第九話 ~~西涼へ~~
一刀の呼びかけで、玉座の間には桃香をはじめ全員が集められた。
「さてと・・・早速だけど二人とも、話を聞かせてもらえるかな? あ、その前に名前を教えてくれると嬉しいかな。 俺は北郷一刀。 呼び方は何でもいいよ。」
「あ、あぁ。」
いまだに少し戸惑いながらも、ポニーテールの少女は頷いた。
「あたしは馬超(ばちょう)、字は孟起(もうき)。 こっちは従妹の馬岱だ。」
「馬超? それではお主が噂に聞く西涼の錦馬超か!?」
「ふむ、私もその名は耳にしたことがある。 相当の槍の使い手だとか・・・」
「よ、よしてくれよ! 別にそんな大したもんじゃないって・・・」
愛紗と星の言葉に、馬超は少し照れたように頭をかく。
「馬超さんって確か、西涼を治めている馬騰さんの娘さん・・・でしたよね?」
「!・・・・・・あぁ。」
だが朱里の口から母親の名が出たとたん、馬超の表情は一変して暗くなってしまった。
「どうかしたのか?」
「・・・今日ここに来たのは、その母さまのことが関係してるんだ。」
愛紗の問いかけに答えた馬超の顔は、まだ暗いままだった。
「・・・馬騰さんに、何かあったの?」
「馬騰は・・・母さまは、病で死んだ。」
「なっ!?」
馬超の思いがけない一言に、その場にいた全員が耳を疑った。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 病で亡くなったって・・・黄巾党討伐の時は戦線に立たれていたはずじゃ・・・」
「あぁ・・・たしかにあの時は全然そんな様子はなかったよ。 でもついひと月ほど前にいきなり倒れて・・・五日前に、そのまま・・・」
「そんな・・・」
その場が重い沈黙に包まれた。
ここにいる誰もが、馬騰と面識があるわけではない。
しかしそれでも、一人の英雄がこの世を去ったという事実に、ショックを受けずにはいられなかった。
・・・そんな中、沈黙を破ったのは一刀だった。
「そっか・・・でも、それでどうして俺たちのところへ?」
突然一国の主である母親が亡くなったのだ、いろいろ大変なことがあるのは分かる。
それでもわざわざ西涼から面識のない一刀たちのもとに来た理由が分からなかった。
だが馬超は一刀の質問に答えるより先に、いきなり床に膝をついた。
「ば、馬超さん!?」
「御遣い様! 劉備殿! 頼みがあるんだっ!」
「頼み・・・?」
「力を・・・あたしたちに力を貸して欲しいっ!」
馬超は膝をついたまま、深々と頭を下げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなりそんなこと言われても訳が分からないよ。 とりあえず、頭を上げてくれ。」
「・・・・・・・」
一刀がそう言っても、馬超は頭を上げようとはしない。
そんな馬超を見かねて、桃香が口を開いた。
「馬超ちゃん、そんな状態じゃお互い話もできないよ? お話はちゃんと聞くから、頭を上げて?」
「・・・わかった。」
桃香の言葉で、ようやく馬超は顔を上げ立ちあがった。
「いったいどういうことなんだ?力を貸してほしいって・・・・」
「・・・実は、あたしたちの街が襲われるかもしれないんだ。」
「襲われるって・・・賊か何かか?」
「いや、ただの賊くらいならあたしたちだけでも何とかなる。 相手は、烏丸族(うがんぞく)っていう連中だ。」
「・・・烏丸族?」
一刀には、聞きなれない名前だった。
しかしその名を聞いて、雛里と朱里が口を開いた。
「烏丸族って・・・確か昔、青洲や徐州、冀州の辺りを荒らしていたっていう部族ですよね?」
「昔の諸侯との戦いで滅んだものだと思っていたんですけど・・・今は西涼に居るんですか?」
「あぁ。 連中はあたしが生まれる前から西涼に居座ってたらしくて、たびたび街を襲って来たんだけど、それを母さまがなんとか抑えていたんだ。 でも、今回母さまが亡くなって、奴らとの均衡が崩れそうなんだよ。」
「それで、われらの力を借りようと?」
