No.155331

「機動戦士Zガンダム -宇宙の女帝- 6」

やっと登場の主役機、「Zガンダム」
で、最終章です。

2010-07-04 22:42:09 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2880   閲覧ユーザー数:2842

 チャプター6『ゼータガンダム』

 

 

 カミーユは、目を覚ました。

 そこは見慣れた《アーガマ》の医務室のベッドだった。

 拾ってもらえたこと、それも身方であった僥倖をカミーユは神に感謝した。体は少し痛いが、五体満足にいきていられることはあの状況から考えれば奇跡的である。

 必死で上半身を起こすと、思わぬ女性が横の椅子で眠っていた。ファ・ユイリィが背もたれに身体を預けて今にも転がりそうになっている。

 ティターンズ憲兵に捕らえられたにもかかわらずファがここにいるのはどういう経緯なのか、想像はできないでもなかったが今は考えるのはやめようと思う。まだ、ひどく疲れているような気がする。身体はまだいいのだが、頭がずしりと重いのだ。ただ、彼女が目覚めたら置いて逃げてしまったことを謝ろうとだけは思っていた。

 「少尉、気付いたようだね」

 カミーユの変化にいち早く反応したのは軍医だった。

 「カミーユ・ビダン少尉!」

 軍医の声に、ファも目を覚ました。

 視線が合った時、彼女の目には涙がいっぱいに溜まっていた。

 ファは泣きながらカミーユに抱きつき、そのまま心配をしたのだと嗚咽し続けた。

 カミーユは何度もファの黒髪を撫でてやった。

 

 

 医務室で食事を済ませブリッジにあがると、ブライト艦長に連絡をした。

 グリーンノア1を陥落させたところで和平の使者を送り、今、ティターンズの出方を見ているというところだった。

 カミーユの予想どおり、ファ・ユイリィはグリーンノア1にいたのである。

 エゥーゴが制圧したことで、保護されたということである。

 ファたちは反逆罪の告訴取り下げを条件に、ティターンズの工廠で《ゼータ》の開発を続けさせられていたのである。

 《ゼータ》開発スタッフの誰ひとりとして、連邦軍のモビルスーツの開発をしていることを疑う者はいなかったのだ。意図的にエゥーゴに協力をしていたという証拠がない。当時でも、ティターンズが司法をおさえきってはいなかったから有罪になるようなことはなかったのだろうが、裁判という音感の威圧に屈してしまったということだろう。

 《ゼータ》開発の継続とはいっても、カミーユたちが逮捕された時点でも実際に残されたことは少なかったはずだが、記憶違いだろうか。

 製品自体は完成している常態で、残っている作業といえば設計図の整理や、軍に提出する各関係書類の作成くらいだったはずである。このまま量産に移行するという話だったので、部品供給ルートの確保もできていた。人手不足であったとしても、生産ラインの管理までが開発の職務ではないだろう。完成祝賀の打ち上げにいく話をしていたところをティターンズの憲兵に取り押さえられたのだから。

 胡乱げなカミーユの表情を見て、ファはモビルスーツドックに誘った。《ゼータ》は《アーガマ》に収容されたのだ。

 

 「まさか、あれが《ゼータ》なのか?」

 モビルスーツドックの無重力空間を二人で泳ぐようにしながら、前方に見慣れないモビルスーツがあったからまさかとは思った。

 カラーリングには意表をつかれはしたが、たいして驚くことはない。塗装などというのは数時間でできてしまうことで、カミーユの知らない《ゼータ》のカラーリングがあっても不思議なことではない。

 それよりも何よりも驚愕したのは、一部の装甲が完全に改修されてしまっていたことである。

 「エゥーゴに奪われた《ガンダムマーク2》の代わりに、ティターンズの新たな《ガンダム》が必要だって頭部の改修をさせられたのよ」

 総ての部位に多少の変更点はあったが、とくに印象が変わったのは頭部である。《リック・ディアス》と同じようにモノアイのシステムを搭載していたはずだったが、完全に様変わりしてしまっていた。ツインアイを独立したシールドが被い、センゴクムシャのカブトのような頭部形状をしている。カラーリングが白ということもあってまさに一年戦争時の連邦の白い悪魔《ガンダム》だった。

 「ここまで改修させられたら、外見は別のモビルスーツじゃないか」

 ムーバブルフレームという新技術は、装甲デザインの自由度を広げはしたが、これは変わりすぎである。剛性の心配はないだろうが、ファたちの苦労がしのばれた。いちど完成したものを作り直させられる労力は、並大抵のことではあるまい。

 「そう、《ガンダム》。《ゼータガンダム》よ」

 色が白いのは、下地塗りの段階で止まっているからで、本来ならば肩や胸のところのように紺瑠璃になるとのことだ。それも、ステルス性を特化させた新開発の塗料仕様なのだそうだ。

 ティターンズのクライアントの暴挙にも呆れたものだが、それを実現させてしまった《ゼータガンダム》開発チームの手腕にも呆然としてしまい、棒を飲んだような表情をするしかなかった。

 

 《ゼータガンダム》に張り付いていたメカニックのひとり、アストナージ・メドッソがカミーユたちを見つけて飛んできた。

 「ユイリィ女史も、ようやく来てくれましたか。艦長には今日中には動くようにしておけって言われてても、人手が足らんのですよ。《マーク2》ぶっ壊すような奴のメンテなんかほっておいて、こっち、手伝ってくれませんかね」

 アストナージはファに愛想笑いを向けながらそう言い、カミーユの頭を機械油の拳で小突いた。

 「ああ、はいっ」

 ファは、紅潮を気付かれないように振り返ると、ツナギに着替えてくると言ってドックをいちど後にするようだった。

 彼女が自由に《アーガマ》のなかを移動できたのは、《ゼータガンダム》のことがあったからだと今になって解った。

 その背中を見送りながら、アストナージは再びカミーユを小突く。

 「いい娘じゃないか。気ぃ失ってたお前のそばにずっといたんだぜ」

 「痛いなぁ。グラナダにいるときに一度ふられてるんなら、そんなんじゃないでしょ」

 知り合いがケガでもすれば、心配になって見舞いにくらいは行くものである。カミーユの認識はその程度のものだった。カミーユは、サラ・ザビアロフに恋をしていたわけではない。それでも、彼女の気持ちを把握してしまえたことは一種の苦痛だった。彼女の秘めた苦しい思いをまるで自分事のように感じてしまえたのは、まるで地獄だった。好きな女性であればなおさら、気持ちを理解しようという気持ちになどなるものではない。

 「そうか? 俺にはお似合いに見えるがな」

 カミーユが医務室に運び込まれてからというもの、ファ・ユイリィは落ち着かなかったのだという。《ゼータ》の開発経緯や彼女の物腰から察すれば、脈があるはずだとアストナージは保証してくれた。女は一度目の誘いは断るもので、プライドをたてて二度も三度も誘うのが男の礼儀だとも言った。とはいえ、ここに来る前にアンマンで女にふられたと泣いていたアストナージに女の口説き方を享受されても説得力はないと思う。

 「和平の交渉中って言ったって作戦中なんだから、そういう話、無しにしません?」

 「作戦中だから、潤いのある話だってほしいさ。それよりも、《ゼータ》、見ておけよ。ブライト艦長は、お前に任せるって言ってたぜ」

 カミーユは面食らった。確かに誰かに使わせようという目論見があるから《アーガマ》に持ち込んだのだろうが、よもやそのオハチが自分に回ってくるとは思わなかったからである。抗議はしたかったが、あのブライト大佐が聞き入れてくれるはずもないと諦めた。《マーク2》を大破させた弱みにつけ込まれるに決まっている。《ゼータ》は《ガンダム》なんだからカミーユだとか、もともとテストパイロットをやっていたんだからと言われるに決まっているのだ。

 ブライトが《ゼータ》の特性を知っていて運用を考えているのかが心配だった。

 ひとつの作戦に性能の違う複数種類の兵器を運用することは正気の沙汰とは言えない。それを可能にしたのが宇宙世紀のモビルスーツというシステムである。人の形をし、汎用性が高いが故にサブフライトシステム等のサポートシステムと併用が可能となり、そうすることで新旧のモビルスーツの飛行性能差を埋めることができた。飛行性能だけではない。様々なファクターにおいて、サポートシステムを用いることでモビルスーツは性能差をカバーしてきているのだ。《ゼータ》はその新旧の性能差とはまったく違うファクターにおいて従来のモビルスーツとは違うのである。可変機構のため、運用面において微妙なバランスに出来上がっているというのが本当のところである。ウェーブライダー形態では、サブフライトシステムを使ったモビルスーツの飛行スピードをはるかに凌駕しているし、モビルスーツ形態では、単体のモビルスーツには及ばないのだ。これは、ウェーブライダー形態ありきの思想からきていることである。モビルスーツの汎用性を高めるためにとられた可変機構が、皮肉にも他のモビルスーツに対して特化させてしまうことになっているのだ。

