No.163360

江東の覇人 9話

アクシスさん

萌将伝発売おめでとうございます

覇人9話更新です

えーと、蓮聖チート発動ですね(笑)

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2010-08-04 22:50:14 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:3131   閲覧ユーザー数:2626

 

 

目の前に聳える虎牢関。

 

連合は汜水関を落とした後、虎牢関の前方に陣を引いた。

 

先鋒は孫呉、曹魏。

 

その後方に袁術・・・蓮聖の策通りの展開だ。

 

そんな虎牢関と連合の中間地点。

 

そこに、蓮聖はいた。

 

何かを待つかのように、無動を貫いている。

 

袁紹への指示は手出し無用。

 

如何なる干渉をも許さぬ・・・・・・と。

 

蓮聖が待つのはただ1人。

 

この難攻不落の要塞に住まう、大陸最強。

 

無論ながら・・・常識的に考えて、ここで待つ意味はない。

 

虎牢関は要塞。

 

華雄のように、勢いに任せて突出するのは愚行。

 

長く、長く、辛抱強く粘り、ジワジワと連合軍を追い払えばいい。

 

即ち、この場所で待つ事に意味はない。

 

意味はない・・・のだが。

 

蓮聖には確信があった。

 

それは、一般人にはわかる筈もない・・・武人としての勘。

 

勘に過ぎないが、勘だからこそ恐ろしい。

 

理性ではなく、本能で。

 

脳ではなく、魂で。

 

蓮聖は感じている。

 

 

奴は・・・ここに来る・・・・・・と。

 

 

 

「・・・・・・なあ華琳。俺さ、そろそろヤバいと思うんだ」

 

「あら、そう」

 

曹操軍陣営。

 

袁紹から・・・厳密には蓮聖からの不動要求に従い、待機している。

 

「いやいやいやいや・・・もうさ、行軍中というか汜水関からずっとこうなんだけどさ。慣れたと言えば慣れたよ?もう昔っからずっとやられてっから。でもさ、最長記録更新しそうなんだわ。うん」

 

「へぇ、おめでと」

 

「怒ってますよねそうですよねそうじゃないとこんな仕打ちにあう筈ないもんねー!!」

 

「ったく、千載一遇の機会だったというのに・・・逃すなんて・・・・・・」

 

げし・・・と『逆さ吊り』されている張彰の腹を蹴る曹操。

 

「ごふっ・・・あのな・・・俺こういう趣味ないからさ、桂花にしてやれよ。泣いて喜ぶぜ?」

 

「それだとお仕置きにならないでしょう?・・・ふぅ、あなたね・・・何でこういう状況になったかわかっているの?」

 

呆れた風に言うと、張彰は視線を逸らす。

 

「・・・・・・何故、張遼を逃したの?」

 

「白けた」

 

「それが理由よ!!」

 

再びげしげしと腹を蹴る。

 

「ごっ・・・ちょっ、おま、鳩尾は止めろ・・・ってそう言うと絶対そこやりますよねー!!」

 

鳩尾集中蹴りを一通り終わらせ、静かに息を吐き、曹操は忽然と立つ蓮聖の背中思い浮かべる。

 

「呂布・・・来るかしら」

 

「来る」

 

断言。

 

武人の空気を出す張彰は、歪んだ笑みを浮かべながら断言した。

 

「へぇ・・・その心は?」

 

「奴ぁ武人だ・・・あいつを見て、収まりがつく筈がねぇ・・・・・・見ろよ」

 

と、いつのまにか外した右腕を見せる。

 

その腕は、微かに震えていた。

 

「あいつを見てただけで、武人としての魂が震える。武者震いが収まらん・・・・・・今頃、春蘭も大変だろうぜ?」

 

確かに、よく耳を澄ませば何処ぞの魏武の猪の声が聞こえたり聞こえなかったり。

 

「呂布がどんな奴かは知らんが・・・武人である限り、この宿命には逆らえねぇよ」

 

「ふぅん・・・・・・」

 

「でさでさ、俺っていつここから解放され・・・・・・ちょお待て。何・・・その鞭?どっから出した?え・・・ちょっと考えたくない結末見えちゃったよ?というか感じちゃったよ?お願いだから振りかぶらないで恍惚の笑み浮かべないで止めてえぇぇええぇっぇえええぇえ!!」

 

今、正に振り下ろさんとした時、軍師の少女が天幕へと入る。

 

「失礼します・・・って、ちょっと海斗!?何を羨まし・・・もとい、羨ましい事されてんのよ!?」

 

「もといの意味ねぇよな!?」

 

「うっさい喋んな芋虫!!・・・華琳様、虎牢関に動きがありました。恐らく・・・」

 

「来るか・・・・・・では、彼奴の戦を、存分に楽しみましょう?」

 

惜しみながら鞭をしまい、背中を向ける。

 

「俺も見てぇよ~」

 

「黙りなさい・・・張遼が出てきたらちゃんと解放するわよ」

 

そう言いながら、2人は張彰を置いて出て行った。

 

「・・・マジで置いていきやがった・・・・・・」

 

軽く溜息をつき、肩の関節を外して左腕を出す。

 

関節をはめて結び目を解き、丁寧に地面に降り立った。

 

「ぅおっと・・・」

 

軽い眩暈を抑え、己が武器である鎌を手に取る。

 

「・・・・・・疼くか、おめぇも?」

 

手に取った瞬間、鎌が鼓動するように震える。

 

無論ながら、それは錯覚に過ぎない。

 

しかし、そんな事はどうでもいいように、張彰は笑う。

 

「もうちょっと待ってろ・・・おめぇが望む戦も、もうすぐ来るからよ」

 

幾度の戦を共にした友を胸に抱えながら、張彰は静かに休息する。

 

次の闘いに備えて・・・・・・

 

 

 

「ん・・・・・・」

 

静寂が続く中・・・静かに、気絶していた一刀は目を覚ました。

 

見慣れた天幕の天井が視界に入り、徐々に脳が覚醒していく。

 

「起きた?」

 

声に反応し、そちらを見ると、雪蓮が天幕の端に座っていた。

 

「雪・・・蓮・・・・・・?あれ・・・何で、俺・・・・・・」

 

何故・・・気絶していたのか。

 

記憶が混乱している。

 

「色々、疲れが溜まってたんでしょ・・・ずっと眠ってたわ」

 

「そう・・・なんだ」

 

鈍い体を起き上がろうとすると、腕と腰に猛烈な痛みが迸る。

 

「っ!?」

 

その痛みで、瞬時に脳が覚醒した。

 

そして、思い出す。

 

剣を持つか否か。

 

立ち上がるか否か。

 

そして選んだ・・・

 

剣を。

 

血で穢れている、修羅の道を。

 

そう考えると、この痛みも少しは軽く感じる。

 

「というか・・・あれ、偽物だろ・・・・・・」

 

多少の訓練をしてるとはいえ、高校生の一刀が200kgもの剣を持ち上げるなど不可能だ。

 

引きずるならともかく、完全に宙に浮かすなど・・・・・・

 

最重量級のウェイトリフティングの世界記録が260kg。

 

高校生記録では一刀程度の体重ならばおよそ150kg。

 

そういう訓練を行っていない一刀がいきなり200kgを持ち上げるなど・・・話せば鼻で笑われるに違いない。

 

精々、120がいいところ。

 

人間は常にリミッターをかけ、7割程度の力しか出していないというから、それを振り絞り・・・その程度。

 

優しさなのか情けなのかわからず、一刀は苦笑した。

 

「っと・・・・・・状況は?」

 

痛む腰を庇いながら、何とか起き上がり、雪蓮に尋ねる。

 

「今は虎牢関の前に陣を張ってるわ・・・兄さんが呂布と一騎打ちするらしいわよ」

 

「一騎打ち・・・また、無茶するなぁ・・・・・・」

 

「そういう性分なのよ・・・武人は。私だって同じだし・・・」

 

わからないなぁ・・・と呟き、一刀は嘆息した。

 

未だに、武人の思考はわからない。

 

まぁ、そんな事を言ったら、一刀の母国である日本の『侍』の方がわからないかもしれないが。

 

「よっと・・・っ!」

 

