宿屋から町中へと出て行き交う人々を避けて走り、港町中央にある露天が立ち並ぶ
所へとやってきた。様々な物が敷物に上に並んでいたりと、本来なら見て歩くのも
良いのだが、そんな暇も無く。流石に人が多く、走れないので足早に人を避けて
リフィルを探すが、見当たらな…お。居た、案外簡単に見つかったな。
近寄ってみると、店にかけられてある豪華とはいわずとも、
綺麗なドレスをジッと見ている。コンポジットアーマー着こんだままでドレス見んなよ。
何とも不釣合いというか、うん。浮いているというか。そんなリフィルは溜息をつきつつ
それを食い入る様に見ている。欲しいのか? いやしかしドレスとか買う余裕も無い
だろうしな。 そんな彼女に声をかけると振り向いてこちらを見ると、
また視線をドレスに戻す。
「似合うと思うか?」
…。見た目悪く無いんだ、似合わない筈は無いだろうと。答えると、そうかと溜息を吐いた。
イレイザよりリフィルの方がよっぽど気難しい気がしてならないのだが…。
そんな俺達を見たのか、手でゴマすりをしてこちらに笑みを浮かべ、お求めですか?
と、ここには観光で来た訳でも無いので、そんな余裕も無く。そういうと、観光以外に
何か目的でも?と。 イレイザと共にタルワールの化物退治をしに。そう言うと、
驚いた顔をして、俺達を見てきた。
「先程、この周辺で唄っていた吟遊詩人の方が、唄っていた万の化物を退治した騎士達。
まさかとは思いますが…」
退治したにはしたが、それは俺達だけでは無い。多くの名も知らない騎士達と共に戦った。
そう店主に付け加えて答えると、何か気に入られたのか?
リフィルがっきから食い入る様に見ている、余り豪華とも言えない飾り気の無い白い
ドレスを手に取り、折り畳み紙に包んでリフィルに手渡した。
「買う余裕は無いのだが…」
リフィルは紙で包まれたドレスを受け取りはしたものの、戸惑っている様だが、
それを見て店主は、これは差し上げます。その代わりと言っては何ですが、
イレイザ様と共にタルワールの住人達を静かに眠らせてあげて下さい、と。
どうも聞く所、店主の親族か親戚だかがタルワールに居る様で、
化物になり苦しみ続けるのなら、せめて安らかに眠らせてやりたいと。
けれど、この港町の者で戦える者といえば、イレイザ様と海賊ディエトとその一味
ぐらいのものと。
「海賊ディエト?」
思わず、俺は一歩前に出て、ディエトという人物の事を尋ねた。
この港町を根城にしているどうしようも無い悪人だと。
女を連れ去り弄んでは、飽きたら海に捨ててしまう様な奴…か。
戦力になるかと思えば…それ以前の問題だな。
「ただ、最近は海に出ず。この港町に居座っているのです。
色々と噂はされておりますが、どうやらイレイザ様に惚れている
のでは無いかと…」
ふむ。イレイザに惚れて奪い取った宝物を彼女に貢いでいるが、
ことごとく断られ続けていると。そりゃあの性格だ、そんなモノでなびくかよ。
…。まてよ、こいつは使えるな。
「ユタ、どうした? 笑い方が何か邪まだが」
ん? 考えが顔に出たか…。ドレスの入った紙包みをしっかりと抱き込んでいる
リフィルが覗き込んできているが、軽く笑うと、そのディエトを利用出来そうだと
伝える。そうすると店主やリフィルが互いに顔を見合わせている。
「兄さん、何考えているか知らないが、ディエトは狡猾だ。余り関わらない方が良いよ」
狡猾なのか、だが女にはてんで馬鹿だと、そういう類の奴だろう。
ディエトが何処を根城にしているのか訪ねると、余り気乗りしない顔で教えてくれたが、
同時に関わらない方が良いと。ま、そうだろうけどコッチは戦力が必要だからな。
戦えそうな奴は、利用しておくに越した事は無いと。イレイザには少し悪い気もするが。
軽く店主に頭を下げて礼を言うと、俺はリフィルを連れて宿屋へと戻る事にした。
そんな戻る最中も大事そうに紙包みを抱え込んでいる。余程嬉しいのか、
本来なら俺が買ってやるべきなのだろうが、そんな事したら…。
「で、ディエトという海賊をどう味方に引き入れるのだ?」
