No.154702

天使の微笑み

getashさん

0.001秒の天使の話。

2010-07-02 01:07:23 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:892   閲覧ユーザー数:878

 

 

『私はあなたの深層心理に住む0.001秒の天使です』

天使はそう言っていた。

望の精神には悪魔の代わりに天使が住んでいた。

他の人より生きる事への執着が強い為か、この天使を創り上げていたのだ。

そこまではいい。

問題は別だ。

その天使は、姿や声、雰囲気までもが、ある少女に瓜二つだった。

あの時は急な事に、気に留めなかったがどう考えても望にとって問題がおおありなのだ。

話題に出てきた事によって、望の意識がその姿を創り上げたという事なら、

望は天使と聞くとその少女を連想するという事になってしまうのだ。

「私が風浦さんの事を天使と…?」

望は教師という職業から、少女に、ましてや生徒に好意を抱くのは極力避けて来た。

それはほぼ完璧と言っていいほどの徹底ぶりのはずだった。

だが現実はこれである。

考えないようにしても可符香の姿が頭に浮かぶ。

深層心理に風浦可符香という存在を刻みこんでしまうくらいに、傍にいたいと思うようになっていた。

「私は、一体どうしたらいいんでしょうか…」

自分の中で芽生え始めた感情に困惑する。

望はこれまで他人との関わりを避けてきた事もあり、そういう事に関してはかなり疎い。

『おや、どうしたんですか?』

望は頭に響くその声に顔を上げる。

目の前にいるのは望の二つの悩みの原因の内の一つの、天使の姿の可符香だった。

「あなたの所為で悩んでいるんですよ」

『あらそれは大変ですね』

姿だけでなく望に対しての物言いも同じ様な振る舞いから、望がどれだけ可符香に詳しいかがわかる。

「まるで他人事のようですね」

『だって私の姿を決めたのはあなたですからね』

「ぐっ…それが悩みの原因なんですよ…」

『私は危機から守る天使であって、恋の相談は管轄外なんですよ。まぁ聞いてあげますが…』

悩みの原因に悩みを相談するというのはなんとも間抜けな状況であった。

『悩んでないで、そんなにその子の事が気になるなら素直に告白しちゃえばいいじゃないですか』

可符香と違うのは天使は思った事を全部言える事だった。可符香でもこういう事に関しては直球に

言う事は出来ない。

「言える訳無いじゃないですか!!」

『ハァ…私が言うのもなんですがチキンにもほどがありますよ…』

天使は小さく溜息をつく。

『じゃあ少しずつ距離を縮める努力をすればいいと思いますよ』

「やっぱりそれしかありませんよね」

『また何かあったら相談に乗ってあげますが、あんまり期待しない方がいいですよ

 あなたの知らない事は私も知らないんですからね』

天使は少し浮かんで望の頭を撫でた後にいなくなった。

「自分より背の小さい人(?)に頭を撫でられるのは何か恥ずかしいものですね…」

望は頭を摩りながら呟いた。

 

 

望は宿直室から出て、教室に向かっていた。

「先生、おはようございます」

声を掛けてきたのは、望の悩みのもう一つである風浦可符香という名前の少女。

「ふ、風浦さん!?おはようございます!!」

「………。先生いつもより様子がおかしいですけど何かありました?」

どう見てもいつもと違う望に可符香は首を傾げる。

「な、何でもありませんよ!!気にしないでください」

可符香は気付いていないが今の望の顔は赤く染まっていた。

「そうなんですか?」

少し怪しみながらも可符香はそれ以上追及しない。

その後は二人共無言で教室への道のりを歩いていく。

「……………」

「……………」

(空気が重い…)

望は何か話す話題を探す。

(かといって何を話したらいいんでしょうか…)

「先生」

「は、はい!!」

望はいきなり呼ばれて驚く。

「先生は好きになった人とかいますか?」

「へっ?」

予想外の質問に少し思考が停止する。

「先生?」

「えっ…あっ!!好きになった人ですか!?

 そういえば過去にそんな人いないですね…」

数年前まで他人とのコミュニケーションを避けていた望は過去に気になった人などいるはずなかった。

「今はいるんですか?」

可符香は追い打ちをかけるように言う。

「えっ…あの…その…ゴニョゴニョ…(強いて言うなら今隣に…)いませんよ多分…」

「先生…熱があるんじゃないですか?顔が赤いですよ?」

可符香はそう言って望の顔を覗き込む。

(近い!!近いですから!!!)

