No.162981

機動戦士 ガンダムSEED Spiritual Vol01

黒帽子さん

SEED Destinyの続編。偽りの平和にまとめられたこの世界に完璧な戦いの根絶を示す。
 その劇薬が世界を壊す。壊さなければ世界は歪む

2010-08-03 14:40:08 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:8706   閲覧ユーザー数:8071

 

SEED Spiritual PHASE-1 彷徨う心の出会うモノ

 

C.E.75

 ロゴスの消滅、そしてデスティニープランの崩壊により世界は不安定の極みに沈んでいく。

 プラント最高評議会議長ラクス・クライン、地球圏汎統合国家オーブ代表カガリ・ユラ・アスハの二極が、混迷する世界を安定軌道に乗せようと試行錯誤を繰り返していたがブレイク・ザ・ワールドによる被害は予想以上に世界の復興を遅らせ――

 ギルバート・デュランダルの遺言は今も澱のように張り付き、剥がれる兆しを見せない……。

 

 

 

「ようこそ。軍神の一角をなすあなた自らお出ましとは。恐縮ですな。アスラン・ザラ」

 倭国。〝メサイア攻防戦〟の折りまでは独立国家でありながら大西洋連邦の植民地とすら思われる――実際アスランはそう思っていた――東アジア共和国随一の経済力を誇る島国である。

 地球圏汎統合国家オーブ主席補佐官アスラン・ザラの数歩前にまで歩み寄り、整った笑顔を垂れ流す男はシデキ・トウゴウ。この国の兵器開発の中心企業『フジヤマ』の技術開発部顧問であり、同時に防衛省の官僚でもある、とアスランは訪問途中で詰め込んだ知識を反芻した。そして彼の目はトウゴウが座していた席の液晶画面に注がれ、溜息と共にまぶたに埋もれた。

 『東アジアガンダム』のコードネームで呼ばれている…フジヤマ社製戦闘用新型モビルスーツの広報情報だ。アスランは瞑目して眉間を指先で揉みほぐし、それを形だけでも案じようとしたトウゴウの気配を掌で遮った。

「単刀直入に申し上げます。そのモビルスーツ開発を即刻中止していただきたい」

 アスランの剣幕にトウゴウ以下倭国の者達が鼻白んだ。非礼を詫びようとは思わない。この男は間違いなく〝メサイア攻防戦〟の中心を、知らない。

「かの対戦の折、アスハ代表を中心に纏め上げられた条約――〝アカツキ条約〟を反故にする理由がこの国にはあるのですか?」

 地球圏汎統合国家。地球連合がロゴスの消滅に巻き込まれるように瓦解した結果、旧オーブ連合首長国を中心に纏め上げられた国家間協力体制の通称である。ロゴスの私兵軍に身をやつす前の地球連合の思想を再現し、疲弊した地球国家間の相互扶助を目的として作られた組織である。オーブが中心であるのは指導力を認められた等の理由ではなく単純に戦後被害が軽微で活力が残っていたからと言う消去法的な選択理由に他ならない。

「今は軍備拡張よりも優先すべき事が山積しているはずです。それなのに新型モビルスーツの発表など…そもそも新型製作自体が条約に抵触していると言うことをおわかりなのですか?」

 アスランの熱意は、今度はトウゴウの平手によって遮られた。

「アスラン・ザラ。あなたの仰ることは尤もです。ですが我が国にも都合というモノがあります」

 キラも、カガリも、ラクスも…! 皆が世界の安定を取り戻そうと必死になっているのに何故このような考えに至る!?

 アスランの内心など知らず、トウゴウは彼の脇をすり抜け部屋の外へと誘う。

「お見せいたします。我が国の都合を」

 互いにSPを控えさせながら応接室を出る。高層ビルの32階。全面ガラス張りの窓から差し込んだ陽光がアスランの眼を突き苛立たせる。一般人も行き交う通路に通されたことを意外に思いながらもトウゴウの言う「倭国の都合」を想像する。

(彼の漏らす単語はなんだ? 国益、牽制、支援どれも身勝手な建前でしかないじゃないか!)

 モビルスーツで行えそうな『人道的』内容を列挙してみるがそのどれもが非人道的軍事利用を否定する材料にはならない。暗い思考の海に沈み込もうとするアスランを、トウゴウが浮き上がらせた。

「あなた方は世界を極端に考える…連合、ザフト、中立。その三つが世界の全てではない。様々な思想、思惑が世の中には犇めいているのですよ」

 トウゴウからすれば重い沈黙に耐えきれず、何気なく、ただ破りたかっただけだろう。内容に政治が含まれようが含まれまいが関係ない、世間話にしたかったのだろう。しかしアスランには、耳障りだった。

 唐突に喚声が、いや、悲鳴が上がった。ZAFTの経験がアスランに反射的に銃を抜かせる。

「なぜわからない! この国は腐っているんだ! みんな本当の自分を知らずに――だからぁ!」

 思想を叫んでいたのだろう。

 しかしその男が握る黒い鉄塊が話し合いという概念を瓦解させている。行き交う人々が暴力に気付いた者から順に蜘蛛の子を散らす。アスランとトウゴウは黒服に囲まれるが一般の民を守るべき警護関係者は動きを見せていない。

「お、おま、お前らぁあああっ!」

 アスランは――自身は被警護対象者であるにも関わらず――拳銃を構えたまま錯乱者を注視した。

(……ここでは俺もああ見られていたのか?)

 恐怖に次いで彼への哀れみを覚えるより先に――

 世界が変質した。

 前触れ無く迫り来たガンメタルの鉄塊が哀れまれるべき男を胴から上下に分断した。人の概念を超過した巨大鉄塊は一人の餌食では飽きたらず周囲全てを押し流し飲み込む。血飛沫が吹き上がるが追い来る光刃が有機無機問わずに蒸発させる。

 コーディネイターの知覚、いや、軍務経験が驚愕をねじ伏せ全身を後方に突き飛ばす。SPなど着けてはいるが恐らくこの場で最強の白兵戦能力を持っているのはアスラン・ザラその人だろう。故に変質を感知しながら命を繋いだ者は彼だけだった。

「な、なんっ!?」

 自分の同行者、及びトウゴウを心配する余裕などなかった。眼前を貫通していったガンメタルの鉄塊、自身の身の丈と比べるのが愚かしい程の金属は向こう側に光――ビーム刃を迸らせている。この距離を飛び離れても向こう際にいたら焼け死んでいたかもしれない。

(対艦刀……!?)

 悲鳴と怒号がそれ以上の思考をかき消した。結果を知りたければ見るしかない。アスランは振り返った。貫かれ、鉄の悲鳴を上げ始めたビル。その窓から二対のカメラアイが見えた。

「!?っ」

 血の涙を連想させるその周囲、人の十倍はある頭部。アンテナ、CIWSの砲口、その全ての形状は彼の脳裏に一機のモビルスーツを描いた。

「〝デスティニー〟…」

 生命の危機とは別種の恐怖がアスランの口をカラカラにする。この機体は、嫌が応にも一人の男を連想させる。もう彼がこんなことをするはずがないと、信じていても。

「シン!」

 跳ね上がるように駆け出す。

 〝デスティニー〟と思しき機体は虐殺現場には目もくれず、メインセンサーを彼方へ向けた。今更ながらに警報が走り、防衛のためのモビルスーツが動き出すのが遠目に見える。

 この機体が何故唐突に中枢とも言える場所に出現したか? そんな当然の疑問はアスランの脳裏には浮かばない。先程使ったエレベータチューブ脇の非常階段に滑り込む。携帯通信機を取り出しオーブへの回線を開きながら現在進行形で崩壊中の窓ガラスから外を臨めば魔神を思わせる赤い翼、トリコロールの全身装甲。あれは、紛う事なきデュランダルの最終兵器…。

 現状とはかけ離れた軽い音共にコールが終わり、回線が繋がった。

〈はいこちら――〉

「メイリンか?」

〈オーブ行政…アスランさん!? どうし――〉

 着地の轟音がここまで響く。今の時代を彷彿とさせる構成、ZGMF‐1001〝ザクファントム〟を指揮機としたMBF‐M1〝M1アストレイ〟の部隊が〝デスティニー〟を取り囲んだ。しかし着地の瞬間二体の〝アストレイ〟が二閃の光条に貫かれて頽れる。右のビームライフルとMMI-X340 パルマフィオキーナ掌部ビーム砲なのだろうか――左手よりのビームが瞬く間に動力部、もしくはコクピットを貫通したのだろう。

「カガリに繋いでくれ! それから、プラントのラクス…議長にも連絡を!」

 遠くで掠れるアナウンス。〝アストレイ〟が大地を踏みしめる音がそれをかき消す。だが二歩目はない。神速の動きで右肩のビームブーメランを引き抜いた〝デスティニー〟はそこからブーメランには長すぎる光刃を吐き出させると一瞬のうちにモビルスーツ一機を貫いた。腹部を溶解貫通させられ仰向けに倒れる〝アストレイ〟が道路に横倒しになる前に〝デスティニー〟は消える。

(ちぃっ!本物だ…〝インサージェント〟のようなカッとなって暴れてるような素人じゃない!)

