第三章 天井翔太
*
空を見ていた。
ただ青い空。雲一つない晴天の空。
本当に何もない、澄み渡った天空。
で、そんなもの見て何が楽しい?
それが、私が天井翔太(あまい・しょうた)を初めて見たときの第一印象だった。
ゴールデンウィークを来週に控えた週末。気の早い人たちは有休でつなげて、既にゴールデンウィーク突入中という日曜日だった。
私は取り立てて予定も入っていなかったので、九段坂恋歌をいじくって遊ぼうと思っていたのに、恋歌の奴はいつの間にか出かけていなかった。ちっ、逃がしたか……。
そんなこんなで暇潰しがてらに、ぶらりと商店街の方に出かけた。あの立ち並ぶシャッター通りが風情があってよろしい。今日はゴールデンウィークに合わせて、廃業していないはずの店もシャッター降ろしているものだから、本当にシャッターばかりになっちゃってる。これじゃあ、折角来たのに買い物一つ出来やしない。
というわけで、とぼとぼと商店街を歩いていると、以前古い町屋があったはずの場所が空き地になっていた。
地上げにでもあったのかな? こんなマイナーで寂れた商店街でも再開発の波は止められないのか。そんな感想が浮かんでくる。
その雑草がうっすら生え始めた空き地の真ん中に、一人の子供がいた。空き地で遊んでいるのなら、私も近所のガキが入り込んで遊んでいるのだと納得するところなんだけどね。子供が一人、空き地に突っ立って『上』をじっと見ているのは不思議な光景だった。
「何してるの?」
私は思わず子供に声をかけてしまった。
「何? おばさん、何か用?」
誰がおばさんじゃい、このクソガキ!
「ボクぅ。おばさんじゃなくて、お姉さんでしょ?」
まだ二十台前半(ぎりぎり)の私をつかまえて「おばさん」とは何と失礼な。それとも私は、いつの間にかこの子供の「叔母」にでもなったのだろうか。親戚はいつの間にか増えて減るって言うし、油断なりません。
「え? どこにキレイなお姉さんがいるの?」
……ほ~。私にケンカを売るとは、なんて前途有望なガキんちょなんだろう。いっぺん死んでみる?
「どこどこ? おばさんしかいないみたいだけど」
その子供は、上に向けていた視線をやる気無く降ろして、周りをぐるりと見渡してみせる。そして、何もなかったと言わんばかりに、視線を上に戻した。
実家にいるお父様、お母様。不出来な娘が犯罪者になることをお許しください。どうやら私は本当に未成年に対する傷害事件を起こしそうです。
「わ・た・し・が! お姉さんでしょ?」
「おばさん、おばさんじゃん」
私刑決定! 私が責任をもって、社会の常識を教えてあげます。
私はクソガキの頭を鷲づかみにし、キリキリと締め上げる。
ふっふっふ。大学生時代テニスサークルで鍛えた私の握力を思い知るがいい。
「それで、おばざん何の用?」
何っ! 私のアイアンクローをくらって平然としているなんて! この子供、一体何者!
改めてその子供を見ると、小学校高学年ぐらいの男の子。恋歌よりは年下に見える。今、私が締め上げている頭は短髪が綺麗に手入れされ、着ている服も生意気なことにブランド物の上下の揃えだ。その子供の全身から、育ちの良さが窺える。
「あんた、痛くないの?」
「多少ね」
子供が素っ気なく答える。まるで、私が締めつけている事自体、興味がないといわんばかりだ。
「多少……なの?」
くそぅ。以前は片手でグレープフルーツも握り潰したのに、さすがにOLになってなまったのかな?
私は心中、渋々負けを認め、子供の頭から手を離した。少年は私に触られた髪の毛を指で数回梳くと、何事もなかったように、また『上』を見始めた。何か空にあるのかと思って、ちらりと視線をやっても何も見あたらない。
「あんた、名前は?」
私のアイアンクローに耐えきった精神力をたたえて、名乗らしてあげましょう。光栄に思うがいい。
「人に名前を聞くときは、まず自分が名乗るものらしいよ」
そう言う少年は私の方を見ようともしなかった。なんかむかつくなぁ。
「やだ」
私はいつものように即答する。どうして私が先に名乗らないといけない。
「そう……」
私が拒否したことで話はそれまでと、子供は黙ってまた『上』を見続ける。
あ~、なんかノリの悪い子供だなぁ。そういうときは「それだったら俺も名乗るわけにはいかねぇな! ちなみに俺の名前は○△□だけどな! はっはっ」とか言うもんじゃないの?
