No.163411

二十代魔法少女☆あんこ! Boys Life, Blue Love(part1)

二十代魔法少女☆あんこ!シリーズ二弾になります。前作はリストかタグからご覧いただければと思います。また主人公「尾原仙介」の年齢設定が大学生から高校生に変わっています。
だいたいpart5か6あたりで完結予定です。
三人称に変わっているので違和感があるかもしれませんが、お時間のある時に読んでいただければと思います。
また、作中で同性愛を扱うので、苦手な人はご注意ください

2010-08-05 02:37:05 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:912   閲覧ユーザー数:885

 仏頂面の庵子を前に、尾原仙介はジンジャーエールを飲んでいる。

 会社から少し離れたファミレスで落ち合ったときから、彼女は機嫌が悪かった。上司のミスを押しつけられたとかで、定時に上がることができなかったからだ。ただし、現在午後8時35分。残業があったにしては早い時間である。庵子は待ち合わせのために超特急で業務を片づけたということであり、すなわち仙介少年は、周りの人間が考えているよりは大事にされているのである。

 ちなみに仙介は知らせを受けた後はゲームセンターで時間を潰しており、すなわち彼女が考えるほどに『待って』いたわけではない。そもそも仙介は高校生、庵子は社会人なわけで、社会的責任を考えると自分が相手の都合に合わせるのは至極当然のことだと彼は理解している。

「で、その童貞のおこちゃまが私に会いたいって?」

 たばこを潰しながら庵子。ファミレスに入って十分もたっていないが既に三本目だ。相当にいらついているようである。

「嫌だって言ったよ。気にする必要ないけど、一応言っておこうと思って」

「嫌に決まってるじゃない。なによ、珍獣みたいに」

 確かに珍獣と思われても仕方ないのではないか、と仙介は思う。年の差、実に7歳。OLと高校生男子のカップルなど全国探しても数えるほどしかいないのではないか。しかも(黙っていれば)それなりに美人でスタイルもよいとくれば、どこかのAVかドラマか、とにかくフィクションのようなシチュエーションに決まっている、というのが大多数の友人の意見である。

 同級生の間でいっとき彼のあだ名はツバメ君となり、それが風化して行くにつれ、今度は庵子に興味の焦点が移っていった。まずどこで知り合ったのか、どのように仲良くなったのか、どんな女性か、やっぱうまいの? などなど。

 いい加減相手をするのもうんざりしてきた頃に、一人の男子生徒が言った。

「今度学祭に呼べよ、彼女」

 そして今に至る、というわけである。

 

「でも、そうね、そろそろ学祭の時期か」

 庵子は運ばれてきたパスタにフォークを刺して遠い目をした。

「懐かしいなぁ。なにやったんだっけな……」

「チャイナカフェってきいたけど」

「そう、それそれ……で、あんた達なにするの?」

 以上の会話からおおむね推察できると思うが、現在、仙介が通っている県立七枷高校は庵子の母校である。七枷高校は珍しいことに、学園祭を年明けの1月30日に行う。時期の関係上、一年生と二年生が主役となり、受験戦争で参っている三年生をねぎらう、という趣旨があるらしいが、肝心の三年生はここぞとばかりに塾へ引きこもり、学園祭当日に学校を訪れる数は非常に少ない。

「メイドカフェ」

 このとき、仙介少年の変化はわずかであった。二度だけ瞳を下にそらし、ちょっとだけ右肩があがり、微妙に口の開きが狭くなった。というだけで、席を挟んで座っていた庵子に彼の真意を見抜くことは……できなかったに違いない。

 だが、

「え、あんたが?」

と、庵子はドンピシャで図星をついてきた。その後の仙介少年のうろたえぶりは、彼の名誉を守るため描写しない。しかし十分後、パスタを半分ほど平らげた庵子は鼻歌交じりに予定を確認しており、先ほどとは逆に仙介がふてくされるところになった、とは書いておかなければなるまい。

「クラスの連中が寄ってくるよっ」

「あんたのメイド服が見られるなら気にしないわ。でも一応、名前は教えといてよ」

「なに、誰の?」

「童貞のおこちゃま」

 

                   二十代魔法少女☆あんこ!

