No.160236

変わり往くこの世界

御尾 樹さん

ある理由から、見知らぬ土地へと来ていた主人公。
 見知らぬ土地、言語、国家。
 然し記憶にある動植物。
よく判らないまま、とある遺跡から大きな事に
 巻き込まれていく。

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2010-07-24 09:09:48 投稿 / 全11ページ    総閲覧数:2222   閲覧ユーザー数:1979

 

                 第一章 改変者と代行者

 

  頭上に振り上げられた、鈍く冷たい物。先端から柄に赤く粘り気のある液体が

   刃の部分に、絡みつく様に垂れ落ちている。数秒後には、

  俺の血もソコに絡みつくのだろう。恐怖からか下半身に力が入らず、

   ただ振り下ろされるだろう刃先を見つめるしか…出来ない。

  右肩に両手持ちで力強く握られた剣。おそらくはロングソードだろう。

   幾人も斬っているのか、見た目よりも切れ味が悪そうだ。

  その切れ味の悪さとは裏腹に、見下ろし鋭く刺し貫く様な…さながら槍の視線。

   その二つの存在感と威圧感からか、意識は逃げようとしているが視線と体が

   ソコから離れない。ただ…剣から滴る血の様にゆっくりと時間が過ぎて行く。 

 

  

時が遡る事、約半年。

  いつもの様に学校へ行き、授業中にPSPなどをやっていたり。

   そんな無駄な時間を重ね、無駄な知識だけを積み重ねていく日常。

  そう…日常。非日常に憧れつつゲームをやっている。

   RPGやらシュミレーション…色々な物に手を出してやっていた。

  もう少し歯応えのあるゲームは無いモノか…と、排気ガスを撒き散らす車が

   行き来する道路を挟んだ歩道を歩き帰宅する午後。

  手にはPSP、視線も前を全く見ていない。だけどまぁ慣れたモノで

   不思議と通行人とぶつかる事は無い。

  …たまに犬や猫の排泄物は踏んでしまうが。

  日も落ちかけて、青空と夕焼けが混在する空模様。同じ様に帰宅する学生。

   片手に買い物袋を抱えてあるく見知らぬオバチャン。

  いつもの光景、つまらない日常。風景…飽き飽きだ。

  かと言って、手に汗握る大冒険。そんなモノが存在する筈も無い。

   それは良く分かっている。数年もすれば…。

  少し、反対側の歩道に視線を移し、スーツ姿のおそらくサラリーマンの外回り

   営業だろう。俺もあのつまらない現実、日常の光景の一部となる。

  軽く溜息を吐き視線をPSPの画面へと移す。 …。

   「あーあ、どっか遠い国に行ってみたいもんだなぁ…」

  蒼と朱に分かたれた夕暮れ空、文句混じりに一つポツリ…と、呟いた。

   瞬間、その夕暮れ空に一筋の流れ星だろうか、流れ落ち…消える。

   「ま、この感情も流れ星みたいに、流れてすぐに消えるんだろうけどな」

  

  そのまま、視線をPSPに戻し、クリアして既に作業と化すも、

   レベリングに没頭しつつ家へと帰る途中、いつも通りの帰り道。

  一軒家がいくつか挟む様に並ぶ、軽自動車が一台通れる程度の道。

   …。少し違和感が無くも無い。

  が、気にも留めずゲームに没頭していると、更に違和感が増す。

   違和感というよりも、空気・湿度といった体感的な違和感。

  明らかに今まで嗅ぎ慣れた汚い空気と、やや湿った空気ではなく。

   透き通る様な…そう、例えるなら冷たい岩清水。そんな空気。

  足元に水気の多い…そう、スポンジを踏んだ様な感触。

  ふと周囲を見回すと…。

   「んだ? どこだここ」

  確かにいつも通りの帰り道を歩いていた。いや…

   例え間違って進んでいたとしても、在り得ない風景が広がっていた。

 

