真・恋姫無双 二次創作小説 明命√
『 舞い踊る季節の中で 』 -寿春城編-
第67話 ~ 泣いている事に気づかず道に迷う魂は、一人暗闇に舞う ~
(はじめに)
キャラ崩壊や、セリフ間違いや、設定の違い、誤字脱字があると思いますが、温かい目で読んで下さると助
かります。
この話の一刀はチート性能です。 オリキャラがあります。 どうぞよろしくお願いします。
北郷一刀:
姓 :北郷 名 :一刀 字 :なし 真名:なし(敢えて言うなら"一刀")
武器:鉄扇(二つの鉄扇には、それぞれ"虚空"、"無風"と書かれている) & 普通の扇
:鋼線(特殊繊維製)と対刃手袋
得意:家事全般、舞踊(裏舞踊含む)、意匠を凝らした服の制作、天使の微笑み(本人は無自覚)
気配り(乙女心以外)、超鈍感(乙女心に対してのみ)
神の手のマッサージ(若い女性には危険です)、メイクアップアーティスト並みの化粧技術
(今後順次公開)
某老人視点:
くっ、忌々しい孫家めっ! 我等に助けられた恩も忘れて、牙を向けるとは、
我等はただ平穏に暮らしていただけと言うのに、天はいったい何故我等に、このような仕打ちをするのだ。
それに紀霊も紀霊だ! あれだけ目を掛けてやったにも関わらず、
三倍以上と言う兵力があって、圧勝するどころか、一日も保たないとは、いったいどういう事だっ!
そう声に出して叫びたいのを我慢し、松明の明かりを頼りに、暗い地下水脈の跡を利用した道を進んで行く。
此処で大声を出して、もし万が一にも、どこからか声が漏れだしては意味がない。
そこへ、
「先鋒から、陽の光らしきものが見えたと報告がありました」
「うむ、そうか」
あの騒然とする中、僅か二百と言う手勢しか連れ出せなかったが、
この秘密の脱出路の偵察にやった者からの報告を聞き、儂は少しばかり安心する。
これで無事危機を乗り越える事が出来そうだ。
……危機か……よくはないが、まぁいい、孫家の狙いは袁術だ。
全てはあの二人が、奴らの逆恨みをその身に受けてくれよう。
そして、油断しきったそこへ、……忌々しいが、袁紹の力を借りて、我等をこのような目に合わせた奴等全てを根絶やしにしてくれる。
雪蓮視点:
「奴等はまだ見つからないの」
「はっ、城の出入り口全て塞ぎ、全ての部屋をくまなく探しましたが、影も形も見当たりません。
おそらくは、すでに……」
謁見の間に私の苛立つ声が響き渡り、奴らの探索に奔走する兵士を指揮する朱然が申し訳なさそうに答える。
彼女達の報告を疑う気はないし、だけど私の勘が、此処だと言っている。
それにしても、仮にも自らの主である袁術達を残して、真っ先に逃げ出した等と馬鹿な話………あの連中なら、あり得るかもしれないわね。
でも、例えそうだとしても、街から逃げ出したとは考えにくわね。
奴らが街に潜んでいたとしても、あの臆病な連中が、手勢を連れずにいるとは考えられない。
なら、すぐ見つかるはずだと考えていたんだけど、どうやら考えが甘かったみたいね。
考えられるのは、袁術を囮にして、その隙に反対側から逃げると言う手だけど、……万が一を考えて、城周辺に見張りを置いてから突入したし、その報告もない。
なら、あとは私達が知らない逃げ道がある? でも一体何処に?
なんにしろ逃げられるのは厄介よ。
奴らの逃げ先は、おそらく、もう一つの袁家である袁紹の所、
袁術から土地を取り戻した以上、まかりなりにも親戚である袁紹が黙っている訳はない。
今は此方側を攻め込む余裕は無いはずだけど、袁家の老人達の言を無下にする訳には行かないはず。
とにかくこれ以上、こちらの準備が整う前に、攻め込ませる口実を作らせる訳には行かないわ。
「孫策、奴らの居場所が分かった」
そんな声と共に、一刀が袁術と張勲の二人を引き連れて謁見の間に、大広間に入ってくる。
一刀の後ろにいる袁術達は………うん、何か吹っ切れたような顔をしているわね。
やっぱり一刀に任せて正解だったわ。
まぁ、やり方はあえて聞かないけど、きっと翡翠と明命が聞いたら、心穏やかに済ませられない様な事でしょうね。 まぁ、なんにしろ、二人は馬鹿な真似する心配はなさそうね。
なら、問題は奴等よ。
「一刀、奴等は一体何処にいると言うの?」
「此処だよ」
「は?」
一刀は私の問いに、そう答えながら私を指さし、
私は、その事に訳が分からず、つい間抜けな声を出してしまう。
七乃視点(一刻程前):
長かった道のりを思い起こしながら、残る行程を見直している所に、一人の兵士が慌てふためきながら、大広間に飛び込むなり、信じられない報告する。
「も・申し上げます。
紀霊将軍戦陣にて討死っ! 次いで、張遼が我が軍を裏切り、敵に付きました!
それを機に敵の猛攻が始まり、我が軍はその猛攻の前に成す術はなく、部隊単位で次々と降伏と逃亡を起
こし、その波は広がる一方ですっ!」
なっ! 早すぎます。
いったい何が?
どかっ、どたっ
そこへ、自分達の目から報告を聞いたのか、あの人達が血相を変えて、慌ててこの部屋に戻ってきました。
より正確な情報を知るためでしょう。
私は侍女を呼びつけ、美羽様を此処にお連れする様に命じると、事の成り行きを見守る事にしました。
「いったい何が起きたと言うのだっ! 我等の方が有利だったのではないのか!?」
そんな最長老の言葉に、兵士は、
「はっ、舌戦の後、紀霊将軍は敵先鋒に立つ孫策と、天の御遣いと名乗る男を討つために、自ら先鋒に立たれ
たのですが…」
天の御遣い?
……確かに、そんな噂は孫策さんの所を初めとする江東の各地で、囁かれていたのは知っていましたが、
孫策さん達の人集めの策の一つと思い、あの人達を適当に誤魔化して来ました。
ですが、最前線に出してくるとは意外でした。
そもそもそう言うものは、表に出さずに神秘に秘めておくのが常套手段、
表に出せば、その真偽を疑う者が、声を出して出てくるからです。
「紀霊将軍は配下の者と共に、一人突出した天の御遣いを名乗る者を討たんとしたのですが、
……その…何と言いますか…」
「ええいっ、はっきり申せっ! はっきりっ!」
兵士の言い淀む態度に、言葉を荒げるあの人達、
ただ声を荒げれば、良いと言うものでもありませんのに、それでは、兵がよけい萎縮してしまいます。
此処は、静かに話を促させてやる方が、適切と言うのに、相変わらず人の心理など考えない人達ですねぇ、
まぁ見ている分には、その様子は面白いから良いですけど。
「て・天の御遣いと名乗る者に近づくなり、その体を幾つもの肉片へと変えられてしまい。
まさに天罰が落ちたかのように、紀霊将軍は舌戦の時の言葉通り、人として死ぬ事叶いませんでした」
「ば・馬鹿馬鹿しいっ! 天罰など降るものかっ! 天罰降るとしたら、それは奴等の方だっ!
