No.154872

真恋姫無双~天帝の夢想~(過去の清算)

minazukiさん

第二部にはいる前の短編です。
都に連れてこられた天和達の運命を一刀が公の前に決めます。
それによってもたらされるモノとは・・・・・・。

最後まで読んでいただければ幸いです。

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2010-07-03 00:11:24 投稿 / 全16ページ    総閲覧数:17769   閲覧ユーザー数:13645

(過去の清算)

 

 何かをきっかけにその者が以前の自分とは違う自分になったように感じることがある。

 傀儡の皇帝として生きていた百花はその楔から解き放たれると、今まで感じることのできなかったものが目の前に広がっていた。

 それも全てが自分の隣傍にいてくれている一刀のおかげなのだと思っていた。

 

(不思議な気持ちです)

 

 一刀を受け入れたということを思い出すと恥ずかしさに耐えるのが大変だが、それ以上に言葉では言い表せない満ちたものを感じていた。

 彼が手傷を負っているのは自分のせいだと思い苦しみ悲しんでいたが、今ではそれすら自分のために刻まれたと思うと、申し訳ない気持ちながらも嬉しかった。

 

(私のせいで傷ついたのであれば同じぐらい私も一刀の傷を背負いたい)

 

 そんなことを口にすれば一刀は怒るだろうと思って胸のうちにしまっていた。

 これからもおそらく一刀は百花のために無茶をして傷つくことを厭わない。

 それでも生きていてさえいれば百花はいくらでも彼の負った傷を自分も一緒になって背負う覚悟はできていた。

 

「一刀」

 

 彼の名前を呼ぶ喜び。

 それは本来であれば独占してもよいものだったが、それはおそらく不可能だろうと百花は感じていた。

 月達をはじめこれから一刀に出会う者の中にはきっと自分と同じように彼を好きになる者も出てくる。

 それに対して一刀は、初めは戸惑いながらも最後にはきっと彼女達を受け入れる。

 そして誰一人不幸にすることなく平等に愛していく。

 百花としても一刀という人物がこの世界の中で認められると思って嬉しいことではあるが、やはり心の中では自分を見て欲しいと思ってしまう。

 

「私は大丈夫でしょうか」

 

 百花にとって月達は大切な友人でもあり、これから苦難を共に歩んでくれる大切な仲間であるため月達に嫉妬をして彼女達を憎むことだけはしたくなかった。

 だがそんな悩みも目の前で眠っている一刀を見ていると和らいでいく。

 今は誰の邪魔もなく自分だけの一刀がそこにいることが嬉しかった。

 

「できれば私を余り心配させないでくださいね」

 

 彼がいる限り大丈夫。

 彼がたくさんの女性を愛してもその中で自分が一番愛してくれるのであればそれでもいいと思えるようにこれから少しずつ頑張ればよかった。

 

「陛下、御遣い様、そろそろお目覚めの時間です」

 

 部屋の外から自分達を呼ぶ声が聞こえてきた。

 このままもう少し二人っきりでいたかったが、彼女にはやるべきことがあった。

 

(願わくは一刀とこれからも一緒にいさせてください)

 

 今回のことで一刀に対する依存率がさらに高くなっている百花。

 彼が褒めてくれるのであればどんなことでも頑張れる。

 その考えは国を滅ぼしかねないものであったが、そうならないために百花は皇帝としてすべきことをしっかりと果たすつもりでいた。

 

「一刀」

 

 もう一度、優しい声で彼の名前を声にする。

 それでも目覚めない一刀に百花は顔を近づけていく。

 

「そろそろ起きてください」

 

 何度も触れ合った一刀の唇に自分の唇を重ねていく。

 すると、それまで眠っていた一刀はゆっくりと目を覚ましていく。

 

「おはようございます、一刀」

「おはよう、百花」

 

 二人は照れくさそうに朝の挨拶を交わしてもう一度だけ唇を重ねた。

 百花達が都に戻って数日もしないうちに黄巾党討伐軍が凱旋した。

 数多くの参加した諸将を率いて先頭にたっているのは華琳だった。

 堂々と馬に乗り笑みを浮かべている華琳の後ろには丁原がおり、その後ろにはなぜか荷馬車に載せられている木の檻の中に天和、地和、人和の姿があった。

 

「ねぇ~これから私達どうなるの?」

「そうよ。ちぃ達を助けてくれるよね?」

「ち、ちょっと二人とも落ち着いて」

 

 一刀の言葉を信じていただけに三人にとって今の扱いはどう見ても罪人でしかないことに落ち着くことができなかった。

 二人を宥めている人和ですら一刀の言葉は嘘ではないのかと思っていた。

 

「静かにせぬか。ここでお主等が騒げば騒ぐほど御遣い様に迷惑をかけるぞ」

「だったらこんなところにちぃ達を閉じ込めないでよ」

「そうだよ~。出してよ~」

 

 まったく落ち着かない天和と地和に人和が呆れかけた時、華琳が振り返った。

 そこには笑みが浮かんでいたが、ただの笑みではなく冷たさ全面に押し出している笑みだった。

 

「貴女達がどうなろうとも私には関係ないわ。あれほどの事をして無事でいられると考えない方がいいわよ」

 

 ここで誰かが彼女達を黄巾党の中心人物だと叫べば大騒ぎになることは間違いなかった。

 もし馬に乗せていていた場合、そうなれば彼女達を守りきれる自信など華琳は保障していなかった。

 それならば檻に入れておくほうがまだましだと考えていたが、そんなことを口に出して説明をするほど華琳はお人よしではなかった。

 

「宮殿に着くまで我慢しなさい。貴女達が大人しく言うとおりにしていれば助かるかもしれないわよ」

 

 本気で言っているのかからかっているだけなのか、天和達からはわからなかった。

 

「これ、あまり脅すから怖がっておるぞ」

 

 見かねた丁原はため息交じりに華琳に注意をする。

 正直にいえば丁原も納得はしていなかった。

 王朝を揺るがすほどの大規模な反乱を起こした三人を無罪にするのはありえないことだった。

 

