ハプネスには、大ホールがある。そこは社長や上部、或いは八陣クラスの偉大な人物が演説する高価な場所であり、ハプネスでは神聖なイメージを強く持っている。
客席は2000を超え、その数はハプネスのに所属するメンバーの全員が収納できる数であった。
だが、今まであまり使われることはない。
それは当然である。ただの会議や演説ならば上部ともいわずCレベルの人材が部下の目の前で発表すればいいだけの話である。孤児からの育成のため新入社員なんて殆ど皆無に近い状況だし、加え、上部や社長はああ見えて多忙の身だ。そんな時間も無いだろう。
しかしこの日、緊急でその大ホールが使われることとなった。
さらに、その数は満席に近い。つまり、ハプネス全員が仕事を中断しこちらのイベントに足を運んでいるのだ。
大ホールの垂れ幕には、【我がハプネス最強の男が公開処刑】と、夥(おびただ)しいテーマであった。
「・・・・・・。」
風間はざわつきが聞こえてくる控え室の中で、スーツを脱いで戦闘服を着用していた。防弾チョッキは着るものの、これが必要ないことは風間本人が一番理解していた。
「風間様、準備の方はいかがでしょうか?」
「・・・・・・和泉。」
《レディース・イン・ジェントルメント!これより八陣最強、言い換えればハプネス最強の男、15歳で八陣のエースになった我が社の天才、風間神海様が登場します!》
わああああああああ!
歓声があがるのが分かる。風間は若き天才としてブランドがついていて、下の人間にも壮大な人気を誇るのであった。
《八陣、三層玖珠様。ご存知ハンドガンで八陣に昇格した玖珠様ですが、給料の為替、部下の虐殺、任務の偽造。果てには上部への暴言がトドメとなり、処刑されることになりました。だが、そんな玖珠様に最初で最後のビッグチャンス!そう、それが風間様の得意分野であるナイフを使い、風間様の命を絶てば、今までの不正は見逃すことになったのです!あ、ちなみに紹介が遅れました。私、新たに八陣に昇格したばかりの葉山です。新人ですが、以後、よろしくおねが・・・・・・》
わあああああああ!
歓声が鳴りやまったころ、ここで風間は少し芝居をしてみようと思ったのだ。
「もし、もし私が死んでしまったら君はどうする?」
少し悲観的な表情を作って和泉の小さな手を握る。より現実味が沸くように。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
真剣に考える和泉。その返答を期待しながら待っている風間。
《それでは、三層玖珠様のご入場です!皆様、盛大な拍手をお送りください。》
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
何かを思いついたように、和泉は目の焦点を風間にあわせた。
「保険金の受け取りを和泉に変更して・・・・・・、」
「もういい。喋るな。お願いだから。」
《それでは、次に我らが風間神海様のご入場です!》
わあああああ!
歓声に身を包まれるまま、風間はスポットライトが集まる場所へと足を運んだ。
「・・・・・・それにしても、上部NO1、葉山信也・・・・・・か。」
ふと数時間前の出来事を思い出した。
風間が社長室に乱入してからすぐ、玖珠を緊急で社長室へと呼び出した。
「・・・・・・というわけで、そなたの汚職の数々に気付かないワシらではない。」
「ではない。」
恭平が得意のモノマネを披露するものの、玖珠は顔を青くさせて、その場で震えていた。
「それで、処分の方なんじゃが・・・・・・、」
「その前に、玖珠。お前に聞きたいことがある。」
「は、はい。」
恭平は笑顔を作ると、玖珠のネクタイを引っ張り手元に持ってきた。
「お前がやった悪事は、全て把握している。よって、これ以上傷を広げることはないし、仮にあったとしてもそれは事実を知らなかったオレ達が悪い。全て受け流そう。」
「・・・・・・。」
ごくり、生唾を飲み込む音がこちらまで聞こえる。
「お前がやった悪事の中で、一番悪いことは何だと思う?」
「・・・・・・ぶ、部下の虐殺です・・・・・・。」
力無く答える玖珠は、その巨体な身体とは結びつかない。
「違う。」
「えっ!」
ネクタイを掴んだまま、恭平は天井を指差した。
「上司への暴言だ。」
言葉と同時に、天井が揺れだし、そこから葉山が降ってきた。
「・・・・・・え?」
(・・・・・・馬鹿な、あと3時間は起きられないはずだが・・・・・・・・っ!)