 〝ミネルバ〟がオーブに向かう道すがら、アスランは幼子が〝ジン〟を使って被災した市街でテロを行ったという事件をチェックしたが、〝デスティニー〟のパイロットは少なく見積もっても軍人であることは間違いない。そうでなければ性能で劣るとはいえ警備のプロがこうもあっさり返り討ちにあうものか!

 階段を数段抜かしで駆け下りていたアスランは5階程度に差し当たった辺りで意を決して窓ガラスへと発砲し、吹き込む風に向かって身を躍らせた。

 ガラス片を纏いつつ腕の隙間から視線を投げればもう〝アストレイ〟はあと1機。

 同類の犠牲を無駄にしまいと〝アストレイ〟がビームサーベルを横薙ぎに振り抜いた。〝デスティニー〟が腰部のスラスターを点火、足の動きを無視したバックステップで回避した。

 今まで静観していた〝ザクファントム〟が〝ブレイズウィザード〟から誘導ミサイルをばらまいた。

 それだけでは飽きたらず〝アストレイ〟と共に特攻をかける。

 〝デスティニー〟がウィングスラスターを開いた。

 かのモビルスーツを印象づける七色の光翼が吹き上がる!凄まじい光圧がバックステップの速度を倍加させた。ミサイルとの相対速度すら合わせられ、擬似的に『止められた』死の雨が、ばらまかれたCIWSに掻き消される。〝ザク〟と〝アストレイ〟の中心が驚愕する暇もあらばこそ、光圧の勢いがリバースする。

 守から功へ。警護モビルスーツ2機は残像に取り巻かれる。

 斬り裂かれる〝アストレイ〟。

 〝ザクファントム〟はビームトマホークを投げつけ――しかし残像だけがかき消える。左のシールドからもう一刀が引き抜こうとされたときには既に腕部がズレている。腕だけではない。モノアイがかき消え全身がずれる。コードの腸を晒しながら頽れる〝ザク〟の背後には対艦刀を振り抜いた〝デスティニー〟

 踵から肩にまで満遍なく地面をぶつけ、衝撃を殺したアスランが振り仰いだときには戦闘は――一方的な暴行は終わっていた。

 ブレイズウィザードに残ったミサイルが爆ぜて間抜けに撃ち上がり場違いな花火を虚空に咲かせる。

〈アスランさん! 大丈夫ですかっっ!?〉

「あ? ああ、すまない」

 通信を切ることすら思い浮かばなかった。彼の心に絶望を与える機体は体表にミラージュコロイドを散布し、瞬く間に災厄の責任から逃れていく。

〈アスランさん! 応答を! 何かあったんですかっ? 大丈夫ですか!〉

「だ、大丈夫だ…」

 もうレーダーを確認したところで無駄だろう。ミラージュコロイドは熱波以外全ての痕跡を拭い去る。ものの数分で〝アストレイ〟5機と〝ザクファントム〟を一蹴した戦闘力は驚くに値しない。シンと〝デスティニー〟の組み合わせがこれくらいやってのけると言うことは戦闘経験のある自分には身に染みている。心に凝りを残すのは、信じたくない心からだ。

 我知らずきつく握りしめていた通信機からメイリンの悲痛な声が漏れ出ている。アスランは、自嘲した。 全く…自分は誰かを心配させることしかできない。

「すまない、メイリン。……そうだ、シンと連絡が取りたい」

〈えっ?〉

「どうした? オーブに――」

〈え? シン、オーブにいるんですか?〉

 予想もしなかった返答にアスランは困惑した。困惑はすぐに懸念に変わり、声が自然と低くなってしまう。

「……どういうことだ?」

〈いえ、あの、わたし、あの時以来シンには会ってないんです〉

 

「一緒に戦おう」

「…はい…!」

 

 あの時、皆の心が繋がったと思っていた。

「メイリン…ラクスと連絡はあとだ。キラと連絡を取ってくれ。俺もすぐ戻る」

 メイリンの返事を待たずに通信を打ち切ったアスランは忸怩たる思いを抱えながら天空を見上げた。雲が白く、嘲笑うように流れていく。今更ながらに聞こえる増援の機体音が空しさを一層助長させた。

「シン…お前はどこにいるんだ…!」

SEED Spiritual PHASE-2 心の準備を強いられる

 

『北京は地図から消えた』

 そんな報道の一言から一年以上が経過しているが、現在も地図は水で塗りつぶされたままである。

 水面が、激しく白く抉られる。何かが浮上するわけでも、着水する艦影も見られないというのに白い飛沫は継続的に疾り――僅かな七色が虚空に瞬くと白波は引いていく。

 やがて砂漠。無為の大地は先刻の水面のような流れで砂を弾き始めた。

 ブレイク・ザ・ワールドの折りに落下したユニウスセブンの破片。このゴビ砂漠にはその中でも最大の内一つが落下している。過去幾つか散見された石柱や草原も吹き飛ばされ、コロニーの破片を望む半径数キロメートルは完全に文字通りの砂漠と化している。

 元々人の訪れない砂漠という地域。どの地域も復興に全力を注ぎ、無人荒野の破片撤去など二の次三の次と放置。その巨大破片から少しばかり離れたとある場所で疾駆する砂が収まった。

 砂が流れ、口が開き、影を飲み込み再び閉じる。――その先には黒鉄色に染めつくされた格納庫が広がっていた。羽虫が散り去るような雑音と共に一体のモビルスーツがその場に顕現する。

 ZGMF‐X42S〝デスティニー〟。原型機とは配色の異なるガンメタルの対艦刀と長射程砲を背負った人型兵器はそのままラックに歩み寄り人に成されるがまま拘束される。

「ああ! 見逃したぁ! やっぱ、ミラージュコロイド解けるまで?」

「ああ。やっぱり光圧推進なら感知は出来ない。前やったろ? そーじゃなきゃ出撃しないよ」

 コード剥き出しのコンソールを操作しながら髪の前を赤く染めた男と肌の浅黒い男が軽口を叩き合っている。今し方帰投したモビルスーツの他にモビルスーツらしき機影はない。但し作りかけの下半身、半壊してはいるがX56S〝インパルス〟に酷似した影も見られる。

「あれ?これのリアカメラ、割れてるよ!」

「ん、この間のCISW実験中に負荷がかかって割れた。無理があるんだよ。精密機械の塊に実弾とビームのハイブリッドなんて」

 固定もされずに転がる頭部。その形状はX42Sのものである。

「やああ! ズレた! マーキングズレたぁっ!」

「……お前な…なんでザフトのマーキングなんだよ…」

「だって、〝デスティニー〟ってザフト製でしょ?」

「あぁ…まぁ…ってお前、このウェポンラックもマーキングズレてないか」

 シールド他、幾つかの部品も転がされている。未完成の部品達は全てX42Sの規格であった。

 格納庫内部をモニター越しに見渡したパイロットは一通りの機能をシャットダウンさせるとヘルメットの後頭部に手を回し、束になったコードを引き抜いた。接続解除され明滅を止めるコネクタからは6つのコードが伸びており――その全てが一つの箱に繋がれていた。薄ぼんやりとした赤に包まれた基盤の集合体。冷却のためのクリアな立方体の中にあるその箱は蛙の卵を連想させる。その機器を一瞥したパイロットはハッチの操作盤に手をかけ――肉眼で外を臨む。

 起動していた〝デスティニー〟のコクピットハッチが開き、ラダーが降りる。ラダーに乗ったパイロットスーツは、緑。着地し、ヘルメットを取った男は黒髪ではあるが――シンではない。 

「クロ!」

 パイロットはその声に目を向けた。赤い髪の少女、ルナマリア・ホークが息を弾ませて駆け寄ってくる。

「シンは?」

 クロと呼ばれた男は首を横に振った。

「悪い。いなかった。でもちょっと見てきただけだが、オーブにもいないようだな」

 その返答にルナマリアだけでなく、コンソールを操作していた二人、ヴィーノ・デュプレとヨウラン・ケントもはっきりと落胆の色を見せる中、クロは三人の脇を通り過ぎると彼らとは別のパネルを操作している老人の元へ歩み寄った。

「ノストラビッチ博士、ありがとうございました。AIユニット、問題ありません」

 なにやら学術的な愚痴をこぼしていた老人は振り返っても難しそうな顔をしている。

「おお、そうか。経験値が足りないかとも思ったが……セレーネのAIユニットは思いの外優秀だっだんだな…」

「緑でしかないオレにあの機体は難しすぎます。その点アレがあれば専任パイロットのサポートを受けながら使えるんですから」

 C.E.73、公式データには残らない事件だがファントムペインの強襲艦〝ナナバルク〟がDSSDトロヤステーションを襲った事があった。その際、GSX‐401FW〝スターゲイザー〟に搭載予定だったAIユニットが接収されたのだが、DSSD側の抵抗によりそれはファントムペインの手には渡らず、〝ナナバルク〟は撃沈。宇宙空間に放置されたAIユニットは職員に回収され――

