No.163072

一枚の写真 ~真・恋姫†無双~

Chillyさん

お久しぶりでございます。
萌将伝をやっていたわけでもなんでもないにもかかわらず、双天演義の続きを書くことができず、ここまで来てしまいました。
いやぁ、まったく筆が進まず、ワードパッドを開くことなく七月が過ぎてしまいました。

言い訳はここまでにして、リハビリとしてショートショートを書いてみました。巷では萌将伝だというのに真・恋姫の魏ルート後の設定で書いております。

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2010-08-03 20:55:32 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2999   閲覧ユーザー数:2815

 筆を走らせる音とかすかに鳴る竹簡と竹簡の擦れる音だけがこの部屋を満たし、粛々と文車に乗せられた竹簡の山が処理されていく。

 

 明り取りの窓から入る柔らかな日差しが執務室の中を明るく照らし、午後の陽気がぽかぽかと仕事を粛々と進める背中を暖め、部屋の隅に置かれた香が香り立つ匂いとともに煙を天井へと昇らせ、その煙を窓から入り込んだかすかな風が吹き散らし、精神を落ち着かせるような香りが執務室を満たしている。

 

 この執務室の主は少女と言っても間違いではない外見だか、それに反比例するようにその纏う雰囲気はとても少女のものとは思えないほど、鋭い刃物を思わせる凛としたものだった。

 

 少女は手にした竹簡に目を通すや筆を取り、その竹簡に書かれていることに対する所感から指示、誤字の訂正まで用意してある別の竹簡に書き付けていった。

 

 一通り書き終えた竹簡を丁寧に脇に置かれた机に並べ、墨が乾くのを待つ時間に少女は、長い執務で凝り固まった体を解きほぐそうと両手を天井へと伸ばす。

 

「んんっむぅ」

 

 思わず出てしまったうめき声の大きさに少女は周囲を見回し、この執務室に自分以外がいないことを確認するようにキョロキョロと首を振ってしまう。誰もいないことを確認すると少女は、ほうとひとつため息をついて傍らに置かれた文車から新たな竹簡を手に取った。

 

 手に取った竹簡を開いた瞬間に叩かれる執務室の扉の音に、少女は一瞬先ほどのうめき声を誰かに聞かれたものかと思い顔を赤らめるが、即座に気を引き締め、扉を叩いた主に入室の許可を出す。

 

「華琳様、失礼いたします。お茶のお時間になりましたのでご休憩をと、こちらにお持ちいたしました」

 

 青い髪を短く切りそろえた女性が、文車を改造した物にお茶と茶菓子を載せ、一礼して執務室に入ってくる。

 

「あら、秋蘭。もうそんな時間なのね。……なにやら嗅ぎなれない香りがするのだけれど?」

 

 執務室の少女、華琳は運ばれてきたお茶菓子が放つ香りに鼻をヒクヒクと動かし、青髪の女性、秋蘭にその香りについて尋ねた。

 

「はい、珍しい食材が手に入りましたので、私が作りました」

 

「そうなの? ……この香り、どこかで嗅いだようなきがするんだけれど」

 

「それはこの間の三国会談の時ではないでしょうか。呉の方々がお持ちになられたお菓子に使われていた食材でしたので」

 

「……言われればそうかもしれないわね」

 

 華琳は秋蘭の答えに、その細く尖った形の良い顎に手を当て少々考えた後、思い当たるものがあったのだろう、納得したように問答の間に秋蘭が淹れたお茶の香りを楽しむ。

 

「相変わらず良い手前ね、秋蘭。それに……このお菓子も良くできているわ」

 

 小さな団子状のお菓子をひとつ食べて、華琳は笑顔を浮かべて秋蘭の淹れたお茶とお茶菓子を褒める。

 

「ありがとうございます、華琳様。……先ほど真桜がこちらを持ってまいりました」

 

 華琳の言葉に秋蘭はお礼を言った後、お茶を運んだ車につけられたもの入れから一辺成人男性の手のひらぐらいの大きさの箱を取り出して、華琳に差し出した。

 

「あら、やっとできたのね。かなりの枚数があるから仕方ないとはいえ、少々時間がかかりすぎではないかしら?」

 

「申し訳ありません。なにぶん、真桜のみで作業している手前、どうしてもあの量を捌くには時間がかかったようです」

 

「……さすがに三国会談で取った写真を参加者全員に配るように命じたのはやりすぎだったかしら」

 

「取った枚数としては数十枚ですが、それを参加者全員ということで枚数が単純計算でも三桁にのぼりますし、中には失敗するものもあるようで作業枚数として四桁ほどになったようです」

 

 困ったように笑い、溢した秋蘭の言葉に華琳もさすがに無茶を言ったと思ったのか、バツが悪そうな表情を浮かべている。

 

「そ、そう……。真桜には、特別休暇と給金の支給をします。秋蘭、手続きをお願い」

 

「御意」

 

 気まずそうに咳払いをしたあと、華琳は真桜に対する労をねぎらうための指示を秋蘭に出した。その華琳の態度を内心微笑ましいものを見るような思いで、秋蘭は表情を表面上崩さずに真面目な態度でその命令を受諾する。

 

「それで、蜀や呉に送る手はずは整えてあるのかしら?」

 

「はい、すでに。もうそろそろ城を出ている頃かと」

 

「そう、ならいいわ」

 

 打てば響くように答える秋蘭の返事に満足そうに頷いた華琳は、三国会談で撮影した写真の入った箱を開け、中を確かめる。

 

