No.154703

夢で逢いましょう

DTKさん

7ヶ月ぶりの投稿…覚えてる方いらっしゃるでしょうか^^;
魏メインで書いております、DTKと言います

最早オリジナルストーリーしか見ないような昨今
懲りずにアフターです^^;

続きを表示

2010-07-02 01:09:57 投稿 / 全9ページ    総閲覧数:7071   閲覧ユーザー数:5924

「……ん」

 

頬をなでる柔らかな風に、私は意識を取り戻す。

どうやら、寝てしまっていたらしい。

机に伏せていた体を、ゆっくりと起こす。

 

「……ここは、どこだ?」

 

そこは見たことのない場所だった。

周りは池で囲まれていた。

私がいるのは、池の中ほどにある庵らしい。

柔らかで暖かい光を感じながらも、どこか靄掛かっていて、遠くまで見渡すことが出来ない。

果たしてこの池がどこまで広がっているのか、見当もつかない。

 

何より目を引くのが、池一面に広がっている真っ白な蓮の花だ。

先ほどうっかり『池』と表現したが、蓮が咲いているから池で『あろう』というだけで、この庵は『白い』池に囲まれていた。

 

「ここは……どこだ?」

 

誰にともなく、今一度つぶやく。

どうも記憶が混乱している。

何故、私はこんなところで寝ていたのだ?

そもそも他のみなはどこに行ったのだ?

一体私は……

 

一つ大きく深呼吸

気持ちを落ち着かせ、記憶を手繰る。

 

 

…………

……

 

 

…呂布の扱いで、劉備を戦場に引きずり出した。

劉備軍の大水計にはしてやられたが、すぐに軍を建て直し我が方の優勢、敵は総崩れだった。

そんな最中、曹操の南進の報がもたらされた。

そして、劉備との同盟…

 

ここまではいい。

かなり記憶もはっきりしている。

 

だが、この後は……

 

 

そう、赤壁へ向かった。

曹操に勝つには、平地での決戦は避けなければならない。

 

 

…どうやらこの辺りから記憶が曖昧になっている。

それから、どうなったのだ?

 

 

 

 

記憶を手繰るのに集中していた冥琳に、背中から声をかけるものがいた。

 

 

 

 

「久しぶりね、冥琳!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一目で、分かった……

 

 

 

 

 

雪蓮を呼びに行った蓮華さまが、慌てた様子で戻ってきた。

動揺し、要領を得ない蓮華さまを落ち着かせ、何があったかを聞き出した。

 

 

雪蓮が刺客に不覚をとった――――

 

 

「――――っ」

 

手放しかけた意識をすんでで保つ。

 

雪蓮は、まず陣ぶれを出せとの指示をしたと言う。

と言うことは、刺客の第二波はないとの判断なのだろう。

とりあえず北郷もついている。

私は穏と祭殿に、全部隊の展開と臨戦態勢での待機を指示した。

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

雪蓮が見えるまで、あらゆる事態を想定する。

最悪から最低まで…

 

 

 

実は蓮華さまの勘違いで、刺客に襲われてなどいないのでは…

――――感情に流されるな…

 

 

刺客には襲われたが、かすり傷程度で…

――――感情に流されるな

 

 

そうだ。北郷が足でも捻って、ただ帰りが遅れているだけ…

――――感情に流されるな!

 

 

 

私は軍師

あらゆる事態を想定しなければならない

最悪から、最低まで……

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

 

 

一目で、分かった

 

 

 

 

 

 

 

雪蓮の命の灯火は

 

 

信じられないくらい

 

 

小さくなっていた……

 

 

 

 

 

 

雪蓮の死後、蓮華さまが雪蓮の跡を継いだ。

周りの助けもあるが、王としての責務を必死に果たそうとしている。

あの調子であれば、いずれ必ず、立派な王となるだろう。

 

 

みな、徐々に雪蓮の死を乗り越えつつある。

小蓮さまや北郷が努めて明るく振舞ってくれていることが大きい。

暗い気が伝播するように、また明るい気も伝播する。

みな、二人に引きずられるかのように、明るさを取り戻す。

あの二人には感謝してもし切れない。

 

 

 

私も、以前よりも重責を担うことになった

その多忙さたるや、まともに寝る暇すら与えてはくれない

 