可符香にとっては何の気なしの行動だが、望にとっては嬉し恥ずかしい限りである。

望の顔が更に赤くなる。

「そ、そういえば何か調子が悪いんですよ!!少し保健室で休んでいますね!!!」

望は逃げるように走り出す。

「何だ…元気じゃないですか」

可符香はその様子をクスクスと笑いながら眺めていた。

 

 

「ゼェ…ゼェ…」

『せっかくのチャンスを棒に振りましたね』

天使は半ば呆れながら息切れ状態の望を見つめる。

「どうせ私はチキンですよ…」

『開き直っても自分の為になりませんよ』

「うっ……わかってますよ…」

天使は楽しそうに望の周りをくるくると回る。

『初めてじっくりと見ましたが本当にそっくりなんですね!!』

「それはそうですよ、どれだけ一緒にいると思っているんですか」

『あの正確さは、軽くストーカーの領域ですね!!』

「喧嘩売ってるんですか…」

望は少し怒るが否定は出来ない事に軽く絶望する。

(それにしても…本当に私の深層心理なんでしょうかこの天使は…)

たしかに望と正反対の性格の人物が深層心理というのも変わったものである。

『当り前じゃないですか、事実あなた以外の人には触る事も見る事も出来ないんですから』

「何で考えた事がわかるんですか!!」

『それはあなたの精神と繋がっていますからね』

望は迂闊に考え事も出来ない状態に陥っている事に今更気付いた。

『安心してください、心を読もうと思わないと読めませんから』

「根本的な解決になっていません!!」

「ハァ…もう何でもいいですからとにかく休ませてください…」

朝から無駄に体力を消費した望は保健室のベットに倒れこむ。

ベットの柔らかい感触が望の疲れた体を包み込む。

(昨日からずっとこの天使と話していたので疲れました…)

望はベットに体を委ねてゆっくりと目を閉じる。

しばらく静かな一時を味わった。

モゾモゾ…モゾモゾ…

(………ん?)

ベットに何かが潜り込む。

望は嫌な予感がして目を開く。

すぐ目の前には、笑顔の可符香の姿。

「な、何しているんですか!!」

望はいきなりの事に絶句する。

もちろんこんな事を出来るのは天使の方であるとわかっているのだが、如何せん姿が同じである

からにはあまり変わらない。

『いいじゃないですか、慰めてあげているんですよ』

「慰め方が何か間違っていますから!!とにかく離れてください!!!」

悩み多き今の望には、この状況は色んな意味でかなりまずいものであった。

望は真っ赤な顔をしながら何とか天使から離れる。

天使は望の反応に満足したように笑う。

『たまには人肌が恋しいものなんですよ』

「そんなセリフ、笑顔で言わないでくださいよ…」

(どうもこの天使と話す時は風浦さんよりも調子が狂いますね…)

うなだれながら望は思う。

『それじゃあエネルギーも補充しましたし、私は少しの間見学していますね』

天使は冗談交じりに言う。

「あっ、ちょっと待ってください」

『何ですか?』

「あなたの事を天使と呼ぶのも言いにくいので、何かいい呼び方はありませんか?」

『うーん…そうですね』

天使は少し考え込む。

『それじゃあ、杏って呼んでください』

「杏?」

『それでは、さよなら!!』

「えっ!?ちょっと待って!!」

望の呼び止めも虚しく、天使は音も無く消えてしまった。

「杏ってどういう意味なんでしょうか?」

天使が聞き覚えの無い単語を言った事を望は疑問に思い首を傾げた。

 

自分の深層心理だと言う杏の事について望はいくつかの情報を纏めた。

杏は望の深層心理から出来ている事。

その姿や行動は可符香とまったく同じな事。

望の可符香への好意を尊重している事。

そして望の意識から出来たものにも関わらず、好きに行動する事が出来、さらに望と別々の思考を

持っているかもしれない事。

つまり杏が言った、望の知らない事は杏も知らないという言葉は矛盾する。

この事に関しては、彼女自身が言った、杏という名前に望には全く覚えが無い事からの推測である。

「仮に杏さんが、自分の意思で行動できるのなら、何故私の深層心理に潜んでいるのでしょうか」

望から見た彼女は、自分という存在に縛られているようには見えなかった。

ならば彼女が望の近くにいるメリットは何だろうか。

何かの目的の為に利用しているのか、それともただのキマグレか…

「うーん難しい事考えてもさっぱりわかりませんね…」

頭の中で考えを組み立てていくが一向に形にはならなかった。

「深い事考えるのは止めましょう、協力してくれるならそれで良いじゃないですか」

望は途中で考えるのを止めて保健室のベットから立ちあがる。

「さて、そろそろ行かないと智恵先生に怒られてしまいますね」

望は保健室を後にして、自分の教室に向かった。

 