「脅迫?私は事実を言ったまでよ。それに万が一、あの男がこの三人を助けなければ私が恩賞代わりにもらうつもりよ」

「お主が?」

 

 丁原からすれば見捨てるには後ろめいたものを感じるかもしれないが、恩賞として貰うほどの価値があるとは思えなかった。

 だが華琳は丁原ですら思いつかないことを考えていた。

 それは天和達の人を集める能力、人を惹き付ける彼女達の歌による自軍戦力の強化。

 短期間で何十万という一大勢力を築き上げるほどの力を天和達が持っているのであれば、それを上手く利用すれば誰にも負けない大戦力を整えることができる。

 

(まぁもっとも、あの男がこの子達を見捨てるとは思えないわね)

 

 彼女達を何らかの罰を与えつつも自分の庇護下に置く可能性の方が遥かに高かった。

 それはそれで華琳にとってまた楽しめそうなことになりそうだった。

 

「とにかく処分が下されるまで大人しくしておくことね」

 

 さっきまで感じさせていた冷たさは消え、どこか楽しんでいるような笑みを浮かべる華琳に天和達は何も言い返せなかった。

 

(貴方を信じていいのですよね、北郷さん)

 

 人和は彼が自分達を救ってくれると言った言葉が真実であることを祈ることしかできなかった。

 危険を冒し出まで自分達に会いに来て解放してくれたのだから今度は自分達が信じなければならない。

 天和と地和も華琳に脅されてから静かになったが、頭の中で一刀が助けてくれることを信じるしかできなかった。

 百花が一刀を伴って玉座にやってきた時、天和達は中央に両手を縛られ膝をついていた。

 その光景を見て百花よりも一刀の方が驚いていた。

 

「陛下、黄巾党の首謀者でございます」

 

 華琳が恭しく百花に報告をする。

 彼女がどのような反応を示すか華琳は楽しんでいたがそれを表情に出すことはなかった。

 

「貴女達が張角、張宝、張梁ですか?」

 

 玉座から天和達を見下ろす百花はどことなく労わりの雰囲気を感じさせていた。

 

「貴女達のしたことは許されることではありません。それを知っていて反乱を起こしたのですか?」

 

 洛陽に戻る途中、一刀から天和達がどうして反乱を起こしたのかを聞いていたが、それでも本人達から確認をする意味で聞いていた。

 天和は周りの雰囲気に怯えており、人和も下手な答え方をすれば自分達の命はないと思い考えこんでしまっていた。

 

「ちぃ達は悪くないもん」

 

 そんな中で地和は震えながらも声を上げた。

 

「ちぃ達はこんなことなんかしたくなかった。でも、そうしなければ生きていけなかったのよ」

 

 生き延びるための手段。

 追い詰められた者であれば力に頼るしかない。

 それこそが苦しみを増幅させて新たな憎しみや悲しみを生み出していく。

 

「あんたなんかにちぃ達の気持ちなんてわかるはずないわよ」

「……」

 

 地和の言うとおりだった。

 今までの百花は外の世界のことなど何一つ知ることができなかった。

 知ろうとしても張譲達によって阻まれ、それが繰り返されていくうちに目を向けなくなってしまっていた。

 

(私が無力だったから彼女達は追い詰められた……)

 

 そう思うと胸が締め付けられる。

 俯いてしまう百花を一刀は何も言わずにただ見守っていた。

 一刀からすればここで百花を弁護するような態度をとってしまえば、百花に現実と向き合う力を身につけさせられないと考えていた。

 

「貴女の言うとおりですね」

 

 静けさが漂う中で百花は顔を上げてそう口にした。

 

「確かに私は貴女達の気持ちまでわかっているわけではありません。そしてこうなるところまで追い詰めたのも間違いなく私の責任です」

 

 もっと皇帝が、自分がしっかりしていれば彼女達が反乱など起こすことはなかったのではないかと思うとやりきれない気持ちになる。

 全ての罪は天和達だけに背負わせることを百花はしたくなかった。

 

「陛下、この者達の処遇はいかがなさいますか?」

 

 華琳は百花にどのような判断をするのか興味をこめて問いかけた。

 

「漢王朝に弓を引く者にはそれ相応の罰を与えるべきではないでしょうか」

 

 百花が天和達を死罪にするのであればどんな手段を用いてでも自分の物にしようと華琳は思っている。

 

「御遣い様はどのようにするべきと思いますか?」

「俺?」

 

 この件に関して百花は黄巾党の解散と首謀者の捕縛の功績がある一刀の言う通りにしようと思っていた。

 天和達も一刀の方を見た。

 その眼差しは自分達を助けてくれると信じているのと同時に、もし嘘をついていたらという不安が入り混じっていた。

 

「俺は彼女達と約束をした。黄巾党の解散をする代わりに彼女達の身柄を保証するって」

 

 一刀の言葉はそれを知らなかった諸将達を驚かせた。

 そのような裏取引があったなど信じられないことだった。

 

「確かに皆に黙っていたのは悪いと思っているよ。でも、そうでもしないともっと流さなくていい血を流しているはずだ」

 

 戦う以上、犠牲が出るのは仕方ないことだった。

 それが戦というものなのだからと誰もが思っていることだが、一刀はそういった考えはあまり好きではなかった。

 回避できるものであればどんなことをしてでも回避する。

 救えるものならば救いたい。

 そのために自分が危険な目に遭おうとも最悪の事態を回避できるのであれば些細なことでしかなかった。

 

「それを回避できたのは彼女達が協力してくれたからだ」

 

 天和達は一刀が自分達のために話してくれていると思い命の危険は薄れていったかにみえた。

 

「でも、これだけの反乱を起こした罪は償わないといけない」

 

 その一言は天和達にとって天国から地獄へと突き落とされるに等しかった。

 天和は怯えたように地和に寄り添い、地和は一刀が何を言っているのか理解できずにおり、人和はやはり信じるべきではなかったと肩を落とした。

 

「彼女達には悪いけど死んでもらうことにするよ」

 