 単機の《ゼータ》を作戦に投入するならば、可変気候を無視しサブフライトシステムを使用する形で使うか、編隊を組ませず単体で使うかのどちらかになる。

 「僕ひとりで、編隊も組まないなんて嫌ですけど」

 《ゼータ》を量産する時間さえあれば、複数機で編隊を組むということもありだろう。

 「アポリー中尉が感心してたぜ。たったひとりでモビルアーマーを二機も撃墜したってな」

 アストナージはカミーユの肩をぽんぽんと叩いた。ひとりでもやれるはずだとでも言いたいのだろう。とんでもない誤解である。あれは敵が隙を見せてくれたからできたことだ。仮にカミーユが敵の隙を見逃さない能力に長けていたとしても、そうそうそんな隙があるはずがないのだ。地球ではどうだか知らないが、宇宙空間において単機投入されるモビルスーツは脆いものである。

 「グリーンノア1が落ちたんなら、どのみち講和は結ばれるんでしょうけど、色はどうにかしてくださいよ。ミノフスキー粒子があったって、白は目立ちます」

 「アナハイムには発注してはいるが、間に合えばな。クワトロ大尉がいっしょに出撃してくれるんなら、大丈夫だよ」

 「なんで大尉が、《アーガマ》にいるんですか」

 てっきり、ダカールでの演説以降、後方に下がってそこからエゥーゴを指揮してくれるものと思い込んでいた。

 「なんでって、大尉は《アーガマ》のクルーだろ?」

 アストナージにはカミーユの疑問の意味が解っていないようだった。

 カミーユは、憤りが隠せないままアストナージにクワトロの居場所を訊いていた。

 

 

 クワトロがグリプスを包囲するエゥーゴ艦隊に合流したのは、カミーユが眠っている間のことである。

 政治家がそのパフォーマンスとして前戦に来ることは、虫酸が走らないでもないが良しとしよう。しかし、モビルスーツのパイロットでもあるからとはいえ、今のクワトロ・バジーナ大尉、いや、シャア・アズナブルがモビルスーツのパイロットをやるなどということは承伏できることではなかった。

 軍人が戦争とはいえ人を殺し続けることができるのは、それを指揮する上官が責任を取ってくれ、はてはその後ろにいる政治家が自分たちの正当性を国民や国際社会に対して解いてくれるからである。今や政治家であるはずのクワトロが前戦にパイロットとしているのは、その責任を放棄しているとしか受け取ることができなかった。

 

 やっとの思いで、ブリーフィングルームにいたクワトロを見つけたカミーユは、いっしょにいたブライトやエマにはいっさい忖度せず、その戸口で怒鳴り散らした。

 「修正してやる!」

 無重力を利用して壁を力任せに蹴ると、ロケットのようにクワトロに殴りかかった。

 しかし、すんでのところで傍らにいたエマ・シーンに遮られ、後ろ手に床に押さえ込まれてしまう。

 「少尉、何をしているんですか。場合によっては反逆罪ですよ」

 ヒステリックになることもなく、エマらしく静かにカミーユに忠告した。

 「ダカールであんなことまでしておいて、こんなところにいるんじゃ納得できるわけないでしょう」

 床に押さえつけられたままの情けない姿でカミーユは足掻いた。

 クワトロはカミーユを立たせるようにエマに指示すると、演技かかった嘆息をした。

 「まさか、私が本当にシャア・アズナブルだと思ったわけではあるまい? あんなものは、議員を注目させるためのデマだ」

 「貴方がジオンの子供であろうとなかろうと、そんなことは問題じゃないんです。あの演説を聞いていたら、前線に出てきてパイロットをすることなど、許されないことだって解らないんですか」

 トレードマークのサングラスのしたでクワトロが微かな笑みを浮かべたことに、カミーユの拳が再びピクリと反応した。

 「私は軍人なのだ。後方にいて、怯えていると思われてはしめしがつかんからな」

 後方にい続けることが臆病者であることとは無関係だ。そこで何もしなければ確かに臆病だが、後方にいなくてはならない者には他にやるべきことがあるのである。シャア・アズナブルのビジュアルを知っている者などそうはいない。シャアをあの場の演出に使いたいだけならばべつにクワトロでなくてもよかったのだ。それでも、命をかけてあの場にクワトロは立った。それならばそれにこそ重大な意味があるはずなのだ。

 エマに立ち上げさせられた刹那、その隙を突いて、ついにカミーユはクワトロを殴り倒していた。

 クワトロは壁にまで飛ばされてそこにしたたか背中をぶつけた。

 今度は、エマも阻むことができなかった。

 「カミーユ!」

 「貴方がアムロ・レイを意識しているのは解りますが、まわりが貴方に期待しているのはそんなことじゃないんですよ」

 エマは張り手でカミーユを怯ませて、再び後ろ手に締め上げた。のけぞったカミーユは、それでもクワトロをにらみつけるのを忘れはしなかった。

 「いかに君がニュータイプでも、入り込んでいけないところがあることは知っておきたまえよ」

 床に座ったまま、怒ったふりをすることもなく口元に滲んだ血をぬぐうと、クワトロははずれたサングラスをかけなおしてカミーユから視線をそらせた。

 カミーユは、言いすぎてしまった自分を反省し言葉を詰まらせた。それでも、

 「僕だって軍人です、命令とあれば《ゼータガンダム》だって扱ってみせますが、この人とチームを組むなんてできそうにありません。軍法会議になってもけっこうです。反逆罪でも何でもっ」

 ブライトに怒りの方向をそらして虚勢だけは張った。

 「いい加減にしろ。少尉!」

 いきなり矛先を向けられて少し狼狽したが、ブライトはつゆほどもこれを感じさせずにカミーユに張り手を喰らわせていた。

 本来なら懲罰房に押し込むところだが作戦中につきおおめに見てやるとブライトは言い、そのままレクリエーションルームにまで連れて行って少し落ち着かせよとエマに命じた。エマとカミーユがブリーフィングルームを出て行ったのを確認すると、ブライトはクワトロを振り返って笑いながら掌をさしのべた。

 「すまんな、艦長」

 クワトロは、失笑しながらブライトの手を使って無重力空間で体勢を立て直した。

 「あれも、若さかな?」

 ブライトは、年齢に似合わないことを言った。

 だからクワトロもそれに応じて、おどけてみせる。

 「私がモビルスーツを扱いたがるのも、若さなのかな?」

 「とはいえ、私の心情をカミーユが代弁してくれたのだと、大尉には思ってもらいたいな」

 ブライトの本気とも冗談ともつかない言い回しに、クワトロは躬らを失笑する。カミーユの言うとおりに違いなかった。エゥーゴの反ティターンズ活動に刺激されたアムロ・レイ大尉が、地球で呼応する活動をはじめたらしいということを聞いたから、自分は《アーガマ》に戻ってきてしまったのだとは解っていた。それが一部の兵に嫌忌されることも承知していた。あのまま自分は次の連邦議会に法案を提出する準備と根回しをしなくてはいけなかったし、宇宙にあがったとしてもサイドや月面都市の各自治政府とのパイプを作ることに奔走せねばならないはずだった。

 「今回だけ、ティターンズとだけは軍事的にも決着をつけたいのだ」

 クワトロのその決意も、遊び半分ではないということもブライトには解っていた。

 

 

 自分の常人をこえた能力はつくられたものである。

 パプテマス・シロッコが宇宙空間において生身でいられたのは、彼が受精卵の段階からそう作られたからである。

 このことは彼自身も数年前まで知らなかったことで、木星からの帰途《ジュピトリス》のなかで知ったことだった。

 シロッコは自分が作られた生命であることで懊悩したことはなかったが、その受精卵の出所を知ったときに発狂しそうになった。

 だから出自を知りつつも、同じ志をもっているというだけで自分を登用してくれたジャミトフ・ハイマン閣下に恩義を感じているし、その孫娘であったサラ・ザビアロフ准尉を死なせてしまったことにいたたまれない気持ちになっていた。

 

 シロッコは、グリプス1にあるジャミトフの執務室にサラの戦死を報告にあがった。

 「儂は、ティターンズ旗揚げのさいに総ての肉親との縁を切った。あの娘がティターンズに入隊したのが偶然ではないにしても、その時から覚悟はしておったよ」

 ソファーに深々と腰掛けたジャミトフは淋しそうには言ったが、格別感情を込めてはいなかった。それはシロッコに対する気遣いでもあったし、一方的に親族と絶縁をした自分に孫娘の死を悼む権利などないという躬らを律する気持ちでもあった。サラの気持ちを察すれば、シロッコの盾となって死ねたことこそが本望であっただろうとジャミトフには類推できはした。しかし、この青年には露とも気付けなかっただろうし、それを言ってしまえば更にシロッコを追い込んでしまうことになると解るから、黙っていた。