                    Boys Life, Blue Love

                       part1

 

 月曜日。始業式が先週の金曜日で、つまり三学期の授業開始日であった。そろそろ太陽も沈んでしまう六時、県立七枷高校の2年2組の教室には二人の男子生徒を残すのみである。部活動推奨の七枷高校において珍種ともいえる帰宅部の少年らは、一人が高柳祐一、もう一人が嘉島瞬という。

 時間が前後するが、この日は仙介と庵子がファミレスで件の会話を交わした日であり、つまり今、仙介少年はゲームセンターで時間を潰している。彼も同じく帰宅部の仲間であり、親友とは言わないまでも、この二人とはある程度交友関係にあった。

 彼らは並んで窓際の席に座っており、特になにか特別な会話をすることはない。いつも通りの暇のつぶし方で、学生服で街をうろつくとなにくれとなく注目される昨今、教室という場所は羽を伸ばすには絶好の聖域であるのだった。

 ここで今回の主役となる二人を紹介しておくと、高柳祐一は学校でも有数のバカである。少なくとも進級が危ぶまれるほどには。週末の試験で追試を言い渡されることはほぼ確定しており、素行についても注意を受けることだろう。いや、今この時だって危ない。なにしろ彼はキングズ・ショット6mm、いわゆるたばこを咥えている。彼がこの進学校に入れたのは奇跡か裏口かなにかだと他生徒に噂され、もし一応は努力をしたのだと知っても信じることはあるまい。祐一は有名な郷士の一人息子で、その彼がまさか大学に行かないわけにはいかない。だから家の圧力かその辺の事情があるのだというのが主な見解である。 ただし、彼が他生徒から敬遠されてるのかと言えばそうでなく、後述する瞬とセットで女生徒からの人気はある。その主な理由が容姿で、彼はかなりの美形であった。中性的な顔立ちは低めの身長、華奢な体躯と併せて、まるで男装した少女のような雰囲気を出している、とは脚色にすぎるだろうか。とにかく、ちょっと頑張って不良やってますアイドル、という妙な立ち位置を与えられている。

 もう一人の嘉島瞬は、正当派のハンサムであった。高柳家の広大な領地からそう離れていないところに住んでおり、祐一とは小学校の頃から気のおけない仲だった。端から見れば祐一とはまるで正反対で、身長は170の後半、ぎゃあぎゃあとうるさい祐一に対して物静か、学業も優秀で、祐一を見事合格させた立役者も彼だ。あまりに恵まれすぎているためか、天は彼に運動音痴という欠点を与えたようであるが、それも女生徒から見れば意外なギャップと前向きに受け止められている。

 とはいうが、二人に恋人のような人間はいない。おかしいことのように思えるが、瞬はあまり女生徒と話すのが得意な方ではなく、また祐一は男子とふざけている方が楽しいといった精神年齢の低さである、というのが大方の理由だ。特に祐一は人間関係にはかなりステレオタイプな印象を持っており、仙介に対して「AVみたいな彼女だな、今度見せてくれよ」と言ったのも彼だ。

 

 紹介はこれくらいにして、二人の教室へ戻ろう。祐一は少し前からしきりにライターに火をつけていたが、どうやら教室でフカすほどまではバカではないようだった。ニコチンもまだ彼を中毒にさせるほど体内の勢力を広げているわけではなく、つまりこの行動は瞬に対する威嚇である。彼は幼なじみの様子がおかしいことに気づいており、その理由を言いたそうにしているのにも気づいている。にも関わらず口を開かずグラウンドを眺めていることにいらついているのだった。

 十年来の仲である。

 それがどれほどのものかを祐一は知らないが、それなりに長いつきあいのハズであった。現在、彼と特に友好関係の深い生徒は瞬をのぞいて五人いるが、彼らにしたって中学か、または高校に入ってからだ。小学校から親友を続けているなど、瞬以外にいない。隠し事なんかしやがって、という、やっぱりドラマにありがちな不満を抱いている。実際には親友だからといって自分の悩みを全て打ち明けるかといえば違うのが一般的だ。だがここが祐一の一貫したところで、彼は基本的に瞬に隠し事をしたことはない。家の事情から夜のオカズまで、それほどまでに幼なじみを信頼しているのか、気味が悪いほどに自身の情報を開示している。だからといって相手にもそれを強制する権利はないのだが、いらついてしまうのもむべなるかな、といったところだ。

