「どういうつもりですか、蔡瑁どの」
「袁家の者たちを人質にとって、軍を動かさせるなど、独断専行もいいところ!!」
「釈明をしてもらいましょうか」
江陵の城中にて、一人の男に詰め寄る、二人の女性。
「独断専行?違いますな、私はきちんと命に従っておりますよ、伊籍殿、韓嵩殿」
自身を詰問する二人に、平然と言い放つ男。名は蔡瑁。
荊州の牧である劉琦から、ここ江陵の城主を任されている。だが、
「ふざけたことを!琦君がそのような命を下すわけがなかろうが!!」
怒気をあらわにする韓嵩。
「琦君?ああ、あの病弱な小娘か。くっくっく」
「何がおかしいので?」
蔡瑁をにらみつける伊籍。そこに、
バタン!!
「「!?」」
部屋の中に突然飛び込んできた、黒ずくめの兵士たちによって、取り押さえられる二人。
「蔡瑁!!これはなんのまねだ!!」
「こやつらは何者ですか!?」
押さえつけられたまま、蔡瑁に怒鳴る二人。
「こやつらは虎豹騎。わが親愛なる仲達様の兵」
「虎豹騎!?まさか、劉翔様たち徐州軍を壊滅させた・・・」
「蔡瑁、あなたはまさか・・・」
「・・・連れて行け」
二人に背を向け、兵士たちに指示を出す蔡瑁。
「蔡瑁!!この裏切り者が!!」
「考え直すのです!!このようなものたちに従ったところで、荊州は・・・!!」
叫びもむなしく、部屋から連れ出される二人。
扉が閉まる一瞬、二人が見たのは、蔡瑁の背にまとわりつく、どす黒い何かだった。
「袁術、張勲の二人が、長沙城内に幽閉されている、か」
襄陽の軍議の間。一刀たちは江陵から戻った細策からの報告を元に、軍議を開いていた。それによると、長沙の城主である袁術と、その腹心の張勲。そして、その袁術の客将を務めている黄忠という人物の娘が、囚われの身となり、それによって長沙が掌握されているとのことだった。
「南郡の諸城はすでに、袁術軍によって制圧されたそうです。また、新たに入った情報によりますと、一部が江陵にむけて進軍中とのこと」
そう報告する諸葛亮。
「その総数は?」
「江陵の兵も含めると、八万はくだらないかと」
一刀の問いに龐統が答える。
「江陵の兵は二万ほどだっけ。・・・南郡の兵を何とか足止めできないかな?」
諸葛亮に問いかける劉備。
「そうですね・・・。少数の戦力で糧食だけでもたたければ、かなりの足止めにはなるかと」
「腹が減っては戦はできぬ、なのだ」
張飛が諸葛亮に同意して言う。
「鈴々ちゃんのいうとおりです。問題はそれを誰にしていただくかなんですが」
言いながら、関羽の方をちらりと見る諸葛亮。
「朱里よ、みなまで言うな。私の弓騎兵なら五百もあれば十分にできる。・・・義兄上、ご下命を」
そう言って一刀を見る関羽。
「わかった。・・・けど、無理はしないようにね。兵糧を叩いたらすぐにこっちと合流すること。いいね?」
「御意。では、行ってまいります」
席を立ち、一刀に拱手する関羽。そして、そのまま退出していく。
「長沙の方にも手を打ちたいね。朱里ちゃん、適任者は?」
劉備が諸葛亮に再び問う。
「・・・危険ですが、潜入任務となると、その、ですね」
ためらう諸葛亮。
「適任はそれがしと主ですかな。・・・であろう、軍師殿」
声を挙げたのは趙雲である。
「・・・はい」
力なくうなずく諸葛亮。
「星一人じゃ駄目なのかー?」
そう疑問を呈する張飛。
「私たちの中で、潜入のための技術、つまり、隠行に長けているのは星さんと、ご主人さまのお二人だけです」
「城中では、陽動と救出の二手に最低でも分かれないといけませんから、お二人に行って貰うしかありません」
龐統と諸葛亮がそれぞれに言う。