 「サラ様であれば、地球圏の女帝にこそなっていただけるものと思っておりました。私が、一の家臣になれるものと信じていましたのに」

 シロッコのこの言葉に、やはり実直でマシーンのような野心家なのだと改めて解って、ジャミトフは小さくため息をついた。

 自分をいかようにでも罰してくれと言うシロッコをどうにか説き伏せたジャミトフは、サラのために生き延びろとも言った。

 

 シロッコが執務室を退出しようとすると、ジャミトフはそれを止めた。別に召還されたらしい巨漢バスク・オム大佐が現れたのだ。

 現在エゥーゴの包囲網を突破すべく、体勢を立て直しているというバスクの言葉を遮りジャミトフは叱咤した。

 「エゥーゴ側から和平の使者が来ておったとも聞くが、なぜ儂のところにその報告がないのか。ティターンズは、お前の私兵ではない」

 「しかし閣下、この段階での講和はあり得ません。閣下の失脚につながります」

 これはバスクの本音であり、ジャミトフを蚊帳の外に置いたつもりこそないのであろう。今、エゥーゴと講和を結ぶということは、勝者正義の戦史にならってジャミトフ・ハイマンが戦犯の汚名を着せさせられるのことが明白だったからだ。バスクがエゥーゴの使者を追い返したのは、忠義心に他ならなかった。

 「もう、兵も疲弊していよう。講和会議の席には、ジャマイカン少佐、ガディ少佐、パプテマス大尉にもでてもらう。バスクは締結を長引かせている間に逃げよ。三十バンチ事件やこの度のグリプス2の照射でお前には特級の戦犯容疑がかけられるのは明白だからな」

 ジャミトフの言葉に、シロッコも息を飲んだ。

 エゥーゴを一瞬で壊滅できるだけの軍事力を有していればそれをすればよかったが、今や軍事的にも世論でもエゥーゴ側が有利である。火力はあっても機動性の低すぎるコロニーレーザーはこの期に及んで役には立つとは思えない。その最大の稼働基盤とも言えるグリーンノア1を完全におさえられたのでは、照射もままなるまい。ティターンズの本懐は連邦政府体制の立て直しであるから、これ以上に戦争が長引くことはジャミトフの本意ではないということだ。人類を疲弊させるわけにはいかないということだろう。

 シロッコは、ジャミトフの心中を察して涙がこみ上げてきそうになった。

 「なりません、閣下。最後の一兵になるまで、徹底抗戦すべきです」

 「今や、ティターンズが守るべきものはない。戦ってなんとするか。エゥーゴの指導者があのジオンの息子ならば、地球を悪くはしま……」

 ジャミトフが総てを言い終わる前に、執務室に乾いた銃声が響き渡った。

 

 

 何より驚愕していたのは、ジャミトフを撃ってしまったバスク・オム本人かも知れない。

 大きな体躯を震わせ、拳銃がカチャカチャと音をたてていた。

 

 胸を撃ち抜かれたジャミトフは、ソファーから床に崩れ落ち、ぐったりとしてしまった。

 「バスク! 貴様ぁ!」

 シロッコが絶叫するのを聞かずに、バスクはその銃口を咥えると須臾の躊躇もなく引き金を引いていた。

 バスクの頭部は吹き飛び、血飛沫をあげながら人形のように倒れた。

 

 シロッコは、まだ息があるのではないかというジャミトフに駆け寄り、抱き起こした。

 救護班をよび、この世にジャミトフをつなぎ止めるために必死でその名を叫び続けた。

 「バスクめ、馬鹿な奴だ。奴のように汚れ役をすすんでやる軍人などいない。どこに行っても重宝されたであろうにな」

 肩で息をしながら、ジャミトフはバスク・オムを哀れむと同時にこのような最期を迎える自分をせせら笑っているようだった。真の目的はなにひとつ達成できず、このまま虐殺者の汚名を着るだけになるであろう。総ての肉親と絶縁したというのはそういった最期が予感できていたからに相違ない。しかし、今のジャミトフにしてみれば、連邦体制に一石を投じることができただけでも良しとすべきだとでも言いたげだった。むしろ、政治の舞台にシャア・アズナブルを引き込むことができたかも知れないということこそは、更なる嬉しい誤算だったのかも知れない。

 「閣下、喋らないでください」

 「後悔はない。サラと同じに、自分の信念に準じることができる。願わくは、シャアのつくる世界を見てみたかったが」

 「閣下には、まだやり残したことがおありです。まだ!」

 「ハハ、老体に無茶をいうな。よいなシロッコ、ティターンズは降伏させよ。シャアならば兵たちを悪くは扱うまい。抗えば、奴とてティターンズを庇えなくなる」

 シロッコの大粒の涙を顔中に受けながら、ジャミトフは力なく笑っていた。

 何故このような状況で幸せそうに笑っていられるのか、シロッコにはとうてい理解できなかった。ジャミトフ・ハイマン大将は生きなくてはならない。生き延びて地球圏の再生を行うべき人間なのだ。ここで生に執着しないのは、いささか無責任すぎるとシロッコは微かな怒りがこみ上げてきていた。しかし、それはサラを死なせてしまった自分の所為なのだろうと解る。孫娘を戦場で失ったことで、気弱になってしまわれたに違いなかった。

 「閣下、申し訳ありません!」

 「お前が謝ることではない。これで、サラのところに行ける……」

 「閣下!」

 咽が破れそうになるほどに何度もなんどもシロッコは叫んだ。

 

 

 ジャミトフ・ハイマン大将の命令を無視し、シロッコ躬らはエゥーゴともう一戦交えるつもりでいた。《ドゴス・ギア》をティターンズから強奪し、単身《アーガマ》だけでも沈める算段だった。エゥーゴから提示された降伏条件のなかにある“一万五千トン以上、もしくは十機以上モビルスーツ搭載可能な艦船の自費解体か引き渡し”の対象となる《ドゴス・ギア》であればその後のティターンズが困ることはないだろうとふんでのことでもある。無論、一トンでも大きな軍艦の方が敵に与えるダメージが大きいであろうという目論見はある。

 駐留していたフォン・ブラウン市の自治政府がどのような心証をもっているかにもよるのだろうが、今のままならばシロッコが戦犯になるようなことはないだろう。しかし、シロッコの望むところは平穏などではない。ジャミトフ・ハイマン閣下、サラ・ザビアロフを失い夢の実現が不可能となった今、夢の実現をはばんだカミーユ・ビダンやシャア・アズナブルへの恨みがシロッコを突き動かしていた。

 だから、シロッコの不穏な動きを察知してその下に集まってきた将兵たちに、

 「これは全くの私闘です。ジャミトフ閣下の遺言は、ティターンズの降伏ですから反逆罪にもなります」

 とその行動を諫めた。降伏に向けての準備は進んでいる。大半の将兵は、すぐとはいわないまでも平穏な生活を送ることができるようになるはずだ。それを、ふいにすることはない。

 「大尉の隊にも投降する者はいよう、人員を掻いたまま《ドゴス・ギア》を動かす気か? 無駄に散ることを覚悟しているにしても、しょうしょう不手際ではないかな」

 ガディ・キンゼー少佐はそう言って笑った。

 戦争の勝敗は既に見えていても、ティターンズであることに意地があるということだ。力でねじ伏せてきたティターンズが言えることではないが、同じように力のみでねじ伏せられるものなどないということをエゥーゴに見せてやらねばならない。このまま連邦の中央に居座られて増長をさせないためにも、ここで後衛たちに見せておかねばならないものがある。

 「感謝します少佐。このまま艦隊司令を引き受けていただきたい」

 シロッコはガディに握手を求めた。

 

 

 エゥーゴが提示した講和条件は、ジャミトフ・ハイマン大将とバスク・オム大佐の引き渡し、および一万五千トン以上、もしくは十機以上モビルスーツ搭載可能な艦艇の自費解体か引き渡し。サイド7総ての明け渡しであった。無条件降伏を突きつけることもできる戦況であることからすれば、破格中の破格と言える条件といえた。しかし、エゥーゴがここまで寛大な処置にでたのは仏心からではない。地球圏に接近してきているジオン最大の残党派閥アクシズを迎え撃つためには戦力が必要であり、そのためにティターンズに恩を売っておく必要があった。戦後処理を円滑に終わらせるためにも、曖昧な条件で後にトラブルを引き起こすのを避ける目的もあった。また、所詮エゥーゴは反地球連邦でしかなく、いつ連邦軍と干戈を交えることになるか解らない状況であることもその一因である。いずれはティターンズを身方に引き込むためでもあり、今は緊張要因を残してミリタリーバランスをとる上においても必要なことだったのである。

 そのような講和条件で、さらにグリーンノア1を陥落させられた状況にもかかわらず、ティターンズの一部の将兵が徹底抗戦を訴えていることがエゥーゴの上層部を驚愕、焦燥させた。

