No.153863

幻の魔女

芹生綾さん

その昔学校で書いた話。
ちょっと痛そうな表現があります。
一ページのままです。短編。

2010-06-27 23:24:29 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:317   閲覧ユーザー数:309

 

 

 

 

昔々のことです。

 

ある山奥の貧しい村に、一人の美しい女性が訪れました。

その女性は、薬を作って売る仕事をしているようで、医者のいない村人には、救いともいえる人でした。

美しい容姿と優しい性格の女性は、まさしく天使のような人でした。

 

 

いつしか、村人からの要望で、彼女は村に住むようになりました。

 

 

彼女の作る薬は、けが人を痛みから救い、病人から病を取り払い、疲労した者に活力を与えました。

誰からも愛され、女性は毎日のように薬草を摘んでは、村人のために薬を作り続けました。

 

そして何年かすぎたある日のこと、ある村人が、気づいてしまったのです。

 

「彼女、年をとっていない……?」

 

そう、彼女はずっと美しいままだったのです。

今国中で騒がれている、【魔女】だったのです。

 

けれど、村人は彼女を追い出そうとはしませんでした。

魔女は、その存在を隠すことから罪の対象。

けれども、噂で聞いているような魔女のように、彼女は悪い女性ではなく、

魔女だからといって、何かをしたわけでもありません。

 

村人は、黙っていることにしました。

彼女に、村に居続けてほしいから。

けれども彼女は、村人に迷惑をかけたくないと、村人に出ていくことを告げました。

 

しかし、

一人の青年が、熱心に彼女を引き留めたのです。

 

「村のためじゃなく、俺のために残ってくれ。俺はたいしたことはできないけど、君がいたら俺はきっと幸せだから」

 

その言葉に心動かされて、女性は村に残ることにしました。

後に、彼女は青年と結婚しました。

 

 

 

何年かしたある雪の日………

 

女性は玉のような子供を生みました。

名前は、ルキ。

 

大きな瞳、柔らかな黒い髪、澄んだソプラノの声。

 

ルキは、村のみんなから愛されて育ちました。

そして、母から教わった薬づくりの腕で、村人たちに幸せをもたらしていました。

 

 

しかし、ある年のこと。

流行病が村を襲いました。

ルキの母はせっせと村人のために薬を作りましたが、自分自身の薬を後回しにしたために、病に倒れて死んでしまいました。

父も、その薬の材料を取りに行ったまま、帰ってきませんでした。

 

ルキは一人きりになりました。

 

でも、村のみんながルキのことを大切に思っていたから、ルキは寂しくなんかありませんでした。

 

国では、魔女のせいで流行病が起きたと騒いでいた時代。

村の人たちは、ルキが魔女の子供であることを隠そうとしました。

ルキは、母親が魔女であることを知らなかったのです。

 

 

ルキが十八歳になった年、貧しい暮らしを支えるために、村の若い者達は出稼ぎに行くようになりました。

 

 

ですが、ルキはいつも村にいました。

ルキは、十八歳になっても、体は十歳くらいの少女のままだったのです。

見た目がそんな子供では、雇ってもらえません。

 

魔女であるルキは、人より成長が遅いのです。

 

幼なじみのウォルトに頼んで、ルキの薬を町まで行って売ってもらっていました。

ウォルトは同い年の男の子だったのですが、もう立派な大人で、ルキはいつも見上げてお話をしていました。

 

村にいるルキは、子供達と一緒に遊んだり、薬草を取りに行ったり、おばあさん達の肩たたきをしたり………毎日楽しく暮らしていました。

 

 

ある日、ルキはウォルトを見上げながら言いました。

 

「何で僕は子供のまんまなの?」

 

ルキが魔女だと知っているウォルトは、答えました。

 

「女の子だからだよ」

 

ルキは首を傾げて聞き返しました。

 

「女の子でも、僕よりおっきな子はいるよ?」

 

ウォルトは笑いながら答えました。

 

「きっと、いつまでも男の子みたいな言葉を使っているからだよ」

 

 

ルキは、そうなのかな、と聞くのをやめました。

 

ウォルトはルキが大好きでした。

幼い頃、おじさん達の話しているのを聞いて、ルキが魔女だというのを知りました。

それでも、ウォルトはルキが好きでした。

どんな時にも笑顔を絶やさない、誰かのために泣ける、心優しいルキが。

 

町に行く若い者達は、町で聞いた魔女の悪行の噂を、村に運んできます。

魔女は、そこにいるだけで不幸を呼び寄せます。

若い者達は、魔女が嫌いでした。

 

ルキが、自分も魔女だと知ったら、どれほどショックを受けるでしょうか。

同じ魔女だとは限らないと言っても、知らない者や、何より、ルキ自身が傷つくのが見たくない。

そう思って、ウォルトはずっと黙っていようと誓ったのです。

ルキが気づかないように、いつも自分が守れるようにと。

 

 

 

「ルキ、この花あげるよ」

「………このお花、なんでくれるの?」

 