「なぁ、瞬さんよ。僕ちゃんそろそろニコチンの快感に浸りたいんですけど」

 ある程度嘘だが、そうでなくてもそろそろ校舎がしまる時間だ。教師が来れば追い出されてしまう。

「……あ、悪い。帰るか」

「そーじゃないでしょ。言いたいことあるんなら早く言えっつの」

 一度祐一を見た瞬の目が、また窓の外を向く。

「どーすんの、ここで火つけてるの見つかったらさすがに瞬さんも停学ですよ。推薦もらえなくなっちゃうよ」

「推薦なんかいらないよ」

「かーっ! デスヨネー、自力で合格できますよね東大とかでも! そーいうことじゃないっての」

 瞬はわずかに笑って、ため息をついた。

「……例えばさ、好きなヤツ、いるかってきいたら」

 彼の一言で、祐一の中で「青春開始」のスイッチが入った。切り替えに2秒ほどかかったが、彼は飛び上がるように机の上に腰かけた。

「え、なにそれ。瞬、もしかして好きなヤツできたの? 誰よ誰だって」

「いや、できたっていうか……その……」

 照れくさそう、というには表情が暗いが、祐一は気づかずにまくし立てた。

「なんだよ、水くせーな。誰だってばさ。町田? 新藤? あ、隣の来矢? 図星だろ、ホレ白状しろって」

 これぞ青春である、と、まさにガキだ。これから彼を待ち受ける過酷な運命など、まったく気づいていない。

「……やっぱ言わない方がいい」

「なんでだって! 気にすんなよ! 別に嫉妬したりしねーから。お前話すのへたくそなんだから俺が間に入ってやるよ!」

「や、ムリだよ、それは」

「わーってるって、栃っちゃんとかに頼んでもいい。連中に言えば喜んでやるっしょ」

「許してくれってば」

「隠し事はナシだぜ旦那。全部はけって。言いたがってたのわかってんだから」

「……そんな風に見えたか」

「もちろんわかってたともさ! で、誰だって」

「……」

「よしよし、当ててやるって。まず、そうだな。このクラスだな、たぶん」

 教室を見回して、祐一はいくつか目星をつける。

「やっぱ、来矢なんかポいよな。いつも教科書忘れたとかいって机くっつけてたし」

「違う、来矢さんは違う」

 瞬はいつの間にか俯いて、祐一と目を合わせないようにしていた。しかし祐一は、そのほかの大事ないくつかのことと同様に、それにも気づかない。

「じゃあ町田、新藤……いやいや、新山もありうるな。ええと、他には……」

「違う、たぶん全員違う」

「……全員?」

 ここで祐一が気づいていれば、あるいは傷は深くならなかったかも知れない。

「ああ、このクラスじゃない? でも他クラスまでいったらなぁ、ちょっとわからんな」

 このときの瞬の心情を推し量るのはとても難しい。彼が決心するに至る道筋は、他人が理解するには酷く複雑なものであったに違いない。ただここでは、あくまで面白半分に瞬の思い人を捜し出した祐一のデリカシーのなさに、多少怒っていたと考えることも可能だ。そこまで知りたいんなら教えてやるよ、と考えたかはわからないにしても、そう考えてもおかしくはないはずではある。

「……いや、このクラスだ」

「このクラス……ま、まさかブス山さんですか? 瞬さん、別にそっちのほうに興味は無かったデスよね?」

「……」

 この時点で範囲はかなり狭まっている。首を振る瞬を見て、祐一は禁断の一歩を踏み出した。その先が泥沼であることに気づかないまま。

「……え、男?」

 反応はない。すなわちそれは、否定しない、ということだ。

「え……えー? マジで? いや、まさかとは思うけど……いやいや、ちょっと驚いてるだけだって。別にヒいたりしないって。瞬だものな……で、相手だけど、やっぱ席が近い工藤あたり?」

