No.153180

双天演義 ~真・恋姫†無双~ 二十五半の章

Chillyさん

双天第二十五,五話です。

今回のようなやり取りを久しぶりに書いたような……。もっと恋姫なんだからこういうやり取り書かないとなぁと思いつつ、シナリオに組み込められない私。orz

大人なキャラを出したい。祖茂を使い捨てしたのもったいなかったかなぁと後悔しておりますが、厳綱を育てていこうと思ってます。

2010-06-25 18:21:38 投稿 / 全3ページ    総閲覧数:1814   閲覧ユーザー数:1656

 董卓軍八万を迎え撃つ汜水関にて反董卓連合五万八千は中央に曹操、右翼に孫策、左翼にオレたち伯珪さんとそれぞれの勢力に分かれて陣を建てた。

 

 あと半日の距離まで董卓軍が迫った今でも曹操、孫策からの連携を調整する使者は現れない。曹操とは心情的に無理でも、孫策となら連携することができると思ったのだけれど、伯珪さんも他の二人同様、使者を送る気配はない。

 

 伯珪さんにしても曹操とは心情的に、孫策とは戦力的に協力できないと考えたのだろう。

 

「八万対五万八千ではなく、八万対一万八千、一万、三万か。曹操、孫策の軍が視認できる範囲にいることが救いか……」

 

「そうですね。対八万の戦を三回されて各個撃破などという愚を冒さなくてすみます」

 

 伯珪さんと越ちゃんの言葉の通り、今回の戦いは難しい。

 

 連携が取れていない、相手が二万以上兵数が多いなど不利な要素を挙げればきりがない。

 

「いやはやここまで不利な戦も珍しいですな。だからこそ私の武の奮い甲斐があるというもの」

 

 子龍さんは手に持った龍牙をしごいて、獰猛な肉食獣の笑みのようにニヤリと笑う。

 

 さすがだと思う反面、どうしてもその無茶をしそうな雰囲気に、どうしても不安が湧き上がってくる。

 

「諏訪。貴方は関を抜けて本陣まで引きなさい」

 

「えっ?」

 

「さすがにここまで不利な戦まで、貴方を出す気は従姉様にもありません」

 

 さも待ちきれないというように体を解す子龍さんを見ていたオレに、不意打ちで越ちゃんが声をかけてきたけれど、その言葉を理解できない。

 

「諏訪、上に立ち兵を指揮するものは、どんな時であろうと兵には勇を見せ、兵の惰弱を払わねばならないのです。そんな青い顔をして、血の気の引いた唇を兵に見せられません」

 

 越ちゃんの言葉はただ事実を言うように淡々としていた。

 

 血の気が引いている自覚は確かにある。だからこそ、その言葉にオレは答えられなかった。

 

 奥歯をかみ締め、手を握り締めるオレを見つめる越ちゃんの顔をまともに見れない。

 

「諏訪。貴方は天の御遣いです。ここで死ぬことはありません」

 

 やさしく諭すような越ちゃんの言葉に、だんだんと視線が下がっていく。

 

 越ちゃんの言うとおり、ここまで不利な戦に伯珪さんならオレを出すことはないだろう。それにきっとかなりの人間がこの戦いで倒れることになる。その中に伯珪さんや越ちゃん、子龍さんが入っているかもしれない。

 

 オレ一人が残ったところでその力はたかがしれているかもしれない。

 

 それでも……。

「逃げたくない……。あの時、越ちゃんに誓ったように逃げたくない」

 

 逃げたくないとそう思ったときには、その言葉を呟いていた。

 

 汜水関を攻め落とす前での越ちゃんとのやり取りが思い浮かぶ。

 

 命を懸けて戦う皆を差し置いてオレだけが逃げるのがかっこ悪いとか、天の御遣いとしての責任だとか、このときのオレは全く考えていなかった。

 

 ただただ、越ちゃんとの約束を破りたくなかっただけだった。

 

 下を向き、唇をかみ締めるオレの目にスッと差し出される右手。

 

 その手のひらの上に置かれた小さな貝殻。

 

「引きなさい、とはもう言いません。せめてその唇の青さをなんとかしてください」

 

「何とかって、この貝殻はなんなの?」

 

 オレは越ちゃんの突然差し出された手とその上に乗った貝殻、そしてその言葉に慌ててしまう。

 

 ため息をついて越ちゃんは慌てるオレの顔を両手で挟むようにして持ち、覗き込むように見つめてきた。

 

「諏訪、落ち着きなさい。私はその青くなった唇に口紅を塗って、その青さを誤魔化しなさいと言っているんです」

 

「へ? 口紅?」

 

 突然の越ちゃんの大胆な行動と戦場に似つかわしくない品に、素っ頓狂な声をあげてしまう。

 

「諏訪。私が口紅を持っていることがおかしな事ですか?」

 

「え? そんなこと言って……」

 

 ギリギリと締め付けてくる越ちゃんの両手の圧力がすさまじく、オレの頭蓋骨がミシミシと音を立てて痛みを訴えてくる。

 

