No.160582

「無関心の災厄」 ワレモコウ (16)

早村友裕さん

 オレにはちょっと変わった同級生がいる。
 ソイツは、ちょっとぼーっとしている、一見無邪気な17歳男。
――きっとソイツはオレを非日常と災厄に導く張本人。

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2010-07-25 15:54:21 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:799   閲覧ユーザー数:793

            「無関心の災厄」 -- 第二章 ワレモコウ

 

 

 

第16話 無関心の崩壊とケモノのカケラ

 

 

 

 

 

 

 

 風峰《カザミネ》は動揺しているようだった。

 まあ、そうだろう。

 珪素生命体《シリカ》を使って犯罪なんて、そうそうバレないだろう。有機生命体《タンソ》を捕える事を目的とするセキュリティには一切引っかからねえし、戸籍もなければ目撃されない限りこんな人間が大量に住む場所にいるなんて思いつきもしない筈だ。

 金髪ヤロウは、オレの事をじっくりと睨みつけた後、ため息をつくように言った。

 

「実は、わいらが捕まるのも時間の問題やから、別に返したってもええねん」

 

「へえ、置かれた立場は分かってるんだな。喧嘩っ早いヤツは頭、弱そうなのにな。意外だ」

 

「……あんた、口悪いって言《ユ》われた事あるやろ?」

 

 じっとりとした目で見上げてくる風峰に、オレは思わず唇の端をあげていた。

 ああ、久しぶりだ、天然以外の相手をするのは。この会話の感覚が懐かしい!

 オレが天然以外との会話に悦びを感じているとは露知らず、風峰は唇を尖らせた。

 

「何、笑《ワロ》てんねん」

 

「いや、これは……」

 

 慌てて表情を引き締めて、真面目な顔を作る。

 が、それが余計に風峰の癇に障ったらしい。

 

「何やねん! 言いたい事あるんやったらはっきりしいや!」

 

 再び胸倉をつかまれ、今度は腰が浮いた。吊っていた三角巾を振り払い、左拳を後ろに振り上げている。

 あ、殴られる――

 その瞬間、背後に気配を感じる。

 オレの顔の横から腕が伸びてきて、そのまま風峰の額を指でとん、とついた。

 

「マモルさんに怪我させたら、俺、また怒っちゃうかも」

 

 夙夜……?

 聞いた事のない声――いや、いつも聞いている夙夜の声。

 低い? 高い? ――いや、いつもと同じ。

 だが、しかし、オレの背後にいるのは、いったい『誰』だ?

 間近に在った風峰の顔色が変わった。絶対的な力を持つ者に対する恐怖の表情だ。風峰の背後にいたヒナタが、一瞬だけ臨戦態勢に入ったのを、オレは見逃さなかった。

 風峰は掴んでいた手をぱっと放し、その反動でオレはまた床に戻された。痛《イテ》ぇ。

 慌てて振り返ったオレの目に映ったのは、ただ、いつものへらへらとした笑顔だった。邪気なく、楽しそうに、何の意味もなく笑っている。

 

「夙夜……?」

 

「なあに、マモルさん」

 

 いつもの夙夜だった。

 今の一瞬は、気のせいか?

 

「あ、あんたいったい、何者《ナニモン》や?!」

 

「んー、それがね、俺にも分かんないんだよ。ね、マモルさん」

 

 ああ、そうだったな。その問答は、昨日伏見稲荷で終了したばっかりだ。

 何者か。

 そんな問いに対する答えはあいにくと持ち合わせていない。

 

「そうだな、オレにも夙夜が何者かなんてわかんねーよ……強いて言うなら、オレも夙夜も白根も、ただの高校生さ」

 

 タダノコウコウセイ

 そんな風に言いつつも、オレは自分自身で疑っていた。

 夙夜。オマエは、もしかして、本当に、『ケモノ』なのか?

