No.154115

真・恋姫†無双~神の意志を継ぐ者~ 第一幕

ユウイさん

真・恋姫の二次創作です。色んな伏線(バレバレ)を散りばめてますが、基本的に誰でも楽しめるような展開を心がけております。

2010-06-29 07:39:21 投稿 / 全7ページ    総閲覧数:3538   閲覧ユーザー数:2954

 ※この物語は『北郷 一刀』に対し、オリジナルの設定を含んでいます。

 

 

 基本的に蜀ルートです。

 

 

 それでも大丈夫という方のみ、どうぞ。

 

 

「・・・・・・・誰?」

 

 目を覚ました一刀は自分の顔を覗き込んで来る少女に向かって尋ねた。

 

 そして起き上がり、少女の返答を待たずして周りを見る。

 

(俺、部屋で寝てたよな・・・)

 

 確か夕食の献立を考えていて、少しうたた寝をしようとした所だった事は覚えている。

 

 だが今、彼がいるのは明らかに屋外。

 

 しかも日本では到底見れないような地平線まで見渡せる砂だらけの荒野と、高く聳える山々が遠方に見える。

 

「ここ何処?」

 

 先程よりもハッキリとした口調で尋ねる。

 

 それに答えたのは、自分の顔を覗き込んでいた少女だった。

 

「幽州啄群。五台山の麓ですよ」

 

「・・・・・・・・幽州? 五台山?」

 

「はい」

 

 一刀は眉を寄せて改めて少女の方を見る。

 

 そこには、少女と歳が同じくらいの黒髪の凛とした佇まいの少女――何となく雰囲気が義姉に似てる――が訝しげな表情でこちらを窺っており、もう一人、小柄な真っ赤な燃えるような髪の少女が興味津々といった様子の無邪気な瞳をこちらへ向けている。

 

 が、その二人は身の丈以上の長い武器を持っており、また着ている服も到底、現代日本人が着るような服ではない。

 

 有明のイベントか何かのコスプレ集団かと思ったが、一刀は、それよりも真ん中の少女が言った地名が気になった。

 

「幽州って・・・昔の中国の地名だよな」

 

「ちゅう・・・ごく? それって、どこかの国の名前ですか?」

 

「・・・・・・」

 

 一刀は更に眉間に皺を寄せる。

 

 長髪の少女は不思議そうに首を傾げる。

 

 すると赤髪の少女は、クイクイッと袖を引っ張って来た。

 

「お兄ちゃんの服キラキラしてて綺麗なのだ」

 

 物珍しそうに自分を服を見る赤髪の少女の言葉に一刀は目を丸くする。

 

「は?」

 

「ホントだねー。太陽の光を浴びてキラキラしてる・・・上等な絹を使ってるのかなー?」

 

「いや、これウチの学校の制服だぞ・・・普通のポリエステルで出来てるヤツだから絹でも何でもないが・・・」

 

「ぽーりーえすてーるってなぁに?」

 

 本気で知らなさそうな様子の長髪の少女に一刀は目を細める。

 

「それに、何だかさっきから、私の知らない言葉ばかり・・・・・・お兄さん、一体何者なのかな?」

 

 何者、などと初めて聞かれた一刀は怪訝に思いながらも名乗る。

 

「北郷 一刀。聖フランチェスカ学園の二年生だ」

 

 名乗ってはみるが、少女達は、頭の上に?マークが飛び交っているのが見えるくらい不思議そうな顔をしている。

 

「・・・・・・で、そっちは?」

 

「私は劉備。字は玄徳」

 

「鈴々は張飛なのだ!」

 

「関雲長とは私のことだ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

 

 普段の一刀を知る者がいれば、誰もが驚くくらい彼は間抜けな顔をしているだろう。

 

 それほどまでに一刀の顔は驚いていた。

 

 劉備、張飛、関羽・・・この名前は日本でも有名だからだ。

 

 『水滸伝』、『西遊記』と並ぶ中国三大奇書に数えられる傑作中の傑作。

 

 『三国志演義』に登場する主要人物だからだ。

 

 一刀もその名前は良く知っていた。

 

 小さい頃、兄に『面白いし、読んで損は無いから読んでおけ』と嫌々ながら無理やり読まされたのが、ソレだった。

 

