No.152878

Struggler of Other World to World 1話

mapsさん

メサイア戦役から二年後。ザフトで日々テロの鎮圧など戦いに明け暮れるシン・アスカ。ある時、彼は異世界に迷い込む――魔法と言う異常識が闊歩する異世界へと。

少年漫画風味のクロスSSです。血みどろと鬱パートが存在しますが基本的にはハッピーエンドです。

2010-06-24 09:28:48 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2791   閲覧ユーザー数:2699

 

0.序

 夢を見ていた。

 夢の内容はいつも茫洋として内容はつかめない。

 分かっているのは少女の夢。

 少女はいつも悲しそうに泣いている。

 気丈な瞳の奥で涙を溜めている。

 それでも少女は諦めることなく、夢に向かって歩みを止めない。

 笑って、泣いて、笑って、泣いて。

 

「・・・・・また、あの夢か。」

 

 目が覚めれば、与えられた兵舎の一室。

 彼は―――シン・アスカは今も戦っていた。

 

 

「どんなに吹き飛ばされても、僕達はまた花を植えるよ」

「それが俺達の戦いだな」

 

 そこはオーブの慰霊碑の前。戦いで破損し、傷ついた慰霊碑の前で、シン・アスカはアスラン・ザラとキラ・ヤマトにそう言われた。

 

「一緒に戦おう」

「・・・・・」

 

 言葉が出なかった。身体が震えた。

 言葉が出ないのは耳に入ってきた情報の意味を理解できなかったから。

 身体が震えるのは放たれた言葉に込められた“気安さ”への怒りと悔しさから。

 

 ―――呆然と、シン・アスカは俯いた。それは自分が負けたモノの正体を思い知らされたから。

 

 何のことは無い。自分が負けたのは“力”にだ。強大な力はより強大な力によって淘汰されると言う、ただそれだけの運命という名の法則に過ぎなかった。

 そこには理想も理念も関係なく、存在するのはただ単純な力の鬩ぎ合い。

 理念や理想は自分達にだって存在した。

 たしかにデスティニープランは間違っていたかもしれない。

 極端すぎる政策だと自分もそう感じてはいた――――けれど“戦争の無い平和な世界”と言う確固たる目的が、その先にあった。

 その目的に向かって自分達は―――自分は全てを賭けたのだ。それが打ち砕かれた。敗北した。

 よりによって、その勝者がこのような力だけの無法者だったことは皮肉としか言いようが無かった。

 知らず、頬を零れ落ちる涙。流れた理由は二つ。自身の悔しさと情けなさからだった。

 弱いことが悔しかった。弱いことが情けなかった。

 

「・・・・・」

 

 無言で、差し出されたキラの手を取った―――瞬間、自分の中の大切だった何かが折れたような気がした。心に染み渡るのは諦観。自分は負け犬なのだと言う烙印。

 心が磨耗し、磨り減っていくような錯覚を覚える―――何かが終わったことを確信した。

 彼の中の大切な何かがその時“終った”のだと。

 

「はい・・・・」

 

 呟きに力は無い。考えも纏まらない―――違う。もう、何も考えたくなかった。

 

 

 そしてシン・アスカはザフトに迎え入れられた。

 キラやアスランはシンを元々の赤服として―――そればかりかフェイスとして扱ってくれると言ったが、周囲の人間が取りやめるように言った。

 

『デュランダルの懐刀だった彼にそういった力を持たせるべきではない。』

 

 「世界の平和の敵」に最も近い彼の立場からすると当然とも言える。本来、極刑にされてもおかしくないのだから。

 そうして彼はザフトに迎え入れられてから幾つもの戦場を渡った。

 その殆どは旧ザラ派残党の掃討やデュランダル派の軍人たち―――要するに軍人崩れのテロリストだった。

 彼らにとってシン・アスカは憎悪の対象だった。デュランダルの懐刀として最も寵愛されていたと言うのに、戦後あっさりと裏切ったからだ。

 何度も罵倒された。罵られた。憎まれた。幾つもの憎悪を受け止め、プラントを守る為に戦った。

撃墜し、捕縛する。

 何度も何度もそれを繰り返した。

 来る日も来る日もそれを繰り返し続けた。

 疲れは無かった。戦後、シンは考えることを止めていたから―――兵士は何も考えないのだから。

 シン・アスカにとって平和と言うのは何者にも耐え難いモノである。

 だからこそ遺伝子に寄って人を選別すると言うデスティニープランをシン・アスカは支持した。

 戦争がない世界――シンにとってはソレだけが平和な世界その物だったから。

 シン・アスカがラクス・クラインの元で戦うのも同じ理由である。

 “戦争が無い世界”を平和と捉えるシンにとってギルバート・デュランダルであろうとラクス・クラインであろうと関係が無かったから。

 