「シン・アスカの戦闘データは『ラグナロク』とやらのデータが流出してたからな。回収には事欠かなかったが…。以降修正があったらそこまでは知らんぞ」

「充分です。だって一国の守備隊を一蹴して帰ってきたんですよ」

「まるまる一国と戦った訳じゃなかろーに…」

 ノストラビッチ博士は皮肉げに口の端を歪めると再びパネルとモニターに没頭した。クロも彼から目を離す。視界に入るのは作業する仲間、落胆する仲間、そして鈍色の下半身、頭部、腕部…。胸部はこの場には見あたらない。

「やはり無謀な動力炉かのー…。ボディやフレームが保たん…」

 シミュレーションを繰り返す博士に、クロは尋ねた。

「フェイズシフト、させてみていいですか?」

 了承の返事を受けたクロはヴィーノとヨウランに声をかけ、ケーブルを確認するとノストラビッチ博士のパネルにまで戻って電源を入れた。世界を滲ませる音と共に装甲材が相転移する。

「…黒いんだ」

 原型機の〝デスティニー〟が赤青白(トリコロール)だったのに対し、未完成機の装甲は青い部分が漆黒にシフトしていた。

「…なんか〝インパルス〟のVPS装甲から考えると、弱そうなんだけど…」

 クロの愚痴に博士が応えた。

「ヴァリアブルフェイズシフトと元のフェイズシフト装甲とは理論から違う。こいつは全てを飲み込む深淵の色だな」

 未完成機について議論を始めた二人を見ながらルナマリアはヴィーノに問いかけた。

「クロってナニモノなの?」

「…………………………なに? 今更…」

 彼女に半眼で睨まれ、ヴィーノは息を飲んだ。ミネルバに乗ってたときから彼女に文句を返せた試しがない。

「何って、あの人も元ザフトだよな?」

「ああ、〝メサイア攻防戦〟でライブ用の〝ザクウォーリア〟で出てたとか聞いたぜ?」

「マジ!? あれあの人なん?」

「他にも連合に潜入しててなんだっけ、黒いダガー、〝スローターダガー〟で対艦刀ぶん回してお仲間切ったって」

「うわ…徹底してるのか、裏切りだったのか…」

 無責任な噂話に花が咲き、オーバーアクション気味になったヴィーノは誤って未完成機の動力を入れてしまった。

 激震。

 技術陣が慌ててコンソールを操作する中、クロの視線はその頭部に注がれた。メタルグリーンに輝くデュアルセンサーが自分を睨め付けている。そんな気がした。

 やがて動力炉が止められ、ヴィーノがノストラビッチとヨウランに叩かれる中、少女の声がアナウンスされた。

〈ルナさん、クロ、ちょっと来て下さい〉

「クロ、ティニが呼んでるよ」

 一つ頷いたクロはルナマリアの後を追って駆け出した。

 

 

 C.E.75。

 地球圏はオーブ主導である。そのため地球圏汎統合国家主席カガリ・ユラ・アスハは昨年プラント最高評議会議長に就任したラクス・クラインと共に世界の双璧として扱われている。彼女らは共に独裁などする気はないのだが、実質行われていることは独裁である。

 ロゴスという経済骨子を失った世界は体制批判を許しているようでは立て直しが間に合わない。そのため、統合国家の属国の大半も独裁状態である。しかし双方共に独裁官としての任命はなく、彼女らも共に独裁を否定。そして統合国家側ではカガリ・ユラ・アスハの政治手腕を評価しない者も見受けられ、現体制に批判的な声も聞こえている。

「ラクス! なにか情報は!?」

〈すみません…。東アジア共和国の件に関してはプラントはどの部隊も関与しておりません〉

「だが!――ええと、ZGMF‐X42S…あ、〝デスティニー〟はザフト製だろう!? デュランダル議長が情報規制まで行っていた機密機体だぞ! 一介のテロリストなんかが扱えるモビルスーツかっ!」

 カガリが補佐官から手渡された紙面に視線を流す中、ラクスはモニタを注視し続けた。

〈カガリさん。どうか落ち着いてください。わたくし共プラントはオーブに対して全ての情報を開示しています。既にピュリフィケーション中のモビルスーツ部隊の一部を東アジアにも派遣し――〉

 モニター越しのラクスの表情に悲痛なモノを感じたカガリは自分の言動を恥じ、掌で彼女の弁明を静止した。髪を掻き回しながらこちらも謝罪する。代表としてではなく友人として。

「……すまない。ラクスに当たるつもりはなかったんだが…」

〈心中お察しいたします〉

「なぜなんだろうな……。皆、平和に暮らしたいはずなのに…こんなこと…!」

〈わたくし達はその理不尽と戦うと決めたのです。カガリさん、この件に関してもお互い尽力いたしましょう〉

「すまないラクス。またこちらも情報が入り次第連絡する……」

 通信を切ったカガリは執務机に額を落とした。

「代表…いえ、主席。お疲れのご様子ですね…」

「すまないな。このような姿…。あ、アスランからの報告書、わたしの端末に送っておいてくれ。それから、〝ターミナル〟のバルトフェルドにも連絡を。あちらの情報網に何か引っかかっているかも知れない」

 カガリは腰を上げると秘書や補佐官に指示を出しつつ閣議に向かう。現閣僚は先の大戦の折に臨時で組まれた者達が続投しており、一部下級氏族が含まれている。旧オーブの憲法では五大氏族が代表首長を補佐する旨の記載があったが、国家までも臨時的な現在、形式的なモノは例外なく形骸化している。

 カガリは閣議の前に自室に戻り、着替えながら報告書に目を通す。時間が足りないと嘆いてもコーディネイターではないので常軌を逸した速読など望むべくもないがキーワードを掘り出す技術くらいは身に付けている。

 東アジア共和国『倭国』でのモビルスーツによるテロ事件。犯行声明やそれに類する映像、書き込み等はない。パイロットも所属組織も全く不明。その辺りを脳裏に収めた彼女は溜息と共に書類を投げ出した。

 無力感が胸中を占める。気持ちが沈むなり先程の〝プラント〟、いやラクスへの対応が思い返された。

「何をやっているんだ…わたしは…」

 思わず左手を差し上げてしまうが薬指には何もない。カガリは嘆息した。

「ラクスは……」

 彼女はキラの『治療』に裂いていたブランクを感じさせない程政治家である。父親に付いていた時間の違いだろうか?

「わたしは……」

父に反発して砂漠でレジスタンスしてしまうような愚かな子供でした……。

「…………」

 これは嫉妬なのだろうか?望む力を得ているコーディネイター(ラクス)への、嫉妬?

SEED Spiritual PHASE-3 戦に奮い立つ心達

 

 ラクス・クラインは通信の途切れたモニタから目を離した。

 ここは要塞戦艦〝ゴンドワナ〟にあてがわれた一室である。先日までは〝アプリリウス〟市にある執務室に籠もりきりだった彼女だが、東アジア共和国での一件以来、政治家仕事の優先順位が入れ替わり、ここ2日は戦艦に籠もっている。そんな中で、ラクスはカガリの苦悩を想像した。

 自分の行っていることはなんなのか。疑問が鎌首をもたげてくる。〝ブレイク・ザ・ワールドは大型質量隕石落下と類似した被害を被らせた。破砕作業の功績により、一撃がマントルまで達するほどの威力はなかったがそれでも成層圏に巻き上げられた粉塵は空を覆った。デュランダル元議長はそれをモビルスーツの部隊を使って浄化作業を行っていた。ラクスはその政策を引き継いでいる。他にも諸々、彼の政策をそのまま受け継いでいる。当然だ。本性を現すまでのギルバート・デュランダルという男はシーゲル・クラインの意志を継ぎ、穏健派の仮面を被っていたのだから。父の意志を継ごうと思えば彼の政策を継ぐことになる。

 解ってはいるのだが、割り切れなくなる。戦後の条約によって新型のモビルスーツ開発は出来なくなっている。つまり、〝デスティニー〟と〝レジェンド〟、そして忌むべき〝デスティニープラン〟を除く全てを踏襲していることになる。

 それが、怖い。

 アスランは、彼に言われたらしい。「ザラ議長とて、初めからああいう方だったわけではないだろう?」

 怖い。いつか道を踏み外してしまわないか、その未知を想像することが。

 それでもラクスはガラスの外の深淵へと鋭い眼差しを投げかけた。

「ラクス!」

 ドアがスライドする音と共に自分を呼ぶ声。振り返ったラクスの表情は思わず緩んでしまった。

「キラ」

 ザフトの白い指揮官服に身を包んだ『軍神』はその名に似合わぬ優しげな面差しに懸念を滲ませ彼女の目を真っ向から覗き込む。ラクスも彼に対しては鎧うことなく心を晒し、彼の言葉に耳を傾けた。

「アスランから聞いた。カガリから、連絡はあった?」

 もう一人の指揮官服の親衛隊であるイザーク・ジュールと違い、彼は元来の軍人ではない。そのためか、彼はどこまで上り詰めても規律に縛られた堅苦しさがない。プライベートでもたらされる彼の優しさが無ければ彼女であっても重圧に飲み込まれていたかもしれない。