立ち上がった瞬間、痛みでよろめく。

 

「安静にしておいた方がいいわよ・・・?ただでさえ筋肉断裂の可能性だってあるんだから」

 

「ああ・・・でも、さ。見届けなきゃ・・・蓮聖の闘いを。そうしなきゃ、いけない気がするんだ」

 

覚悟の意味を、一刀に諭した蓮聖。

 

重要なのは、正しさではなく・・・一刀の心に、どう響いたか。

 

蓮聖の言葉は、一刀が培ってきた覚悟を打ち砕いたかわりに、より強靭な覚悟の礎となるものを宿らせた。

 

それは、きっと一刀自身を強くさせる。

 

だからこそ・・・一刀は見届けなければいけない。

 

蓮聖の闘いを。

 

己を諭した、義兄の闘いを。

 

1人の・・・男の闘いを。

 

その時、1人の兵士が天幕へと入ってきた。

 

「報告!虎牢関に動きあり、開門する模様です!」

 

「・・・来たわね・・・・・・私も行くわ。肩、貸した方がいい?」

 

「いや、大丈夫・・・」

 

ふらつく足を何とか抑え、ゆっくりと天幕の外へと出ていく一刀。

 

その後に、雪蓮が続く。

 

2人の兄、蓮聖の闘いを見守る為に・・・・・・

 

 

 

鈍い地響きと共に、重々しく、虎牢関の扉が開かれた。

 

そこに立つ、1人の少女。

 

見た目にそぐわぬ巨大な戟を手に持ち、戦場を無感情に眺めていた。

 

血のような赤髪が、戦場の風で緩やかに揺れる。

 

やがて、その視線が連合の方へと向けられた。

 

そこに立つ、1人の男。

 

己が武器である漆黒の剣を地面に刺し、腕組みをして蒼天を見上げていた。

 

戦場の空気を吸い込むように、大きく呼吸する。

 

やがて、その視線が虎牢関の方へと向けられた。

 

2人の視線が交差する。

 

男が漆黒の剣を抜き放ち、少女も、手にある戟を構えた。

 

本能。

 

互いに、理性ではなく本能で動いている。

 

滾る血。

 

燃える魂。

 

何とも言えぬ感覚が2人の中を渦巻いている。

 

一陣の風が吹いた瞬間・・・

 

少女は激しく眉を潜め・・・

 

男は邪悪な笑みを浮かべ・・・

 

 

2人の最強がぶつかった。

 

 

 

覇国と方天画戟。

 

天災に匹敵する程の血と命を奪ってきた畏怖されし武器。

 

その2つが・・・今、激突する。

 

「っ!?」

 

「ぅ!?」

 

瞬間、双方が弾かれる。

 

びりびりと空気が震え、衝撃の大きさを物語っていた。

 

互いの顔は驚愕。

 

必殺の一撃が互角だった事に、驚きを隠し切れていない。

 

だが、蓮聖の表情は別のものに変わった。

 

「く・・・くく・・・・・・」

 

歓喜。

 

覇人と称されし蓮聖は、今、正に歓喜している。

 

「っ!!」

 

初撃からすぐさま持ち直した呂布が、方天画戟を振り下ろす。

 

「はっはぁ!!」

 

対し、豪快に笑いながら覇国を下から振り上げる蓮聖。

 

再び弾かれる。

 

「凄ぇなぁ!凄ぇよおめぇ!!」

 

たった2度の衝突。

 

それだけで、蓮聖は呂布の実力を認めた。

 

そも、覇国の重量は約200kg。

 

それを容易く振るうのも人外だが、それを容易く弾くのもまた人外。

 

『人中』『飛将軍』の名は伊達ではない。

 

お互いが飛び退き、距離を取る。

 

呂布もまた、驚愕の最中にいた。

 

2撃、共に必殺。

 

雑兵は無論、並の将ですら用意に斬り伏せる一撃。

 

しかし、結果は互角。

 

よくわからぬ感情が、体の中を渦巻いている。

 

嫌悪や不快ではない。

 

では何だ、これは。

 

理性が消え、本能が燃え盛る。

 

炎は鎮まる事を知らず、身を焼きつくす。

 

だが・・・それが、心地よい。

 

燃えろ。

 

もっと。

 

もっともっと。

 

燃え盛り、劫火となれ。

 

知らず知らずの内に、呂布の頬は微かに緩んでいた。

 

そのまま、方天画戟を構える。

 

対し、蓮聖もまた微笑みながら覇国を構える。

 

「行くぜぇ!!」

 

「っっ!!」

 

掛け声と同時、互いが一歩踏み出し、数mの距離を縮めた。

 

「らぁ!!」

 

「んっ!!」

 

全力で放たれた一撃。

 

武器が交差、火花が飛び散る。

 

「っ!!」

 

総てを砕く振り下ろし。

 

「当たっかよ!!・・・て、ぬおっ!?」

 

蓮聖がかわした瞬間、振り下ろしの速度が落ちる直前だった。

 

振り下ろしが、振り上げへと変化する。

 

速度を落としたのではなく、速度そのままに筋肉だけを切り替え、攻撃を変化させる。

 

かろうじて、蓮聖はその一撃を覇国で防いだ。

 

 

技後硬直というものがある。

 

 

数多いる武人がぶつかる1つの壁。

 

故に、人は流れを求め、流れによって壁を迂回する。

 

だが・・・もし、流れを使わずして壁を乗り越えた者がいるならば・・・・・・

 

 

それは『人越』

 

 

人にして、人を超えた者。

 

「そうか・・・てめぇもか呂布!!」

 

そう言いながら覇国を下から振り上げ・・・・・・

 

 

壁を飛び越える。

 

 

「っん!!」

 

瞬間的に振り下ろしへと変化した一撃を、方天画戟で防ぐ。

 

蓮聖もまた、人越。

 

「これ・・・いたい・・・・・・」

 

初めて、呂布が言葉を発した。

 

「そりゃあそうだ・・・常人なら腕がひっ千切れてもおかしくねぇからな!!」

 

朗らかに笑い、一閃。

 

それに合わせるように振られた方天画戟を弾く。

 

余韻を許さず、互いがすぐさま振りかぶる。

 

一合、十合と剣戟は続いた。

 

その速度はさらに増していく。

 

壁を常時飛び越え、一般人には到底追いつけぬ速度の猛攻の嵐。

 

これぞ、至高。

 

大陸の頂点に立つ者達の戦。

 

「おぉっぉおおぉおぉおおぉぉおお!!!」

 

「あぁぁああぁっぁああぁぁあっぁ!!!」

 

攻、攻、攻。

 

猛攻に対し、猛攻で返す。

 

防御はなく、常に前進。

 

超至近距離での衝突。

 

しかし、お互いに傷はまだない。

 

互いに、攻撃と呼べる機能を果たした攻撃を許していないのだ。

 

「ちっ!」

 

「っん!」

 

大きく振りかぶった一撃で、互いが吹き飛ぶ。

 

「っはぁ・・・・・・凄ぇなぁ・・・本当に凄ぇよ。女だっつうのに、見事なもんだ」

 

その言葉は決して男尊女卑でも、男女差別でもない。

 

女とて、相応の修練を積めば男に匹敵する。

 

各諸侯の武将が良い例だ。

 

だが、同等の才能と、同等の鍛錬を積んだ男と女ならば・・・

 

当然、男が女の上を行くだろう。

 

骨格、精神・・・戦闘において、総合的に考えれば男は女の上をいく。

 

それは紛れもない事実である。

 

蓮聖は才能と並外れた努力の結晶。

 

女がそれに対抗するには、それ以上の才能とそれ以上の努力が必要だ。

 

呂布の場合、凄まじき天賦の才と相応の努力によって築かれた実力により蓮聖に匹敵する実力を見せている。

 

間違いなく・・・『女』の中では最強。

 

個々の力で右に出る者などいない。

 

あくまで女では・・・の話だが。

 

故に・・・蓮聖は悲しむ。

 

もし・・・彼女が男だったならば・・・・・・と。

 

男として、この世に生を受けていれば・・・と。

 

そう思わずにはいられない。

 

だが、すぐに頭を振る。

 