大方、その者の武を見間違えたのではないのかっ!」
「そ・それが、その後、紀霊将軍の率いていた部隊五百名弱が、その者一人によって、紀霊将軍と同じ運命
を辿りました。 生き残ったのは、武器を投げ捨て降伏の意を示したものだけです」
「「「 な゛っ! 」」」
……なるほど、そう言う事ですか、
張遼さんの寝返りは正直意外でしたが、孫策さん達の手は、まさに調練不足や士気の低い私達の軍の弱点を狙ったものです。
見せ札として一揆を起こした農民達で精神的な威圧をさせた上で、非は我等にあると見せた所に、天の御遣いを名乗らせた者に天罰を演出させる。
あの人達はあまり自覚はないですが、私達袁家が民を苦しめているのは紛れもない事実で、その事は我が軍の兵士の方が、良く理解しているでしょう。
そして、一見無謀とも呼べる孫策さん達の猛攻も、私達の軍を精神的に追い詰めるためのもの、
そして、降伏さえすれば助かると言う逃げ道を用意しておく事で、それをよけい伝播させやすくする。
……これでは士気の低い私達の軍では、降伏する者や逃亡する者が続出しても仕方ないですね。
この一戦にしか使えないような奇策ですが、後々の事まできちんと考えています。
周瑜さんや陸遜さんが、このような一種の賭け染みた手を打つとは思いもしませんでしたが、人の心理を徹底的に突いた見事な作戦です。
「このままではっ……」
「……此処も危険で……」
「……いっその事……」
「とにかく今は……」
「妾を急に呼び出して、どうしたのじゃ?」
あの人達が慌てふためく中、美羽様が侍女に連れられ姿を現します。
美羽様は広間の様子に、計画が早まったものの、計画が上手く行っている事を理解されたようで、私の近くに歩み寄ってきます。 私はそんな美羽様に、
「孫策さん達の勢いが凄くて、もう止められない感じなのですよ」
「ぬなっ! 我が軍の方が優勢ではなかったのかえ? それに紀霊や張遼はどうしたのじゃ?」
「豪言を放って出て行った紀霊さんは初激であっさり討死、 張遼さんは裏切っちゃいました。 てへっ♪」
「な・なんじゃとぉ~っ! ど・どうするのじゃ? 七乃何とかするのじゃ?」
「え~~っ、無理っ、
ほら、私って鎚車を大量生産して、城壁に向かって『ど~~んっ』が専門ですから、
今更、軍を立て直して、孫策さん達を追い返すなんて真似なんて出来ませんよ~」
ざわっ
私と美羽様の言葉に、今の状況を更に煽るような言葉に、
あの人達は、更に顔を青くして慌てふためいて行きます。
そこへ、新たに兵士が広間に飛び込んでくるなり、
「も・申し上げますっ!
我が軍の崩壊は止めようがなく、既に半数以上が降伏または敗走を始めた現在、もはやこの城まで攻めて
来るのは時間の問題と思われます」
「「「な゛っ」」」
「いくらなんでも早すぎるっ!」
「あ・あと、どれくらい持ちそうなのだっ?」
「……お・恐れながら、い・一刻も保たないかと……」
「「「「 ………っ! 」」」」
兵士の言葉に、あの人達は言葉を失くしたようです。
無理もありません、人の心理と言う者を全く考えずに、人間をただの駒として、数だけで戦を考えてきた人達にとって、兵士達の抱く恐怖と言う感情を理解する事など出来ないでしょうね。
本来、それは国や家族を守るんだと言う使命感と、厳しい調練を繰り返す事で自信を持たせ、そして仲間と共に連帯感をも養う事で、その恐怖を何とか堪えさせれる様にするものです。
それを行っていない我が軍の兵士達では、優位に立っている時は、それでも何とかなるでしょうが、一皮向けば、こう言う事態になるのは目に見えていました。
展開が予想よりかなり早いですが、あの人達を混乱させるにはかえって好都合です。
それに、頃合いのようです。 私は美羽様に、手と視線で合図を送ると、
「も・もうどうにもならぬのか?」
「打つ手無いですねぇ」
「なら逃げるのじゃ、それくらいは何とかなるじゃろ?」
「私と美羽様が逃げるくらいの経路は、今なら何とかなりますね」
「おぉー、さすが七乃じゃ、頼りになるのじゃ」
私は美羽様の命に応えるかのように、美羽様の座る王座の下に手を突っ込み、
ごとっ
そんな音と石の凹んだ感触を確認すると、近くの兵士を呼び寄せ、
本来動くはずのない王座の台座を、横にずらさせます。
そして其処には、暗い穴と梯子が姿を現し、
「もうはるか昔に、枯れてしまっていますが、昔の地下水脈を利用した脱出路です。
街を離れた場所まで続いていますし、中から動かせない様な仕掛けもあるようですから、
時間も稼ぐ事も出来ますよ」
「おぉぉ~っ、妾の座っていた下に、この様なものがあるとは知らなかったのじゃ」
「かなりの間使われていなかったようですが、昔のこのあたりの地図と、この城に残されていた文献から、
偶~然、見つける事が出来ました。
きっとこの仕掛けを作った人は、秘密にしたまま亡くなられたのでしょうね」
「よくやったのじゃ、褒めて使わすのじゃ」
美羽様はそう言って、偽りの笑みを浮かべて見せます。
そして……、
「最後の最期くらいは、我等の役に立ってくれたようだな」
そんな声と共に、近くの兵士がその声に応えるかのように、剣を抜き放つなり、私と美羽様にその剣を突き付けて来ます。
「な・何のつもりですっ!」
「何をだと?