「私の名前、聞きたい? 聞きたいよね?」
「別に。おばさんが誰でも関係ないし」
「そんなはずないでしょ? ここで会ったが百年目。運命の出会いかもしれないし」
「はぁ。何ってんの?」
子供は語尾を上げて、訝しげに言う。
「この出会いが切っかけで私たち結婚するかもしれないよ」
「オレが大人になったとき、おばさんはバアさんじゃん。ありないね」
やっぱ、このガキ殺す! 女性に向かって、なんて口の利き方!
グワシ、と今度は両手で子供の頭を掴む。そして持ち上げる勢いでキリキリと挟み込む。
「…………痛くないの?」
「痛いよ」
その割にこの子は痛がっていない。くそ~。こいつ神経ないの?
「離してくれないと、警察呼ぶよ」
何? 私を脅迫しようというの? 子供の分際で。
「警察が怖くて、子供の躾は出来ません」
と言いつつ、私の手は既に体の後ろに回りノータッチの姿勢。
「でもおばさん、知らない人じゃん。知らない人から話かけられても無視しろって先生が言ってた」
うっ。なんてまともな学校教育なんでしょう!
「く……。私の完敗よ。あんた、なかなかやるわね。私をここまで追い詰めたのは、昨日格ゲーで対戦した九段坂恋歌以来よ」
「ふ~ん」
何、その冷めた反応? そこは「昨日って、めっちゃ最近じゃん!」ってツッコミ入れる所でしょ! くそぅ。子供のくせに、なかなかやってくれる。
「……本当に負けました。後生ですからお名前をお教え願えないでしょうか?」
私は子供に頭を下げた。ボケ潰しのツッコミスルーなど、私が勝てるはずがありません。ここは素直に尻尾巻きましょう。
そんな私の懇願に、しばらく考えた様子で黙り込んだ後
「天井翔太」
と、ぶっきらぼうにその子供が名乗った。
勝った! 個人情報をこんな簡単に漏洩するとは、なんたる低落! あまい。あまいぞ! 天井翔太! そんなのでは、この現代社会を生き抜くことは出来ないよ~♪
「それで翔太くんは何してたの?」
「空、見てた」
そう言う翔太は、その言葉のまま空を見ている。なんか目が焦点合ってないけど大丈夫? 薬とかやってないよね?
「空? 何か見えるの?」
私もじっと空を見上げてみる。本日は晴天なり。澄んだ風が流れる五月晴れという奴だ。
「空が見える」
「いや、それはわかってるけど、他には?」
「別に」
おい待て。本当に空を見てるだけなの?
「え~っと、何のために空を見ているの?」
「……空を見るため」
こいつは一体何なの? もしやこれが噂の電波系とかいう奴? 係わったの私のミスかな?
「つまり、空を見るために空を眺めて、それで満足していると、天井翔太くんは主張するわけでしょうか?」
「何か悪い?」
私は何か悪いことがないかと必死に考えたけど、思いつかなかった。空を見ているだけなら、さすがに無害。文句のつけようがない。強いて言うなら、この空き地への不法侵入があるけど、それなら私も同罪なので許してあげる。
はっ! あった! このままではオチがつかない! オチのない話は罪。それだけで大罪なんですよ!
「もうちょっと面白いネタないの? 空を見てるだけじゃ、ちょっち大人の事情が許さないんだよね」
「オレ子供だから、大人の事情なんか知らない」
うぐぅ。そうきたか! 子供のくせに、私を論破するなんて!
「本当に空を見ているだけなの?」
私がそう聞いている間も、翔太は空をじっと見続けている。ホントにこの子は何なのだろう?