 

時間帯もおかしいな。夕暮れ時だったのに太陽がおおよそ昼の一時ぐらいの場所。

   更に取り囲む様に生い茂る木々。目に優しい深緑の森。

  数回自分の目をこすり、頬をつねり再び周囲を確認する。

   「…歩きながら寝てるのか? 俺」

  再び、目をこすり頬をつねる。痛みもある…夢では無い。

   何が…どうしてこうなった? 首を大きく傾げて周囲をまた見回す。

  似たような木々が生い茂り、方向感覚も役に立たない。

   本来なら心配になる所の筈だが、妙に心が弾んでいる。

  平和ボケといったらそうだろうが…ふむ。面白い。

   恐らく今、鏡を見たら口元がにやけているだろう事は確かめるまでも無く…だ。

   「取り合えず…人の居そうな所を見つけないとな」

  土地勘0方向感覚もほぼ役に立たない。 ただ一つ分かったこと。

   少し、ほんの少しだが水の音が聞こえる。恐らく小川でも近くにあるのだろう。

  音のする方へ腐葉土を踏みつけつつ駆け足で行き辿り着く。やっぱり川があった。

   更に近づき、覗き込んでみると恐ろしく透き通った透明度の高い川。

  写真やテレビ・CGでしか見た事が無い様な、澄み切った小川。

   周囲を見回すと動物が小川の水を飲んでいる。…寄生虫とか気になるが

  まぁ…、これだけ綺麗な水だ。気にせず飲んでみたいと思い。

   ポケットにPSPをしまって両手で小川の水をすくい口に運ぶ。

  水に味なんてあるはずも無いが、それでも美味しいと思える。

   カルキ臭くもなく喉にスッと染み込んでくる。

  当たり前だが、水道水とは比べ物にならないな。

   暫く周囲の風景と小川を堪能した後、小川を下って行く事にした。

  水のある所に人は住むものだしな。下っていけばいずれ人里なりにぶつかる筈。

 

 

 

おおよそ2時間ちょいだろう。太陽が三時ぐらいの位置にあるのを確認する。

   「うーん…何かサバイバルちっくになっちまったが…」

  ゲームや漫画・動画でしか持ち合わせていない知識が役に立つのか。

   いや、そもそも何でこんな所にいるのか。

  植物を見た感じ、名前は分からないが地球上のモノである事はわかる。

   見覚えのある木だからだ。まさか異世界にいきなり飛ばされたとか、

  ぶっ飛んだ事はないだろと。 さて…これからどうするかと先を見てみると

   少し離れた所に人らしき姿が、小川で屈み込んでいる。

   「お、ビンゴ。 これで取り合えず遭難は避けられたな」

  少し、安堵の息を漏らして視認した人へと駆け寄り声をかけた。

  声を掛けた人物は、長い金髪・少し細い青い眼の女性だった。

  自分より少し年上だろうか。

   紺色の生地。厚手のドレスの様な服に、白い前掛けみたいなものを掛けている。

  いえば北欧の方の服装とでもいうのか、そんな感じである。

   その言葉に気づいたのか、水を汲もうとしていたんだろう女性が

   こちらを見て大きく首を傾げている。…言葉が通じないのか。

  まぁ、見た感じ外人のお姉さんだしな…当然か。

   片言の知り得る限りの英語と、両手を使ってジェスチャー込みで

  意思疎通を試みるが、小さい口に両手を当てて笑っている。

   言葉が通じないというよりも、ジェスチャーに笑っているんだろう。

   

  ん? ひとしきり笑うと俺を足元から頭のてっぺんまで見て、

   何か言って来たが…はて英語にしたら発音が…ドイツか?フランスか?