しかし、この忙しさは心地よさすら感じる

だってこれは雪蓮の…いいえ、孫呉の遺志を

皆が笑って暮らせる世を

創るための苦しみだから

 

 

 

必ず成し遂げるのだ

私の……私の手で

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

気がつくと、私は雪蓮の部屋の前に来ていた。

部屋は小蓮さまなどの強い要望で、生前のまま残されている。

毎日侍女が掃除をしているものの、そこには確かに、雪蓮の息吹を感じた。

 

 

「雪蓮……」

 

 

勝手に足が、雪蓮の部屋の中へと向かう…

胸に広がる雪蓮の匂い…

 

 

忙しさで隠していた、胸にぽっかりと開いた穴。

 

気を緩めた途端、その穴から溢れ出した闇は、たちまち私の心を覆った。

 

 

…………

……

 

 

思い出されるは、在りし日の雪蓮

そして、その横に在る私

 

文台様亡き後、私たちは常に寄り添い、助け合い、愛し合い…

その絆は、例えなんであろうと、断ち切ることが出来ない

そう、思っていた

 

 

 

しかし『死』が二人を別った

 

 

 

雪蓮……あなたが死んでから、今日まで生きてきたわ

 

 

でも、それは何のため?

――――雪蓮が望む世を作るため

 

それは誰のため?

雪蓮のため/孫呉のため/みんなのため

 

私が為すべきことは?

内政の充実/軍備の増強/人材の育成

 

それは何のため?

雪蓮が/望む世を/作るため

 

 

 

 

 

でも

 

 

 

 

 

私の隣に、雪蓮は、いない

 

 

 

「雪蓮…」

 

ふらふらと室内に入り、主なき寝台に身を預ける。

 

雪蓮の匂い

 

雪蓮の温もり

 

 

 

「雪、蓮……」

 

 

 

何もいらなかった

地位も、名誉も

ただそこに、雪蓮がいれば

 

 

 

時に愛し合った

でもそれはただの形式

 

ただ、雪蓮が私の傍にいる

ただ、私がその腕の中に在る

 

ただ、それだけで良かった

そんなささやかな願いすらも、叶わないのだろうか

 

 

何故?

雪蓮が王だから?/私が臣だから?

二人が市井の民であったら、この願いは叶ったの?

 

 

――――否

私たちにそんなものは関係にない

 

 

では何故?

――――雪蓮が死んでしまったから

 

何故?

何故雪蓮は死んでしまったの?

 

 

 

曹操が刺客を放ったから

―――事後の対応を見るに、曹操の本意ではなかった

 

刺客が雪蓮を討ったから

―――直接的にはそう………ただ不注意と言えば不注意

 

 

 

 

 

…………

……

 

 

 

 

 

では、誰の不注意?

 

 

 

北郷?……武の才に関しては十人並み。それは酷

雪蓮?……あの時期に護衛も連れずに行動したのは、不注意と言えば不注意

 

 

 

 

 

では、それを止められたのは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私、か?

 

 

 

 

 

 

 

あのとき雪蓮を止められたのは、私だけ?

 

 

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

…よもや雪蓮が外出するとは知らなかった

 

――――否!私は雪蓮の全てを知っている

あの時機で雪蓮が文台様の墓参りをすることくらい、分かっていた

 

 

……曹操が攻めてくるとは分からなカった

 

――――否!それを測るのが軍師

揚州制圧直後ということを考えれば、慎重に慎重を重ねるべきだった

 

 

…………雪蓮ナら、北郷を、ツれていクと

 

――――否!北郷に雪蓮を守るだけの力はない

 

 

 

 

 

 

 

否!否!否!否!否!否!否!否!

 

 

 

 

 

 

 

あのジ態、私ダけが止メられタ

 

 

 

雪れンを殺シたのハ

 

 

 

 

 

 

 

………わ・タ・し?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁァアあアあぁァァぁぁアあぁァぁぁ………っ!!」

 

 

闇の底から出てきた魔物は、冥琳の心を確実に捕えた。

 

 

 

 

 

雪蓮を殺したのは私

 

呉の皆から王を奪ったのも

 

雪蓮が私の傍にいないのも

 

私が雪蓮の温もりを感じられないのも

 

全て… 全て! 全て!! 全て!!!!