「家族を想ってかげおくりをしてるとか、超高空射撃の大気補正をしているとか、数年前に来なかった恐怖の大王を召喚しているとか、何かあるでしょ?」
「はぁ? ないよ。そんなの」
むきっ! 全部スルーか! けど、今のボケは小学生にはちょっとわかりづらかったかなぁ。『かげおくり』くらいならいけると思ったのに。
とか何とか考えてたら、なんだか懐かしくなったので、私は自分の影をかげおくりしてみた。
青空に浮かぶ白い影。かげおくりをしたなんて、何年ぶりだろう。たぶん小学生以来。本当に懐かしい。
「かげおくり」ってのは、自分の影を凝視した後に明るい空を見上げると、明度対比か何かで目に白い残像が見える現象らしい。昔は不思議に感じたけど、そんな説明を理科の授業で聞かされたんで、なんだか台無しに感じた覚えがある。
「ねぇ、翔太くん。かげおくりって知ってる?」
「何? さぁ、知らないけど」
ふむぅ。やはり最近の子供はそんな素朴で野性的でお金のかからない遊びには興味ないのかな。やっぱりゲームとかお店で売っている物ばかりで遊ぶんだろうなぁ。昆虫でさえお金で買うと聞くし、拝金主義ここに極まり、みたいな?
そうなると、この空ばかり眺めている天井翔太は見た目通りの変わり者ということで。まぁ、私の周りには変人がたくさんいるので慣れているけど、クラスでイジメられてたりするんだろうなぁ。日本の「出る杭は打つ。出なくてもやっぱ打つ。結局みんな鬱」みたいな風潮は、なんだかんだいって怖い物がある。私も世渡り上手になりたいな……。
私が独り、世の中の無情を嘆いていると、天井翔太は見上げていた視線を戻して、とぼとぼと歩き出した。
「どこ行くの?」
「帰るんだけど」
翔太は私に振り返りもせずに答えた。
あら、帰るんだ。どうやら天井翔太は家出少女の恋歌と違って帰る場所があるみたいだ。まぁ、普通はあるか。
「家に帰るの?」
「なんか悪い?」
「悪かないけど、空はもういいの?」
「もう終わったから」
終わった? 何が? この子、本当に空を見ていただけなのに……。やっぱ、電波受信してたのかな?
私は去っていく翔太の後を追いかけ、並ぶように歩き始めた。
「あんた、いつもあんな風に空を見ているの?」
「週に二、三回は」
「そ、そうなんだ……」
それ、多くない? 友達いないの?
「どうして、おばさんついてくんの?」
「おばさんじゃありません」
「別にいいけど」
「よくありません!! そこは『なんで、お姉さんついてくんの?』と言い直すところでしょ!」
「嘘はよくない」
ムキーっ! 私をお姉さんと呼ぶと嘘になるですと!
「あんた、友達いないでしょ!」
「うん」
肯定しちゃダメ! そこは肯定しちゃダメ! 微々たるプライドに縋りついて生きていくのが人間という生物なんだから、見栄とか体裁は最低限気にするように!
「ほ、本当にいないの……?」
「おばさんも友達いないだろ」
「な、な、な、な、なんですってっ! 私はいる! 友達いる! 絶対いる!」
私が一声かけたなら、合コンの一つや二つ、直ぐにやれるんだから! 向きになって否定するのが怪しいですって? そ、そんなことはない……はず。
「やっぱり、おばさんでいいんだ」
うぎゃ。そっちか! 揚げ足をとるなんてよくないと思いますっ! いつも私がやっていることだけど……。
*
「と、いうことがあったんだけどねぇ」
いつものように家に帰った私は、事の顛末を九段坂恋歌に話した。
「私は『お・ば・さ・ん』じゃ、ないよね?!」
「そんなに気合い入れて聞かないといけないことなんですか、それ?」
恋歌はやる気のない様子で答えた。その視線は相変わらずニュース番組なテレビを見ていた。どうやら子供の恋歌には、二十歳を過ぎた女性の気持ちはまだわからないようだ。
「ふっふっふっふ。九段坂恋歌よ。心して答えなさい! 言っておくけど、あんたと私は書類上、同い年。私がおばさんだったなら、あんたも自動的におばさん決定なんだからね!」
「はぁ。おばさんでもいいですよ、私は」
なぬっ! なんて余裕発言! ちょっと若いからって!
「子供の言うことなんだから、そんなに真剣になることもないんじゃないですか?」
くそ~。自分も子供だからって。
「それにしても変わった子ですね。その天井くんとやらは」
いや、あんたに言われたかないぞ、自称二十四歳家出娘。
「……見える子なのかな?」
「恋歌もそう思う? 私は電波ゆんゆんでよんよんなやんやんっ子だと思うんだけどね」
「あなたの頭はゆるゆるですけどね」
私の頭のどこがゆるゆるだって? 私の頭はネジがミリネジとインチネジを間違えているだけなんです!
