No.157625

カーレイドスコープ

まめごさん

キラキラと巡り廻るよ、運命の万華鏡。

ティエンランシリーズ番外編。時間軸は現代。

救済短編(笑)。「Cat and me」のラストがあまりにも救いようがなかったので。

2010-07-14 11:18:28 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:989   閲覧ユーザー数:963

夢を見た。

暖かな陽光が差し込む部屋で、わたしは誰かを呼んでいる。

――、おいで。

優しさと愛しみに溢れた声で、迎え入れるように両手を広げて。

相手の顔は分からない。

だけども大切で大切で堪らない存在なのは確かだった。

甘えるように抱きついてきた柔らかい体。

後ろから聞こえる呆れた声。

クスクスと笑う女たちの柔らかい笑み。

映画に出てくるような古代風の窓からは優しい光が零れている。

美しい夢だった。

まるで額縁に入れて飾っておきたいくらいの美しい夢だった。

 

「珍しいよね、君が居眠りするなんてさぁ」

「すみません」

職員室は猥雑で校内とはまた違う異質な雰囲気がある。

電話の着信音、ざわめきのような話し声の中で、目の前の教師はフンと鼻を鳴らした。

「それに何これ。可哀想にこんな文章に汚されちゃって」

居眠りの罰は、古文の「女官日記」の意訳だった。

「好きなように解釈せよと言われたので」

「そう、ぼくは好きなように、とは言ったけど、適当に、とは言わなかったよ」

教師はひらひらと先程提出したレポートを振った。

ポンポコダヌキよ、よく聞け。

一千年前の馬鹿王子と馬鹿ネコの観察記録などどうでもいい。

こんなクソ日記が教科書に掲載されているのは「当時の城中の生活が生き生きと描かれている」だけだからだろう。

とは勿論言わない。説教時間が延長されるのは目に見えている。

「すみません」

心にもない言葉を吐いて、頭を下げてみせると、タヌキは溜息をついた。

「まあ、いいや。これからは居眠りなんてするんじゃないよ」

「はい。失礼します」

職員室を出ると、返してもらったレポートを近くのゴミ箱に叩き込んだ。

教室にカバンを取りに戻ろうと、渡り廊下を歩いている時だった。

後ろから声がした。

「ヤーン! ヤン・チャオー!」

思わず盛大に舌打ちをしてしまった。自分の名前をわたしは嫌悪している。

両親を恨むほどに。

「よっ! 居眠り王子! 目は覚めたんか、まだ眠ってんならおれがおめざのキッスを……いだだだだいだいいだいいだいいだい!」

「な、ミドウ。わたしがフルネームで呼ばれるのを嫌っていると知っているよな、王子と言われるのを嫌っているのも知っているよな」

振りかえがてら、駆けよってきた男の両頬を思い切り横に広げると、ミドウは悲鳴を上げて身をよじった。

「ああ、いてえ。お前、手加減って言葉知ってる?」

「初めて聞いた。覚える気もない。で、何か用か?」

「せやせや、セナちゃんからの伝言です。お稽古があるので先に帰ります、やと」

「そうか」

「そうかって……。それだけ? 前から思っとったけど、ちょっとあの子に冷たすぎるんちゃうか。お嬢でケータイも持ってないんやし、もっとかまって……」

「なら、ミドウがかまってやれ。案外お似合いだぞ」

それだけ言うと、くるりと踵を返した。ミドウはしばらく茫然と突っ立っていたが

「ヤンのバカー!」

叫ぶと走って行ってしまった。

小学生か。

 

学校生活というものは、えして集団生活だ。

枠組みから外れる事を恐れ、誰かが誰かに凭れている。繋がることで安心し、認められることで己を認識する。

友人はいる。恋人と呼ばれる存在もいる。

だがしかし、満たされなかった。心の中にぽっかりと穴があいて、それを狂おしいほど求めている。何をかは分からない。何故かは分からない。

だからあんな夢をみたのだろうか。

わたしは運命の人を待ち続けているのだろうか。

苦笑が出た。

なにを年頃の乙女の様な事を考えているのだ。

 

学校の玄関に出ると、数人の女子が笑いながら向かってきた。制服が真新しいことからして新入生たちなのだろう。

無邪気に笑いながらわたしを追い越して行く。

ドン、と衝撃が走った。うち一人がぶつかったのだ。

どんくさい奴だ、と思いながらもその腕に手をかけた。

「大丈夫か」

その子が顔を上げた瞬間、声を失った。

焦げ茶の長い髪、大きな黒い目。埋もれていた記憶は一気に溢れだす。

――スズ、おいで。

瑠璃をはめ込んだ窓から零れる優しい光、女官たちの柔らかい笑い声、リンドウ、カイドウの呆れ声。

「あ……」

腕の中にいる少女も私を見たまま、凍りついて動かない。

しばらく時が止まったようだった。永遠に感じたが、実際は五秒かそこらだろう。

呪縛はすぐさま解かれた。

「スズミヤ! 何やってんのー!」

スズミヤと呼ばれた少女は、はっと我に帰ると、慌ててわたしから身を離し、駆けて行く。キャアキャアとかしましい声に歓迎されて、集団と共に消えた。

校門では忠犬二匹がわたしを待っていた。

辛抱強く座ったまま、尻尾だけパタパタ振って喜びを表す。

「出迎え御苦労」

頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。

「カイドウ、リンドウ」

兄二人がわたしにしか懐かないこの雑種に面白がって付けた名前だ。

歩き出すと、テクテクと付いてくる。

「今日、面白い子に出会ったよ」

カイドウがちらりとこちらを見上げた。

わたしも空を見上げる。

夕暮れがいつもと違う空に見えた。

 

 


 
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