彼女の出生を否定してる訳ではない。

 

彼女の両親を恨んでいる訳でもない。

 

ただ、これ程までの実力があるのならば・・・・・・

 

男として、生まれていたのならば・・・

 

その人物こそが・・・己の覇道における、最強の敵になっただろうから。

 

運命か・・・という諦めの言葉を心の中で呟き、蓮聖は背中の鞘を抜く。

 

「呂布、お前は凄ぇ。何度でも言ってやる。故に、俺はお前の武に応えなきゃならん」

 

覇国を鞘に納め、腰辺りに置く。

 

柄を握り締め、振りかぶる体勢を取った。

 

「こっからは、俺がお前を凄ぇと言わせる番だ。存分に味わえよぉ・・・?」

 

邪悪な笑みを浮かべ、力を込める。

 

一瞬の静寂。

 

「っっ!!?」

 

瞬間、呂布が後方へと跳躍する。

 

蓮聖と呂布の間には相応の距離があった。

 

一歩で縮められるものの、互いの武器では届かぬ距離。

 

にも関わらず、呂布は後退する。

 

臆した訳ではない。

 

何かを・・・感じた。

 

自らの命に関わる何かを。

 

理性ではなく本能。

 

脳が思考するより前に、体は動いていた。

 

「ほぉ・・・いい勘してんなぁ・・・・・・」

 

大して驚く訳でもなく、蓮聖は力を抜く。

 

「・・・・・・?」

 

訝る呂布に、蓮聖は溜息をつきながらヒラヒラと手を振った。

 

「時間切れだ・・・もうちょい待てんのかねぇ?」

 

と呟いた瞬間、重々しい音と共に虎牢関の門が解き放たれる。

 

そこにあるのは紺碧の張旗と深紅の呂旗。

 

神速の張遼率いる部隊と、呂布の部隊である。

 

「ったく、決闘じゃまするたぁいい度胸だなぁ張遼の奴・・・ま、いいか」

 

と、覇国を鞘に納めた。

 

 

「!?」

 

 

呂布の表情が驚愕に染まる。

 

あの男は・・・今、何をした?

 

鞘に剣を納めた。

 

そう、それだけ。

 

抜いたならば納める。

 

道理である。

 

 

ならば・・・いつ、抜いた?

 

 

蓮聖が背中から鞘を抜き、それに覇国を納め、腰に置いた。

 

そこまでの過程は呂布の視界に入っている。

 

呂布が何らかを感じ、後退し・・・気付いたら既に解き放たれていた。

 

その間、呂布は蓮聖から視線を外していない。

 

解き放たれているという『結果』があるのに、それに至る『原因』を見る事が出来なかった。

 

解き放たれているという事は、抜くという動作がなければならない。

 

そうでなければ、因果律が崩壊してしまう。

 

そこから考えられる原因。

 

即ち、武神呂布の目をもってしても、見えぬ速度で覇国を振り抜いたという事。

 

可能か否かと言われれば、否と答えるしかない。

 

考えれば考える程、否定の答えしか出てこない。

 

そんな呂布を前に、蓮聖は静かに手を挙げ、虎牢関の方へと下ろした。

 

「全軍突撃!!奴らを完膚無きまでに蹂躙せよ!!」

 

蓮聖の合図に、逸早く雪蓮が反応する。

 

「孫策に遅れを取るな!曹魏の兵達よ!!我らが武を、天下に知らしめよ!!」

 

それに続き曹操の号令。

 

孫呉、曹魏の兵達が雄叫びを上げ、突進を開始する。

 

「さて、また後でな・・・そん時に、決着つけようぜ」

 

地響きが戦場を包む中、蓮聖は鞘を背中に戻し、呂布に対して背中を向けた。

 

互いに、もう決闘を続行する気はないと判断したのだろう。

 

「・・・・・・」

 

対して、呂布はその場を離れず、覇人の背中を見送っていた。

 

「れーん!!」

 

後ろからの地響きがやや収まり、隣に見慣れた少女が降り立つ。

 

「しあ」

 

「大丈夫か?って、恋にそれ言うんは間違いやな・・・」

 

嘆息する張遼に、僅かに頷く呂布。

 

そう、彼女が知る限り、呂奉先は今生無双。

 

未だ不敗の武神。

 

そんな呂布が負けるなど、張遼には到底信じられない。

 

無論ながら、人間である限り『不敗』というものは絶対的に不可能なのだが。

 

こと戦闘に関しては、この呂布は生涯不敗を続けそうにしか思えないのである。

 

 

先程の・・・戦闘を見るまでは。

 

 

化け物。

 

張遼の、その戦闘における2人の第一印象である。

 

強者には違いない。

 

両者は自分を遥かに上回る武人である。

 

武人ならば、自らを上回る武人に対して強い憧れやら劣情やらを抱かせるものだが、ことこの2人に関しては違った。

 

 

あまりにも・・・違い過ぎる。

 

 

実力・・・などという段階ではない。

 

根本からして、張遼という人間は、呂布、孫覇という化け物には勝てない。

 

そういう理なのだ。

 

世界の理そのものが、張遼と2人の間に溝を作っている。

 

いや、張遼だけではなく・・・大陸中の数多いる武人と。

 

その溝は遥かに深く・・・『人』では飛び越えるなど不可能。

 

その溝の先にある極地を求め、数多いる武人は自らの足で飛び越えようと試み・・・散っていった。

 

無謀な挑戦である。

 

そも、努力で到達できる場所など限られている。

 

そこから先は才能の世界。

 

持って生まれた五感などが左右する世界だ。

 

無謀極まりないが、それでも、渇望する武人は数多いる。

 

高みへ。

 

極限の高みへ。

 

張遼もまた、それを渇望する1人。

 

だが、こうして実際に極地へと至った2人の決闘を見ると・・・絶対に至る事は不可能・・・と確信めいたものを感じてしまう。

 

「しあ?」

 

「っ」

 

呂布の無垢な声に、張遼は思考を断ち切る。

 

今は戦の真っ最中。

 

しかも、敵軍は雄叫びを上げ突っ込んでくる。

 

こんな時に思考とは・・・

 

「何でもあらへん・・・行こうか、恋!」

 

「うん・・・・・・いく」

 

小さな呟きと共に、武神は駆けだす。

 

その横に並走するように、張遼も駆けだした。

 

雄叫びをあげ、董卓軍の兵士達もそれに続く。

 

2つの軍が衝突。

 

この戦を左右する戦闘が、始まった。

 

 

 

「あ、蓮聖・・・」

 

「おう、起きたか」

 

戦場より後方。

 

先程まで雪蓮達がいた場所で、一刀は近衛達と共にいた。

 

「俺・・・さ・・・・・・」

 

蓮聖の姿を見た瞬間、一刀が俯き、言葉を濁らせる。

 

「あー、謝んなよ?お前が覚悟したんだ・・・貫き通せ」

 

だが、その一刀の不安を一掃するかのように、蓮聖は声をかけた。

 

「・・・・・・ああ」

 

強い頷き。

 

それを見て、蓮聖は朗らかに笑う。

 

そして、棒のようなもの投げ渡した。

 

「これは・・・?」

 

「銅鑼を叩く撥だよ。この意味、わかるな?」

 

「えと・・・まさか、退却の合図を・・・俺にやれと?」

 

「ご名答・・・」

 

今回の戦において、孫呉がすべき内容は袁術軍の弱体化かつ名声を上げること。

 

名声は洛陽で上げるとして、袁術軍の弱体化をどうするか。

 

蓮聖の策は、虎牢関の軍と闘い、キリの良い所で退却。

 

そのまま、先鋒のすぐ後ろに控える袁術軍へとぶつけ、曹操軍と共に虎牢関軍を袁術軍諸共横撃。

 

壊滅状態にするという策。

 

その合図を、一刀に任せると・・・そう蓮聖は言ったのだ。

 

正直に言えば、華雄と闘え・・・よりも遥かに無茶である。

 

何せ、孫呉の存亡が直接関わっているのだから。

 

「お前は覚悟したんだ・・・だろ?だったら、この程度こなせなきゃな。俺達の命運を、お前に預ける・・・信じてるぜ」

 