 だからこそ普通は知らない『幽州』や『五台山』という地名も一刀には理解出来た。

 

「・・・・・・一応、確認するが、アンタ達、それが本名なのか? それとここは本当に幽州なのか?」

 

「分からない人だ。ここは幽州啄郡だと、さっきから言っているではないか」

 

 黒髪の少女が強気な口調で言うと、何故か一刀は納得してしまいそうになる。

 

「お兄ちゃんって、バカなのかー?」

 

「・・・・・・・」

 

 この場合、バカだった方がありがたかったかもしれない。

 

 が、一刀は頭が良く、それでいてこの状況においてどこか冷静だった。

 

 三人の表情を窺う限り、とても嘘をついてるようには見えない。

 

 一刀は額に手を当てて一応聞いてみる。

 

「劉備さん・・・だっけ?」

 

「はい?」

 

「ここって・・・日本だよな?」

 

「にほん? にほんって、何?」

 

「・・・・・・・今って西暦何年?」

 

「せいれき?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 もはや問答無用だった。

 

 一刀どころか誰もが知ってる事を劉備という少女は知らないと言う。

 

 彼の中の冷静な部分が、物凄く嫌な考えを膨らませる。

 

 だが、そんなことはあり得ないと他の冷静な部分が否定し、彼の中で鬩ぎ合っている。

 

「あのね、次は私が質問してもいい?」

 

 そんな時に、劉備が尋ねる。

 

 一刀は手を掬うように上げて「どうぞ」と促す。

 

「お兄さんって何処から来たの? どうしてこんな所で寝ていたの?」

 

「俺が寝てたのは自宅の部屋だったんだけどな・・・気が付いたらここにいたんだよ」

 

「うーん・・・じゃあね、お兄さんどこの出身?」

 

「日本の東京台東区。浅草だよ」

 

「あさくさー? そんな邑あったっけー?」

 

「いや、聞いたことがないな。どこの州だ?」

 

「・・・強いて言うなら本州なんだけどな」

 

「ほんしゅう? 聞いたことないなー」

 

「だろうな」

 

 半ば一刀も今の状況に対して認めつつあるのだろう。

 

 今度は何となく相手の答えが予想できつつも尋ねた。

 

「なぁ・・・洛陽って知ってるか?」

 

「知ってるも何も皇帝の住まう都だよ」

 

 一刀は盛大な溜息を吐いた。

 

 幽州という地名、劉備、関羽、張飛という名の少女達、そして洛陽を都といい、ついには皇帝という単語まで出て来た。

 

 ここまで要素が揃って一刀は自分の境遇を認めた。

 

 今、自分が立っているこの場所は日本ではない。

 

 中国大陸・・・しかも、かなり昔の、ということだった。

 

 

「夢だったら良かったのにな・・・」

 

 だが、この身に受ける風、己の立つ地、照り付ける太陽の陽射し、零れ落ちる汗・・・何もかもが現実だと一刀の体が感じていた。

 

「ねぇねぇお兄さん、お兄さんってもしかしてこの国のこと何も知らないの?」

 

 劉備が何か期待に満ちた眼差しで尋ねて来る。

 

「知らないってことはない。正確には知ってるが、それは昔の事だ」

 

「どういう事なのだー?」

 

「・・・・・・タイムスリップってヤツだな」

 

 その単語を言った時、一刀は自嘲したくなった。

 

 あり得ない事だ。

 

 自分は当然ながら、兄ですらそんな事は不可能だろう。

 

 十年に一人の天才を百人集めて百年かけて証明しろ、と言われても恐らく不可能であろう眉唾な話だ。

 

 そんな言葉をつい口にしてしまう程、今の状況は明らかに非現実的だが、現実に起きている事だった。

 

「たいむ・・・すいっぷとは、どういう意味なのです?」

 

「・・・・・・つまり俺は未来から過去に来たんだよ」

 

 説明すると余計に胡散臭く思えて一刀は嘆息する。

 

「お兄ちゃん、もう少し鈴々達に分かる言葉を使って欲しいのだ」

 

「頼むから、これ以上説明を求めないでくれ・・・自分でも言ってて複雑な気持ちなんだ」

 

 と一刀は額を手で押さえて言うが、劉備という少女は、急に目を輝かせて両隣の少女達に言った。

 