 冷静な口調で死刑宣告をする一刀に端で控えていた霞と恋の表情が鋭くなっていく。

 

「陛下、明日にでも三人の刑を執り行いたいと思いますがどうですか?」

「えっ、あ、はい」

 

 百花もまさか一刀がこのようなことを言うとは思いもしなかったため動揺を隠せなかった。

 罪なしとはいえないがそれなりに温情をもった刑を進言してくると思っていただけに、死刑を執り行うのはやりすぎではと一刀に無言の視線を送った。

 

「な、なんでよ……」

 

 ようやく声が出るようになった地和は身体を震わせながら一刀をにらみつけた。

 裏切られるために降伏をしたわけではないのに、一方的に切り捨てようとしている一刀に憎しみと怒りをこめていく。

 

「あんたを信じたからここにきたのに……どうして嘘なんかつくのよ!」

「ちーちゃん!」

「ちぃ姉さん!」

 

 一刀に飛び掛ろうとする地和を天和と人和は身体で止める。

 

「こんなところで殺されるぐらいならあのままあんたを殺しておいたらよかったのよ」

「穏やかじゃないな」

「そうさせたのはあんたよ!」

「君達があのまま続けていたら今よりももっとひどい死に方が待っているよ。それに比べたらまだマシだと思って欲しい」

 

 同じ死を迎えさせるのであればせめて自分の手でという一刀からすればせめてもの救いのはずだった。

 

「皆にも言っておくよ。張角、張宝、張梁は俺が直接、刑を執行する。それに反対する人がいたら言って欲しい」

 

 一刀の言葉に誰も反対を唱える者はいなかった。

 華琳ですら一刀がここまで冷酷な判断を下すとは思っていなかったが、それでもその表情は何かに気づいているようだった。

 天和達は救われると思っていた自分達が死ぬことになり、その恐怖に言葉を失っていた。

 天和達を別室へ移すように一刀は言うと、血の気を失っている天和達は力なく連れて行かれた。

 その様子を見送ってから一刀は一息ついた。

 参内している諸将は天の御遣いはここまで計算をしていたのかと思い、その智謀に驚きを隠せなかったが、それは一刀からすれば買いかぶりだった。

 

「あれが天の知恵というものかの」

 

 さすがの丁原も一刀がこのような判断をしたことに驚き以上に戦慄を覚えていた。

 そして華琳が独断で宦官派の将軍達を処断した時、それも実は一刀が華琳に指示を与えていたのではないかと思った。

 もしそうであれば天の御遣いという存在を敵に回すのはあまりにも危険すぎるのではないかとも思った。

 

「お主はどう思う?」

 

 隣にいる華琳にそんなことを聞いた。

 

「相変わらず面白い男ってとこかしら」

「そう見えるお主も凄いの」

「さっきの張角達に対する処断も聞き方をかえれば面白いと思うはずよ」

「さっきの?」

 

 丁原は一刀が言った言葉を頭の中で思い出した。

 特に変わったところはないため、華琳が言っていることが今ひとつわからなかった。

 

「おかげで私があの三人を貰い損ねたわ」

「お主、何か知っておるのか?」

「ええ。ただ、声に出して言うほどのものでもないわ」

 

 そう言って華琳は百花の隣に立っている一刀に視線を送った。

 

(あの男はもしかしたら私が思っている以上に楽しませてくれるかもしれないわね)

 

 軍の全権を簡単に預けるような愚か者であるだけならそこで興味は失せていたであろうが、ここまで楽しませてくれる相手に華琳は自分の物にしたいと強く思い始めていた。

 だが簡単に手に入れては興ざめをするかもしれないため、今はこれから与えられる恩賞で我慢することにしていた。

 

「では、これより此度の働きに応じて恩賞を発表します」

 

 華琳がそうしている間、百花はなんとか気持ちを切り替えて次の議題に移った。

 ここに集まった諸将だけはなく、義勇軍や地方の長官など、功績がある者にそれ相応の恩賞を与えることを百花が発表すると、さっきまでの雰囲気はどこかへ消え去っていった。

 今回、討伐軍に参加した者や地方から上がってきている報告を元に詠がまとめた物を相国に任じられた月がゆっくりと丁寧に名を上げていく。

 

「それにしても御遣い様と董卓殿を中枢に据えるのはよいが、それを快く思わぬ者もおろうな」

「それはそうでしょうね。どう考えても最初に陛下の宣下に応じたのは董卓というだけで重用しているように見えるわ。これがもし私や丁原殿だったら同じように重用されたかしら?」

 

 そこにはなんらかの力が働いているか、もしくはそうなることを予めわかっていたかのどちらかだろうと華琳は思っていた。

 もしそれが天の御遣いによるものであればそうした理由を聞かせて欲しいものだと思ってもいた。

 

「どちらにしても恩賞を素直に喜ぶ者もいれば不満を持つ者もいるわ。そういった者が今度は董卓を排そうとすればまた争いが起こるわね」

 

 それはある意味で華琳が望んでいる『乱』へと繋がる物になる可能性はあった。

 

(そうなれば天の御遣いの実力を確かめられるわね)

 

 天の御遣いが敵になれば、それによって一刀の真の実力を測れるのであれば価値は十二分にあった。

 

「本当に楽しみね」

 

 華琳の不敵な笑みを横目に丁原は内心で息をつくのと同時にもう少し若ければ彼女と同じように野心を抑えることなくこの時代を楽しめたであろうと自分の老いを惜しむのだった。

 全ての発表を終えて後日、正式に恩賞を与えることになり朝議はそのまま解散となった。

 百花は月達と執務室へ戻り、一刀は恋を連れてある部屋へ向かった。

 扉を開けて中に入ると、天和達は力なく床に座り込んで肩を寄せ合っていた。

 

「恋、外を見張っていてくれるか?」

「(コクッ)」

 

 恋は言われたとおりに外に出て誰かがくるのを見張った。

 彼女が出て行くのを確認すると、一刀は天和達の方へ近寄っていく。

 

「何よ、アンタ。ちぃ達を裏切った奴がなんでここにくるのよ」

 