ぽん・・・と、一刀の肩を叩き、蓮聖は雑剣を手に戦場へと戻っていった。

 

「・・・たく、ふざけんなよ・・・ちくしょう」

 

言葉とは裏腹に、一刀は、淡く微笑む。

 

「そんな事言われたら・・・応えない訳にはいかないじゃんか」

 

撥を手に、一刀は戦場の良く見える場所に移動し、銅鑼の準備をする。

 

「劉雷、蓮聖っていつもああなのかな」

 

近衛の1人、戦闘には参加せず、ずっと一刀の傍にいた大柄の男・・・北郷隊副隊長、劉雷に尋ねた。

 

「そうですなぁ、人に頼るというよりは、人にやる気を持たせる・・・というやり方は頻繁に使っていたと記憶していますが」

 

ふぅむ・・・と自慢らしい顎髭を撫で、劉雷が答える。

 

「成程・・・ね」

 

確かに、やる気というか義務感というか、そういうのが芽生えてきている実感はある。

 

「孫覇様は気さくお方ですからなぁ、我ら、下々の者でも平等に接して下さる。だから、余計にその期待に応えたいと・・・そう思うんですわ。それに・・・孫覇様は『出来ない』役目を負わせる事はしない・・・隊長も・・・」

 

「ああ・・・やる。やって見せる」

 

一度でいい。

 

たった一度でいいから・・・

 

蓮聖に『凄い』と言わせたい。

 

蓮聖に認めてもらいたい。

 

教師に認めて貰いたい生徒のように。

 

親に認めて貰いたい子供のように。

 

兄に認めて貰いたい弟のように。

 

純粋な感情が、一刀の中で燃え上がる。

 

「さて・・・問題はタイミングか・・・」

 

「は?たいみんぐ・・・?」

 

「あー・・・えと、ちょうどいい時期というか何と言うか・・・俺の国の言葉」

 

「ほー・・・また珍妙なもんですなぁ」

 

感心する劉雷を無視し、後方の袁術軍を視界にいれる。

 

軍旗は殆ど下がっていて、何と言うかやる気がない。

 

そのさらに後方にいる部隊の方が活気づいているようにも見える。

 

大方、袁術が我儘を言って張勲を困らせ、さらにそれが軍に影響している・・・と言ったところか。

 

これから士気が上がるとも思えない。

 

こっちの心配はいらないだろう。

 

ならば・・・と、一刀は前方の戦闘に集中する。

 

重要なのは引き際。

 

遅ければ、弱体化以前に、孫呉の軍が崩れる。

 

逆に早ければ、虎牢関軍が追撃しないだろう。

 

孫呉と曹魏の陣形が崩れ、負け色が濃くなる瞬間が適当だろう。

 

蓮聖も多少考慮してくれてるのだろうか、孫呉の連携は今まで見た物と比べるとやや雑なものになっている。

 

曹操もそれに気付いているのか、孫呉に合わせるようにしている。

 

今はまだ互角だが、すぐに劣勢に変わるだろう。

 

その変わり際、やや劣勢へと傾いた瞬間が勝負の時。

 

じっと・・・戦場を見つめる。

 

怒号飛び交い、血が飛び交い、人が・・・飛び交い?

 

というか・・・あれ。

 

「人・・・飛んでない?董卓軍も、うちの軍も」

 

「飛んでますなぁ・・・いやぁ、本気でやれば飛ぶでしょ」

 

「いやいやいやいや・・・飛ばないって普通」

 

鎧などを含めば、明らかに8、90kgは超えている筈なのに・・・

 

人が宙を舞っている。

 

その異様な光景に、一瞬自分の仕事を忘れてしまう。

 

「隊長、見なくていいんですかい?」

 

そんな一刀を、劉雷が諭した。

 

「っと・・・うん。まだ大丈夫だ」

 

人が飛んでいるだけで、未だ拮抗状態だ。

 

ここからどう動くか。

 

こうやって戦場を見ていると、一刀は驚く程視界が広がるのを感じた。

 

旗の位置。

 

主要な各武将の位置。

 

手に取るようにわかる。

 

故に・・・理解した。

 

そろそろ、変わる時だ。

 

銅鑼を準備し、撥に力を込める。

 

「っ・・・!」

 

瞬間、孫呉の一部が崩れた。

 

だが、まだ一刀は動かない。

 

あの程度では董卓軍は虎牢関へと引き返してしまう。

 

孫呉の一部に続き、曹魏の陣形も崩れ始める。

 

一部の陣形が崩れ、それが全体に繋がり、他の軍にも繋がり・・・

 

一層激しく崩れた瞬間、一刀は戦場から目を逸らし、大きく撥を振りかぶった。

 

劉雷達が、咄嗟に耳を塞ぐ。

 

「っう!?」

 

撥で銅鑼を叩き割るかのように叩いた瞬間、轟音が一刀の鼓膜を襲う。

 

破れはしなかったものの、一刀の脳が揺さぶられた。

 

同時に、腰と腕の痛みが再発。

 

激痛となって四肢の動きを鈍らせる。

 

「っおぉぉぉおおぉぉおっぉおおおお!!!!」

 

しかし、雄叫びをあげ、揺さぶられる脳を必死で抑えて、もう一度銅鑼を叩く。

 

崖に囲まれたこの場所で、銅鑼の音は反響し、轟音となって戦場に響いた。

 

雑剣を振りかぶっていた蓮聖が、その音に行動を止める。

 

「!!・・・・・・よおし、撤退だ!!撤退しろぉおおぉっぉおおお!!!」

 

あらかじめ打ち合わせしている為、兵士に同様は少ない。

 

即座に兵士達が後退し、逃げだす。

 

「な、もうちょっとやったのに・・・恋!!どないする!?」

 

後もう少しで完全に崩せる・・・と思った時に後退され、ややイラつきながら張遼は、人間を次々と吹き飛ばしていた呂布に尋ねる。

 

「・・・・・・いく」

 

「っしゃあ、わあった!奴らを叩きのめすんや!!行くでぇ!!!」

 

雄叫びと共に、董卓軍は追撃を始める。

 

正に、絶好のタイミングだった。

 

「隊長、我らも下がりましょう。ここにいては巻き込まれます故」

 

「・・・・・・え?何・・・?」

 

と、一刀は劉雷の方へ顔を向ける。

 

その距離は普通に話すには近い程の距離。

 

聞こえない筈が・・・ない。

 

1つの不安が、劉雷の頭を横切った。

 

「・・・まさか、隊長・・・耳が・・・・・・」

 

「ん・・・?あれ・・・あーあー。あ、大丈夫大丈夫。聞こえるようになった」

 

少し時間を置いて、一刀が微笑む。

 

「驚かさんで下さい・・・さ、早く後退しましょう」

 

「ああ。行こうか」

 

己の仕事を全うし、尚、緊張感を持ちながら後退する。

 

その頭に・・・過る事。

 

今のタイミングで間違っていなかっただろうか。

 

もう少し早くても良かったのではないか。

 

もしもう少し早くしていたら・・・失わなくてもいい命を救えたのではないだろうか。

 

考え出したら止まらない。

 

だが・・・後悔しても始まらない。

 

何人死んだかわからない。

 

どんな顔かもわからない。

 

けど・・・立ち止まる訳にはいかない。

 

死んで言った兵士達にささやかな黙祷を捧げ、一刀は走り出した。

 

 

 

「はぁ、暇じゃのぉ~・・・・・・七乃ぉ~、蜂み・・・」

 

「ダメです。もう3瓶も飲んだじゃないですかぁ」

 

「うぅ~」

 

袁術軍陣営。

 

呑気な事に、袁術と張勲は軍備を整える事すらしていなかった。

 

「孫策の奴はまだかかっているのかのぉ・・・」

 

「ええと、孫策さんと曹操さんが合同して攻めていますから、董卓軍が崩れるのは時間の問題かと・・・そろそろ私達の軍も参加させます?」

 

「横取りかえ!?」

 

「はいー!」

 

途端、嬉しそうに袁術の顔が綻ぶ。

 

「孫策と曹操が奴らを倒して」

 

「私達が虎牢関をぶんどる!完璧な作戦です美羽様~」

 

「うはは~!いい気味なのじゃ~!七乃ぉ~、はち・・・」

 

「ダ~メ~です」

 

笑い声が包む袁術軍陣営。

 

だが、まだ誰も戦場の地響きが大きくなっている事に、気付いていない。

 

「さー、さっさと行っちゃいましょー!皆さ~ん、と~つげき~!!」

 

「突撃なのじゃ~!」

 

意気揚々と張勲が命令し、袁術も掛け声をいれる。

 

 

瞬間だった。

 

 

「撤退だぁぁぁああっぁ!!撤退しろぉおおっぉおおおぉぉお!!!」

 

耳を劈くような怒鳴り声と共に、孫呉と曹魏が袁術軍陣営を通り抜ける。

 

「ふ、ふえ・・・?」

 

「は、はひ・・・?」

 

袁術や張勲、兵士達は呆気にとられ、行動できずにいた。

 

辛うじて、声をあげていたのが孫覇だという事はわかったが、それ以外が理解できない。

 

撤退?

