はじめに
この作品はオリジナルキャラが主役の恋姫もどきな作品です
原作重視、歴史改変反対の方、ご注意下さい。
秋の風に鈴虫の音が重なり涼けさが心地よい
腕の中の劉協を愛子ながら中庭を歩く彼女は耳元を擽る風の音に瞳を閉じ
ゆらゆらと腕を揺すり
そして
彼女の親友が
いつも劉協に聞かせていた子守唄を詠っていた
「なんや、また寝つけんのかい?」
声の方向に目を見やれば
「…霞」
徳利を片手に胡坐をかいて中庭を囲む石壁に寄り掛かっていた
「昼間に季衣と流琉と遊んでいたからよ」
きゃっきゃと詠の指先を両手でつかみながら微笑んでくる劉協
日は疾うに暮れ、辺りを夜の静けさが覆い
誰もが寝に入る刻だというのに劉協は布団に入れても寝付かずにいた
そして寝付かない劉協とこうして中庭に出てあやしていたわけだ
「あんたは?」
「あれや」
霞に促されるままに見上げれば満月
雲ひとつない空に輝く星々の中にあって一際大きく、且つ静かに煌めく様はまるで花のように思えた
「こんなええ月の夜に布団包まっとんのも勿体ない思うてな」
杯に映る月にほうっと息を吐いた後にグイっと飲み干す
「くう~っ旨い!」
「まったく、あんたはどこにいても変わんないのね」
苦笑と共に霞の隣に腰掛ける詠
腕の中の劉協が霞の飲むそれを物欲しそうに手を伸ばしていた
「あっ、あっ」
小さな手のひらをいっぱいに開いて「頂戴」をする劉協
「なんやボン、もうこれが飲みたい年頃かいな?」
半眼でクスリと笑う霞
「だめよ劉協、貴方には早すぎるんだから」
彼女の腕の中から乗り出していた背中に手をまわし逆を向かせると劉協はいやいやと手を振る
その様子に霞は口の端を吊り上げ
「こら将来は大酒飲みやな」
くっくと喉を鳴らした
「まったく」
劉協の柔らかい頬をぷにぷにと突きながら息を吐く
霞はというと劉協の視線を浴びながら新たに杯に酒を注ぎながら
「どんなに尽くしても思い通りに育ってくれんのが子供やてオカンがよくゆうてたわ」
なみなみに注がれた酒をグビグビと喉に流し込んでいく
「あんた見てればその言葉が浸み込むわ」
トントンと劉協の背中を擦りながら詠もまた苦笑する
そうして
暫くの間二人は天高く昇る月を言葉も発さず見上げていた
「なに考えてるか当てたろか?」
ふいに掛けられた声に詠は視線だけを霞に向ける
「ということはあんたも同じ事考えてたわけね」
いつの間にか胡坐の体制からごろんと横になっていた霞は此方を向くことはなく
「月は…もう一人のお母ちゃんは何しとるんやろな?」
だらんと垂らしていた腕を劉協の前に差し出すと彼女の人差し指を掴んでブンブンと振る
天高く昇る月に思い描くのは献帝の母になると宣言した一人の少女
連合解散の折
最後の別れ際、詠に縋りつき
(詠ちゃん…あの子の事をお願い)
目に涙を溜めて頷き合った彼女の親友
互いの姿が見えなくなるまで此方を見つめ続けた彼女の最愛の友
「大丈夫…あの子は強いわ」
何度
そう何度自分に言い聞かせ続けたことだろうか
「それに、あいつもいてくれる」
後で聞いた話では月の護送中、袁家の懐刀がずっと彼女の傍に寄り添い続け、彼女の手を握っていたという
「張郃…か」
霞は先の戦いで直接相見えた将のことを思い出し、瞳を閉じ一度大きく息を吐いた後
「袁家を出たそうやないか」
一瞬
霞が何を言っているのかよく解らず
詠はシパシパと瞬きをした
「…え?」
「間諜から報告が入ったそうや、袁家の懐刀が出ていったってな」
指先で劉協と遊びながら、しかし詠の方へ視線を向けることなく霞は続けた
「月も一緒に…だそうや、何考えてんのやろな」
「一体何が…」
「わからん…でも月がおかしゅうなったっちゅう噂も聞いとる」
「そんなはずないわ!」
詠の声に鈴虫の音が一瞬止み
劉協もまた目を丸くして彼女を見上げていた
「わかっとる、噂は噂や…せやけど合点がいかんのも確かや」
酔いが回っているのだろう詠の声に瞳を閉じたまま眉を顰める霞
「もうすぐ魏と袁家で戦が始まる…っちゅうのに仮にも懐刀と称された将を罷免するもんやろか?」
「あり得ないわ、劉備を取り込んだ内に対してもはや兵の駒すら足りないというのに」
悠の予想通り都換えを図った劉備だがこれまた大方の予想通りに魏は劉備を移動の途中で補足し、これを捕らえた
だがその後の展開については彼の予想を裏切り劉備は袁家には逃げてこなかったのだ
理由としては二つ
彼女の義妹、関羽を捕虜にしたこと
そして
(魏領の通過を許可しましょう)
新たに魏軍に入った二人の軍師の提案であった
(劉備を望みのままに通らせ南への張り子と致しましょう)
成長目覚ましい呉の監視役として劉備に蜀の地を与える代わりに、関羽をしばらくの間陣営に引きこみ、且つ袁家には軍備の増強をさせない
二人の軍師の案が功を奏し、袁家は現状戦力のまま自陣営より遥かに肥大した魏を相手にすることとなった
だというのに
「数少ない…それも袁家の中心でもある将を外すなんて」
「そうや、せやから…」
何かがあったのだ
罷免せざるをえない何かが
霞の視線に詠は頭を振り
「月じゃないわ、少なくとも」
確かに戦後は取り乱し、家族の別れに落ち込んでいたが親友から見る彼女にはおかしなところはなかった
そう
「あるとすれば…比呂」
「おかしゅうなったんは張郃…やったら話は通じる」
霞の言葉に信じられない…しかし袁家の一連の情勢に納得がいく詠
(どうしたっていうのよ…比呂)
天を見上げる詠
いつの間にかあれほど晴れていた空に
月に
雲がかかっていた
時を同じくして
「おやすみ月、劉協」
彼女の瞼と「人形」の髪に唇を落とした後、部屋に戻っていく背中を見つめ続けながら
彼女は
月は
あの日のことを思い出していた
袁家本拠地である冀州へと護送される道中
立ち寄った一つの街で
家族の別れからはらはらと涙を流していた彼女の頬の涙を拭い
笑いかけてきた彼を
彼は
赤ん坊を模した「人形」を手に
彼女に笑いかけてきた
「ほら、月…劉協は此処だよ」
あとがき
ここまでお読みいただき有難う御座います
ねこじゃらしです
まずは
日本代表おめでとう!
いやあ頑張って起きてた甲斐がありました!
前半終わって寝ちゃったけどw
起きてニュースで飛び上がりました
とまあサッカーは此処までにして
暫くぶりに更新でした
そして
暫くぶりの主人公登場!
…というわけで次の講釈で
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第38話です。
サッカーのおかげで寝不足だ