 艦隊司令官が、《アーガマ》にいるクワトロ・バジーナ大尉に動揺して連絡を入れてきた。

 「どうするも何も、完膚なきまでに叩かねばならないということでしょう」

 逆に、クワトロはあっさりと、せねばならぬようにするしかないという見解を示した。

 ここで撤退してしまっては戦争の火種を残すことになるし、ティターンズが望まぬカタチで息を吹き返すのは明白だ。何より、戦争を終わらせるというのは講和を結ぶということであり、戦闘の終了のことではない。節目をつけるべきときにつけておかないと、後でどのようなカタチで誰に上げ足をとられるか解ったものではないからだ。

 「それでは一時間後に投降を受け入れ、その後に一斉攻撃ということにします」

 「それでも降伏宣告は出し続けてください。ティターンズの兵は優秀です。無駄に死なせたくはない。ですが、投降を望んでいる将兵に、徹底抗戦を主張している連中の説得をさせないようにもおねがいします。分裂したティターンズにとはいえ、貸しを作るのは得策ではない」

 クワトロはそう言った後、どちらが艦隊司令なんだと言いたげにブライトを振り返って肩をすくめてみせた。

 

 

 《ゼータガンダム》の調整はほぼ終了していた。

 コックピットインターフェイスの自分用へのセッティングも終わらせたので、あとは外装を塗装するばかりだとカミーユは考えていた。

 シートに腰掛けたカミーユは、レーダーパネルの表示濃度を調節し終え、足下のファが、ペダルを一度踏んでみてくれと言った時、その脳裡に悲鳴が聞こえてきた。鼓膜を振動させることのない、脳に直接とどくような悲鳴である。数日前のコロニーレーザー発射の時に感じたものと似た感じではあったが、悲鳴はひとりのものであり、そしてそれがカミーユの知っている男のものだったということが違うところだった。

 「シロッコ大尉?」

 とがったこの雰囲気は、戦場で幾度かまみえたことのあるもので勘違いするはずもないと思えた。

 「カミーユ少尉、どうしたの」

 声が聞こえていなかったのかと足下のファが顔を上げると、顔面蒼白になっているカミーユをみて悲鳴をあげそうになった。まだ寝てなくてはダメだったのではないかというファの声を聞きながらも返事をすることができなかった。

 『悲しみだけが広がっていく。この戦争は、もう終わっている』

 ファが背中をさすってくれているのを心地よく思いながらも、カミーユはこみ上げてくる悪寒に震えが止まらなかった。

 シロッコの悲鳴にこの戦争の終結を感じてはいた。既に決着はついている。これ以上は、人の命を無駄に浪費するだけでしかない。それでも、その悲鳴のなかに事態を収拾させるチャンネルの喪失をも感じとることができてしまい、カミーユは絶望を感じていた。

 いかにクワトロでも、仮に後方でかまえていてくれていたとしても、この戦争をこのまま終わらすことなどできなくなってしまった。

 「シロッコ大尉、戦争は遊びじゃないんだぞ!」

 自分が何もできないことが解っているから、歯痒さにカミーユは絶叫するしかなかった。

 始めることよりも終わらせることの方が難しいのが戦争だというが、まさにその通りなのだろう。悪意において戦争がおこるのではない。欲望においてのみ戦争がおこるのではない。そしてその継続にはそこには常に善意や信念がついてまわるから難しくなる。

 カミーユにとってみればそれが遊びでも、シロッコはじめ一部の将兵にとっては自尊心をかけた重要な戦いなのである。

 

 「ティターンズの投降が始まったらしいが、一部の連中はまだやる気だ。一時間後には総攻撃を始めるぞ!」

 アストナージが《ゼータ》のコックピットに顔をのぞかせた。彼にしてみたら、ティターンズのこの行動は思いもよらないところだったのだろう。

 既に状況を理解していたカミーユが驚くことはなかったが、眦を決するのにはよいきっかけになった。

 「カミーユ大丈夫なの?」

 「これで、今度こそ戦争が終わるさ。心配することなんてないだろ?」

 不安そうに見上げるファに、カミーユはしらじらしく笑ってみせた。ファの懸念はそんなところにはない。彼女にしてみれば、戦争の終結そのものなどには興味はなかった。戦争状態であろうとも、その戦災の及ばないところに逃げてさえしまえればいいのだ。今のカミーユや自分はそこから逃避できるだけの位置にいるのではないか。体調が悪いカミーユが戦場に赴く必要があるというのか。

 「心配なのよ。もう、カミーユがでていく必要なんてないんじゃない!」

 「《ゼータガンダム》の開発スタッフの言葉じゃないな。自信がないのかい?」

 「ティターンズでも量産承認はおりているのよ。でも、そんなこと言ってない……」

 カミーユが次々とはぐらかしてゆくから、ファはしょうしょういらだった。今の戦況からすれば、カミーユひとりがいなくても何も変わらないし、体調不良で戦場から離れていても咎める者などいないであろう。とにもかくにも、戦場に出てほしくないのである。

 「ファ、ダメだよ。うぬぼれで言ってるんじゃない、シロッコを止めることができるのは僕しかいないって解るんだ」

 戦争を終わらせるだけならば、この状況でなら誰がこの戦場に出てもできることだろう。でも、戦争が終わってもシロッコを止めることができることとは同義にはならない。戦闘が終了し、講和が結ばれ、たとえシロッコが死んだとしても、彼の魂は行き場を失ってさまようだけだ。それでは、また次の悲劇を生む元凶になるとカミーユには思えた。

 シロッコが巻き起こしたとも言える今からの戦争を止めることができるのは、サラ・ザビアロフを失った悲しみを共有できた自分だけなのだと。

 この戦場で再びシロッコとまみえるなど通常でなら考えられない。それでも、確信があった。

 『僕は、シロッコと決着をつけなくちゃならない』

 

 

 いかに二人の折り合いが悪いといっても、カミーユやクワトロをひとりで戦場に送り出すわけにはいかない。

 連邦政府による錦の御旗をいただいているとはいっても、モビルスーツの供給は捗らないので、やはりカミーユは《ゼータ》で出撃をしなくてはならなかった。

 クワトロ、エマ、カミーユによる三機での小隊がつくられることとなった。

 《ゼータガンダム》は可変システムを使用せず、他のモビルスーツと同じようにサブフライトシステムを使用することで運用バランスを取ることになった。《ゼータガンダム》の性能を生かしきることはできないが、クワトロやエマとのバランスを欠くことの方がカミーユの危険になるからである。

 「ブライト艦長の期待には応えるだけです。僕だって、大人なんですから」

 カミーユは、無線でまさに大人らしくないモノの言いようをした。

 エマはそのふてくされた態度を叱ってきたが、クワトロはまるで忖度しないように言った。

 「この戦闘で、戦争はいったん終わる。気合いをいれていけよ」

 クワトロが子供の論理でここにいるということは、カミーユの子供の感情に付き合わないということでもある。

 

 

 ティターンズの艦隊は二十隻。

 対するエゥーゴは八十五隻。連邦軍籍を入れずとも赤子の手をひねるよりも簡単なことだった。

 グリーンノア1を橋頭堡とする部隊と合流し、クワトロとカミーユ、エマの小隊はグリプス2への攻撃を開始していた。グリプス2はコロニーレーザー砲として使い物にならないであろうというのは大方の見方ではあったが、エゥーゴにとってやはり不気味な存在であるというのは違いがない。次の一射がルナツーにとどくことを連邦軍は懸念していたから、それを解消する意味でもグリプス2を確実に破壊するか掌握する必要があるのだ。

 

 そのグリプス2の巨大な円筒を背景に、エゥーゴのモビルスーツ部隊をたった一機で押し戻そうとしているかのようなモビルスーツをカミーユは見つけた。

 岩石を幾重にも積み上げたような風貌の巨大なモビルスーツ。

 その巨体に似合わない素早い動きで、グリプス2に近付くモビルスーツの総てを一瞬のうちに撃墜していた。

 「どうやったらあんなことができるんだ?」

 同時に、そのパイロットがパプテマス・シロッコ大尉だと予想ができて、カミーユはその執念に鳥肌が立った。

 “ああいった手合いは数でも押せん。我々で引きつけて、他の隊はグリプスに突入させる!”