 地和は一刀に対して敵意を容赦なくぶつけていく。

 それに臆することなく一刀は彼女達の前に膝をついて、持ってきた小剣を取り出した。

 

「な、なによ。ちぃ達をここで殺すつもりなの」

「じっとしてて」

「きゃっ」

 

 小剣を抜いて地和の肩を掴んで勢いよく後ろへ回転させた。

 そして手首で結ばれている紐を小剣で切り離していく。

 

「さっきは悪かったな」

 

 天和と人和も同様に小剣で手首を縛り付けている紐を切って自由にしていく。

 それが終わると小剣を鞘に収めて一刀は腰を下ろした。

 

「さっき言ったことなんだけど、張角、張宝、張梁には死んでもらうよ」

「やっぱりちぃ達を殺すのね」

「え~~~~~ヤダよ」

「……」

 

 再び敵意を向ける地和と泣きべそになる天和、それにじっと一刀を見る人和。

 

「ちょっと落ち着いて俺の話を聞いてくれ。何も君達を本当に死刑にするつもりはないんだ」

「どういうことですか?」

 

 自分達の名を上げて処刑すると公言した以上、それを回避することなどできないはずなのに一刀は何を言っているのだろうか人和はわからなかった。

 

「俺が言ったのは張角、張宝、張梁だ。誰も天和、地和、人和だなんて言ってないだろう?」

「それって……どういうことですか?」

 

 何が言いたいのかまだ理解できない天和達。

 

「簡単に言えば表向きは死んだことにするんだ。もう二度と張角、張宝、張梁と名乗れない代わりに天和、地和、人和として生きて欲しい」

「つまり、私達が本当に死ぬことはないということですか?」

「そう。当分は表には出られないからどこかに旅に出てもらうか、別の何かに成りすまして誰も気にしなくなるまでいるかのどっちかだね」

 

 一刀が公然と三人を処刑すると言ったのも彼女達を生かすための芝居だった。

 もっとも、これは誰かに相談してするわけにもいかなかったため、即興で一刀が考えたことだった。

 

「じゃあ一刀は私達を殺したりしない?」

 

 不安な眼差しを一刀に向ける天和。

 安心させるように一刀は笑顔で頷くと、天和の表情に明るさが戻っていく。

 

「やっぱり一刀だね。私達を助けてくれたんだ♪」

 

 あまりに嬉しさに一刀に抱きつく天和。

 

「ち、ちょっと天和、落ち着けって」

 

 どうにか押し倒されずに済んだがその代わりに三姉妹きっての巨大な柔らかさを感じて一刀は慌てて引き離そうとした。

 純粋に喜ぶ天和に対して地和はまだ信じられなかった。

 そして人和も本当なのかわからなかった。

「まぁ信じられないといわれたらそれまでだけど、信じて欲しい」

 

 天和の髪を撫でながら残りの二人にも嘘でないことを信じてもらおうとする一刀。

 

「もし本当なのでしたら、どうしてあのように言ったのですか?」

「ああでも言わないと君達を利用しようとしている人がいるかもしれないと思ったからだよ」

 

 たとえ妖術の類が絡んでいたとしても国がひっくり返りかねないほどの大人数を集めることのできる三人の力を野放しにはできなかった。

 彼女達を利用して百花に対して反旗を翻すようなことがあれば、また同じような悲劇を繰り返しかねなかっただけに、表向きでは死ぬことを一刀は選んだのだった。

 

「でも、旅に出るといっても私達を知っている人がいたらと思うと簡単にはいかないと思いますが」

「そうだな。だからといってここにいても隠しきれないか……」

 

 自分で言い出しておきながら対処法まで考えていなかった。

 一刀からすればそれ以外で安全を保障できる術はないかと考えた。

 

「そうだ」

 

 何かを思いついた一刀は満面の笑みを浮かべて一人頷く。

 

「いい事を思いついたよ」

「「「いい事?」」」

「これならばれないし、俺も嬉し……いや百花の身の回りの世話もしてもらえる人が欲しかったからね」

 

 一体どんなことを考え付いたのだろうかと天和達はわからなかったが、命が助かるのであれば彼の望むことを受け入れてもいいかもとも思った。

 

「まぁ天和達にはちょっと窮屈かもしれないけど、我慢してくれるかな?」

 

 誰かを騙してでも彼女達を守ると決めている以上、できる限りの配慮はするつもりでいたが、天和達にもそれなりの我慢をしてもらわなければならなかった。

 

「うん、一刀がそう言うのならどんなことだって我慢してあげるよ♪」

「あんたがそう言うなら従ってあげるわよ」

「まぁできる限り貴方に従います。命を救ってくれましたし」

 

 三人から承諾を得た一刀は何度も頷き笑顔を絶やさない。

 そんな一刀に天和達は初めて心から信じられる相手だと納得できるものだった。

 

「とりあえず、当分の間は俺の言うとおりにして欲しい」

「それはいいのですが、よろしいのですか?」

「何が?」

「もしこのことがばれたりしたら貴方の立場が危なくなるのではないのですか?」

「その時は平謝りでもなんでもするさ」

 

 冗談を言っているようにも聞こえたが、一刀は冗談で済ませるつもりはなかった。

 心無い者がこのことを知れば百花や諸将に対する裏切り行為でしかないと激しく追及をしてくることは間違いなかった。

 

「ちぃ達をどうしてそこまでして守ってくれるのよ」

「そりゃあ目の前で可愛い女の子が処刑される姿なんて見たくないし、それに君達の歌をまた聞きたい」

 

 あの時、聞いた三人の歌。

 心の中までしみこんでいく優しい歌を一刀はまた聞きたかった。

 

「落ち着いたらまた三人の歌を聞かせてくれるかな?」

「一刀……」

 

 天和達はお互いの顔を見て頷いた。

 

「いいよ。その時になったら一刀のために歌うから♪」

「だからそれまで」

「私達を守ってくれますか?」

 