ウォルトは顔を赤くしながら、ルキの視線に、自分の視線の高さを合わせました。

そのお花には、幸福の再来という意味がありました。

 

「ルキのお父さんやお母さんが夫婦になったときみたいに、ルキが仕合わせになれますように…そういう意味でルキにあげたいんだ」

「じゃあ大丈夫だよ。ウォルトはいつまでもルキと一緒にいてくれるんだもんね?」

 

ルキの言葉に、ウォルトはほほえみながらうなずきました。

 

きっと彼女は意味を知らないぐらいに幼いけれど、ずっと一緒にいたい。

 

 

でも、そんなささやかな想いも、時代の流れには勝てなかったのです。

 

 

山奥の村に魔女がいる。

 

 

上等すぎる出稼ぎの者の薬に、腹を立てた薬屋が流したデマでした。

ウォルトは参考人として捕まり、村には役人が大勢現れました。

 

でも、否定できない事実であったため、村人はうまくルキをかくまえませんでした。

ルキは、みんなが傷つけられるのをいやがって、自ら役人達についていきました。

ルキは、自分がなんなのか、わからなくなりました。

 

 

魔女って何だろう。

 

自分は、誰なのだろう。

 

ずっと子供の姿の自分は、おかしいのだろうか。

 

いてはいけないのだろうか。

 

何で、村の人たちをあんなに苦しめるのだろうか。

 

自分が、

 

不幸を招く魔女だからだろうか。

 

 

ウォルトは、狭くじめじめした部屋で、ずっと訴え続けていました。

彼女は魔女ではないと。

 

「何でルキが捕まるんですか!」

「あの娘は魔女だ。君と同い年なのに、なぜ彼女は幼い」

「成長の個人差なんて、証拠にならない!」

「ではあの薬は何だ!」

「彼女には薬師の才能がある。それだけだ! 彼女の薬で誰か死にましたか? 誰か苦しい想いをしましたか!?」

「…………」

「彼女はただみんなに元気になってもらいたくって、一生懸命に薬を作っていた。誰かを癒しても、誰も傷つけてはいない!」

 

そんなウォルトの言葉にも、誰も耳を貸しませんでした。

程なくして、ウォルトは釈放されました。

 

けれど、ウォルトは村には帰りませんでした。

 

ルキのいる、拷問部屋につながる重たい扉の前で、

ずっとルキの名前を叫び、扉をたたき続けました。

 

晴れた日も、雨の日も、風の日も、曇りの日も、ずっと………

 

愛する人が現れるのを待って。

 

 

 

「…………――――!」

 

ルキは声にならない悲鳴を上げました。

もう、声は殆ど出なくなってしまいました。

鎖につながれて、酷く鞭打たれ、一体どのくらいの時間が過ぎたのかわかりません。

 

棍棒でたたきつけられた頭は酷く腫れ上がり、

鞭は何本も折れるほどに振るわれる。

流れる血は、焼いた鉄で何度もせき止められて、

目の前は、もう何も見えない。

 

私は魔女だ。

 

そう言えば、この拷問は終わるのです。

その後、生きていたことが嫌になるような死に方をせざるをえないとしても。

一時に過ぎない苦しみからの解放であるとしても、その言葉を紡ぐことはありませんでした。

 

ルキにはわからなかったのです。

自分がなんなのか。

魔女だとしても、何で口を閉ざしてしまうのか。

 

ただ時折、腫れ上がった頭の奥に………誰かの声が響きます。

 

誰の声か、

何を言いたいのか、

ルキにはわからなかったけれど。

 

なら、

何をいっているのか、

何をいいたいのか、

知りたい。

 

しばらくして、また何本目かの鞭も折れました。

 

そのとき、初めてルキは口を開きました。

かすれてうまく言えなかったけれど、ルキは役人の耳に届くように言いました。

 

「出口は、どこ?」

 

罵倒する声が聞こえます。

でも、ルキにはどうでもよかったのです。

新たに与えられる痛みも、何もかもどうでもいいから、

 

出口に、行きたかった。

 

「ここからまっすぐ行けば、外に出られる」

 

誰かの声がしました。

いつの間にか、枷は外されて、ルキは自由になっていました。

ルキは唯一残された鼻を使って、風の匂いを頼りに歩き出しました。

這うようにして、ルキは出口にたどり着いたのです。

 

 

 

 

重たい扉が開いて、何かが這ってきました。

でも、ウォルトには一目でわかりました。

変わり果てた姿をしていても、

そこにいる人が、どれだけ愛しくてならない人か。

 

「ルキ!」

 

聞こえた声に、

ルキは最後のほほえみを浮かべました。

 

 

名前を呼ばれるまで、ルキは気がつきませんでした。

ルキは、ルキ以外の何者でもない。

そういってくれる人がいる限り、自分はそう名乗って良いはずなのだと。

 

 

 

聞きたかった声を最後に聞けて、

うれしかったよ?

 

「あり……が…と………………」

 

ウォルトの優しいぬくもりに包まれながら、声にならない声を絞り出して、

ルキは、笑っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
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