町中でそんな事言えるかよ、と。軽く頭を叩くと不服そうに小さい口を尖らせた。
そんな俺達はその後、何事も無く宿屋へと戻った。
リフィルと宿屋で別れた俺は、武器を腰に下げ港町の外れにある岬。
そこにある海岸洞窟。とでも言うのだろうかそこの入り口に立っていた。
俺に気づいたのか、見張りだろう汚いチョッキに破れたズボン。
髪もボサボサで手入れすらしてなそうな男が二人、切れ味の悪そうな
サーベルをちらつかせてこちらへ来る。そして俺の剣とクロスボウを見ると、
それを置いて消えろと言い出す始末。そいつは無理だと肩をすくめて断ると、
一人が突然斬りかかってきた。が余りに大振りなのか、単純に俺の動体視力が
強化されているのか、非常に遅く武器を使う必要もなく、振り下ろされた
サーベルを肌に触れるか触れないかでかわし、右手で相手の顔を掴み
そのまま地面に叩き付けた。
「戦いに来たわけじゃなくてな。…ディエトに用事がある」
そう言うと、残りの一人がふざけるなと斬りかかってくる。
左手にあるクロスボウでサーベルを撃ち、弾き飛ばす。
眉間にシワを寄せて、何度も言わせるなよ…と押さえつけている男の後頭部を
クロスボウで軽く何度か叩くと、仲が良いのだろうか、判ったから殺さないでくれと。
…どっちが悪人だか判らんな。
俺は、そいつを開放すると洞窟の内部に案内される。薄暗く湿った空気に磯の香りが強い。
というか、こんな所に住むなよ…。
どんどん奥に入っていくと、道が開けかなり大きい空洞へと。
天井に穴があいてるのか、光が差し込み埃が舞っているのか、
光のカーテンが揺らいでいる様にも見える。その空洞の奥にはタルやら何やら
が無造作に置かれており、流石に金銀財宝は散らばってはいない様だ。
無造作に置かれたタルの上に一人の男。海賊帽とでもいえば良いのか、
黒く妙にツバが長い左右の折れた、テンガロンハットみたいなアレだ。
素肌に同じく黒いロングコートみたいなものを着て、所々に金の何かがヒラヒラしている。
ズボンも黒で、年齢は30前後…か?無精ひげに少し彫りが深く、
整った顔…だが垂れ目だ。何かもういかにも腹黒く何企んでるか判らないという感じがする。
「俺に何か用事かい兄ちゃん」
駆け寄った子分だろう、そいつらが事情を説明すると、俺よりも腰に下げている
フランヴェールに目がいったのか、腰をジッと見ている。
「ま、立ち話もなんだ。呑めるか?」
なんだ、タルから降りて俺に歩み寄り、軽く肩を叩いて…。妙にフレンドリーだな。
まぁ、うんなんだ。話がし易そうなので助かったか。
それに酒は呑め無いと伝えると、んじゃミルクか? と笑われた。
少し、眉間にシワを寄せると冗談だ。と、笑われてしまったが…以外と砕けた奴なのか。
軽く愛想笑いをすると、彼についていく。空洞の奥に部屋があり、
そこの壁は板が張られていて、そこそこ綺麗な部屋だった。
中央に木製のテーブルと椅子が置かれ、壁には…海図だろうかかけられている。
子分だろうか、俺が入ってきた後に、酒とジュースだろうソレがはいった容器と、
木製のジョッキを置いて出て行った。 椅子に座り、手招きしているので、
俺も座るとジョッキにジュースを注いだ後、自分のに酒を注ぎ呑んでいる。
「で、話って何だ」
スッパリしているな…。タルワールの話を先ずすると、首を横に振る。
海の男が陸に関与してどうするよと。まぁその通りだろう。
だもので、イレイザと共に戦ってタルワールの化物を退治する事を告げ、同時に、
彼女の性格からか宝石だなんだでは、絶対になびかないぞ、と。
「町の連中から聞いたかよ」
そう言うと黙り込んでしまった…と思ったら急に豪快に笑い出し、その通りだと。
ふ~む。なら話は早い。 イレイザと仲を取り持つ協力するので、
力を貸してはくれないかと。そう言うと、どうにも駄目らしい。
そもそも海の上でなら話は別だが、陸の上だと水に揚げられた魚だと。
残念そうにしている俺に、ジュース飲めと促してくるのでまぁ口に運…。
そいや、洋服屋の店主が狡猾だと言ってたな。 口につける直前で止め、
テーブルに置く。