 三人の願いを一刀は快く受け入れた。

 翌日、張角達の処刑が一刀自らによって執り行われた。

 用意を済ませると一刀以外の者は全員追い出され、一刀は処刑用の斧を両手で持ち力強く振り下ろしていく。

 用意された棺にそれらを入れてすぐに火葬されたため遺体を確認することは不可能になった。

 それが終わると一刀は身体と心についている汚れを落としたあと、王室の衣類などを扱っている問屋を教えてもらってそこであることを頼んだ。

 

「できれば予備を合わせて六着ほど頼みたいんだけど」

 

 相手が天の御遣いであることを知った店主は見たことも聞いたこともない服を作って欲しい言われて困惑していたが、最後には一刀の願いを聞き入れてくれた。

 ただ、時間とそれなりの銭が必要だと言われ一刀は百花から大将軍としての俸禄を何の躊躇もなく差し出した。

 服が出来上がるまでに一刀は大将軍としての勤めを果たすため、多忙な日々を送った。

 そうしている間に戦勝の宴が開かれたり、正式に霞や恋が一刀の直属の家臣になり軍を統括する地位についたりしていた。

 そして新しい人材を発掘するために公募をかけたが詠の厳しい目に適う者はほとんどいなかった。

 

「役に立てそうなのが少なすぎて泣けてくるわね」

 

 公募をかけてそのほとんどを切り捨てた本人は呆れかえっていた。

 ほとんどが宦官によって政が動かされていたため、それに変わる新しい人材発掘に期待を持っていただけに詠の落胆振りは一刀ですら同じ気持ちにさせた。

 

「でも何人か残っているじゃないか?」

「それ?まぁ役に立つかもしれないけど信用に値するかまではわからないからとりあえず保留中よ」

 

 竹簡に書かれている名前の中で『荀攸』という名前を見つけたがそれほど気にしていなかった。

 

「それよりもそろそろボクに何か話すことがあるんじゃないの?」

「なんだよ、急に」

「ボクが気づいてないとでも思っているわけ?あの三人のこと」

「あの三人?」

 

 白々しくとぼける一刀に詠は睨みつける。

 

「まぁいいわ。あんたが何をたくらんでいるか知らないけど、あまり周りに迷惑をかけないでよね」

「迷惑なんてかけないよ。それに俺が決めたことだし」

 

 詠には気づかれていると思いあえてそういう風に一刀は答えた。

 

「とりあえず、百花様の周りに人材はいくらでも欲しいけど丁原が隠居するみたいだし、他に誰か使えそうなのはいないかしら?」

「かり……曹操はどうだ?」

「曹操?」

 

 その名前に表情を険しくする詠は二、三度指を机に叩いてため息を漏らした。

 

「もしあんたが曹操を推挙するならボクは反対をするわ」

「なんでだ?」

「確かに軍の統括などを見れば一目置けるわ。だからといってそれが信頼できるとは限らないわよ」

 

 一刀とは違って詠は華琳に必要以上に警戒心を抱いていた。

 今回の討伐の功績によってそれに比する恩賞をもらっただけで満足しているようには、詠の目からは見えなかった。

 おそらく功績からいえば一刀に次ぐものであり不服を申してくればそれに応えなければならないであろうとも思っていた。。

 

「曹操が敵にならないことを祈るだけね」

「詠が考えすぎじゃないか?」

「あんたが能天気すぎるだけよ」

 

 もう少し警戒心というものを持てといわんばかりに詠は呆れ顔で一刀に文句を並べていく。

 だが、詠が感じたものは後日になってとんでもない形となって現れることになった。

「それよりも月は大丈夫か不安だわ」

「月がどうしたんだ?」

「百花様に頼まれたから政に参加しているのは知っているわよね?」

「ああ。まだ成果は目に見えないけど頑張っているのは俺も知っているよ」

 

 百花のために国を立て直そうと懸命に頑張る月の姿に心打たれる者達がおり、進んで協力をしているがそれでもまだまだ困難だらけだった。

 それでも嫌な顔を一つすることなく月は百花を支えていた。

 

「まだあの時のことを悔やんでいるのかな?」

「そうかもしれない。でもボクにはそれをどうにかしてあげられない」

 

 長い付き合いの中で詠は月のことをいつも気にしていた。

 心優しく穏やかな少女が一国の政を執り行うのはあまりにも厳しく辛いものであったが、月は決して詠を初めとする他者に愚痴を零したりしなかった。

 

「あんたに頼むのは余り気が乗らないけど、月のことを頼んでいい?」

「俺に?別にいいけど」

「たぶんあんたなら月も話すかもって思ったら腹も立つけどね」

 

 そう言いながらも詠は自分に心配をかけないように振舞っている月の姿をみていると力になれないのかと思い辛い気持ちになっていた。

 

「確かにいきなり漢王朝内で重責を担うことなるときついよな」

「あんたはどうなのよ?」

「俺は霞や恋がいてくれるから楽だよ」

「恋はともかくとして霞は確かに将としての器はあるわね」

 

 現在の漢の軍といえば大将軍である一刀を中心に軍師と文官と兼任している詠、左右軍将軍として霞、恋がおり、それに協力するように董卓軍がこの都を守っていた。

 

「まったくあの二人も物好きね。普通なら何か下心があってあんたに接してくるのに、そんなものを感じさせないわ」

「二人には本当に感謝しているよ。俺みたいな奴の家臣になるなんて普通だったらありえないのにな」

「ちょっと、あんた」

 

 一刀の言葉に何か引っかかるものを感じた詠は遮るように声を高めた。

 

「俺みたいな奴なんて思っていたら霞達に失礼よ。本気であんたに仕えているのならそんなことを思うのは侮辱でしかないわ」

「そう……だな。うん、詠の言うとおりだ。すまん」

「ボクに謝っても意味ないわ。まぁもしあの二人があんたに愛想尽かしたらボク達がもらうわ。徐栄もいなくなったしいくらでも将は欲しいもの」

 

 徐栄の懇願してまでの離脱と百花専属の護衛官への任官によって、董卓軍は将を一人失ってしまったが、別にそれを恨んでいるわけではなかった。

 ただ、将軍を一人失えばそれを埋めなければ軍としての能力が低下してしまうため詠は苦言を漏らしたのだった。

 