言ったであろう『処罰は免れぬものと覚悟しておけ』とな」
私の問いただすような怒声に、あの人達はその仮面を美羽様の前で外し、
その本性にお似合いの嫌らしい笑みを浮かべ、私と美羽様を冷たく見下します。
「奴等の狙いは、袁術貴様だ。
なら、貴様等を餌にしておけば、我等の逃げおおせる可能性が、それだけ高くなると言うもの」
「私達を見捨てる、と言うつもりですかっ」
「見捨てるも何も、そもそも貴様等のような者を御輿に祭り上げたのは、こう言う事態の為のもの、
我等の役に立って死ねる事を、感謝されこそすれ、その様な目を向けられる謂れ等無いわ」
雪蓮視点:
「……と言う訳です」
張勲の話を聞き終え、私はあの連中が消えた訳に納得がいった。
本当にどこまでも性根が腐った連中ね。 もう呆れ果てて言葉もないわ。
なんにしろ、奴等の足取りが分かった以上、逃す気はないわ。
「張勲、その地下水脈を利用した脱出経路が、何処に繋がっているか教えなさい」
「いえいえ、その心配はありませんよぉ。 そこから追いかけても十分捕まえる事が出来ますから」
「どう言う事?」
張勲の言葉に私は眉を顰め、聞き直すと、張勲は嬉しそうに、
「あの時私は『私と美羽様が逃げるくらいの経路は』と言ったんですけどね」
「分かりやすく言いなさい」
「実は、出口付近で昔崩落があったらしく、道は塞がれていないものの、
女子供くらいしか、通れなくなっているんですよ。 穴を広げようと思ったら数カ月は掛るでしょうね~」
そう、本当に晴れ晴れとした顔で、私にそんな事を伝えてくる。
……呆れた。
袁家の老人達を性格を逆手にとって、そんな手を打っていたなんてね。
もし私達が、この脱出路に気が付かなければ、奴等は適地である此処に戻るか、暗い地下で餓死するしか手はなかったと言う訳ね。
一刀から聞いている二人の状況下で、そこまで綿密に計画を立て、実行に移す事が出来るだなんて、
……もしかしたら、冥琳や穏と同格かもしれないわね。
「あっ、ちなみに、中から開かないようにする仕掛けは、もう古くなってるので、多分力ずくでやれば、
あっさり開くと思います」
「………そう、分かったわ。
朱然、力自慢の連中を呼んで、試させて見せなさい。 後は分かっているわね」
翡翠視点:
私と明命ちゃんが城に駆け付けた時、謁見の間である大広間では、袁家の老人達が捕縛されていました。
老人達は雪蓮様に、自分達は袁術に責任を押し付けられ、閉じ込められていたと命乞いをしていましたが、
その様な言い訳、調べればすぐ分かる事です。 それに、敵側の重鎮である人間を、意味もなく助ける訳ないと言うのに、本当に往生際の悪い連中です。
民を、我等を苦しめてきた憎むべき相手ですが、正直、今はそんな事はどうでも良いです。
それよりも、今は一刀君の事です。
一刀君は何処に…………居ました。
孫策様の後ろの方に、袁術と張勲と共に居ました。
「翡翠と明命が来たと言う事は、向こうが片付いたと言う事ね」
私と明命ちゃんが部屋に入って来ていたのに気がついていたのか、雪蓮様は袁家の老人達と向き合うのを止め、こちらに顔を向けてきます。 おそらく、これ以上、彼等の話を聞きたくなくなったのでしょう。
「はい、投降した者達の対応に手間取っていますが、皆も後程駆けつけて来れると思います」
「そう、ご苦労様」
私の言葉に、雪蓮様は多くの気持ちを載せて私達に優しい目で感謝の言葉を述べた後、一刀君と向き合い。
「一刀、聞いての通りよ。 この戦、もう終わったわ」
「ああ」
「部屋を確保させてあるから、今日はもう良いから休んで頂戴」
「まだやる事・」
「一刀」
雪蓮様の言葉に驚きつつも、自分にはまだやれる事がある、と言おうとする一刀君を、雪蓮様は強引に一刀君の言葉を遮り、
「この戦における貴方の仕事は終わりよ。
貴方には感謝しているけど、今これ以上動かれても、私達にとって迷惑でしかないわ。
忘れないで、今の貴方は『天の御遣い』なのよ。 この意味一刀なら分かるわね」
「…………あぁ」
「翡翠、貴女も今日はもういいから、働き者の一刀が、これ以上無理しないように見ていてあげて」
「分かりました」
「明命、貴女は張遼と共に、皆が来るまで、この城の警備の指揮を執りなさい」
「はい」
私は一刀君を支えるため、
明命ちゃんは、その邪魔を誰かにさせないため、
雪蓮様は一刀君のために、私達にそう命じてくれます。
「一刀、二人の事は安心しなさい。 無罪放免には出来ないけど、決して悪いようにはしないわ。
貴方には明日やってもらう事もあるから、今日はゆっくり休みなさい」
「ああ、分かった。 孫策、……すまないな」
「それは、こっちの台詞よ。 翡翠、後はよろしく頼むわね」
雪蓮様が確保してくれた部屋、
それは城の建物から少し外れた所にある庵でした。
元々は茶や娯楽に耽るためのものでしょうが、まだまだ騒がしくなる城内で、唯一静けさを保てる場所と言えるでしょう。
私は雪蓮様の心遣いに感謝しながら、案内した兵が立ち去るのを確認してから、一刀君に向き合うのですが、
「心配しなくても、俺なら此処で大人しくしているから、翡翠は自分の仕事に戻っても・」
「私の今の仕事は、こうして一刀君と一緒にいる事です。 しかも雪蓮様の公認です」
馬鹿な事を言う一刀君に、私はシレッと言って見せます。
一刀君の事ですから、雪蓮様の心遣いは分かっているはずです。
むろん雪蓮様の仰った事に嘘はありませんが、一刀君を気遣って言った事に間違いはありません。
それでも、そう言う事を言い出すと言う事は………、一刀君……、
ぎゅっ
一刀君の想いに、私は知らずに手を握ります。
胸が締め付けられるように痛みます。
………でも、本当に辛いのは一刀君なんです。
だから私は……、
「私に泣き付く事すら甘えだと、それは今の自分には許されない事だと、そう思っているのですか?」
「そ・それは………翡翠!?」
私の言葉に、一瞬体が小さく震わせ、何とか誤魔化そうとする一刀君ですが、途中で驚きの表情を見せます。
「だったら、一刀君にそれをさせた私や明命ちゃん、そして雪蓮様はどれだけ罪深いんでしょうね」
「……翡翠、それは違・」
「違いません。 一刀君がそう言う人間だと知っていて戦に巻き込んだのです。
なら私達は一刀君以上の罪を背負わなければいけないんです」
私は泣く事を拒絶している一刀君の代わりに涙を流しながら、一刀君に言います。
今の一刀君に、いくら理屈で言っても納得するわけありません。
なら、例え卑怯でも感情論で行くだけです。
女子供に甘い一刀君が、その両方を併せ持つ私に、
一刀君にとって、大切な家族だと思っている私の涙に、
一刀君の感情が揺らされない訳がありません。
こんな手は卑怯で卑劣だと分かっています。
でも、卑怯でもなんでも一刀君の為なら、
一刀君の心が少しでも軽くなるのなら、
なんだってやって見せますし、一刀君を想う気持ちに、一片の嘘偽りはありません。
だから私は……、
「一刀君は何もかも自分で背負い過ぎです。
今回だって、いくら効果的だとは言え、勝手に作戦を変えてあんな無茶をしてっ、私や明命ちゃんが、皆が
どれだけ心配したと思っているんですかっ、」
「……ごめん」
「謝らないで下さい。 …あや…まらないで…下さい……、あんなに頑張った一刀君に謝られたら、一刀君に
あんな辛い事をさせるまで追い込んでしまった私達は、………どうすれば良いのか分からなくなります」
「……翡翠……それでも、ごめん……、
俺には、あんな手しか思いつかなかったから、…それで、一人でも多くの命が救えるならと思って、
それに、俺にこう言う事を言う資格は、もう無いかもしれないけど、翡翠や明命、そして孫策達には笑って
いて欲しいか・」
「笑えませんっ!」
私は一刀君の言葉を遮って、怒鳴りつけます。
この人は、やっぱり、そんな事を考えていたんですね。
一刀君の事ですから、そんな事だろうと思っていましたが、こうして一刀君の口から直接聞くと、
一刀君にそんな事をさせてしまった自分達への不甲斐なさに、……そして一刀君自身に、怒りと悲しみが湧いてきます。
「一刀君、一人で抱えないでください。
一刀君の罪は、私達の罪でもあります。
なのに、一刀君は自分一人で全てを背負おうとして、そんなに苦しんでいると言うのに、
苦しんでいると知っていてるのに、一刀君一人に罪を背負わせて、笑うなんて事、私には出来ませんっ!」
「俺は苦し・」
「嘘を言わないでくださいっ!」
私の更なる怒鳴り声に、一刀君は気押され、絶句します。
私は一刀君の痩せ我慢の言葉に、更に涙を流しながら、
「嘘を…私達にまで嘘を言わないで……ください。
一刀君は、この期に及んで家族に嘘をつくんですか?