「〝デスティニー〟、と思しきモビルスーツが市街でテロ活動、ということです。アスランからの報告にはミラージュコロイドとヴォワチュールリュミエールの近縁技術を確認した旨が記載されていました」

 その報告からの推測だけでも姿を似せたジャンク品、などという線は消える。

「〝デスティニー〟……」

 キラも深淵へと視線を投げる。心中を察したラクスが俯いた。

「まさか、あのシンって子が?」

 ラクスは首を横に振った。シン・アスカ。ギルバート・デュランダルの懐刀として〝メサイア攻防戦〟の折り、オーブ軍最強と渡り合ったザフトのスーパーエース。アスラン・ザラと並ぶ「真っ向勝負でキラ・ヤマトを倒しうる存在」。一時期ラクスのザフトにも所属していたのだが、二人との関わりは意外にも少ない。そのためか、キラが彼を親しげに呼んでいるのを見たことがない。

「違うと信じている。アスランは、そう仰ってましたわ」

「……そう、だね。僕達は一緒に戦ってるんだ。世界のために」

 キラは決意を込めた眼差しを深淵へと向けた。かと思うとすぐさまはにかみながらラクスの方へと目を向けてくる。

「アスランから、直接連絡あったんだ。なんか、悩んでるのか焦ってるのか喋りっぱなしで…。アスランって昔っから自分一人でなんでもやっちゃおうとして」

「ええ。それがアスランですから」

 扉が開き、キラと同じ白服に身を包んだイザーク・ジュールが顔を覗かせるが二人の間に漂った空気に気後れを覚え……………一歩退きドアが閉まる。

 まるでそれを見計らったように、警報が

〈コンディションレッド発令。コンディションレッド発令。パイロットは搭乗機にて――〉

 キラはアナウンスに跳ね上がる。

「行かなきゃ!」

「キラ!」

 管理者として、最高責任者として、こんな呼び止めは許されないのかもしれない。それでもラクスは自分を表に出してしまう。プラントのアイドルだった頃にはこんなことはなかった。それでも望まれる完璧な役者には戻れない。一人に愛される、その幸せを知ってしまったから。

「……気をつけて」

「うん。任せて」

 イザークの甲高い命令口調も耳に入らぬままラクスは唇の前で手を組んだ。機械に従い扉が閉まる。それでも扉へ、扉越しへと祈りを続けた。

 

 

 

「キラ様ッ!」

 並走する影。自身も走りながら視線を投げれば同年代の赤服が喜色満面で話しかけてきた。初めの頃は気後ればかり覚えていたが今はにこやかに返せる。

「ソート。うん。頑張ろう」

「あなたには敵いません! 私も、敵も!」

 言うが早いかパイロットスーツに着替えたソートはキラより先行して搭乗機に乗り込んだ。

 ZGMF‐X10A03〝バスターフリーダム〟

 アスハ家別邸地下シェルターに残されたまま修復に使われることの無かったX10Aフリーダムのパーツ、その不足分を地球連合返還前に採取してあったGAT‐X103〝バスター〟のデータより生成したパーツで補った機体である。ザフトのサーバから消された量産用砲撃特化機体のコンセプトをエース用に起こした仕様とも言えるが、より遠距離にのみ特化させたフリーダムとも言える。

 そしてZGMF‐X20A〝ストライクフリーダム〟

 C.E.史上最強名を恣にしている究極の砲撃型モビルスーツである。世界を支配しかけたデュランダルの抵抗不能な戦力を無傷で殲滅した伝説こそ「安定平和」の根幹であり抑止力。穏健派思想の政を扱う両首脳が公の場で口にすることはないが、共に信じる抑止力である。

〈X20A、X10A03、発進どうぞ〉

「キラ・ヤマト、〝フリーダム〟、行きます!」

「ソート・ロスト、〝フリーダム〟、出ます!」

 要塞戦艦〝ゴンドワナ〟のカタパルトより白のモビルスーツが放たれる。無数の〝ザクウォーリア〟が最終防衛戦で停滞する中、そして〝グフイグナイテッド〟さえも停滞する中、二機の〝フリーダム〟が突出する。

 星の瞬きよりも明るく、暴力の群れが迫り来る。その群れの誰かが全周波数で叫んできた。

『青き清浄なる世界に、自由を!』

『パトリック・ザラの取った道こそが、正義!』

 ソートは通信機に振るいたくなる暴動欲求を懸命に抑えた。いくら不快でも通信を切るわけにはいかない。故に個人的正義という不快な絶叫を際限なく聞き続けなければならない。

「黙れカスどもっ!」

 ビームカノンにプラズマ収束ビーム砲、ガンランチャーにレールガンを展開。その操作をこなしている内に〝ストライクフリーダム〟は全砲門を開放していた。

 放たれる閃光、散りゆく敵軍。ジャンク屋ギルド大喜び。ソートも後を追って閃光を解き放つが緊張感より嗤いが込み上げる。全く。正義だ理論だ以前に軍神に喧嘩を売ること自体が法則違反だと言うのだ。

「キラ様、容赦はいりませんよ。どーせ東アジア共和国のアレに触発された考え無しです。話し合いの場を設けてやってるってぇのに暴力に訴える阿呆共に情けは無用です!」

 キラからの好意的な返事は無かった。ソートはそのことに物足りなさを覚えるが、余計な思考を言葉にする前にロックされた旨を示すアラートが鳴り響く。

 自由の名を冠する機体を駆る。細かくバーニアを調節して虚無に包まれる機体を翻らせ、マルチロックサークルを起動、アラートに従い回避を行いながらコンピュータ制御を借りずに無数の敵をロックオン。

「消えろオォッ!」

 叫びとともにトリガーを引き絞る! 前方の光点が余すことなく掻き消えるも代わりにアラートが全方位から鳴り響く。咄嗟に回避行動を選択するがその分攻撃の手は緩む。忌々しい。

「ちっ!」

 不甲斐なさを噛み締めつつ再びマルチロックサークルに意識の一部を注げば瞬いていた光点が一気に消えた。

 自機の周囲、前方――あらゆるところで小さな青い翼が舞っている。EQFU-3X〝スーパードラグーン〟機動兵装ウィングはキラの意思を的確に汲み取り攻守も何も許さないままモビルスーツをデブリに変えていく。

 止めることも抗うことも触れることも、ともすれば気づくことさえできぬまま破壊の意思を絶つその姿はまさに神。ソートはキラを振り仰いだ。何かのゴシップ誌に載っていたデュランダルの断末魔。『これが反則という言葉をモビルスーツにした姿か』ソートは苦笑した。

 それでも敵機は諦める気配を見せない。キラが次の反逆者を止めるべくスラスターに火を入れるのに倣い、自分も次の獲物を求める。

「いい加減にしやがれ! しつこいんだよっ!」

 ビームカノンが、迫ってきた〝グフイグナイテッド〟を撃墜した。そこでソートはふと思い直す。

(…なんだこいつら? 〝グフイグナイテッド〟に〝ウィンダム〟だと?)

 連合の〝ウィンダム〟の変遷など知らないが、ザフトに属している以上、〝グフイグナイテッド〟のことは良く知っている。先の大戦後期に少数量産され、それ故エースに優先的に配備されたニューミレニアムシリーズ。いくらキラが多数破壊したとはいえ、ジャンク品がごろごろと流通するシロモノではない。

『青き清浄なる世界に、自由を!』

『パトリック・ザラの取った道こそが、正義!』

 利己的正義の大絶叫を再度耳にし、租借したソートの背筋を怖気が走る。こいつらの構成が理解できない。どういう理想の元、何を信じて突っかかってきているのか?

 そのときキラの脳裏が何かを感応した。突如突き込まれるパルスが人の言葉となって意識をつなぐ不可思議な感覚。キラはとっさにムウ・ラ・フラガを思い起こしたが彼がこの宙域にいる理由は考え付かない。焦燥感が湧き上がる。

〈ソート、ここを任せる!〉

「えェ!? いえ、はい!お任せください!」

 突如防衛ラインの方へときびすを返した〝ストライクフリーダム〟。ソートは驚愕を無理矢理ねじ伏せると、再び迫り来る機影たちにロックをかけた。同時にライブラリに照合をかけるが、返って来る型番はやはり、〝ダガー〟や〝ジン〟などではありえない。

「ちっ…何であれ!」

 殲滅すれば同じ残骸! 〝バスターフリーダム〟の砲を連結させ、散弾状の破壊光線を放てば数え切れない爆光となって消えていく。

 消えていくが――同数以上が蛆の如く湧き出してくるように思える。

(まさか、〝ロゴス〟の残党とかがアルザッヘルから?)