 

まさか・・・後方に?

 

何でこんなに急いでいる?

 

まさか・・・まさか・・・・・・

 

最悪の結末が兵士達の間に過る。

 

そして・・・さらなる地響きと共に、新たな軍が袁術軍の兵士達と戦闘を始める。

 

「逃げるんやなーい!!追えぇぇ!!ぎったんぎったんに殺てもうたれぇぇえ!!」

 

「・・・・・・・・・・・・じゃま」

 

ちょうど突撃を始めようとした袁術軍の兵を薙ぎ倒し、武神呂布、神速の張遼・・・そして董卓軍の兵達が現れる。

 

「ひ、ひえ!?な、なな七乃ぉ~!何とかせい~!」

 

「と、とりあえず迎撃~!!」

 

急な事態についていけず、ろくな準備も整わないまま迎撃する袁術軍。

 

無論、孫呉曹魏を後退させた事で士気を大幅に上げ、勢いをつけている董卓軍に敵う筈もない。

 

次々と倒され、半壊滅状態へと陥る。

 

その様子を見届けた蓮聖が、邪悪な笑みを浮かべ、高らかに宣言した。

 

「全軍反転!!遠慮はいらねぇ!!猿諸共、奴らを蹂躙しろぉ!!!」

 

それに続き、曹操軍も乱れぬ動きで反転する。

 

「英雄を猿が飼うなど言語道断・・・身の程を思い知らせてくれる!!曹魏の猛兵達よ!!その武で、奴らを完膚無きまで破壊しなさい!!」

 

戦場の空気が、変わる。

 

下にいた者が上に立ち、上の者は下落する。

 

強者の入れ替え。

 

弱者が皮を剥ぎ、圧倒的なる獣となって牙を向ける。

 

 

狩りの・・・始まりである。

 

 

 

「な、なんやぁ!?」

 

「っ・・・!?」

 

突然の事態に、歴戦の武将たる張遼と呂布でさえ、一瞬動きが止まった。

 

もう少しで邪魔な袁術軍を滅ぼせる・・・と思った所へ、退却していた筈の孫呉と曹魏が袁術軍諸共董卓軍を横撃し始めた。

 

明らかに意識外からの攻撃。

 

立ち直る術なく、陣形が崩れていく。

 

「っ・・・・・・」

 

呂布が何とかしようと駆けだそうとした瞬間、強烈な激突音が響いた。

 

「お前の相手は俺だぁ・・・逃げんじゃねぇぞぉ!!」

 

戦鬼の笑みを浮かべながら、蓮聖が呂布の目の前に現れていた。

 

覇国を振りかぶり、方天画戟ごと呂布の体を吹き飛ばす蓮聖。

 

吹き飛ばされた呂布を追い、一騎打ちが出来る場所へと移動した。

 

「恋!?くそ・・・なんやっちゅうねん・・・・・・っ!?」

 

戸惑いを隠せない兵士達。

 

それを落ち着かせようとした瞬間、咄嗟に、横転して何かをかわす。

 

「あー、惜しいなぁ」

 

呑気な声。

 

張遼は冷や汗をかきながら、その人物を視界にいれる。

 

最初に目に入ったのは異質なまでに巨大な鎌。

 

その先端に、今さっきつけられた傷の血痕がついている。

 

敵前という事も忘れ、張遼は自らの首を確認した。

 

良かった・・・ついている。

 

ちゃんと、首は胴体と繋がっている。

 

気配もなく、首元に宛がわられた鎌。

 

死んだ・・・と思った。

 

初めて味わう感覚。

 

だが、ついている・・・ならばいい。

 

「何者や・・・アンタ・・・・・・武人やったら正々堂々こんかい!!」

 

改めて鎌の持ち主を見る。

 

年は20代前半・・・標準体型だが、引き締まった無駄のない筋肉。

 

茶髪・・・軽薄そう。

 

つうかアホそう。

 

つうかバカそう。

 

「つうか初対面なのに酷い評価してねぇ!?」

 

「うっさいわボケぇ!!顔を見せる暇なく殺されかけたっちゅうのにまともな評価期待すんなや!!」

 

ごほんっ・・・と一息つけ、大鎌を持った男は薄く笑う。

 

「悪ぃなぁ・・・ま、お前がかわしてくれるって信じてたから。許してくれや」

 

「・・・まぁええ。アンタ、名前は?」

 

「曹操が配下、張彰孟卓」

 

「張彰・・・?知らんなぁ・・・・・・」

 

「わ、悪かったな!?どうせ俺は夏候惇や夏候淵に比べらぁ無名だバッキャロー!!これでもなぁ、曹操と一番長く一緒にいたのは俺なんだぞ!?」

 

いや、んなもん知るか・・・と、呆れる張遼。

 

だが・・・と、己の武器を構える。

 

油断は出来ない。

 

確かにふざけてはいる。

 

正直、軽視してもいいぐらいの人間。

 

 

では、先程のは何か。

 

 

そして、この状況はどういう事か。

 

 

「死んでないやろな?」

 

「安心しろ、主からの命で部隊も出来るだけ生かすよう言われている」

 

いつのまにか、張遼と張彰の周りはぽっかりと開いていた。

 

先程まで近くにいた張遼の部隊が端っこの方に弾かれている。

 

ピクリとも動かないが、張彰の言った通りなら気絶しているだけだろう。

 

一瞬で、それも張遼が気付かぬ間にこれだけの事をした。

 

そんな人物が、普通な筈があるまい。

 

少なくとも格上。

 

悪くて・・・崖の向こうの『モノ』・・・・・・

 

冷や汗が背中を伝う。

 

「張遼・・・主からの命により、お前を捕獲する。素直に降伏するか、俺と闘い敗れるか。どちらがいい?」

 

「アンタと闘って逃げるっちゅう選択肢もあるやろ・・・?」

 

「無論、俺と闘って勝つという選択肢も、あるにはある。だが・・・俺がさせねぇ・・・お前に残されたのは2つだけだ・・・ああ、違ぇなぁ。2つじゃねぇ・・・お前が自殺するという選択肢もあった」

 

「そりゃご免やな」

 

はっ・・・と、一蹴する。

 

「そうかい。かといって、降伏する訳でもなさそうだぁ・・・いいねぇ。そんな思考・・・嫌いじゃねぇよ」

 

「はは・・・何でやろ。敵わんって・・・わかっとる筈なのになぁ」

 

本能で、理解している。

 

この武人には、今現在では絶対に敵わぬと。

 

なのに。

 

それなのに。

 

「昂ぶりが収まらん・・・・・・!!」

 

体が火照り、闘いたいという衝動が収まらない。

 

いや、収めようとしない。

 

「行くでぇ・・・我が神速の槍武、存分に味わいぃ!!」

 

意気揚々と、張遼が張彰に突っ込んでいく。

 

2つの決闘が・・・始まった。

 

 

 

「おら・・・よっ!!」

 

「っん!!」

 

陣営から少し離れた場所。

 

先程、蓮聖達が決闘をした場所である。

 

これで、誰にも邪魔されず、雌雄を決する事ができる。

 

「いやぁ・・・ホント、お前は想像以上だ。誇っていい」

 