「・・・そうだ。」
「でも、なんで俺たちなんだ?西涼なら曹操を頼った方が近いんじゃ・・・」
「ダメだ。 曹操は信用できない。」
「どうして?」
「母さまは昔から曹操とは対立してた。 それに黄巾党の時だって、あいつは他の軍の目を盗んで手柄を一人占めにした。 そんな奴に助けを求めたって、まともに取り合ってくれるとは思えない。」
たしかに、馬超の言うことも分からないではなかった。
あの黄巾党討伐の一連の出来事は、いまだに一刀たちの記憶にもしっかりと焼き付いている。
「それに比べて、あの時のあんたたちの戦いぶりは正直すごいと思った。 だからあたしは、頼るならあんた達しかいないと思ったんだ。」
「なるほど・・・」
「頼む!御遣い様、劉備殿!無理を言ってるのは分かってる・・・でも、このままじゃ私たちの街が無くなっちまうかも知れないんだ!」
「私からもお願い!御遣い様、力を貸して!」
今度は膝をつくことはせず、馬超は真っ直ぐに一刀を見つめている。
今まで隣で黙っていた馬岱も、馬超に続いて訴えた。
「・・・あぁ、わかったよ。」
「・・・え?」
「君たちに力を貸すよ。」
「ほ、本当か!?」
「もちろん。」
「あ、ありがとう御遣い様!」
一刀の返答に、険しかった馬超の表情が一気に明るくなった。
「よかったね、お姉さま!」
「ああ!・・・でも、なんで力を貸してくれるんだ?」
「ん?」
馬岱と顔を見合わせて喜んでいた馬超だったが、ふと一刀の方に視線を戻した。
「だって、あたしたちを助けてもあんたたちには何の得もないんだぞ?なのにどうして・・・」
「得だとか損だとか、そんなことは関係ないよ。」
「・・・へ?」
「俺たちは、苦しんでいる人たちを救うために戦ってるんだ。 街の人たちを助けるために今目の前で君たちが困っているっていうなら、喜んで力を貸すさ。」
「そーいうこと♪ 私たちはただ助けたいから助けるんだよ。」
一刀に続いて、桃香も二人に笑いかける。
「助けたいから・・・?」
「フフ・・・まぁ不思議に思う気持ちは分かるが、我らが主はこういう方たちなのだ。」
「あぁ、だから馬超どの、民を助けるために共に戦おう。」
「鈴々も戦うのだ!」
「はい!」
「・・・“コク”」
「みんな・・・ありがとう!」
皆の言葉に、馬超はもう一度頭を下げた。
「そうだ、あたしの事は翠(すい)って呼んでくれ。」
「あ、私はね、たんぽぽっていうの♪」
顔を上げた馬超に続いて、馬岱も笑顔で真名を名乗った。
「いいのか?」
「もちろん! こっちは無理な頼みを聞いてもらってるんだ、せめてもの信頼のあかしだよ。」
「そうそう。 よろしくね御遣い様、みんな♪」
「あぁ、よろしく。 翠、たんぽぽ。」
「・・・・・・・・・・」
「ん?どうかしたのか、翠?」
真名を授けてくれた二人に笑顔で応えた一刀の顔を、翠はじっと見つめていた。
「へっ!?あぁ、ごめん。 なんて言うか・・・本当にあんたが天の御遣いだったんだなぁと思ってさ。」
「おいおい・・・まだ疑ってたのか?」
「だ、だってしょうがないだろ!? 想像してたのと、その・・・全然違ったから・・・」
「あーー!お姉さまってば、御遣い様が思ってたよりカッコいいもんだから照れてるんでしょ?」
「ば、ばかっ!そそそ、そんな訳ないだろっ!」
いたずらっぽく笑うたんぽぽに、翠は顔を真っ赤にして反論する。
「はっはっは、無理もない。 確かに主が街を一人で歩いていたら、とてもじゃないが威厳があるようには見えませんな。」
「うんうん。 でも、そこがご主人様のいいところだもんね~♪」
「まぁ今回の事に懲りて、ご主人様も次からはしっかりと護衛をつけるようにしてくださいね。」
「う゛っ・・・それは勘弁してほしい・・・・」
「あははははは。」
他人事のように笑う星と桃香に続く愛紗の一言に、一刀は思わず苦笑する。
そんなやり取りを見て、周りからは笑いが起こった。