「子供は感受性が豊かだから、時々いるんですよね、見えちゃう子」
「あんたみたいに?」
「そう、もしそうなら危ないわよ」
ありゃ? 私が冗談で言った一言は、恋歌に肯定されてしまった。
「恋歌も何か見えるの?」
「ええ、私も毎日見ていますよ。あなたのだらしない寝顔とか、部屋着にしている高校時代の体操服姿とか」
「返して~。私の大事なプライバシーを返して~」
私の必死の訴えにも、恋歌は涼しい顔だ。
「諦めてください。あなたの胸元にあるホクロの位置も、今日の下着の色も、全部私の愛のメモリーに収納されているのです」
そりゃ、九段坂恋歌とワンルームで同居の身である私の私生活は、恋歌に筒抜けなわけで。
「それより、愛って何よ」
「哲学的なことを聞くのですね。その質問に明確な答えを持っている人間が、世界に何人いるとお思いですか」
「くっ。そんな一般論で返すとは、さすが恋歌」
「誉めてるのですか? けなしてるのですか?」
「う~ん。微妙」
私がおどけて言うと、恋歌は屈託のない笑みを見せる。そういう顔をしている時は年相応の子供に見えるのに、言うことはホント大人びている。一体どんな教育をしたのか、親の顔が見てみたいものだ。
「ねぇ、もしその空を視ている子にもう一度会ったなら、こう伝えてくれますか?」
何やら唐突に恋歌が言った。
「一体、何よ? どうして私が伝言頼まれないといけないのよ」
「無いモノねだりもいいけど、今あるモノも結構いいものよ。一度なくしてしまうと、手に入らないのだから……、って」
って、私の話は聞いてないのかいっ!
それにしても、その伝言って何んだかものすっごく意味ありげなんだけど、恋歌は何を言いたいんだろう? 私にはさっぱりわからない。
「残念☆ 文字数オーバーです。そんな長いの覚えれないから」
「これぐらい覚えてください」
「え~、ちょっち長い」
この会話を聞けば、どっちが子供かわかんなくなる。でも私は大人で恋歌は子供。間違いない!
「あなた、それでも大卒なんですか?」
「あんな大学、誰でも入れるわよ。入学金さえ払えばね」
「さり気なく問題発言じゃないのですか?」
「現実問題、あの大学を落ちた人を、私は見たことがないんだよなぁ」
「なら仕方がないですね」
「えぇ、仕方がないよね」
私が卒業した母校ではあるんだけど、そんなに愛着もないし、キャンパスに行く度に変なサークルに勧誘されて、うざい思い出しかない。
「大学といえば、恋歌。そろそろ学校に行く気になった?」
「ですから、私は学校に行く気も、行く必要もないのです」
「またそんなこと言って。不登校はダメだよ。学校ってのはね、将来のために行く所なの」
「じゃあ、あなたは学校に行って、何かためになったのですか?」
そう言われるとつらい。OLとはいえ、受付嬢一筋の私は、学校で習ったことなどほとんど必要としていない。基本的な国語と四則計算以外、学校の授業はまったく役に立っていない。外国人の接客に必要な英語にいたっては、学校の授業内容なんて問題外に無意味なものだった。まぁ、私は駅前留学したからなんとかなってるけど。
「うううう……。そう。学校に行って、友達が出来ました!」
やっと言うべきことを思いついた私は力強く言った。その答えは予想していなかったのだろう。恋歌はビックリした顔をした。恋歌がそこまでの表情を見せるなんて珍しい。
「本当に?」
「嘘ついてどうなるのよ」
「本気で言っているんですか?」
「本気も本気。マジっ子です」
どうして、そんなに念を押されないといけないのだろう。私はそんなに信用ならないの?
「そう、それならよかったです。それは本当にいいことです」
と言って、恋歌は明るくはにかんで見せた。
そう思うなら学校行けっていうの!