一刀君の隠している苦しみが分からない程、私達の関係は浅いと言うつもりですか?
家族が苦しんでいるのに、それを放っておける程、私達は薄情だと言うつもりですか?」
「そ・それは・」
「一刀君……、背負った罪が苦しいなら、苦しいと言えば良いんです。
いくら罪が深かろうが、辛いなら泣けば良いんです。
それで背負うのを止める一刀君じゃないのでしょう。
それに一人で背負って歩むのが辛いのなら、二人で、
二人で辛いのなら、三人で背負えば良いんです」
私の言葉に、一刀君は驚きつつも、首を横に振ろうとしますが、そんな事をさせる訳にはいきません。
「一刀君、……一刀君が、何時もの様に泣き縋ってくれなければ、私はずっと泣いたままですよ」
「なっ・なにを」
「一年中泣き続けて見せますよ」
「そんな事出来る訳が・」
「私に出来ないと思うんですか?」
「………ぁ~…」
私の無茶苦茶な言葉に、一刀君は呆れながら、顔を片手で覆うように当てながら、
「……翡翠、言っている事が無茶苦茶だよ、そんな子供みたいな我儘」
「どうせこんな子供みたいな成りです。 子供じみた行動をとっても可笑しくはありません。
それに前に言ったはずです。 姉と言うのは無茶を言う者なんですよ」
そう何時かの言葉をもう一度紡ぎぎながら、一刀君のもう一つの手を両手でそっと握ります。
そして、一刀君を下から見上げながら、笑みを浮かべようとするのですが、涙が……、感情が邪魔して上手く行きません。
それでも、一刀君に私の想いを、 託された明命ちゃんの想いを、精一杯伝えようと、一刀君の目を見つめます。
想いが少しでも多く伝わるように、手を優しく握り続けます。
やがて、そんな想いが伝わったのか分かりませんが、
「翡翠……俺、」
「……一刀君の苦しみ、私に教えてください」
「……俺は・」
「でないと、私は泣き止みませんよ」
「…………迷惑じゃ・」
「一刀君に我慢される方が、私達には辛いんですよ」
少しずつ、心の壁を緩めつつある一刀君を、
私は、一刀君の悲しみや苦しみを開放させるために、
ゆっくりと言葉を選んで一刀君に紡いでゆきます。
この、とても我慢強い男の子に、我慢するだけが償いではないと、
優しさ故に、辛い道を選ばざる得なかった男の子に、
せめて家族には、その辛い想いを伝えても良いのだと、
涙を見せてもいいのだと、
辛ければ、苦しければ、いっぱい泣いて、また歩めば良いのだと、
一つ一つ、一刀君の心の壁を、ゆっくりと優しく解いて行きます。
一刀君、
私では明命ちゃんの様に、一刀君を支える事は出来ません。
私に出来る事………、
それは、こうして一刀君の苦しみを聞いてあげる事だけです。
一刀君の優しさを利用して、一刀君を受け止めてあげる事だけです。
だけど……、欺瞞だと言う事は分かっています。
それでも、一刀君の罪、
私にも背負わせてください。
たとえ一刀君が、もうあの笑顔を取り戻せなかったとしても、
私は、一刀君と共に歩んで行きたいんです。
だから、今は私の膝の上で泣き喚いてください。
一刀君の抱える苦しみと悲しみを、全て私にぶつけてください。
それで、一刀君の心が少しでも軽くなるのなら、
私は幾らでも、喜んで受け止めますし、罪を背負って歩いてみせます。
そして知ってください。
一刀君が思っている以上に、
私や明命ちゃん、そして雪蓮様達……、
天の御遣いではなく、一刀君、
一刀君貴方自身を、大切にしている事を、
だから、泣いても良いんです。
弱音を吐いても良いんです。
一刀君を支えてくれる人達は、
貴方が思っている以上に居るのですから、
だから、いっぱい泣いたら、一緒に、歩きましょう。
一刀君の背負った罪、
逝ってしまった者達の想いを無駄にしないためにも、
皆が笑って過ごせる国を作る道を、
皆で、作って行きましょう。
明命視点:
雪蓮様は、一刀君と翡翠様が部屋を出ていくのを確認してから、
しゅっ
「貴方達のくだらない言い訳に、これ以上付き合う気はないわ」
雪蓮様は、まだ何か言おうとする袁家の老人達の一人の髭を、剣で斬り飛ばして黙らせます。
そして、老人達に冷たい視線と殺気を叩きつけながら、
「朱然、この連中一人一人に、見張りを付けて部屋に閉じ込めておきなさい。
そんな勇気は無いとは思うけど、自害なんてさせないように気を付けて頂戴。
なんなら、猿轡を噛まして縛って転がしておいても構わないわ」
「分かりました」
そう言うなり、朱然は他の兵士と連絡を取り合いながら、早速老人達を縛り付けて行きます。
私はそれを視界の縁に捉えながら、部屋を後にします。
雪蓮様の先程の命の殆どは、一刀さんを早く休ませるための口実です。
ですが、それでも、それを疎かにする訳には行きません。
私は城に来た時に、張遼さんの居た場所である城の正門の所の広場に行き、
張遼さんに、雪蓮様の命を伝えますが、
「ええよ、ええよ、簡単にだけど雪蓮から事情は聞いてるし、洛陽での事もある。
こっちはウチや部下達だけで大丈夫さかい、一刀の傍に居たってぇな」
と、まるで犬猫を払うように手を振りながら、私にそう言ってくれます。
それにしても、降ったばかりの敵将にさっそく真名を預けるとは………雪蓮様は相変わらずです。
……それに、簡単にと言っていましたが、雪蓮様の事ですから、どのように伝えたのか心配です。
ですが彼女が言う通り、見張りを任せても問題は無いでしょう。
雪蓮様が信頼し、見張りを任せた以上、彼女が裏切る心配はありませし、
張遼の性格を考える限り、これ以上裏切る行為を取る事を良しとしないでしょう。
それに万が一の事態があっても朱然なら、私達が駆けつけるまで何とか保たすでしょう。
なら、此処は言葉に甘えて、一刀さん周辺の身辺警護にあたりにいきます。
我等に害なそうとする者がまず狙うのは、私達の主君である雪蓮様か、天の御遣いとして、名をあげた一刀さんでしょう。 そして、雪蓮様には護衛の兵士がついており、一刀さんの所には翡翠様しかいないはずです。
「……一刀さん」
分かっています。 袁家の老人を全て押さえた以上、今の状況下で直ぐに動ける人間がいない事は………、
そして、今の一刀さんが必要としているのは、私ではなく翡翠様だと言う事は………、
私では、一刀さんの心を癒やしてあげれません。
一刀さんを救えるのは、一刀さんが唯一涙を見せる事の出来る翡翠様だけです。
悔しいですが、私には翡翠様のような包容力はありません。
だから、私に今一刀さんのために出来る事を、精一杯するだけです。
翡翠様が一刀さんの心を救うための大切な時間を、何者にも邪魔させない事。