 

 

 

私の、せい

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

「……冥琳」

「祭、どの」

 

冥琳が振り返ると、部屋の扉にもたれるように、祭が立っていた。

 

「やはり、の」

 

そう言うと祭はゆっくりと室内に入り、

 

「そろそろと思うて見にきてみれば、地の底の亡者のような声がして、確信したわ」

 

冥琳が腰掛ける寝台へと歩みを向けた。

 

「策殿の死が、辛いのであろう?」

「あ、あぁぁ……」

 

祭の問いかけにも、言葉にならない声でしか返答できない冥琳。

 

(このような冥琳は、初めて見る)

 

幼い頃から冥琳を見ていた祭も、これほど取り乱す冥琳は見たことがなかった。

冥琳は常に怜悧かつ才気煥発であった。

 

だがそれは、雪蓮と出会った後のこと…

 

 

今初めて祭は『冥琳』と対面したのだ。

 

 

「言葉にならないなら、せずとも良い」

 

そういう祭の目はとても優しい。

よっこらせ、と寝台近くの机に腰をかけ、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「儂も同じじゃ。文台を亡くした時は、悲しみにくれたもんじゃ…」

 

 

祭の目は徐々に遠く、遠くを見据えていった。

 

 

「儂とあ奴は常に競って先陣を切っていた。儂ら二人が先頭に立つことによって、兵を鼓舞し、そして多くの乱を平定していった。

 

 あの時もそうじゃった。

 黄祖めを討ち払い、儂らは残党の追撃に走った。

 いつもの通り、儂と奴は軍の先頭をただ二騎で駆けていた。

 

 ……今思えば、儂もあ奴も若かった。

 勝敗は既に決していた。残党処理など、他の者に任せておけばよかったのじゃ…

 目の前の獲物に夢中になる余り、伏せ勢に気付かなんだ。

 

 儂らに襲いくる矢の嵐

 普段の魅蓮なら矢の千や二千、避わすことも弾くことも容易かった。

 だがあの時は何故か、そのうちの一本が奴に命中した……

 

 今でもはっきりと覚えておるよ

 

 魅蓮に刺さった矢羽の音

 

 魅蓮の肉が裂かれる音

 

 魅蓮が馬から落ちる様子が…やけにゆっくりと、見えた」

 

 

そこまで言うと、祭は少し息を抜いた。

 

冥琳もそれを見て、緊張から解放された。

いつの間にか、祭の話に夢中になっていたようだ。

今気付いたが、それまではずっと体が強張っていたみたいだ。

身体中の筋が緊張しきっている。

 

久しぶりに開かれた手には、じっとりと汗をかいていた。

 

 

 

「分かるか、冥琳」

 

それまでどこか遠くを見ていた祭が、冥琳に向き合う。

冥琳もその目に引かれ、意識をはっきりとさせる。

 

「このとき、儂は冥琳であり、そして北郷でもあったのだ」

「――――っ!」

 

祭殿が言いたいことが分かった。

文台様が敵に撃たれたとき、祭殿は文台様を止められる立場

そして、文台様を守ることが出来た立場だったのだ!

 

「儂の無念…今のお主なら、分かるであろう?」

 

分かる……と言うのもおこがましい。

祭殿は二回も文台様を救える機会があった。

にもかかわらず、目の前で文台様を撃たれた…

その心中は…想像も出来ないほど、辛く、苦しかったはずだ。

 

 

では、何故?

 

 

「主君を守ること能わずして、なにが臣か!

 友に預けられた背中を守れずして、何ぞ武人か…

 伏せ勢どもを皆殺しにした後、儂も共に果てようと思うておった」

 

 

どうして――

 

 

「――して…」

「ん?」

「どうして……祭殿は、生を選んだの…ですか?」

 

久しく聞こえなかった冥琳の声。

まだ弱々しいその問いかけに、祭は困ったように笑いながら、こう応えた。

 

「魅蓮が今際に儂を呼び、こう言ったのじゃ『快なり』と」

「快、なり…?」

「あぁ、あの馬鹿は今際のその際になって、最高の笑顔でそう言ったのじゃ!