 反応はない。しかし、瞬の表情に肯定の色はない。

「じゃなけりゃ、鈴木、諸星、林……はないか。ないよな?」

 指折り数えていた祐一は、何度目か瞬の顔を見て……その目が、まっすぐに自分に向けられているのを見て……妙に心臓が早うち始め……ひょっとして、という疑問が頭を走り抜け……

 そして、気づいた。

 青春終了。

 

 けたたましい音が校舎に響いた。机がいくつか倒れた音だ。祐一が床に転げ落ちた音でもある。なぜ落ちたかというと、思わず瞬から逃げようとしたためだった。

 その顔に、すでに遊びの色はない。見上げる瞳は信じがたい光景に見開かれていて、あまりのショックに息があがっている。着崩していた学生服が左肩からずり落ちて……ああ、罪深きはその容姿! その声! 瞬は耐えられずにまた視線をそらすのだ。

「な、なな……え? 冗談?」

 願った。次の瞬間に瞬が笑い出して「ひっかかんなよバカヤロー」と腹を抱えるのを期待した。しかし同時に、瞬が冗談を言うほど器用な男でないことを彼は知っているのだ。

「冗談で……言えるか、こんなこと」

「……」

 踏み込むべきではなかった、ということに、祐一はここに来て思い至ったのだ。瞬がなぜ言うのをためらったのか。まさか、こんな理由だとは考えもしなかった。

 瞬は悲しそうに窓の外を見ている。

 祐一は瞬を見ている。

 なんと言うべきかわからず、かといってなにも言わないのはまずいのは本能でわかる。 口を鯉のようにぱくぱくさせている祐一の背後で、おもむろにドアが開いた。

 まるで万引きかヤニの現場でも見つかったかのように二人が振り向くと、そこには教師でなく、四人の男女が立っている。見知った顔だが服装が見事にバラバラで、例えば五分刈りのゴリラみたいな顔をした小橋大輝は野球部のユニフォーム、女たらしで評判の悪い紅星薫は剣道着、隣のクラスのマドンナである海藤千都はレオタードにリボンを持っていて、ただ一人セーラー服の栃木樹木は、スケッチブックを手にメガネの位置を直していた。共通しているのは、二人の友人だと言うことと、一様に息が上がっていることだ。

 特に一番遠い剣道場から走ってきたと思われる薫は、肩を激しく上下させ、ゼイゼイと今にも死にそうな呼吸で、端正なマスクに汗の玉を光らせながら、それでも目はしっかりと二人を射抜き、いつもの通り、グループを代表して宣言した。

「……今なんか、とてつもなく面白いことが起こりそうな気がして飛んできたんだが」

「やかましいっ!」

 たばこの箱を投げつける祐一。それを受け止めて、薫を先頭に四人はなだれ込んでくる。本当にどこから嗅ぎつけたのか、彼らの瞳は爛々と輝いており、これから起きるであろうめくるめく面白いなにかに胸を踊らせているようであった。迷惑この上なし。

「混ぜろ、祐一。俺たちだけ仲間はずれは水くさいだろ?」

「その前になにが起きたのか教えてくれ」と、このゴリラのような声は大樹。

「あの、すぐに仕上げるからちょっと待って。これ描いたら終わりだから」と漫研所属の樹木。

「ね、ね、みんながダメでもアタシには教えて、抱いていいから」危険。

「ば、ばっきゃろう! 自分をもっと大切にしろよ!」

「なによ、コバには関係ないでしょ。ねね、瞬でもいいよ」

「いいや関係大ありだ! 好きだ! 千都!」

「……」

「……」

 六人の時が止まる。

「……こ、コバ……」

「千都……」

「コバっ!」

「千都!」

 二人は涙を流して抱き合い……そしておもむろに千都が投げっぱなしジャーマンをキめ、ゴリラのような大樹は二階の窓から放り出された。なんだか嫌な音が聞こえたが、本筋には関係ないので多くは触れまい。どうせ大した怪我もなく生きている。当人の千都は何事もなかったかのように瞬に詰め寄っていた。レオタード姿でリボンを首に絡めて誘惑する様はなんとも扇情的で危ない香りがする。

