兵を荷車に載せ交代で休ませながら、進軍速度を徐々に上げて追い上げる。相手は新兵が多い、此方が速度を
上げるだけで普通なら敵の兵士は恐怖で進軍が遅くなる。だが一向に敵の進軍速度が落ちない、きっと殿に
涼州兵が付き、其れを黄忠殿と厳顔殿が最後尾で押し上げているからだろう
「隊長、敵の速度が落ちませんね」
「ああ、率いるは歴戦の勇士だ。だからこそ相手の軍師もこの無茶な作戦を決行したんだろう」
荷車を引く馬の手綱を握りながら、俺は隣で馬を駆る凪の言葉に答える。凪達に敵の狙いを話したときは
凪達と一馬は怒りを露にしていた、新兵を引き連れて戦に、しかも錬兵に戦場を利用するなどと
しかし、その後の俺の命に驚愕して言葉をなくしていた。まさか俺が殲滅戦を、敵兵を全て殺すことを
命令するなど思いもしなかったのだろう
「あの・・・先ほどの話しですが、やはり納得できません」
「だろうな」
「私達は隊長に誘われた事もありますが、弱きものを守る為にこの魏に入ったと思っています」
「・・・」
「隊長の立つ姿から教えられたものです。今からする事はそれに反することだと・・それに風評は悪いものが立ちます」
「風評は問題ない、むしろそんな兵を戦場に駆りだした劉備殿たちに向けられるだろう。何故そんな兵を戦にとな」
隣でしゅんと顔を伏せてしまう凪に腕を伸ばして頭を撫でた。凪も俺の心を心配しているのだろう、俺の口から
そんな言葉が出たのだ、俺が傷つくことを知っている。そして自分達が立っている理由さえ薄くなってしまうことを
心配している。邑を守る為に凪は己の身を傷つけながら力を手に入れた、立つ理由が俺と似ている
「己の戦う理由が希薄になると思っているんだな」
「はい、私の誇りは皆を守る為に身に付けたこの武です。ですから・・」
俺に撫でられ、少し顔に力が戻ると両拳を握り締め見詰める。優しいやつだ、そう思った俺はその拳に手を
重ねた
「ならば凪に重要な命を与える。敵将を速やかに撃破せよ。その後は敵兵士を逃がさないように包囲して
捕らえれば問題ないだろう?」
「あ・・・・・・はいっ」
「無茶をして命を落とすなよ。俺は軍師の策の通りに動く、殲滅戦はそのままやるが敵将がいなくなれば
風も考えを変えるだろう」
隣で笑顔を見せ喜ぶ凪に俺は笑顔を返しながら心の中で謝った。あの三人の将を凪だけで撃破できるわけは無い
そして俺達が力を合わせてようやく前回は足止めできたほどなのだから。
すまない凪、俺は兵を残らず殺すことになるだろう。今の俺は巧く笑っているか?凪に俺の心を悟られていないか?
表情を隠せ、心を殺せ、もう顔に出るなど言っていられない。皆を奮い立たせ戦場を舞わせるのが舞王
心を強く持て、俺は妻の死も体験したのだ。それ以上の苦しみや悲しみがあるものか、成すべきを成せ
「申し訳ありません、このような我儘を」
「良いさ、俺の気持ちを解ってるから言ってくれたことでもあるだろう」
「はい、それでは交代の時間なので前の沙和と交代してきます」
凪はそういって笑顔で馬の腹を蹴り前に走らせる。俺はその姿を見送りながら、自分がいつの間にか手綱を強く
握り締め、包帯が赤く滲んでいたことに気がついた。日が影っていてよかった、凪に気がつかれていないだろう
気がついていれば眼に出るだろうし
「隊長、あんまり無理したらあかんで」
「真桜、後ろにいたのか」
荷車に乗っていた真桜は俺の手をとり、滲んだ血を見ながら額に皺を寄せて複雑な顔をする
「沙和に言って凪が無茶せんよう見といて欲しいって言っとくわ」
「有り難う、すまないな」
「ええよ、ウチはまた隊長が傷つくのが嫌なだけやから。どうせ次の戦で沢山傷つくの解ってるし」
そうやって悲しそうな顔をする。真桜は後ろで聞きながら俺が無理して笑っているのが解ったんだろう
そして嘘を吐いたことも、俺は心の中で真桜にも謝った。聞いてしまえば一緒に嘘を吐くことになる
だからゴメンと