   理解不能。英語ですら分からない俺が日本語以外まともに聞き取れる

   筈も無く…だ。取り合えず、地面に指を刺した後、

   首を傾げつつ両手を軽く広げる。分かりませんの仕草だ。

  通じたのか…目を丸くしてこちらを見ている。少し表情が強張った気もしたが。

   その直後に俺に手招きをして、森の方へと歩いていった。

    「お、なんとか通じたのか」

  少し安心した俺は、警戒もせずにほいほいとついていく。

 

 

然し…改めてみると本当にゲームの中に入った様な風景だな。

   恐ろしく透き通った空気と、深緑の木々と少し肌寒い空気。

  だが、とても居心地が良い事に変わりない。出来るなら暫くここに居たい。

   などと、思いつつそのお姉さんの後を周囲に目を移しつつ歩いている。

  途中で、ウサギやらも目に入り地球上であるという事は確認した。

   「異世界じゃないのかー…ちょい残念だな」

  と、贅沢な愚痴を零す俺の目に入ったのは、結構離れた間隔で建っている

   木製の家。某名作劇場に出てきそうな家だな。

  その家の周りは柵で囲われており、山羊…だろうか多分そうだ。

   メェェ…だかベェェ…だか、分かりにくい鳴き声をあげている。

  その内の一軒に手招きされて入ると、そこには白い髭を蓄えた…うわ。

   優しそうなお爺さんではなく、頑固そうな爺さんが椅子に座っていた。

  その爺さんに何か話して…うわ、睨まれた。

   愛想笑いをし、右手を頭に添えて軽くお辞儀をしてみると、

   眉間にシワを寄せて視線をそらしやがった! …性格悪そうだなおい。

  お姉さんの方は、汲んだ水を恐らく台所だろう場所へと持っていった。

   茶色でほぼ統一された室内、中央に腰程の高さの木製テーブルと椅子。

  その奥にレンガで詰まれたちょい形の崩れた暖炉。俺の背には…扉。

   何か爺さんの視線が…出ていけ! と言わんばかりに突き刺さってくる。

  場所聞きたいだけで…いや、出来たら食料も欲しい所だが。

   さてさて、どうしたものかなと。軽く苦笑いしつつ爺さんの方を見ていると

   爺さんが歩み寄ってきて、何か言ってきているが全く理解不能。

  軽く首を振ると、それよりも爺さんが大きく首を振り溜息をつく。

   その直後に、椅子に指をさして…座れってことか?うん。

  ちょい深めに頭を下げてから椅子へと座る。礼儀はどこの国でも通じるだろう?

   と、まぁ…内心ドキドキしつつ周囲を見回す。

  テレビもなければ機械らしきものが何一つ無いな。電話の一つでもあれば助かる

   のだが…無い。少し困った顔をしていると、台所の方から先程のお姉さんが

   やってくると、テーブルの上に陶器では無く木製のコップとその中に入った

   白い液体を俺の目の前に置いた。 なんだこりゃ…。

  流石に毒じゃないだろうし、軽く笑って頭を下げそれを口に運ぶと、

   やたら濃厚な牛乳というか…口に入れた瞬間、山羊の乳だと判った。

  あんまり飲むと腹下しそうな気がしなくもないが、残すと失礼なので全部飲み、

   美味いという事を木製のコップを指差し、笑顔で伝える。

  そうすると、お姉さんは笑顔のままだが、爺さんの方の表情が緩んだ気がした。

 

  