「やっぱり・・・思ったとおりだよ、愛紗ちゃん、鈴々ちゃん! この国のこと全然知らないし、私達の知らない言葉を使ってるし、それにそれに何と言っても服が変!」

 

 最初はともかく、最後の台詞は、そっくりそのままバットで打ち返してやりたい気持ちになる一刀。

「この人、きっと天の御遣いだよ! この乱世の大陸を平和にするために舞い降りた、愛の天使様なんだよきっと!」

 

「天使って・・・」

 

「管輅が言っていた天の御使い・・・あれはエセ占い師の戯言では?」

 

「うんうん。鈴々もそう思うのだ」

 

「でも管輅ちゃん言ってたよ? 東方より飛来する流星は、乱世を治める使者の乗り物だーって」

 

 劉備曰く、一刀が寝ていたこの場所は、昼間だというのに流星が降って落ちた場所だと言う。

 

「ふむ、確かにその占いからすると、このお方が天の御遣いという事になりますが・・・」

 

 関羽という少女にジッと見つめられ、一刀はドキッとなる。

 

「でもこのお兄ちゃん、なんだかぜーんぜん頼り無さそうな感じなのだ」

 

「うむ、天の御遣いという割には、英雄たる雰囲気が余り感じられんな」

 

「そうかなぁ? うーん、そんなことないと思うけどなぁ」

 

 とりあえずボロカスに言われている事は理解出来た一刀だが、ここで怒っても時間とカロリーの消費の無駄なので、気になった事を質問する。

 

「で? その天の御遣いって何だ?」

 

「この乱世に平和を誘う天の使者・・・自称大陸一の占い師、管輅の言葉です」

 

「管輅・・・ねぇ」

 

 一刀はその名前も三国志演義で良く知っていた。

 

 人の寿命すら言い当てる凄腕の占い師として登場する人物だった。

 

「乱世・・・って事は、もう王朝がまともに機能していないって事か」

 

「そうなのだ! 漢王朝が腐敗して、弱い人たちからたくさん税金を取って、好き勝手にしているのだ! それに盗賊達も一杯一杯いて、弱い人を苛めてるのだ!」

 

「で、アンタ達三人は、その弱い人達を守ろうと立ち上がったってか?」

 

 一刀がそう言うと三人は驚いた顔になる。

 

「! そうなのだ! 良く知ってるのだ!」

 

 ここが三国志の世界だと言うのなら、劉備、関羽、張飛の三人でしか行動していない時期は初期も初期。

 

 未だ義勇軍すら結成していない時期だと一刀は考え、そう言ったがドンピシャだったようだ。

 

「だけど、私達三人の力だけじゃ何も出来なくて・・・」

 

「どうすれば良いのか・・・方策を考えている所で管輅と出会い・・・」

 

「その占いを信じて、鈴々達がここに来たってすんぽ-なのだ!」

 

 そして、その場所に自分がいたのか、と一刀は理解する。

 

 が、彼は溜息を零し、片手を腰に当てて言った。

 

「言っておくが、俺はそんな大層な人間じゃないぞ。魔法・・・っていうか、仙術とか妖術なんてものは使えない。特に腕が立つ訳でもないしな」

 

「えー、仙術使えないのかー。お兄ちゃん、ダメダメなのだ」

 

「悪かったな」

 

「それでも! 貴方がこの国の人じゃないっていうのは、隠しようもないはずです!」

 

「まぁな」

 

「でしょでしょ! だからあなたは天の御遣いってことで確定です♪」

 

 凄まじく強引な理屈で話をまとめる劉備に、一刀は何度目か忘れた溜息を漏らした。

 

 と、その時、グ~と一刀の腹が鳴った。

 

 キョトン、となる三人に、一刀は少し恥ずかしそうになる。

 

「そういや飯食ってなかったな・・・」

 

「鈴々もお腹減ったのだー!」

 

「そういえば、私達も朝ごはん食べてなかったもんねー」

 

「近くの町に移動しますか」

 

「賛成なのだ!」

 

「じゃあ、そこで天の御遣い様にも色々とお話を聞いて貰おう!」

 

「それが良いでしょう。では善は急げ、さっそく移動しましょう」

 

 三人に勧められ、一刀は彼女達と近くにある街に移動する事になった。

 