 トップが誰にすげ替えられようとも関係は無い。平和を作ってくれるのなら、戦争を消してくれるのなら、誰であろうと関係がないのだから。

 だからシンは考えることを止めて、戦いに没頭した。

 『クラインの猟犬』、『裏切り者』、『虐殺者』

 幾多のシンへの罵倒は消えることなく続いていた。任務に没頭し、思考を放棄して、磨耗していく毎日。

 ルナマリアとは戦後すぐに別れた。

 元々、傷の舐め合いから始まって、ただお互いに溺れただけの関係だ。

 それがずっと続く方がおかしかった。

 戦後、彼女はオーブに行くと言った。メイリン・ホークからの誘いがあったらしい。シンも誘われたが断った。

 彼はその時、既に軍に入ることを決めていたから―――これ以上考えを迫られることに堪えられなかったから。

 シン・アスカとルナマリア・ホークはそうして別れた。唐突に始まった二人の関係は、同じく唐突に終わった。

 僅かばかりの未練はあった―――けれど、それも直ぐに消えた。彼らは、ただ肌を合わせただけの他人に過ぎなかったから。

 来る日も来る日も出撃し、戦い続ける日々が始まった。

 磨耗していく自分。日に日に色を失っていく現実。

 そうして、いつかは死んで行くのだろう。

 彼はそう思っていた―――そして、“その時”は、思ったよりも“遅く”やってきた。

 終戦より2年。

 シン・アスカは19歳になっていた。

 幼さを残した顔つきは少しだけ大人になり、身長は既に175cmほどになっていた。

 そして、その表情に映りこむ陰鬱は消えることなく―――変わらず、陰鬱は彼の中に存在していた。

 

 プラントと地球連合の間に和平条約が締結された。これによって世界は本格的な平和への道を模索することになった。

 その日、哨戒任務に出かけていたシンはテロリストに急襲されていた。

 共に出撃した同僚は既に逃げおおせている。

 交戦自体は直ぐに始まるだろう。

 敵は3機のザク。こちらも同じくザクウォーリア。ただし、数は一機だけ。

 

「・・・行くぞ。」

 

 呟き、ザクウォーリアを動かす。ザクウォーリアのモノアイが暗闇に輝いた。

 

 戦いは直ぐに終わった。

 周辺には2機のザクの残骸と1機のザク。こちらは自分の乗っているボロボロで動いているのが不思議なくらいのザクウォーリア。

 

「・・・・・恨むならクラインを恨め、か。」

 

 テロリストの言葉だ。戦闘中に聞こえた。

 その時、シンは全てのコトを理解していた。

 元々おかしな任務ではあったのだ。今回の任務は単なる哨戒任務であり、本来なら自分に言い渡されるような任務ではない。

 そこに待ち構えたように現れたテロリスト。彼らは逃げていく同僚には目も暮れずに自分を狙っていた―――だからこそ、同僚は逃げることが出来たとも言えるのだが。

 

 最後に接触通信で拾ったテロリストの言葉―――恨むならクラインに寝返った自分を恨むんだな。

そこまで符合すれば大よそは理解できる。

 多分、軍に自分は捨てられたのだろう。これからの世界にとっては自分は不要となるからだ。

 和平条約によって自分のような者を使い続けることに意味が無くなった。そういうことだろう。

 前大戦の残り香は全て消しておきたい―――道理である。

 だから、自分は最後に捨て駒にされた。そういう訳なのだろう。

 

 『和平条約締結後、テロリストの急襲で前大戦の引き金を引いた故ギルバート・デュランダルの懐刀が戦死する。それも同僚を守って。』

 

 ―――それなりに感動できる話だ。結果、平和は“加速”する。

 

「・・・・まあ、いいか。」

 

 真実に気がついてもシンには裏切られたことへの怒りなどありはしなかった。

 どうでもよかったというのが一つ。

 そして自分の命の最後が平和の役に立てるなら十分だと言うのが一つ。

 そして、寂しいなというのが一つ。

 

 その三つがシンの心にあった思いだった。

 もとより助かることは無い。諦めると言うよりも淡々と事実をシンは認識していた。

 ザクウォーリアの推進剤は切れ、通信も出来ない。

 モニターどころか殆ど全部の計器も死んでいる。

 何せコックピット内の色んな場所から火花が散っているのだ。

 機体自体がいつまで保つのかなど分かったものではない。

 正直、いつ爆発していてもおかしくはない。更に具合の悪いことに自分の位置も分からない。

 敵の機体の爆発に巻き込まれて吹き飛ばされたせいで現在の座標が分からなくなったのだ。

 言うまでもない。状況は完膚なきまでに絶望的だ。

 コックピット内の電灯が消え、非常用電源に切り替わる。ヘルメットを外して、ため息をついた。

 戦闘中にかいた汗がコックピットの中に水滴として浮かび上がった。

 それをぼんやりと見据え、懐に入れておいたマユの携帯を手に取る。

 画面は消えていた。電源ボタンを押し込んだ―――動かない。電池切れか、それとも壊れたのか。

 なるほど、ついていない時はとことんついていないと言うのは本当のことらしい。

 そんな馬鹿なことをシンは思い、再びため息。

 そして、小さく呟いた。

 

「これで終わり、か。」

 

 マユの携帯を懐に仕舞いこむ。

 

「――レイ、ごめん。お前との約束守れなかった。」

 

 瞳を閉じて顔を上げる。生きろ、と約束した親友の顔が思い浮かぶ。

 

「・・・・ちくしょう。」

 