「ウチに力になれる事は無い?」
「十分力になってくれてるよ」
「うん、ならええんやけど。あんまり無理せんといて下さいね」
俺は血の滲まない方の手の包帯を外し、真桜の頭を撫でる。その行為に真桜は酷く驚いていた
「あ、あの包帯外して・・・その、素手は秋蘭様が」
「うん、秋蘭も春蘭も真桜なら良いって」
「う・・・はぃ・・・有り難うございます」
包帯を外した傷だらけの手で触るのは本当に親しい者だけ、これが精一杯の真桜に対する感謝だ
普段は包帯を外しこの傷だらけの手で誰かを触る事は絶対にない。理由はこの両腕は二人に捧げたものだからだ
ぽたぽたと涙を流しながら、喜ぶ真桜を撫で馬を走らせる。大丈夫、コイツラが俺を支えてくれるなら
俺の心も耐えられる
「お前達が居るなら俺は大丈夫だ」
「はい、ウチは全ての戦をこの身を賭けて戦うことを隊長の腕に誓います」
「ああ、もう休め。新城までもう直ぐだ」
俺の言葉に笑顔で返事をして、荷車にモソモソと腰を下ろして身体を休める。次の戦場までもう少し、俺は手の包帯
を巻きなおし考える。進軍速度はこのままに、敵を新城に押し込む。そして纏めて撃破する。火計は使わないだろう
新城復興に時間が掛かる、どの様な策で行くのかそろそろ風と話をしなければ
「お兄さん、そろそろ風の策が知りたいですか?」
「うおっ!風っ!」
いつの間にか隣に座る風に心底驚いた俺は、手綱を引いてしまい馬が寄れる。其れを風は手綱を掴み反対方向に
引っ張って馬の寄れを直してクスクスと笑っていた。俺が全く気がつかないなんて流石だな風は
「お兄さんに風は捕らえられませんよー。雲を動かすも掻き消すも風のなすがままですからね」
「なるほどな、俺の真名と風の真名のせいか。ならば俺は一生風に勝つ事は出来ないな」
「はいー、雲を自在に動かすのは風。雲と共にある風は、雲を広げ嵐を起こして見せましょう」
口元に手を当てて笑う。相変わらず考えている事は解らないが、何故か秋蘭と居る時のように力が湧きあがるのは
味方ならば相性が良いからなのだろう、俺を動かす風か・・・敵に回れば一瞬で俺は消されるな
「兵をこの荷車から遠ざけました。策をお話します」
「頼む」
「今回はお兄さんの眼を使います。お兄さんの眼は兵の士気も見れますよね?」
「そうだな、望遠鏡を使えばある程度は遠くても大丈夫だ」
「ですからその眼を使い士気を見てください、士気が下がったら風に報告してくれればそれに伴って兵を動かします」
兵の士気を見る・・・編成は確か中央が真桜と俺、兵の士気が落ちた所で動かす・・・・・・
もしや車掛の陣か!攻城戦でその陣を使うとは、俺の驚く表情を見て風は微笑む
「お兄さんの知識に当てはまるものがあったようですね。攻城戦では城壁に張り付いた兵の士気が落ちるのが
速いですから、落ちた所で新しい兵と交換します」
「ああ、知ってはいるが城を落とすのに使ったのは聞いたことが無い」
「真桜ちゃんの率いる工作兵は強力ですからね、この陣を使えば素早く城壁、または門をを崩せるでしょう」
「だろうな、陣の名前は?」
「風に押され激しく回る風車の如く、【風車の陣】と名付けましょうか」
かざぐるまの陣か。名前までは同じではないが、兵を動かすのは同じだ。風ならば吹き荒れる嵐の如く
怒濤の用兵術を見せてくれるだろう
「そういえば詠達と一馬はどう動くんだ?」
「はい、敵城を囲み風達が攻める方とは逆の門を僅かに少なく兵を配置します。ほんの僅かだけ」
なるほど、敵に誘いを見破られないようにほんの僅かだけ兵を減らし、その後方に詠たち別働隊を伏せて置く
のか、啄木鳥戦法に似ている。表面から大きく攻撃されれば、誰だって後方の薄いところを突破するはずだ
「これもまたお兄さんの知識の中にあったようですね。風はお兄さんの知識こそ恐ろしいと感じますよ」
「いや、俺はその知識を戦には生かせないから大した事は無い」