 馬鹿な考えを振り捨て次射を撃つ。L5と月ではあまりに距離がありすぎる。母艦もなしに強行軍する意味がわからない。そんな恐慌を呼ぶ思考が精密射撃を鈍らせたか、一機のモビルスーツが弾幕をすり抜け迫りくる。

「マズぃ…!」

 重武装砲撃型。詰まるところロングレンジ特化。長距離砲で埋め尽くされた〝バスターフリーダム〟は白兵戦などできない。

〈おれらを、間違った存在と否定するか? ラクス・クラインが言ったのだぞ。自分のエゴのために戦ってよいとおぉっっ!〉

 各所にバーニアを増設した〝グフイグナイテッド〟の叫び声にソートは息を呑んだ。

 

 

 眼前に前触れ無く2機の〝ダガーL〟が現れた。

「ちぃぃぃっ! 一体どこから!? キラとソートは何をやっている!」

 尊いとされる命が投売りされる戦場であっても〝フリーダム〟の撃墜はおろか突破さえ万に一つもありえるとは思えない。それなのにこの防衛ライン間近にまで所属不明のモビルスーツが出現するとはどぉいうことかっ! イザークはペールブルーの〝グフイグナイテッド〟を駆り不倶戴天の意思をこめて縛り上げ切り裂き撃ち砕く。

「ヒルダ! 状況はどうなっているぅっ!」

〈ったくうざったいねェ! どこから湧いてくるんだい?〉

 声に余裕は見受けられるがあちらも同じ状況のようだ。苛立ちながらもイザークは次の獲物を葬り去る。倭国に〝デスティニー〟が現れたという。事件の前後を問わず、〝プラント〟へのテロリズムも何度か起こった。しかし、連合が構想した布陣――X102に前衛決闘を任せ、X103が後方から破壊支援を行う――を軍隊単位にまで発展させたこの防衛網を突破したものはいなかった。それ以前に〝フリーダム〟を越えたモノすら存在しなかったのだ。だと言うのに今はこの〝デュエル〟のラインで敵機が散見される。充分殲滅できる規模ではあるが、どこから出現したのか理解不能な今、〝バスター〟ラインにまで踏み込まれる可能性が拭い去れない。

〈ったくどういう事だ? どこから湧いてきやがるんだ此奴らは〉

〈母艦のサポートなしには不可能だねぇこんな強行軍…〉

〈ディアッカぁっ! 母艦の反応はないんだろぅなあっ!?〉

 ヘルベルトとマーズ、そして上官(イザーク)の声に頭を掻きながら索敵担当を押しのけ自らの眼でレーダーその他を確認するが――

「何もないぜ……」

 軽口を叩こうとしたディアッカの脳裏にふと閃くものが。誰も、考えつかなかったのか――

「おいおい、まさかこれもミラージュコロイドとか言うんじゃないだろうな!」

〈何ィッ!〉

 全員が弾かれるようにメインカメラを向けた先には、果たして結像する物体。

「戦艦…?」

「いや、モビルアーマーか…!」

 崩壊した戦艦に張り付くモビルアーマー。ライブラリを検索するとYMAF-X6BDの型式番号が返ってくる。

「陽電子リフレクターを搭載したモビルアーマーか?」

 〝ドムトルーパー〟3機が凄まじい速度でモビルアーマーに滑りよりビームの乱射を浴びせかけるがイザークの問いを証明するかのように陽電子リフレクターが展開されその全てをいなしていく。ミラージュコロイドを用いた異形の影はライブラリが示すとおり〝ザムザザー〟を貼り付けていた。アーモリーワン警護経験のある者は息を飲む。モビルアーマーを貼り付けている半壊した鉄塊は、かつて月面ダイダロス基地で〝レジェンド〟に砕かれたファントムペインの母艦〝ガーティ・ルー〟である。モビルスーツは今もそこから吐き出されている。推進器らしきものは存在せず、戦艦部分はがらんどうであり、基準の2倍近いモビルスーツ艦載機能を有していた。

 しかしイザークが驚愕したのはそれにではない。戦艦部分に2門、そしてモビルアーマーにも2門。その異常に巨大なそのエネルギー砲は〝アウプフラールドライツェーン〟。GFAS-X1〝デストロイ〟に装備されていた砲門である。

「全軍! あのモビルアーマーを潰せ! 絶っっ対に撃たせるなァっ!」

 守りきれなかった、〝レクイエム〟の悲劇が思い起こされる。

 プラントの外壁を形成する自己修復ガラスにはかなりの耐ビーム性があるとは言え、コロンプトン級ごと都市一つを壊滅させたとんでもない一撃を故郷に落としたいとは微塵も思わない。〝グフイグナイテッド〟のスラスターを全開にして不明艦へと躍りかかるが敵モビルスーツの散発的な牽制に邪魔をされ、時を浪費してしまう。近接特化の機体選択を今更ながらに悔やんだが、〝ザクファントム〟に乗り換えガナーウィザードを扱ったところでリフレクターに阻まれる、それは部下が証明させられている。

 戦艦停止。

 砲身展開。

 破壊力充填……そして完了。

 今まさに、破壊の閃光が放たれる――

「ああっ!」

 イザークの悲鳴を黄金の輝きが追い抜いた。異常加速と急制動による過負荷がそのフレームをより金色に輝かせる。

 砲口を圧する咆吼が臨界に達し、〝アウプフラールドライツェーン〟が解き放たれる!

 光とすら思える速度で駆け抜けた〝ストライクフリーダム〟は敵機とプラントの間でMX2200ビームシールドを展開した。収束された4条の光波が輝く繭と化したモビルスーツに吸い込まれ、拮抗する。

〈ヒルダさん、こちらを頼みます!〉

「あ、あいよ! 続きな野郎ども!」

 一拍おいてキラの意図を汲み取ったヒルダはマーズ、ヘルベルトを従え、キラの元へと駆けつける。〝ドムトルーパー〟のMX2351〝ソリドゥスフルゴール〟ビームシールド発生装置の出力は〝ストライクフリーダム〟のそれを上回る。3機の〝ドムトルーパー〟が〝ストライクフリーダム〟の前に割って入り、破壊の閃光を受け止めると自由になったキラがドラグーンを解き放つ。真空間に散った蒼光が各々独自の軌道で散開する。

 縦横無尽に飛び回るそれらは瞬間停滞と共にビームを放ち、的確にリフレクター発生装置を潰して行く。キラはリフレクターの消滅を確認するなりビームライフルと複層ビーム砲、レール砲による一斉射撃を叩き付けた。

 彼に倣い〝ガナーザクウォーリア〟の一団がオルトロスを一斉照射。

 モビルアーマーが形を保っていたのは一瞬のこと。凄まじい勢いに曝された機体は光の中で粉々に砕かれ爆発とともに消滅する。

 あとは、掃討戦だった。が、

〈去るというのなら追撃はしません。全軍に徹底してください〉

 逃げるものは追わずに放置する。オーブの考え方だ。イザークはそれを苦々しく思ったが、オーブに倣おうがなんだろうがこれが今のザフトの方針なら軍人として従うほか無い。母艦ボルテールから中継されるラクスの言葉とディアッカの通信を聞きながら、一つ思い当たる機体に通信を送った。

〈ソート。おいソート!〉

「――はい聞こえてますっ! 今通信も受けました! こちらの敵も、切り札潰された途端逃げ帰っていきましたよ!」

〈なんだ貴様その態度わぁっ!?〉

「うあああ許してくださいよ! おれもいっぱいいっぱいですよっ!」

 ソートは宙空に漂うがまま、言葉を止め、息まで止めた。すると思い起こされる。まだイザークの叱責を受けていた方がましだったかもしれない。

 お前にはこれが平和と! 望んでいた楽園の如き世界だと胸を張って言えるのか!

 お前は我らを破壊者と蔑むが、お前はたった今行った無数の殺人にどんな大儀で言い訳する気だ!

 お前は満ち足りて、自分の正義で私を撃てるか!

「くそ……」

〈おいこらソート帰還しろ! 全く何でお前が〝フリーダム〟を!〉

〈適正で選んだ結果だろ? 長距離砲シミュレート、俺もお前もあいつよりスコア下だったろ〉

〈うるさいディアッカぁあっ! そぉ言うことを――〉

〈隊長いい加減にして下さい! 副長も! キラさんに笑われますよ!〉

 間合いが取れれば瞬殺だった。一対一でも秒殺だった。心は必死に自分を正当化するが、どれもが空しく響いて沈む

〈シホか。丁度いい。敵部隊の解析を頼む〉

 ……だが現在、連合とザフトの抗争という単純な図式はない。撃墜したモビルスーツから生き残った人間を引っ張り出し拷問にかけたとしても、一体どれほどのことが分かるものか。

「何だったんだ……こいつら……」

 ソートの声音にボルテールの一同も押し黙る。彼の呟きは全員の苦悩を代弁していた。

SEED Spiritual PHASE-4 攻撃する意志受ける意志

 

 C.E.72

 ザフト兵養成アカデミー。上位20位の成績で卒業が出来れば『赤くなれる』ことで有名なこのアカデミーには問題児がいた。

「お前は、どうしてザフトに志願したんだ?」

「守りたいときに、守りたい人を守れる力が必要だからです」

 彼はその信念にだけは正直だった。他人の決めた決まりは彼の中での比重は軽く、自ら決めた信念はそれらの縛りを容易く引き千切る。それ故彼は、問題視されていた。

「ねえ、あんた何でザフトに入りたいの?」

 ルナマリア・ホークの性格は、誰にでもそう切り込む。故に過去を語りたがらなかった彼も、彼女にはそのことを打ち明けていた。

「〝フリーダム〟は、おれが倒す…!」

「〝フリーダム〟? モビルスーツの? あの、強奪されて三隻同盟でパトリック・ザラの暴走を止めたとか言う伝説の?」

「ああ」

「ナニあんた、あの噂信じてるの? いくら何でも一機で戦局を――」

 ルナマリアが鼻で嗤うと彼は机を叩き付けて怒声を上げた。

「おれは! おれはあいつに家族を殺されたんだ!」

 いつものルナマリアだったら食って掛かっていたところだろうが、触れた逆鱗の意味が分からないほど愚かではない。慰めの言葉を考えるも彼はそんな余裕すら与えてくれなかった。