「いっそうのこと、董卓軍を正式に漢の軍に組み込むか?」

 

 そうすれば漢王朝としては軍事力が強化され、董卓軍も将が増え悪くない話だったが詠は首を横に振った。

 

「ボク達は月を主として戴いていることに誇りを持っているわ。たとえ百花様がそれを望んで月が受け入れてもボク達は反対する」

 

 そうでなければ月に従ってここまで誰もやってこない。

 月が主であり董卓軍だからこそ自分達はここにいられるのだと、詠だけではなく董卓軍全員が思っているものだった。

 

「そうだな。詠の言うとおりだ。これについても謝るよ」

「気にしてないわ。あんただって考えてそう言ったのでしょう?」

「まぁそうかな」

「相変わらずふざけたやつね」

 

 そう言いながらも詠は一刀を少しずつだが信頼していた。

 その一方で月が一刀を見る眼差しが普通ではないことに気づいて、このままでは一刀に誘惑されるのではないかと不安に思っていた。

 そして詠はまだまだ一刀を知る必要があると思った。

 詠に頼まれた一刀は月の部屋へ行くと丁度、部屋から月が出てきているところだった。

「月」

「あっ一刀様」

 

 礼儀正しく頭を下げる月。

 目の前に立つ可憐な少女が『あの』董卓だとは一刀以外の者がこの世界にきたら誰が想像できるだろうか。

 

(本当に可愛いよな)

 

 ここで百花と詠がいなかったことを感謝するべきの一刀は月に少しお茶でも呑まないかと誘った。

 

「一刀様と二人でですか?」

「うん。俺と月だけでね」

 

 月は周囲を見渡し何かを確認すると頬を赤く染めながら頷いた。

 

「よ、よろしければ私の部屋でお話をしませんか?」

「それはいいけど、俺が入って大丈夫?」

 

 一応、男としての礼節を忘れていない一刀に月はどことなく恥ずかしそうに頷いた。

 そのまま月の部屋に招待された一刀がその中を緊張しながら見たが、いたって普通の部屋だった。

 ただ、備え付けの机の上には山のように竹簡や巻物が置かれていた。

 

「どうぞおかけください」

 

 小さな机をはさんで一刀の対面に座った月はお茶を杯に入れていく。

 

「用意をしていただいたのですが、呑むのを忘れていました。冷めているかもしれませんが」

「あ、かまわないよ。俺は冷めたお茶も好きだし」

「そうですか」

 

 ホッとしたように月は杯を一刀の前に差し出すと自分の杯にもお茶を入れた。

 

「それでお話とは?」

「まぁそんなに堅い話じゃないさ。ただこうして月とゆっくり話をしたいなあって思ってね」

「わ、私とですか?」

「うん」

 

 冷めたお茶を一口呑む一刀の姿を見つめる月は必要以上に緊張と恥じらいを感じていた。

 彼が百花にとって大切な人であることは十分に知っている月だが、一刀に対して天の御遣いとしてではなく別な想いをはせていた。

 

「月は涼州の生まれだったけ?」

「はい。この都に比べたら華やかさなどはありませんが、それでも私の生まれ育った土地ですから機会があれば戻ってみたいとは思っています」

「そっか。俺もどんなところか見てみたいな。可愛い月が生まれ育った場所を」

「か、一刀様……」

 

 顔を真っ赤にさせる月は両手で頬を押さえ恥ずかしさに耐える。

 その仕草がまた可愛らしく思える一刀だった。

 

「俺のいた世界……天の国はどんな国だと月は思う?」

「天の国ですか」

 

 月は一刀を初めて見た時、着ている制服以外は自分達と同じ人のように見えた。

 それでも黄巾の乱を平定し、張譲達宦官の野望を打ち砕いた一刀はやはり自分達の想像を超えた存在なのではと思いなおしていた。

 

「きっと素晴らしい国なのだと思います」

「素晴らしい国か」

 

 一刀はふと自分のいた元の世界を思い出そうとしたが、その光景はどこかぼやけていた。

 

「素晴らしいかどうかはわからないけど、それなりに平和だと思うよ。でも、俺はこの世界も素晴らしい世界にしたいと思っている」

 この世界に来てそれほど時間は過ぎていなくても、まるで初めからこの世界にいるような感覚に慣れ始めている一刀は笑ってみせる。

 

「そのために百花と共に頑張ろうって思っているけど、一人では無理な事だってある」

「はい……」

「そういうときには俺達がいる。共に手を取り合って頑張っていける仲間がね」

 

 一刀がそこまで言うと、月はそれが自分に対して心配をしてくれているのだと気づいた。

 

「一刀様」

「うん?

「詠ちゃんから何か言われましたか?」

「詠から?いや、何にも言われてないよ。ただ、俺は月とたまにはお茶を呑みたいと思っただけだし」

 

 月とお茶を呑みたいと思っていたため、嘘はついていなかった。

 

「月は俺とお茶を呑むのは嫌かい?」

 

 笑顔でそう言ってくる一刀に月は嫌など思ってもいなかった。

 一刀の何気ない優しさに月は嬉しかった。

 

「一刀様とならいつでもお茶を呑みたいです」

「よかった」

 

 笑顔の一刀に月は身体の中から熱くなっていくものを感じた。

 

「月」

「はい」

「俺達はこれからも仲間だから、遠慮なんてしないでくれよ」

「一刀様……。はい。お気遣いありがとうございます」

 

 月は甘えてしまえばそれが堕落に繋がってしまうことを恐れていたが、無理をして他者に心配をかけないように振舞っていても限界はあった。

 それを一刀はいとも簡単に解決したのだった。

 

「あ、あの、一刀様」

「なに?」

「一刀様もお一人であまりご無理をなさらないでくださいね」

「ありがとう、月」

 

 月は一刀が我が身を省みない行動だけは取ってほしくなかった。

 もしそれで傷つき、命を落とすようなことがあれば百花に与える影響は想像絶するものであり彼女もまた深い悲しみを抱え込むはずだった。

 

