ある日突然、世界の終わりが来ると言われたら、みなさんはどうしますか?
「もうすぐ世界が終わるんだってね」
能天気な声が、ある高校の屋上、曇り空に響く。声を発したのが10代半ばの少女。その高校の制服を着ている。
「明日雨降るんだねー、みたいなノリで言うなよ。もうすぐ降りそうだけどさ」
学生の少女の隣に、似たような制服を着た少年。年は少女と同じくらいのようだ。
現在高校生は授業をしていなければいけない時間なのに2人は屋上にいる。しかしそれを咎める人はいない。学校は休みである。ただし理由は祝日でも休日でもない。
1週間ほど前に、政府により世界の終わりが発表された。
原因は難しすぎて覚えていない。だが現実味は十分あった。「もうすぐ世界が滅ぶ」のである。
そんな発表がされれば世界はパニックになり、社会はまともに機能しなくなる。学校や会社は休みになり、やけになり犯罪を起こす者も現れた。自殺も多数発生している。ある意味社会は終わりを迎えつつあった。大きな災害が起きる前に人間が自滅しそうである。
2人の学生も者かにパニックに巻き込まれ、途方に暮れていた。家族や友人は泣き叫び、怯え、悲しんだ。2人はそんな状況に耐えられなくなり、すでに管理されていない母校へ侵入して落ち合うことにした。
この2人の学生は幼馴染だった。家も近く、幼稚園の頃からずっと兄弟のように生活してきた。ある意味家族みたいなものだ。こういうときにも信頼試合、落ち着いて話し合える仲である。
「ねーねー、昨日お父さんが変なビジネスに釣られて死んじゃった。どうしよう、あはは」
少女が笑う。屈託のない、それでもどこか冷めた笑顔を浮かべて。
彼女の話す『変なビジネス』とは、世界が終わるまでカネに執着しようとした輩が始めた安楽死サービスのことだ。多大な料金を支払うことで、薬品による恐怖の少ないしが約束されるとか。死の恐怖に怯えつつ生きるくらいなら、という気持ちを持った者が多数利用しているらしい。政府にも何人かそれを利用する者が現れ始め、結局みんながそれを黙認してしまっている。
少年もクラスメイトが何人かそれを利用しているのを聞いていた。身近な人たちがそのような死に方を選ぶのは悲しくて仕方なかった。しかし、既に誰もが死の恐怖に押しつぶされそうなのは事実だ。少年だって、迫りくる死が恐ろしくて仕方ない。
「……お父さん、残念だったね」
「そだねー、ほんと馬鹿。馬鹿すぎるよねー」
少女は泣きながら笑っていた。彼女だって死ぬのが怖いだろう。だが、家族の死がそれより重くて、辛くて。彼女の家族も同じ思いをしているのだろう。それ以外の人間に今は気持ちをぶつけるべきだ。少年はそう思い静かに彼女の気持ちを聞いていた。
「私ねー、世界の終わりなんて来ないと思うんだー」
「は?」
「世界の終わりなんて、誰かが決めれることじゃないよ。自分の世界の終わりは、自分で選べるもん」
少女は相変わらず泣いたり笑ったり。でも冗談を言っている風には見えなかった。本気で世界の終わりを信じてなんかいないのだろう。
「俺は来ると思うよ、世界の終わり。冗談でも本当でも、そんなこと言ったら今みたいに社会は混乱するだろ。発表するリスクの高い情報を、不確定なまま出さないと思う」
少年なりに考えた世界の終わりについての見解がこれだ。そのまま言ってしまえば少女を傷つけることになるが、敢えて黙っている必要性も感じられなかったので正直に伝えた。もともと社会は混乱しているようなものだ。そしてとても不安定である。そんな中にわざわざ爆弾を投下する必要が感じられないのである。
「ふーん。まあ理屈とかで考えたらそういう結論にたどり着くよねー。私も最初そう考えたもん。でもやっぱり、これが世界の終わりとは思えないなー」
「……どうして?現実逃避?」
「そうかも。でも本気で世界の終わりは来ないよ。本能がそう告げてる」
少女はいつの間にか泣きやんでいた。
「本能、ねぇ。女の勘とかそういうの?」
「どうなんだろうねー。ただなんとなく、そう思うだけ」
そう告げて、再び泣きだす少女。
「私は、私は世界の終わりなんて信じない。だから……お父さんには変な死に方、して欲しくなかった」
少女の嘆きは、屋上にむなしく響く。時々悲鳴や怒声が聞こえる。近くの風景も社会の混乱により、たやすく壊れていく。少年は自分の無力さを呪った。自分は世界を救えないし、隣で泣いている少女を慰めることもできない。
突然、雨が降り出した。もともと雨が降りそうだと思っていた少年は、鞄から折りたたみ傘を取り出す。何の変哲もない紺色の傘だ。
一方少女の方雨に打たれ続けている。傘を持ってきていないのか、出すのを忘れるくらい泣くことに没頭しているのか。
「……世界が、終わりそうでも雨は降るんだねー」
少女が呟く。雨の音に消されそうな小さい声で。相変わらず傘をさす気はないようだ。少年の傘にも入ろうとしない。制服がどんどん濡れていく。
そんな彼女を見かねて、少年は静かに傘を動かす。傘の半分を少女の頭上にかざす。
「ん、傘ありがとー」
自分の頭上の紺色の存在に気付き、微笑む少女。顔は涙でひどいことになっている。
「……屋上からの眺め、綺麗だな」
照れくさくなったのか話題を変える少年。確かに屋上からの眺めは良かった。遠くに見える海、見慣れた街。普段は意識していないものも視点を変えれば美しく見えるのだ。例えそこで何が起こっていても、ここからでは分からない。
「世界が終わろうとしても、雨は降るし、景色は変わったりしないんだ」
少年が言う。雨に濡れる街を見て、この辛さも全部沈んでしまえばいいのに、と思ってみたりしている。少女は特に何も言わない。少年もき魔づくなって黙ってしまう。長い沈黙が流れる。
「みんな死ぬのが怖いのは分かるよ。私も怖いもん」
ふいに少女が沈黙を破る。そして少年に少し寄りそう。ただ傘に深く入るためであろうが。動いた結果少年と肩が触れ合う。それでも少女は特に反応をしめさない。本当に兄弟のように思っているから。
「でもさ、いつ死ぬかなんて分かんない。明日トラックにぶつかるかもしれないし、1ヶ月後に重い病気にかかるかもしれない」
「しばらくしたら世界が滅ぶらしいしなぁ」
少年が茶々を入れる。
「そうそう。だから結局世界が滅ぶとしても、滅ばないとしてもね、いつ死ぬかなんて分からないんだよね。だからいつも通り過ごすべきだって思うよ」
言いたいことを言いきったためか、少女は気分がよさそうだ。顔には笑みが浮かんでいる。
二人が語らっている間に雨は止んでいた。遠くには虹が見える。
屋上から街を見ると、まるで街全体が虹に包まれているようだった。
「……みんなも、この光景見たら落ち着くかな」
傘を畳みつつ少年が呟く。
虹に包まれた街を見て、二人はいつまでも街を見つめ続けた。
静かに、静かに世界は滅びに向かっていく。それでも二人はいつまでも空と街を見続けた。
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