「連合の砲撃型は〝ヤキン・ドゥーエ〟で死んでる。地球軍はどうせ戦うからそっちは――だが〝フリーダム〟は……あんなものが英雄であるもんか! ザフトから奪い取った最新兵器でどっちの思想も蹂躙しておいて。最終的に停戦にこぎ着けたラクス・クラインの存在がなかったら、いや、功績分を差し引いても大量殺戮犯だよあれはっ!」

 講義そっちのけで『オーブ開放作戦』以後の歴史を紐解いたという彼はあの戦争の主要な存在を誰よりも理解していたのかも知れない。

 彼はの名はシン・アスカ。高い成績と高い反抗確率と揺るぎない信念を持った候補生である。

 

 

 ギルバート・デュランダルが最高評議会議長に就任してから、アカデミーの候補生に一つの義務が加わった。遺伝子検査である。入学と同時に検査をされるのだが、それには議長自らが立ち会っていると専らの噂であった。

「シン、何か検査多いわね……」

 不安げに呟くルナマリアにいつも動じないレイが顔を向けた。

「…なによ?」

「妙なことを言うな…。今日は誰も検査などありはしない」

「……え?」

 いつも通り彼は必要なことだけ呟くと席を立ってしまう。

 それから数週間、アカデミーでシン・アスカの姿を見かけなかった。

 

 

 

 

 コーカサス州の街ガルナハン。

 C.E.73当時には大西洋連邦が、ジブラルタルとマハムールと言うザフト大勢力に挟まれながらもユーラシア西側を統治していた区域である。だがその戦線維持のため、現地住民は搾取され、反抗心は、陽電子砲台を祭り上げた恐怖で縛っていたという歴史を持つ街である。

 C.E.73。『英雄』を演じるザフト軍艦ミネルバによってガルナハンの住民はこの地獄から解放された。故に――

「オーブの狗ははこっから出ていけぇっ!」

 ロケット砲と手榴弾の雨あられ、機銃弾の嵐が絶叫と共に叩き付けられる。

「デュランダルは俺達を解放してくれた! その時オーブが何をしたぁっ! 我が身可愛さに尻尾振りやがってよぉ!」

 平和が嫌いなわけではない。信念の中核には過去の恩義が根太く巣くっているだけなのかもしれない。だからといってやめられない。心がそれを許さない。

 肉体なら蜂の巣どころか肉片すら残らない銃弾の洗礼が罵声と共に浴びせかけられる。だが非難対象は小揺るぎもしない。

 GAT‐01〝ストライクダガー〟。連合最古の量産型モビルスーツ。現在はジャンク品も出回る旧式だが、対峙するヒトにとっては巨神にも等しき驚異である。

〈皆さん落ち着いてください! 私達オーブは… あの! 聞いて下さいッ!〉

 メイリン・ホークははなんで自分がこんな場所の説得役として派遣させられたのか解らなくなってきた。

(喋っていたから? 管制官なんてやってたから説得得意だと思われてる!?)

 泣きたくなったが泣いている場合ではない。自分は任務で出てきたのであるし、このまま黙りこくって地元の協力者をいつまでも弾幕の中に晒しておく訳にもいかない。任務は説得。不可能ならば…鎮圧。自分の双肩には無数の命がのし掛かっている。

〈我々は! 皆さんにせいか――〉

 怒号と轟音が拡声器を超えていく。数多の〝ストライクダガー〟がビームライフルを構えたまま弾丸から彼女らを守り続ける。元は地球連合が現地民を虐待していた暴力であるが今は保護力。彼らはそこから想像できないのだろうか? 力の振るい方を決して間違えてはいけないと言うことに。

〈皆さん! 話を――〉

 通信機の前に差し出された掌に驚く。目を見開いて見上げれば、軍服が神妙な面持ちで首を横に振った。

「ホーク次官…。もうどうしようもありません」

「しかし!」

「このままでは、何も進展しません…」

 脳裏では必死に反論を考えて……しかし取り留めのない妄言が飛び交うばかりで説得の材料にはなりそうもない。

 項垂れたメイリン。それを許可と受け取られたのだろう。

「攻撃開始」

 連続される復唱。

「攻撃開始」

「攻撃開始」

「攻撃開始」

 繰り返される呪詛が鋼の巨人達に注ぎ込まれ、無数の〝ストライクダガー〟が一歩踏み出し銃口を突き付ける。

 正当と信じた暴力に興奮していた群衆が瞬時に冷めた。一斉の合唱がてんでバラバラな悲鳴に代わり、灼熱の熱線から逃れるべく隊列を崩す。

 オーブの軍人がコクピットの中で逃げまどうとある一人をロックする。

 ――降り注ぐ閃光が一機の〝ストライクダガー〟を貫通した。

「え!」

 推進剤が爆薬と化す。爆風が、メイリン達の元にまで猛威を振るった。

「えっ、攻撃!?」

 ざわつく。

 その間に2体、3体、4体5体6体――天空より降り注ぐ光の雨が寸分の狂いもなく脳天を撃ち抜き巨人の群れを突き滅ぼしていく。あまりの機械的な殺戮に呻きすら漏れない。

「なんなのっ!?」

 振り仰いだメイリンの…瞳孔が開いた。

 羽虫の散るような音と共に結像する人型。相転移により鉄灰色が変色する。

 光を照り返さない漆黒の装甲。

 胸部に隠れた黄金の砲口。

 食い違う記憶はその二つだけ。〝グフイグナイテッド〟のコックピット。アスランの絶叫。そして何より生まれて初めて叩き付けられた本物の殺気が思い起こされ足がすくんで座り込んでしまう。

「何者だあれは! 索敵何やってた!?」

「ミラージュコロイド?」

「ライブラリ照合……まさか、いえ、80%程度ですがX42S――〝デスティニー〟です」

「うそ…〝デスティニー〟…!」

 メイリンの声に暗黒の運命が応えた。

 命令はそのままに攻撃対象が切り替わる。ガルナハン全ての〝ストライクダガー〟が上空の不明機(アンノウン)へと一斉射撃を叩き付ける。が、アンノウンは動かなかった。超然としたまま静かに降下を開始する。そんな挙動で光速を回避できるはずもない。そんな道理には抗えず殆どの射撃はその機体に突き刺さる。

 表層が揺れる。着弾空間が小さな波紋を広げる。それだけである。常識から考えてPS装甲と言えど熱量兵器に対しては大した効果を発揮できないはずなのに、だ。

 無傷のモビルスーツはゆっくりと大地に爪先を着け――

 掻き消える。

 虹色の翼が残像を流す。

 突然真右から突き抜けた剣閃に2機の〝ストライクダガー〟がまとめて薙ぎ払われ分断される。リーチが物を言う一閃ながら、驚愕すべきはその過程。対艦刀をクランクアームから右マニピュレーターに移行し、柄の展開、刀身の伸張、そしてビーム刃の発生と斬撃を放つ前に幾つもの過程が存在するというのにそれを全く感じさせない。

(軽いのか? あの剣。関節が保つはずがない!)

 懐に入られたモビルスーツ達はフルサイズのビームライフルを投げ捨てバックパックに手を回すがそこに迷いのある者から切断されていく。

 宙を舞う。〝ストライクダガー〟の腕、上半身、上半身、腕腕手首とサーベル手首手首手首…! 人体であれば生々しく凄惨な殺戮現場は現実では超重量級の破片が降り注ぐ戦場である。

 メイリン達の眼前に、根本から断ち切られた〝ストライクダガー〟の右腕部が叩き付けられた。ビームサーベルへのエネルギー供給が止まっていることなど何の慰めにもならない重力の暴力。落下の衝撃に耐えきれなかった装甲材が彼女の方へと降り注ぐ。

(え?)

 死神は事も無げに訪れる。権力はそれを退ける力でもある。

「危ないっ!」

 メイリンの目の前で、軍人が一人鉄塊に直撃され事切れた。トマトを連想させるその頭の末路にメイリンの意識がフリーズする。ヒトがシんでクビのナいモノに貶められた。

「あ……ぁあ…!」

 自分は軍人だった。今も軍人である。〝ミネルバ〟という最新鋭艦に配属されたトップクラスの。そのはずだ。

(…でも、わたしは…!)