そんなこんな、少し爺さんに気に入られたのか? ごつい手で右腕を掴まれ、

   家の外の右側にある切り株。そこに無造作に積み上げられている木。

  察するに薪を作れという所だろうか。…まぁ、ギブアンドテイクってところか。

   切り株にこれまた無造作に突き刺さっている斧。それを手に取り早速作業に

   かかる俺。然し、生まれてこの方、薪割りなぞしたこともなく、

   へっぴり腰で振り下ろされた斧。それが切り株の上に置いた木を大きく外れ

   切り株に斧が突き刺さる。やべぇ…背中から痛々しい視線が…。

  斧もロクに使えないのかという視線が、ブスリと突き刺さってくる。

   慌てて斧を引っこ抜くが、その勢いのまま後ろへと転倒し尻餅をついて

   しまい、更に視線が突き刺さる。…無理だ。

  何か後ろで軽く体の一部。おそらく頭かデコだろうか。ペチンと叩く音が聞こえ

   俺の手に持っていた斧を取り、持ち方を教えてきた。

  成る程。そう持つのか…その後、日が暮れるまで薪を割り続けるハメになり、

   得た物は、薪割り技術と手に大量の食えない豆。物凄く手が痛い。

  特に右手親指の付け根。その部分の皮が擦れたのかめくれたのか。

   焼ける様な痛みを訴えている。室内の椅子に座りつつ右手に

   息を吹きかけている俺。その眼前に一冊の本が無造作に置かれた。

  なんだ? 置いたのはどうやら爺さんの様だ、どうやらこれを見ろと…。

   おもむろにその本を手に取り…なんだこりゃ。印刷がおかしいぞ。

  印刷技術が凄まじく粗悪というか、まるで判子で文字を押している様な。

   いや、それよりも英語なら見れば判るが。

  ありゃ? どうした事だ。英語じゃない。フランス語やドイツ語っぽくも無い。

   何語? 何か見たこと無いな。 明らかに地球上なのにな。

  どうなってんだこりゃ。…本を見て悩む俺を見て、近くにいたお姉さんが

   テーブルを指差して何か単語らしきモノを…ああ。その単語がテーブルなのか。

  そんなこんないくつかの単語を覚え、夜が更ける。

 

  ミミズクだかフクロウだかの鳴き声が、外から微かに聞こえている。

   完全に夜だな。室内の壁際にある窓から外を見ると真っ暗だ。

  まぁ、それはいいとして、いくつか判った事。

  金髪のお姉さんの名前が、アリア。 爺さん名前がセドニー。

   なんとか自己紹介までは漕ぎ着けたものの…発音しにくいのか。

  俺の名前、妹尾裕太(せのおゆうた) まぁ、裕太としかいってないが。

  ユタと略されている。まぁいいかと軽く流して、身近な物から単語を覚えている。

   そして、そんなこんな薪割り、水汲みとか雑用力仕事全般任され…

   おおよそ三ヶ月の時間が流れた。  

 

  

いつものように、薪を割る。もう慣れたのか手際も良くパッカンパッカンと。

   見てくれこの二の腕。細かったのに結構引き締まってくれちゃって。

   日常から一転して非日常な日常へと変わって約三ヶ月か…。

  変わったには変わったが、結局やる事はさして変わってない気もしなくも無い。

   「ふい~…、何でこんなとこにいるんだよ。そろそろ新しいゲーム…ん?」

  少し、額の汗を拭いつつ腰を下ろして休憩していた所に、

  水を汲んで持ってきたアリア。器量と気立ての良い美人である。

   このままゴール!でもいいかな。とか思い始めていたりもするのだが…。

   「お疲れ様。 …ねぇユタ。貴方はどうしてこんな時期にこんな所に?」

  ある程度言語を理解した俺に、幾度となく来るこの言葉。

   日本からいきなり飛ばされてきました! などと言うと変人扱いされるだろう。

   だもんで、記憶喪失という事にしているワケだ。

  だが、記憶喪失では無いだろう事は見抜かれている様で。聞いてくるワケだ。

   それに俺は、まぁ変人扱い覚悟で、気づいたら住んでいた所からここに居た。

   そのアタリを掻い摘んで話すと、小さい口に両手を当てて笑い出した。

  ったく、まぁ、信じろというのも無理だが。

  その場に仰向けになり、困った顔をして青空を眺めると、それを妨げる様に

   アリアが覗き込んできた。そのまま俺の頬を左右に引っ張ってくる。

   「ふが…なにふるんは」

  目を少し細め、俺にこの村にある遺跡目当てじゃないのか?

