焼、つまんじゃ駄目だからね」
「う、うん。がんばる……」
今度の返事は消え入りそうだった。
「兄ちゃん、細切りってこんな感じ?」
練習しているというのは本当だったのだろう、季衣は見事に胡瓜を細切りにしていた。その長さを除けば。曲がった胡瓜が多いとはいえ、まっすぐに切ればやはり長い。
「……もっと短くていいよ。棒棒鶏についてる胡瓜みたいな風に」
「な~んだ。最初にそう言ってよ」
言われた通りに短く切っていく季衣。
「なら、卵はこんな大きさですね」
「うん。さすがだ」
話を聞いていた流琉は錦糸玉子を手早く切っていく。
「それじゃ麺ゆでるけど、季衣だいじょうぶ?」
胡瓜を終え、叉焼を切っている季衣に聞く流琉。
「うん。もうすぐ終わるよ~」
scene-一刀の部屋
運んだ冷やし中華をテーブルの上に並べ、三人とも椅子に座る。
「さ、食べよう」
「……兄ちゃん、何あれ?」
季衣が指差したのは壁に貼られた張り紙。ついさっき一刀が貼ったもの。
「ああ、あれは気分出すためにな。冷やし中華始めました、って書いてあるんだ」
「にゃ? 気分出るの?」
季衣だけなく流琉も首を傾げている。
「冷やし中華って、夏限定の料理でさ。夏しか出してくれない店が多いんだ。で、冷やし中華を出している期間はあの張り紙をしているのが普通かな」
「ふ~ん」
「そうなんですか」
張り紙を見つめる季衣と流琉。
「それよりも、食べよう。せっかくみんなで作ったんだからさ」
ちなみに一刀は麺の上に具材を乗せるのを担当していた。
「そうだね。いただきま~す」
「いただきます」
「うん、美味い。さすが流琉だな」
「……なるほど。たしかにさっぱりしていますね」
具材と麺、汁の味を確かめて流琉が答えた。
「これなら魚介類、例えば茹でた海老とかも合いそうです」
「ああ、確かに。彩りもよくなるよな。カニカマとかも合うからカニもいいかも」
「他の野菜も合いそうですし、色々工夫できそうです。……ただ」
流琉の言葉が続く前に季衣が叫んだ。
「おかわりっ! 兄ちゃんこれ美味しいね~♪」
「うん。そうだろそうだろ」
季衣の頭を撫でる一刀。
「もう、切った具材は全部使っちゃったでしょ」
「あ、そうか」
おかわりを諦めたのか、一刀の膝の上に移る季衣。……箸は持ったままだった。
「ちょっともらうね~♪」
「……ったく。流琉、今なんて言おうとしたの?」
季衣の侵略に空になっていく皿を眺めながら一刀は聞いた。
「いえ、ただ他の方に受けるかどうかは難しいと思います。……やっぱり温かくない酸っぱい料理は……」
表情を曇らせる流琉。
「そうか。温めたら冷やし中華じゃなくなっちゃうしなあ……」
「にゃ? 温かいのも美味しいと思うけどな~」
不思議そうな季衣。
「いや、冷たいのが夏は嬉しいわけで……なら、素麺なら平気かな?」
「素麺?」
「細い麺を同じく茹でた後、水で洗って冷やして、汁につけて食べるんだ。やっぱり夏の定番。これは酸っぱくないよ」
赤い麺が入ってたのは冷麦だっけ? と悩みながら答える一刀。
「それならいけるかもしれませんね」
「ボク食べたいっ!」
当然のごとく季衣が言った。
scene-庭
「で、これはなに?」
庭に設置された物を問う華琳。
「う~ん……食器、かな?」
「食器? この竹が? ……ふむ。これに料理を盛るのはいいとしても、これでは斜めで食べにくいのではなくて?」
「いや、角度がついてないと流れないじゃないか」
華琳に説明する一刀。
「流れ……なるほど、そういうことね」
「わかったのですか? 華琳さま」
「ええ。あなたはどう? 春蘭」
「全然わかりません!」
はっきりきっぱり答える春蘭。
「……始まればすぐにわかるさ。で、春蘭頼むから壊さないでくれよ」
「む。わたしが食器を壊すわけないだろう?」
「いや、なんて言うか……うまく食べられなくて怒りそうなんだよな……」
この料理の要注意人物の二人のうちの一人に注意する一刀。もう一人の要注意人物である季衣は今回は味方であるので一番の心配は春蘭である。
「ウチがこさえたんやから、そう簡単には壊れへん! ……けど春蘭さま相手やとちょいキツイわ」
「だから壊しなどせん!」
「そうか。頼むな。じゃ、そろそろいいか。みんな箸はもった? 椀に汁は入れた?」
全員に箸と汁が行き届いたのを確認して一刀は宣言する。
「これより流し素麺を開始します。季衣、流してくれ」
「うん。いっくよ~!」
一刀の合図で竹の樋の最上流から麺と水を流す季衣。
「目の前に竹に麺が流れてくるからうまく箸で取って汁につけて食べてくれ。っと、華琳はしっかりキャッチできたようだな」
「キャッチ? ええ、予想通りだったもの。味は……まあまあね。魚介の出汁かしらね、この汁も悪くはないわ。ただ、具がないというのは寂しいのではなくて?」
華琳の感想に一刀は苦笑する。
「まあ、素麺ってのはそういうものだし。あ、薬味はあるから物足りなかったらそっち使ってくれ」