 どうしてその場で儂が死ねようかっ」

 

嬉しいような悲しいような、今まで私が見たことない顔を、祭殿はする。

 

「そしてその後、魅蓮が儂に何と言うたか分かるか、冥琳よ」

「えっ?それは……」

 

突然の問いかけに、冥琳は少し思案する。

少しずつ冷静さも取り戻しているようだ。

 

「呉を頼むとか…娘たちを頼む、とかではないのでしょうか」

「あっはっはっは!」

 

祭はさもおかしいとばかりに、腹の底から声を上げて笑う。

 

「普通の王ならば…あるいは親ならば、そう言うのであろうな。

 だが魅蓮は、そのどちらでもなかった。……いや、そのどちらでもあった」

「?」

「奴はこう言ったよ

『祭が国のため、為すべきと思うことをしてくれ。それこそが儂の望みだから』とな」

「はぁ…」

「全くもって、最後の最後まで素直ではない女じゃった!

 儂が国のために為すことといえば、孫呉の天下統一だ。

 それには策殿を主君として仰ぎ、そして孫家の血筋を守ることが必要じゃ。

 それ即ち、呉を守り、魅蓮の娘らを守ること」

 

祭は一息おくと、武人の目と声で続ける。

 

「だから儂は常に先陣を所望し続けた。

 敵を一人倒せば、即ち孫呉に仇なす輩を一人減らしたことに

 仮に先陣で矢に倒れようとも、即ち策殿に当たるかも知れん矢の盾になったということだからじゃ。

 ……まぁ、策殿の性分は魅蓮と瓜二つじゃったがの」

 

くっくと、祭は苦笑いをする。

 

「だから儂は策殿亡き今、権殿を支え、この身を賭して呉の天下を為すために邁進する。

 それが、魅蓮との約束を守ることに繋がるからじゃ」

 

 

そう、だったのか…

胸を張って宣言をする祭殿は大きく……本当に大きく見える

 

 

「お主はどうじゃ、周公瑾」

「えっ?」

「お主と策殿の絆は、肉体という器がなくなれば消えてしまうものじゃったのか?

 お主がそのようで、策殿の遺志は一体誰が継ぐのじゃ!?」

「――――っ!」

「お主だけが分かること…

 お主にのみ託したこと…

 お主にしか為せぬこと…

 あるのではないか、冥琳よ」

 

 

 

祭殿にそう言われ、私は思い返す

 

雪蓮と出逢った日から最後の瞬間まで

雪蓮の行動、雪蓮の言葉、雪蓮の想い…

 

これは私にだけ『出来る』こと

 

そして雪蓮の望み……それは

 

 

 

――――――シャオと二人を……お願い……

 

 

 

そうだ…雪蓮はちゃんと言葉で遺してくれていた

私も、分かっていたはずではないか…

 

 

「……どうやら、気付いたようじゃな」

「はい……雪蓮はちゃんと、私に遺してくれていました。それを私は、失念していただけでした」

「そうか…」

「……ふふっ」

「なんじゃ、人の顔を見て笑ったりしおって」

「あ、いえ、違うんです」

 

膨れる祭殿を見つつ、私は一つ大きく息を吸い込む。

全身に新鮮な空気が行き渡る。

私は少し悪戯っぽい表情で

 

「雪蓮と文台様……お二方は本当に、良く似てらっしゃる」

「ふっ……じゃな」

「ふふっ…あははっ」

 

『あっはっはっはっはっ……』

 

 

 

 

 

久しぶりに、腹の底から笑った

 

 

 

 

この胸に開いた穴を、受け容れよう

 

受け止めた上で、私は為すべきことを為す

 

そのために、また前を向いて歩くのだ

 

 

 

気付かせてくれたのは、祭殿

 

ふふっ……まだまだ祭殿には敵いませんね

 

 

 

 

 

ありがとうございます、祭殿

 

 

 

 

 

 

 

「劉備を倒し国力を上げ、万全を期して魏にあたる腹積もりだったのだが…」

 

 

魏の突然の南進で、構想は頓挫してしまった。

こうなった以上劉備と同盟し、連合して魏に立ち向かうしかない。

 

不幸中の幸いと言うべきか、向こうには諸葛孔明がいる。

智謀に関せば、魏を上回ったとも言える。

 

蓮華さまと劉備の二人の英傑を囮にし、曹操を釣り出せたが…

 

「…まだ足りない」

 

呉に劉備の軍を合わせても、まだ魏の軍勢には遠く及ばない。

如何に我ら得意の水上戦に持ち込むとはいえ、この兵力差で正面からぶつかっては勝ち目は薄い…

一体どうすれば……っ

 

「ごほっ!がはっ!……ぐぷっ」

 

口の中いっぱいに鉄の味が広がる。

体内に巣食った病魔が顔を出したらしい

私に残された時間は、もう長くはない…

 

なんとか私の手で呉の天下を……いや

呉の皆が笑って暮らせる世を…

 

そのためには、何としても魏を破らねばならない

しかし、どうすれば…

どうすれば……

 

 

 

 

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

 

 

 

 

細工は流々

しかしあと一手…あと一手が足りない!