「そうだ、翠ちゃんもたんぽぽちゃんも、今日はウチに泊っていってね?晩御飯もご馳走するから♪」
「ほんと!?わーい、やったー!」
「こらたんぽぽ、はしたないぞ!」
「ははは、まぁいいじゃない。 今日はゆっくり休んで、明日西涼に出発しよう。」
「・・・本当に、何から何までありがとう。」
「お礼を言うのは全部終わってからでいいよ。 だから、明日からがんばろうな。」
「ああ!」
その日は桃香の提案通り翠とたんぽぽを交えて少しだけ豪華な夕飯を食べ、それぞれが明日からの戦いに備えて眠りに就いた。――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――誰かが泣いている夢を見た。
それが誰なのか・・・男なのか女なのか・・・なぜ泣いているのかも分からない。
その『誰か』はただ黙って涙を流すだけ。
そのほかには何もない、ただそれだけの夢。
しかしそのそれだけが、なぜだかとても・・・・悲しい夢だった。――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「・・・しゅじんさま。 起きて下さい、ご主人様。」
「ん・・・っ」
体を揺すられる振動と、自分を呼ぶ声に一刀は目を覚ました。
「・・・あぁ、おはよう愛紗。」
「おはようではありません、早く起きて下さい。 今日は西涼に発たねばならないのですよ?」
「・・・・あ、あぁそっか。」
ようやく頭の方も起きて来たようで、昨日の出来事を思い出した。
翠とたんぽぽの街を救うため、西涼に向わなければならないのだ。
「ごめん、すぐ支度するよ。」
寝台から出ようと、体を起こそうとしたその時だった・・・
「・・・・っ?」
「ご、ご主人様?」
一刀は頬に何か温かいものが伝うのを感じた。
手を当てるとそれは気のせいではなく、頬は確かに濡れていた。
「な、なぜ泣いておられるのですか!?」
「あれ・・・おかしいな・・・?」
別に悲しいわけでも、どこかが痛いわけでもない。
それなのに、それは流れ続けた。
突然涙を流す一刀を見て、愛紗は何事かと慌てている。
「ご主人様、まさかお体の調子が悪いのでは!?」
「だ、大丈夫だよ!そうだ、ちょっと変な夢を見たからきっとそのせいだと思う・・・」
先ほど見た、誰かが泣いている夢。
それを見たからと言って自分が涙を流す理由にはならなかったが、心配そうに自分を見つめてくる愛紗を安心させるにはとりあえずこう言っておこうと思った。
「夢・・・ですか?」
「うん。 だから心配しないで?」
「・・・ご主人様がそうおっしゃるのならよいのですが・・・」
いまだに一刀の目からは涙は流れ続けている。
そんな濡れた顔で心配しないでもないものだが、愛紗は少しだけ安心したようだった。
「では、私は先に行っておりますので・・・本当に何ともないのですね?」
「大丈夫だって。 俺もすぐに行くからさ。」
「分かりました。 では。」
やっと笑顔が戻り、愛紗は部屋を出て行った。
「ふぅ・・・何なんだろう、悲しくもないのに涙が出るなんて・・・」
まだ流れている涙をぬぐいながら、一刀は呟いた。
「(それに、あの夢で泣いてたのは・・・・・)」――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――それからほどなくして原因不明の涙も止まり、一刀は出発の準備を整えて外へ出た。
外にはすでに準備を終え、全員がそろっていた。
「あ、おはよう御遣い様♪」
「おはようたんぽぽ。 翠もおはよう、昨日はよく眠れたかな?」
「ああ、おかげ様でな。」
「それはよかった。」
「ご主人様、全員揃ったみたいだし出発しよっか。」
「あぁ、そうだね。」
桃香にうながされ、一刀は馬にまたがった。
「よし、それじゃあ西涼に向けて出発だっ!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――西涼までは長い道のりだったが、途中大きな問題もなく数日かけてたどり着いた。