「じゃあ、俺と星で長沙の潜入。袁術・張勲、それと、黄忠と言う人の娘さんを救出する。その間、鈴々は長沙付近に待機。こっちからは挑発だけして、相手が出てきたら適当にあしらって、時間稼ぎをしてほしい。・・・いいかい、鈴々」
「にゃあ。退屈そうだけど仕方ないのだ」
張飛が一刀に答える。
「ありがと。桃香は輝里と蘭さん、雛里を連れて江陵に進発。こっちも決して仕掛けず、様子見を」
「わかった」
「ははっ」
「了解!!」
「あわわ。が、がんばります」
こちらも、それぞれに返事をする劉備、陳到、徐庶、そして龐統。
「残りは襄陽で沙耶とともに待機。新野の月、宛の久遠さんと連絡を取りつつ、警戒を。頼んだよ、朱里」
「はい。御武運を」
羽扇を携えたまま、返事をする諸葛亮。
「では各自、出発の準備を。解散!」
「私は長沙に?」
「そうよ。明命が長沙に忍び込んで、袁術ちゃんと張勲の二人を救出するまで、時間を稼ぐ。それがあなたの仕事よ、蓮華」
揚州・柴桑城。その一室で自身の妹にその役割を伝える孫策。
「母様と姉さまが江夏を落とすまでの、時間稼ぎでもあるんですね」
「そー言うこと。初陣が陽動なんて地味な任務じゃつまんないでしょうけど」
「いえ。陽動も大事な役目です。不満なんてありません」
きっぱりと言い放つ蓮華こと、孫文台の次子にして孫策の妹、孫権。
「そ。・・・思春、蓮華の護衛、お願いね」
「はっ!」
直立不動のまま応える少女。名は甘寧、字は興覇。
孫策が再び孫権に視線を転じる。すると、当人はなんともいえない複雑な表情をしていた。
「・・・蓮華、何を考えているか、当ててあげよっか。・・・例の幼馴染君のこと、でしょ?」
孫策の言葉にどきりとする孫権。
「クスクス。分かり易いわねー、蓮華は。まあ、今回は会うことはないでしょ。・・・残念?」
からかうように言う孫策。
「そんなことは・・・!!」
「けど蓮華。もし戦場であったら、あなた、どうする?・・・戦える?」
やさしい表情から一転、厳しい表情で孫権に問う孫策。
「・・・戦えます」
少しこわばった表情で、そう返す孫権。
「・・・そ。じゃ、私は行くわね」
きびすを返し、部屋を出ていこうとする孫策。
「姉さま」
その孫策の背に声をかける孫権。
「何?」
背を向けたまま返事をする孫策。
「・・・お気をつけて」
「・・・ありがと」
孫策が部屋を出る。
孫策が部屋を出た後、孫権は一人思考に入っていた。
(荊州の騒乱の隙をついて江夏をとる。そして袁家をこちらに引きこみ、荊州進出の足がかりを得る。戦略としては正しいことは判ってる。けれど・・・)
火事場泥棒のようではないか、と孫権は思う。しかし、孫家において、家長である母の命は絶対だ。自分では決して曲げられないことも、よくわかっている。ならば。
(私は、与えられた役割をきちんと果たす)
それで良いと、孫権は考えを無理やりまとめた。
(一刀か桃香がいたとしても、それは同じ。・・・いないほうが良いんだけど)
頭の中によぎる、懐かしい顔。しかし、孫権はそれをすぐに振り払い、
「私たちも行くわよ、思春」
「御意」
甘寧を促し、歩き出す。
彼女はまだ知らない。
自身がこれから向かう場所に、最も会いたかった、そして、今は最も会わずにおきたかった人物がいることに。
荊州の騒乱は、佳境を迎えつつあった・・・・・・。
~続く~
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刀香譚、二十三話です。
ちょっと日にちがあきましたが、お送りします。
何で日が開いたかって?
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