それが今の私に出来るただ一つの事です。
だから……、
「どこへ行こうと言うのです」
私は庵から遠く離れている位置で、庵へ向かおうとする二人の正面に、音も無く躍り出ます。
「ぴっ」
「あらら」
二人の内一人袁術は、私が前に躍り出た事に驚き、
残る一人の張勲は、分かっていたかのように、笑顔で私を迎えました。
………一刀さんの言うとおり、私の穏行に気が付いていたようです。
ですが、それは私がまだ未熟なだけ、……今はそれだけです。
私は、警告するように、"魂切"の柄に手を掛けながら、
「もう一度聞きます。 どこへ行こうと言うのですか」
「妾は、あの者に会いに行くだけじゃ」
「孫策さんに、城内であれば邪魔にならない限り、自由にして良いと言われましたので」
袁術の言葉を継ぐように張勲が、状況を説明してきます。
翡翠様から袁家の真実と一刀さんの考えについては聞いていましたが、それでも捕まえた敵方の君主を、自由に行動させる等信じられない話です………が、雪蓮様なら十分あり得ますね……はぁ~、
でも、それはこの二人に敵としての害は無い、と判断されたからに違いありません。
ですが、かと言って早速自由に歩き回るこの二人も、いったいどういう神経をしているのでしょうか?
正直呆れるばかりですが、……今はそんな事より、
「であれば、邪魔ですから、虜囚らしく自室で大人しくしてください」
「なっ、邪魔とはなんじゃ、虜囚とは言え、この国の君主であった妾に、その言い方はあまりに・むぐ」
勢いで私に文句を言う袁術の口を張勲が抑えつけ、
「駄目ですよ美羽様、孫策さんに言われたじゃないですか、
『 袁家である事を捨て、民達に償う道を選ぶなら、生かしてあげるし、協力もしてあげるわ 』と、
なら、そのような言い方をせず。 美羽様らしく身分など関係なしに、自由奔放に我儘に言えば良いんですよ」
そう、張勲は袁術にあまり換言らしくない換言をしますが、事情は呑み込めました。
「うむ、なら、妾はあの者に礼を一言・」
「邪魔だと言った筈です」
私は袁術の言葉を最後まで聞く事すらせず、そう言葉を切り捨てます。
そんな私の言葉と『去らねば斬る』と言う殺気に、袁術は言葉を失くし、張勲に助けを求めますが、
張勲は私の殺気を引き攣った笑顔で受け流しながら、
「お礼と一言二言話したら、大人しく帰りますから、此処は『ささっ』と通して欲しいかなぁと」
そう、食い下がってきます。
ですが、
「例え孫策様だとしても、今此処を通す気はありません」
私のその言葉に、張勲は笑顔の仮面を脱ぎ捨て、
「孫策さんに、私達を助ける意図は聞きました。
美羽様の袁家の名を利用し、この地を早急に穏便に支配下に押さえたいと言う意図は、
そして、それが北郷さんの私達を助けたい、と言う思いから生まれた事も、お聞きしました。
だから、私達のために色々動いてくださった北郷さんに、お礼と約束を守る事を伝えたいのですが、駄目で
しょうか?」
ぴくりっ
私は張勲の言葉に、己の眉が跳ね上がるのが分かりました。
そんな私の反応に、張勲は危険を感じたのでしょう。 張勲は袁術を自分の背中に隠すように庇います。
誰かを守るために、己を犠牲にする。 その姿に、私は怒りを深い息と共に吐き出し、心を鎮める努力をします。
今此処で、本気で怒りと共に殺気を飛ばせば、今の不安定な一刀さんでも気が付かれてしまいます。
それでは、翡翠様の努力が全て水の泡になってしまいます。
「警告します。 次に一刀さんがこの戦に掛けた想いを軽視するような発言をすれば、例え孫策様が生かす
と約束していたとしても、その首を落とします」
私の静かで冷たい言葉に、
ただ、ひたすら細く絞った殺気に、袁術と張勲は、硬直します。
今の私の言葉が、脅しでは無い事が分かったのでしょう。
張勲は袁術を連れて引き返そうとします。
ですが、
「なら妾は、知らねばならぬのじゃ、
例え妾達の事が、事のついでの軽い気持ちだったとしても、あの者がどの様な想いでこの戦に挑んだのか、
真名を交わした者として、知っておきたいのじゃ。 ……それに、孫策も、知っておけと言ったのじゃ」
………そうですか、全て雪蓮様の差し金ですか、
雪蓮様は、きっと私が此処で止めると分かっていて、二人に吹き込んだのですね。
そして、その真意は、
「二人を一刀さんに会わせる訳には行けません」
「そこを何と・」
「黙って付いて来てください」
私は、二人にそう言いながら、一度この場から、
二人を連れて一刀さんのいる庵から更に離れます。
私が二人を連れて来たのは、私が二人に駆けつける前まで居た場所です。
庵から離れた場所で、城の中を区切る幾つかの塀の上です。
その塀の上に、袁術は張勲に何とか押し上げられるように、上に上がったと思ったら、今度は私の様に塀の立つ事が出来ず、必死に四つん這いになって塀の上にしがみ付いています。
そして、張勲自身も上に上がってくると、塀の上で怖がる自分の主を支えようともせず、何故か笑みを浮かべながら、自分の主を優しげに、そして必死にしがみつきながら塀の高さに怖がる様子を、面白そうに見守っています。 そんなどこか可笑しな二人の主従関係を私は無視して、
「此処からなら、微かですが庵の小さな窓から、中の様子が分かるはずです」
私は見る先を二人に示しながら、私自身も一刀さんの様子を遠目に見守ります。
……良かった。 どうやら、翡翠様は一刀さんの心を開かせる事に成功したようです。
一刀さんの背負った苦しみ、
きっと一刀さんは、これからもその苦しみを背負い続けるでしょう。
ですが、あのままではきっと一刀さんは壊れてしまう。
でも、ああやって泣く事で、心の苦しみを少しでも吐露する事が出来れば、
自分の苦しみを受け止めて貰える存在があれば、きっと耐えられるはずです。
「なぁ、遠くて分かりにくいが、何故あの者は泣いておるのじゃ?」
不安定な足場に、恐る恐る体制を整えながらも、何とか中の様子を伺う事が出来た袁術が聞いて来ます。
だから、私は簡単にですが、一刀さんの事を教えてあげます。
一刀さんが天の御遣いである事を、
その心根がとても優しく、その能力とは反対に、戦には向いていない事を、
優しいあまりに、自ら罪を背負い、歩き続ける本当に強い心を持つ事を、
その強い心が、よけい一刀さんを苦しめている事を、
そして、その優しい一刀さんが、この戦においてどんな事をしたかを、
二人は、私の言葉を静かに聞きながら、辛そうに庵を見つめています。
私はその二人の様子に、少しだけ二人を信じてみる気になりましたが、