 一番上に置かれた主要な人間の集合写真を筆頭に、笑顔を浮かべて談笑する魏の人間と蜀の人間が写ったもの、蜀の人間をからかい笑う呉と魏の人間、呉の人間と酒の呑み比べをする蜀と魏の人間、さまざまな平和を象徴するような写真が何枚もあった。

 

 その写真を華琳は眩しいものでも見るように、目を細めて一枚一枚じっくりと確かめるように、写し出された瞬間を思い出すように眺めていく。

 

 そんな様子の華琳の手が一枚の写真を手に取ったとき、ピタリと止まる。

 

 華琳と秋蘭、そして呉の重鎮、孫策と周瑜が写ったものだった。

 

 その一枚を見つめる華琳の目は、その写真を通り越してもっと別のもの、遠くに行ってしまったものを見つめるようであった。

 

「……華琳様。ひとつお聞きしてよろしいでしょうか?」

 

 華琳の脇に控え、一緒に写真を見ていた秋蘭もその孫策たちと写った写真を取ったときのことを思い出す。そしてそのときの情景を思い出し、華琳に問いかけた。

 

 思索を妨げられたにもかかわらず、華琳は気分を害した様子もなく秋蘭に目で続きを促した。

 

「写真を撮ることをはじめは嫌がっていた周瑜、冥琳に何を言ったのですか?」

 

 三国会談で設けられた会食の席で、この四人で写真を撮ることを言い出した華琳の言葉を冥琳は最初、蜀の人間が入っていないものは三国同盟の関係を崩しかねないと断っていた。考えすぎだとは思うが、何がきっかけで再び戦乱が起こるともわからないため、あながち間違っている判断だとは言えない。

 

 そんな冥琳に華琳が一言二言耳打ちしたことで、若干しぶしぶとではあったが四人で写真を撮ることを冥琳が了承して、この写真は撮られた。

 

 今までこのことは忘れていたが、写真をみたことで秋蘭の脳裏にこのときの疑問が再び浮かんできた。

 

「いささか気にしすぎとは思いましたが、冥琳の言葉もあながち間違いではありませんでした。にもかかわらず華琳様が写真を撮ることに執着したことに少々違和感を感じましたので……」

 

 秋蘭は華琳の様子を確かめながら、写真が取られた時の状況を思い浮かべながら言葉を並べていく。

 

「秋蘭は呉の細作からの報告書を読んでいないのかしら?」

 

「呉の細作からの報告書ですか……」

 

 質問した内容とは少々食い違う華琳からの問いかけに、三国会談前に挙がった呉の情勢に関するものを記憶から掘り出す。

 

「冥琳はというより、雪蓮もかしら。華佗の診察を受けたと報告が上がっているわ。あの者の診察においてどんな診断を受け、治療を受けたかわからないけれど……」

 

 華琳は秋蘭の返事を待つことなく、窓の外を、遠くの天を見つめながらゆっくりと言葉をその唇にのせていく。

 

「今は健康であっても、いつかは人は死に遠くへと逝くわ。……そして人は時とともに積みあがった日常の中で思い出は色褪せ、風化していく」

 

 そこまで口に出したとき華琳は目を瞑り、心のうちに湧き上がる激情に耐えるように眉間に皺をよせ、唇をかみ締める。

 

「それでも……、思い出を、故人を偲ばせる品があれば、人はその色褪せた思い出に新たな色をつけることができるわ」

 

 再び窓の外の青く澄み切った空を見つめる華琳の目の端に浮かんだものを、秋蘭は見ることができなかった。

 

「雪蓮も冥琳も、お互いにその自身の姿を写したものがあれば、……その姿が色褪せることもない。その姿が己の手のひらから零れ落ちることもないわ」

 

 華琳は震える声を無理やり押さえつける。

 

「たとえ遠くへ逝ってしまったとしても、そばにいると思うことができるわ……」

 

 華琳は見つめていた天から目をそらし、四人の写った写真を見つめる。

 

 その表情と纏う雰囲気はこの部屋で執務をしていたときと比べて、何十年も年経て、疲れきった老女のように覇気も生気も感じられない、この華琳という少女に似つかわしくないものだった。

 

「華琳様……。私は、いえ姉者も決して華琳様の命無く、この世を去ることはいたしません。華琳様のお傍を死ぬまで、……死しても決して離れることはないと天と夏侯の名に誓います」

 

 華琳が感じている痛みと同じ痛みがわかるからこそ、秋蘭は心から誓う。たとえ何も知らないものから見れば傷の舐めあいに見えたとしても、秋蘭にはこの最愛の君主にこんな表情と雰囲気を纏ってほしくは無いのだろう。

 

「決して……華琳様をお一人にすることはございません」

 

 静かに頭を垂れ、華琳の言葉を秋蘭は待つ。

 

「……秋蘭」

 

「なんでしょうか? 華琳様」

 

「この写真をどこに飾りましょうか?」

 

 そう言って、三国の主要人物で撮った集合写真を二本の指に挟んで見せる華琳の顔には、先ほどまであった影はどこにも無く、変わりに透明な微笑が浮かんでいた。

 

 中華大陸を統一し、魏、呉、蜀の三国で統治することを決めた運命の日から一年、開かれた初の三国の代表が対等に話し合う三国会談が終了してしばらく経った麗らかな魏の一日は、こうして静かに過去を振り返り過ぎていった。


 
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