 対する祐一は薫に詰め寄られていて、効果があるのかないのかわからないがたばこを人質に取られてはいる。その後ろでは、樹木が怒濤の勢いで制服脇腹のポケットから無数に生えたコピックを操っていた。

「さぁ少年、こいつが見るも無惨な姿に変わる前に吐いちまった方がいいんじゃないか」

 運動後の剣道着は酷く悪臭を発すると知られているが、不思議と薫からはさわやかな匂いしか漂ってこない。彼曰く、努力、とのことである。

「つか、買うし」

「ふふふ、そう言うと思ってたよ、俺の負けだな」

「なにしたいんだお前」

ともあれ……うっとうしくはあるが、祐一はある意味で助けられたと言って間違いない。こうまでなってしまえば、全てが笑いの渦に巻き込まれ、うやむやのうちに終わるだろう、と瞬を見る。千都に迫られるというのは男の本懐と言っても過言ではないが(しかもレオタード)、瞬はその辺の自制心が強いのか、憂いを帯びた顔のまま、祐一を見ていた。

 つまり、ことここにいたって、祐一は事態を正しく理解していなかった。瞬を見くびっていたのだった。

「……悪い、海藤。どいてくれ」

 肩に手を置かれて反射的に目を閉じて待ちかまえていた千都は、予期しない言葉に驚いたのか、押された勢いでよろけた。

 悪い予感が祐一の頭をよぎった。

「……俺は、」

「やめろ、瞬!」

 思えば……ここまではまだ、祐一の思いこみ、ということもあり得たわけだ。まだ一言も、瞬の心は彼の口から発せられてはいなかった。

 その一言は、はっきりと、簡潔に、誰にでも聞き取れるように、静かな教室に響いた。

 その場にいた誰もが耳を疑った。

 ほとんど予想していたと言ってもおかしくない祐一ですら、まだ信じられなかった。

 初めてきいた薫と千都と樹木は、まず日本語なのかから疑った。もしかしてどこかの民族の言葉で「明日は雨が降りそうだ」と言ったのかもしれなかった。ありえないが。

 今度こそ、教室の時間が止まった。

 階下から、大樹のうめき声が聞こえた。

 

 月の輝く夜に、庵子は地を馳せる。馳せると言うほど俊敏に動いてはいないが、むしろただ散歩をしているだけだが、そう書いた方がかっこうよくなるはずである。実際問題として、あまりに人間離れした動きは誰かに見られるととてつもなくヤバい状況に陥るのであり、悪を倒すつもりがマスコミなんかに捕獲されると困るのである。だからできるだけ目立たない格好で、あくまでぶらりと通りすがった、という雰囲気で目標地点まで行かなければならない、というのを彼女は初日にして思い知っていたのだった。庵子が魔法少女となったその日、未確認飛行物体の報告例が十件ほど上がった。言うまでもなく彼女である。自称サン・ジェルマンという変態の「変身すべきだ」と言う意見をすりつぶし、庵子はできるだけ目立たぬよう行動することで妥協したのである。

 冬の寒さは相当に厳しいはずだが、庵子の周りは魔法による暖房で家の中とさほど変わらなかった。魔法を身につけた日から、夜ごとのパトロールは日課になっている。ある日は散歩がてら、あるひはジョギングがてら、またある日はコンビニへ買い物がてら。賢明なる読者諸兄には周知の通りだが、彼女には「助けを求めているものの声」を受信することができる。もちろん今もそのアンテナは立っているが、移動が徒歩になっている分、どうしても現場に到着するのに時間がかかるのである。だから可能な限り彼女は街をうろつく。実は体を透明にすることもできるはずで、そうしてしまえば空を飛んだって構わないはずなのだが、まだ庵子にその発想はなかった。

 以上の説明から、庵子が実はけっこうノリ気であることが伺えるだろう。実際、彼女にとって悪人をぶちのめすことはちょうどいいストレス発散になっているのだった。仙介はあくまで危険が危ないと心配しているが、ボーイフレンドが考えるよりはるかに、魔法の力は強大なのだ。決して治安のいいとはいえない七枷市、庵子はこの二週間ほどですでに五十ほどの悪を排除している。