「なら始めにそう言いなさい」
「スマン。……じゃあ、どんどんいくぞ、頼む季衣」
次々と流れていく素麺。
「ふん! これぐらい、あ!」
「力みすぎだ姉者。……ふむ。たしかに美味い」
目の前の素麺をとるのに失敗する春蘭。それを確保、食べることに成功する秋蘭。
「なによ、下流にいたんじゃ麺が流れてこないじゃない。位置を変えるわよ!」
「そう言って実はただ華琳さまの側に行きたい桂花ちゃんなのでした」
「なるほど。水の流れが涼しげでたしかに夏向けの料理かもしれませんね」
一刀の前フリで春蘭が危険と判断し、その側を離れていた軍師たちも箸と椀を持って移動する。
「さっすがウチやな。速度もバッチリや。角度いろいろ試したかいあるわ~♪」
「美味しいの~♪」
三羽烏の内、二人は喜んでいたが残る一人は残念そうだった。
「薬味に唐辛子がない……ラー油もない……」
「なが~せ、ながせ♪ なが~せ、ながせ♪ なが~せぼくらの」
「姉さん、その歌はまずいと思う」
「え~、なんで? 流し素麺にピッタリじゃない」
張三姉妹が色々やばい歌を歌いながら麺をすする。
「なあ、酒は流れてこんのか?」
神速の呼び名どおり素早い箸さばきで麺を逃さず真っ先に腹が満たされたか、酒を要求する霞。
「ふむ。改良点はあるけれど面白いわね」
「手厳しいな」
「そう? 例えば……流れてくるのは麺だけなの?」
華琳の注文に一刀が動く。
「季衣、そろそろアレいくぞ」
「うん。みんな、汁にはつけないでね~」
「サクランボ?」
「あれぐらいなら流れる……でも、茎をとった方が転がってもっと流れやすいんじゃないの?」
桂花の質問に答えたのは稟。
「それでは箸で取りにくいでしょう?」
言葉通りに茎を上手くつかんでサクランボを入手していた。
「おおっ! 見ろ秋蘭、上手く取れたぞ!」
「良かったな姉者」
やっとのことで流れてきたものを下流まで流さず、ごっそりと取ることに成功した春蘭を複雑な表情で見ている秋蘭。
「……そう言えばサクランボが好物だったな。どれ、わたしの獲物をわけてやろう!」
と、上機嫌で春蘭はサクランボを秋蘭に渡した。……その手に持つ汁の中にドボン、と。
「……姉者」
「ん? 礼ならばいいぞ。はっはっは!」
「汁には付けるなと先程季衣が言ってなかったか?」
いつもよりもトーンを落とした声で言う秋蘭。
「そうか? わりと美味いぞ」
自分の分も汁に付けていた春蘭は気にもしない。
「……」
「あ~、秋蘭、サクランボ持ってきたからさ」
皿に並べられたサクランボを渡す一刀。
「む、秋蘭の分ならわたしが取ってやる。流せ!」
それを見咎める春蘭。
「……すまない北郷。姉者、私の分はいい。自分の分をとれ。まだ麺には成功していないだろう」
皿を受け取る秋蘭。
「それもそうだな。お~い、季衣、麺をじゃんじゃん流せ~!!」
「ずいぶんと秋蘭には優しいのね」
「いや、こないだの姉妹喧嘩の原因がサクランボだったからさ……」
華琳の嫌味(?)に困ったように答える一刀。強引に話題をかえようとする。
「そう言えば、こんなの知ってるか?」
「?」
一刀はサクランボの一つから茎を取り外し口に入れてモゴモゴし始める。
「やっぱ無理か」
残念そうに口から出した茎を眺めて。
「サクランボの茎を結べたらキスが上手いらしいんだ」
「それは、ちぃに対する挑戦ね!」
いつのまにか側にきていた地和がひょいとサクランボの茎を一刀の手から奪う。
「あ、それ俺が口に入れたやつだぞ」
「そんなのかまわないわよ」
ぱくっと口に入れてモゴモゴ。
「ろう?」
舌の上に茎を乗せ、その舌を出したまま聞く地和。
「……できてないわよ」
呆れたように華琳が答えた。
「季衣ちゃ~ん、サクランボもっと流して~!」
「ごめ~ん、サクランボはもう終わり~」
沙和の注文に季衣が品切れを告げた。
「そんな~……そうだ。秋蘭さま、茎だけちょうだいなの~」
「それは構わないが……姉者、麺は無理なのか? 季衣のところへ行って流さずにもらってくるか?」
「いらん! これぐらい掴んでみせる!」
「そうか……」
その後結局、春蘭は一刀、季衣、流琉たちとともに流れない素麺を食べるのだった。
さらにその後、屋敷でのサクランボの消費量が増えたのは言うまでもない。
<あとがき>
夏といえば冷やし中華です。
『冷やし中華始めました』の牙門旗をかかげる一刀、ってのをやろうと思ったんですが、冷やし中華のwiki見たら、温かくない酸味はNGとあったので、こうしてみました。恋姫キャラなら普通に食べそうな気もしますが。
春蘭は器用だから麺を根こそぎ持っていくのが正しいと思います。
あと、素麺はきっと似たような麺があったと思って下さい。
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夏祭りに参加すべく『巨乳狩人VS水着武将』とどちらにするか迷い、わかってくれる人の少なさからむこうを捨てて、こちらを書き上げました。