 

「皆さんおはようございます」

「もう3時間目過ぎてますけど…」

望の遅い登場に千里はイラついている様子だった。

「先生、キッチリ最初から来てくれないと困ります!」

「公務員も急に休みが欲しくなる時があるんですよ」

そんな感じでいつも通りに突っかかって来る千里をのらりくらりとやり過ごし、授業を途中から始めた。

 

 

「ではホームルームを終わります、皆さんさよなら」

その言葉と共に大半の生徒が教室から出ていく。

「あっ、風浦さんちょっとこっちに来てください」

望は帰ろうとしていた可符香を呼びとめる。

「先生、何か用ですか?」

「いや、少し聞きたい事がありましてね」

そう言って望は可符香に耳打ちする。

「朝にあなたが聞いてきた事なんですが、あなたこそ最近気になっている異性なんかいるんじゃ

 ないですか?」

望のこの質問は朝の仕返しと、さり気無く情報を聞き出す二つの意味があった。

だがそんな簡単な作戦で追い詰める事が出来るほど可符香はあまくない。

「気になっている人ですか?いるかもしれませんね」

「えっ、いるんですか!?」

可符香の返答に望の中では期待と不安が駆け巡る。

「一体誰なんでしょうか」

「先生、随分と熱心に聞くんですね」

「へっ?あ…いや…あははは」

確かに女生徒の色恋沙汰を熱心に聞き出そうとする教師というのは少し変なものであった。

望の思考が一瞬、別の方向に向いた隙に可符香は小さく呟く。

「先生の努力しだいですね…」

「えっ?風浦さん今何て……」

「それじゃあ、先生さよなら!!」

可符香は望の言葉に足を止める事なく教室を後にした。

(先生、道のりはまだ遠いですよ!!)

 

「肝心な事を聞いていませんよ…」

だが望の心にはがっかりの中に安心も含まれていた。

「でも一歩前進ですかね」

杏と会話をする事によって可符香を前にしても照れによってうまく話せない事は無くなっていた。

「なんだかんだ言って、役に立っていますから憎めませんね…」

そんな事を呟きながら、杏に感謝する望だった。

「さて、宿直室に戻りますか…」

 

 

(今日も疲れました…)

望は宿直室のドアを開ける。

「ただいまー」

『おかえりなさい』

「…………………」

「何でいるんですか…」

望は平然とした態度で宿直室にいる杏にツッコム。

その言葉に杏は何を今更と言った顔で望を見つめる。

『あなたは私の家みたいなものなので、あなたの家は私の家に決まっているじゃないですか』

「何ですかそのむちゃくちゃな理論は!!」

『一人じゃ寂しいんですよ…』

急にしおらしくなった杏に望はたじろぐ。

『あなたしか私に気付いてくれないから、頼れるのあなたしかいないんですよ…』

杏は目に涙を溜めながら上目遣いで望を見つめる。

『ここにいちゃ…駄目ですか?…』

「うっ…わかりましたよ」

望は顔を真っ赤にしながら杏から目を逸らす。

(その顔反則です…)