何か……何か方法はないのか?

 

 

「一概に策と言っても、何をどうすれば良いのやら、ですねぇ~……」

「明命の言う通りだろう。……いくつか策はあるが、どれも決め手に欠ける」

 

 

 

お願い、雪蓮……

 

呉に必勝をもたらす策を!

 

この周公瑾に一世一代の……最期の策をっ!!

 

…………

……

 

 

――――――っ!

 

これだ。これしかない…

 

仕掛けるなら、今この場

しかし誰と?どうやって?

この策が成れば、呉の勝利の目が大きく広がるのだ

 

 

誰か……

 

 

誰かっ!――――――

 

 

 

 

 

――――その時、周瑜と黄蓋の視線が交錯した

 

(お主も辿りついたか)

(祭殿!)

(儂がやる)

(しかし祭殿っ…)

(儂以外に役者はおらん……良いな?)

(…分かりました。よろしくお願いします)

 

この間、刹那!

 

 

 

 

「ならばどうするか……」

「そんなもん決まっておる!乾坤一擲の気概と共に、曹操の軍を粉砕してやれば良いんじゃ!」

 

 

 

………………

…………

……

 

 

 

これで策の下準備は成った。

劉備には孔明が上手く説明してくれるだろう。

蓮華さまは、気付かれてはいなかったようだが…

我が軍は穏と…北郷あたりが気付くかどうか

 

 

 

 

さぁ、赤壁にめぐらせた、我が生涯最高の大舞台

この命尽きるまでに、終幕できるか…

 

 

 

あと少し…なんだ

保ってくれ、我が身体よ

 

見守っていてね、雪蓮……

 

 

 

 

 

燃えている

 

魏の船が、燃えている

 

それを追い詰めるは、林立する呉の旗

 

その波に飲まれ、曹魏の牙門旗が今、ゆっくりと長江へ、沈んでいった……

 

 

 

勝った

 

勝ったのだな、私たちは

 

ついに…ついにやったぞ…雪、れ……

 

 

 

…………

……

 

 

「――――ま……さまっ!…冥琳さま!!」

「ん…」

 

私が目を開けると、そこには穏の顔があった。

 

「穏……か」

「冥琳さまっ!やりましたよ。私たちが勝ったんです!」

「あぁ…見ていたよ。これで私も、心置きなく逝ける…」

「そんなこと言っちゃダメです!生きて…生きてください!」

「ふふっ……穏も、そのようなことを……言うのだな。嬉しいぞ…」

「何言ってるんですか!っほら、蓮華さまたちの…ところ、へっ!」

 

穏が私を抱き上げてくれる

ふっ…武人としての鍛錬も、怠っていなかったようだな…

頼もしき、我が一番弟子よ……

 

 

 

…………

……

 

 

 

「冥琳……見ていたか?勝ったぞ……我ら孫呉の勝利だ」

「ええ……見事な勝利でした…」

「ああ……だから…だから冥琳っ。私たちが勝ったのだから、死ぬな……死なないでくれっ…」

 

違う…

 

「うっ……グスッ…冥琳、どうして…どうしてっ!……」

 

違うのです、蓮華さま

 

 

 

          「だが…だが、私たちにはまだ、冥琳の支えが必要だ…っ!」

 

 「私はっ……立派に戦えていたか…?」

 

                   「だが、私はまだ…冥琳に支えていて欲しかったっ……!」

 

              「あぁ……全て冥琳のおかげだ」

 

 

 

私が

 

私が欲しいのは……

 

 

 

「……ああ。任せてくれ。俺がきっと…ずっと支えてみせる…っ」

 

 

そう…

 

 

「だから……だから安心して逝ってくれ……」

 