 クワトロは、カミーユとエマを先導するようにシロッコのモビルスーツに攻撃を始めた。

 

 「この期に及んで戦場で紅い彗星に会えるとは思わなかったぞ。このプレッシャーは少尉もいるな!」

 シロッコは、目前に躍り出た紅い《リック・ディアス》を見て嬉々とし、その背後に見える白い《ガンダム》を見てそれがカミーユと解って神に感謝した。もっとも憎むべき相手に一度機にまみえたことは僥倖以外のなにものでもあるまい。まして、ダカール以降は後方に下がっているものとばかり思っていたシャア・アズナブルに会えることはこれ以上にない幸運に思えた。

 次に、シロッコが「行け!」と走狗に命じるように口の中で叫ぶと、シロッコの操るモビルスーツ《ジ・O》の背後から幾重もの光の矢が放たれた。

 クワトロたちの牽制でできた隙を突いてグリプスに近付こうとしたエゥーゴのモビルスーツ部隊数十機が、その次の一瞬でその胸を串刺しにされて消滅した。

 シロッコは、哄笑とともにあたりの空気を自分のものにしていた。

 

 カミーユには、何が起こったのか解らなかった。

 ただ、瞬間的に真上から攻撃があると解ってしまってそれをどうにか躱しただけのことである。

 「あ、圧倒的じゃないのか?」

 ただ、その一瞬の攻撃がシロッコの《ジ・O》から行われたのではないかということだけはどうにか解った。

 『ホーミングミサイルじゃないぞ。なんだあの攻撃は?』

 “ビットだな。やはりあのモビルスーツはニュータイプだ。手強いぞ!”

 無線のむこうでクワトロが呻いたので、カミーユは思い出した。士官学校で一度だけ聞いたことのある兵器だ。

 サイコ・コミュニケーターという装置を介在し、人間の脳波によって操るミサイル状の兵器である。ミサイル以上に自在に姿勢制御を行えるもので、その先端にメガ粒子砲やレーザー砲を装備していたり、核弾頭を搭載していたりする厄介な代物だ。パイロットの技術才知によっては、機動部隊以上の戦力になる。戦場の旗色を変えられる唯一のモビルスーツである。

 ただし、現状において戦場でまみえることなどまずないだろうとも教わってはいた。

 今の攻撃で、クワトロ機もカミーユ機もどうにか無傷でいられたが、エマ機がサブフライトシステムを全損し脚部を破損していた。

 カミーユは、自分のサブフライトシステムを使って《アーガマ》に帰還するようにエマに進言し、クワトロの了承を取った。

 しかし、光の矢は次にカミーユのサブフライトシステムを破壊し、クワトロ機の左腕を吹き飛ばしていた。エマの《ネモ》は四肢を完全にもがれた常態で、コックピットだけが無事なのが奇跡的とも言えた。

 “こういった兵器は、近付きすぎれば使えないものだよ!”

 クワトロは《リック・ディアス》を素早く《ジ・O》の懐に滑り込ませビームバズーカを胸元に突きつけた。たしかに敵との距離が近すぎればこういった兵器は効力を失うものだ。

 しかし、トリガーを引く前に《ジ・O》の太いマニピュレータに砲身を握りつぶされ、次に《リック・ディアス》は殴り飛ばされていた。

 

 「この《ジ・O》を舐めてもらっては困るな。パイロットの技量差など、このようにモビルスーツの性能でどうとでも補えるものなのだよ」

 口では笑っていたが、シロッコは既にカミーユの《ゼータガンダム》を睨みつけていた。

 

 シロッコにとっては、カミーユ・ビダン少尉を倒さなければこの戦争が終わることはないのだろう。それが解っているからこそ、カミーユはファの制止を押し切ってこの戦場に出てきたのだ。シロッコの息の根を止めるのは自分でなくてはならない。カミーユはそこまで覚悟していた。

 カミーユは《ゼータガンダム》をウェーブライダーに変形させると、クワトロとエマに合図を送り、素早く二人の機体を背中に乗せてグリプス2に猪突した。

 シロッコの光の矢による攻撃から逃げ切れるくらいのスピードを《ゼータガンダム》はもっている。母体となるあの岩のようなモビルスーツの動きがいかに速くても、ウェーブライダー形態の《ゼータガンダム》に追いつくことはできないということである。

 カミーユは、グリプス2のメンテナンスハッチのひとつに飛び込んだ。

 「コロニーレーザーとしての管制システムを破壊さえすればいい。この位置からならば行ける。カミーユ少尉、あのモビルスーツにこだわりたい気持ちは解るが……」

 「大尉、解っています。グリプス2を沈黙させてからでも、シロッコを倒すことは遅くありませんから」

 私情、私怨で戦争を行ってはならない。シロッコのその念を否定するためにカミーユはこの戦場に来たのだから、エゥーゴの本懐を達成するためにこそ邁進しなければならない。

 

 いかにグリプスが基地化されていてグリプス2はレーザー砲化されているといっても、“スペースコロニー島三号”という基本形があるいじょう、大幅に構造を変えられるものではない。経費を削減するためにコロニーという既存の円筒を使うのだから、レイアウトを大々的に変えることは本末転倒だからである。それをふまえれば、管制室を見つけ出すことは、軍人でありスペースノイドであるカミーユやクワトロたちには容易なことだった。問題があるとすればそれを警護する兵が五人いることであり、それを排除することに危険が伴うということである。しかし、その警備兵の排除にもたいした時間はかからなかった。降伏勧告を受け入れずにエゥーゴや連邦軍に抗う気骨をもつティターンズ兵であっても、連戦錬磨のクワトロとの経験の差を埋めることは容易ではなかったということである。警備の薄さは、既にコロニーレーザーとして使用するつもりがティターンズにないことを物語っているのだろう。経験のある者は外で戦っているのだ。人員の極端に少なくなってしまったティターンズの哀愁である。

 では、なぜ使いもしないコロニーレーザーの管制室に警備兵がいたのか。そして、実際に運用する兵がいないのは何故なのか。答えは、クワトロがすぐに見つけ出した。

 「既に暴走を始めている。この常態なら、数分でグリプス2は大爆発をするぞ!」

 クワトロが多少ヒステリックにコンソールパネルのいくつかを操作したが、既にそれを阻止することはできない状況だった。

 レーザー発信装置に回るはずの電力の総てをキャパシタでとどめてられてしまっていた。いわば過充電の常態になっており、このままでは大火災、つまり大爆発を起こすということである。遠巻きに戦闘を静観している艦隊にまで被害が及ぶことは考えにくいが、戦闘を行ってグリプスに近付いている艦船は間違いなく沈む。ティターンズ艦隊は、躬らを餌にエゥーゴ艦船をこの陥穽に呼び込んでいるのである。追い詰められ、死を覚悟した人間の思いつく作戦だ。エゥーゴや、寝返った連邦軍に対してめにものをみせてやるというだけの幼稚な作戦とも言えるが、ひとつの思想を実現しようとした組織の尖兵としてのプライドをかけた戦いだということであろう。

 「しかし、お前たちを本隊に返しはしない!」

 「大尉、危ない!」

 「エマ中尉!?」

 シロッコが自分たちを追ってきていると考えるべきだったのに、そこにまで至らなかったのが迂闊だった。それは、シロッコが放った銃弾からクワトロをかばうためにエマが銃弾を受けるという代償となってはねかえった。

 クワトロは、エマを引き摺ってコンソールテーブルに隠れ、カミーユも姿勢を低くした。

 シロッコは、対照的に管制室の入り口で仁王立ちになって高笑いをした。

 「貴様たちのモビルスーツを見つけて破壊できればそれが手っ取り早かったが。紅い彗星も地に落ちたということか。いや、ここにいるのならば健在というべきだな」

 管制室には空気があるから、おのおのがヘルメットシールドを上げているために逆に声は聞き取りにくかった。もっとも、仕様周波数が違ういじょうはしょせん無線での会話などできはしないが。

 「ティターンズ残存兵の覚悟は認めるが、まだ終わらんよ」

 クワトロは拳銃の残弾を気にしながらも、エマを衛生兵に診せることを考えていた。

 「ここでシャアが死ねば、戦後の統率者を失って地球圏はまた荒れるな。アステロイドのアクシズが近付いてきているというのに。貴様の弱点は、この世を手にしたいと思えないことだ」

 「私は、世の中を間違った方向に行かせたくないだけだ。人類がニュータイプになれれば……」

 黒いノーマルスーツのシロッコがゆっくりと近付いてきたので、クワトロは影から拳銃を撃つ。

 シロッコも姿勢を低くした。

 「人類全体がニュータイプになどなれるものか。いかにスペースノイドといえどもな。この世は、選ばれたニュータイプによって統率されるべきだった。貴様にその覚悟ないから……」

 いつか人類全体がニュータイプになる。そしてその時こそ地球圏が楽園になるはずだという楽観視は、ジオン・ダイクンの血縁者らしいとシロッコは叫んだ。その前にこのような戦争の繰り返しの末に人類は滅びてしまうだろうと。

 「お前の言うとおりなら、なおさらティターンズなどは容認できんな」

 「人類を正しく導くための尖兵なり得たのがティターンズだ。エゥーゴのような迎合するだけのやり方で、総ての人類を宇宙にあげられるものか。最終的にはヒステリーを起こして、地球に隕石落としをするのが関の山だ」