「フフッ、違いますでしょう。知っていても戦が嫌いだから思い出さないだけですよ」
確かに風の言うとおりかもしれない。俺の知識を使えば軍略や戦術に生かせるかもしれないが、俺は其れを
思い出そうとはしない、そして夢で見た事を木管に記しても其れに関しては開こうとしなかった
使った事は楽市楽座の軍略くらいだ、人を傷つけない時のみ都合の良いように思いだしていたんだ俺は
「良いんですよ、お兄さんが其れを戦で使えば風達の活躍の場はなくなりますし、もしかしたらその腕も早く消えて
いたかもしれませんし。そしてお兄さんはお兄さんでなくなってしまっていたでしょうから」
俺はきっと酷い顔をしていたんだろう、風が優しく俺の頭を撫でていてくれた。確かに風の言うとおり、俺が
戦で知識を思うがまま、全て使えば俺は俺ではなくなって居ただろう。戦に慣れ、無感情に人を殺していたの
かもしれない、華琳が恐ろしいと言っていた様に。そんなことでは俺は華琳の隣に立つ資格など無い
「・・・あ」
「何故、風が腕のことを知っているのか聞きたいですか?」
「あ、ああ、何故?」
「風に隠し事はできませんよー、と言いたい所ですが詠ちゃんに聞いたのですよ。詠ちゃんは風もお兄さんの相棒
だから知っておく必要が在ると」
・・・まいったな。そうだよな、風も俺の軍師だ。戦の最中に俺の腕が消えたとき、風の考えや軍略を邪魔してし
まう。始めから知っていれば其れを考慮しつつ策を練れるのだから
「それで考えたのですが、お兄さんは秋蘭ちゃんを助けたから自分の知る歴史から外れてこうなったと思っていますね?」
「違うのか?」
「稟ちゃんはどうだったのでしょうか、お兄さんの知る歴史では死んでいたのではないですか?だから脅してまで
稟ちゃんを治療させたのではないのですか?」
「あ・・・」
どういうことだ?俺は確かに稟が死ぬことを知っていて其れを回避する為に華佗の元へと連れて行った。施術は
成功し、稟は死を免れそこでまた歴史も変わったはずだ・・・何故その時俺の腕は無事だったんだ?
何故秋蘭を救った時だけ俺の腕が
「確証は持てませんが、この世界では稟ちゃんは死ぬ予定では無かった。そして秋蘭ちゃんは死ぬはずだった」
「俺は・・・死ぬはずの人間を死なせなかったからこうなったのか?」
「解りません。なにぶん情報が少なすぎますので、全て想像に過ぎませんから。言える事はお兄さんの知る天の
歴史と、風達の居る時の流れは少し違っていると言うことです」
確かにそうだ、全て歴史は早く流れたり変にそのままだったり。俺の知識はまるで役に立たないかといえば
そうでもない。だが言える事はそれで妻を救えたという事だ、ならば問題は無い。大切な人を守れたのだから
「お兄さんの良い所は直ぐに心が立ち直る、その強い心です」
「風にそういってもらえると自信がつくよ、有り難う」
「お兄さんは風と詠ちゃんに腕に変化があったときは細かく教えてください。大丈夫、雲は誰にも消せません」
「ああ、頼む。俺に力を貸してくれ」
過ぎた事はもう戻らない、後ろは振り返る事はするが其れは過去と同じ失敗をしない為だ。落ち込み嘆くことなど
する為ではない、俺に出来ることを全て全力でしていくだけだ
風を見れば隣で微笑み俺に力をくれる。俺の心の中で風は雲を運ぶ、力強い風で雲を集め積乱雲へと変えていく。
これが風の言う風雲か、真名の相性とは凄い、味方にいればこれほど力をくれるものは秋蘭以外に詠と風だけだろう
「それじゃ策を、続きを教えてくれるか?」
「はい、此方から攻めて、北門は風達が。西は秋蘭ちゃん、東は凪ちゃんと沙和ちゃん、そのまま包囲をしつつ
南を統亞さんに任せます」
「なら南から敵を出すんだな?」
「そのとおりです。南から出た敵を伏兵の一馬君たちが抑え、両翼はそのうちに南門へと駆け上がります」
「俺たちはそのまま中央の城内を走りぬけ、追い立てるんだな」