 街に移動する・・・とても現代日本では考えられない表現だった。

 

 

 

 

「絶対に東京じゃないな・・・」

 

 連れて来られた街並を見て、一刀の第一声だった。

 

 鉄筋コンクリートではなく、土壁の家屋が並び、店と思われる看板には漢字で書かれているが、読み方が左右逆になっている。

 

 更に通りを歩く人々は、どう見ても安っぽい布で作ったもの。

 

 一番高い建物といえば、街の奥に見える精々四階建ての城っぽい建物。

 

 もはや疑いようがない昔の中国といった風景だった。

 

(これで、こいつ等が男だったら完璧に三国志の世界なんだけどな・・・)

 

 何で女が武将の名前を名乗っている三国志の世界なのか考えていると、張飛が膨れっ面で呼んだ。

 

「お兄ちゃん何やってるのだ? 鈴々は腹ぺこなんだから早く来るのだ!」

 

 そのまま一刀は張飛に引っ張られて一軒の飯屋に連れて行かれた。

 

 

 

 

 四人はとりあえず腹が膨れるまで飯を食った後、劉備が今のこの国と自分達の状況について話す。

 

「それでね、北郷様。さっきも説明した通り、私達は弱い人が傷ついて、無念を抱いて倒れることに我慢出来なくて、少しでも力になれるのならって・・・そう思って、今まで旅を続けていたの。でも・・・三人だけじゃもう、何の力にもなれない。そんな時代になってきてる・・・」

 

「官匪の横行、大守の暴政・・・そして弱い人間が群れをなして、更に弱い人間を叩く。そういった負の連鎖が強大なうねりを帯びて、この大陸を覆っている」

 

「三人じゃ、もう何も出来なくなってるのだ・・・」

 

 説明をしている間に三人の表情が暗くなる。

 

 が、劉備はすぐに顔を引き締めて力強い言葉で言った。

 

「でも、そんな事で挫けたくない。無力な私たちにだって、何か出来ることはあるはず・・・だから北郷様!」

 

「ん?」

 

「私達に力を貸して下さい!」

 

「・・・・・・本気か?」

 

「本気です! 天の御遣いである貴方が力を貸して下されば、きっと、もっともっと弱い人達を守れるって、そう思うんです! 戦えない人を・・・力無き人たちを守るために。力があるからって好き放題暴れて、人のことを考えないケダモノみたいな人たちを、こらしめるために!」

 

 真っ直ぐな真剣な瞳で劉備が訴える。

 

 そして彼女は身を乗り出し、一刀の手を握り締める。

 

 彼女の目は嘘をついていなかった。

 

 本当に弱い人を守る為、この国をどうにかしたいと考えている。

 

 希望や夢に満ちている目だった。

 

 その目の輝きは、一刀にとって少し心苦しい。

 

 夢や希望など、いずれ壊れる。

 

 どんなに理想を掲げようと、それを実現するだけの力が無いと達成出来ない。

 

 それは一刀は良く知っている事だった。

「生憎・・・俺はアンタ達が考える天の御遣いなんて大それたものじゃないぞ。ただの一学生に過ぎないからな。俺に出来る事なんて限られてるぞ」

 

「確かに、あなたの言葉も正しい。しかし正直に言うと、あなたが天の御遣いでなくとも、それはそれで良いのです」

 

「そうそう。天の御遣いかもしれないってのが大切な事なのだ」

 

 それを聞いて、一刀は「なるほど」と呟いて肩を竦めた。

 

「我ら三人、憚りながらそれなりの力はある。しかし、我らに足りないものがある」

 

「名声に風評や知名度・・・要は同志を募る為の実績が無い、か」

 

 一刀の言葉に、関羽は頷く。

 

「その通りです」

 

「山賊を倒したり賞金首を捕まえたりしてても、それは一部の地域での評判しか得られないのだ」

 

「そう、本来ならば、その評判を積み重ねていかなければならない。しかし大陸の状況は、既にその時間を私達にくれそうにもないのです」

 

「一つの村を救えても、その間に他の人が泣いている・・・もう私たちの力だけじゃ限界が来ているんです」

 

「それで、俺が天の御遣いって評判を利用して一気に知名度を上げるってわけか・・・」

 