「ん・・・ありがと・・・・・・」

 

「だが・・・1つ、気にかかる事がある。お前ぇ・・・そんな純粋な目ぇしてるくせに、何で闘う?何の為に?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「言えねぇならそれでも構わねぇよ・・・己が闘う理由なんざ、他人が知る権利はねぇ」

 

それでも・・・教えて欲しい・・・・・・と、蓮聖は声に出さず呂布を見つめる。

 

人は・・・必ず何処かに闇を潜ませている。

 

そしてその闇は、瞳に現れる。

 

その性格が、その生き方が、その人生が・・・汚れとなって瞳に写すのだ。

 

いつの頃からか、蓮聖はその汚れが如実に見えるようになった。

 

一瞬でも見るだけで、その人物の人生が大凡なれどわかるのだ。

 

そして、この呂布。

 

その瞳は・・・武神とは思えない程澄みきっている。

 

純粋・・・とも言える。

 

何故。

 

何故・・・こうも純粋でいられるのか。

 

多くを殺した筈だ。

 

それこそ、天災に匹敵する程に。

 

少なくとも、蓮聖の経験上、そんなに多くの命を奪った人間で純粋な瞳を持つ者など1人としていなかった。

 

じゃあ、一体彼女は何者なのか。

 

その心の底にあるものを・・・知りたい。

 

「答えては・・・くれねぇよな。いや、すまねぇ・・・決闘前に・・・・・・んじゃあ、始め・・・」

 

「・・・家族」

 

「・・・・・・何?」

 

「家族を・・・守る・・・・・・」

 

うっすらと・・・呂布の頬は緩んでいる。

 

慈愛のような・・・仄かな笑み。

 

その時、初めて蓮聖は・・・呂布という少女を認識する。

 

「そうか・・・家族の為・・・か」

 

「・・・・・・うん。月・・・詠も、守る」

 

「・・・確か、その真名は董卓と賈駆だったか・・・・・・」

 

何かを思考するかのように、蓮聖は俯く。

 

呂布はその姿に首を傾げていた。

 

攻撃する素振りはない。

 

やがて、決心したかのように蓮聖は顔を上げた。

 

そして、徐に告げる。

 

 

「・・・なぁ、呂布。お前さ・・・俺と、一緒に来ないか?」

 

 

「・・・・・・?」

 

「だからさ、俺達と一緒に暮らさねぇか?こんな楽しい勝負、このままにしておくのはもったいねぇからよ!」

 

無邪気な、それこそ子供のような笑みを浮かべて蓮聖は語る。

 

「お前の家族の安全も保障するし、董卓の事も善処する・・・悪いようにはしねぇからさ。だから・・・俺達と暮らさないか?」

 

「でも・・・・・・」

 

「まぁ・・・信じられねぇだろうな。そりゃあそうだ。だから・・・俺が、この決闘に勝ったらでいい」

 

だから・・・と、覇国を構える。

 

「やろうぜ・・・勝負が決するまで・・・・・・存分に!!」

 

「・・・・・・」

 

異論はないのか、呂布もまた方天画戟を構える。

 

「行くぞぉ!!!」

 

「っっっ!!!」

 

2人の最強が、再びぶつかる。

 

お互いに力量はわかっている。

 

だから・・・全力で。

 

そうでなければ、相手に対する無礼である。

 

「っらぁぁあぁ!!!」

 

一際大きく覇国を振り抜き、呂布を吹き飛ばす。

 

その間に、蓮聖は背中の鞘を腰に起き、覇国を納めた。

 

「俺の本気だ・・・・・・出し惜しみはしねぇ・・・呂布。頼むから・・・死ぬなよ?」

 

瞬間、呂布の本能が叫び声を上げた。

 

かがめ・・・と。

 

「んぅっ!!!」

 

筋肉の悲鳴を無視し、初動を抜かして地面すれすれまでかがむ。

 

その時、呂布の上を何かが通り過ぎた。

 

その何かに明確な死を感じ、呂布の背筋に寒いものが伝う。

 

見えたのは軌道。

 

その軌道は、呂布の体を薙ぐようにその場所を通り過ぎた。

 

あの距離で、この場所に斬撃が届くとは考えにくい。

 

伸びた訳ではないのだ。

 

即ち・・・衝撃波の類か。

 

呂布自身は原理は分からないが、そういう類のものと察した。

 

「『虚空』・・・それがこの技の名」

 

と、やはり抜く動作を見せなかった蓮聖が、覇国を肩に担ぎながら言う。

 

「どうだ・・・凄ぇだろ?」

 

「うん・・・・・・凄い」

 

間髪いれず、呂布は返答する。

 

凄い。

 

本当に、凄い。

 

自分では真似できない技術だ。

 

だが。

 

 

「・・・これだけ・・・・・・?」

 

 

と、薄く笑った。

 

呂布にしては珍しい・・・相手の優位に立った事を、嬉しいと思う笑い。

 

優越感。

 

今、呂布にある感情はそれだ。

 

確かに速い。

 

いや、速いなどという概念では説明できないだろう。

 

だが、それだけだ。

 

鞘から抜いている以上、その鞘の角度などで大凡の攻撃範囲はわかる。

 

後はそれをかわすだけ・・・抜いた瞬間に懐に入り込めば終わりだ。

 

あれ程の速さ・・・その速さを抑える為には、どうしても技後硬直が起こる。

 

その時間さえあれば、呂布は一歩で間合いを詰め、蓮聖を斬り伏せる事ができる。

 

実力は拮抗・・・蓮聖の本気があの程度ならば、呂布に勝算がある。

 

と、勝機を見いだしていた呂布に、言葉が振りかかった。

 

「んじゃあ、もっと凄ぇと言わせてやらぁ」

 

と、再び覇国を鞘に納める。

 

次は・・・踏み込む。

 

そう決めた呂布だが、次の行動は頭で考えていたものとは別だった。

 

踏み込む訳でもなく、かわす訳でもなく・・・方天画戟で防御の体勢。

 

何故?

 

次の瞬間に、ようやく思考は本能に追いついた。

 

放たれる神速の一撃。

 

それにより生じる衝撃波・・・が、先程の比ではなかった。

 

「んぅっぁああ!!!」

 

衝撃波が方天画戟と衝突。

 

押し返すなど到底不可能な衝撃は、呂布の体ごと方天画戟を吹き飛ばした。

 

速さ、質・・・どれを取っても、先程の一撃とは異質。

 

もし・・・かわそうとしていたら・・・・・・そんな暇なく両断されていた。

 

そして考えつく。

 

今はただの衝撃波だ。

 

そう・・・『ただの』

 

あの衝撃波は、本当の攻撃の余波にしか過ぎない。

 

即ち、集団戦における攻撃。

 

ならば、本来の攻撃・・・・・・あの神速で抜き放たれた剣を直接ぶつけられたら・・・どうなる?

 

たった一度の衝撃波をかわした慢心が、音を立てて崩れていく。

 

防ぎようがない。

 

かわしようがない。

 

正に、絶対攻撃。

 

どうしろと。

 

一体どうしろというのだ。

 

「よぉく防いだなぁ・・・これ防いだのは、お前で3人目だよ。いやぁ・・・でも、覇国で止めたのはお前が初めてだなぁ?凄ぇ凄ぇ・・・」

 

朗らかに笑いながら・・・いや、笑った人間の皮を被った怪物が歩み寄る。

 

「今のは『清浄』っつう技だ・・・速さだけなら、およそ虚空の10倍ってとこか」

 

「ぅ・・・んぅ・・・・・・!!」

 

震える足に力を込め、何とか立ち上がる呂布。

 

しかし、その足は覚束ない。

 

戦闘続行は不可能に見える。

 

「止めとけ・・・今ので腕の骨にヒビでも入ったんじゃねぇか?・・・・・・それに、俺にはまだ2段階上の速さがある・・・流石に『清浄』以上は俺の体の負担が激しいからな・・・滅多に使わねぇが」

 

と言いつつ、がこん・・・と外れた肩を治した。

 

蓮聖の神速剣は、抜く力と止める力が均等する事で成り立つ。

 

鞘という抑えで力を最大限に溜め、抜き放つと同時、筋肉の半分を止める力に費やす。

 

『虚空』程度ならばそうすれば止まるが、それ以上となると止めるのは至難の業。

 

蓮聖の場合、肩が外れるのを代償にその勢いを止めていのだ。

 

「お前の負けだ・・・呂布。楽しかったぜ?」

 

負け。

 

その言葉が、呂布の胸に突き刺さる。

 

先程までの会話は、既に頭にはない。

 

負けた事で、家族が守られる事も、大好きな人達が守られる事も・・・総てを忘れていた。

 

ただ、敗北の二文字が頭を埋め尽くす。

 

負ける・・・?