「なんだかお互い心配しあっているな」

「一刀様は百花様のことが一番心配なのですよね?」

「うん?まぁそうかな。でも、俺は月達も心配しているよ。なんたって大切な仲間なんだし」

 

 それを聞いて月は思った。

 おそらく自分達も百花と同じように心配をして気遣ってくれるが、命をかけて守ってくれるのだろうかと。

 もしそうなれば月は一刀に全てを委ねるつもりでいた。

 仲間としてではなく一人の少女として一刀を慕い、彼のために生きることも悪くなかった。

 

「一刀様」

「うん?」

「百花様をどうか最後までお守りください」

「もちろんだよ。俺は彼女を裏切るつもりはないよ。それに、まだ恩も返していないからな」

 

 一刀の言葉には偽りなどないことは月もわかっていた。

 そして同時に彼にそこまで想われている百花が羨ましくもあった。

 

「さて、そろそろ戻るかな」

「はい」

「今度は月がお茶を誘ってくれることを待っているよ」

 

 立ち上がる一刀は笑顔でそう言うと月は恥ずかしそうに頷いた。

 数日して一刀の元へ王室御用達の問屋がやってきて注文していた物が完成したとの報告をしてきた。

 

「いかがでございましょうか」

 

 箱から取り出したそれを一刀は両目をしっかり見開いて観察し、やがて満面の笑みを浮かべて問屋の主人の手をしっかりと握り締めた。

 

「おじさん、凄いよ。俺が言ったとおりの物だ」

「おお、そうでございますか。それは嬉しい限りです。御遣い様から聞いたときはなんとも面妖な物と思っておりましたが、いやここまで喜んでいただけるとは」

 

 主人も期待に応えられたことに喜んでいた。

 

「代金はあれでたりたかな?もしたりなかったら次の給金が入るまで待って欲しいんだけど」

「いえいえ、此度の仕儀は私も不安がありましたゆえ、あれで十分でございます」

「そう言ってくれると助かるよ。また何かあるときはおじさんの店に頼んでもいいかな?」

「それはもちろんでございます。御使い様からのご依頼であればこの私、一命をもってやり遂げてご協力いたしましょう」

 

 店主からすれば天の衣服を扱うとなると利益になるのは間違いないと思っていた。

 そして一刀からの意匠ならば天の御遣い公認として商売になんの差し障りもなかった。

 

「それにしてもこのような物が天の国にはあるのでございますな」

「みんなが着ているわけじゃないけどね。それを職業にしている人もいるからその人達用の服だよ」

「なるほど」

 

 妙に納得をする店主。

 それに対して一刀は自分の思っていた以上の出来に喜びを抑えられなかった。

 

「なにはともあれ、今後とも頼むことになるけどよろしく」

「こちらこそ、御遣い様にはご贔屓させていただきます」

 

 こうして一刀の部屋で男二人の奇妙な関係が成り立ったのだが、それを目撃した恋は不思議そうに首を傾げていた。

 そういう経緯があり、天和達の部屋を訪れた一刀はさっそく出来立てほやほやの『それ』を彼女達に見せた。

 

「かわいい♪」

「これちぃ達にくれるの?」

「これが天の服ですか」

 

 三人が手にした服、それは『メイド服』そのものだった。

 

「とりあえず百花……、陛下付きの女官ということにするから」

「皇帝陛下の女官?」

 

 人和はいくらなんでもそれは無謀すぎるのではないかと思った。

 なんらかの形で一刀は彼女達の生存を伝えているであろうが、つい先日まで漢王朝にたてついていた自分達を見れば驚くに違いなかった。

 

「何も心配することはないよ。それに女官の数もこの前のことでかなり減っちゃったからね、信頼できる女の子を傍に置いておきたいんだ」

 

 賊による誘拐や殺害によって宦官や女官のほとんどがいなくなってしまっている今だからこそ、一刀は新規採用しようとする中に天和達を紛れ込ませようとしていたのだった。

 

「それとも不服かい?」

 

 命を助けてくれた一刀に対して拒否することなど天和達には無理だった。

 それならばせめて彼に恩返しをする意味で提案を受け入れることにした。

 

「よかった。とりあえずこれから紹介するから頑張ってくれ」

「えっ?」

 

 一刀の言葉を聞いて人和はまだ自分たちのことを話していないのか唖然とした。

 メイド服を見て喜んでいる天和と地和はなにも言わなかったが人和は本当に大丈夫なのだろうかとため息をついた。

 そしてメイド服に身を包んだ三人の中で天和だけ胸の辺りが窮屈そうにしていた。

 

「か、一刀、胸が凄く辛いよ~~~~~」

「予想より大きかったか」

 

 他の二人と比べると大きかったためそれなりに余裕を持たせたはずなのだが、それよりも大きかったことに一刀は驚いていた。

 

「ちぃだってあれぐらいあったら……」

「天和姉さん……」

 

 自分達には不足しているボリューム感を嘆く地和と人和。

 それに対して天和は胸の圧迫感に半泣き状態だった。

 

「とりあえずすぐに仕立て直すから今日のところはそれで我慢してくれ」

「え~~~~~」

「仕方ないだろう。正確に測ったわけじゃないんだから。今度、誰かに測ってもらうよ」

「一刀が測ってくれないの?」

「俺かよ」

 

 思わず天和の胸元に視線を向ける一刀。

 個人的には嬉しい申し出なのだが、そんなことをしているところを誰かに見られると、噂は瞬く間に広がってしまい、百花や詠から凍りつくような視線をぶつけられることは間違いなかった。

 

「だって私達の命の恩人でしょう?なら何も問題ないじゃない」

「あのな、恩人とかそういう問題じゃないぞ。俺はそういうのを利用して天和達に何かをしようなんて思ってもないんだから」

「その割にはさっきから天和姉さんの胸ばかり見ていますね」

 

 冷静にかつ呆れたように人和が突っ込むと一刀は慌てて視線を逸らして苦笑いを浮かべた。

 