「ええ、吹き荒れる風を切り裂き飛び立つ燕の如く、戦術【風切羽】と言う名はどうでしょう?」
風車に風切羽、どれも強力な戦術と陣の組み合わせだ。殲滅を口に出したのもこの策に自信があるからだろう
しかしあの英雄を足止めできるだろうか
「韓遂さんは素晴らしき将です、他の御二方も。ですからいくら策が良い出来でも其れは全てが巧く行ってのこと
実際に始まって見なければ解りません」
「そうだな、ならば出来ることを精一杯やるだけだ」
「そうですねー、それでは風も少し休みます。真桜ちゃんの隣は暖かそうなので」
風は御者台から後ろの荷車へ移動すると、真桜の横にもぞもぞと身体を埋める。本当に猫だなこうやって見ると
空は茜色に染まる。もうすぐ野営をして一度兵を休ませる必要があるが。周りは木々で囲まれている
山から随分と離れた。道もある程度しっかりとしてきている、もしかしたら敵は無理矢理軍を進めるかもしれない
だがそれならそれで都合は良い、敵にあまり備えをさせず攻城戦に持ち込める。此方は兵を半分ずつ休ませながらの
移動だ、罠を運ぶための荷車が今は兵を移動させる為の寝台車になっている。なんとも効率の良いやり方だよ詠
そんなことを考えていると、前から兵の間を速度を落とした馬が近づいてきた。編み込んだ緑の髪、何時もの
ひらひらしたメイド服ではない、凛々しい軍師の服に着替えた詠だ
「敵、休まないみたいね。策は聞いた?」
「聞いたよ、休みを取らないのか」
「みたいね、早馬を出して城を固めてるのかもね。後は城内の民を避難させてる」
「元々錬兵目的なら既にあそこに民は居ないだろう」
「さぁね、敵の軍師が僕達の力を測りそこねてる場合だってあるわよ」
・・・あるかもしれないな、先の戦は完全に詠の掌で踊っていた。涼州兵もあそこまで減らされると思っては
居ないだろう。新城は渡す気は無かったのかもしれないな。何せ援軍を出す気なのだろうから
しかしあそこに民が残っているのならば余計に火計など使えない、民は守るべき対象。城内を攻める時は
細心の注意が必要だ、俺たちは下劣な略奪者ではないのだから
「解ってるわよ、民の避難と保護は最優先に。兵は全て殲滅、撃破、それでいいでしょう?」
「頼む、難しいことだとは思うが」
「任せなさい、其れが軍師の役目よ。アンタの願いを叶えてあげる。風と僕を信じなさい」
「何時も信じてるさ、俺の相棒は最強だ」
俺は拳を突き出し詠に向ける。詠はニヤリと口の端を吊り上げて、俺の拳に自分の拳をコツンと当ててくる
詠と風はこれからも俺の願いを叶えてくれる。俺の信用すべき最高の相棒だ、俺が軍を率いることが出来るのも
この二人が居るからだ
「じゃあ凪と兵を指揮してくる。迎撃体勢を整えられないように行軍速度を少し上げるわ」
「解った。休んでいる兵に食事を取らせる、荷車から降りたら食事も取れないだろうからな」
「ええ、そうしてちょうだい。秋蘭がもうすぐ此処に来るから交代して」
そういうと詠は馬を走らせ前へ走っていく。それと入れ変わるように秋蘭が俺の隣に馬を寄せ、荷車に飛び移り
スタスタと前に進み手綱を御者台に縛って隣に座ってくる。そして隣で柔らかく笑い、俺の手を握った
「交代だ、ちゃんと休んだか?」
「ああ、さっきまで寝てたよ。秋蘭もちゃんと休んでくれ」
「・・・その顔は本当だな」
秋蘭は安心し満足したように微笑むと、俺の懐にもぞもぞと手を突っ込む。干し肉を捜しているのだろう
もぞもぞと動かした手は不意に止まり、懐から小さな鉄の塊を取り出す。前に渡された鏃だ、戦に関わらず
俺は普段からこの鏃を懐に入れている。其れを見つけた秋蘭は手に取り、指先でつまんで見ながら
顔をほころばせて俺を見詰め、また同じ場所に戻し、今度は干し肉の袋を取り出し。小さな干し肉を取り出すと
口に含んで口元を手で隠し上品に租借し嚥下した
「美味いな。違う調理法もあるのだろう?」
「うん、沢山あるよ。後は回族に教えてもらった牛肉麺って言うのがあるんだ」
