荊州の牧、劉表は死の床にいた。
悪化していた病状がさらに進行し、もはや、意識を保っているのが精一杯の状態だった。
「一刀どの、沙耶を、美弥を、そして荊州を、お願いいたす。どうか、どうか」
それが劉表の最後の言葉だった。
娘二人に看取られながら、劉表は黄泉路へと旅立った。
父にすがり、泣きじゃくる劉琦と劉宗。
「景升さま、安心してお眠り下さい。必ず、お二人は私がお守りします」
安らかな顔で眠る劉表に、そうつぶやく一刀。
その翌日。
長女劉琦を喪主として、劉表の葬儀が執り行われた。
雨の降りしきる中の葬儀であったが、多くの襄陽の民が葬列を見送った。劉表が牧として、民に愛されていた証明だった。
三日間喪に服した後、劉琦を荊州の新しい牧として、許昌の劉協に奏上した。劉協は快くこれを認め、その勅書が荊州に届けられたのが、その三日後。
正式に荊州の牧に就任した劉琦は、蔡瑁とその兄弟を江陵の太守に任じ、その補佐に自身の幕僚である、伊籍・韓嵩をつけた(ようするに監視役だが)。
一刀は新野の城主を務める傍ら、劉琦の後見として、その相談役としても、多忙な日々を過ごし始めた。
そんなある日。
「長沙の袁術が?」
「はい。南郡の諸城を落とすため、戦力を動かしています」
先の汜水・虎狼関戦において、反西涼連合に加わり、そして長沙の城主に格下げとなっていた袁術が、荊州の南部にある、四つの郡を攻撃し始めたという報せが、襄陽に来ていた一刀たちの下にもたらされた。
「昔日の栄光をもう一度、といったところでしょうか?」
劉琦が一刀に問う。
「・・・正直、わからないな。袁術はともかく、その腹心の張勲は何を考えてるか判らないところはあるけど」
「細策、放つ?」
劉備が一刀に問う。
「そうだな。朱里、頼めるかい?」
「はい。それと、もうひとつご報告があります。江陵の兵が、その動きに同調しているらしいそうです」
「は?」
唖然とする劉琦。
「間違いないの?朱里ちゃん」
「はい。・・・伊籍さんと韓嵩さんは、周囲の鎮撫のために兵を動かしているだけと、蔡瑁さんから説明を受けたそうですが・・・」
「・・・あの二人、まさかそれを信じてないよね?」
諸葛亮にそう聞く、一刀。
「まさかですよ。お二人には、江陵の軍の動きには、十分に注意するよう、伝えてあります」
「ならいいけど。沙耶、丁原さんに使者を出しておいてくれるかい?もしものときは、恋たちにこっちに出張ってもらうかもしれないって」
「はいです、おじさま。・・・けほっ、けほっ」
一刀に答えながら、咳をする劉琦。
「・・・大丈夫?沙耶ちゃん?」
劉備が心配そうな表情で、劉琦の顔を覗き込む。
「・・・大丈夫です、桃香おばさ「む?!」・・・お姉さま」
おば様、といいかけた劉琦を、すごい形相でにらむ劉備。そしてあわてて言い直す劉琦だった。
「申し上げます!武陵城、陥落いたしました!!」
「そうか、報告ご苦労。下がってよい」
「はっ!」
報告に来た兵士が天幕を出る。
「・・・これで、後は珪陽だけか。・・・すまんな、黄忠どの。このような無意味な戦に巻き込んでしまって」
大刀を背に背負った女性が、対面に座る妙齢の女性に頭を下げる。
「お気になさらないでください、紀霊将軍。・・・大事な娘のためですもの。お互いに、ね」
にこりと微笑む黄忠。
「お互い・・・?」
「あら。美羽ちゃんも七乃ちゃんも、あなたにとって娘さんも同然でしょう?八年以上も、二人を育てて来られたんですから」
「娘・・・。美羽さまと七乃が・・・。そう。そうですね。二人は私にとって何物にも変えがたいもの。先の戦とて、私が留守にしていなければ、参戦などさせなかったものを」
こぶしを握り締め、悔恨の表情を浮かべる紀霊。