「ま、まあ、とにかくだ。今日のところはそれで我慢してくれ。頼むよ」

「う~ん、一刀がそこまで言うなら仕方ないよね。でも、できたら一刀の傍で給仕したいなあ」

 

 天和の言っていることは一刀も考えた。

 その方が何かと周囲から彼女達を隠しやすいのだが、もし何らかの事情で彼女達のことがばれてしまえば言い訳のしようがなかった。

 これがもし百花の元にいれば皇帝付きであり、害がないことを証明すれば何も問題にならないと考えていた。

 

「嬉しい提案だけど、今は俺の言うとおりにしてくれ。これが一番いい方法だから」

「一刀がそう言うならその通りにするね」

「ありがとうな」

「でも、一つだけ我侭言っていい?」

「俺ができることならいいけど」

 

 天和は嬉しそうに一刀に近寄っていき、両手を伸ばして彼の顔を掴むとそのまま唇を重ねていった。

 

「!?」

「ね、姉さん!」

 

 天和の行動に驚いた地和と人和は唖然とした。

 

「えへへっ。私から一刀に感謝の印だよ」

「天和……」

「一刀が私を守ってくれるなら私は一刀の傍にいるから」

 

 それが天和の一刀に対する感謝だった。

 

「ああ。俺は天和達をこれからも守っていくよ。そして誰も天和達を悪く言わなくなった時、また歌を歌ってくれるかな?」

「うん♪」

 

 それは以前、交わされた約束だったが改めて約束をする二人。

 地和と人和も形はどうあれ一刀が守ってくれるのであれば彼のためにいつか歌を歌ってあげようと決めた。

 そして天和と同じように一刀に感謝の口付けを交わしていった。

「それでこうなったのですか」

 

 呆れているのかそれとも怒っているのか判断がつかない百花の表情に臆することなく一刀どうしてこうなったかの経緯を話した。

 

「わかりました。一刀がそう言うのであれば貴方に一任します」

「ありがとう。まぁ初めは何かと問題があると思うけどそれは一つずつ解決していけばいいよ」

「それにしても貴方は考えもつかないことをしますね」

「これが一番いいと思っただけさ。百花を騙したようなものだから怒られるのは覚悟していたんだけどな」

 

 最初、百花も三人を処刑しようとした一刀の考えがわからなかった。

 刑が執行された後、一刀はいつもどおりに過ごしていたため聞こうにも聞けなかったが、こうしてメイド服に身を包んだ天和達を見ていると、彼の優しさと考えていることが理解できた。

 

「表向きは死んだことになっているから真名で呼んであげて欲しいんだ」

「私は別に構いませんが」

「私もいいよ♪」

「ちぃは別に気にしないわ」

「私も気にしていません」

 

 神聖なものだと一刀もわかっていたが、天和達のことを考えるとそればかりを強調するわけにはいかなかった。

 

「では貴女達に私の真名を授けます。今後は百花と呼んでください」

「私は天和でいいよ♪」

「ちぃは地和でもちぃでもいいわ」

「二人とも、皇帝陛下なのですが敬語を使わないと。私は人和とおよびください」

 

 天和と地和なら皇帝として百花に接しながらも同じ年頃の女の子同士、仲良くやっていけるだろうと一刀は思った。

 二人が暴走する前に人和に止めてもらえば別に問題はないだろうし、それに百花が気軽に話ができる相手が身近にいれば激務の中で気晴らしになることは間違いなかった。

 

「とりあえず身の回りの世話は三人に言って欲しい。あと、何か連絡することがあれば彼女達に言ってくれる?」

「わかりました。天和、地和、人和、これからよろしくお願いしますね」

 

 張角達はもうこの世の何処にもいない。

 ここにいるのはただの天和、地和、人和なのだから百花は気にすることもなかった。

 

「それでは早速ですがお茶を持ってきていただけますか?」

「は~い」

 

 仲良く三人は部屋を出て行くと、百花は筆を置いて一刀の方を見た。

 

「このことを知っているのは俺と百花、それに詠や霞だけだ。二人は言わなくても俺のしたことに気づいているだろうし」

「最低限の人にしか話せませんね」

「そういうこと。ばれたらそれこそ不味いからね」

「それはそうですが、それよりも一刀」

 

 軽くため息をもらした百花は立ち上がって一刀の裾を掴んだ。

 

「どうしたんだ?」

「一刀はその……む、胸が大きい方が……よいのですか」

「はあ?」

「だ、だって、天和のむ、胸元を見ていましたから……」

 

 まだ成長の可能性が残っており、人並み大きさを保っている百花からすれば天和のは羨ましい物だった。

 

「そんなの気にしなくていいさ。俺は大きかろうが小さかろうが百花が好きだから」

「一刀……」

 

 そう言ってくれるのは嬉しいはずなのだが、百花は一刀の周りに自分よりも魅力的な人物が集まっていくような気がして不安に思っていた。

 

「あ、あの、一刀」

「うん?」

「わ、私も頑張りますから」

 

 裾を握る握力を強くしながら百花は一刀に必死に訴えるように言ったが、何を頑張るかまでは一刀もわからなかった。

 そしてある夜。

 夜着に着替えた百花が無理を言って天和のメイド服を貸してもらい、ためしに着てみたがやはり胸の部分にかなりの余裕ができてしまい、一人ため息をつく百花だった。

(あとがき)

 

 二週間ぶりの更新です。

 そろそろキノコが生えそうなほどジメジメ生活を送っています。

 今回は天和達の処遇が残っていたのでそれと、あとはそれぞれぞお話をまとめたものです。

 次回から第二部が本格始動すると思いますのでもうしばらくお待ちください。

 

 それにしてもここまでくるのに時間がかかりすぎてしまい、さらにもう少しすれば試験があるので更新がさらに遅くなりそうですが、なんとか乗り切るつもりなので今後ともよろしくお願いいたします。

 

 応援メッセージやコメントもまだまだ返答が完了していませんがお許しください。

 皆様からのコメントが何よりも嬉しいです。

 

 それでは次回もよろしくお願いいたします。


 
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