言うべき事は言わなければいけません。
私は二人に、『あまり見ていては一刀さんに気づかれます』と注意してから、覗き見はこれで終わりと言わんばかりに、塀を飛び下ります。
そして、
「一刀さんの想いを知ってなお、二人が一刀さんの優しさを裏切る真似をすれば、その時は地の果てまで追
ってでも、一片の容赦も無く、二人を紀霊の様に肉片に変えてみせます。 人として死なせなどしません」
そう、二人を見上げながら、先程の様に警告します。
それが二人を此方に寄越した雪蓮様の真意、
そして、私の、私達孫呉の嘘偽りのない想いです。
ぽいっ
「えっ?」
「えっ? うひゃぁぁぁーーーっ!」
「えっえっえっ!?」
二人を見上げて降りてくるのを待っていた私の眼前に、
突然袁術が放り出され、私は不意突かれたものの、慌てながら、
同じく突然の出来事に、手足をばたつかせながら慌てる袁術を、
翡翠様より小さな体の彼女を、両手でしっかりと受け止めます。
そして、袁術を放り投げた張本人は、そんな私を笑みを浮かべながら、
私に必要以上の警戒を与えないように、静かに地面に飛び降ります。
「いったい何をするのですっ」
「今までの事で幾つか分かった事があります
一つは、本当は何の得など無いと言うのに、本気で私達を生かし、罪を償わせる道を選ばせる気でいる事、
一つは、天の御遣いである北郷さんが、貴女達にとって、とても大切な立ち位置を示している事、
一つは、その北郷さんが、本当に優しく、信頼の置ける人だと言う事、
最後に、その北郷さんの影響か、周りにいる貴女達が以前より優しくなり、その上で人として強くなってい
ると言う事です。 私達に釘を刺して起きながらも、本来憎むべき相手を、とっさに助けるぐらいにです」
そう張勲は、いつもの笑顔で私に言って来ます。
この人は……、
「私を試したと言う訳ですか、
そのために自分の主である袁術を危険に晒して」
私は張勲の呆れる行動に、怒りと警戒心を抱きながら、張勲を睨み付けますが、
「美羽様はこう見えても結構頑丈なんですよ。
あの高さから落とされたくらいでは、打ち身程度でしかなりませんし、あれだけ北郷さんを心配する周泰さ
んです。 きっと受け止めてくれると………………思っていました」
「ぬぉぉぉぉっ、七乃酷いのじゃ、そのような不確かな事で妾を放り投げたというのか?」
「美音様に高い高いされて何度も落とされても、平気だったではないですか
それに、現に周泰さんは、美羽様を受け止めてくれたではないですかぁ」
「そんな昔の事など知らんのじゃ、それにとても怖かったのじゃっ!」
そう私を無視して、袁術と張勲はじゃれあいます。
………張勲、油断できない人物です。
ですが、何故わざわざ警戒されるような事を?
得た情報を敢えて晒す事で、私達を油断させるためと言うつもりでしょうか、
「敵意が無い事を示すためと、私の命である美羽様を、貴女達の手に委ねると言う意味もありますよ」
ぴくっ
私が張勲の考える事を考えていると、張勲がまるで私の考えを読んだかの様にそう補足してきます。
………張勲、どこまで私の考えを読んでいるのでしょうか?
私が張勲に、更に警戒心を深めると、
「美羽様は、北郷さんに『 孫策さんが償いの道を選ばせるのならば、民の笑顔のために生涯を尽くす 』と
自分の真名をかけて約束いたしました。
なら私はそれに加え、『 孫呉が民のために力を尽くす限り、美羽様と私を助けた北郷さんを裏切らない 』
と、私の真名にかけて誓いましょう」
そう笑顔のまま、だけどその目には、確かな力強い光を灯しながら、私に告げてきます。
雪蓮様や一刀さんに誓うのではなく、己が真名をかけての誓う。 それは私達にとって、何よりも重い誓い、もはや盟約と言っても良いでしょう。
それは、真名を誰かに授ける以上に軽々しく行ってはいけないもの、ましてや要求などもってのほかです。
もし破れば、それは己が手で魂を深く傷つけ穢すと言う、死より恐ろしい事を意味していますし、それを要求をすると言う事は、真名をそれだけ軽視すると言う恥知らずな行為です。
それでも袁術や張勲は、己の口から明確に告げました。
ならば、彼女達は例え自分が死ぬ事になろうとも、その約を違える事はないでしょう。
真名をかけての約束とは、そう言うものです。
「御二人の御気持ちは分かりました。
一刀さんがそう望まれ、孫策様がそうする事を許した以上、私から言う事はありません。
ですが、先程説明したとおり一刀さんに会わせるわけにはいけません。
今日の所は大人しくお引き取りください」
正直、二人を許す気も、心から信頼する気もありません。
二人が理由があったとは言え、我等や民にしてきた事は、そう言う事です。
ですが、二人が真名をもって約束した以上、私もそれなりの礼儀を持って応えるのが筋と言うものです。
そんな私の言葉に、張勲は自室に戻ると言って、袁術を引き連れてこの場を去って行きます。
雪蓮様や冥琳様が二人をどうするか分かりませんが、政から遠く離すはずです。
なら、今後あまり関わる事は恐らく無いでしょう。
今は、二人の事より一刀さんの事が心配です。
翡翠様は、一刀さんの心を開く事に成功したようです。
ですが、それは一刀さんの心が潰れてしまうのを、先延ばしにしたに過ぎません。
想い詰めすぎて迷ってしまった道を、泣き喚く事で、
翡翠様が、その想いを受け止めてくれる事で、
道に迷っていた事を自覚できるだけです。
道に戻るも、そのまま逸れてしまうも一刀さん次第です。
出来れば、自分の力で元の道に戻って欲しいです。
でも、それが難しいのなら、私が、
私達が一刀さんを元の道に戻して見せます。
一刀さんが、挫けないよう、側で支えて見せます。
だから一刀さん、闇に捕らわれないで下さい。
一刀さんは、陽の下で笑っているのが一番似合うと思います。
きっと、皆もそれを望んでいます。
皆、一刀さんを助けてくれると思います。
皆、一刀さんのあの暖かな笑顔が好きなのですから、
もし、歩き出すのに勇気が必要なら、幾らでもあげます。
私の温もりが必要なら、どれだけでも、一緒にいてあげます。
一刀さんが無意識に必要としているように、
私も翡翠様も、一刀さんを必要としているのですから、
冥琳視点:
「祭殿、投降した袁術軍に変わりは?」
「人数が多すぎる故、監視の目が足りぬ。 何かあれば対応しきれるかどうか、と言いたい所じゃが、
元々食うに困って兵になった連中ばかりじゃ、その心配はなさそうじゃな」
我等と違い、殆ど結束力等無い者ばかりの上、命の保証をし、兵役を離れて民に戻っても、今より税金を安くする事を保障してあれば、馬鹿な事を考える者は殆どいまい。