 道化師が無関心を破壊する。

 もしその命題が真であるとしたら、オレはいったい――

 

 

 

 ナ ニ モ ノ ダ

 

 

 

「まあ、ええわ」

 

 脱臼したてだというのに、さすがに今のは痛かったのだろう、風峰は左腕を三角巾で吊り直して、再び壁際まで退いた。壁に貼りつく、というよりはほとんどもたれかかるようにして。

 肩にも届かない身長のヒナタをぐりぐりと撫でた。

 

「ヒナタ、すまんなあ」

 

「コウキがそう決めたのならば、我は何も言わぬ。もともと、コウキがユウのために始めた事だからな」

 

「おーきに、ヒナタ」

 

 風峰は肩を竦めた。

 その台詞で、オレはだいたいのあらすじを知った。

 だいたい予想通り、なんて偉そうなことは言わないけれど、嫌な予感てのは当たるもんだ。

 財布やらカードと違い、携帯端末は個人識別チップが組み込まれており、大量の売却は不可能。バラすしかないが、リスクを考えると盗む対象としては全く割に合わない。しかも管理している国家に盗難申請が通れば金銭関係は全く使えなくなってしまう。それなのに、コイツらの目的は携帯端末が中心だった。

 携帯端末を盗むとしたら、理由はいくつかしかない。最も可能性が高いのは『情報』だろう。携帯端末は個人情報の宝庫だ。そして、個人情報を集めて、おそらく、ユウという子供の為に何をしようとしたか……まあ、野暮だからそこには触れないでおこう。

 ただ、こちらが動機を聞かない代わりに、どうやってここを突き止めたのかも聞かないで欲しいのだが。

 最も、どんな理由であれ、オレたちの盗品は返してもらうけどな。

 

「もう潮時や。京の都を騒がせた神出鬼没の大泥棒も、これで終いやな」

 

「コウキ」

 

 ヒナタは耳をぴんとたてて、コウキに抱きついた。

 うお、かわいいぞ、あのウサギ。

 

「ほんまにすまんなぁ、ヒナタ。あれだけ手伝(テツド)うてもろて」

 

「あれは我の意志だ」

 

 どうやら二人は、『ユウ』という人物のために窃盗を繰り返していたらしい。

 そうか。だから、あの子供か。

 風峰は笑いながら言った。

 

「ただ、少しだけ待って欲しいねん。明日の朝には宿に返しとく。あんたらの分だけやない、これまで盗ったモン全部、どっかに返すわ」

 

「オレが言うのもなんだが……いいのか?」

 

「せやから言《ユ》うたやろ。もう潮時やねん」

 

 ヒナタの頭をぐりぐりと撫でて。

 

「交渉成立だな……帰るぞ、夙夜、白根」

 

 オレは立ち上がり、壁に寄り掛かった風峰の横で扉のとれた入り口を通り抜ける。

 風峰の隣を抜ける瞬間、オレは最後に呟いた。

 

「そのユウとかいうヤツの親兄弟探してんなら、もっと正攻法でやった方がいいぞ。方法なんていくらでもある」

 

 驚いた顔をした風峰とヒナタを無視して、オレは部屋を出た。

 

 

 

 

 

 ちょうど廊下に出たところで、早瀬さんと遭遇した。

 

「夜分にお邪魔しました。オレと夙夜の傷も診ていただいてありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げると、早瀬さんはにっこりと微笑んだ。

 

「ええんよ。それより、光喜を諭してくれはったやろ、おおきに。これであの子もヒナタ使《ツコ》て物を盗んだりせんくなるわ」

 

「諭したつもりはありません。ただ、オレは盗られたモノを取り返しに来ただけですから」

 

「言い方次第やねえ」

 

 早瀬さんは楽しそうに笑った。

 

「マモルくんは不思議やな。一緒に話しとったら元気になれそうや」

 

「さっきそこの金髪ヤロウに、口が悪いと言われたばっかりですけど」

 

 話していると元気になる? どこの幻想だ、それは。

 

「それより、ユウくん、ですか。その子の親兄弟だか知りませんが、探すなら正攻法で探した方がいいですよ」

 