 今日のSOSはこのあたりだった、と庵子はアンテナの受信感度を上げた。住宅街と繁華街のちょうど境界線のあたり、終電も過ぎて帰宅者がいなくなったこの近辺は、人っ子一人いないデッドスポットとなる。故に、迷い込んだ子猫を狙う悪漢にとっては絶好の現場となるのだ。実際、庵子が曲者をノした数も一番多い。

 公園に女が立っていた。その前に男。庵子は自然と理解する。

 女の方に歩く。

 なぜなら、SOSは男から発されているのだから。     

しかし、近づくにつれて彼女は違和感を覚え始めた。気の弱そうな青年を襲うはずの女に、悪意は感じられない。それどころか……おびえてさえいる。目の前の男から離れようと、震える足で後ずさりを試みている。

 男を見た。しかし、男の方もおびえている。こちらはその度合いも酷く、全身が凍えているのかと思うほどに震え、足下もおぼつかない。今にも倒れそうだ。顔は蒼白で、目は見開かれていて、女を見ないように必死に顔を背けている。

 庵子は混乱した。

 これは、いったいどっちがどっちを襲っているのだ?

「……めて……」

 男が呟いた。呟きといえるほどはっきりとした言葉ではなかったが、庵子にははっきりと聞き取れた。そういう風に耳を調節している。

「こんなことしたくない……だって……だって……誰だよ、こんなの」

 このとき庵子の脳裏にひらめいたのは、この二人以外に悪意を持った輩の存在だった。が、素早くあたりを見回しても、センサーの網を広げても、誰もいない。猫の子一匹いない。

「……命令するなって……やだよ、やだよ」

 男は嫌がっている。なにをかはわからないが、なにかに懸命にあらがっているようである。

「ねえ」

 庵子は二人に声をかけた。対峙した二人が初めて異物に気づき……そして、

「助けてっ!」

「う、うわあああああっ!」

 敵が定まる。庵子は女の前まで目にもとまらぬ速さで走り、今にも女の躰を捉えんとした男の細い腕をあさっての方向にひねりあげた!

「ぎ、ぎゃあっ」

 関節を極められた痛みに、男は悲鳴を上げた。声が公園の外に漏れないように細工してあるとはいえ、心配になるほどの大声だ。思わずひるんだ庵子は、それでも男の足を払って組み伏せる。型もなにもあったものじゃないが、腕力に関して言えば今の彼女は人類最強である。

 腑に落ちないまま庵子は男を縛り上げて、とりあえず凍死しないように魔法をかけて転がした。その間、男はずっとなにかを呟いているが、庵子に慈悲を懇願するでなく、標的に対して威嚇するでもなく、ぶつぶつぶつぶつ何事かを呟いている。酷く不気味だ。

 庵子は頭を抱えてうずくまっている女の手を取る。電流でも走ったかのように女は悲鳴を上げたが、そこはそれ、危険がスマキになっているのを見ると、一応は平静を取り戻したようで、自販機でお茶を買う頃には、庵子の服の裾を放さないまでも、一人で歩けるようにはなったようだ。

「なにがいい?」

「あ、あの……すいません」

「なにがいいって言ったの。まあいいや、適当で」

 このところ、庵子は助けた人間に飲み物をおごっている。襲われたことに心当たりがあるか、そういった事情を聞き出して、なにかに使えはしないかという腹づもりだ。今夜も女をベンチに座らせて、いつものセリフで始める。

「あの男、知り合い?」

 たいていは首を振る。通りすがりの痴漢やら暴漢やらに襲われるのがほとんどだ。

 だが、

「元彼、です」

「……はあ?」

「二週間前までつきあってました」

 庵子の頭の中に「痴情のもつれ」という言葉がブロックで積み上げられた。いや、彼女はそれを突き崩す。先ほどの異常な事態、どちらがどちらを責めるといった様子でもなかったはずだ。