 力の無い呟き。

 

 ―――これが終わりなのだ。自分はここで死んでしまうのだ。

 

 そう思うと悔しかった。本当は死にたくなどなかった。

 生きていたい。生きて・・・・誰かを守りたかった。思えば、何も守れない人生だった。

 家族を守れなかった。

 守ると約束した少女を守れなかった。

 未来を託してくれた親友を守れなかった。

 守ると誓った国を守れなかった。

 守りたかった。誰であろうと、何であろうと。

 戦争はヒーローごっこじゃないと言った奴がいた。

 その通り、戦争では英雄になれてもヒーローになどなれはしない。

 

 ―――だから、自分がやっていることはヒーローごっこなのだろう。

 目の前の苦しむ人々を守るだけの自己満足に過ぎないから。

 それは永遠に世界の平和になど繋がらない。

 

 それでも守り続けることには意味があると信じて縋り付いた。自分には力しかなかったから。

 けれど、それも今―――終る。

 力だけを拠り所として戦い続けてきた。

 戦い続けて、戦い続けて・・・・その終わりがこの薄暗いコックピットの中。

 そう思うと、その余りにも似合いの末路が、どこかおかしくて――――シン・アスカは薄く微笑んだ。力の無い、諦めの笑みを浮かべて。

 

 胸に去来するのは、また守れなかったと言う後悔だけ。

 後悔があるとすればそれだけ。夢があるのならば、それが夢だ。

 

 ―――生まれ変われるなら、せめて誰かを守れる人生を。

 

 そう願って。瞳を閉じて、力を抜いた。

 気付かない内に疲労はあったのだろう。ストン、と落ちていくように意識は薄れていった。

 

 

「・・・・なんだ・・・?」

 

 いつの間にか寝入っていたらしい。時計を見ればあれから既に数時間が経過している――そこでおかしなことに気がついた。

 室内が、やけに“明るい”のだ。

 非常用の電源にしては異常なほどに―――いや、正常な状態よりも明るいかもしれない。

 ふと、前を見る。

 外部カメラが壊れたせいで何も映るはずのないモニターに何かが映っていた―――いや、違う。

 映る場所など無い。何故ならその画面は、空中に“浮かんでいた”からだ。

 

「・・・・な、に?」

 

 それは泣き叫ぶ少女と女性の映像だった。

 映像に映る町並みはどこかオーブを連想させる町並み。

 

 ―――これは何だ。どこかから発信されている電波なのか。

 

 シンはすぐさま、キーパネルを操作するも反応は無い。

 考えるまでもない。先ほど確認した通り全ての計器は“死んでいる”のだ。

 というよりもこの機体にこんな機能は付いていない。

 空間投影式のディスプレイなどまだ実用化すらされてないはずだ。

 

 ―――ではこれは何だ?

 

 女性は空中に浮かび上がり光の中に消えていく。まるでコミックや映画の世界だ。

 

「・・・・・何なんだ、これ」

 

 何より恐ろしいのがその目だった。

 画面越しの女性の目は逸らすことなく“自分”を見ているのだ。

 

「くっ―――」

 

 怖気が走る。恐怖で心臓が早鐘を打っている。理解できないモノに対する純粋な恐怖。

 死の恐怖なら何度も味わっている。だがそれはそのどれとも違う全く別の領域。未知なるモノへ抱く人間の原初の感情だ。

 

「落ち着け、落ち着け、シン・アスカ・・・・」

 

 ぶつぶつと呟きながら、シンは動揺を抑えようと必死に落ち着けと繰り返す。

 映像の中の女は空中に浮かび上がり光に包まれていく。

 輝きは強まりその姿などまるで見えなくなっていく。

 輝きは休まらない。女が“自分”に向けて視線を飛ばす。

 背筋に悪寒が走り、シンは思わず後ずさる。

 けれど、逃げ場など無い。そこはコックピットという閉鎖空間なのだから。

 

「・・・・何なん、だ、よ。」

 

 恐れからの呟き。そして―――胸の奥で何かが“弾けた”。刺し貫かれるような激痛と共に。

 

「は・・・あっ・・が・・・・あああああ!!?」

 

 それは銃を撃たれたような激痛。胸を射抜かんばかりの耐え難い激痛。

 胸を押さえて、彼は蹲る。呼吸が出来ない。耳鳴りが酷い。

 

「ひ、ぎぃ・・・・・!!!」

 

 か細く漏れる声は正に虫の吐息。

 理解できない事態と胸を刺す激痛がシンから正常な判断力を奪っていく―――この状況で判断力を維持できる方がおかしいといえばおかしいのだが。

 

 《・・・・・主を頼んだぞ。シン・アスカ。》

 

 声が聞こえた。「名前」を呼ばれた。

 

「ア、アン、タは・・・・」

 

 閃光が視界を埋め尽くす。爆音で何も聞こえない。

 同時に見たことも無いような“幾何学的な文様”がコックピットを埋め尽くしていく。

 

「アンタは一体何なんだあああああ!!!!」

 

 絶叫。世界が純白に染め上げられたその瞬間―――シン・アスカは、この世界から姿を消した。

 