「飲まないのか?」
不服そうに見ている。さっき俺よりもフランヴェールに目がいってたしな。
どう考えても一服盛ってるだろうこれ。俺はジョッキを持ち、
彼に飲んでみろと言うと、腹を抱えて笑い出した。
「は! 中々喰えない野郎だな」
当たりか。そう言うと腰に下げていたサーベルを両手に持ち、テーブルを蹴飛ばして
構えてこういってきた。なら力づくでいただくまで…と。
後ろを見ると、子分だろうそいつらがゾロゾロと部屋に入ってきてしまう。
こりゃちょっとヤバいなぁ…。
「さぁどうする?そいつを置いていくなら、命は助けてやるが…」
渡せるわけ無いだろうが、ありきたりな台詞吐きやがって。
右手でフランヴェールを引き抜き、左手でアイシクルフィアを構える俺は、
周囲を一度見回すが完全に退路は無いと。やるしか無い…か。
ディエトよりも先に退路を塞いでいる奴等の足元目掛けて散弾を撃ち込むと、
子分達が驚いた声を上げて飛びのく。そりゃ矢じゃなくて散弾だからなぁ。
そのまま退路へと走り、フランヴェールでまだ塞いでいる子分の腕を斬り、
なるべく数を減らさない様に、さっきの広い空洞に出てくると、
どこに居たのか、結構な数の奴等が居る。逃げ様にもこりゃちと無理…か。
「中々やるみたいだが、この数で殺す気も無いようじゃどうしようもないぜ」
見抜かれてるな。どうする…。下手に殺して完全に敵に回すのは悪手だろう。
…。そうだ。これらどうだ。
俺は、奥から出てきたディエトに歩み寄り、フランヴェールを見せる。
「お? 観念して差し出すか? いい判断だ」
軽く笑って、フランヴェールに手を出そうとした瞬間に引っ込めると、
俺を睨んできたが…負けじと睨み返すしつつ剣を鞘に戻す。そして、
今はコイツが必要なので渡す事は出来ない。と、今は…という言葉が気になった
のか、それを尋ねてきたので、この元の持ち主が隻眼の女王であり、
この大陸も含め、化物化の原因である奴を倒すのにどうしても必要だと。
それが済めば、お前にくれてやる…と。
「隻眼の女王…そうか、ソイツがフランヴェールってやつか。
何でお前が持っているのか知らないが…想像以上のお宝だな」
右手を顎に当て、考え込んで暫くすると、その手を大きく払う。
そうすると帰る道が開けたのか、子分達が引き下がっていく。
「返事は後でする。 今は帰んな」
難しそうな顔をしてはいるが、どうやら上手くいったのか…?
判らないが、一応背後に注意しつつ、その場を去り港町へと海岸沿いを歩いていた。
そうすると、一人の人影が見えてくる。岩がむき出しになり、
波が叩きつけられ宙を舞う中、物思う女性。と言った所なイレイザだ。
俺は彼女に歩み寄り、目が見えないのに危なくないか?と尋ねると、逆に
声の方角から察したのか、ディエトに会って来たのか…と。
それに判る様に答えると、眉間にシワを寄せている。
「あの外道に弄ばれ、海に捨てられた女が何人居ると思う」
結構いるんだろうな…その表情から察する処。判らないと答えると、
百は軽く超えているという話。お盛んだなあのおっさん。
俺に振り向いて、奴にも協力を求めたのかと尋ねてきたが…下手に嘘つくと
駄目だろうな。それに素直に答えると、怒ったのか怒りを露にして背を向けた。
然し、それは否定もせず…か。本人も判っているのだろう。
タルワールを眠りにつかせるには、彼の力も必要になるだろう事は。
「私を取引にでも出したか」
…バレてるよ! 再び振り向いて俺の方を見えない目で見ている。
この手の人は五感が鋭くなってるからな。下手な嘘はつかない方がいい。
あそこでの出来事を包み隠さず全て話すと、俺の腰に下げている剣。
フランヴェールの事を尋ねてきた。それもきっちりと話すと、
険しい表情が少し緩み、笑いかけてくれた。
「馬鹿正直な奴だな貴様は。…それとも私に嘘は通じないとでも思ったか」
こわっ。どこまで腹の内読めるんだこの人…。再び視線を海に戻す。
そのまま語りかける言葉も見つからず、同じ様に少し波立った海を見ていると。
彼女は、雨が来るな…と。え?いや、気持ちいいぐらい晴れてるぞ?