「で、なんかあったの?」

 それでも一応、尋ねねばなるまい。

「いえ……なにも。普通に別れて。もうムリだね、みたいに」

 どちらがフった、というわけでもないようだった。

「ケンカ?」

「いえ」

「あんたの彼氏、アレだけど、こんな夜に襲うような男なの」

 女は激しく首を振る。

「そんな人じゃありません。優しくて、人気もあって。だって、さっきも私に危害を加えようとは……」

 襲ってたけどね、はっきり、とは言わない庵子だった。彼女が男を締め上げた一連の行動は、あまりに早すぎて理解することも難しいはずだった。まして、女は男の叫び声で地面にしゃがみ込んでいた。

 それに……庵子も、彼女には同意する部分があった。果たして、庵子が声をかけなかったら、男が女に飛びかかることはあったのだろうか。

「……あいつ、このあたりに住んでるの?」

「いえ、南のほうです」

「じゃやっぱ、あんたが目当てってことよね」

「ええ……わかりません」

 八方ふさがりだ。面倒くさいので、庵子はもう男を悪者にして切り上げることを考え始めていた。

「……でも……でも……もしかして……私が……」

「そんなに思い悩む必要ないって。こんな時間にあんたの家の近くうろついてるんじゃ、それだけの男ってだけよ」

「……違います、私が……そんな、リョウ君……私が……私が?」

 ……庵子は、その夜何度目かになる不安感を覚える。

 女の体が、見るもすさまじく震え始めている。まるで極寒の雪山にいるような……もちろん、彼女の周りも魔法の暖房が効いているはずである、のに。

「ああ、なんてこと……もう終わりだわ……リョウ君……そんな、本当に……」

「ねえ、大丈夫」

「いやああああああっ!」

 不意をつかれた、と表現するのが正しい。金切り声を上げた女は、のぞき込んだ庵子の首を両手で締め上げたのだ!

「!?」

 きゅう、と気管が閉まる。突然のことに頭が反応しなかった。思わず出かけた足を、反射的に止める。女だからではない。

 この女は被害者のはずだ!

「あんこ君、気絶させたまえ!」

 どこからか低い、しかし芯の通った声が闇を切り裂いた。

「遠慮するな、怪我などどうにでもなる!」

 その声に助けられたかどうかはわからないが、庵子はとっさに一つの攻撃行動をとった。大きく見開かれた女の目、その鼻先でパァンと手拍子を打ったのだ。

 女がひるみ、首の締め付けがゆるんだ。その好きに庵子は腕を引きはがし、逃がさないように襟元をひっつかんで引き寄せて、少しでも離れていたら気づかないほどの声でいくつかの単語を囁いた。次の瞬間に女は眠りに落ち、糸の切れた人形のごとく崩れ落ちる。

「……よし、危ないところだったが、マァよかろう」

「よかろう、じゃないわよ。見てたんなら助けなさいよ」

「私は不死身だが、戦う力は申し訳ないことに一ミリも持っておらんのだ。せめて助言をすることぐらいだな」

 シルクハットに片眼がね、ちょびひげにスーツ、ステッキというまさに曲者の風体だが、この男はれっきとした味方である。変態には違いないが。そう、自称不死のサン・ジェルマンだった。

「ねえ、なんか様子がおかしいんだけど」

「そのようだな……今しがた調べてみたのだが、あの青年に深夜街をうろついて乱暴をはたらく習慣はなかったし、この二人の別れ方も至極平和なものだったそうだ。悲しいことに代わりはないがね」

「じゃあ、なんでこんなことになってるのよ」

「さあ、こればかりは少し調べてみないとわからんな。なにせここまで生きて、初めての経験があるとは思わなかった」

「あんた、賢者の石とかなんとかで、何でも知ってるんじゃないの?」

「そこを突かれると痛いが……」

 変態はあさっての方向を向いて、

「宇宙は広いからな」

「地球の話よ」

「いやいや、これは案外宇宙レベルのスケールかもしれない」

 相変わらず言っていることが宙を舞っている。

「しかし、いくつか目星はついている。それをふまえた上で君に伝えておくとだね、あんこ君」

 変態は、パイプに火をつけながら、物思いにふけながら、演技でもしているかのように背筋を伸ばしながら、

「これからしばらく、似たような事件が続くだろう。被害者にも注意したまえ」

                              <続く>


 
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