 新暦75年。

 ジェイル・スカリエッティとその配下であるナンバーズ―――ウーノ、トーレ、クアットロ、セッテの4名が脱獄した。

 脱獄の方法は未だ不明。まるで消えるように“いなくなった”と言う話だ。

 当然時空管理局は上へ下への大騒動となる―――そして、騒動はそれだけに収まらない。

 その後始まった全次元世界規模へのガジェットドローンの襲撃。

 ミッドチルダを含めた全次元世界への次元漂流者の“極端な増加”。

 誰もが不穏を覚えだした暗雲深まるミッドチルダ

 これは、運命に翻弄され続けながらも、前に向かって走り続ける、ある一人の男の物語。

 

1.異邦人

 

 誰かの為に頑張れる人間は美しいと言う。

 ならば、誰かのためにしか頑張れない人間はどうなのだろうか。

 無論、美しいに決まっている。けれどそれは太陽のような正当な美しさではない。

 

 それは月のように儚いからこその輝き。

 いつ消えるとも知れぬその儚さが美しさを装っているだけの幻。

 いつか来る終わりに向かって駆け抜ける幻想。

 

 それでも、男はその幻想に自分自身を賭けた。

 その終わりはいつなのか・・・・それはまだ語るべき時ではない。

 世界から拒絶された男は別の世界で目を覚ます。

 そこは異世界ミッドチルダ。

 男の―――シン・アスカの新たな戦いが今、始まる。

 

「・・・・・・う」

 

 目を開けば、そこは気を失う前と同じコックピットの中だった。

 違いがあるとすれば、身体に重みを感じること―――重力があると言うことだった。

 よく見れば酸素の残量は既に底を突いている。なのに自分は生きている。

 つまり―――

 

「救助、されたのか?」

 

 考えられる結論はそれだけだった。

 だが、それでも違和感が付き纏う。

 コロニーの中であるならどうしてコックピット内で放置されているのか。

 違和感があった。何か取り返しのつかないことが起きていると言う違和感が。

 

「・・・・夢だったのか。」

 

 息を吐くように小さく呟く。

 思わず胸を押さえ、顔を歪めた。

 あの激痛―――胸を弾丸で撃たれたような激痛を思い出して。

 知らず、身体が震えた。恐怖ではない、怖気だ。背筋を這うような怖気があったからだ。

 あの赤い瞳。そして、自分の名を呼んだ女。伸ばした手は自分に向かって伸びていく。

 そう、それはこの胸に届き、この胸の中を突き進み―――

 

「・・・・馬鹿か、俺は。」

 

 夢を現実として認識し、恐怖するなど馬鹿のすることだ。

 シン・アスカは心中でそう断じると、思考を振り切って、計器類に目をやった。

 状況は異常だ。何が起きているのか、さっぱり分からないがとにかくおかしい。

 一つは救助したとして、どうして機体に乗ったままなのか。今は収まっているようだが先ほどなどはいつ爆発するか分からないと言う状況だった。爆発寸前の機体を救助せずに捨て置くならばまだしも、どうしてそのまま救助したのか。

 もう一つの異常は肉体が覚えている。

 空気が違うのだ―――否、風が違うとでも言うべきか。プラントの中に漂う空気とは空気清浄機によって“作られた”空気だ。だが、今感じる空気はどうだろうか?

 それは、清浄な、澄み切った空気だった。そう、故郷(オーブ)でいつも嗅いでいたような―――

 

「・・・とりあえず、出よう。」

 

 先ほどから頭を掠めるくだらない思考を振り切ってシンは、コックピットハッチを手動でこじ開けた。

 そして、そこに広がる光景を見て、シン・アスカは今度こそ言葉を失った。何かの冗談だと信じたかった。それは予想していた光景とはまるで違った場所だったから。

 

「何……?」

 

 前後左右の全てが木だった。日の光が差し込み、木々を照らす。それは間違いなく自然に存在する森。決してプラントには存在しない。存在するはずの無い本物の“空”。

 

「・・・・」

 

 信じられない思いが胸を占める。自分はどこにいるのか。自分に何が起きたのか。何もかもが理解出来なかった。

 分かることは一つだけ。自分は得体の知れない“何か”に巻き込まれた。

 それだけだった。

 その周辺を散策してみたがまるで手がかりは無かった。

 少なくともプラントではないと言うことだけは空に上る太陽を見て、理解できる。

 ここは、“少なくとも”地球である。それは間違いない。

 どんな悪い冗談だとしても決してあの空までは騙せない―――無論、自分が狂っていないと言う前提での話ではあるが。

 ザクウォーリアの前で座り込み、ため息を吐く。

 考えられる手段は既に講じていた。

 通信はこの世界に着いた瞬間から何度も何度も、繰り返した。

 整備班ではないシンにはマニュアル程度の応急処置しか出来なかったが、それでも何とか通信機器の復旧くらいは出来たからだ。

 無論、残量電力にも限りがある為、定期的に且つ広域範囲に。だが、既に数時間を経過していると言うに何の音沙汰も無い。

 

「どうすりゃいいんだかな。」

 