 

負けたら・・・どうなる?

 

家で帰りを待っている家族達は・・・?

 

負けるのか?

 

否・・・・・・

 

まだ、体は動く。

 

ただ、少し震えるだけだ。

 

筋肉断裂も起きてないし、骨も無事だ。

 

まだ・・・動ける。

 

動ける筈だ。

 

動かなければ。

 

極限状態に陥った呂布。

 

動け・・・動けと、闘え・・・奴と闘えと。

 

誰かが囁く。

 

それが何なのか思考する暇なく、呂布は足元に転がる方天画戟に手をかけた。

 

 

そう・・・それでいい。

 

お前はまだ、本当の力を出していない。

 

獣となれ。

 

理性を無くし、ただ本能のままに。

 

そうしなければ・・・守れないぞ?

 

お前の愛する者達を・・・

 

守れ。

 

その手で。

 

掴みとれ。

 

その手で。

 

そして、殺せ・・・

 

その手で。

 

 

「あああぁぁあっぁあああぁぁああっぁああぁあぁぁあぁあああああ!!!!!」

 

 

咆哮が・・・戦場に轟いた。

 

「な・・・・・・がっ!!?」

 

横一文字に振られた方天画戟。

 

庇う暇なく方天画戟は蓮聖の脇腹に入り込み、肋骨をへし折って体を吹き飛ばした。

 

戦場脇の崖に衝突し、蓮聖の体が跳ねる。

 

「ぁあぁぁっぁぁああぁぁぁああぁぁぁああっ!!!!!」

 

息つく暇なく、呂布が蓮聖を追い打ちする。

 

今までのどんな攻撃より重い一撃が、蓮聖を襲った。

 

「ちぃっ・・・ぐぁっ!!」

 

何とか覇国で防御するが、その防御を攻撃が上回る。

 

覇国が弾かれ、無造作に伸びた右腕が蓮聖の顔を掴んだ。

 

そのまま、崖へと叩きつけられる。

 

後頭部からの鮮血。

 

脱力したかのように、ぷらーんと腕が垂れ下がる。

 

軽い地響きと共に、蓮聖の手から離れる覇国。

 

蓮聖は、もがく訳でもなく為すがままにされていた。

 

「ふぅー!!ふぅー!!」

 

荒い息を落ちつかせる素振りを見せず、さらに腕に力を込める呂布。

 

嫌な音が、蓮聖の頭から鳴り響く。

 

形勢逆転・・・どころの話ではない。

 

一瞬で・・・呂布の敗北は消え、蓮聖の勝利もまた消える。

 

筈、だった。

 

 

 

「誰だ・・・てめぇ?」

 

 

 

瞬間・・・呂布の体が震えた。

 

頭を掴んだ掌。

 

その指と指の間から、虎の瞳が呂布の瞳を捉える。

 

ゆっくりと、己の頭を抑える腕を掴み、容易く引き剥がした。

 

「いや・・・わかりきってるか・・・・・・一刀を唆したのもてめぇだもんなぁ」

 

「ぁぅ!!」

 

そのまま呂布の腹を殴りつけ、吹き飛ばした。

 

覇国を拾い、鞘に納める。

 

「俺の決闘を邪魔するんじゃねぇよ・・・何より、そいつを穢すんじゃねぇ」

 

「う・・・ぁう・・・・・・」

 

尚も立ち上がる呂布。

 

それは、明らかに身体の限界を超えているようにも見える。

 

「わかんねぇかなぁ・・・・・・」

 

前髪をかき上げ、嘆息する。

 

「お前は俺が殺す・・・ぜってぇに・・・・・・猶予は後1年、残ってんだろうが・・・俺達に干渉すんじゃねぇよ・・・・・・」

 

今にも爆発しそうな怒り。

 

呂布と闘った時とは比べにもならない程の滾りを抑えながら、蓮聖は告げる。

 

目の前の少女ではない誰かに。

 

「うぜぇんだよ、いい加減。てめぇに踊らされんのも・・・」

 

呂布の胸倉を掴み、引き寄せる。

 

「だからよ・・・そっから出てけっつってんだろうがああぁっぁああ!!!」

 

歯をむき出しにして、猛虎の如く吼えた。

 

そのまま、頭を後方へと傾け・・・

 

「ぁがう!!」

 

強烈な頭突きを呂布の額に叩き込む。

 

がく・・・と、呂布の意識が奪われた。

 

「・・・・・・ごめんな・・・呂布。おめぇとの決闘・・・邪魔されちまったよ・・・・・・」

 

華奢な呂布の体を抱き上げると、ゆっくりと帰還していく。

 

その背中は、覇人とは思えないほどに・・・小さく見えた。

 

 

 

「で・・・あなたは一体何をしてるのかしら」

 

「うぅ~・・・だってよぉ・・・・・・以外とあいつ強くてさ~」

 

「あのね・・・そうでなければ私が欲しがるとでも?」

 

「いちおー捕まえたんだから許してくれよ~」

 

「もう少しで殺す所だったじゃない!!このバカ!!」

 

げし・・・と、再び吊るされている張彰の腹に蹴りを放つ。

 

曹操軍陣営。

 

蓮聖と呂布の決闘が終了した時には、既に張彰と張遼の決闘には決着がついていた。

 

董卓軍も壊滅し、戦闘は終了。

 

速やかに体勢を整え、曹操は虎牢関を制圧する。

 

虎牢関を制圧した後は曹操軍は後方に下がる事になっているので、今は待機中である。

 

張彰は無事張遼を捕獲した・・・したのは、よいのだが。

 

「何?初っ端で首刈ろうとしたそうじゃない?あなたバカなの?そうなの?お頭がホントにないの?あなた軍師も兼任してるわよね?というか私の命令覚えてる?」

 

「そんな疑問符ばっか使うなよ・・・・・・ごふっ!」

 

どご・・・と、わりと強めの回し蹴りが張彰の腹を襲う。

 

「わ・た・し・の・め・い・れ・い・は?」

 

「えと・・・『張遼を捕獲しなさい、そうね、その部隊も生かしておいてちょうだい。あなたなら出来るでしょう海斗?ふふ・・・ちゃんと出来たら甘えさせ・・・・・・』」

 

「誰が・・・そんな事言ったぁあぁぁああ!!!」

 

「げぼごぅ!!?」

 

どごぉぉぉん・・・と、全速力の助走をつけた渾身の飛び蹴りが決まった。

 

「す、すいませんつい出来心でお願い許してさっきの台詞の疑問符で終わりですハイ」

 

はぁ・・・と、大きく溜息をつく曹操。

 

「張遼が気さくな武人で良かったわ・・・呂布がいたから耐性がついてたんでしょうけど」

 

「でもさぁ・・・ちょっと本気出しただけなんだぜぇー?」

 

「あなたの本気は洒落にならないでしょう?」

 

もし・・・何かに絶対の自信を持った者がいるとする。

 

その物事に関しては負け知らず、人生でも1、2を争う重要性。

 

そんなものが、他者の、それも圧倒的上位により砕かれたら・・・?