   そう聞いてきた。 これは初めて聞いたので詳しく聞いてみると。

  判らない言語で刻まれた開かない金属の門があるという事。

   「ほ~。古代の遺跡とか、オーパーツがあるとかそんな類か」

  ん?一部理解出来ない言葉が混じったのか、アリアが首をかしげている。

   判りやすく説明すると、少し眉間にシワを寄せて遠くを見た。

  理由、そう何度も聞いた。『こんな時期に』という理由がここにある。

 

 

  

この村とその問題の遺跡。そしてそれを挟む様に、二つの国がある。

  帝国ザンヴァイク。反帝国の連合国家セイヴァール。

   どうやら、この両国から現在はこの遺跡を狙われており、

   時期に戦に巻き込まれるだろう村。リアルト。

  そんな危ない所さっさと逃げないのか?と、以前に尋ねたが、生まれ育った土地。

   そこから離れたくないらしい。…わからなくも無いが命あってこそだろう。

   破壊されても、生きていりゃ家は建て直せる。その事は伝えたが、

   どうしても離れない強情さだ。 まぁ…それも判らなくも無い。

  セイヴァールの方は、先に使者が此処に来て避難勧告を出してきたらしいが、

   それを断ったらしく。どうにもならんな。

  ともすりゃ、セイヴァールが形勢不利…か。リアルトを守りつつザンヴァイクと

   一戦交える必要性が向こうにはあるんだろう。使者を遣した所を見る限り。

  まぁ、それはさておき。そんな大国二つが必要とする遺跡の中のモノってなんだ。

   興味はその一点に絞られる。国が欲する様な強力な物があるのか。

   先にそれを頂戴…って考古学者でも無い俺がそんな遺跡の謎を解ける筈も無い。

  ゴロリ…と横向けになり、遠くに見える山に視線を向ける。

   空気が綺麗なんだろう、かなり遠くまで鮮明に見える。

  余り長居は出来ない現状だが…何か離れにくい空気になってしまっているんだよな。

   今度は横から覗き込んできたアリアが隣に座り込む。

  そして、俺と同じ方向に視線を向けると、その先にセイヴァールがある。

   細く白い小さな指を指し教えてくれた。 

   同時にその国に行った妹がいるという事も。その視線はとても心配そうだ。

   「一人で…セイヴァールに? またどうして」

  視線を俺に移して、軽く笑いつつ騎士に憧れていたから…と答えた。

   成る程ねぇ、と頷きつつセイヴァールの方を見ると、彼女も視線をそこへ。

   「昔…ね。セイヴァールの騎士に助けられて、色々と教わったのよ」

  は~…成る程。子供の頃の憧れ故に…か。 

   じゃ、今頃は現実突きつけられて痛い目見てるな…、

   と言うと相槌を打ちつつも、頭を軽く殴られた。

 

  

  

それから、更に時間か流れる事、二ヶ月程。本格的な冬が近づいてきたのか?