葉山の登場で顔色を変えたのは玖珠よりも風間の方が強かった。
「上部NO1、葉山信也だ。」
「――――――っ!」
がくがくと足が震えている。食物ピラミッドの頂点に立つ上部。八陣で、更に功績を認められたもののみが行ける聖域。それが上部であり、しかもそのNO1ときた。玖珠の恐怖は仕方がない。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・・」
「おい。」
周りの視線を風間は集める。
「君、倒れたのは演技だったのかい?」
鋭く睨む風間に、葉山は優しく微笑んだ。
「いや、演技なんかじゃないさ。ただ、オレは10秒以上打撃では眠れない体質でね。」
葉山が情報を与えないのならば、これ以上の討論は時間の無駄だと決め、風間は舌打ちをしてから別の方向を向いた。
「ハプネス規定ルール第一条。いかなる場合にしろ、上司への敬語、及びそれに等しい行為を怠った場合、命の保障しかねない。」
「・・・・・・す、すみません!いや、本当に分からなくて、本当に申し訳・・・・・・っ!」
「顔を上げるんじゃ。若いのが、頭を下げるもんじゃない。」
「そうだ。カズ。てめえがオレに頭を下げろ。」
「お主は出て行けっ!」
「ひどいっ!今まで散々この会社に尽くしてきたのに!」
「帰れ。」
「うるさい!貴様は常に私に帰れ帰れ帰れ!この・・・・・・。」
「恭平、アメをあげるから向こうに行ってくれ。」
「うわああああああああ!もう辞めてやる!こんな会社!覚えてろ!お前らの室内スリッパの中にバブリシャス詰め込んでやるっ!」
誰からも必要とされない恭平は、叫びだすと社長室から出て行った。
「・・・・・・最悪の嫌がらせだな。」
「さて、うるさいのも消えたことじゃ。それでは玖珠よ。お主に最後のチャンスを与えよう。」
「・・・・・・?」
すがるように社長を見つめる。だが、風間は玖珠などどうでもよかった。今風間が興味を持つのは目の前の上部NO1の葉山信也。この男の底が知りたかった。
「この暗無とホールで試合をしてほしい。そこで勝てば、今までの悪事には目をつむろう。」
当然、負けた場合は死を意味する。
「やらせてくださいっ!」
そして、断った場合も死を意味するのなら、ここはやる以外に生き残る道はない。
「・・・・・・は?」
葉山が気になって話しを聞いていなかった風間。
「それでは2時間後じゃ。それまで各自自由にし・・・・・・、」
「待て。私のメリットは・・・・・・、」
「だから、君の要求を呑むということだよ。」
(・・・・・・。)
嵌められた気もするが、これは正式に任務の許可を取るということだ。そう考えるのなら、決して悪い条件ではないはずだ。
しかし、
「・・・・・・君との試合も希望なのだが。」
その答えを、葉山は軽くあしらう。
「パス。お前に勝てる要素なんて一つもないよ。」
そういう潔いところが、逆に風間の興味をそそっていた。
「・・・・・・ま、とにかく、こんな雑魚を殺して要求を呑んでくれるならお安い御用だ。」
その要求は、もちろん軽部の抹殺である。
――――――ドクン。
そう思った途端、確かに胸が高まるのを感じた。
「―――――殺すか。」
周囲が叫んでいるらしいし、司会の葉山が何かを言って盛り上げようとしているらしいが、それは今の風間の耳には届かなかった。目の前の獲物も瞳には写らない。ただ、玖珠の背後に確かに存在する軽部の表情だけが風間の瞳に唯一写るのであった。
《ちなみに、この舞台は防弾ガラスが配備されていますので被弾の心配はありません。それでは、始め!》
そそくさと葉山が舞台から降りると、いきなり玖珠がハンドガンの標準をこちらに合わせてきた。
「きゃああああ!」
バン!