 「それは違うぞ。シロッコ!」

 思わず怒りにまかせてカミーユは立ち上がってしまい、あわてて拳銃を撃った。シロッコにも予想のできなかった行動だったのか、あっさりとその銃弾を肩に受けてしまう。しかし、以前と同じように弾の慣性でシロッコの身体が壁に叩きつけられただけ、ノーマルスーツが微かに破れただけでシロッコ自身はまるでそれを忖度しなかった。

 「カミーユ・ビダン少尉、何が違う。サラ様を殺した貴様が、何を言うか」

 よろけながらも立ち上がったシロッコはカミーユに向けて拳銃のトリガーを引いたが、弾切れだった。

 「そのサラを見ていたから解るんだ。人の気持ちを、たったひとりのささやかな気持ちを理解しようとしなかったお前がつくろうとする世界なんて!」

 サラの願いはかなえられないほど難しいものではなかったはずなのだ。でも、誰にだってかなえられるものでもなかった。唯一かなえる権利を持っていたシロッコ本人が知ってか知らずかそれを放棄し、サラを地球圏の君主に据えようとしていたことには気付いていた。そして、気付きはじめていたサラがそのことで思い悩んでいたこともカミーユには解っていたのだ。

 「そんなセンチメンタリズムは、戦争が終わってから言うんだな!」

 「貴様ぁ!」

 素早く次の弾倉を装填したカミーユは、シロッコに銃弾の雨をお見舞いする。しかし、怯みはするものの致命傷を与えるまでには至らなかった。あるいは当たっているのかも知れないが、以前のように強靱な肉体に阻まれているのかも知れない。焦燥のカミーユをよそに、その拳銃の弾も尽きた。

 軍人らしくもなく周章狼狽する様相のカミーユをみて、シロッコは嗤った。

 地球を統治する責任の重さに逃げ出すような者は、

 その尖兵になることを放棄する者は、

 サラ様に安らぎを与えることを拒んだ者は、

 サラ様を殺した者はこの世から去れ!

 そのかいなが勢いよくカミーユの襟元にかかる刹那、シロッコは絶叫した。

 コンソールを破壊してパワーコードを引き出したクワトロが、それを背後からシロッコに押しつけたのだ。拳銃の弾をものともしない身体でも高圧電流はこたえたらしく、シロッコは戦意を喪失して管制室から飛び出していった。今この場でクワトロやカミーユを殺さずとも、グリプス2の爆発といっしょに始末できると踏んだのかも知れない。

 

 エマは、既に虫の息だった。シロッコの銃弾は彼女の胸にめり込んでいたのである。

 紫色の唇になったエマに駆け寄り片膝に抱き上げたクワトロは、その白い頬に掌をあてた。

 「だから言ったんです。やっぱり、大尉は戦場に出ちゃあいけないんです」

 カミーユは、二人を見おろして静かに泣いていた。愛する男のために身をていした女性をもうひとり知っていたからなおさらだ。ひとりの身の振り方ひとつで、もうひとりの人生が変わってしまうことはどのような場合においてもあることだ。そして、戦場では人が傷つくものだ。死ぬものだ。それは仕方のないことである。でも、傷つくはずのなかった命というものはある。エマはまさにそれだったはずである。

 ダカールの連邦議会でシャア・アズナブルとして大演説をしてしまったクワトロは、やはり戦場にいてはいけなかったのである。

 「少尉、クワトロ大尉を責めないで。好きな人のために身を挺すことのできた私は、軍人として、女として本望です。男には、男の意地もあるのでしょう?」

 切れ切れの息のなかに交えたこの弱々しいエマの言葉など、言われるまでもなくカミーユには解っていることだった。この戦場で、あの時のサラの言葉も全く同じなのだ。

 「少尉、戦って。貴方の乗っているモビルスーツが《ガンダム》なら、この戦争を終わらせることもできるはずよ」

 エマは、自分の頬に当てられたクワトロの掌に自分の掌を重ねた。

 「カミーユ・ビダン少尉。行きます」

 カミーユは毅然とした敬礼をすると、「お二方も早く脱出をされるように」と踵を反した。

 

 

 《ゼータガンダム》にたどり着いたカミーユは、グリプス2の自爆のことを無線で《アーガマ》に伝えた。

 冷静に見てみれば、ティターンズの艦隊はグリプス2の近くにエゥーゴ艦隊を誘い込むように動いているように見える。エゥーゴとてコロニーレーザーの標的にはなりたくないからその前方にいることを避けてはいたが、自爆するとなればその被害は四方八方となる。角度ではなく、グリプス2からの距離が重要になるのだ。

 「はやく距離をとるんだ。時間がないぞ」

 カミーユも、ウェーブライダーの《ゼータガンダム》で、できるだけ距離をとった。

 まず身方にグリプス2の自爆を連絡しなくてはならないからクワトロとエマを置いてきてしまったが、二人の脱出は間に合うのだろうか。そんなことが脳裡をかすめた刹那、グリプス2の崩壊が始まった。この大爆発でも隣のグリーンノア1にまで被害が及ぶことはなかったが、おそらくは爆発によって歪んだ軌道の修正はせねばならないだろう。

 エゥーゴと連邦の艦隊で戦闘に参加している艦隻はほぼ全滅していた。爆光に、飲まれるように消滅していった。

 無論、これを仕掛けたティターンズ艦隊も同じ道をたどった。

 まさに、軍人としての意地である。そしてその成就でもあった。

 《アーガマ》は、この災厄を回避できた数少ない艦のひとつに名を連ねることができた。もともと戦闘に参加していた艦のなかでも後方にいたことが幸いしていたし、カミーユの連絡を一番に受けていたということもあるのだろう。

 とはいえ、エゥーゴ側の被害はグリプス2の爆発に飲まれることだけではなかった。連絡を受けた艦船がパニックに陥って先を争って後退を始めたために、艦どうしが衝突するなどしての二次被害が大きかった。まさにティターンズは、めにものをみせたのである。

 

 どうにか《アーガマ》の近くにまでたどり着いたカミーユは、この惨劇に息を飲んでいたが、ブリッジから見える位置に回り込むと、デッキコンダクターに自分が無事であることを告げた。クワトロとエマのことが気にはなったが、よもや一年戦争を生き延びたあの紅い彗星がこんなことで死ぬとは思えなかった。

 “カミーユ少尉! 少尉は無事なのね?”

 無線で、ファ・ユイリィの泣き声が飛び込んできてカミーユはしょうしょう驚愕した。そして、茫然自失していたが我に返ることができた。入室を禁止されているはずのファがブリッジにいるのは、それでも気の強いお姉さん気質の彼女らしいと思ってカミーユは笑った。おそらく、涙でぐしゃぐしゃの表情をしているのだろう。

 「ビダン少尉、生還しました。ご心配をかけてすみません」

 ファは、そのカミーユの声をどうにか聞き止めることはできたが、ブリッジ要員に注意されてヘッドセットマイクを取り上げられてしまったようだった。

 カミーユは、もう一度笑った。

 帰ったら、もう一度、ファをデートに誘おうと思った。ベジタリアンであることに彼女は眉根を寄せていたが、気安いレストランになら付き合ってくれるのではないかと信じていた。そして、プロポーズをしよう。まだ軍人やパイロットをやめるつもりはないから心配はかけることになるが、それでも受け入れてほしいと思った。

 この戦争で生き残った以上、自分は生きていかなければならないのだから。

 

 カミーユが、コックピットの機密を確認してノーマルスーツのヘルメットをとろうとした次の瞬間、《ゼータガンダム》の頭部が吹き飛んだ。

 次にカミーユの脳髄に直接パプテマス・シロッコの声が響いた。

 搭乗機の一部が吹き飛ぶという事態からわきあがった恐怖を吹き飛ばすために、カミーユは咆哮を上げる。それでも、大好きなファを巻き込まないように《アーガマ》との距離をとることを考えるだけの冷静さを保つことには成功していた。

 この攻撃は例の光の矢、クワトロの言っていたビットという兵器だろう。この衝撃波は、メガ粒子砲によるものではなくきっとレーザーによる攻撃だ。ビットを小型化するために、メガ粒子砲ではなくレーザー砲を装備しているのだ。そして、その攻撃もかなり遠方から行われているに違いなかった。さっきのカミーユは、完全に油断していたのだ。至近距離で《ゼータガンダム》を狙撃できたのならば、正確に機体中央を狙われてカミーユは今頃蒸発していただろう。なにより、レーダーに映らない距離にシロッコのモビルスーツもそれが操る大半のビットもいることになる。

 「それでも、奴にはこちらが見えているってことじゃないか!」

 危機感と緊張に包まれてはいるが、とにかく闇雲にでも《アーガマ》から離れることにした。

 いち早く《アーガマ》との距離をつくるにはウェーブライダーに変形をさせる方がよかったのだが、それでは攻撃に対して無防備になりすぎる。モビルスーツ形態のままバーニアをフル出力で吹かした。

 頭部をやられてしまったのでメインのカメラはやられたが、機体各部に取り付けられたセンサーや補助カメラを駆使してあたりの索敵を始める。グリプス2の自爆によるその関係のスペースデブリが多すぎて盲目というべき状況ではあったが、泣き言を言っていられる状態ではない。

 いかに彼の操るモビルスーツが高性能で今のエゥーゴ艦隊が大打撃を受けているとはいっても、戦局をひっくり返すことなど今更できるわけがない。ティターンズの意地はグリプス2や敵艦隊との心中だったが、パプテマス・シロッコの意地は、ただカミーユ・ビダンを殺すことなのではないのだろうか。

 それが解ってしまったから、カミーユは母艦である《アーガマ》から距離をとることを躊躇なく行ったのだ。このままでは《アーガマ》に戻れるほど推進剤は残ってはいない。しかし、ファや仲間の乗っている《アーガマ》を巻き込むわけにはいかない。戦闘が終了したら、救命信号を発進すればすむことだ。今の状況なら、ティターンズに拾われてたとしても虐待を受けるようなことはあるまい。

 

 “少尉、貴様には死んでもらう!”