そして考えそうな者は、全て拘束してある故、油断はできないが、無暗に必要以上の警戒をする必要もないな。
「では、祭殿には引き続き街の外での総括を願います」
「あい分かった」
「穏、この街の長老や有力者の方への説明と協力の要請は順調に進んでいるか?」
「先程話してきた様子では、驚いてはいるものの、今のところ理解を得ています。 ………が、腹の底では
分かりませんね。 有力者の殆どは、袁家の老人の息が掛かり、旨い汁を飲んできた人達ばかりですから」
………だろうな、
そうしなければ、一族共に生き残れないと言う連中もいるだろうが、長年袁家に仕えてきた者が多いのも事実。
今後の事を考えたら、我等を出し抜いた方が良いと考える連中も多いであろう。
そういう連中が考えそうなのは、情報を集めてから動くか、今直ぐかだ。
「亞莎」
「はい、街内の警備はもちろんですが、城の内外の警備も、張遼様の部隊と一刀様の部隊を代わりに指揮してい
る朱然が、我等が到着後も希望していましたので、任せてあります」
降将である霞に、あえて重要な任を任せる事によって、周りの者へ降将に対しての警戒心を和らげさせ、
霞自身に対しても、周りの者達に認めさせるための機会を与えると言う訳か、そしてそんな心配は無いだろうが、一応、一番損害と疲労のなかった北郷の部隊に、その警戒を含めいた警戒に当たらせると言う訳か、
………まだまだ考えが荒いが、翡翠が認めただけあって筋は悪くない。
「思春、表立っては彼女達が動いてくれる。 おまえには、裏で動く者達についての情報と警戒に当たって欲
しい。 奴等が動くとしたら、陽が完全に落ちた此れからだ」
「はっ」
私の思春への命令に、自分の考えがまだ足らなかった事に気が付き、悔しげに亞莎は歯噛みしている。
だが、悪くない反応だ。 自分の考えが至らなかった事を、素直に悔しいと思うのは、今後の成長への糧となる。 この年で素直にそれが出来る者は少ない。 翡翠の目に狂いはなかったようだな。
「亞莎、足りぬと感じたなら、精進すればよい。 お前が今のまま成長を望んで行けば、いくらでも成長の
機会はあろう」
「あ・有難う御座います」
「それより、あの連中の家と一族の者はどうなった?」
「はい、家と家財は共に確保いたしました。 一族の者に関しては、一部抵抗した者もいるそうですが、無事
捕獲し、現在私の部隊の者達に、数か所に分けて見張らせてあります」
「そうか」
城や文官どもが保管している書類や財産も全て抑えた以上、これで北郷の言う通りならば、奴らに逃げる口実を全て塞ぐ事が出来た訳だな。
「冥琳、姉様の事だが」
幾つかの考えを同時並行に進めていると、蓮華様が話しかけて来られた。
雪蓮とは別に、小蓮様同様、協力してくれた一族の代表達への対応に当たって居られた筈だが、
「姉様の所に行った者達から、……………だと言うのだ」
「………分かりました。 雪蓮には私の方から言っておきましょう。
蓮華様達は引き続き、協力してくれた者達への、労いを含めた対応をお願いいたします」
そう蓮華様に述べた後、私は急いで急を要する指示や、お願いを皆に飛ばした後、広間を後にする。
謁見の間から少し離れたある部屋、 以前は袁術の執務室だった部屋(実際は張勲が使っていたようだが)、
明かりがまだ灯る回廊の先に、私が目指す部屋があった。
途中、賀家の年若い当主とすれ違ったが、おそらく雪蓮の部屋を訪れた後なのだろう、少し首を傾げるような顔をしていた。
それを見て、蓮華様の心配が確かなものと確信した私は、兵に幾つかの指示をして歩みを速める。
そして目的の部屋の前に来るなり、外からでも分かる部屋の様子に、私は小さく溜息を吐く。
「……雪蓮」
「中々入ってこないと思ったら冥琳か、 向こうは、もう大丈夫なの?」
戸を開け、私の呼び掛ける言葉に、雪蓮は何時もの様に答えてくる。
おそらく協力してくれた者達が挨拶に訪れても、王らしい言葉で受け答えをしたのであろう。
だが、それ故に違和感を感じたのであろうな。
「……なぜ明かりを灯さない」
「今夜は月も綺麗だし、それを楽しみたいのよ。
こうして、月を愛でながら勝利を祝いながら、一杯やるのも中々良いわよ♪」
そう言って、他の者を誤魔化したのであろうな。
部屋に入り込む月光は、雪蓮の左手に挙げて見せる杯の影を映し出している。
「右手を酷く捻挫しているから、華佗より酒は止められているはずだが」
「痛み止めよ、痛み止め♪」
そう少しも悪びれもせず、むしろこっちがどう反応するか楽しむように言ってくる。
もっとも、部屋は明かりが灯っていないため、さし込む月光りだけでは、影しか見えず、その表情は伺う事など出来ない。 これが皆が感じた違和感なのだろう。 表情が何一つ分からない状態での謁見など、雪蓮らしくない行動に皆が首を傾げるのも無理はない。 ………重傷だな。 私は雪蓮のこの様子に、そう判断した。
私は雪蓮の重傷具合を確かめるように、報告じみた言葉を紡ぎ始める。
「今の所、此方に問題は無い」
「そう、さすが冥琳ね。 新しく加わった娘達も頑張っているようだし、一安心ね」
「ああ、……亞莎、霞、共にな。 ……朱然達も昼間の失態を挽回しようと、頑張ってくれている」
「そうね。 朱然達には成長して貰わないと困るわ」
「……そうだな」
私の言葉の後、静寂が訪れたが、その静寂を破ったのは、以外にも雪蓮だった。
「袁術達の件、上手く行きそう?」
「件の日記も簡単にしか目を通していないが、北郷の言う事に間違いはなさそうだ。
なら、あやつの覚悟に応えねばなるまい。 そうでなくても、返しきれない恩を我等は受けたのだからな」
「そうね。 一刀には感謝している」
「だが、反対する者も多く出るだろう。 雪蓮にも、それなりの苦労をして貰うぞ」
「うちの娘達は、なんやかんや言って、一刀が望んだ事だと言えば、納得してくれるだろうし、
それ以外の人達に関しては、それくらいの苦労は覚悟しているわよ。 それに、そのための説得材料も一刀
が用意してくれた訳だし、後は此方が弱みを握られるような、下手をしない様に気を付けなくちゃね」
確かに、全て北郷の思惑通りに動いている。
天の知識に加え、先を見る目と智、そしてあれ程の武、
正直のその才だけを考えるなら、味方であったとしても恐ろしい。
だが、………私は北郷を恐ろしいとは思わない。
それは、あやつの優しい心根を知っているからと言うのもあるが、
あやつには大きな欠点がある事を、知っているからでもある。