「前に言っていた拉麺と言うやつか?」
「ちょっと違うが、拉麺の元になった料理らしい」
回族との交流で近いうちに拉麺が食えるだろう。農耕用の家畜だから牛はあまり食わないからな、回族が居なければ
牛もしばらく食わなかっただろう、彼らは豚を食わないし酒も呑まないからからそこら辺の取引はできない
だろうが、羊や牛の取引、そして馬の取引は成立する
「フフッ、戦に関係ないことを考えているな?」
「・・・解るか?」
「無論だ、今の顔の方が私は好きだ。皆が笑顔になる事を考えている顔だから」
「そうか、戻ったら牛肉麺を一緒に食べよう。後は涼州に行ってフェイと回族の交流について話をしたい」
「ああ、華琳様からまずは許可を得なければな」
「だな、それじゃ行ってくる。休んでいる兵に食事を取らせておいてくれ」
涼風と美羽をつれ家族で食事をする風景を思い浮かべ俺は秋蘭の言葉に笑顔で頷き、御者台に縛り付けられた
手綱を外し馬に跨る。秋蘭は俺から手渡された荷車に繋がれた馬の手綱を握り、馬の腹を蹴り前へと走り出す
俺を見送ってくれた
また戦が始まる。心を固めろ、蒼く光を放つ鋼鉄のように、痛みも苦しみもこの目で受け止め其れを全て背負う
兵を掻き分け、軍の先頭へと馬を走らせる。兵の疲労はさほどでもない、やはり詠の荷車は兵達の負担を減らしてい
るようだ。先の戦が勝ち戦だったこともあって皆の士気も悪くない、敵は無理矢理強行軍にされているはずだ
俺達の行軍速度ははっきり行って速い、新兵の集まりである敵は脱落者を出さない為に必死だろう。脱落者を出せば
俺達に喰われるだけだ
「あ、隊長」
「交代したのね、敵は眼と鼻の先よ」
「そうか、ならば着かず離れず追い立てるように行く。此処で全てを喰らうのは難しい、散って逃げられる」
「了解、敵も感ずいてるでしょうが、今回の策がいかに浅はかだったか敵の軍師に思い知らせましょう」
どうやら敵の策に詠も怒っているようだ。無理も無い、ずっと月と一緒にあの邑の苦しむ人を治療して
来たんだ。最愛の友、月がどれだけ苦しんで人々を助けていったのか、其れを目の前で見ていたからこそ
余計にこのやり方に腹が立つのだろう。そしてそんな策で借り出された兵士を全て殲滅しなければならず
俺にそんな決断をさせたことが許せないのだろう
「凪は俺の横に居てくれ。詠は兵に指示を」
「了解しました」
「伝令、一馬を僕の元へ。追撃と編成を平行して行う、新城が目視できるようになったらそのまま左右に別れ回り込む」
詠の指示で伝令は素早く中央で兵を指揮する一馬の元へと下がっていく。目的の場所は近い、装備の確認と
編成の確認、策を全ての将に伝えねば。フェイの地図によればもう直ぐ広がった平地に出るはずだ
「平地に出る、兵を広げろ。そのまま進み新城を包囲する」
「隊長、真桜たちを起こしますか?」
「まだ良い、直前まで休ませておけ」
此方の兵は騎馬兵は少ない、山での戦いだから騎馬を少なくしたが包囲戦なら問題ないだろう。向こうが城に
着いた時に馬を使って逃げられるのは問題だな・・・しかし新兵に近い兵士なら馬の操り方もそう出来るものでは
無いだろう、涼州兵が一番の相手となるか
「このまま工作兵は中央に、歩兵は左翼と右翼に、騎馬隊は別働隊で良いわね?」
「ああ、統亞達に鎧を着けさせろ。森は抜けた、黒装束は意味が無い」
伝令は頷き統亞達の下へと走っていく、もう直ぐ夜になるな・・・野営をする様子はまったくないか
森を抜けてしまえば兵を伏せて反撃することもできないだろうからな、いくら夜でも雲が無い
月明かりが敵を照らすだろう
「詠さん、お待たせしました」
「着たわね、策は聞いてる?」
「はい、大丈夫です」
「なら行くわよ、僕と一馬で右翼と左翼に混じって南門後方へ」
「了解しました。兄者、行ってまいります」
一馬は拳包礼を取ると、詠と共に兵を引き連れ左右へとわかれて行く。この速さなら夜が明けるころには新城に着くだろう