 手の中でもう壊れた携帯を弄ぶ。諦めにも似た感覚が胸中を満たす。救助は来ない。このままここで死ぬのを待つしか出来ないかもしれない。

 とりあえず、どこかに行こうかなどと言う考えは不思議と浮かばなかった。

 

 ―――ここでひっそりと死んでいく。それもいいかかもな。

 

 そう、思ったから。

 

(どうせ、プラントに戻っても殺されるだけだし。)

 

 確証は無いのでそれは彼の妄想かも知れない。だが、シンにはその確信があった。

 ―――現プラント議長ラクス・クラインという人間は善性の塊である。その伴侶にして最強の剣であるキラ・ヤマトも同様に。

 彼らには悪意というものが無く、自分達がすることは正しいと信じて疑わない。彼らはあくまで自身の善性を信じて戦っている。だからこそデスティニープランという極端な政策に対して、人間の未来を殺すとして反発し、当時のザフトを打ち倒した。

 無論、彼らに何かしらの考えがあった訳ではない。ただ、彼らは反発しただけだ。その有り余るカリスマと戦力を使って。

 だから、戦後のザフトは大いに混乱し、戦争の火種はそこかしこに存在していた。ラクス・クライン政権は直ぐに崩壊する。傍から見る第3者はそう考えていた。

 

 だが、彼女の政権は信じられないほど優秀な治世を行った。

 地球連合との和平交渉。プラントの復興。周辺航路の治安維持。

 細かく挙げれば切りがないほどのそれらを全て成功させてきた。

 勿論、それは彼女の周りに集まった優秀なプレーンの力あってこそだろう。

 だが、数ある選択肢の中から、選びぬいたのは他ならぬラクス・クラインであり、彼女の力であるのは疑いようも無いことだった。

 民衆は当然クライン政権を支持する。傍でずっとそれを見ていたシンとてその手腕には感服していたのだ。民衆からの支持が低い訳が無い。

 

 さて、ここでシン・アスカについての話である。

 以前、語った通りシン・アスカとは前議長ギルバート・デュランダルの懐刀。

 専用機デスティニーを駆る、いわば前ザフトの象徴でもある。

 クライン派にとって彼は当然面白い存在ではない。はっきり言ってしまえば死んでもらった方が良いに違いない。前ザフトの象徴である彼がいる限り火種は消えないからだ。

 彼自身にはクライン政権に対する反抗心は無かったが、内心どう考えているかなど分かったものではないからだ。むしろ憎悪の対象にしていると考える方が普通である。クライン政権にとっては処刑にするべき男である。

 だが、戦後のプラントはそんな危険分子ですら駆りださなければいけないほどに混乱していた。

 無論、その裏にはラクス・クラインやキラ・ヤマト、そしてアスラン・ザラ等の“英雄”達の進言があったのは言うまでもないが。

 頻発するテロ、航路の襲撃。それらはクライン派となったザフト兵だけでは不足していた。

 故にシン・アスカは必要だった。

 真実、戦いの為だけに彼は必要とされ、戦うことになった。

 テロリストを駆り立て、駆逐する。彼は戦後、「裏切り者」「猟犬」とも呼ばれ蔑まれながらもテロリストの恐怖の象徴として君臨し続けた。

 だが、そんな彼も―――否、そんな彼だからこそ平和な時代において不要な人材だった。戦後の混乱が収束していき、彼の力は徐々に問題視されていった。

 恐らくその結果として自分を殺したのだろう。

 シンはそう思っていたし、哨戒任務の際の待ち構えていたような襲撃とテロリストの言葉はシンがそういった考えを持つには十分すぎる状況証拠だった。

 だから、今のシンにとって死ぬことは問題ではなかった。どうせ戻ったところで殺されるのだ。

 ならば、ここで死のうとプラントで死のうと、あまり差は無い。

 シン・アスカは捨て鉢な気分を宿していた。

 無気力、そう言い換えても良い倦怠感に見を包まれて―――彼自身、その倦怠感がどこからやってくるのか、判断しきれていなかったのだが。

 シンがそうやってぼうっとしていた時だった。

 がさりと音がした。思わず彼はそちらを振り向いた。そして、そこには信じられないモノがあった。

 

「何だ、これ。」

 

 それは球だった。機械仕掛けの球体。大きさは数mといった程度。いつ現れたのか、気付かなかった。

 冗談のようなその巨躯にシンは呆気にとられて見つめていた。

 機械は小さな駆動音を鳴らしながら、横方向に回転する。まるで、向きを変えるかのように。

 

(やばい)

 

 背筋を這う悪寒。シンは直感の任せるまま、その場から転がるようにして離れた。同じタイミングで球体の前面に開けられた穴から幾つもの黒い弾丸が放たれた。

 弾丸がザクウォーリアを蹂躙する。

 ザクウォーリアは弾丸の衝撃で仰け反るようにし、倒れた。転倒の衝撃で幾つもの箇所で小さな爆発が起きた。

 

「嘘だろ!?」

 

 モビルスーツが―――例えどれだけ損傷していようともあの程度の攻撃で破壊されるなど想像の埒外だった。

 ザクウォーリアを破壊したことを確認すると球体は呆然とするシンに向かってその穴―――砲門を向けた。

 打ち込まれる弾丸。シンはそこから飛び退き、後方にあった木に隠れる。

 木ごとシンを殺そうと言うのか、球体は障害物などお構いなしに弾丸を乱射してくる。

 