どう言うわけか、あやつは自分が見えていない。
自分に向けられる好意だけではなく、
自分がどれだけ傷ついているかを、
どれだけ自分が無理しているかを、
人の事に関しては、よく気が付くくせに、自分の事に関しては酷く鈍感なのだ。
そして自分が周りの者に、どれだけ影響を与えるかと言う事に気が付いていない上に、その事が思慮から抜け落ちている節がある。
そして、此処にもその影響を大きく受けた者がいると言う事も……、
「冥琳、明日の夕刻には、鎮魂の儀が出来るようにしておいて、
それと一刀には、明日で構わないから、その場で舞う様に言っておいて頂戴。
もともと一刀が言い出した事なんだから、体調がよくなかろうが、翡翠達が反対しようが、これは絶対よ」
「……分かった。 確かに伝えよう」
例え、心が傷だらけだろうが、そんな精神状態でなかろうが、後々の事を考えれば、北郷自身に鎮魂の舞いを舞わせる事で、鎮魂の議を行う事が、散って逝った者達だけではなく、北郷自身にとっても一番の救いになろう。
その事を考えれば、北郷の事で目が曇っていようと、二人は反対はするまい。
そして、今夜聞くべき事はそれくらいであろうと判断した私は、雪蓮に伝えるべき事を伝える事にした。
「雪蓮、今夜の残りの者への対応は、私が代わりに全てやっておこう」
「あら、珍しいわね。 何時もなら、無理やりにでも私にやらせると言うのに、
でも、大丈夫よ。 今回の戦、思った以上に早く終わったおかげで、そう疲れていないから・」
「雪蓮っ」
「なによー、冥琳ったら突然怒った声を出して」
いい加減、今の雪蓮を見たくないと言う思いが、自然と私の声を少し荒げてしまったのだろう。
雪蓮は、そんな私に驚いた風に見せるが、分かっているはずだ。
………自分が無理をしていると言う事が、
「お前は北郷ではない。 雪蓮だ」
「何よー、そんなの当り前じゃない。 どうしたの? 突然そんな事を言い出して」
「お前まで北郷に感化されるなっ。 そんな事をしても北郷を救えないし、北郷もそんな事を望んでいない。
それに、それではお前が潰れてしまう」
私の言葉に雪蓮の影は、体を小さく震わせた後動きを止める。
そんな雪蓮に、私は更に言葉を紡ぐ、
「今の雪蓮には、北郷の罪を背負う資格は無い。 その資格があるのは、今の所あの二人だけだ。
我等に出来る事は、北郷が潰れぬよう心配りする事しか出来ない。 ………歯がゆいがな」
「………はっきり言ってくれるわね」
言わねば、おまえまで潰れてしまう。
なら、例え不快に思われようと、私はいくらでも憎まれ役をしてみせる。
「雪蓮、お前は『 王 』だ。 北郷とは別の意味で潰れる等許されない」
「………本当、『 王 』何なんて、なるものじゃないわね」
「この部屋一帯は、人払いするように指示を出しておいた。 明日の朝まで誰も近寄らせん」
「………朝…までね……」
私は、雪蓮の言葉を聞きながら部屋の出口に向かい、
そして、部屋を出る際に、
「雪蓮、私がこの部屋を出た時より、お前は『 王 』ではなく只の雪蓮だ。
ただし、それは朝までだ。 朝までに、元通り我らの『 王 』戻っておけ、それも『 王 』としての責務だ」
「……あいかわらず厳しい事言うわね。 あ~あ、本当、『 王 』なんて、なるものじゃないわね」
そんな雪蓮の、何時も減らず口を、
だけど、今はそれが叶わぬと分かっている雪蓮の本音を聞きながら、
私は少しも酒の匂いのしない部屋から、
部屋を暗くし、声を殺して………いる雪蓮のいる部屋から、足早に離れて行く。
雪蓮、
お前の気持ちは、分からない訳ではない。
だが、北郷の苦しみと悲しみに引っ張られるな。
それは安易な逃げ道でしかない。
辛くても、お前は孫呉の王として歩まなければならないのだ。
それが、北郷の望む事であり、あやつへの一番の救いへと繋がる。
悔しいが今の我等には、そんな事しか、あやつのためしてやれない。
雪蓮、好む好まぬに関係なく、お前は王なのだ。
……だが、今だけは、
今夜だけは、只の一人の人間として、あやつのために泣いてやれ、
一人、背負いきれないほどの罪を背負った、あやつのために、
呆れる程優しい心を持つあやつのために、心から泣いてやれ、
そして明日の朝には、何時もの雪蓮に、………いや、
大きく成長した王の顔を、私達に見せてほしい。
雪蓮、お前ならそれが出来るはずだ。
それが必要だと分かっているお前ならな、
北郷、
早く気付け、
お前は一人じゃない。
お前を心配し、心を痛める者がいる事を、
お前の笑顔を望む者がいる事を、
頼むから、その事に早く気が付いてくれ、
天から一人この地に飛ばされたお前が、一人きりでは無いと知れば、
お前を心より受け入れている者が、多くいると知れば、
お前は、きっと罪の意識に潰されずに済むはずだ。
それがお前の持つ、本当の強さだと、
私はそう信じている。
それが私の、身勝手な願いだと分かっていてもな………、
つづく
あとがき みたいなもの
こんにちは、うたまるです。
第67話 ~ 泣いている事に気づかず道に迷う魂は、一人暗闇に舞う ~ を此処にお送りしました。
またまた更新が開いてしまい申し訳ありません。
何とか忙しい山も、目処が付いてきましたが、この夏はどうなるか実際読めないところが本音です。
さて、今回の話は如何でしたでしょうか?
七乃達の設定をかなりオリジナルで織り込んでいるため、皆様のイメージとかけ離れていないか心配ですが、
この話では、明命、翡翠、そして孫策の一刀に対する想いや葛藤、そして悲しみを描いてみました。
一刀は皆の思いに応えこの苦しみを乗り越えて行く事が出来るのでしょうか?
そして、美羽達の運命はどのようになって行くのか?
袁家の老人達の運命は………まぁ決まっていますね。
(これで無罪放免した日には、読者様の反応が怖いですね(汗 )
さてさて、この『 寿春城編 』も一つの山を乗り越えた事になります。
この後は、今まで通り、短い話で物語を繋げて行こうと思っています。
では、頑張って書きますので、どうか最期までお付き合いの程、お願いいたします。
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『真・恋姫無双』明命√の二次創作のSSです。
城を人知れず抜け出している袁家の老人と言われる重臣達、
孫策達は彼らを捕らえる事が出来るのか?
そして、傷ついた一刀を見た明命と翡翠は……
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