「後二度交代をしたら策を伝えて城を攻める」
「はい、その頃にはちょうど空が明るくなるあたりでしょうか」
「そうだな、城に着くのは陽が昇る頃だ。朝陽と共に城攻めを行う」
兵達は月明かりに照らされながら平原に雄雄しくゆっくりと両翼を広げ敵を追い立てていく、まるで翼が
敵を飲み込む顎のように、広がりきった両翼は乱れる事無く美しく前へ前へと進んでいく。敵兵たちは思うだろう
後ろから狼の牙が自分達を食い殺そうと狙っていると、そして恐怖を感じながら逃げ続けているだろう
韓遂という光をたよりに城へと進んでいるに違いない。そして列から脱落すれば、後方に迫る餓えた狼どもの
餌食となることを
敵を恐怖という重圧で押し続けながら、ついに城へとたどり着いた。敵兵達は我先にと城の中に入り、韓遂はすぐ
さま先頭から離脱し、殿へと走り。厳顔たちと共に威嚇射撃と攻撃を繰り返し最後の兵を守りながら城へと入り込んだ
「ようやく押し込みましたねー」
「風、各将への通達は済んだか?」
「はいはい、全ては整いましたよ。ただ城の中には多少、民が残ってしまっているようです」
進むのが速すぎて全てを逃がすのに時間が足りなかったのか、それにしても馬鹿なことを。其れほどまでに俺達の
力を過小評価していたのか?それとも既に援軍が来ているというのか?
「風、敵の援軍は?」
「付近には居ないようですよ。どうやら定軍山の戦と風達の進軍速度が相手の軍師さんの予想を上回っていたようですね」
「・・・俺達を舐めるのは構わない、だが民を巻き込むのは許せん」
風は男の震える手をそっと握り、柔らかく微笑む。必ず何とかすると、民を巻き込んだりはしないと
男にもわかるように優しい眼で下から覗き込んだ
「有り難う。大丈夫だよ、暴走したりはしない。もう乗り越えたから」
「そのようですね。それでは行きましょうか」
「ああ、行くぞ」
兵を城を囲むように配置する。男は配置が完了したことを伝令から受けると、兵達のほうを振り返ると
今までの戦いからその身に刻み、大きくなった鋼鉄の分厚い盾の様な気迫を放ち兵を鼓舞する
瞳には清濁混ざり込んだ炎が揺らぎ、男の意思と決意を兵に伝えた
「これより攻城戦を開始する。目標は完全殲滅だ。我等誇り高き覇王に仕える雲の兵、敵が新兵であろうと
手を抜くな。一度戦場に出れば錬度など関係ない、戦場の作法を教えてやれ」
【おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっ】
男の言葉に呼応し、兵たちは怒号を挙げた。その声は離れた城の城壁を震わせ、遠くからでも城壁の兵のおびえが
解るほどであった。そしてその声と同時に空へ蒼い煙矢が放たれ、大地は地響きを起こしながら揺れ動く
囲んだ兵が一斉に城へと進軍を開始したのだ
「行くで、これより進軍を開始する。門にへばりついたら直ぐに衝車を叩き込み破壊や」
「非戦闘員には攻撃をしないようにー、破った場合はお兄さんからきつい処罰がありますよー」
東門と西門、南門の兵士は一斉に門へと突撃し、次々に鉤縄を投げ、弓で城壁から石を落とす兵を射殺していく
其れと同時に門を衝車で攻撃し閂で固定された門を強行に破壊しようと力の限り門を叩く
其れとは対照的に北門では横陣を敷き、何列も列を作り門へと突撃していく
「一列目攻撃開始、続いて二列目は矢を放ってください。前列の援護を」
風の指揮で前列は突撃と同時に門へ攻撃を開始し、真桜はその真ん中で衝車を使い強烈な杭を門へ何度も撃ちつけ
数名の兵は真桜を守るように盾になる。敵兵は北門だけ異様な動きと、強烈な攻撃に驚き矢を放ち、石を落とし
応戦し始めた
「お兄さん?」
「まだだ・・・・・・もう少し」
応戦され、落下する石を盾で防ぎながら門を大木槌などで叩き、後方の兵は矢を放ちながら城壁の兵を攻撃していく