 そう言うと、早瀬さんは目を丸くした。

 

「探してんのは母親や。マモルくんは何でもお見通しやな。ここを突き止めたことといい、光喜のことといい、ヒナタの事といい、ユウの事まで分かってしまわはるんやな」

 

「携帯端末ばっかり盗むのは金銭目的じゃない。何が手に入るかっていうと、情報くらいのものです。それにここは京都、全国どころか全世界からの人間が集まる場所だ。広範囲の情報を集めるにはちょうどいい……ちょっと考えれば分かります。気を付けてください、オレに分かるくらいだから、警察にもすぐ分かってしまいますよ」

 

「……おおきに、助言として受け取るわ」

 

 早瀬さんはにこりと笑った。

 

「夙夜くんも葵ちゃんも、ありがとぉな。またそのうち、京都にも遊びに来たらええ」

 

「ありがとう、早瀬さん」

 

 夙夜はにっこり笑い、白根が会釈して。

 オレたちはあっけない幕切れに背を向けた。

 

 

 

 

 終わってみれば、オレなんて何の役にも立ってない、単純に夙夜が犯人を見つけただけの事件だった。驚くほど簡単に解決してしまったこの事件は、災厄と呼ぶにはあまりにあっさりとし過ぎている。

 だからオレは、深夜の京都をのんびりと歩きながら、もっと別の事に気を回していた。

 それは夙夜と白根の事。

 オレの杞憂ならいいのだが、おそらく夙夜の無関心は崩れ始めている――その時、夙夜の、つまりはケモノの監視を命じられていた白根はどう動く? 白根の組織はどう動く? いつの間にかオレは白根の事をまるで味方のように扱っているが、コイツはそもそもオレたちの敵となり得るんじゃないのか……?

 

「柊護さん」

 

 まるでオレの心を読んだかのように、白根がオレを呼んだ。

 

「昨日、本日にかけての出来事は私から組織に報告いたします。その後、どのような指示が下されるか、私には予測不可能です」

 

「オマエは夙夜をケモノとして監視してるんだったな」

 

「はい」

 

「夙夜がいつかこうなる事が分かっていたのか?」

 

「予想の範囲内です。鎖を付けるのが柊護さん、貴方である事も」

 

「……」

 

 こう、分かっていた事だが、面と向かって『お前が原因だ』と言われると、なんだか心苦しいな。

 

「申し訳ありません。詳しい事を申し上げる準備が整っておりません。ただおそらく、貴方にも監視が付けられるのは時間の問題と考えられます」

 

「はぁ?」

 

「わあ、マモルさん、俺とお揃いになるね!」

 

「……オレとしてはすげー不本意なんだが」

 

 ため息。

 やっぱりコイツは、オレを災厄に叩きこむ張本人だ。

 このヤロウがオレになついたせいで、もしくは言い方を変えればオレがこのケモノを飼いならしてしまったせいで、オレは白根の組織に目をつけられた。

 遅かれ早かれ、こうなっていたんだろうか。

 

「夙夜」

 

「なあに、マモルさん」

 

 振り向いたのはいつもの夙夜なのに。

 

「オマエはそのままでいろよ。オレは出来る限り、その、怪我しないようにするから」

 

「――分かったよ、マモルさん」

 

 どこか悲しそうに微笑んで、夙夜はこくりと頷いた。

 自分が何者か分からない、と言った時と同じ表情だった。

 

 

 

 しかしながら、真夜中こっそりと部屋に戻ったオレたちは、待ち構えていた矢島たちに捕獲され、女子部屋からも白根がいなくなっていた情報と相まって、逃げられなかった。

 そして朝まで尋問が続き、オレは結局眠る機会を逸してしまった。

 

 

 

 

 そして、朝になって宿の大広間を覗き、昨日盗難にあったはずの携帯端末や財布が山積みになっていたのを、朦朧とした寝不足頭で確認した。

 

 


 
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