   動物がめっきりと減り、寒さが厳しくなってきた。

  俺も俺で生活に馴染んできたのか、狩りなぞをして毛皮を手に入れたり。

   それなりに新生活を楽しんでいる。そんな中。

   狩りから帰ってきた俺の視線に入ったのが、村の真ん中で見慣れない…

   というよりも、見たこと無い服を着た人が数名、アリアやセドニー。

  村の人達と言い争っていた。 どうやら本格的に戦争になりそうなので、

   ここから離れろとの事らしい。 然し村の連中は頑として動かないのは、

   セイヴァールからの使者の困った顔を見れば判る。

  なんとか逃げさせたいが、俺が口出す様な事でもないしなぁ。

   取り合えずその人だかりに近寄ると、うわ~言い合いしてるわしてるわ。

   使者の方も必死だが、それ以上に村の人が必死だな。

  特にセドニーが右拳を強く握り締めていまにも殴らんとばかりの表情。

   然し、いくら生まれ育ったからといって…そこまで居る理由が気になるな。

   と、思うとその悩みは即座に解消された。

  飛び交う言葉の一つに守人という言葉が耳に入った。成る程。

   元々遺跡を守っている村。という所か。 

  しっかしセイヴァールはなんとかなったとしてもだ。…ザンヴァイク。

   あちらさんは問答無用でくるだろうな。下手したら皆殺し…か。

  どうすればいいんだろうか。俺一人が戦っても全くの無意味。

   かと言って逃げるという選択肢もなぁ…。どうにもこうにも困った。

  「近々、ここいらで戦争になるってな」

  いつもの如く、薪を割る俺。その横に差し入れを持ってきたアリアに声を掛けると

   小さい声で頷いた。そして、俺にどうするかと聞いてきたんだが…。

  困ってんだよなぁ、言葉も教えて貰って生活までさして貰ってるワケだ。

   はいサヨナラ!ってわけにもいかず。さりとて一緒に死ぬのも御免だ。

  「どうしたもんか」

  薪を割るのをやめ困った表情でアリアを見ると。

   アリアも困った表情をしていた。…まぁなぁ。

  …考えても答えも出ず。ただただ時間だけが過ぎていった。

  

  遠くより煙がいくつか立ち昇っている。以前見たセイヴァールの方向とは逆。

   恐らくはザンヴァイクの先発隊だろうな。 最早考える猶予も無くなってきた。

  俺は、アリアと爺さんの傍に行き、逃げる事を薦めるが…。

   驚いた事にどこに隠し持ってたのか、爺さんの方が古臭いチェインメイルを

   纏って、これまた大振りな戦斧を手入れしていた。

  やる気満々だな…説得は不可能か。 俺は爺さんの方に歩み寄り詳しく聞いて

   みると、どうやらセイヴァールは結局あのままらしい。

  不安を露にした顔で、なんとなくアリアの方を見ると、

   うげ。つか何。槍? アリアまでやる気かよ。はぁ…どうすんだ俺。

  と、悩んでいる俺に爺さんが、俺にどうするかと…斧の手入れをしつつ尋ねてきた。

   どうするってもなぁ。どうする? 戦うってもリアル戦闘経験0だぞ俺。

  まぁ…やれる事はやってみますかね…と。

  パッと見た所。本もそうだったが、セイヴァールの使者に一応聞いておいたが、

   大国ですら機械というものを知らない。こりゃどうした事だ。

  そもそもセイヴァールとかザンヴァイクとか。てか帝国とか在り得んし。

   どうなってんだよ…。まぁ、そこは置いといて文化レベルは低い。

  なら、その部分を突けばセイヴァールを優位に立たせる事も出来るか。

   俺は、意を決して爺さんに一緒に残る事を告げた。

  その直後、豪快に笑い飛ばして肩を叩いてきた爺さんが、馬鹿だな…と。

   「ひでぇな」

   室内で笑い声が響き渡り、夜明けにさしかかる。

 

 

  

結局昨晩は一睡もせずに考えていた。双方の戦力一切不明。

   敵勢力とみなしていいザンヴァイク先発隊(想定)をどう蹴散らすか…。

  この村にあるものといえば、小麦と藁。そして少ないながらの武器と狩猟道具。

   ふーんむ。一晩見たが、どうやらザンヴァイクはまだ来る気配も無く。

  セイヴァールの方はまだ来ていないのか。もしくは判らない様にザンヴァイクを

   包囲しているのか。ともあれ…やるしかない。

  俺はまだ陽も昇らない夜明け前に、縄と狩猟道具諸々を荷車に積んで家を出た。

   冬が近い上に、明け方だ。身を切る様な寒さが少々こたえる。

  白い息を吐きながら荷車を引き、ザンヴァイクの方にある森の入り口。

   その一部にちょっと小細工を仕掛けている。いわゆるスパイクボールだな。

  騎士とかいるんなら当然騎馬もいるだろう。だとしたらうまくすりゃ…。

   なぞと考えつつ、これでもかと寝ずに考えて作ったトゲ付き玉。

  それを地面スレスレに張った縄が引っ張られると飛ぶ様に仕掛けていく。

 

