No.154133

【楽書】なのは - 春の嵐

この所、続く天候不順に端を発して。寒い方が色んなネタが浮かびますね。……人肌が恋しくなるから?

2010-06-29 12:43:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:1065   閲覧ユーザー数:1034

 

 なのはの目が丸くなる。

「寒くないの!? フェイトちゃん!」

 目の前の親友が漏らした一言が信じられないと言った様子で、グッと彼女に詰め寄った。

「うん、まぁ今日はちょっと寒いとは思うけど、そんな驚く程の事じゃないと思うよ?」

 しれっと言ってのけるフェイトの顔を、まじまじと見つめるなのは。フェイトはフェイトで、なのはの顔が近過ぎるお陰か、益々寒さを感じなくなっている。

「だって今日の天気予報、最低と最高の気温が同じだったんだよ?」

 なのはの言う通り、今日は例年に無い冷え込みで、朝のニュースでは気象予報士が「二ヶ月程季節が巻き戻った様だ」と説明していた。

 この時期の天気を表すものとして「三寒四温」と言う言葉がある。季節の変わり目となる春は天気が移ろいやすく、寒さと温かさが交互にやってくると言う意味だ。的確で季節の移ろいを楽しむ実に日本人らしい発想の言葉だが、去年から今年に掛けては、その季節の移ろいが楽しめなくなりつつある。

 特に今朝は強い風を伴った雨が降り、生徒の大半は学校へ着くまでにどこかしらが濡れてしまっていた。かく言うなのはも、そしてフェイトも今はジャージ姿である。

「でも、私はほら。暑いのは苦手だけど、寒さには強いから」

 そう言う彼女は、確かにどこから見ても寒がっている様子はなく、ケロッとしている。

「ああ、うん。まぁ……」

 思い返してみるとフェイトはなのはが寒がっていた冬の体育の授業でも、平気で走り回っていた。もしかすると、彼女が機動性を重視していると言っていたあの薄いバリアジャケットは、案外フェイトの好みでああいう形に辿り着いたのかもしれない。

「フェイトちゃんは良いかもしれないけど、私は寒いんだもん」

 そう言うとなのはは両手を擦り合わせる。

 強い風に煽られたせいで学校へ辿り着いた時には、笠がすっかり笠の役割を果たせなくなっていた。当然、着ていた物は下着まで含めてずぶ濡れ。幸い体操着とジャージは持って来ていたから、濡れ鼠のまま授業を受けるという惨事は免れたものの、下着を着けていない心許なさは何とも言えない。それに下着自体の保温性というのも案外馬鹿にした物では無いのだ。

 条件ではフェイトも同じはずなのだが、彼女は先程から、

「今日のなのは、ちょっと大袈裟すぎるよ……」

 ずっとこの調子で、なのはが訴える寒さは全く分かって貰えない。

「だって……」

 なのはは、彼女にしては珍しくジト目でフェイトを見つめる。

「仕様がないなぁ……」

 クスリと微笑みを零した彼女は、両手を差し出して見せた。

 すらりと白く長い指。柔らかさよりは繊細さが勝るシルエット。この指がとてもあのバルディッシュを操っているようには見えない。

 それが寒さで小さくなっていたなのはの両手をやんわりと包み込む。

「フェイト、ちゃん…………」

 その差し出された優しさは、なのはと変わらないほどに冷たい。元々彼女の方が体温は低かったのかもしれない。

 キュッと力が加えられるとそれはすぐに温かくなる。縮こまり、下降線を辿っていた気持ちが、徐々に上向いていく。

「どう? なのは」

 小首を傾げて見せた彼女の肩にサラリと金色の髪が流れる。

(……もう)

 なのはは心の中で苦笑した。なんというか、このタイミングでその優しさと可愛らしい仕草はとても卑怯だ。さっきまでフェイトの口調は、駄駄を捏ねる子供をあしらうようだったくせに、両手を握り締めてきた感触は、笑ってしまうくらい丁寧で優しくて力強い。

 分けて貰った彼女の体温は両手だけなのに、その熱はあっと言う間になのはの全身へと広まった。

 包み込まれた両手が突っぱねられないくらい、身体中へフンワリと温もりが伝わっていく。

「………… 温かいよ」

 素直にお礼を言うのがちょっとだけ悔しかったなのはは、小声でポソリとそう返した。

 

「はぁ-、全く暑い暑いー」

 そこへわざとらしく大きな声を上げたアリサが顔を見せた。チラリとなのはとフェイトが重ね合った両手に目を遣る。

「今日は寒いはずなのに、なんでここだけ温かいのよぉー」

 わざとらしいアリサの指摘で、なのはとフェイトの二人は自分達がどういう状況にいるのか、ようやく気が付いたらしい。顔を赤くしてお互いに気恥ずかしそうだ。それでも二人の繋がった手は離れない。

「そうでしょー。すずかー」

 なぜか棒読みのセリフで、アリサは隣りに居るすずかに話題を振る。

「うん、そうだね」

 すずかは慈愛に満ちた笑顔を見せると、アリサの振りに応えた。

「私も、アリサちゃんとこうやって手繋いでると温かいよ」

 何気なく紡がれた彼女のセリフは、思いの外大きな波紋を呼ぶ。

「え?」

「あ?」

「なっ!?」

 すずか以外の視線がそこに集中する。彼女の言う通り、アリサの手はすずかとしっかり繋がれている。

「なぁっ!」

 ボンと音がしそうな勢いでアリサの顔が茹で上がったのを確認すると、すずかはまた優しく微笑んだその笑顔を、なのはとフェイトに向けるのだった。

「…………やぶ蛇だったわ」

 アリサがポロッと零したセリフは、すずかの耳にだけ届いていた。

 

 
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