三章『天才・恭平』
部屋に戻ると、見知った顔があった。そいつは部屋へと続く通路で風間を待ち構えていた。それは二十代前半の、顔が整った美形な青年。八陣の一角、木田恭平である。コードネームは忘れたが、もしかしたら初めから聞かされていないのかもしれない。
「やあ神海。よかったら今から飲まないかい?いいお酒が入ってね。」
「君は一々面倒な奴だな。私の携帯に連絡を入れればそれで済む話だろう?」
その言葉に恭平は頭を二度掻く。
「そんなこと言うなよ。そんなこと言うなよ。はい、決定。」
この急かす態度は一緒にお酒を飲みたいというよりは、ただ単に酒の自慢話であろう。
「悪いが今から・・・・・・いや、そうだな。私の部屋なら構わんぞ。」
(もし、その酒がホンモノならチャンスを逃すことになるから。)
「ぉ~~?流石は暗無。嗅覚は素晴らしいものですな~。」
恭平は馴れ馴れしく肩を抱いてくるが、風間はそれを掃わずあくまで自室へと向かう。
「つまらない物なら追い出すぞ?」
「ははっ!りょ~かい。見たら驚くぜ。なら神海の部屋に持ってくるように部下に言っおいてやろう。」
そんな話をしていると、部屋に着いた。
「む・・・・・・。」
視界には、赤いドレスに身を包む場違いな和泉の姿があった。外見は本当に美しいのだが、その動機がワインを飲むだけという不純すぎる和泉を美しいと思うことは無理があった。
「・・・・・・。」
(ワイン一本にそこまで命を賭けんでもなあ・・・・・・)
呆気に取られている風間をどかし、恭平がずかずかと部屋に入る。
「おいおい、ドア開いてるぞ。ハプネスはセキュリティが厳しいんだからちゃんと・・・、」
そこまで言って、風間の部屋に誰かいることに気が付き、瞬間、恭平は風間の隣から姿を消えた。
「あ、君っ!」
声を出すが、もう遅かった。恭平は中にいる和泉背後に一瞬で回りこみ、喉元にナイフをやさしく当てる。それはハプネスの暗殺のお手本である。
「何故こんなところに女がいる?情報を全部吐くなら見逃してやる。」
「あ、私、その・・・・・・。」
歯切れが悪いが、そのKと描かれた独特なナイフを見た途端に震えが止まった。
「恭ちゃん?」
「・・・・・・え?」
恭平はパッと身を外し、相手を確認する。
「・・・・・・。」
しばし考える恭平。
「恭ちゃん・・・・・・だよね。外見全然変わってなくて・・・・・・、」
「出雲(いずも)!出雲じゃないかっ!いや~久しぶりだな。あれ?本館にいるってことは昇格したんだね!?これはめでたい。めでたいぞ~!」
「昇格は神海のおかげだけどね。でも残念。イズモじゃなくてイズミでした。」
二人はまるで何年ぶりかに会う幼馴染みたいなリアクションをする。まあ、実際はその通りなのだが。
「ちなみに本館に入れるのは上位クラスの人間だけであって、基本的に一般社員と未成年は別館ABである。ちなみにBよりはAの方が施設が整っているな。」
「神海?誰に説明してるの?」
「まあ八陣に上がって間もないからね。きっと壊れたんだよ。」
「失礼な!」
言いながらもいつのまにか和泉はキャストネクションをグラスに注いでいた。
「おお、これはキャストネクション。これってけっこうな値段するんだよね~。あ、オレも貰うよ。」
「ふふっ、しかも30年物!どうよ恭ちゃん!これが飲みたいのなら跪くがいい!」
「いや、それは私の八陣での初任給で・・・・・・、」
「あ、神海は特別に跪かなくてもあげるよ♪」
「・・・・・・。」
(この女は人の話を聞いているのだろうか?)
風間は慣れないため息を吐いてからベットに寝転がる。
「ふっふっふ。キャストネクション。それも、30年物か・・・・・・。」
「そう、30年の歴史の中、フルボディは現代に至るまで眠らされていた。それは、美しく、鮮やかに変化するため。ただでさえ超一級品のキャストネクションは入所も難しく、さらにはそんじょそこらの凡人の手に入らぬよう製造を抑えている。そのワインのキングとまで言われたキャストネクション!今!30年の年月を経て登場します!」
言うが早いか、和泉はグラスにコトコトと上品に注ぐ。その笑顔は綺麗とか嬉しそうとかでなく、まるで麻薬中毒の姿そのものであった。
「君、ハプネスで事務員なんかやってないでアナウンサーでもやったらどうだ?」
ベットの上に綺麗に並べられているエロ本を取り出し、それを眺めながら呟いた。
「ワイン専門なら喜んで♪」
(この未成年が。)
ちなみに風間神海、現在15歳である。
「相手にとって不足はない。・・・・・・さあ、ワインのマダム、その姿を見せよ!」
「わ、ワインのマダム・・・・・・ま、まさかっ!」
恭平が叫ぶと、ボーイマンの姿をした男が布を被せたビンを持ってくる。恭平に頭を下げると、すぐにこの部屋から出て行った。
(・・・・・・もう深夜4時ってのに、ご苦労なことだな。)
恭平自慢のワインよりボーイマンの生活習慣が気になった。
「ディフィベルサイユ!来月発売、キャストネクションを継ぐといわれているワインのマダムだ!」
勢いよく布を剥がすと、シルバーのワインが華麗に姿を見せた。
「抱いて!」
ワインに釣られた和泉が恭平に抱きつく。ただ、抱きつきながらもその右手にはキャストネクションの入ったグラスをキープしている。
「・・・・・・屑の見本だな。」
「いゃぁ~ん、もう、神海の馬鹿。キャス・・・神海のことも大好きに決まってるじゃない。」
くねくねしながら普段決して使わない色気を最大限に活用する。
「・・・・・・。」
抱きつかれた恭平は、何をするでもなく、ただ和泉を正面から見つめていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・?」
「まさか、元八陣最強が女に免疫ないなんていうなよ。」
「どうしたの?和泉に惚れちゃった?」
和泉は今日、この変なテンションで通すらしい。
「・・・・・・いや、」
恭平はにこっ、と笑顔を作ると、横になっている風間を起こした。
(・・・・・・!)
直感だが、今の恭平の間は、何かがある気がした。
「ほらっ!飲むぞ神海!シフト表見たけど明日は休みなんだろ!」
話を流すものの、それには付き合う。和泉もいるし、変な腹の探り合いは避けたかった。
「当然だ。」
こうして3人でワインを舌と匂いで楽しみ、上品に味わっていたが、2時間経って酔いが回った時にはもう日本酒に切り替わり、ただただアルコール溺れた人生の敗北者に成り代わっていた。
そして、明朝8時。恭平は去り際に恐ろしいことを言った。
「神海、社長が今日は出勤してくれってさ。じゃ、おやすみ。」
「・・・・・・。」
(出勤してくれ・・・・・・出勤して・・・出勤・・出勤出勤出勤・・・・・・)
風間の頭にこの悪魔の言葉が木霊していた。
「・・・・・・。」
ベットには、既にできあがっている和泉が一人幸せそうに眠っている。
「・・・・・・出勤。」
風間は和泉をそのまま寝かせ、壁にもたれてながら寝息をたてた。
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