 今初めて戦場を知った。

 死んでいく仲間。死んでいく〝ストライクダガー〟。

「おお…!ザフトだ…!」

「真のザフトが、また俺達を味方してくれた!」

 ガルナハンのゲリラ達が〝デスティニー〟を援軍と認識したか、口々に歓喜を叫びながら反転、逃げ遅れたオーブ軍人に容赦のない銃撃を浴びせ始めた。

「…クズだな」

 〝デスティニー〟のメインカメラがそんな醜い正義を射抜く。しかし興奮に縛られた群衆は殺意に気付くことなく気の向くままに逆襲を続けた。

 そんな群衆を光の柱が焼き尽くす。淡緑の光は人肉など瞬く間蒸発させ、そこには焦げた大地が残るのみ。

「な!」

「何故――」

 持ち替えられたビームライフルが疑問もまとめて消却する。

 圧倒的な暴力による弱者の蹂躙。メイリンはその光景に絶望した。話は通じず願いも然り。忌むべき暴力だけが雄弁に己を通していく。

 そこに自分の意志が介在する余地などない。

 胃の奥から迫り上がっていた悲鳴を軍人の意志で飲み込み、それでも溢れた絶叫が彼女に通信機を掴ませた。

「シン!やめて!やめてよ!戦争が嫌いだってずっと言ってたじゃない!?」

 周波数も何も無視した音量に頼った絶叫は、全てを静寂に還した。〝ストライクダガー〟達は戦意を喪失し棒立ちになっている。人々は敵味方問わず暴君の驚異に打ち震えている。その暴君が行動を止めれば辺りはなるべくして静寂に支配される。

 メイリンは息を飲んだ。火の粉が爆ぜるささやかな音が緊張を否応なく高めさせる。呼吸も忘れたメイリンは自分に話しかける声だとは気づけなかった。

〈シン・アスカの知り合いか?〉 

 予期せぬ情報を活用しようと声紋照合を企てる同僚達を横目にしながらメイリンは漸う声を絞り出す。

「…え? シン――」

 声紋照合するまでもなく彼の声ではなかった。同僚達がこの隙にと通信機に向かってなにやら話しかけ、数度頭を下げてさえいる。

「誰なのあなた!? シンを、シンを知ってるの!」

〝デスティニー〟から舌打ちが返ってきたような気がした。世界が理解の範疇を超え、呆然とするメイリンはいきなり腕を掴まれ引き摺られる。

「な!?何をするんですか!」

「次官。我々は撤退します」

「どうして!この状況で、戻れと!?」

「話し合いが通じる状況ではなくなりました!この場を収める手段を我々は有していません!」

 それは詰まるところ我々以外に押し付けるという意味か。押し付けられる対象が思い当たり、メイリンは自分の価値に疑問を抱く。肩を落とすと腕を放され、放置されたまま状況が動いていく。

「総員待避だ!全権を八一部隊に委譲する!」

 だが、軍服が叫んだその部隊名を、彼女は知らなかった。

SEED Spiritual PHASE-5 痛みを感じる心が一つ

 

 クロは話しかけてきた声の主を捜したが、オーブの陣営は雑然としており判然としなかった。機体停止を疑問に感じたかAIが小さなアラートを鳴らす。

「…わかったよ」

 ZGMF‐X42ST Ruin Destiny。

 そのモニタが遠方に機影を映す。一点をトリミングし倍率を切り替えるとAIがライブラリと照合し、YMAF-A6BDの機体番号を表示した。

「〝ザムザザー〟か」

 旧地球連合軍が用いた陽電子リフレクター搭載型モビルアーマーの一つ。サイドのカメラに目をやれば愚かな説得を繰り返していたオーブ陣営はここを引き払うつもりのようだ。〝ストライクダガー〟の団体は、置いていくらしい。

 量産モビルスーツ群の行動変化が指揮系統の変更をクロに気付かせた。

「ティニ」

 流石にこの距離では通信映像が荒かった。それでも音声がクリアなら特に問題はない。

〈クロ、ですか。何か?〉

「〝ロゴス〟の残党は、ガルナハンに残っているのか?」

 ノイズの走る映像にはコードだらけのヘッドバンドを繋いだ少女。クロはその映像に目もくれぬまま〝ザムザザー〟、そして着々とこちらの包囲を進める〝ストライクダガー〟達に意識を注ぐ。返答は特に待つこともなく返ってきた。

「第八十一独立機動群の一部隊が放置されています。現在は軍隊としては機能していませんが、地球圏汎統合国家は非公式に当該部隊を抱え込んでいることを考えると……」

「わかった了解。〝ファントムペイン〟の資本が残っている可能性があるってだけで充分だ」

 〝ザムザザー〟にロックされた。灯ったイエローのアラートが直ぐさま赤く明滅する。モニタ内で敵機が砲口を展開した。装甲を信じて最小限の回避を行えば――アンクルガードの一部が溶解する。

(TPS装甲も、極太ビームまで無効化するわけじゃねーか…)

 ノストラビッチ博士から釘を刺されていなければ装甲強度を試そうかと考えていたかも知れない。ビームライフルを射かければ陽電子リフレクターが一閃を阻む。マニピュレータレバーを倒しビームライフルを腰部に格納、スロットルレバーを押し込みスラスターを開放し、クロは接近戦を考えたが無数の〝ストライクダガー〟が牽制を開始した。ビームの雨も装甲で弾ける。彼らはもう解っているはずだ。その兵器の武装では〝ルインデスティニー〟を墜とすことなど不可能だと言うことが。

「命令するだけの奴は楽だよな…!」

 苛立ちが燻る。

 シールドから一本ビームサーベルを取り出し、シールド内からも光刃を発生させると牽制目的で近寄ってきた機体数体を解体する。そこを狙って〝ザムザザー〟がM534複列位相エネルギー砲〝ガムザートフ〟で狙い撃つ。

 その一撃を手甲のビームシールド発生装置(ソリドゥスフルゴール)で無効化したが次のモビルスーツが壁になる。クロは苛立ちを隠しきれず聞こえよがしな舌打ちを零した。

 

 

「はーいはい〝ザムザザー〟はその距離絶対保って。ロックされたら陽電子リフレクター優先で。あとはひたすら撃ちまくって」

 ライラ・ロアノークは〝ストライクダガー〟達に「死ね」と命じた。〝ザムザザー〟はかつてザフトの名機〝インパルス〟を手玉に取った実績はあるものの、火力を重視した結果機動性の劣るモビルアーマーが白兵戦を挑む愚というのをヘブンズベースやダイダロスでの戦闘データは雄弁に語っている。ならば強力な火力は砲台として扱えば問題ない。それは旧地球連合からも蔑まれていた〝ザウート〟に後継機が存在する事実が証明している。

「〝デスティニー〟を修復した機体なの? あれ」

 部下に問いかけるも明確な返答は返ってこない。もしそうでないとしても、〝メサイア攻防戦〟の折りには存在していたモビルスーツである以上、条約違反という訳ではない。が、常軌を逸したカスタマイズにより、原型機を大きく上回っていたら?

「穴だらけの決まりよね…。政治家って頭悪いわぁ…」

 ライラが右手を振って軽口を叩けばその右手から微かな電子音が聞こえる。

「ロアノーク少佐…〝ストライクダガー〟の損耗、予定を大きく上回っておりますが」

 義手。その異相とかけ離れた栗色の髪の少女がライラ・ロアノーク少佐の姿。明らかに年上のオペレータを退かせてデータを覗き込んだ彼女はもう一度脳裏で反芻した。政治家は、頭が悪い。

 右手を差し上げ、思い直して左手で頭を掻く。データ収集は…特に必要ないように思える。旧ザフトの最強機体に関する情報は、ヘブンズベース陥落の後かなりの量が流出しているため、〝デスティニー〟の機体技術など別段目の色を変える程のモノではない。オーブの奴らが避難するまでの時間を稼げば義理は果たせる――と、ライラは撤退を考えた。その時――

 

 

〈手こずってるんですか? 問題ですね。クロ〉

「ああ」

〈要たるモビルアーマーを破壊すれば戦意喪失で戦闘終了と考えますが〉

「そうだな。解った。終了させて帰投する」

 翼を開く。開放されたウィングスラスターは七色の光を湛え加速を生み出す。この速度には〝ストライクダガー〟は反応できない。閃光が薙いだ数だけ機体が倒れ込む。〝ルインデスティニー〟は眼前の敵機を薙ぎ払い射線を確保すると長射程ビーム砲〝ゾァイスター〟を跳ね上げた。クロの右目にスコープが下り、カメラのメインが長射程砲のセンサーに移行し、AIの誤差修正により対象が捉えられる。

 測敵レーザーに反応し、〝ザムザザー〟が防御姿勢に移行、前面にリフレクターを展開する。それでもクロは意にも介さずビーム砲を照射した。

 灼熱の閃光が一直線に砂地を抉る。

 硬直したモビルアーマーが真正面からその光条と接触。

 灼熱の閃光が光盾にぶち当たり、二つの光が拮抗する。散発的に射かけられる周囲のビームを無視したまま〝ルインデスティニー〟は砲にライフルを接続した。

 刹那、センサーがホワイトアウト。

 白む視界の彼方では膨れあがった光条に抗う間もなく飲み込まれるモビルアーマーが微かに映る。各機体のOSが光量を絞り終えた刻にはモビルアーマーの巨体は跡形もなく消滅し終えたあとだった。

 

 