  ある程度、それをつけおわると、今度は砕いた板の破片。

   流石に落とし穴は時間的に無理なので、より手軽に強烈なモノを考えてみた。

  軽く溝を広く作り、そこに大きめの石を入れ、そして板を乗っける。

  シーソーの原理だわな。片方踏んだら片方が跳ね上がる。

   その跳ね上がるであろう方向に砕いた板の破片や、

   石をのっけて砂を軽くかけておく。強く踏めば飛んでくる。

  そう都合よくいくかと思いつつも、いくつかしかけておく。

  問題は仕掛ける場所だ。 先ず考えるべきは自分が敵なら、どこから攻めるか。

   これは強国ならそれなりに考えるが、ただの村だからな。

   敵さんの位置は確認済みなので、来る方向は大きくわけて三つ。

  正面か左右か。確率は三分の一だがまぁ…、

   十中八九ナメてかかってきて正面だろう。正面に仕掛けを出来る限りしかけ

   村へと戻った。

 

  帰ってくると、家の前で心配そうにアリアが立っていた…うわ。少し怒ってるか。

   慌てて駆け寄り、敵さんの先制攻撃の足止めをする罠を仕掛けてきた。

  そう伝えると不思議そうに首を傾げ、どういう罠かと尋ねてきたが。

   軽く笑いつつ掻い摘んで話すと驚いた表情でこちらを見ている。

  それに対してまだ準備が足りない。 敵数不明というのが痛い。

   だもので、考えられる限りの罠と武器を作る必要がある。

  この村にある素材で尚且つ、この国の人間の見たことの無い物を…だ。

   「アリアさん。出来るだけ卵と小麦粉。あと香辛料を集めてくれないか?」

  と、不思議そうにこっちを見ているアリアに、右手を軽く挙げて伝える。

   それに頷くと近隣の家々を回り、卵と小麦粉と香辛料を調達してきてくれた。

  …のはいいんだが、何をするのかと他の人までついてきてしまったじゃないか。

   まぁ、丁度いいか。 俺は卵を一つ手に取り真っ二つに割り

   中身だけ木製の器に移し、殻の中身を布でふき取る。

   それを不思議そうに見ているアリア達にも同じ事をやって貰い。

   その間に、別の木製の器に小麦粉と香辛料を混ぜたモノをもくもくと作る。

   「ユタ? これは一体何かしら…?」

  首を傾げつつ尋ねてきたアリアに、判りやすくこの武器が何なのかを伝える。

   平たく言えば、簡易催涙弾だが…言っても判らんだろうし。

  相手に投げつけて視力を一時的に奪う武器だよ。と伝えた。

   これはかなり有効だろうと、女子供でも十分に使える上に軽量だ。

  出来上がった粉を卵の殻にいれ割れた部分を閉じ、樹の樹液を接着剤がわりに。

   そうして出来上がっていく簡易催涙弾。 

  相手が騎士ってんなら鎧着ているだろうし、動きもそれなりに鈍い筈。

   十分な効果は見込める。小麦粉を使って粉塵爆発も考えたが、

   こちらに被害が及ぶ可能性も否めないので却下した。

  どんどん量産されていく催涙弾。それを見つつ両腕を組んで次の手を考える。

   そんな俺にアリアが次は何をするのか…と、少し期待と不安が入り混じった

   表情で尋ねてきたが、どうも素材に限度があるので考えつかない現状。

  せめて火薬があれば…と思うが無い物は無い。ある物で調達しないとな。

  それよりも…だ。今だにセイヴァールの姿が見えない。

   そして、煙の位置で判るザンヴァイクの位置だ。あれから動きが見られない。

  セイヴァールの出方を探っているのか。有難い事にどうやら村は戦力外。

   そう思われていると断定して良さそうだ。

  