食糧がもつかどうかが唯一の心配だったが、そこは雛里と朱里の計算通り、ほとんどちょうどでなくなった。
一刀たちは今は亡き馬騰が治めていた街にある城へと案内された。
「ふぅ~、やっと着いたな。」
「私もうへとへとだよ~・・・」
広間へと通され、一刀と桃香は思い切り息をついた。
日ごろ戦場を馬で駆けている愛紗たちはともかく、一刀や桃香にとっては長距離を馬に乗って移動するだけでも相当な重労働なのだ。
ちなみに、その点では朱里と雛里も同様なのだが、この二人はそれぞれ愛紗と鈴々が繰る馬に同乗していただけなので、一刀たちほど疲れてはいない・・・とはいっても、もともと体力が人並以下の二人なのでそれでも疲れでしばらく声も出せなかったのだが。
「皆ご苦労さま。 すぐに部屋を用意させるから、とりあえず休んでくれよ。」
「あぁ、ありがとう翠。」
「ねぇねぇ、御遣い様。」
「ん?」
「なんならたんぽぽの部屋に来てもいいよ?」
「な・・・・っ!?」
「たっ、たんぽぽ!何バカなこと言ってんだ!」
「あはは、じょーだんだってば~。 お姉さまも御遣い様も赤くなっちゃって、カワイイ~♪」
「~~~~っ・・・・」
「・・・はぁ~。」
口に手を当てて“ニヒヒ”と笑うたんぽぽと、顔を真っ赤にして怒る翠を見ながら一刀は小さくため息。
こんな二人のやり取りにも、一刀はもうすっかり慣れていた。
街を出発してからここに着くまで、たんぽぽは事あるごとに一刀をからかって、それに対して翠が怒るということを何度繰り返したか分からない。
一刀はそんな二人に道中ずっと困らされていたが、本当に困っていたのはその度に感じた愛紗の視線だった。
現に今こうしている間にも、背中に感じる冷たい視線のせいで後ろを振り向くことができないでいた。
「そ、それよりさ・・・この街って本当に立派だよな。」
これ以上は視線だけで凍りついてしまいそうだったので、場の空気を変えるために無理やり話題を変えてみる。
すると作戦が功を奏したのか、隣にいた桃香も一刀の意見に頷いた。
「うんうん。 私もびっくりしちゃった。」
「確かに、以前旅をしていたころにも一度訪れたことがあるが・・・その時にもまして活気があるな。」
「あぁ、ありがとう。 この街がここまで栄えたのは、全部母さまのおかげだよ。」
「良い当主だったんだな、馬騰さんは。」
「あぁ。 民からもすごく慕われてて、あたしの目標だったんだ・・・」
母親の事を話す翠の顔はどこかさみしそうで、亡くなった今でも彼女の中では大きな存在であり続けているのだろうと一刀たちは思った。
「だから、母さまの残したこの街を失うわけにはいかないんだ。」
「翠・・・」
「な、なんだよ皆、暗い顔しちゃって・・・・と、とりあえずこんなこと話しててもしょうがないし、今日はゆっくり休んで・・・」
「馬超様、大変です!」
翠の言葉をさえぎって、一人の兵士が部屋に駆けこんできた。
その表情はかなり険しい。
「なんだ?客人の前だぞ!」
「も、申し訳ありません!しかし、監視役の兵より報告がありまして、街の遠方より烏丸族がこちらに向かっていると・・・」
「何っ!?」
「まさか着いて早々とはな・・・」
「ご主人様!」
「あぁ、街を守るんだ。 行こう、皆!」―――――――――――――――――――――
~~一応あとがき~~
はい、というわけで九話目でした。
今回登場した烏丸族ですが、正史では西涼とはほとんど関係ありませんWW
なのになぜ今回の敵にしたかとういうと、ただ単純に適当な相手が思いつかなかったからです (汗
次回は烏丸族との戦いに入ります。
またよろしくお願いしますWW
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九話目です。
翠とたんぽぽの話はまったくのオリジナルなので、不快に思われる方もいるかもしれませんが、どうか読んでやってください (汗