「・・・過ぎたことを悔やんでも、仕方ありませんわ。今度こそ、お二人を守ればいいのですよ。ね?」
「うむ。・・・口惜しいが、今はあやつのいうとおりに動くしかない。三人の命を救うために」
「はい。・・・璃々、待っててね。おかあさん、必ずあなたを助けてあげるからね」
「美羽さま、七乃。この紀霊、必ずお二人を無事に助け出して差し上げます。もう少し、ご辛抱くだされ」
決意の表情で、天幕を出る二人だった。
「ほう。袁術がな」
「はい。荊州南郡の諸城を次々落とし、勢力を拡げています」
眼鏡をかけた褐色の肌の女性から、そう報告を聞く孫堅。
「劉表の後継・・・琦君はどうしている?動きは?」
「どうやら江陵の蔡瑁が、叛旗を翻す動きがあるようで。そちらの対処に、かかりきりになっているようです」
「そうか。・・・雪蓮、予定より早いが、動くよ」
地面にしりもちをつき、肩で息をしている自分の娘、孫策に声をかける孫堅。
「・・・わかったわ、かあさま」
何とか立ち上がりながら、孫堅に答える孫策。
「冥琳。抹陵の蓮華に使者を。援軍として一万、こっちへ送るように」
「は。・・・蓮華さまが来られた場合は?」
孫堅に問う、眼鏡の女性、周瑜。
「・・・追い返しなさい」
「・・・御意」
「かあさま、いい加減、蓮華にも初陣させていい頃じゃ」
孫堅に、孫策が言を呈する。
「・・・あれは戦場に向かないわ。シャオと同じでね。・・・でも」
「でも?」
「私や雪蓮になにかあってからでは遅いし・・・。冥琳」
「はい」
天幕を出ようとしていた、周瑜を引き止める孫堅。
「先の命はなし。もし蓮華が来たら、そのまま参戦させなさい」
「「!!」」
「・・・王の血脈にあるものは、いずれは命を背負わねばならないものね。自身以外の、兵や民草の命を」
「かあさま・・・」
「文台さま・・・」
孫堅の横顔をみる、孫策と周瑜。
「さ、出陣の支度をするよ。出立は十日後。ほら、動いた、動いた!!」
「「御意!!」」
「ち、仲達!!これは何のまねじゃ!!」
自身を取り囲む兵を指揮する男に、怒声を浴びせる老人。
「お前の役目はもう終わったのだ。”死んでいた”貴様を拾ったのは、この外史を破壊するための人形とするため」
「外史・・・?な、何のことじゃ!!それに、わしが”死んでいた”とはどういう・・・!!」
「文字通りさね」
男のそばに立つ一人の女が言う。
「あんたはあたしたちが見つけたときには、とっくに死んでいたのさ。それを仲達さまが今まで動かしていたんだ。ただの人形として、ね」
「な、ならばわしは、わしが大陸の王になると言うのは・・・」
「なれるわけないでしょう?あんたはただの死人なんだから。それが証拠に・・・」
女が手の中の琴を、ピン、と爪弾く。
「!!」
その瞬間、老人はその場に塵と化して崩れ落ちた。
「クス。ほうら、一瞬で塵になっちゃった」
けらけらと笑う女。
「仲達さま、これからどうされますか?」
もう一人、別の女が男、仲達に問いかける。
「・・・流れは正史に傾きつつある。われらは正史のとおり、”魏”に食い込む」
きびすを返し、その場から歩き出す仲達。
それに二人の女と、兵士たちも続く。
無人となった玉座の間に、一陣の風が吹く。
舞い上がる、塵となった、かつて張譲と呼ばれたモノ。
この数日後、洛陽は曹操の支配下となる。
洛陽に入った曹操と家臣たち。
その中に、一人の新しい女性の将がいた。
漆黒の髪と、漆黒の装束に身を包んだその女性の名は、
姓を司馬、名を懿。字を仲達といった。
Tweet |
|
|
103
|
11
|
追加するフォルダを選択
伏竜・鳳雛の二人を迎えた一刀たち。
そして、もたらされる訃報。
荊州に嵐が巻き起こります。
続きを表示