「ほう、なるほどなるほど。諏訪殿は越将軍には紅を注す資格はないとおっしゃるか」

 

「はぁ?! ちょっと子龍さん、何を言って……」

 

「そうですか。諏訪は私に対してそのように見ていたのですね」

 

 いきなり現れた子龍さんが背中から抱きつき、目の前にいる越ちゃんを挑発するようなことを言い出した。それに反論しようと体を動かし子龍さんを振りほどこうとするも、がっちりと子龍さんにロックされた上半身に、越ちゃんの両手の圧力が頭蓋骨を砕かんばかりに増した痛みに言葉を遮られ、さらには越ちゃんの目が据わったまま言われた言葉に、背筋が凍え始める。

 

「だから、オレはそんなこと一言も……」

 

「諏訪殿は起伏の少ない体躯よりも……ね」

 

 弁解を言おうとするオレを遮る子龍さんは、言葉の最後で越ちゃんの体を上から下まで眺めた後、オレを逃がさないようにロックしている背中によりいっそう自分の胸を押し付けてくる。そして最後の“ね”はオレの耳元で囁くように言って、越ちゃんをより一層挑発してくれる。

 

「子、子龍さん! 胸、胸当たってる。それにそんな根も葉もないこと言わないでください」

 

「ふふふ、諏訪殿。当たっているというのは正確ではないですな。当てているんです。そしてそんなに顔を赤くして、根も葉もないとは……いささか信憑性にかけるのでは?」

 

 妖しく笑いながらより密着して胸を押し付ける子龍さん。その意図はオレにはわかっているけれど、この状態では抜け出せるはずもないが、じたばたと悪あがきでもがくしかない。

 

「ほほう……諏訪。貴方も大きいほうがいいんですか、そうですか……ふふふふふ」

 

 ギリギリと掴み締め上げる力が増して、さらに痛みを訴えてくる頭に越ちゃんのほうを見てみると、うつむいて笑う越ちゃんがとても怖いです。さらに言えば俯いたことで髪の毛に隠され、目が見えないことで怖さが増しているように思う。

 

 ちらりと横を見れば、してやったりと満足げな笑みを浮かべる子龍さんが見えるのがとても悔しい。

 

「え、越ちゃん。そろそろ手を離してくれないかな? とっても頭が割れるように痛いんだけど」

 

「そうですね。そんなに痛いのでしたら、永遠に痛みを感じなくさせてあげましょうか?」

 

 董卓軍八万があと半日というところまで迫り、戦闘態勢をしく伯珪さんの陣に悲鳴と楽しそうな笑い声が響き渡ったのは、この後すぐの事だった。

「しかし、あいつらはなにをやっているんだ。これから厳しい戦いに挑むというのに」

 

「辛気臭くなるよりはずっと良いではないですか。御遣い様も力みが取れたようですな」

 

 ため息をついてオレたちのやり取りを見ていた伯珪さんに、オレの護衛隊隊長の厳綱さんが豪快に笑いながら言った。

 

「たしかにそれもわかるが、緊張感というものがだな」

 

 多少は厳綱さんの言葉に頷ける部分があることに納得はしつつも、やっぱり心配性な部分が出て、伯珪さんは眉を顰める。

 

「伯珪様、今から緊張感を持っていたとしたら、最後まで持ちますまい。いいのですよ、あれで」

 

 厳綱さんは、厳しい表情の伯珪さんを優しく見守るように見つめながら、諭すように言葉を重ねる。

 

「それに見てご覧ください。状況を知り、硬く強張っていた兵たち表情が解れ、笑っているではありませぬか。これだけ不利な状況で笑える軍は、けっして負けませぬよ」

 

 伯珪さんに周りの兵を見せるように手を広げ、そう言った厳綱さんは豪快に笑って伯珪さんの背を思いっきり叩いた。

 

 危うくつんのめりそうになり右足を前に出して踏ん張った伯珪さんは、叩かれた背中を擦りながら、痛そうに歪めた表情で叩いた本人を睨む。

 

「厳綱、少しは手加減しろ。痛かったぞ」

 

「うははは。それは申し訳ございませなんだ。……しかし、伯珪様」

 

 睨む伯珪さんなどまるで気にした風でもなく豪快に笑いつつも、厳綱さんは表面的には謝る。

 

 それから一呼吸置いてから、伯珪さんに向かって身を乗り出し、指を越ちゃんに向かって一本指差した。

 

「私は越将軍のおしめを換えたこともありますが、よもやあのような表情をするようになるとは……。いやはや、月日とは早いものですなぁ」

 

 うんうんと頷き、遠い過去に思いをはせる厳綱さんを呆れたように見る伯珪さんは、再びため息をついた。

 

「……はぁ。私の周りはなんでこんなんばっかなんだ」

 

「そうそう、伯珪様。はやく貴方も相手を見つけてお世継ぎを……」

 

「アーアーキコエナーイ」

 

 苦戦を前にした緊張感など、この陣ではどこを探しても、もうきっと見つけることはできないだろうな。


 
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