「くそっ!!」

 

 懐から拳銃を取り出し、安全装置を外す。

 こんなものが役に立つとも思えないがシンにとってそれが残された最後の武器だった。

 木から木へ移動するようにシンは乱射から身を外す。

 幸い、球体はこちらの位置を完全に確認している訳ではない。

 大方、カメラで確認して、確認できた対象に照準を合わせているだけだろう。

 だが、そんなことが分かったからと言って状況が好転する訳でもない。木の陰に隠れるようにしていたところでいつか見つかる。大体、弾丸の乱射に巻き込まれない可能性など殆どないのだ。

 現状のシン・アスカの行動は死ぬことを先延ばしにしているだけに過ぎない。

 

(どうする)

 

 自問。けれど、その答えなど簡単なモノだ。

 隠れ続けて逃げるのは論外だ。そんなことをしている内に、後ろから狙い打たれる。もしくは乱射に巻き込まれる羽目になる。今、目前の機械から視線を外してはならない。

 ならばどうするか。答えなど一つだけ。

 

(一か八か、強行突破しかない・・・!)

 

 無謀な賭け。だが現状でシンが取れる選択はそれしかない。

 少なくともシンはそう考え―――そして、それは恐らく正しい。

 火力で勝る相手に、逃げ回るなど愚の骨頂。

 それは耐える為の戦い―――補給や仲間、武器などがあり、長期戦が出来る場合の考えだ。

 現状はそれとはまるで逆。

 武器は無い。

 仲間はいない。

 補給など出来るはずもない。ここがどこかも分からないのだから。

 だから、それしかない。強行突破を行い、敵が方向転換している間に逃げる―――そんな策とも言えないことしか出来ない。

機銃の乱射が止む一瞬。その一瞬に賭けて突進し、血路を拓く。息を潜み木の陰に隠れながら、その期を探るシン。

 機銃が止んだ。

 

(行くぞ。)

 シンが木の陰から飛び出そうとしたその時、上空から“落ちてくる”人影があった。

 

「・・・え?」

 

 人影は女性だった。

 レオタードにジャケットを羽織ったような服を見につけ、ローラーブレードのような靴を履き、左手に巨大な円形の物体―――例えて言うならリボルバーの弾倉のようなものをつけていた。

 女性は、落下の勢いそのままに強烈な後ろ回し蹴りを放つ。仰け反る球体。

 そして女性は、その懐に飛び込む。胸を張り、左腕を引き絞り、右足を前に。

 矢を要るような予備動作―――放つは鉄の矢じりではなく、刃金の拳。

 

 「はああああ!!!!!」

 

 左腕の弾倉が回転し、輝く。刃金と鋼の激突。耳を塞ぎたくなるほどの轟音。

 球体は沈黙した。

 放たれた刃金の拳は、あろうことか、球体の装甲を貫き、破壊したのだ。

 

「・・・」

 

 シンは拳銃を構えたままその女性を呆然と見つめていた。

 拳銃を握る手には力がない。現実離れした光景が連続したせいで思考が停止した訳でもない。

 見惚れていたのだ。目前の女性の使った“力”に。

 それはモビルスーツなどを介することなく、個人が振るう個人のレベルを超えた圧倒的な絶対たる“力”

 初めてモビルスーツに乗った時よりもはっきりと、初めての実戦の時よりも大きく、胸の鼓動が鳴り響く。

 

『これは何なんだ。』

 

 心に響くその問いに答える人は誰もいなかった。

 

 シン・アスカ。

 19歳。男性。出身世界:オーブ首長国連邦。生年月日:CE57年9月1日。

 元々の世界での職業:軍人(15歳から)。モビルスーツのパイロットをしていた。

 特記事項:コーディネイター(遺伝子を操作した人間。ただし健康方面のみと本人が主張)

 補足:コーディネイターとは発生段階の受精卵に遺伝子操作を行って生まれてきた人間の総称。

 モビルスーツとは彼の出身世界における人型の機動兵器。

 

「モビルスーツ、ザフト、プラント、地球連合、コロニー、コーディネイター・・・・・」

 

 自分で書いた報告書を手に取り、長髪のスーツ姿の女性―――ギンガ・ナカジマは呟いた。

 

「・・・・・まるで漫画やゲームの中の話ね。」

 

 その報告書を手に、最近保護した赤目の青年について嘆息した。

 あの後、シン・アスカは長髪の女性―――ギンガ・ナカジマに保護された。

 そこで彼はとんでもない事実を教えられる。

 「異世界ミッドチルダ」

 「数多に存在する次元世界の中の一つであり魔法文明が最も発達した世界の一つ」

 「別の世界から「次元移動」をしてこの世界に来た」

 「球体は「ガジェットドローン」と言う。3ヶ月前に収束したある事件で使われた機械兵器」。

 聞いたことも無い単語の連続。

 「魔法」という単語に反応したシンを見て、さっきの私が戦う際に使ったモノのことですと至極簡単そうにギンガは説明した。

 シン・アスカは呆気にとられた。信じられなかった―――だが信じざるを得なかった。

 何故なら、彼は一度その力を目前で見ていたからだ。伊達に何年間も戦場で戦い続けた訳ではない。

 彼とて目の前で見せられたモノが真実かどうか判定する程度の眼は持っている。

 どう考えてもあの時の彼女の力はトリックにはどうしても思えなかった以上―――信じる以外に無かった。

 それからシンはギンガに連れられて陸士108部隊の兵舎にて事情聴取、その後肉体の検査を受ける。

 