そんな表情見せられたら望は折れるしか選択肢は無かった。

『そうですか、それじゃあ遠慮しませんね!!』

ケロッと表情が笑顔に切り替わる。

「嘘泣きかよ!!」

思わず望は口調が変わる。

『いやだなぁ、あんまりしないけどあの子も出来るんですよ、あの子に出来て私に出来ない訳無いじゃないですか』

「あなた方の涙に疑心暗鬼になりそうです…」

『あなたのその、なんだかんだで最後には許して優しく受け入れてくれる所が、私もあの子も大好きなんですよ!!』

「もしそれが本音でしたら、風浦さんもそれくらい素直ならいいんですけどね…」

『信じていませんね…まあいいですけど…』

望の態度に杏は少しムッとしているとあるものに気付く。

『そうだ、ちゃんと誤解といてあげてくださいね』

「誤解って何のですか?」

望が杏の方を見るとある方を指差していた。

その指の先には呆然としながら立っている交の姿が…

「ま、交!!?」

「望…お前頭大丈夫か?…」

もちろん交からは望が一人で怒ったり照れたりと、異常な行動をしているようにしか見えていない。

「いや…交、これはですね」

望は慌てて誤魔化そうとする。

「望、いいからもう休め!なっ?」

「何ですかその優しい対応は!!大丈夫ですから気にしないでください」

「じゃあ何一人で喋ってるんだよ」

「演劇の練習ですよ、ほらもうすぐ文化祭ですし」

「ああ…もうすぐ文化祭まであと五ヶ月になるな…」

とっさの嘘は得てしてすぐにバレてしまうものである。

「大丈夫、誰にも言わないから!!」

交はそう言って走り出した。

「あっ、ちょっと待ちなさい!!」

『交にまた新たなトラウマが植え付けられた瞬間であった。』

「変なナレーション付けないでください…」

交を追う気力も無くなった望はその場に寝っ転がる。

「そういえば」

『………?』

「聞き忘れていましたけど、何で杏っていう名前にしたんですか?」

『何でそんな事聞くんですか?』

「杏なんて言葉私は聞いた事無いですからね、少し気になっただけです」

杏は望のすぐ隣で寝っ転がる。

『忘れているだけなんじゃないですか?』

「そうなんですかね…」

望の意識がどんどん眠りに傾いていく。

「もう遅いですし、寝ますか…」

『そうですね…』

 

(まだ全てを知るには少し早い時間ですよ。もう少し楽しんでからでもいいじゃないですか)

朝…

心地よい眠りに身をゆだねていた望の意識が徐々に覚醒し出す。

無意識に多くの熱を取り入れようと近くにあるものを引き寄せる。

『………ましたね…』

中途半端に起きた脳が途切れ途切れに音を感知する。

何かの柔らかいものの感触を望の腕が感知する。

(こんな柔らかい布団持ってましたっけ…?)

望は寝ぼけながら疑問を抱く。

(まあ良いですか…)

望はその布団らしきものをさらに抱き寄せる。

『無意識に随分大胆な事していますよ』

はむっ…

『ひゃっ!?…み、耳を甘噛みしないでください…前に犬にもやっていましたけど噛み癖があるんですか!?』

今までより少し大きめの声に望は目を覚ます。

目の前には顔を赤くした杏の横顔があった。

もちろん望の口は杏の耳をくわえている。

ありえない光景に望は一気に目が覚める。

「な、何をしているんですか!!?」

『それはこっちのセリフなんですけど…』

まだ少し恥ずかしいのか、杏の顔は赤い。

『とにかく腕から解放してくれると楽になるんですが…』

「へっ!?あっ!すいません!!」

望は慌てて手を離す。

『まあ…嫌ではなかったんですけどね…』

「何気にもの凄い恥ずかしい事言ってますよ…」

望はまだ動揺しているのかあまり杏の方を見ようとしない。

少し落ち着いてきた杏がゆっくりと立ち上がる。

『さてと…思わぬ状況でしたが、糸色望エネルギーも補充出来たので少しいなくなりますね』

「前も言っていましたけどその変な名前のエネルギーは何ですか…」

『寂しさを紛らわすためのおまじないみたいなものですよ』

杏はそう言って消えていった。

望はその場から立ちあがる。

「………やっぱり一人というのは寂しいものなんでしょうね…」

望はふと杏が昨日言っていた言葉を思い出した。

 

 

『一体どこにいるんでしょうか?』

杏は高く飛んである人物を探す。

『あっ、いました!!』

杏が見つけたのは自分と全く同じ姿の少女。

杏は可符香のすぐ近くに降りる。

もちろん可符香には杏の姿は見えていない。

 