 

そうだ、北郷

 

 

「あぁ……その言葉を、聞きたかった…」

 

この一言で、報われた…

 

「これで…安心して逝ける……」

 

 

 

ありがとう………一刀

 

 

 

「さぁ…もはや終幕…。皆……先に逝く。あとは……頼むぞ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――今逝くぞ、雪蓮――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから声をかけられ振り返ると、そこにいたのは…

 

「…雪、蓮?」

 

在りし日の雪蓮が、立っていた。

 

「いや~本当に久しぶりよね~。元気してた?」

「……本当に、雪蓮なのか?」

「失礼ねぇ~。私以外の何に見えるってのよ?」

 

 

そう

 

くるくると変わるその表情も

燃えるような蒼い瞳も

その声も、香りも

全て、私の知っている雪蓮だ

 

だが……

 

 

「ふふっ……あははははっ!」

 

これが本物の雪蓮のはずはない

だって雪蓮は…

 

「そうか…これは夢か」

 

死んだのだ。もう、だいぶ前に…

 

「迎えに来てくれたのなら、まだ少し早いぞ…相変わらずせっかちなのだな」

「も~!違うってばっ」

 

不平があったり説教をしたりすると、よくそのふくれっ面をしていたな…

本当によく似ている……

 

「曹操との決戦を前に、私に逢いに来てくれたのか…

 今までは夢でも逢えなかったが……天も粋なことをしてくれる」

「だから違うって言ってるじゃない!!あなたはっ…」

「そうだ。雪蓮、私たちが望む世にするには魏を倒さねばならない。

 そのための策が一手足りないのだ。何か良い案はないか?」

 

 

 

「この…バカ冥琳っ!!」

 

 

雪蓮は冥琳の頬に両手を添え、思い切り自分の方に引き寄せ

 

 

「――っ!」

 

 

冥琳の唇を奪った

 

 

「ちゅっ……ん、冥琳……ちゅ…っ!んちゅ……」

「んんっ……………ん……ちゅっ」

 

 

面をくらい、体を硬くしていた冥琳も、その懐かしい感触に次第に心を開いていく

 

二人の身体は、一つの生き物のように、溶け合っていった

 

 

 

 

 

雪蓮と繋がると、滾々と泉のように湧き出てくる記憶

 

 

祭殿と紡いだ、苦肉の策

赤々と燃える、曹魏の船

それを追い詰める、呉と劉備の軍

長江に沈みゆく、曹魏の牙門旗

 

 

倒れた私を介抱してくれた、穏

それを取り囲むように、思春、明命、亞莎

成長され毅然とした表情の、小蓮さま

腕を組み眉間に皺を寄せて私を見ている、祭殿

 

私に駆け寄り涙を浮かべる、蓮華さま

 

 

そして――――

 

 

涙を必死に隠し、私を送ってくれた、北郷

 

 

 

 

 

最期のその時まで思い出すと、溶け合った身体は、また二人の番へと姿を戻した。

 

 

 

「冥琳、あなたは死んだの」

「……あぁ、はっきりと思い出したよ」

 

 

雪蓮から流れてくる記憶は、とても温かかった

それゆえか、私は驚くほど意外に、自然と自分の死を受け入れることが出来た

 

 

「雪蓮、私は………私は、この生命の務めを、果たせたか?」

「えぇ、あなたは最後の命を燃やし、曹魏を破った。これで私の…いえ、孫呉の悲願だった、皆が笑って暮らせる世が実現するの」

「そうか……」

 

 

頬に感じる一筋

 

まだよ…まだ泣かない

 

 

「私は、雪蓮の名を……孫呉の名を歴史に残すことが、出来た…か?」

「うん。とっても立派だったよ。あなたは為すべきことを為せた…

 だからもう、休んでいいの」

 

 

 

なら見せて!

 

私に、あなたの笑顔を!!

 

 

 

 

 

「ありがとう!冥琳♪」

 

 

 

あっ……

 

 

 

「あ…ああぁぁあぁあっぁあぁぁぁーーー…………っっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは名軍師・周公瑾でも、呉の大都督でもない

 

『冥琳』が望んだ、ささやかな幸せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想い人の温かい胸に包まれながら

 

冥琳は哭いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死が別った二人の魂は

 

今またここで、結ばれたのだった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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