 

 ジェイル・スカリエッティの脱獄から始まったガジェットドローンのミッドチルダ全域への散発的な襲撃。それにより、時空管理局は緊張を強いられていたせいである。

 シンにされたその処置もその一環である。何せ時期が時期だ。スカリエッティの脱獄と関連があると思われるのも仕方なかった。

 

「毎日、検査ですいません。」

 そう言って、ギンガ・ナカジマはシンに対して缶コーヒーを手渡した。次の検査は20分後。

 今シンは検査室の前の椅子に腰をかけている。着ている服は病人服。こういった部分は異世界だろうと変わらないらしい。

 

「・・・別にいいですよ。コーヒーありがとうございます。」

 

 ぶっきらぼうに言ってその手のコーヒーを受け取る。

 

「それで結果はどうでした?」

 

 ギンガの問いにシンは手元の紙を見ながら答えた。

 

「よく分かりませんよ。リンカーコアがどうだとか、免疫機能がどうだとか言われても。」

「ちょっと見せてくれます?」

 

 そう言うとギンガはシンの手元の紙を手に取るとまじまじと見始める。

 

「・・・・・・ふう」

 

 なにやらブツブツと呟いているギンガを見ながらシンは缶コーヒーを開いて口につける。

 正直、検査した医者の言ってることも殆ど理解できなかった。何せ魔法が存在する世界である。理解できないのも道理だった。

 物思いに耽っているとギンガがこちらを見ていた。

 

「・・・何ですか?」

「やけに落ち着いてますね。」

 

 その言葉に苦笑する。

 確かに自分は落ち着いている。見知らぬ世界に漂流し、身寄りも何も無い。

 しかも自分の知る常識はこの世界にはまるで通じない。魔法と言う非常識がまかり通っているのだから。そんな世界に放り出されたばかりだと言うのに自分は落ち着いている。変だと思われてもおかしくはない。

 だが、実際シンには不安は無かった。自分でも不思議に思うほどに。

 シン・アスカはあの世界で“殺された”。結果的には死んでいないだけで、実際は殺されたも同じだ。

 縋り付いていた『平和』に見捨てられて本来なら死ぬべきところで、死に損ねた。

 だから彼は今更、元の世界の状況を知りたいとも思わなかったし、元の世界に戻ることなどに価値を感じることは無かった。

 

 シン・アスカの願い。それは世界の平和である。皮肉なことにそれを願う本人がいては願いが叶わない。

 それを自分自身でも強く理解しているからこそ、彼は“戻りたい”とは思わない。戻ることで火種になるくらいなら、死んだ方がマシだった。

 

「元々、戦災孤児なんでこういう状況に慣れてるだけです。」

 

 後者の理由は言わないでおくことにした。要らぬ誤解を受けたくは無かったから。

 

「アスカさん、次の検査始めます。」

「はい。」

 

 シンはそう言って立ち上がり、ギンガに声をかける。

 

「じゃ、検査あるんで行きますね。」

「あ、分かりました。」

 

 彼女は椅子に座りながら答えた。シンはそれを見て検査室の中に入っていった。

 数時間後、シン・アスカの検査は滞りなく終了した。

 その結果判明したことは、以下の通りである。

 シン・アスカには魔導師としての資質があること。

 本人の言うとおり、彼の肉体は免疫機能が著しく発達している以外は一般人と変わらない。

 運動能力、体力、反射速度はどれも卓越したものがある。だが、遺伝子を操作した形跡が無い為それらは軍人としての訓練等によって身に着けたものであると推測される。

 それ以外に怪しい部分は見当たらなかった。プロジェクトF、人造魔導師等の形跡は全く無かった。

 結論から言うと三日間の検査の結果、彼とジェイル・スカリエッティには何の関連もないことが判明した。

 その日の夜、シンは陸士108部隊隊長ゲンヤ・ナカジマ3等陸佐に呼び出された。

 その隣には、来客なのかこれまで見たことの無い茶色い髪の小柄な女性がいた。年齢は恐らくシンやギンガと同年代。もしかしたら、年上かもしれない。

 自分の部屋にやってきたシンを見つめ、ゲンヤは話し出した。

 

「結論から言うとこれでお前さんは自由の身だ。どこへなりと行っていい・・・・と言いたいところだが、そういう訳にもいかんだろう?」

 

 頷く。実際その通りだった。

 身寄りも無ければここがどんなところかも分からない。

 考え方によってはオーブからプラントに渡った時よりも酷いかもしれない。

 