誰か、観衆が叫ぶと同時に発砲された。
距離は10メートル以上離れているとはいえ、一応玖珠はハンドガンの腕は確かである。当然、外すわけがない。
誰もが風間は死んだと思っていた。
(・・・・・・・わけが分からない。何故この豚は動かない?私と殺しあうつもりだろう?
今葉山が何か叫んだのか。
・・・・・・?何故下を向く?・・・・・・ああ、ハンドガンか。おいおい、そんなゆっくりした動作じゃ私に当たるわけがない。・・・・・・今頃標準を合わせるのか。30分ぐらい経っているのではないか?
弾が出てくるな。・・・・・・馬鹿が、その弾は肩にしか当たらないだろう。本来なら、足か頭か腹を狙うというのに、これでハンドガンNO1?冗談はよしてくれ。
それにしても遅い弾だな。浮いているぞ。それに、私のところに向かってきてはいるが・・・・・・・まあ、とりえずは弾いてやるか。
よっ・・・・・・これで弾は弾かれるな。
ほらな。・・・・・・ん?これは・・・・・・私の幼馴染(黒ナイフ)ではないか。そうか・・・・・・こいつのせいか。全く、こんな豚にもったいないんだが・・・・・・ん?なんだ?この豚は私を殺したと思っているのか?よく見ろ。背後にまだ弾が宙を待っているだろ?・・・・・・見えないのか。そうか、・・・・・・じゃ、死ぬか。
ほら。ナイフをその汚い首に向かって投げたぞ。・・・・・・避けないのか?・・・・・・死ぬぞ?・・・・・・まだ動かないのか。ほら、もう喉元までナイフが来てるぞ。
・・・・・・ほら、もう半分刺さった。・・・・・・ああ、首を吹き飛ばしてそのままナイフが飛んでいったではないか。取りに行くのが面倒だな。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?もしかして、もう終わり・・・・・・なのか?)
「・・・・・・あれ?」
そこで風間の意識はようやくこの3次元戻ってきた。
シ――――ン。
静まり返る会場。
だが、それは必然。何をしたか分からないということもあるであろう。それに加え、目の前で、それも一瞬で突然首が吹っ飛んだのだ。
《・・・・・・び、瞬殺です!2秒かかったでしょうか?これが、これが我が社のシンボル、風間神海の実力です!暗殺部で八陣を目指すなら、彼を追い抜くしか方法がありません!それでは八陣エースの風間神海に惜しみない拍手を!》
わあああああああああああああああああ!
「・・・・・・。」
風間は何も言わず、ただ背を向けて舞台裏へと足を運んだ。
(・・・・・・あのナイフ、余程私と相性がいいのだな。)
もう風間は普段の調子で、先程とは違う、いつもの風間であった。
「お疲れ様でした。」
和泉が頭を下げ、礼儀正しく待機している。舞台裏は控え室に近い造りになっており、きちんと椅子やテーブルも用意されている。
「・・・・・・。」
「現在時刻は16時を回ったところです。本日の任務はありません。お部屋で休養を取ったほうがよろしいかと。それと、今日の19時にお部屋に伺いますので、その時間には・・・・・、」
「和泉。」
「はい。」
眉一つさえ決して動かさない和泉。仕事中は完璧な女性である。
「そのテーブルに置いてある紙は何だ?」
「はい。生命保険会社との誓約書です。」
「そうか。」
ふむふむと自分自身を納得させた。
「では、なぜ私の名が書かれている?」
「風間様が用意しろと承れたので用意しました。」
ふむふむ、そんなことは一ミリも言った記憶はないが、秘書である和泉が言ったのならばそうなのであろう。
「では、なぜ判子まで用意されている?」
「風間様のお手を患(わずら)わせないためにです。」
なるほど。納得がいく。
「では最後に、その保険金の受取人が何故君になっている?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
じっと風間の瞳を見つめていた和泉だが、視線を右に逸らした。
「先程の戦い、見事でした。正直、見ている私も恐怖を覚えました。」
「・・・・・・。」
(・・・・・・怖え。なんて女なんだ・・・・・・・っ)
ここまで明白な現状に、決して非を認めない和泉に敬意と恐怖を抱いた風間神海であった。
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