 ここが本当に後漢末期であれば、そういった神秘的な事象に対し、人々は畏敬の念を抱く。

 

 自分達の後ろに『天』という至上の存在の遣いがいるのであれば、それは多くの人々の信頼や評判を得るだろう。

 

「まぁ何となく悪徳カルト教団の手口みたいな気もするが・・・・・・」

 

 別に私利私欲の為ではないので、一刀はその辺はスルーした。

 

 たとえ最初は天の威光を借りても、最終的に民衆が劉備達を見て、彼女等の徳によって信頼を勝ち取らねばならないのだから。

 

 そして一刀は、自分自身、どうすべきか考える。

 

 ①元の世界に戻る? 方法が分からない。

 

 ②この未知なる世界に胸が高鳴る冒険に出る? 趣味じゃない。

 

 ③大衆の為に劉備達と大乱の世を正す? 正義の味方なんてガラじゃない。

 

 ④潔く自害? 若い身空で死にたくない。

 

「③かなぁ・・・」

 

「は? 何が③なのですか?」

 

「こっちの話だ・・・」

 

 特に乱世を正す事に義務感や義理を感じる訳ではない。

 

 ただ、目の前で自分を必要としてくれている少女等の気持ちに対し、無碍には出来ない。

 

 北郷 一刀という青年は、そういう点で『甘い』のだ。

 

「・・・・分かった。アンタ達の目的に付き合ってやるよ」

 

「ホントですか!?」

 

 劉備は頬を染めて聞き返す。

 

「まぁ、一飯の恩もあるしな・・・」

 

 が、その言葉を聞いて突然、沈んだ表情に変わる。

 

「一飯の・・・恩?」

 

「一飯の恩・・・ですか」

 

「一飯の恩・・・」

 

 更に関羽、張飛までも同じような顔をしている。

 

 彼女等の表情から一刀はツゥと冷や汗を頬に垂らす。

 

「おい、まさか・・・」

 

 すると劉備がアハハと乾いた笑いを浮かべて言った。

 

「え、あの・・・えっと、天に住んでた人なんだからお金持ちかなーと思って、ですね」

 

「天の御遣いのご相伴にあずかろうと・・・」

 

「つまり鈴々たちはお金を持っていないのだ♪」

 

「・・・・・・・・・はぁ~~」

 

 本日最大の溜息を零す一刀。

 

 直後、彼は背後に凄まじい怒りの気配を感じたので、恐る恐る振り返ると、女将らしき女性が仁王立ちしていた。

 

「・・・・・ほぉー」

 

「あんたら全員・・・一文無しかい!」

 

「あ、あははっ、ち、違うんです、えっと、お金を持っていると思ったら実は持ってなくて・・・」

 

「食い逃げなどをするつもりは・・・」

 

「言い訳無用! 逃がしゃしないよ! みんな、出会え出会えぃ!」

 

 まるで時代劇の様な口調の女将。

 

「おおー、女将さん、食い逃げか?」

 

「このご時世にふてぇ野郎どもだ」

 

「ギタンギタンにとっちめてやる!」

 

 すると常連客と思しき他の席に座っていた男連中が一刀達の席を取り囲む。

 

 劉備達は、完全に自分達が悪いので萎縮しているが、一刀は無言で席を立った。

 

 そして女将の方に寄り、ボソッと彼女に何かを耳打ちした。

 

「・・・・・・本当かい?」

 

 すると突然、女将が怪訝な表情を浮かべて一刀を窺う。

 

「嘘だったら何日でもタダ働きしてやるよ」

 

「じゃあ実際に見せて貰おうじゃないか。皆、ちょっと待っててくれ」

 

 そう言って女将は一刀を伴って店の奥に移動する。

 

「ちょ・・・北郷さん!?」

 

「すぐ戻って来るよ」

 

 ヒラヒラと一刀は手を振って、店の奥に消えて行った。

 

 

 

 

 そして数分後・・・。

 

「ほれ、行くぞ」

 

 店の奥から一刀が陶器の瓶を持って出て来た。

 

 その後ろでは女将が満足そうに微笑んでいる。

 

「え? な、何? 何があったの?」

 

「いやーっはっは!! このお兄ちゃん、大したもんだ! 気に入ったよ!!」

 

 先程とは一転し、女将は豪快に一刀の背中を叩く。

 