 

  

それから暫くして準備が整い。いつでも迎撃可能にはなったのだが…。

   相手の動きは相変わらず。セイヴァールの動きを探っているのか。

  本隊でも待っているのか。…不明。 両腕を組んで考えている俺の肩を強く

   叩いてきた爺さんが、どこでそんな知識を得て来たのかと尋ねてきた。

   …まぁ、見た感じ中世ぐらいの文化レベルで催涙弾はなぁ…。

  それよりもこの爺さん。村人とは少し印象が違うな。一人だけ何故か

   チェインメイル持っているとか。どこぞの騎士崩れか?

  その事を尋ねて見ると、ザンヴァイクが駐屯している方に視線を移した。

   察する所、ザンヴァイクから出てきた元騎士って事か。

  こりゃ余り触れない方が良さそうだ。逆鱗だろうし。

   「まぁ…色々とあってな」

  読まれた様だ。俺に視線を戻して軽く笑うと差し支え無い程度で教えてくれた。

   どうもザンヴァイクは、非人道的な戦術で領地を広げている国だと言う事。

  この爺さんはそのやり方。在り方に異を唱え出奔したという具合らしい。

   「…上も上なら、下も下。略奪に快楽を見出す馬鹿者が多いのだ」

  成る程。典型的な悪玉戦闘国家。という所か。

   盗賊崩れの兵士とかが多いんだろうな。質よりも量を採るならそうなる。

  然し、それはいいとしてセイヴァールの遅い事遅い事。 視線をそちらに移すと。

   「恐らくは、この村が壊滅するまで待つのだろう」

  …敵さんが油断した所を。か、ザンヴァイクもザンヴァイクなら、

   セイヴァールもセイヴァールだなおい! ちょっと怒った顔で遠くを睨む俺

   を見て、爺さんがセイヴァールに行ったリフィルと似ているな。と言われた。

  察する処、アリアの妹だろう。

   「そのリフィルさんって、アリアさんの妹だろ?」

  爺さんがその言葉に頷くと、今は一つの隊を任されていると言う事。

   女だてらに隊長か。凄いな、と爺さんに伝えると不安を露にしつつも頷く。

  聞いた処、真っ直ぐな性格で、まだ汚れた部分を知らない未熟者だと。

   然しまぁ、強いのだろう。女だてらの隊長ともなれば。

   いや、その下に有能な副官達がついているから…か? 判らないが。

  今はそれどころじゃないな。 俺は爺さんから視線をザンヴァイクの駐屯地

   それがあるだろう場所に向けて考え込んだ。

  騎士…か。周囲を見るとあらかた催涙弾が作り終えられている。

   然し、これだけでは心許ない…が、流石にこれ以上考え付かない様だ。

  視線をザンヴァイクのいるだろう森へと移すと、相変わらず狼煙が上がっている。

   自分の位置を判らせても勝てるという自信か。…確実に正面から来るな。

  コッチはもう手の打ち様が無いとしてだ。セイヴァールだな。

   正義の旗振りかざした国家かと思えば、漁夫ろうとする。

  さてさて、どうしたものか…ん? 考え込む俺の右肩を叩いてきたのはアリア。

   催涙弾の作製が終わったので、他に何か無いかと尋ねてきたみたいだ。

  流石に材料に限界があるので、これ以上は無理と言うしかなく、

   相手の出方を待つ事となった夕暮れ。 村人はかなり緊張しているのか、

  どこか表情が硬い。まぁ…俺もだけれど。さて、残るは何時くるか…。

   森の方に視線を移すと、相変わらずの狼煙。 

  だが、来るなら深夜だろう。後は、攻め入ってくるのを待つばかり…。

 

 

 
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