 

人生の、生き甲斐の、自分自身の否定。

 

それによる衝撃は、計り知れないものがある。

 

張遼はまだ良かった。

 

何せ、呂布という怪物が傍にいたから。

 

既に上の存在を認め、それでも己の道を貫いていたから。

 

だが・・・例えで言うなら生粋の武人。

 

しかも、自分より圧倒的に違う武を持った人間を知らない武人。

 

関羽や、夏候惇。

 

彼女達が同じ目にあったら・・・半端なものではなく、完膚なきまで実力差を示されたら。

 

どうなるのだろうか。

 

要はそういう事である。

 

強すぎる力は、それより弱い力を駆逐する。

 

張彰のそれも、蓮聖や呂布のそれもその類だ。

 

故に、その者達は気をつけなければならない。

 

彼らが本気を出せば・・・大陸中の武人達に多大な影響を及ぼすという事を。

 

張彰の本気を見たことで、張遼は一時的に戦意喪失と化した。

 

今はもう持ち直しているが、補導された時の状態は色々と酷かった。

 

武人たる張遼が、武器を自ら手放した程である。

 

「とにかく・・・あなたはしばらくそうしてなさい。洛陽制圧して城に帰るまではね」

 

「めっちゃ長いじゃん!?というかさ、結びがなんかキツくなってる気がすんだけど!!解けないんだけど!!」

 

「だって、半端な結び方したら関節外して逃げるじゃない・・・」

 

「ったりめぇだバッキャロー!!お前知らないだろ!!俺ぁ昔、頭に血が上りすぎて意識失ったんだぞ!?逆さ吊りで意識失う武人とか何だよおい!!」

 

「・・・・・・へぇ」

 

「反応薄っ!?え、何?俺ってもう見捨てられてる?まさか張遼来たから俺用無しとか?そんな殺生なぁ!!俺とお前の仲じゃんかよぉ!幼馴染見捨てるか普通ぅ!?」

 

ぶんぶんと宙吊り状態のまま体を揺すり、何とか心情を表現する。

 

「いやまあ確かに、戦乱の世ですから?必要ねぇ奴は切り捨てる方がいいだろうし?俺ってバカだし結構ミスするし・・・って自分で言ってて空しくなってきた・・・ちっ・・・わあったよ」

 

諦めたかのように張彰はその動きを止め、脱力した。

 

「お前が言うんなら俺は出ていく・・・それがお前の為ならな・・・でもさ・・・お前への思いだけは・・・桂花や春蘭にも負けねぇって・・・思ってたんだけどな・・・・・・」

 

「海斗・・・・・・」

 

「は、はは・・・ごめんな華琳。いつのまにか、お前の負担になってたのかもな・・・悪ぃ・・・あー、やっぱ俺出てった方がいいわな。うん・・・・・・ありがとよ・・・今まで一緒にいてくれて」

 

ぽん・・・と、曹操の頭を撫でる張彰。

 

それに対し、怒る訳でもなく、曹操は俯いた。

 

「ねぇ・・・海斗・・・・・・」

 

「何だ?あ、別に見送りとかいらねぇから。気付かない間に、消えるからよ・・・」

 

 

「・・・・・・手、いつ出したの?」

 

 

と、自らの頭を撫でる腕を掴む。

 

「・・・・・・やっべぇぇえっぇ!!!墓穴掘ったぁぁあぁっぁああぁぁあ!!!」

 

「ふ~ん・・・何、このまま感傷に流されて脱出しようした訳?曹孟徳も舐められたものね?というか、最初からあなたが逃げるなんて考えてないわよ」

 

「な・・・何故に?」

 

「だって・・・ここにはあなたの家族がいるじゃない。大切な家族が」

 

ぐ・・・と押し黙る張彰。

 

正にその通りなので、反論は出来ない。

 

「それに・・・あなたがいないと私も困るわ・・・・・・約束したでしょう?私が死んだ時、私の家族を任せるって・・・」

 

「ああ・・・もし、俺が死んだ時は、俺の家族を任せる・・・と」

 

「あの誓いに・・・偽りはないわよ」

 

そっと・・・張彰の頬に手を添える。

 

「だから・・・私が死んだら、あなたは全力で生き残りなさい。あなたが死んだら・・・私は全力で生き残るから・・・・・・いいわね」

 

「・・・言われなくても」

 

その真摯な瞳を見て、曹操は薄く微笑んだ。

 

「さて、それはさておき・・・調教を始めましょうか」

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

「ちゃんと主の命令を聞かない部下は直々に調教しないと?ねぇ桂花?」

 

「勿論です華琳様!」

 

「て、てめぇ桂花、何してやがる!!?」

 

いつのまにか曹操の隣にいる、軍師、桂花こと荀彧。

 

正直、魏内において張彰が一番苦手とする少女である。

 

「華琳様、調教道具です!」

 

はい!と手渡しするものは、蝋燭に鞭に・・・五寸釘。

 

「いやいやいやいや!!!おま、それ冗談じゃすまねぇって!!五寸釘って怪我どころじゃねぇつうか拷問道具!!桂花てめぇ何でそんなん持ってんだごらぁぁあぁああ!!!」

 

「桂花」

 

「はい!」

 

「え、ちょ、マジで?うっそ、い、が・・・!!むぅー!!んぅ!!」

 

猿轡が張彰につけられる。

 

「さぁ・・・楽しみましょう?海斗・・・ふふ・・・・・・」

 

この被虐性愛者がぁああぁぁぁああぁぁああ!!と、心で叫んだ張彰であった。

 

 

 

その後、行軍は進み、連合軍は洛陽の目の前に陣を張る。

 

だが、洛陽の外に董卓軍はおらず、異様な静寂が包んでいた。

 

「さて・・・じゃあ偵察行くか・・・」

 

状況を把握する為、厳密には呂布の家族や董卓の保護をする為に、蓮聖直々に偵察へ向かおうとしていた。

 

「ちょ、お前肋骨折れてんだろ?無茶するなよ・・・」

 

一刀も止めようとするが、正直止まると思わないので語尾が弱い。

 

「なぁに、別に戦闘する訳じゃねぇんだ。明命もいるし、不味かったらすぐに帰っから。呂布の事、頼んだぜ?」

 

朗らかに笑い、一刀の頭をぽんぽんと叩く。

 

「っしゃあ、明命行くぞぉ!!」

 

「はい!!」

 

意気揚々と、蓮聖と明命、隠密部隊は洛陽内部へと侵入した。

 

 

 

「あちこちで火の手が上がってますね・・・・・・一体・・・」

 

「さっき小耳に挟んだが、黄巾党の残党が暴れたらしい・・・ちっ・・・理性のねぇ獣がぁ」

 

「兵の影もない・・・既に、董卓軍は撤退したようですね・・・・・・」

 

「だな・・・急ぐぞ。董卓を保護しねぇと、呂布に顔向け出来ねぇ」

 

家の影を疾走しながら、蓮聖達は城を目指す。

 

第1目標は董卓の保護。

 

次に呂布の家族の保護。

 

恐らく呂布の家は城内にあるだろうから、目的地は一緒だ。

 

確かに・・・蓮聖と呂布の決闘に、決着はつかなかった。

 

限りなく蓮聖が優勢ではあったが、呂布自身の意思で敗北は認めていない。

 

ならば、決着はついていないと言える。

 

だが、決闘を邪魔されたのは蓮聖に非がある。

 

呂布への償いとして、せめて呂布の家族と董卓は保護しなければ。

 

「・・・あ?」

 

「どうかしました?」

 

「いや・・・なんつうか、んん?」

 

思わず立ち止まり、左腕を摩る蓮聖。

 

見れば、鳥肌が立っている。

 

寒い訳ではない。

 

蓮聖の体が・・・『何か』を感じ取っている。

 

「孫覇様・・・?」

 

「んー・・・ま、いいか。さっさと済ませようぜ」

 

再び疾走し、城を目指す。

 

屋根を渡り、城門の外から中に忍び込んだ。

 

「・・・っ!!」

 

途端、蓮聖の体が固まる。

 

先程の『何か』が・・・この城内にいる事を感じ取れた。

 

否・・・いるだけじゃない。

 

向かってきている。

 

恐ろしい程の速さ・・・正に、人外の速さで。

 

「全員・・・辺りに気を配れ・・・・・・来るぞ・・・」

 

「え・・・?」

 

戦闘態勢を取っている蓮聖・・・それを見、明命、及び隠密部隊も己の武器に手をかけた。

 

 

そして・・・地響きと共に『何か』がやってくる。

 

 

 

「蓮聖ちゅわあぁあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁっぁぁあぁぁああんん!!!!」

 

 

 


 
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