しかし、強固な門は中々崩すことが出来ず次第に兵たちは勢いが衰えてしまう
「・・・よし交代だ」
「銅鑼を三度鳴らしてください」
ガンガンと銅鑼が鳴り響くと同時に門を攻撃していた兵は散開し、後方へと走りまた列を作る。そして矢を放って
いた二列目が即座に門へと攻撃を開始し、参列目が援護の矢を放つ。真桜は門に残り、二列目の部隊が交代で盾となる
後方へと戻った兵達は、男の後ろに放つ優しく強い、盾のような気迫に士気を上げ。男の前の兵士は紅蓮の殺気に
押されるように士気を爆発させて攻撃を開始していく。男の放つ殺気は風、風に押され兵という風車が激しく回り門を削る
「これが風車の陣か」
「そうですよー、お兄さんがいなくては風車の陣は使えません。その目と気迫があってこその陣ですから」
次々に入れ替わる士気の高い新しい兵たち、攻撃が緩む事無く門を叩き続け城壁の敵兵たちは動揺し、絶望していく
恐らくは城に篭城していれば援軍が来るまでは安心だと思っていたのだろう。だがその期待は風の新しい陣形で
脆くも崩れ去り、大きな期待の分反動のように兵士達の心に絶望を叩き込んだ、しかし
・・・なんだ?違和感がある。大きな絶望を叩き込んだはずなのに、敵兵の目から感じるのは絶望ではなく
恐怖、其れも俺たちに恐怖を感じているのではないだと・・・・・・何故だ?内部からの恐怖、何に脅えているんだ
「風、敵兵が内側からの恐怖に晒されている。どういうことだ?」
俺の言葉に風は珍しく瞳を大きく開き、ほんの少しだけ驚いた表情を見せた。風が驚く所などめったに見たりはし
ない。つまりそういうことだ、風が驚くほどのこと。新兵ばかりの兵で士気が下がるのが当たり前、だから
「韓遂さんは自軍の兵士を見せしめに殺したのでしょう」
「・・・殺した」
夜通し追い立てられ続けその中から気が触れた者でも出たのだろう、恐らくその兵を皆の前で殺して見せた
退く場所など無い、逃げる場所など無い、生き残りたければ戦えと。新兵の士気と理性をギリギリで保つには
それしかない、そしてそんな決断など並みの将では出来はしない。ならば韓遂殿がやってのけたのだ
「英雄とはお兄さんのように纏う空気と行動で兵を鼓舞する者と、冷徹な決断を・・・つまりは英断を即座にして
兵を生き残らせる者が居ます」
「英断か、俺に仲間は斬れない。だが韓遂殿ならば其れをやってのける、皆を生かすために」
「はい、気が触れた者を皆の前で殺し、鼓舞したのでしょう。城を落とす事は簡単でしょうが、その後が厳しく
なりますね」
風の言うとおりだ、敵は故意的に薄く配置した南門を抜けようとするだろう。止められるのか?そんな男の
率いる兵を。殲滅できるのか?そんな男に駆り立てられる兵を
「涼州が何故あれほど屈強で在ったのがよく解りました。お兄さんのような馬騰さん、そして其れを支える
非常ともいえる判断を即座にやってのける韓遂さん。正に英雄二人に支えられた州であったということでしょう」
常に五胡を相手にしながらあれ程大きな国の連なりを、盟主として支えていたのだ。改めて二人の大きさを
知ることになるとは、大きい・・・だが負けるわけにはいかない
「ですが今は英雄も一人、此方は英雄に劣らぬ雲が居ます。そして韓遂さんに負けない英断を下せる将
秋蘭ちゃんも居ますから」
「大きな期待をされているようだ、ならば俺もそれに応えよう」
「はい」と返事をすると風は柔らかく微笑み、兵を指揮していく。男もまた信頼できる相棒に兵の変化を伝える
べく、全体を見渡し兵たちを次々に回転させていく。強き風に押され、轟音を響かせまわる風車の如く
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もう直ぐ定軍山編は終わります
その後はしばらく拠点を書こうと思っております
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