『いつまでこの状態でいるつもりですか?』

「えっ?」

可符香は急に聞こえた声に振り向く。

杏の声はどういう訳か可符香の耳に届いていた。

可符香は声の方向に誰もいない事に首を傾げる。

『おお、聞こえた聞こえた!!』

杏は声が聞こえた事に喜びながらも特に驚く事も無くそのまま話を続ける。

「どこにいるの?」

『残念ながら姿は見えないよ』

可符香は少し不思議に思いながらも杏の言葉を聞いた。

『そんな回りくどい方法だったら恋は実らないよ』

「先生の事?」

『そう…あの人の事』

「その事は誰も知らない筈なんだけど…」

可符香は何で知っているのかと疑問に思う。

『知ってて当り前だよ、私はあなたなんだから』

杏の言葉に可符香は混乱する。

「どういう事?」

『そのまんまの意味だよ。

 まあそんな事はどうでもいいんだ、もう一度言うよ、このままじゃあなたの恋は絶対に実らない』

杏は可符香を落ち着かせる為にゆっくりと説明する。

『何て説明したらいいのかな…

 私はあなたの足りない部分って言ってわかるかな?』

少し冷静になった可符香は声の主に質問をする。

「足りない部分って何?」

『人を信じる素直な心…こんな大事なものがなかったら恋なんて実る訳ないよ…」

杏は辛い表情をしながら可符香に言う。

『随分酷い目にあったよね…数えきれないくらいに…』

「……………」

可符香は昔の事を思い出し無言になる。

『でもあの人に会ってから、あなたの人生は一変した』

「うん…」

『毎日が楽しくなった、あの人が変えてくれた』

杏の表情が笑顔になる。

『あの人のおかげでまた人を信じてみてもいいかもしれないと思える事も出来た』

「うん」

可符香は顔をあげる。

「何となくあなたが誰かわかった気がする…」

『そう…きっとその考えは当たってるよ。

 それなら私の言いたい事わかるよね?』

「うん、このままじゃ何も始まらないんだよね」

杏はコクリと頷く。

「でもどうしたらいいの?」

そう言った可符香に杏は一回くるりと回って答える。

『そんなの簡単。捨ててしまったなら拾えばいいんだよ、今のあなたならそれが出来るはずだから』

「拾う?」

『そう、少し勇気を出せばきっと出来るよ』

「うん…わかった!!」

そう言った可符香の顔は吹っ切れたような表情をしていた。

その表情とは反対に杏は少し寂しそうな顔をする。

『でも、明日まで待って…私もあの人にお別れを言いたいから』

「いいよ、行って来て」

『ありがとう…』

杏は可符香にお礼を言うと望のもとに飛んでいった。

 

 

時刻は深夜12時を過ぎ、あたりはもうすっかり暗くなっていた。

望は忙しない様子で呟く。

「杏さん、遅いですね…」

『あら、心配してくれてるんですか?』

その瞬間、目の前に杏が現れる。

「杏さん!!いるなら言ってくださいよ…」

望は驚きながらも安堵する。

『突然ですがあなたにお別れを言いに来ました』

「えっ?」

いきなりの言葉に望は一瞬固まる。

「どういう事ですか!!」

『隠してきた事を全部話します…』

 

『あなたは知らないかもしれないけど、風浦可符香は昔、過酷な人生を歩いて来ました…』

望はその言葉に、可符香が時々話していた両親や叔父の事を思い出した。

『風浦可符香はP.Nなのを知ってますね? 本名は赤木杏って言うんですよ』

「じゃああなたの名前は…」

『あなたの考えている通りです』

杏は望の頭を撫でる。

『あの子は昔に自分の名前と心の一部を捨ててしまいました…それが私です。

 でも、あなたと過ごしたおかげであの子は人を受け入れる強さを手に入れました』

「私は特にそんな事は…」

望の言葉に杏は首を横に振る。

『あなたが助けてくれたんですよ。そしてあの子があなたを信じ始めた拍子に私はあなたに

 入り込んでしまいました。』

「一体何故?」

『私はあの子の捨てた、人を信じる心だからですよ』

望の疑問に杏は笑顔で答える。

『あの子はもう弱くない…だから私はあの子の所に戻らないといけないんです』

「そんな…いなくなってしまうんですか!?」

『大丈夫ですよ…あの子を通していつでも会えますから…』

『でも……』

杏の笑顔から涙が零れる。

『やっぱり寂しいですね…』

最後まで笑顔を絶やさずに別れようという杏の思いは叶わなかった。

『それでは……さよなら…』

「杏さん待ってください!!」

望の言葉に杏が振り向いた瞬間、望は杏を抱きしめてキスをした。

『ふえっ!?…あっ…あの!!?』

突然の事に杏は顔を真っ赤にする。

「エネルギー溜まりましたか?」

望は杏の涙を拭って言う。

望のその言葉に杏はゆっくりと頷く。

『……はい、もう寂しくありません』

杏は望に満面の笑みを見せる。

『あなたの事が私も大好きですよ!!』

杏は最後にそう言って、消えていった…

「さよなら杏さん…私も大好きですよ」

 

 

 

放課後、望は可符香を連れて宿直室に来ていた。

「風浦さん、大事な話があります」

「先生、実は私も大事な話があったんですよ」

二人はそう言ってお互いに向き合う。

「先生からどうぞ」

「風浦さんからで良いですよ」

少しの間二人は無言になる。

「……………」

「……………」

「じゃあ同時に言いますか…」

「そうですね…」

 

「あなたの事が大好きです」「先生の事が大好きです」

二人はそう言った後、頬を赤らめて手を握り合った。

 

ふと望はどこからか杏の声が聞こえた気がした…

 

 

 

 

 

 

……『天使の微笑み』……

『二人とも、おめでとうございます』

 

 
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