「その酒は餞別だ! あんた達の旅の前祝いに持ってってくんな!」

 

「どーも。ご馳走様」

 

「こっちこそ!」

 

 そう言って一刀は女将に一礼し、唖然となる劉備達や男達の間を抜けて店から出て行った。

 

 それからハッと正気に返った劉備達は、駆け足で一刀を追いかけて出て行った。

 

 

 

「ねぇお兄ちゃんお兄ちゃん! 一体、何をやったのだ!?」

 

 道中、まるで女将に催眠術をかけたようにして出て来た一刀の服を引っ張って張飛が問い詰める。

 

 劉備、関羽も気になるのか、不思議そうに見ている。

 

「別に。交渉と話術と・・・後は利益だな」

 

「どういう意味?」

 

「単に、あの店に載ってない斬新で旨い飯を教えて、それを献立に載せれば良いって言ってやった」

 

「「「はぁ?」」」

 

 一刀のその言葉に三人は目を丸くする。

 

 単純に、一刀のこの時代で出来て誰もやってなさそうな料理を教えてやり、それを献立に載せる事で得られる利益を説いてやったのだ。

 

 すると予想以上に大好評で、気を良くした女将は御代をチャラにしてくれたどころか、餞別の酒までくれたのだった。

 

「ど、どんな料理なのだ?」

 

 とてつもなく興味あるのか張飛が涎を垂らしながら聞いてくる。

 

 一刀は顎に手を添えて視線を横へ動かし、考える仕草を取る。

 

「・・・・・・強いて言うなら・・・極上メンマ丼?」

 

 何故か疑問系の一刀。

 

「ごくじょう・・・」

 

「メンマ・・・」

 

「丼?」

 

「いや、適当に厨房にあった食材で即興で作ったから・・・」

 

 それが、まさかあそこまで大受けするとは思わなかったと一刀は、受け取った酒瓶を見て思った。

 

「た、食べたいのだ~」

 

 極上という名前に惹かれたのか、張飛が先程よりも大量の涎を垂らしているので、一刀はポンと彼女の頭に手を置いた。

 

「今度作ってやるよ」

 

「本当!? 約束なのだ!」

 

「ああ」

 

 嬉しそうに一刀の周りではしゃぐ張飛に苦笑する関羽が、ふと尋ねて来た。

 

「ところでご主人様」

 

「ご・・・・っ!?」

 

 一刀はその呼び方に思わず彼女の方を振り返った。

 

「な、何、その呼び方?」

 

「貴方は我々の主になったのです。ですから、ご主人様とお呼びするのが当然ではないですか」

 

「・・・・・・」

 

 一刀は顔を引き攣らせる。

 

 正直、関羽は義姉の髪の質感や雰囲気が似ているので少し苦手だ。

 

 そんな彼女に『ご主人様』と呼ばれると変な気分になる。

 

「ご主人様、今後の方針ですが・・・」

 

 『ご主人様』という単語に引っ掛かりつつも、関羽のその言葉に一刀は「ああ」と努めて冷静に返す。

 

「女将にアンタ達の事情を話したら、この辺に公孫賛って、この街近辺を治めている奴が、最近、近隣を荒らし回ってる盗賊退治の為に義勇兵を募集してるって言ってたぞ」

 

「公孫賛?」

 

 その名前を聞いて劉備は眉を寄せ、少し考えると「あ!」と急に大声を上げた。

 

「そういうば白蓮ちゃんがこの辺りに赴任するって言ってた!」

「桃香様・・・そういうことはもっと早くに仰ってください」

 

「あぅ、ごめ~ん・・・」

「全く・・・お姉ちゃんは天然すぎるのだ」

 

(そういや劉備と公孫賛って同門だったっけ・・・)

 

 一応、三国志演義は兄に無理やりと言って良いほど何度も読まされたので――その結果、一番好きな文学になったが――殆どの内容は覚えている一刀。

 

 が、何となく地味な部分なので、その辺は劉備がそう言うまですっかり忘れていた。

 

「じゃあ、ご主人様。これから白蓮ちゃんの所に行っても良いかな?」

 

「ああ、良いんじゃないか」

 

 こうして一路は、この近隣を治める公孫賛の許へ向かうのであった。


 
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