空を見ると、雲は確かにあるが、そんなどんよりもしておらず。
そう、彼女は言うと港町へと歩き出したので、俺も後をついて行った。
戻る途中、確かに雨が降り出してきた。 …何この予知能力。
どうやって判ったのか尋ねると、匂いで判ると。
…判るものなのか? 首を傾げていると、ふと夏の通り雨を思い出した。
あれ、なんとなく降るなと判るよな。確か妙に湿った空気というかうん。
ソレを嗅ぎ取ったのか…犬みたいな嗅覚してそうだなこの人。
そのまま、軽く降り出した雨の中を戻り、宿屋の前で軽く挨拶して別れた。
陽が落ち、俺達は酒場で食事を取り、再び自室へと戻っていった。
帰ってくる途中で、ラザは…夜遊びか。どこかへ行ってしまうがまぁ、
アイツがいるとろくでも無い事がおこるので良しと。
ベッドに寝転び、大の字になってアクビを一つ。何気に危なかった事や、
気を使った事もあり、疲れているのか眠気が凄い。
そのまま寝てしまおうかと、目を瞑る。
ほどなくして、扉を叩く音が聞こえ目を覚まして返事をすると、
どうやらリフィルの様で、扉を開けて入ってきた。
鎧は流石に脱いでいるな。ディエナ同様薄手のドレスというかまぁ、
何かそれっぽい服だが。あの白いドレスでは無く。
着ないのか?と尋ねると、あれはタルワールを救ってからでしか着れないだろうと。
律儀なことで。アクビしながら何か用事かと尋ねると、ラザはいないのか…。
そう尋ねてきたので、外で女追っかけまわしているのじゃないか?と答えると、
俺の横に座り込んできた。…ラザが居ても居なくてもこうなる運命か…。
「ディエトとやらに会ってきたのか?」
ああ、普通だ。良かった。 頷いて答えると、返事はどうだったかと。
考え中らしいと、そう伝えると俺の方に向いて身を寄せてきた。
…。安心した途端これか?
「怪我は無いか」
何だ、そっちの心配か。毒は盛られかけたが問題無かった事を伝えると、
安堵の息を漏らして…すり寄ってくるな!慌てて、起き上がり少し身を引く。
そうすると、睨まれた…と思った途端に俯いて塞ぎこんでしまった。
そのまま黙り込んでしまい、どうすればいいのか判らない俺は、
ただ脚を抱え込んで俯いている彼女を見ていると、俺を見て、
俺から視線を壁に立てかけてある鏡に移したと思ったら、溜息を吐いた。
なんだ? …。 ああ、自分に魅力は無いかとか以前言ったなそういや。
俺があんまり拒むもんだから、自信喪失気味…という所か。
然し、変に期待させると後々困るしなぁ。かと言って真実を話すのも…。
どうしたものか。 ふむ、そうだこうすればどうだ!
軽く、彼女の肩を叩いて、まだアリア程魅力的じゃないからな。
と、笑って答える。 どうだ! これならどうだ!!
俺の方を見て、睨まれた…が、少し元気が戻ったか。良かった良かった。
が、思わぬ方向に進んでしまったらしく、少し涙目。
何だ、何がどうなって涙目になった! 慌てる俺に勢いよくベアハッグ。
こいつ…見た目より腕力あるな!いてぇ!!
俺の胸元にあの叩きたくなるおでこをべったりつけてしがみついてくる。
「どうしたら、姉さんを忘れてくれるのだ。」
いや、だから忘れてしまったら俺が俺としてだな…。あー!もう言いたい事が言えない
もどかしさかイライラするぞ!!! 俯くように俺の胸元に顔を埋めているので、
俺は横を向いてこの行き場の無いイライラを壁に視線でぶつけていた。
「抱きしめても…くれないのか」
あーもう。どうする、というかラザ!戻って来い、お前が必要だ。
変な意味では無く助け舟的な意味でお前が必要だ!頼む!!
然し、願いも空しく助け舟は無し。
「そうか…もう、いい」
ん? 何か良かったのか、ベアハッグから開放され、彼女は部屋を出ていった。
ま、何にせよ助かった。 一時はどうなる事かと…なんだ。
通路を激しく走る音と共に扉を叩く様に開き、室内に頬を叩く音が響き渡った。
飛び込んできたディアナに右頬をぶたれたのだ。彼女の顔はかなり機嫌が悪い
というか、明らかに怒り、肩で息をして俺を睨めつける。
「ユタ。貴方…リフィルの事を少しは考えてあげているの!?」
人の気も知らんで抜け抜けとこの…。思わず右手を強く握り締め怒りを露にする俺に、
立て続けに、死んだ人間を何時までも想い続けるのは構わないけど、
彼女の事も少しは考えてあげなさい、と、大声で怒鳴ってきた。
…。どうすれば、どう言えばいいんだよ! いっその事、はっきり振るか?
いや、そんな事すりゃ下手すれば、一緒に居られなくなる可能性もある。
あー…胃に穴開きそうだ。
「すまん」
もう、ただそれだけしか言えなく、暫く互いに黙り込んだ後、ディアナは大きく
溜息を吐き部屋を出て行った。
…。はぁ、本当にどうすればいいのか。このままだとノア達を倒す以前に
仲間としてやっていけるのか…。不安を抱えたまま、俺は眠る事にした。
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