 

 “上”からプレッシャーを感じることのできたカミーユは、シロッコの操るビットからのレーザー攻撃を躱すことができた。ついその発射元に索敵をかけるが、あのビットにそのセオリーは通用しない。モビルスーツのマニピュレータほどの質量しかないうえに無人機という特性を生かしたトリッキーな機動は、こちらの予想を容易に裏切る。いくつあるのか判らないビットが、ひとつの意思の下であらゆる方角から攻撃をかけてくるのだから、熟練のパイロットでも、かわしきるのは難しいだろう。

 このシロッコからの執念や殺意というプレッシャーを風のように感じ取れるので、カミーユは敵の姿が見えなくてもビットによる攻撃をなんとか躱すことができていた。

 

 

 《ゼータガンダム》の頭部に被弾し、そして《アーガマ》から離れていくのを見たファは、気を失いそうになるのを何とかこらえた。

 まだ敵がいること、それが近いのではないかということが解って《アーガマ》は騒然としはじめた。ブライトの命令でブリッジから連れ出されようとしていたファは、それでも髪を振り乱して食い下がった。《ゼータガンダム》を回収するために輸送機をかしてくれと言い始め、ブリッジスタッフの度肝を抜いたのである。

 「今のまま推進剤の枯渇した《ゼータガンダム》は帰還できません。初めての実戦データは、技術者には魅力的なんです」

 「しかし、《ゼータ》は攻撃された」

 ファが本気でそう言っているのなら、ブライトは絶対に許可しない。技術者のつまらない好奇心や関心だけで戦場を引っかき回されることなど御免こうむりたいからである。しかし、軍としては彼女の言い分こそ受け入れるべきである。ファは、その弱みにつけ込んできたのだ。

 つけ込まれても、ブライトはここにおよんで技術者のきちがいじみた興味本位の意見を斟酌するほど寛容ではない。それでもブライトがにべもなくファを否定しないのは、彼女が《ゼータガンダム》ではなくカミーユを心配していると解るからである。

 艦隊司令からの戦闘終了宣言はまだでていない。でていたとしても先ほどの攻撃がなかったとしても、軍人でないファを外に出すわけにはいかない。そう言いながら、先ほどの攻撃の二波がないのはカミーユがその攻撃を引きつけてくれているのだろうなという予想はしていた。だから、追いつけるのか見つけ出せるのかという疑問はあったが、モビルスーツ隊に《ゼータガンダム》を追跡し援護するように命令を下したのだ。たとえ輸送機が多少の武装をしていても、ファがカミーユを助けることなどできるわけはない。《ゼータガンダム》回収などという名目にしたって、彼女自身がでていく必要などないのだ。回収することが目的ではなく、回収された《ゼータガンダム》を視ることが目的のはずなのだから。

 「私は《アーガマ》に残った《ゼータガンダム》の唯一の開発スタッフです。私なら、見つけ出せます」

 援護に向かわせたモビルスーツ隊が、この状況でカミーユの《ゼータガンダム》を見つけ出すことができるというのはほとんど奇跡に近い。状況が状況だったということなのだが、カミーユの判断と行動がはやすぎて、しかも命令を仰ぐということをしなかったのでブライトの方の対応こそが遅れてしまったのだ。《ゼータガンダム》はどうでもよいにしても、カミーユ少尉を宇宙の迷子にするわけにはいかない。今のファ・ユイリィならカミーユ・ビダンを捜し出すことができるのではないか? 直感的にそう思ったブライトは、輸送機の操縦はメカニックではあるがアストナージにさせるという条件も付け足し、二機の《ネモ》の護衛をつけることで許可をだした。

 元気に礼を言ってブリッジを飛び出していったファの背中を見送るブライトを、デッキコンダクターの数名が呆れた表情で見ていた。

 「俺だって、あれくらいの年齢の時にはカミさんと命がけの恋愛をしたんだ」

 ブライトは、照れ隠しに輸送機の用意を促すことと二機の《ネモ》を護衛につけるように早く連絡しろとデッキコンダクターを叱った。

 

 

 シロッコがサイコ・コミュニケーターを介在して操るビットは、本体である《ジ・O》のところに戻ってきて定期的にエネルギー補充をしなくてはならない。

 ビットを小型化したことで電力や推進剤の搭載量に制限ができたからだ。ビットの小型化は瞬間的な機動力をあげることに貢献したが運用面では問題を抱えることになった。ビットは本体を敵に察知されないまま遠距離攻撃できるということが最大のメリットなのだが、ビットが本体コンテナー戻るというその軌跡で本体の位置を敵に割り出される蓋然性がでてくるのである。とはいえ、《ジ・O》によるビットの攻撃を躱しながら見つけ出した本体を攻撃できるパイロットなどそうそういるものではないだろう。

 ただ、カミーユ・ビダン少尉は数少ない例外のひとりに違いなかった。

 そろそろ見つけられた頃に違いない、とシロッコは《ゼータガンダム》の挙動から洞察していた。ここまでビットによる攻撃を躱し、少しずつでも打ち落とし続けることができていることに舌を巻く。

 「さすがは、サラ様が気に入られた少尉だということだな」

 《ジ・O》自体の燃料も既に底をつく頃である。モビルアーマーの《メッサーラ》であったならまだ充分に余裕があったのだが、母艦などのバックアップをもたないでモビルスーツの《ジ・O》が行動をするには限度があるのだ。

 しかし、シロッコは焦ってはいなかった。もとより生き延びる気などないからだし、カミーユ・ビダンをここまで母艦から引き離すことができれば、このスペースデブリのなかで自分と同じように帰還を果たすことは至難の業になっていることも確かだからだ。自分が息の根を止めることに失敗しても、カミーユを死の淵に充分追い込んだとも言えるのである。

 カミーユがグラナダで《ガンダムマーク2》を強奪したとき、バスク・オム大佐に対する皮肉だけにおざなりな追撃をしてしまっていたことに後悔していた。紅い彗星の牽制の所為で《ガンダムマーク2》に近づけなかったことも確かなのだが、懲罰を覚悟でもっと主砲を使って撃墜してしまえばサラとカミーユが出会うこともなかっただろう。そうすればサラが死ぬこともなかった。仮にティターンズが壊滅したとしても、自分の夢が潰えることなどなかったのである。

 自分は肉体を強化された人間である。それもサイボーグ化などによる後天的なものではなく、受精卵の段階から組み立てられた強化人間である。だから、それに気付いてしまったときには人並みの生涯を送れることを諦めていた。養父であり自分の産みの親でもあるベルグ・シロッコ博士は、研究対象としてではなく心の底から自分を愛してくれていたことは解っていたから、不安なことなどなかった。しかし、血縁上の父親の名前を知ったときに躬らを呪った。この汚れた血を浄化するために何をすべきなのかを考えた。それが、地球や人類をあるべき姿にするために新秩序を樹立することだった。サラはその象徴になるはずだったのだ。

 人類や自分から総てを奪ったカミーユ・ビダンを許すことなどできはしない。

 この躬らの血と共に地獄に突き落とすことこそが、自分が最後にすべきことだと思っていた。

 

 

 ビットの総数は十五機で、その最後の一機をビームライフルで撃ち落とす頃にはカミーユは完全にシロッコの《ジ・O》の位置を掴んでいた。

 「何故、サラを戦争に巻き込んだんだ!」

 それはカミーユの理不尽な怒りである。自分こそ、面識がありながらもサラのことを真剣に諭していなかったのではないかと後悔もしている。彼女は躬らの意志でティターンズに志願し入隊したのだし、シロッコの下にいたのだ。上官であっても、シロッコに責任などあろうはずもない。

 それでも、叫ばずにはいられなかった。

 ビットの総てを失ったシロッコの《ジ・O》は、その岩のような巨体を《ゼータガンダム》に向かって猪突させビームライフルを乱射してきた。

 カミーユもビームライフルを乱射するが、《ジ・O》の身軽さに総てを躱されていた。

 次には《ジ・O》から体当たりを喰らわされつつも、しがみ付くかたちで何とかこらえた。コックピットシートのショックアブソーバの許容範囲をこえる振動に脳震盪を起こしそうになるが、接触回線で聞こえてきたシロッコの怨嗟に奮い立った。

 少女ひとりの気持ちに気付こうともしなかった人間がつくろうとしている世に安息などあるはずがない。対話があるから戦争を健全なかたちで終わらせることができるのだ。この喩えはいかにも軍人らしいものだ。それでも、それが人と人の関わり方だと思う。結論ありきのところから始まる統治など、人を不幸にする。

 “カミーユ・ビダン少尉。あの世でサラ様に侘びよ!”