*
「あ~。会社行きたくなーい」
ゴールデンウィークが過ぎ去り早二週間。私は例年の如く五月病を発症して会社をサボっていた。無断欠勤のはずなのに、明日、会社に行くと有休扱いなっているだろう不思議。なんというか、サボり甲斐がない。
とはいえ、折角会社に行かなかったのに、家で寝ている趣味も私はないわけで。「病欠無用。休むなら元気なときに」の格言通り、普段見ることのない平日の街に出て遊び尽くした帰り、あの商店街を通りがかった。営業日の夕方ということもあり、シャッター通りのシャッター率も若干少ない。
私はふと天井翔太のことを思い出し、例の空き地に行ってみた。
いた。半月前に会った少年が、私の記憶通りに空を眺めていた。今日は曇りなのに……。
「また、空を見ているの?」
私は静かに歩み寄って翔太に話しかけた。
「…………いつかのおばさん」
「だから、おばさん言うな!」
相変わらず失礼な子供だな。
「今日は空、見えないね」
頭上にかかる雲さえなければ夕焼けが見えるだろう時間。でも自然現象は無情に空を覆い尽くしている。梅雨も近いし、一雨あるのかもしれない。
「おばさんには見えないの……?」
そう言う少年は悲しげだった。どうも以前会った時より元気がないように見える。
「……見える?」
空は曇っているのに、何が見えるって言うの。
いや、『見える』といえば、恋歌もそんなことを言っていた。もしかすると恋歌は、この少年がここで何をしているのか、見当がついていたのかもしれない。あの娘も不思議っ子だし。
「……あ~、なんだっけ? え~ あ~ そう。ないものはないで諦めて、手持ちのものだけで満足しろ。結構これ大事。だったっけかな?」
私は恋歌から頼まれていた伝言を思い出して翔太くんに伝えた。
言伝られていたのをまるっきり忘れていたので、内容があっているか自信はないけど、だぶんそんな感じだ。
私の言葉を聞いた翔太は空を見るのも忘れて目を見開いていた。その視線の先は、遠い空ではなく私。私の顔をじっと見ていた。私はこのとき、初めて翔太くんと目が合った気がした。それほどこの少年は空ばかり見ているのだ。
いくら相手が子供だからって、まじまじ見られると恥ずかしい。私はわざとらしく視線を外すと髪をかき上げた。
「おばさん、見えないんでしょ?」
「さあ、見えなくても、見えていても、そんなに変わるものでもないでしょ?」
何が見えるのかは知らないけど。そんなの私に関係ない。
「簡単に言うね……」
「言うのは簡単じゃない? それとも翔太くんにはお口はないのかなぁ?」
私は子供をあやすように言った。って相手は本当に子供だけど。
「あるだろ、見てわかんない?」
「じゃあ、翔太くんにも難しいことじゃないと思うけど? 何でも言った者勝ちよ」
「それ、考え方次第、って意味?」
「さぁ。そんなの私にわかんないけど、難しく考えるより楽でしょ♪ 人間、楽な方がいいわよ~。私を見習いなさい」
私は楽なのが大好きだ。なあなあなのも大好きだ。怠惰も、惰眠も、サボりも、みんな大好きだーっ!
そんな私の思考を知ってか知らずか、翔太くんは子供のくせに難しい顔をして眉間にシワを寄せる。
「…………そうかもね」
長らく考えを巡らした翔太くんはそう言うと、それまで強張っていた顔を少し緩めた。
そうそう。子供が悩んだりしちゃいけません。
私を通じて九段坂恋歌が何を伝えたかったのか、私にはやっぱりわからない。それでも、天井翔太に何らかの効き目があったみたいなので、帰ったら恋歌を誉めてやりたいと思う。良いことをしたら誉めるのが教育の基本なんです。
私が彼に会ったことで、空ばかり見ていた少年に、ほんの少し空以外に興味を持ってもらえたのではないかと、うぬぼれた考えを私はしている。
私は今でも、時々天井翔太と出会うことがある。少年を見かけるのは、公園や道端など様々だけど、彼は決まって空を見ている。だけど、私が話しかけると空を見るのをやめて、私の顔を見てくれる。時々だけど、私のボケにツッコミを入れてくれるまで、フランクな関係にもなった。
私が話しかけると彼は振り返って、決まってこう言うのだ。
「また会ったね、おばさん」
「おばさんじゃありません! お姉さんです!」
そんなやり取りが、私はちょっと楽しかったりもする。
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ケータイ小説をイメージして書いた軽い作品です。軽い気持ちで読んで頂ければ幸いです。