「現在、こっちも忙しくてその世界の捜索に手を回すほどの余裕は無いんでな。しばらくここにいてもらうような状況なんだがどうする?」

「・・・別に、どっちでも構いません。」

 

 気だるげに呟くシン。それをみて、「ふむ」と唸るゲンヤ。

 

「まあ、いいさ。一応、これからの選択肢も伝えておく。一つは元の世界に戻る。まあ、普通はこっちを選ぶ。誰だって故郷に帰りたいって言うのが本音だからな。もう一つはこの世界で暮らす。向こうの世界を忘れてな。少数だがこういう奴らも中にはいる。」

 

 そして、と前置き、ゲンヤは続ける。

 

「時空管理局で働くって選択肢も一応あるにはある。これを選ぶ奴は本当に少数だが、優れた魔導師としての才能を埋もれさせるって言うのは人手不足の管理局としては辛いもんでな。実はそこの八神はやて二等陸佐もその口だ。」

 

 茶色の髪の女性が手を差し出してくる。

 

「八神です。よろしく。」

「・・・・よろしく。」

 

 差し出された手を掴んで握手する。

 変わったイントネーションの言葉を話す。これが彼らの世界の標準語なのだろうか。

 シンはそう思って八神はやてという女性に目をやる。

 シンとそれほど変わらない年齢だろうに2等陸佐・・・・ザフトで言えば白服くらいなのだろう。シンは心中で素直に感心する。

 

「まあ、何にしても、もうしばらくはここで暮らしてもらうことになる。どうだ?」

「ああ、はい・・・充分です。」

 

 気だるげ、というかやる気が無い返事。心底、どうでもいいといった感じの。

 そう、答えてシンは部屋から退室する。

 シンが退室したのを見計らってはやてが口を開いた。

 

「・・・彼の検査結果見ましたが、こら凄いもんですね。」

 

 ゲンヤが手元にある検査結果を記した紙をめくりながら、答える。

 

「純粋な魔力量で言えばお前くらいかもな。その上、身体能力も高いときた。鍛えればとんでもない魔導師になるかもしれん。」

「次元移動の原因は何なんです?」

「証言の内容からは、誰かが召喚したっていうのが一番有力だな。」

「・・・・少女と女・・・・・どういうことやろか。」

 

 考え込むはやてに向かってゲンヤは呟く。

 

「まあ、その内分かるだろうよ。あいつの乗ってた機体の中に記録も残ってたらしいからな。そいつを解析すれば多少は進展するだろう。」

「多分・・・落ち込んでるのは、別の世界に来て不安やからなんでしょうね。」

 

 はやてが先ほどのシンの様子を思い出す。

 暗い、という訳ではない。どちらかというと元気が無い、と言うか無気力が一番近かった。

 別の世界にいきなり放り込まれて、不安もあるのだろう・・・いや、不安が無い方がおかしい。

 

「・・・・まあ、私が考えても仕方ないことですね。ではナカジマ三佐、そろそろ行きます。色々とありがとうございました。」

「ああ。お前も頑張れよ。」

 

 そう言って八神はやては部屋を出て行った。

 一人残された室内でゲンヤは思った。

 

「・・・・・・不安、か」

 違う、とゲンヤは思った。

 シン・アスカ。あの青年はきっと不安など露ほどに感じていない。

 どこか、何かが欠落したような表情。

 ゲンヤははやてにこそ告げなかったがシン・アスカに対して大きな危うさを感じていた。

 

 あてがわれた自室に戻るとシンはベッドにそのまま倒れこんだ。

 

「本当、何なんだろうな。」

 あの時、死ぬと思った。

 そうしたら訳の分からない力で別の世界に来てしまった。

 おかげで死ぬはずが今も生きている。

 死にたかった訳ではないし、生きているのが嫌な訳でもない。

 ただ、肩透かしを食らったような感じがあった。

 生きている理由を奪われた。それが一番適当な表現だろう。

 元の世界から弾かれて来たこの世界。厳密には誰かに召喚されたと言うことらしいが、シンにはそう感じられて仕方なかった。

 あの世界で殺されそうになった。平和の礎に殺されそうになった。自分がいては平和の邪魔なのだと。それは同時にあの世界での自分の役割が終ったことを意味している。

 つまり―――自分はもうあの世界に帰ってはならないのだと。

 

(・・・寝よう)

 

 連日の検査と慣れない場所―――世界での生活はシンの肉体に思った以上に疲労を溜め込んでいるようだった。身体中に倦怠感があった。目を瞑ると即座に眠気が押し寄せてくる。眠りに付く直前、ゲンヤの言葉を思い出す。

 

 ―――元の世界に戻る。

 

 戻れる訳が無い。戻れば自分は火種になる。安定していくあの世界。それがどれくらい続くのか定かではない。だが、願わくば出来る限りの長い間平和を維持してほしかった。

 なら、自分はどうするべきなのか。検査の間ずっと考えていたが結局その答えは見つからなかった。

 ふと、ギンガの使った魔法を思い出す。

 

(あの力があれば、ステラやレイを守れたかもな。)

 

 眠りにつく瞬間、胡乱な頭はそんなことを考えた。

 寝顔は安らかな子供のような笑顔だった。

 

 
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