 「シロッコ大尉、まだそんなことを言っているのか!」

 《ジ・O》に捕らえられて《ゼータガンダム》の手脚をもがれる前に距離を置き、後退りをしながらビームライフルを撃とうとするが、既にそのエネルギーもなくなっていた。

 武器は総て使い切った。

 推進剤はもう残りがない。

 カミーユはビームライフルを捨てると、衝動的に《ゼータガンダム》をウェーブライダー形態に変形させていた。

 

 

 「サラが死んだときの苦痛を思い出せ。少尉!」

 そう叫んだ刹那、シロッコは自分の横に死んだはずのサラが立っているような気がした。

 何故、少尉の横ではなく自分の処なのか?

 いや、自分を恨んでいるのだな?

 “たとえ大尉が何者であろうとも、私は抱きしめてほしかったのです”

 かぶりを振ったサラはそう言って紅潮しつつも、操縦桿を握るシロッコの掌の甲に掌を重ねた。

 『私は、都合のいい幻影を見ている。……これは、少尉の新兵器?』

 シロッコはノーマルスーツのヘルメットを脱ぐと、脳のなかの霧を払うように頭を振った。

 

 

 『シロッコ、まだ解らないのか!』

 カミーユは、絶望的な気分になって操縦桿を前に倒した。

 ウェーブライダーは、《ジ・O》に向かって何の策らしい策もなくただ一直線に猛進した。

 「ザビ家の血など関係なくあんたを受け入れるって、あの時サラは言ったんだ!」

 カミーユは泣いていた。

 シロッコの心の傷をいやせない無力な自分のことをサラは悩んでいた。シロッコはそんな気持ちにすら気付けないでいたのだ。

 《ジ・O》は動かなかった。

 それは、燃料切れなのか、他のトラブルか、シロッコが覚悟を決めたのか。

 それとも、サラ・ザビアロフの意志なのか?

 ウェーブライダーの鋭角の機首は、《ジ・O》の腹部、シロッコの坐るコックピットに突き刺さっていた。

 

 

 ファは、ウェーブライダーの機首が《ジ・O》を捕らえた瞬間を目にして悲鳴をあげた。

 まだ遠くではっきりとは判らないが、尋常な使い方ではない。

 ただ、カミーユのことが心配でアストナージを急かした。

 

 アストナージが心配していたのは、《ゼータガンダム》の敵のモビルスーツの《ジ・O》がまだ稼働しだすのではないかということだったが、近付くにつれそれはないと解った。

 ウェーブライダーの機首は《ジ・O》の腹部を貫き、背中の側まで貫通していたのだ。頭部、胸部、腹部、モビルスーツのコックピットは大別してこの内のどこかにあるのだが、目算ではあるが、ウェーブライダーの機首が貫通できるような場所はコックピットのような空間のある場所でもなければ無理なはずだ。つまりカミーユはコックピットを貫いたのであり、敵のパイロットは死んでしまっただろう。

 

 二機の《ネモ》に護衛されながら《ゼータガンダム》と《ジ・O》の戦闘があった空域に輸送機が着いた途端、アストナージの制止も聞かずファはカミーユの名前を叫びながら外に飛び出した。

 すぐにコックピットのある機首にとりつくが、衝突の凄まじさを物語る破損を見て血の気がひいた。

 コックピットハッチが歪んで、本来は密閉性を保っているはずのコックピットから空気が漏れていたのである。動力が生きていることを祈りつつ、ファはコックピットハッチをあげた。

 「カミーユ少尉!」

 狭いコックピットに飛び込む。

 カミーユは俯いて、奮えていた。

 生きている。

 大きなケガはしていないようだ。

 「ファ、僕は!」

 ファが、肩に掌を乗せると、カミーユは顔を上げた。

 カミーユは泣いていた。

 そして、ファに抱きついた。

 無重力のなか、二人の身体は浮き上がってゆく。

 「こんなカミカゼみたいな使い方は想定してなかったのに、よくも無事で……」

 ファも、込み上げてくる涙をこらえきれず泣いた。

 力強く抱きしめてくれているこの腕の力は生命そのものだ。

 泣いていても、カミーユが生きていることが嬉しかった。

 分厚いノーマルスーツの上からでも、お互いの暖かさが解るような気がした。

 

 

 the END

 

 あとがき

 

 『二時間をこえてもいいので(できれば九十分くらいで)、一本の映画にするとどうなるのか?』

 映画の構成のたたき台というコンセプトをシミュレートしたのが本作です。

 はっきり言って、あの映画は駄作です。総じてロボットアニメというものがおもちゃの広告塔だというのは解りますが、でもあれはひどい。バンダイさん、富野監督が可哀想。

 逆襲のシャア、と同じだけのクオリティの映画をもういちど作らせてあげてくださいよ。

 

 この小説を読んでいただいた方の大半、機動戦士Ζガンダムのファンならば、

 「フォウは?」

 なんて怒っている人がいるに違いない。

 Ζガンダムのヒロインの筆頭は間違いなくフォウ・ムラサメなのは疑いの余地はないわけですが、登場させませんでした。というか登場させられませんでした。

 意識したのは、とにもかくにも劇場三部作。御大のサービス精神は総てのファンやスポンサーサイドに及び、あの物語のなかでも全く意味がないのではないかというロザミア(元祖妹萌えキャラ)までが登場しました。二本目の映画に引っ張る意味でも、まさにフォウでよかったと思うんだけど。

 

 1.カミーユをアクシズの士官にする。両親は、アクシズの政権抗争に巻き込まれてハマーンの一派に殺される。シャアが、アクシズから脱出するさいに一緒にアクシズを抜け出す。連邦(エゥーゴ)軍対アクシズの構図。

 

 2.ジェリド・メサをバスク・オム大佐の懐刀にする。彼自身はニュータイプではないが、ニュータイプ(強化人間)部隊の隊長を任される。強化人間のなかに、マウアー・ファラオやフォウ・ムラサメ、ロザミア・バダム、ゲーツ・キャパを配置。ジェリドは、物語の後半で強化人間精錬の非人道的行為に疑問を持ってバスクを殺す。さいごは、マウアーを殺された恨みを抱きカミーユと一騎打ち。

 

 3.シロッコの出生を産まれながらの強化人間だと明確にする(遺伝子上の親はギレン・ザビ)。躬ら(ティターンズ)の理想の為に邁進し、そのなかでカミーユとの意見の相違が衝突を生み出す。

 

 の三つの候補があって、本作は三つ目のを選択したわけです。

 1.はシャアが目立ちすぎることになるだろうなと思って却下。冒頭で、アクシズにサイド3のズムシティーを制圧されるところから始めればジャブロー降下作戦とかゼダンの門(ア・バオアクー)の戦いとか、一本目のガンダムのパロを描けるなと思ったんだけどね。フラナガン博士の弟子にムラサメ博士を据えれば、フォウ・ムラサメも登場させられるとは思ったんだけど。シャアに連れ出されるのをジュドー・アーシタに置き換えればダブルゼータにできるなとも思ったので、なおさらやめ。

 2.はマウアー・ファラオのファンの私としては悩みどころだった。でも、マウアーをジェリドの部下にしてしまうと魅力が半減してしまうということで却下。でも、いちばん原作に近いストーリー展開ができたかも知れない。原作や劇場版で目立ちつつも日の目を見なかったジェリドにスポットライトを当てることができるとも思ったんだけどね。

 

 テレビシリーズでも映画になっても結局シロッコの素性は解らずじまいだったので、個人的推理をこの小説に繁栄してみました。

 

 映画を意識して主題歌を設定して、

 エンディングをGacktで、アルバム『Crescent』から『Lust for blood』。ファ・ユイリィが《ゼータ》にとりついてコックピットハッチを開くあたりから流れるのをイメージしています。

 


 
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