「…………………あたしのミス?」

 閃光が全てのモニターを純白に焼き尽くし、それに耐えたモニタ群が自軍の虎の子を蒸発させる光景をぼんやりと映し――1分強、いやそれ以上。指令室にコンピュータのファンの音しか響かなかった、その現実に耐えきれなくなったライラは半笑いを隠せぬままそう呟いてしまった。

 彼女は先ず出鱈目な出力に思考を止めた。次いでラクス・クラインを疑った。しかし〝地球圏汎統合国家オーブ〟と〝プラント〟は様々な問題を代表同士の友好関係で蓋をしている比率が高い。である以上、力を見せつけたところで益はない…とライラは感じる。

「動力何アレ?」

 何より幾ら政治家達が頭が悪いと唱えても、この機体を条約の範疇に収めることはないだろう。今回得られたデータから、武装や技術に真新しい物がないとは言え、出力が常軌を逸している。保有しているだけで〝ストライクフリーダム〟以上のバッシング対象になるのは間違いない。

 指揮も現場も呆然から脱せずにいる間に敵機は瞬く間にレーダーから消失した。慌てて各種センサーを確認するがもう遅い。倭国に続いてガルナハンが、世界に新たなニュースを提供する羽目に陥った。その結果を想像し、ライラは再び頭を掻く。

「データ、8‐6から9‐Fは統合国家には送らずに。あたしはユーラシア中央に向かうから。もしまたあの機体が現れたらスキャンだけはしておくように。装甲よりも、動力の方が欲しいけど、高望みはしないわ」

 命令を飛ばしながらメディアにデータをコピーし指令室から走り出る。

「ロアノーク少佐! ライブラリは…どうしましょう?」

 ライラの足がとまったが、沈思は一瞬のこと。

「〝デスティニー〟で構わないわ。あんなの2機と出ちゃたまんないわよ」

 ファントムペインは消えずに残る。幻痛(ファントムペイン)は存在せず、それでも感じる。消し去ることなどできはしない。

 

 

 全てのスラスターをオフにし、ミラージュコロイドを展開しながらリアカメラを確認すると、まだ何機も残っている〝ストライクダガー〟、その全てが棒立ちになっている様が見て取れた。

 クロは自嘲する。思い出されるのは〝第2次ヤキン・ドゥーエ戦役〟そして〝メサイア攻防戦〟だった。今、彼らは〝ミーティア〟を目の当たりにした自分と同じ気持ちに苛まれていることだろう。

 たった一機で無数とも言える機体全てを一蹴した〝フリーダム〟。あらゆる武装全てに対応し、如何なる戦場をも無傷で切り抜ける〝ジャスティス〟。そして防衛戦を埋め尽くす艦隊すらも一瞬で光輝に変える〝ミーティア〟。クロはその全てを〝ゲイツ〟もしくは〝ザクウォーリア〟に乗りながら遠くから眺めていただけだった。

「この世界には逆らっても無駄な力ってのが存在するんだよ……」

 その言葉はクロ自身の心に痛みを残す。

 

 

 ザフトで初めてビーム兵器のドライブしつつ量産化されたZGMF‐600〝ゲイツ〟のモニタが、同型機と〝M1アストレイ〟が差し違えて爆散する様を映していた。地球連合軍を全滅させる意気込みは長続きせず仲間の死にすら怒り尽くせない。

 そして核。

 無数に浮かぶ狂気の雨は心を押しつぶす。ざわめかせ、落ち着かなくさせるどころではない。あの一つ一つが故郷を、義姉を殺すと思うだけで生きた心地すらしなくなる。

 悲鳴を上げる。聞く者のない悲鳴を。〝ゲイツ〟の全てを振り絞り追いすがるが間に合うはずもない。その絶望の最中、2機の〝ミーティア〟が自身を追い抜いた。驚愕冷めやらぬ内にその巨体が内包する火器全てを解き放つ。

 神々しい無数の光が悪魔の意志共悉くを打ち抜いた瞬間、彼の胸に去来したのは、歓喜だった。

〈ザフトは直ちにジェネシスを停止しなさい!〉

 先程のから響くその声に彼の意識は揺さぶられていた。地球連合軍基地(アルザッヘル)がγ線レーザーで爆破されたのはもうどうでもいい。何故射線軸の友軍に大した情報も与えずこんな作戦を強行したのだ!?

「誰の指示だ…!」

〈互いに放つ砲火が何を生んでいくのか、まだ解らないのですか!

 まだ犠牲が欲しいのですか!〉

 怒り狂い、そして言葉に拘束されて何も出来ぬまま――戦争が終わった。彼はラクス・クラインの言葉を疑い続け、いたずらに戦禍を引き延ばした自分自身を恥じ、生まれ変わったザフトでは穏健派につくし、平和継続のために尽力しようと心に決めた。

 

 

 

 作業の者が止めるのも聞かず塗装の変わらない〝ザクウォーリア〟に乗り込んだ。見た目は死ぬほど恥ずかしいが武装が取っ払われているわけではない。ビーム突撃銃一丁もらえば〝ジン〟や〝ゲイツ〟より遙かに高性能だ。そう言い聞かせ、ブレイズウィザードを背負って飛び出した。

「くっそ…なんて国だ! 〝ミネルバ〟がダイダロスに行ってたときはピクリとも動かなかったくせによ!」

 無数のイズモ級戦艦の間に白い戦艦が見える。レーダーにはそれを囲む無数の機影。その全てがやたらとクリアに目視できる。一月程前まで地上で接近戦ばかりやっていたのが祟る。宇宙空間には大気が存在せず揺らぎのない視界は全てが眼前にあるかのようにはっきり見える。レーダーを横目に収めた突撃は余計な恐怖を引き込むがそれをやらねば軍人として働けない。自分に言い聞かせながら〝ムラサメ〟に照準を合わせたとき――友軍の悲鳴が手元を狂わせた。

〈わたくしたちはこれよりその無用な大量破壊兵器の排除を開始します。

 戦闘を止め、道を空けなさい!

 この様なモノ、もう何処に向けてであれ、人は撃ってはならないのです!〉

 はっきりと見える前方、二機の〝ミーティア〟が、破壊された屈曲点の代理として移動している〝ステーション・ツー〟へと猛進していくのが見える。護衛のモビルスーツも関係ない。無数の光芒を纏いながら一直線だ。

「どっちが大量破壊兵器だか!」

 ラクス・クラインの演説。それに動揺した同僚達の気持ちも分かる。自分もラクス・クラインの言葉という理由だけで信じ込まされそうになる。だが――

「今の今まで隠れてて……平和の提示に暴力で応えんじゃねェ!」、

 ブレイズウィザードに火を入れ追い縋るが怪物的な推力の〝ミーティア〟追いつけるはずもなく、〝ムラサメ〟と小競り合いを演じるしかできない。

〈だからその命は君だ! 彼じゃない!〉

〈あ……!?〉

 そうこうしている間に〝レジェンド〟が全身を貫かれデブリのような無惨な姿に成り下がった。

〈この、バカヤロォオォッ!!〉

〈うぁあぁあああぁっ!!〉

 〝レクイエム〟が臨める月面に〝デスティニー〟が堕ちていく。

〈こちらはエターナル、ラクス・クラインです。 ザフト軍、現最高司令官に申し上げます。

 わたくしどもはこの宙域でのこれ以上の戦闘継続は無意味と考え、 それを望みません。どうか現時点をもっての両軍の停止に同意願います──〉

 ゴンドワナから撤退のための信号弾が撃ち放たれた。同意を受け入れると言うことだ。

「…馬鹿な」

 誰の決定だ? 指導者のいないこの世界、誰が世界を支配する気でいる? 代替案も出さずに暴力的に反抗してきた相手を、受け入れるというのか!

 彼は――クロは茫然自失から立ち直るまでしばしの時を浪費した。

 

 

〈ミラージュコロイド高密度定着モード移行完了。これより本機は――〉

「了解だ。帰投する」

 AIの報告が夢想を中断させる。クロはその報告を中途でキャンセルすると光圧推力のみを操り始めた。

 C.E.73。〝プラント〟という一大国家の正規軍〝ザフト〟の技術陣がユニウス条約すら確信的に無視し、持てる技術の全てを注ぎ込んだモビルスーツが2体存在した。

 その最強を冠されるべき存在が毛ほどの傷も与えられずに墜とされた。そんな相手の構成兵器の数々がこちらより旧式であると知ったときには目眩を覚えたものだ。実際に見たモノ、人伝に聞いたことが交錯するその情報は彼の中では究極の理不尽と認識されている。そのため思い出すたび憎悪をかき立てられた。

 左面モニタが非難していたオーブの説得役達を拡大する。こんなものを見止めてしまったから余計なことを思い出したのかも知れない。クロは通信機に指を伸ばし、苦笑しながらもその操作を止められなかった。

〈地球圏汎統合国家オーブを信じる奴ら。こっちが正義とは思わない。が、お前らの押し付けるモノを、ラクス・クラインの戯言をオレ達は正義と認めない〉

 誰にも見えない翼を広げ、クロは戦地から離脱した。

 

      ――Vol02に続く

 

 
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